レッスンが終わった後、私達三人はファミレスでデビューライブ決定おめでとう会をすることになった。パッションアイドル、未央ちゃんの提案である。私は一も二もなく賛成した。凛ちゃんもちょっと嬉しさが隠せてない感じで頷いた。
「かんぱーい!」
「乾杯でーす!」
「…乾杯」
席の並びは私が一人と、横長のテーブルを挟んで向かい側に未央ちゃんと凛ちゃん。三人とも安っぽいソフトドリンクをごくりと飲んだ。苦手なのにドリンクバーからコーヒーを持ってくる可愛いエクステ女子は居ない。でも凛ちゃんは結構ぎりぎり迷ってた。
「いやー!よかったね!無事デビューが決まって」
「そうですね!とりあえず後はライブに向けてがんばるだけです!私、がんばります!」
「でも一応みんなステージには立てたわけだし、蘭子に続いて全員のCDデビューが決まってるって考えれば、そんなに驚くことじゃないのかな」
「またまた〜、しぶりん顔がにやけてるよ〜」
「に、にやけてないけど」
にやけている。おまけに眉を下げて頬を染めていてちょっと面白い顔になっていた。デビューライブが知らされた直後も結構口元がふにゃふにゃしてたが、また嬉しさがよみがえってきたのだろう。あーもうかわいいなぁ。
「それでさ、どうする?グループ名」
未央ちゃんが言った。私の体がぴしりと固まる。凛ちゃんに呆れたように見られた。
「まさか卯月そこから聞いてなかったの?」
「す、すみません!ぐ、グループ名決めるんですよね!?」
「も〜、しっかりしてよ〜しまむー」
プロデューサー、私に丸投げしたのか…。まあ今までも前の世界の記憶が無い振りをしていた彼であるから、自主性を重んじるというやつなのだと思うけど。要するに、ニュージェネレーションにするか、しないかだ。最終的にプロデューサーにまた提案してもらえばそれに決定することはできるが…ここで違う名前に決まってしまえばそれまでである。でもできればまたnew generationsにしたいなぁ…
私がぐだぐだ考えてるうちに二人はカバンからキャンパスノートを出していた。そしてこちらを見て苦笑いしていた。しょうがないなぁ、という顔である。
「しまむー、ほら。ちょっと書いて決めてみようよ」
「卯月ってやっぱりなんか変」
未央ちゃんがペンを回して言ってきて、凛ちゃんが嬉しそうに笑った。むむむ。まあ、かわいいからいいや。ノートを取り出す。1ヶ月くらい前にユニット名とメンバーを書き込んだノートではない。流石にそんなミスはしないのだった。あのノートはこちらの世界に来てから全く勉強をしてない私の机の上に置きっぱなしになっている。いやさ…まあ、勉強…しなきゃいけないとは思っているけど、期末テストまでまだ時間あるし…ぶっちゃけ油断しまくってる…。
「おお…なんか今度は深刻そうな顔になったよ…」
「まあ卯月は放っとこう。サインも決めなきゃいけないんでしょ?」
「わわ、ちょっと待ってください〜サインですね、サイン!」
私はノートにバッと前の世界と同じサインを書いた。「島村卯月❤︎”」みたいなやつだ。
「そのままじゃん…」
「あはは、その適当さも、しまむーらしいけどね〜」
適当さが私っぽいとは、同じように振舞っているつもりでもやっぱり前の世界からちょっとイメージ変わってるなぁと思う。というかもっと適当なサインの子いるって、奈緒ちゃんとか。
「そういう二人はどうなんですかー!」
私が凛ちゃんのノートを覗き込む。ばたんっ、と閉じられた。私と未央ちゃんの顔がにやける。
「凛ちゃんどうせめちゃくちゃ複雑なやつ書いてるんでしょ」
「ほらほら、私のサインはこれだよ〜、しぶりんも見せてよ〜!」
「どうせ後で見るんですよ!」
「わかったわかった!」
観念してノートの新しいページにシャシャッと書き込む凛ちゃん。おぉ…結構複雑になっているのに迷いなくペンが進んでいる。すぐに流れるような筆記体のローマ字が並んだ。
「できた」
「しぶりんすごーい!」
「凛ちゃんかっこいいです!」
「まあ、悪くないかな」
満足そうにふっ、と笑う。ほんとかわいい。
「確からんらんのサインはもっと複雑だったはずだし、しぶりんもそれでよさそうだね」
っていうか蘭子ちゃんのサインはハンコを作らないと複数枚書くのは無理なレベルだ。凝られた書体の文字が円形に並べられていてその中に花と猫、烏のようなシルエットが描かれている。漫画家である荒木先生のサインとは別である。
「ではユニット名はどうするか決めましょうか」
「うーん…"オレンジパッション"?」
「"Blue Moon Princess"」
「じゃあ"Ct SMILE"」
「しまむーそれは…」
「ちょっと…まあ、良くは無いかな」
「そんなに!?」
がーん。劣化ポジパとか蒼き月の姫よりマシだと思うんですけど…(どんぐりの背比べ)
「じゃあどんどんあげてみよー!"FlowerGirls"」
