「島村卯月、逆行します!」   作:赤猫;

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2.島村卯月は輝きたい。

「卯月ちゃん、随分上手に踊るようになったわね…」

私が踊っている後ろでトレーナーが呟いた。筋肉や体力はやっぱり346の特訓を受けていないから乏しいものがある。でも"体が憶えている"の逆、体が憶えていなくとも頭が憶えているようだった。一年間、あれだけやったのだ。少しくらい記憶に残っていなければ困る。しかも未練たらたらな私はみんなのライブにいったり、そのBDを買って部屋で踊ったりしてたのだ。いや、黒歴史量産しすぎか。

「はい!頑張ります!」

うん、しかし私はこうでなくては、と思う。やっと人前で披露できたことで楽しくなっていた。作らなくとも笑顔が溢れる。そして最後の決めポーズ。

「いぇい」

流石に二十代後半の精神年齢でこのノリは恥ずかしかったのでおどけるように言ってしまった。トレーナーが拍手してくる。

「すごいよ!卯月ちゃん!やるじゃない!」

「えへへ…ありがとうございます!」

精神年齢がどうとか言ったが、こういうことを言うのに躊躇はなくなってきた。何しろ肉体が若いのだ。歳をとるとわかるが肌の張りやきめ細かさ、柔らかさが全然違う。髪もさらっさらだし人生の長さで言えば27歳だって若い方だというのにこんなに変わるものなのか。まあつまり若い体に入って少し調子に乗っている。

数日前にオーディション補欠合格おめでとうケーキを母さんと一緒に食べた。その時の母さんもまた優しくてやっぱり泣いてしまったわけだが、結果食べ過ぎた。しかし運動すればすぐにカロリーは消費できた。やった!若さって素晴らしい!

「それはそうと卯月ちゃん、少し太った?」

「そそそそぉんなわけないじゃないですか!いったい私のどこが太ってるっていうんですか!」

「えと…腰のあたりとか…」

「遠回りにお尻って言ってますね!?」

そんなやりとりをしているとプロデューサーが入ってきた。

「おはようございます!プロデューサーさん!」

「おはようございます、島村さん」

「プロデューサーさん、その。あの子はスカウト出来ましたか?」

「申し訳ありません、それがまだ…」

それは知っている。一応ノルマとして聞いているだけなのだ。プロデューサーは困ったように首に手をやった。相変わらずであるけれど、それほど困ることはない。今は順調に難航しているだけでもうそろそろのはずだ。

「じゃあ私も行ってみていいですか!」

私は元気にそう言った。

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「かわいいワンちゃんですね〜!」

「うん…」

桜が満開の公園で私と凛ちゃんは話していた。プロデューサーは少し離れたところに立っている。私はハナコを撫でた。なでなで。

「あぁほんとに可愛い…」

「そんなに?」

凛ちゃんが少し笑った。そりゃまあ凛ちゃんは飼ってるしまだ高校生だからいいだろうけど、社会人になって職場と誰もいない自宅を往復しているとこう、アニマルセラピーが必要になるときもあるんだよね。仕事帰りにわざわざモール寄ってペットショップ行ったり…うわぁさみしいなぁ…。

「あの、お名前聞いてもいいですか?私は島村卯月っていいます!」

凛ちゃんは「ハナコ」と短く答えました。そうじゃないんだけどなぁ。

「じゃあハナコちゃん!ハナコちゃんは何でアイドルにならないんですか?」

私は凛ちゃんに向かって言う。すると気まずそうな顔をした、そりゃそうだ。

「あの…ハナコは犬の名前。私は凛、渋谷凛」

「えぇ!?そうなんですかぁ!?すみません!!」

私が昔の私の真似をして驚くと、凛ちゃんは笑った。可愛い笑顔だ。やっぱりアイドルになるべき笑顔だった。

「卯月はさ、何でアイドルになったの?」

気をつけなくてはいけないのはここで私が昔と同じことを言っても凛ちゃんはきっとアイドルになってくれないかもしれないということだ。

なぜなら中身が疲れたOLの島村卯月の笑顔はおそらく100パーセントではないからである。さっきわざと驚いて見せたように大人になって誤魔化したり嘘をついたりすることもできるようになった私の笑顔はきっと凛ちゃんを振り向かせることはできないだろう。『嘘の笑顔なんか見たくない!』と言われてしまう。ならどうすればいいか。

