「へぇ、ウインナーコーヒーってウィンナーの入ったコーヒーじゃなかったんですねー」
ずるずる、と甘さと苦さがいい感じに混ざった液体を飲む。お店の冷房で冷めた身体を暖める。あー、いい。
「実のところボクも名前を聞いた時に頭に浮かんだのはその想像(イメージ)だったさ。なかなかにシュールだけどね。しかしどうだい、飲んでみれば結構美味しいじゃないか」
「もちろんブラックが苦いわけじゃないけど?」
「さっきからキミには見透かされてばかりだね。その通りだ、と言っておこう」
飛鳥ちゃんは苦笑いでカップを傾けた。
早朝の喫茶店のテーブルには私と彼女だけが座っている。
蘭子ちゃんがソロステージで出るということで、小梅ちゃん、輝子ちゃん、そして目の前の彼女とともに遊園地に行くことになったのだ。例によって麻友Pの提案である。
彼女達のライブまであと三日。そこに私も同行するのは少しおかしいのだけれど、まあそれは普通に蘭子ちゃんに誘われたのだ。
現在は集合時刻一時間前、いったいなんでこんな早く来たのかよくわからないが飛鳥ちゃんと二人きりでコーヒーを飲んでいる。
「っていうか私が来ちゃってよかったんですか?。今更ですけど」
気にするな、という顔でため息をつかれる。別に嫌なわけじゃなさそうだ。
「キミを誘う前に蘭子がわざわざ確認に来たんだ。その様子を見せたかったよ。顔を真っ赤に染めながら何を言うかと思えば…、全く、本当に魅力的な子だ」
「あー想像しただけで可愛いですね」
絶対可愛い。
「まあ、蘭子に"もちろんOK"を出したのはそれだけじゃない。単純にキミのことが気になっていたからだよ卯月さん」
「それは恐縮です」
私がおどけてぺこりとお辞儀をした。すると飛鳥ちゃんは私の顔をじっと見てきた。麻友Pとは違うが、しかし似ている。人を分析する目線だった。
「最初の興味はあのまゆのお気に入り、と言うところだった。そこでいろいろ観させてもらっていた」
「観てたんですか」
「観察者気取りでね。すると色々わかってくることもある。まず前提として、キミは自分に仮面を被っている」
「おぉ…」と言ってしまった。ありゃあ、そこまでバレてるのか。というかそれが前提なのか。なんか私、本質は結構昔と変わってないんじゃ?ドジ踏みまくりな気がしてきた。
この問答の間にも飛鳥ちゃんはじいっと私の目を見ている。口元は笑っていても、目は笑っていなかった。かと言って怒っているわけでもなく、感情が読み取れない、しかし鋭い、ナイフのような視線だった。
前の世界で話したことがなかったからわからなかったけど、飛鳥ちゃんってこんなヤバい感じだったの?なんか中二病とかじゃなくてリアルに裏社会で殺しの仕事を請け負いそうな目なんだけど。というか全身黒の私服がめっちゃかっこいいし。エクステはワインレッド。
「まあ仮面を被っているというか…多分そんな感じですね」
私が答えると飛鳥ちゃんは呆れたような顔をした。
「キミのアー写(アーティスト写真)…プロデューサーに頼んで色々見せてもらったが、ボツになったのと採用された写真の差があり過ぎだ。あれはまゆやプロデューサーじゃなくても気づく」
「ああ…すみません?」
「別に謝ることじゃない。要するにキャラを被っているということなのだから、CPの前川みくさんだってそうだろう。アイドルとしてはそれは別にいい」
「はぁ」
ということはいったい何が言いたいのだろう。むむむ、と首を傾げてみると飛鳥ちゃんはようやく要点に入るのか、少しこちらに向ける視線を強めた。
「重要なのはキミは誰かと二人きり、一対一で話す時にはその仮面が外れているということだ」
「ふむ…うーん…あぁー…なるほど、そういうとこあるかもしれません」
「医者や占い屋と話してるんじゃないんだ、嘘は言わなくていい」
「ありゃりゃー」
過去を思い返してみると…そんな感じはするが自分で切り替えているつもりは無いしなぁ。つまり菜々ちゃんや、蘭子ちゃんと話す時にどういう話し方をしていたかってこと?……覚えてないよなぁ。あれ、でも菜々ちゃんには私がどうだとか指摘されたような気がする。いや、っていうか菜々ちゃんの時は歳が近いからっていう大義名分があったから……あー、"大義名分があったから"ね、そこから崩れたのか。