「"Deep triangle"」
「えぇと、"lovely berry"?」
なんでそんなすぐに出てくるの、と一瞬思ったけど昼にプロデューサーに言われてからずっと考えていたっぽい。
「"カラフルダンス"!」
「"ラストタイムナイト"」
「ぴ、"ピンクチェック…パヒューム"」
「"イエローテンパランス"!」
「"アクアネックレス"」
「"ソフトアンドウェット"って、おい」
「決まんないね〜」
「まあ三人とも個性が違うからね」
「うーん」
私は困ったような顔をした。いったいどうしたものか、彼女達にとってnew generationsというのは先日のライブのタイトルでしかない。くっそー麻友Pが名前決めたんだったよな…なんてことするんだ。提案しづらいじゃないか。
そういうわけで、どうしようも無さそうなことを悩んでいると未央ちゃんがにまにましながらこちらを見ていた。凛ちゃんも口元の笑みを隠せてない。
「な、なんですか、ぼーっとしてるわけじゃないですよ!」
「あはは、そういうわけじゃないんだけど。ね、しぶりん」
未央ちゃんが目配せすると「うん…」と凛ちゃんが頷いた。
「卯月が何か考え込んでるときは、誰かの為に悩んでるときでしょ?わかるよ」
「しまむーがそんな真剣な顔して私たちの事考えてくれてるのは嬉しいかな!」
未央ちゃんの笑顔には輝きがあって、
凛ちゃんの笑顔には優しさがあった。
「うわ…もう…泣きそう」
っていうか泣いた。
「何で!?」
「卯月、私がアイドルになるって言った時も泣いてたよね」
そもそも凛ちゃんとは初回エンカウントも泣き顔だ。それは特に説明していないので気を使って触れなかったのかもしれないが。はい、とハンカチを渡される。うえぇんイケメンだよぉ…。
「じゃあ…えっと、ユニット名の提案があるんですけど」
「おぉっ」
「いいよ、言ってみて」
二人に促されたのでノートに書き込む。
英語の小文字、複数形。
「"new generations"、です」
「ニュージェネレーション…ってこの前のライブの?」
「なるほどね」
未央ちゃんは疑問を示し、凛ちゃんはそれで今まで言わなかったのかと納得した。
「被っちゃってる…のはわかるんですけど。私はどうしてもその名前か良いなって…」
「うーん、理由とか聞いてもいい?」
「えと…………えっ……と、あれ…」
「えっ!?」
何と説明したものか、と考え始めると私は泣いていた。気づかないうちに目から涙が溢れていた。ぼろぼろと。
浮かび上がったのは記憶だった。
あの公園での、記憶だった。
写真のフラッシュを炊いた時のように、突発的な夏の豪雨のように、ばしゃり、と前の世界の鮮明な思い出が私の心に降りかかった。
「…う、…わ…」
それは全て、体験して、覚えているはずのことだったが、私はこの人生が2回目だという事を初めて認識したように思った。
なぜ、このタイミングなのだろう。
それはたぶん昔を思い出して、私がnew generationsを大切に思っている理由を探したからだ。それを自分で壊してしまった愚かさが情けないし、二人に謝りたかった。
このファミレスで三人でサインの練習をした事も、覚えている。
「しまむー!?」
「大丈夫…!?」
「だい、じょうぶ…ごめんね」
本当にごめん。謝っても仕方がないし、取り戻すことのできないのが前の世界の未来だということに、今気がついた。
「ごめんね…本当にごめんね…」
2回目のチャンスがもらえたんじゃない。
やり直すことができると喜ぶんじゃない。
前の世界の凛ちゃんと未央ちゃんとはどんなに願っても仲直りができない。
彼女達ともう一度友達になることは、
絶対に無い。やり直すことができない。
それが次の世界に来るということだったのだ。
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「卯月が何かを隠してることはわかってる。でもそんなことはいいんだよ。気にすることじゃない」
私が落ち着いてから、凛ちゃんはそう言った。
強い光が二人の目には宿っていた。
「私たちはしまむーを信じてる。それに私たちに言えないことがあるとかないとか、そういうことは関係ないんだよ」
「何があろうと卯月の全部をひっくるめて受け入れることが私の中での"信じる"ってこと。私たちは卯月を信じてる。秘密は言わなくていい」
二人は声を揃えて言った。
「信じてるから」
また泣きそうだったが。っていうか目から涙が流れ続けてるような気がしたが、私は頷いた。
「私は"new generations"がいい。理由は、その名前が好きだから。かけがえのない、私たちの名前になると思うから」
私が泣いて、二人は笑った。
この世界に来て何人も見た。
キラキラして、今を生きる、
そんなかっこいい笑顔だった。