まだファーストライブ終わらないです。
「びっくりしたよ、卯月」
凛ちゃんが駆け寄って来る。私は対峙したままのみりあちゃんから一旦目を離した。彼女は結局不思議そうな顔と幼げな笑顔を崩さなかった。嘘をついているだろう、多分。今までが完璧すぎたのだ。
もし武内Pと一緒に、私と一緒に、10年後の世界からここに飛ばされて来たのだとするなら。最初のタイミングは宣材写真を撮る時だ。私が見抜くタイミングではない。私はそういうのが鋭い方ではない。
つまり、その時に麻友Pに見られているはずなのだ。まゆちゃんと飛鳥ちゃんに人を見抜く目を教えた彼女にバレなかったということはその時点ではみりあちゃんの演技が完璧に及んでいたということ。
それより前はわからないが…ともかく。
だからこそ今のミスは私が違和感を大きく感じるものとなった。
いや…ミスというより。彼女はこの時代に戻って来ていることを私に隠していたようだった。なのに私たちの危機を救うために、名前のわからない女の子を救うために、私にバレる可能性を敢えて犯した。そういうことだろう。
「みくちゃん」
私が凛ちゃんの方に体を向けた瞬間背後で小さい声が聞こえた。振り向くとみくちゃんとみりあちゃんが手を繋いで私から離れて行くところだった。取り逃がしたような、いや、少し救われたような気もする。みりあちゃんが戻ってきたなら、前の世界とは全く動きの違う島村卯月がこの世界の人間じゃないこともすぐわかったはずだ。つまり、今まで見逃していてくれた、ということなのだろう。
みくちゃんは私やみりあちゃんの未来の話を聞いているのだろうか?それともみくちゃんもこの時代に戻って来た仲間?いや…どちらにせよ私の未来を知っているなら…彼女なら糾弾してきそうな気もする。向こうの世界でシンデレラプロジェクトを裏切った私を。
「ほら…えっと…挨拶したら?」
凛ちゃんが言う。何のことかと思ったが、傍に先ほどの巻き髪少女がいた。極度のコミュ障のような感じで、ほとんど言葉が出てこない。やっとの事で、絞り出した声もかなりか細いものだった。
「本当にありがとうございました。…死ぬところでした…」
「あはは、いえいえ。もう向こう行っちゃいましたけど、リーダーを呼んできてくれた子のおかげですよ」
「……………」
目の前の子は少し驚いたように目を開いて、何かを言おうとしたが、コミュ障が発動したらしくそのまま黙ってしまった。凛ちゃんの方を見ると、なぜか呆れたような目で見られた。察しろというのだろうか、無理である。
「まあ。卯月はそういう子だから。でもステージ上ではもっとちゃんとしてるんだよ」
「そういう子ってなんですか」
というかこの子にアイドルだってことを話したのか。見ると、巻き髪少女の手には今日のライブのチケットが握られていた。私が指差すと、凛ちゃんが答えた。
「私があげたの、どうせ余ってたし」
「ですよね。ファンの子とかだったら凄いなぁと思いましたけど。こんな雨なのに来てくれるんですか?」
「…い、行きますけど…」
「それは嬉しいです!では、会場では傘が差せないので。どうぞ!」
コンビニの袋からカッパを一つ出して彼女に渡す。遠慮されたので腕を掴んで手に押し込んだ。「ふぇぇ…」と言われる。
「…どうも…ありがとうございます」
最後に少女はぺこりと頭を下げた。そこで私達は手を振って別れ、未央ちゃんと一緒に会場に向かった。
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「しまむーはさぁ、あの子のこと知らなかったわけじゃん」
横を歩く未央ちゃんが傘をくるくると回す。
「そうですね」
というか最後まで自己紹介をしなかったので、結局名前も知らずに終わってしまった。ずっと目が合わない子だったが、容姿はかなり良かったと思う。服のセンスもメルヘンな感じで。アイドルのようだった。そう考えるとどこかで見たことがあるような気もするが、思い出せなかった。
「でも助けに行ったわけじゃん」
「ほんとに…それ。びっくりした」
凛ちゃんも同調するように頷いた。
「凄いかっこよかった」
その顔は少し興奮しており、そして、私の読み取れる限りでは自分がさっさと飛び込まなかったことを悔いている感情もある気がする。
「うーん」
まあ、言いたいことはわかる。けど、別に私は一般の基準から外れた善性は持ってないし、逆に当時最良の友達を一時の感情で裏切ってしまうようなクズだ。なのであまり面白くない回答になってしまう。
「さっきの私を包んでいたシュチュエーションがそうさせただけだと思いますよ。凛ちゃん達みたいに複数人で行動していたら巻き込むことを考えて走り出さなかったかもしれません、それにコンビニを走り回って身体や脳が興奮状態にあったとか、他にも英雄願望が」
「ちょ、ちょっと待って。待って。どうしたのしまむー顔が怖いよ」
「え、そうですか?」
未央ちゃんの方を向く、びくっ、とされた。
ああ、しまったこれ、昔に戻っちゃったやつか。と、私は気づく。凛ちゃんに肩を引っ張られる。まあでも凛ちゃん達なら大丈夫か、とそちらの方を向くと、顔をまじまじと見られて、両手で頬を掴まれた。もにゅ、と揉まれる。
「凛ちゃん?」
唇の動きが制限されているので実際は結構間抜けな呼びかけになってしまった。凛ちゃんは真剣な目でこちらを見ていた。
「大丈夫だから、卯月」
私に言ってるのだろうか?自分に言ってるのだろうか?