「まあ無意識でそうなってしまっているんだろうとボクは思っている。まゆにも話してみたら同じ意見だった。……ちなみにまゆは真剣になる時に一人称が私になるが、それと同じことだ。人には自分を切り替えるポイントがある」
「ふむ、なるほど」
「今のは半分感心してるが半分適当だね」
「すごい洞察力」
「ふん」
そこで飛鳥ちゃんは思い出したかのようにコーヒーを飲んだ。一度息をつく。そしてまたこちらを見た。
「ここからがボクの言いたいことでね。そういう二人きり対峙した少し素に戻っている時のキミは間違いなくふとした拍子に他人の真実を突いてしまうタイプだ」
飛鳥ちゃんが飲み終わったコーヒーカップのふちを指で弾いた。先ほどブラックが苦手であろうことを指摘した時のことを言っているのか。
「まあこんなくだらないことならいいんだけどね。もっと何か重大な真実をキミはぽろっと何の気なしに言い当ててしまう。痛いところを突かれるというやつだ。一対一で話す時、キミは仮面を被らない、もしくは被りきれない。無意識にしろ習慣にしろ、多分キミなりの誠実の現れなんだろうとも思うが、はっきり言ってそれは油断に近い。つまり…注意をしたほうがいい、ということだ。自分の行動が大きな災いになって返ってきてからでは遅い」
「つまり私はぽろっと相手の痛いところを突いちゃって、鬼とか蛇とか招いちゃうってことかな?」
「そうだ。窮鼠猫を噛むがキミの精神力なら虎だって追い詰めることができる。逆上した虎に精々噛み殺されないようにしてくれ」
すっごい私に対する評価が大きくて若干戸惑ったが、私は一応真剣に答えた。
「わかった。忠告ありがたく受け取っとくね」
「8割以上適当になってる。全く……あー、店員さん、お勘定お願いするよ」
ちょうど横を通りかかった女性店員に飛鳥ちゃんが言う。彼女は飛鳥ちゃんのブラック容姿端麗な外見のせいで一瞬状況が飲み込めなかったらしく「は、はいっ!ありゃがとうございます!」と返事をするとレジに向かった。顔真っ赤だった。
「もう出るの?」
「外に蘭子たちが来てる」
くいっと指さされた窓の向こうから三人が近づいてくるのが見えた、私は荷物をまとめ始める。財布を出そうと思ったら既に伝票ホルダーを取られ、しかも1000円が二枚挟まれてあった。
「早いです…」
「アイドルとしてはボクが先輩だからね」
「では、ごちそうになりますね」
二人とも立ち上がる。飛鳥ちゃんはベルトがたくさんついたブーツを履いていたが、それも真っ黒だった。かっけぇ。若干緊張気味の店員さんに「お釣りはそこに入れといて」と募金箱を指差す飛鳥ちゃん。あたふたしてる見ず知らずの彼女でちょっと遊んでそう。そんなこんなで店を出た。
「もう少しで蘭子ちゃんはソロデビューかぁ」
こちらに手を振りながら歩いている彼女を見ながら呟く。前の世界とは違う順序のCDデビューなので少し感慨深かった。なんとなく。ってあれ、プロデューサーって前の記憶があったのに順番変えたのか。あー、まあ私がめちゃくちゃに変えちゃった後だしなぁ。そこはただの臨機応変というやつだろう。
「キミの」
色々思考を巡らせていると、飛鳥ちゃんが口を開いた。
「キミの素顔は他人の急所を勝手に突くから気をつけろ……まあ大雑把に言えばそういうことをボクはさっき言ったが」
彼女の目はこちらに歩いてくる仲間を見ていた。あるいはもっとずっと先を見ていた。
「キミの笑顔は人を柔らかくする。先日のライブ、まゆが泣いているのをボクは初めて見たよ。彼女とは一緒にデビューしてそれ以来常に近くにいたというのにね」
「……………」
「あの笑顔は嘘じゃなかった、嘘ではまゆは靡かない。だから、覚えておいてくれ。キミが逆に痛いところを突かれて、追い詰められた時に。キミの根底にはあの笑顔があったことを忘れないでくれ」
「きっと忘れません。島村卯月、頑張りますね」
「上出来だ」
隣の彼女は満足げに笑った。