視点は前川みくです。
ラストだけ三人称視点です。
大浴場に行くと、飛鳥ちゃんとまゆちゃんが風呂から上がって着替えているところだった。それ以外の子はやはり夕食のようである。
「やぁ」
スラーっとした白い肢体に黒い下着を着けただけの飛鳥ちゃんが挨拶をしてきた。堂々としたものである。まゆちゃんはこの時間に人が来ると思っていなかったようで飛鳥ちゃんの後ろに隠れて急いでTシャツを頭から被っていた。あ、腕を頭の穴に通してつっかえてる。
「こんにちわーっ!すごーい!飛鳥ちゃんとまゆちゃんだー!」
人に会った瞬間元気モードに切り替えたみりあちゃんがはしゃぐ。
「飛鳥チャンお疲れさまにゃ」
「ああ、おつかれみく。隣の元気な子は……まゆ、キミは何をやってるんだ」
ピンク色のTシャツの頭のところから右腕だけが生えた変な生き物になってるまゆちゃんに呆れながら言う。下着を見られたくなかったのだろうけど結果的に白に赤のレースが入ったブラが丸見えである。下も揃いの下着しか履いてない。綺麗な乳白色の肌や脇が露わになっていて…なんというか、かわいそうだけどやっぱモデルってすごいなぁって思った…。まゆちゃんは焦ってまた間違った穴から左腕を出そうとしていた。
「ちょっと飛鳥ちゃんこっち見ないでください…!っていうかどうなってるんですかこれ…」
その台詞が終わるか終わらないかのうちに、飛鳥ちゃんは謎の猛スピードでまゆちゃんの左手首を掴んだ。
そしてその瞬間、横目でこちらを見ていた。
「わっ、」
ほんの一瞬で私達から目を離したが、その瞳が尋常ではないくらい怖くて、声を出してしまったのは私だ。みりあちゃんはその目線には気づかなかったのか平気なのか、不思議そうな顔をしていた。
「……まゆ、慌てすぎだ。ほら、脱がすから」
「ちょ、…あぅ…」
飛鳥ちゃんが手首を持ったままTシャツを引っ張って脱がす。顔を真っ赤にしたまゆちゃんが出て来た。髪がくるん、となっておらず、降ろされているので新鮮だった。いや、そもそも赤面しているまゆちゃんというのも珍しいのか。
「まゆちゃんお疲れさまにゃ」
「うう…お疲れさまです…」
すぐにシャツを着なおすまゆちゃん。今度はちゃんと着ることができた。いや、そんなことでちょっとどやっぽい顔をされても。
「それはそうと……みくの隣の子供は誰かな…?ものすごく興味が湧くんだけど……」
飛鳥ちゃんのその声がとても冷ややかな響きだったので、私は怯んだ。そして飛鳥ちゃんの言葉を不思議に思ったまゆちゃんは、初めてみりあちゃんに目を向けた。
まゆちゃんが口を開いた。
「
がしゃん、と。
シャッターが閉まるように表情が消えた。
その顔はみりあちゃんの無表情と違って、尋常ではない殺意と敵意をやっとのこと覆い隠しているものだった。
能面に今にもヒビが入りそうなほど詰め込まれたグロテスクな感情はこちらに届いていた。
視線を向けられたみりあちゃんは困惑した顔をして、私の服を掴んだ。これも彼女の演技なのかわからないが、見た目だけは可愛いので反射的に私もその手に触れる。というか私自身、目の前の二人の迫力に気圧されていた。いったいこのプレッシャーは何?
「その子…名前は?」
まゆちゃんが着たのはシャツだけでまだ下半身は下着のまま。先ほどまで恥ずかしがっていたのに今度はそんなことなどどうでもいいという風にみりあちゃんに視線を送り続けていた。私とまゆちゃんの身長はほとんど同じだったはずだけど、私はその異様な雰囲気に負けて、一歩下がってしまった。
みりあちゃんは状況それ自体を受け入れがたいようだった、ただ目を見開いてまゆちゃんの質問には答えれられなかった。
飛鳥ちゃんが表情を取り戻して、しまった、という顔をした。彼女が後ろを振り返った時にはまゆちゃんがその横を通り抜けていた。
「名前は」
飛鳥ちゃんが腕を掴んだ。
「待て!まゆ」
まゆちゃんが叫んだ。
「
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なんやかんやあって、服を着たまゆちゃんと飛鳥ちゃん。
「なんだぁ、プロデューサーさんの娘さんとかじゃかったんですね…焦りましたぁ…」
ほっと胸を撫で下ろしていた。そんな照れたように笑っても…こっちが胸を撫で下ろしたいんだけど…
えぇ?結局、どういう勘違いだったの?
