「島村卯月、逆行します!」   作:赤猫;

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視点は前川みくです。



31.前川みくは知っていた。③

プラスチックの椅子に座って髪をシャワーで濡らす。私は横に座るみりあちゃんに視線を送る。隣で淡々と髪を泡だてている。雑。身長は私より10センチ低いくらい?バストは11歳にしては膨らんでいる方な気がする。腰はまだ女性的なラインにはなっていない。とはいえツーサイドアップをやめると現在無表情モードなこともあいまって中学生くらいには見える。ところどころに泡が付着している腕と足は、細いが健康的に思える肉は付いている。長さは短い。関節は子供らしく細い。肌は指でつついたら柔らかい反発が返ってきそうな張りがある。色も綺麗で……

「みくちゃんリンスとボディーソープ間違えてるよ」

「にゃ、危ない危ない…」

要するに虐待を受けたような痕は無いということだ。別に私は性的な視点で隣のこの子を舐め回すように見ていたわけでは無い。親やクラスメイトからの虐待、いじめが行われている可能性を考えてのことである。

まあ…この年齢の子供が二重人格のような症状を出していて、なおかつ殴る蹴るの身体的暴力が行われていないとすると…。

残るは精神的暴力か性的暴力を受けた可能性があるわけで…。ただ、最も恐怖を感じる性的暴力の方は彼女の女性器を見ないとわからないので流石に確認は無理だ。

そして精神的暴力の方は…はっきり言って受けていなければこの現状はなんなのか誰か説明してみてほしい。どう考えても受けているに決まっている。しかしその暴力の内容は不可抗力なのかもしれないし、自傷なのかもしれない。それなら精神的暴力とは言わないわけだが…。ともかくなんらかの精神的圧力が過去に彼女を襲った、もしくは彼女自身の形成された性格それ自体が彼女を生きにくくしていて、結果的に自分の心を自分で暴力に晒すというような…

「ぼーっとしてると風邪ひくよ。私もう湯船の方行くから」

「あっ、うん」

タオルをぶらん、と片手に持ってペタペタと歩いて行くみりあちゃん。恥ずかしいとかいう感情がなさそうな態度だ。そして確かに細いがその背中、太ももからくるぶしまで、どこにも痣は無い。

適当にわしゃわしゃと髪を洗って、ボディーソープと一緒に流して。みりあちゃんの後を追った。

 

______________________________________

 

みりあちゃんと隣り合わせ、湯船に浸かっている。

「みくちゃんに協力してほしいことがあるんだけど」

「なに?なんでもするよ」

というか今まさに自分にできることを考えていたところだった。特に思い浮かばないわけなんだけど。

「あはは即答だね」

「まあにゃ」

この無表情みりあちゃんを飛鳥ちゃんは見ていないわけだけれど、そこまで読んでいたからこそ、あそこまで言ったのだろうか。と、落ち着いた今思う。みりあちゃんは先ほどこそ目から涙を流していたが、今は全くだ。飛鳥ちゃんに指摘されていた時、あの時は"表情モード"だった。つまり、飛鳥ちゃんの指摘は基本、みりあちゃんの表層を撫でるだけだったはずだ。それにみりあちゃんには自覚があった。つまりいくら言い方が強くても注意喚起以上に傷つけることが出来なかったはずなのだ。

冷静になって考えると、飛鳥ちゃんやまゆちゃんが小さい子供を攻撃する為だけにその行為を行うはずがない。あの子達はあの子達でそれぞれコンプレックスを抱えた、人の痛みをわかる子の筈なのだ。それは会話を交えて知っている。というか二人とも結局アイドル活動中もそんな感じで、ファンに愛されているのはそんな部分だとも思う。(まあそれにしたってもう少し優しく言えないのかとは思うが)

じゃあ。あれが問題提起を促すためのものだったとしたら、掘り起こされたみりあちゃんの問題はなんだったのだろう。言い換えるなら、一体(だれ)があの時みりあちゃんを泣かせた?