せめて誠実に。本当の私をさらけ出すしかない。

「私はですね、小さい頃にテレビでアイドル達が可愛い衣装を着てキラキラして歌っているのを見て、私もキラキラしたいって思ったのが最初でした。そしてそれは今もで、そして最後までの理由になります」

「うん」

「でもそれって難しいんです。私たちは成長していて、生きていると『悪いもの』や『悪いとき』にぶつかってしまいます。たとえ誰に悪意がなくとも『退屈』とか『諦観』とかそういうものに嵌ってしまうときもあります。笑顔を続けていくことはアイドルでも、誰でも難しいんです」

「……うん」

凛ちゃんが思うところがあるというふうに目を伏せた。私も思うところがあった。当たり前だ。

「だから!」

大きな声で言った。凛ちゃんがこちらに目をあげた。私は大きく手を広げた。

「私たちが笑顔にするんです!笑顔を見せるんじゃない!みんなを『いい笑顔』にさせるのが私たちアイドルなんです!」

凛ちゃんは目を見開いた。綺麗な黒髪が風で揺れた。私はだんだん何を言っているのかわからなくなってきていた。しかし言うべきことはまだまだある気がした。

「私たちを見た人が一瞬でも多く笑顔を浮かべてくれるように、少しでも悪いときから抜け出せるように、退屈から凛ちゃんを救い出せるように!その為に私は歌っているんです!ここに!……立ってるんです」

力を入れて喋りすぎたせいで顔の筋肉が震えていた。遠くで拍手が聞こえた、プロデューサーだった。いつの間にか彼の足元にハナコが移動していた。私は少し照れた。凛ちゃんを見ると少し晴れやかな顔をしていた、私は嬉しくなった。

「私がさ『退屈』だってなんでわかったの?」

苦笑いで凛ちゃんは聞いてきた。

私は笑顔で答えた。

「なんとなくですっ!」

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「…少しでも君が夢中になれる何かを探しているのなら、一度踏み込んでみませんか。そこにはきっと、今までと別の世界が広がっています」

そう言ってプロデューサーは凛ちゃんに手を差し出した、凛ちゃんはその手を取った。実際にはハナコのリードを受け渡しただけなのだけれど、私にはもっと違う意味にも感じた。

次の日、私とプロデューサーが10年前と同じカフェで10年前と同じ席に座っていると、10年前から知っている女の子がこちらに歩いてきた。

私たちの席から少し離れた位置で立ち止まると毅然とした態度で、凛とした表情で、彼女は言った。

「渋谷凛、よろしくお願いします」

「凛ちゃん!」

私は駆け寄りました。やった!来てくれた!よかったぁー!昨日は好感触だったけど未来が変わっちゃったらどうしようってものすごく心配してたんだよー凛ちゃんー!

凛ちゃんのことを10年前より知っているので当然一週目よりも喜びが大きいのだ。狂喜乱舞しすぎて頭の中がおかしなことになっている痛いOLに凛ちゃんは話しかけてくる。

「改めてよろしく、卯月」

「はいっ…よろじぐおねがいじまずぅ…」

「ちょ、ちょっと。なんで泣いてるの?!」

「うえっ…うえっ…」

「うーん、なんだかなー」

いい歳して泣きまくる痛いOLを一旦脇に置いて凛ちゃんはプロデューサーに話しかけた。

「で、あんたが私のプロデューサー?」

プロデューサーは私にだけ分かるくらいの嬉しそうな顔で頷く。

「はい、よろしくお願いします」

凛ちゃんは満足そうににやりと笑った。

「こちらこそよろしく、プロデューサー」

 

 

 

 

 




「ありがとうございます、それでは続いて四番の方。お願いします」
「はい!四番、本田未央です!よろしくお願いします!
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