「……?大丈夫ですよ?」
頬をぐにぐにとされる。凛ちゃんの表情は複雑だった。眉や唇が曲がり、黒目の動き方も一定ではない。目尻の角度も変わるし、結局怒ってるのか困っているのか自分でもよくわかってないような顔だった。
そして今の私はそういった表情が全て欠落している状態だろうなということを理解した。
「………?」
凛ちゃんは結局怪訝な顔に落ち着いた。その表情からは苛立ちとか、そういうマイナスな感情は感じなかった。「あれ?」というような顔だ。頬から手を離される。私も自分の顔に手を当てグニグニとする。顔の筋肉の硬直はまだ戻っていないようだ。とりあえずフォローしておく。
「えっと。凛ちゃん達と話してればすぐ戻るので大丈夫ですよ?」
「ああ…うん。なんか、意外と普通だね?」
「あはは、それはそうですよ」
みりあちゃんが自分と同じ世界から来ていると半ば確信して、それで連鎖的に、アイドルを辞めた後の自分も思い出しただけだ。今までその自分をジョークのように扱ってきたが、実際昔の自分を知っている人間が現れてより鮮明に感覚されたようだった。そういうわけで、一時的に昔の自分に引っ張られてるのだろう。
この世界に来る前の私は笑えなくなっていたのだ。
笑えることに。
「ちょっとちょっと〜しぶりんだけずるいぞ〜!」
「わぁ、やめてください〜!」
今度は未央ちゃんにほっぺたをもにゅもにゅされる。
私は昔の身体に戻ってきて、意外とすんなりと表情を取り戻した。多分、肉体の若さとか、それこそ私を取り囲む状況が違うからだろう。それから、なんというか10年分の経験は私に余裕を生んだ。客観的に自分を見る余裕だ。それで、私は私を取り戻したのだと思う。
まあ相変わらず考え込んでいるときに周りが見えなくなったりはするのだけど。
「負の感情は見えないと思うんだけど」
「そうだよねぇ、顔以外は普通にいつものしまむーだし」
「ただ単に接続が切れただけみたいな…あ、今ちょっと口角上がった」
気づくと凛ちゃんと未央ちゃんに顔を覗き込まれ、考察されていた。「わっ」と、私はびっくりする。
「おっ、変わった」
「変わったね」
未央ちゃんと凛ちゃんが左右からほっぺたをもにゅもにゅしてくる。
「もう!なんなんですかー!」
私は自分の表情をだんだん復元出来ているのを感じながら、スイッチを押し込むように少し強めのリアクションをする。バチッ、と身体と意識が嵌った気がした。たぶん、これが"余裕"だ。
試しに私は幸子ちゃんみたいな得意げな笑顔を思い描いてみる。二人は私の顔を見てにやりとした。
「しまむー復活だね!」
「なにそのドヤ顔、かわいい」
二人は傘を持ち直して、また歩き出した。
私もすぐに横に並ぶ。未央ちゃんが大雨のずっしり雲だろうと構わず空を見上げた。「なんていうかさ」呟いて、それから、吹っ切れたように笑った。
「しまむー、ちゃんと私たちのこと信じてくれてるんだね。さっき顔見たときびっくりしちゃってごめん」
凛ちゃんがふっ、と笑みを浮かべる。
「そうだね、私たちに嫌われるんじゃないか、とか。変なこと考え始めるんじゃないかと思った」
「ああ、そういうことだったんですね」
"大丈夫だから"。さっき凛ちゃんが言ってくれた言葉だ。
"私たちはあなたがどんな内面を持っていたとしても覚悟は出来てるから"とか、"仲間だから"みたいな意味が含まれていたのだろう。
それは前に凛ちゃんと未央ちゃんが言ってくれたことで。私は、思い出すことなく憶えていた。
つまり、ちゃんと感じていた。二人のおかげだった。
未央ちゃんが照れたように頭をがしがしとかいた。
「なんか、ライブの前に変な空気になっちゃったね」
凛ちゃんはニヤニヤと唇を釣り上げた。
「なんで?私は卯月と友情を確かめ合えて嬉しいけど」
私は二人に挟まれて自然と笑みがこぼれてきた。
「じゃあ、new generationsの初めてのステージ。頑張りましょう!」
三人で雨空を殴るように拳を上げた。
掛け声が重なって響いた。