「さてそんなみくちゃんに質問」

「はい、どうぞにゃ」

「みくちゃんはなんで猫キャラやってるの?」

「それは猫が好きだからにゃ」

私が言うと、ぐいっ、とお面の顔をこちらに向けてくる。

「それだけ?自分に個性がないからじゃなくて?」

「あれ、何?今度はみくが追い詰められる番?」

めっちゃいま心に響いたんだけど。

「いや別に、というか、そうなんじゃないのって話。みくちゃんはさ、今のCPで10年後に業界で生き残っていそうなのは誰だと思う?」

突拍子も無い質問だ。みりあちゃんの言うことなので一応考えてみる。でも私には特に明確な誰かは思い浮かばなかった。そういうわけでこう答えた。

「それは…全員にゃ」

「じゃあ確率の高い順番」

「………。一番は………。いや…みんな同じくらいの確率だと思う。少なくとも今のみくには読めないにゃ」

本心である。だってまだ殆ど始まってすらいないのだ。するとみりあちゃんはうんうん、と頷いた。

「まあそうだよね、というか私の予想ではほぼ全員生き残るから、だいたいみくちゃんに賛成だよ」

予想と言う割には"みくちゃんは正解だよ"とでも言うような口調だった。

「みくは単純にわからないからだけど…みりあちゃんには全員生き残るっていうビジョンが見えてるって言うこと?」

「間違えないでね、"ほぼ全員"」

「誰かが脱落するってこと?」

そういうとみりあちゃんは少し黙った。顎に手を当て考えたのち「脱落しない理由を簡単に説明するね」と言った。

「う…うん?」

「わかりやすいのから。神崎蘭子ちゃんは世界観。諸星きらりちゃんはファッション。三村かな子ちゃんはグルメ。この時点で質問ある?」

うーん。そういうことか。

「多分無いと思う。まだみくがみんなのことちゃんと見抜けてないってことで、実際そういう部分がみんなの武器になるってことだよね?」

「武器というか…パイプって言えばいいのかな。一つだけでも強い業界の繋がり、もしくは硬いファン層があれば続くもんなんだよね。そのためには結局、自分だけの際立った特徴が必要なわけだけど」

「うん…多分なんとなくわかる。続けてみて」

大浴場の蒸気が溜まった天井を仰ぎ見る。私達以外誰もいないので声がよく響いた。みりあちゃんは手持ち無沙汰なのか、お湯を指で弾いたり、水鉄砲で遊んだりしながら続きを語った。

「緒方智絵里ちゃんは天然の清純…つまりファンにとって疑う必要がないってことかな。多田李衣菜ちゃんはロック、今は全然だけどね。きっかけがあって、殆どカリスマのような存在になる。城ヶ崎莉嘉ちゃんは美嘉ちゃんが踏み慣らした道を歩くことになって、本人は複雑な気持ちを感じそうだけど、その道から脱落する事はない」

結構自信を持った話し方をするんだなぁ、と思った。まあどれだけ物事を考えられてもまだ小学生だし、そういうとこはあるのかもしれない。一応それは可能性の一つでしかないことも本人はわかっているだろう。というわけで別に否定することでもない。一言付け加えるだけだ。

「うん、そうだね。そういう未来もあるかも」

私が大してその可能性を高く見積もってないこともお見通しなのか、みりあちゃんはただ頷いた。

「もちろん私が語るようになるかどうかはわからない、し、個人的にはならないようにするつもり。続けるよ」

ならないようにするつもり?成功している未来なのに?

あ、ほぼ全員か。

「アナスタシアちゃん、理由は歌。既に歌なら相当日本語が流暢な彼女だけど。"歌が上手な凛々しい誰か"とペアを組んで、歌手としてかなりの人気を得る。新田美波ちゃんは()()()。双葉杏ちゃんは()()()。他は…。以上だね」

うーん。…まあこの予想が不確定だという事は考慮しても仕方がないから、ある程度説得力のある未来として話すべきか。それから印税生活希望アイドル杏ちゃんが続けているのかどうかは今は割とどうでもいいことのはずだから置いておく。

「一見蘭子ちゃんきらりちゃん、かな子ちゃんはちゃんと理由があるように見えるけど。そう見えるからこそ、一番最初に持ってきたんだよね?つまり成功する確率が低いの?」

私が言うとみりあちゃんは驚いた。顔も変えないくせに驚いたとなぜわかるかって言うと、手を顔に持ってくると言うリアクション付きで「わぉ!」と言ったからだ。いやそれ馬鹿にしてない?

「凄いね、みくちゃんは。飛鳥ちゃんほどじゃないけど。まー、どーだろうね。会話を進めやすくするためにそうしたのは否定しないし、わかりやすいってことは飽きられやすいって事にもなるから。でもフォローしておくと、三人とも歌って踊るアイドルとは違う形で活躍することになる、と私は思う。まあ、この厳しい世界で10年間生き残る事が出来るとしたらどんな形でも十分褒められるべきだよ」

きらりちゃんが歌って踊らないアイドルと言われても普通に思い浮かばないがまあそれも今はスルーだ。それから10年間生き残れたらすごいのもわかっている。というか、私が最初に全員と答えたのは、全員脱落している未来も普通に視野に入れていた。みりあちゃんは何故かそれを全く考慮していないみたいだったけど、普通にありえることだ。

しかしそれもまた置いといて、今出てきたアイドルの名前は9人、現在CPは11人いる。みくとみりあちゃんの名前が入っていない。みりあちゃんは当人だからもしかしたらわざと抜いたのかもしれないが…。

「じゃあ一番気になってることを聞くけど、みくの名前が出てこなかったのはなんでなのにゃ?」

「キャラがわかりやすすぎて一年も経たずに飽きられるんじゃないかとみりあは思ってるの!」

いつの間に元気モードに切り替えたのか『わー!』と抱きついてくるみりあちゃん。裸のままで。元気モードでもなんでもいいけど、もうちょっと恥じらいを知ってくれないだろうか。私もそのまま湯船に押し倒さればっしゃーん!と湯船が波を打つ。