飛鳥ちゃんはため息をついて、首を振っている。みりあちゃんは気まずそうな顔で、私の後ろからじっと二人を見ていた。
「まぁ、実際その子の…みりあの"嘘をついている目"が、ボクらのプロデューサーと酷似していてね。麻友Pは嘘をついてるわけじゃない、なんて、まあ藍子なんかは庇うけれど、仮面を入れ替えている事実は同じだ」
「ええと…みくにはわからなそうな話にゃ…」
元気一杯モードのみりあちゃんを一瞬で"仮面"だと見透かし、断定してしまう、その看破力には感服するけど、言っていることはよくわからない。
そもそも麻友Pって誰だ。首をひねっているとまゆちゃんが教えてくれた。
まゆと麻友って紛らわしいなぁ…。
「"美城麻友"。私たちのプロデューサーですよ。スイッチの切り替えが上手な人なんです」
「苗字しか情報が増えてないにゃ」
「苗字が違うことがわかればいいんですよ」
美城と赤城、微妙に似ている。まゆちゃんはその麻友Pの話が終わればどうでもいいようで、左手にリボンを巻き始めた。いつも付けているやつだ。
「麻友Pに似ているというのが疑惑の出発点というわけではないんだけどね…。実際、ボクに向かって最初に挨拶した時に"嘘をついている顔だな"、とは思った。ただ、子供だしそれくらい珍しくもないと思って一旦は逃した」
まあそれまでは良かったんだ、と飛鳥ちゃんは腕を組む。同時に壁にもたれかかった。目つきが鋭くなる。
「だが、…みりあ、キミは
まゆちゃんは飛鳥ちゃんの言っていることをちゃんとわかったらしく「そうだったんですか…」と苦笑いした。
一体なんの話をしているのかわからない。当の本人、みりあちゃんもその様で、私の後ろで「何にも知らないのに…」と泣きそうな顔で言った。それは彼女の素の顔のような気がして私は思わず頭を撫でた。飛鳥ちゃんは私達に氷のナイフのような目線を送りながら話を続ける。黒いジャージを着ているので、下着姿の時よりも迫力が増していてそのままでいて貰えば良かったと思った。
あまりに怖い。このままじゃみりあちゃんがかわいそうだった。
「自分の身体の扱い方をわかっているというか…ついオートマチックに反応してしまうところをマニュアルの制御下における。その年齢ではかなり異質だよ。現に今、この状況においてまだ演技を続けている」
飛鳥ちゃんが一段と目を細めて、見下すような目線でみりあちゃんを見た。その目はあまりに冷たかった。
まゆちゃんはにこにこと微笑んでいる。
流石にもう許せない。
「演技……演技なんてしてないっ、この泣きそうな顔が見えないのっ?こんなにちっちゃい子二人でいじめて!かわいそうだと思わないの!?」
「事実だ。ボクとまゆの意見が一致した以上、赤城みりあは確実に嘘をついている」
「うるさいっ!もういい!着替えたんなら出てって!」
飛鳥ちゃんは「まあいい」と嘲笑うように言った。もたれかけていた壁から離れる。
私の方を睨んだ。
「……っ!」
その視線は、本気で憎悪をこちらに向けているものだった。みりあちゃんをこの世の悪だとでも断定するようなそんな表情だった。
でも私は一歩も引かなかった。睨み返した。
後ろにみりあちゃんがいるんだから、下がれない。
私に秘密を明かしてくれたこの子を守るのは私の役目だ。
「行くよ。まゆ」
「はい。飛鳥ちゃん」
飛鳥ちゃんの無感情な言葉にまゆちゃんは愛しくて仕方がないと言った様子で返事をし、二人ともこの部屋から出て行った。
私とみりあちゃんはいつの間にか手を繋いでいた。
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みりあちゃんを抱きしめると、こんなに小さかったんだ。と改めてわかる。私は膝をついて、彼女をしっかりと抱きしめた。
「ごめん、みりあちゃん。怒鳴っちゃって」
「…みくちゃん。みりあは…」
「大丈夫。わかってるから、言わなくていいよ」