というか。

「にゃー!酷いことをいうにゃああ!」

ばっしゃーん!とひっくり返すようにみりあちゃんを湯船に押し倒し返した。酷いことをしてしまった。

「ごぽごぽ。ごめんごめん、まあそういうのは勢いよく言っておこうと思って。それで相談なんだよ、最初に戻って」

「私に協力してほしいこと?」

「そう。私と同盟を組んで、キャラクターを補強して行こうって話」

______________________________________

 

「まずはみくちゃんと並んで私の名前が出ていないことを説明するね」

「はい、どうぞにゃ」

今度は向かい合って話している。みりあちゃんの顔がいくらか真剣に…見えなくはないが、これは別に変わってないな、うん。

「まず、今の私の武器ってなんだと思う?」

「えっと…元気さ?」

私が答えた瞬間みりあちゃんが拳で水面を思いっきり叩いた。ばっしゃーん!無表情は無表情なんだけど、どちらかというと突然のブチ切れモードのまま叫んだ。

小学生(ロリータ)だってことだよ!!

「うわああぁぁあ!!??びっくりしたあぁぁ!?」

荒れる波に身を任せてみりあちゃんから距離を取る。あとご機嫌も取る。

「落ち着いて落ち着いて。いやいや、そんなことないにゃ。みくはちょっと裏面とかを知っちゃったからすぐ思い浮かばなかっただけで。普通あどけなさとか、純粋さとか、そういうものを挙げる人の方が多いはずにゃ」

「うーん。それじゃダメなんだよねー…。小学生も、幼さあどけなさ純粋さも、なんでダメかわかる?」

一気に熱が冷めたみりあちゃん。やっぱり会話のテンポ難しい。答えは思いつかないのでさっきのみりあちゃんが言っていたことから引用する。

「えっと、業界の繋がりにならないから?」

「違う、私たちは歳を取って成長するからだよ」

そこでみりあちゃんはざばぁっ、と湯船から立ち上がった。隠そうともしないので小さい肢体が全て丸見えになる(もちろんまだわからないがパッと見た感じ性的暴力は受けてなかった)。ともかく……

なるほど、わかりやすい、と思う。

「つまり、今のみりあちゃんを支えているのが全て()()()()()()()()だ、っていうのが問題なわけだ」

「Exactly。その通りだよみくちゃん」

満足したのか、ぽちゃん、とお湯の中に座り直す。イクザクトリィめちゃくちゃいい発音だった。みりあちゃんは続けて話す。

「幼さ、あどけなさ、元気さ、無邪気さ、そういったものは成長とともに消えていくものだし、ファンもそう思っている。だから演じても寒いだけだし。姉の道を進んでいける莉嘉ちゃんとは違うし。何より最初についたファン(ロリコン)のターゲットゾーンから外れて成長するのが強固なファン層を獲得できない原因なんだよ。これから10年で一番身体が成長するのは私なんだから」

「まあ…そうだね…確かに」

実態がどうであれファンをロリコンって呼ぶのはまずいと思うが、言ってることは納得できる。外見から私たちアイドルを応援してくれるのが基本なのにその外見が変わっていくのだ。

「しかも…こっから難しい年頃に入ってくしさ、人生二週目ならまだしも、普通の小学生がそこまで考えれるわけないじゃん」

「みりあちゃんは考えてるけどね」

と返したところで。あれ?じゃあいいじゃん、となる。

私の疑問を読んだみたいで、みりあちゃんは私の方をびしっと指差した。

「そう、だから最初から、"ちゃんと考えられる"ってことをキャラクターの中にねじ込んでアイドルとして世に出る。それはみくちゃんも同じでしょ。猫キャラ()()()()()()、が必要なんだよ」

武器になる"キャラクター"だけじゃなく、それ以外の魅力を意識して自分に付加していかなきゃならない。それによって本来自分が推していきたいキャラクターを際立たせる。一理あるどころか百理ある。実際、シンデレラプロジェクトのオーディションに受かるまでくすぶっていた私がずっと考えていたことだった。

それからはっきり言って、みりあちゃんの未来予測が間違っていようが、詐欺だろうが、騙されるだけの価値がある。

この子が提案しているのは()()()()()()()()()()()()()()なのだから。"友達"を"契約"に変えたのか、"友達"だからできる"約束"なのかわからないが。その曖昧さは今日が初対面のような私たちにふさわしいはずだ。

「納得した。同盟内容を具体的にするなら、私はみりあちゃんとの会話で、本来のロリキャラだけでなく、賢さ、利発さをアピールできるようなアシストをする。そしてみりあちゃんを信頼していることを態度に表すことで、あなたの価値を高く演出する」

「私はみくちゃんとのやりとりの中で、みくちゃんが猫キャラだけじゃなくて、仲間思いだったり、熱い子だったりするのを引き出させる。難しいけど私はみくちゃんのいろいろ知ってるから、いけるよ。何より、私達の信頼関係が強固なものであることがアピールできているならそれだけで問題は薄まる」

「よしっ」

私はみりあちゃんに向かって手を差し出した。

「じゃあ」

その時彼女は確かに、その仮面の下に笑みを浮かべていたと思う。

「「同盟成立にゃ!」」

 

 

 

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