嘘をついている。抱きしめているので顔は見えないが、さっき
だって、彼女の素顔に表情は無いのだから。
抱きしめたまま背中を撫でていると、みりあちゃんが体を震わせて、深呼吸をした。
そして、しゃくりあげるように泣き始めた。私は驚いて少し彼女から体を離す。
顔を見ると彼女は笑っても歪んでもいない、それなのに涙が流れていた。
ひっく、と息を急に吸い込むようにして泣く。それでも彼女の素顔は変わらなかった。
夏祭りで売られているお面のようだった。
顔のパーツが動かない。
でもそれが悲しそうに見えることもあって。
涙を流していたら、尚更だった。
「…私さ、笑えなく…っ、なっちゃってるんだよね…ひっく、…強がって、さ、偉そうにしちゃったけど、ほんとは、なんか、わかんなくて」
「…うん」
「でも、…ここに来て…みりあを演じてみたら、意外とできて。でも、まだ、ちょっと、大変で。あんまり、長く続けるのはきつい、かもしんないんだけど」
「うんうん」
「いや…そんなことが言いたいんじゃなくて…でも…いや……うん…」
みりあちゃんは俯いて黙ってしまう。その目からはまだ涙が落ちていた。私はその頭を撫でながら少し話してみる。
「さっきの"泣きそうな顔"は、眉も下がっていたし、口も歪んでいたし、何より本当に悲しそうだった。だからやっぱり、あなたの言っている"みりあ"だったんだなぁって思う」
演技だったんだなぁって。
目の前のこの子はさらに俯く。
「だけど、あなたも今、ちゃんと泣けてるよ。お面なんかじゃない。ちょっと顔が綺麗なままなだけで、涙はちゃんとこぼれてる」
私はまた彼女を抱きしめた。ぎゅうっと抱きしめた。今度はみりあちゃんも震える手で、私の方に腕を回してくれた。
「…私…」
「ん?何?」
少しだけ体を離してみりあちゃんの顔を見る。
「私とみくって…友達だよね?」
不安そうな瞳。わたしは笑ってこたえる。
「当たり前にゃ!みくとみりあちゃんは友達にゃ!だから…私はずっとあなたの味方だよ」
すると揺れ動く瞳は止まって、
微かな安心に変わった。
なんだ、ちゃんと表情がわかるじゃないか。
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更衣室内の一件落着を見届けた佐久間まゆと二宮飛鳥が廊下を歩いている。
「素晴らしい悪役っぷりでしたねぇ」
「………」
まゆがにこにことしているのに対して、飛鳥は無表情で黙っている。
「ああいう、小さい頃のまゆや飛鳥ちゃんみたいに、"嘘がつけてしまう子供"には誰か味方がいてあげなきゃいけない。そう考えての行動だとは思います」
「…知ったことじゃない」
ほとんど無視して歩く飛鳥に、まゆはますます嬉しくなる。
「どうやらみくちゃんはみりあちゃんの何らかの裏面を知っているようでした、でもそれを不気味に思っているのも確かに感じました。それをどうやって味方につければいいのでしょうか?」
さらに楽しそうに語り出したまゆを諦めて、飛鳥はため意をついた。
「みりあちゃんがその異質さ故に攻撃を受けて、追い詰められている場面を目の当たりにさせる。庇護欲を煽る。みくちゃんのような素直で実直な可愛い女の子なら使命感や正義感に燃え上がって、みりあちゃんの味方になってくれる。流石の手腕でした。そうですよねぇ」
「知るか」
その冷めた反応が面白くて、くすくすとまゆは笑った。
「まあ、結果から見ればそれは成功したといえますけど。どうでしょう、危険な賭けではありませんでしたか?」
飛鳥は一瞬思考して、すぐに答えた。
「確かに、簡単な話では無い。例えまゆとボクの意見が一致していたところで間違いだってあるだろう。しかし一旦の解決に踏み切ったのはまゆが突っ走ったからだ」
「あらら、そうでしたっけ」
嗤うまゆに対して。飛鳥はため息をつく。
「まあいい、いくぞ」
「はい」
二人は誰もいない廊下を歩いて、去った。