まあこんなところだろうな、と思いつつ私は雨合羽を配る。
「来てくれてありがとうっ!これカッパです!」
幼い笑顔で。
卯月さんと私が買ってきた雨合羽は大体チケット売上数の3分の2くらいだ。それでも現在までの客の入り方だとあまりそうだった。黄色のポンチョを着ている私にファンが近づいてくる。
「おにいさんどうぞ!チケット確認はあっちだよ!」
卯月さんとみくちゃんの雨合羽配布ツイートを知らなかったのか、本当にアイドルが配ってるとは思わなかったのか、私が雨合羽を手渡したファンは戸惑い照れながらも受け取った。にこっ、と私が笑いかけるとその顔がほぐれ、微笑ましいものを見るような優しい表情になった。この世界に来て、その瞬間が私にはたまらなく嬉しかった。自分の価値を感じられた。未来の自分との差を感じて複雑な気分にならないでもないが(なるに決まってる)、この世界に戻って来たからにはそんなことを気にしてチャンスを不意にするわけにはいかない。
ファンが「がんばってね」と言ってきた。私はえへへーと照れたように笑った顔を作り「はい!頑張ります!」と答えた。名前も知らぬ相手を手を振り見送る。周りを見ればCPのみんながそれぞれのパーソナルカラーのポンチョを着てカッパを配っている。ちなみにこれはみくちゃんの案だ。なるほど、わかりやすかった。まあ正直、14人もいて、ファンの数はまばらであるから手持ち無沙汰になっているメンバーもいるのだが。雨が降っていなかったら撮影会が始まっていてもおかしくない。
「あ、あの…」
後ろから特徴的な女の子の声が聞こえた。振り返ると森久保乃々さんがいた。
彼女は未来でどんな活動をしていたのだろう。乃々さんが346に入ったのは卯月さんがCPを抜けてしばらく経ってからだったはずだ。そのころから私は私のアイドル活動のことで精一杯だったし、アイドルをやめてからはその方面の情報を意識して遮断していたというのもあって、つまり情報はあまり無い。ちょっと前にテレビで見かけたような気もする。文香さんと一緒に何かの番組の何かのインタビューに出ていた気がする。
考え事は瞬きの間だけにして目の前に意識を戻す。
さっきコンビニで会っていることに気づかないふりをしたほうがいいかな。しなくていいでしょ。
「ああ!さっきのおねーさん!大丈夫ー?怖かったよねー!」
「う、うん…。えっと、ありがとう…助けてくれて」
私の勢いにビクッとしながらも、乃々さんはぺこりと頭を下げた。可愛い赤色の傘も一緒に傾く。顔を上げても頭半分身長が低い、あ、若干しゃがんで前傾姿勢になって目線を合わせてくれているのか。
返答。謙遜はしなくていいけど嘘はついたほうがいいかもしれない。
「えへへ〜いいよー。でも、卯月ちゃんがあの女の人を呼んで来てって言ったからみりあは呼んできたんだよー?」
「そうだったんだ…でも本当にありがとう。ライブ…頑張って…」
「うん!おねーちゃんもまたね!」
歩き去る乃々さん。子供の目線に立って会話してみるとわかるが、卯月さんや凛さんと話しているときの乃々さんと違った。…なんというか、距離が違う。こちらに対してきちんと歩み寄ろうとしているような雰囲気を感じた。姿勢もそうだが、目線、声の調子が普段の彼女とは違うのだろうと容易に想像できる挙動。しかもそこに後ろめたさが無い。プラスの感情のみが私に向けられている。
それは助けられた義理だけだろうか。赤城みりあの個性が好かれているだけだろうか。たぶん、それらの要因よりも彼女自身が本来、子供好きなのだろうと感じた。彼女の余裕なさげな態度の中にあったのは恐らくそういう感情だった。
「雨止まないね」
みくちゃんが話しかけてきた。この人も子供好き…というか、まあ子供に限らず優しい人だ。私はその優しさを無駄にはできない…いや、優しさじゃなく…正義のようなもの…。行動理念のようなもの、か。
みくちゃんの呼びかけにとりあえず私はニュージェネの3人を見る。
「そーだね。まー、未央さんの精神状態はぱっと見大丈夫そうだし。莉嘉ちゃんが駄々こねてるくらいで、こっちには特に戦意喪失とかはなさそう」
「戦うわけじゃないんだけどにゃ。問題は、ファンのみんながサガっちゃうってこと?」
「結構無視できないくらいには雨降ってるしね…何か手を打たないと」
カッパのシワに溜まる雨をみくちゃんが猫のように身体を振るい払った。猫キャラの徹底凄い。
「MM作戦を使うの?」
「そんな作戦名は知らないけど」
「
「安直すぎるでしょ」
私の素っ気ない態度にため息をつくみくちゃん。もしかしてこのポンチョもファンに配るカッパもその作戦名の範疇なのだったのかな。というか協力体制そのものを指してMM作戦か。
「別に作戦名はなんでもいいんだけど。秘密兵器、どうするの?"打てる手"ってそれしかないでしょ?」
「…そーなんだけどね…作っておいてあれだけど、あれは自然な形で使うことができない。みんなの戸惑いの中、強引にねじ込むことになると思う。しかも観客の反応が読めない。熱源がないと…MM作戦?…は決まらない。CPでの私の立ち位置が多少変わることになるし…つまり覚悟がいる」
私の深刻そうな声音を受けてもみくちゃんは(猫っぽく)首を傾げるだけだった。
「覚悟なんてとっくにキマッちゃってると思ったにゃ」
「なんか今イントネーションおかしかったよね?」
「別に、逸脱した価値観で常人なら躊躇する道を気が触れたように選択していくのかなって思ってただけだにゃ」
「じゃあ合ってたわ。その内容は間違ってるけど発音はあってたわ」
私達はいい加減客が来なくなったので入口の方に戻ろうと足を進める。
「どうするにゃ?一応、準備はしてきてる。機材も見てきたけど346のスタジオで試した時と大差がなかった。スタッフさんを無理やり突破すれば問題はあんまりないよ」
「やる気満々だね、キマッちゃってるのはみくちゃんじゃないの?」
「年上だからにゃ、みりあちゃんみたいな小さい子がこんなに考えて動いてるのにみくがその指示待ちなんて、ダメでしょ」
「…そーいうとこ、ほんと尊敬」
「そりゃどうも、普通だよ」
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私たちがみんなに遅れて屋内に入る、そして控え室にまで戻る最中だった。角を曲がった瞬間何かおかしなものを見てしまい、すぐにみくちゃんの手を引いて戻り壁の影に隠れる。何か言おうとしてくる彼女に対し、顔の笑顔をやめて首を振った。すぐに頷いて口を閉じる。理解が早い。小声で私が説明する。
「美嘉さんがドアに聞き耳立ててる。ここ曲がって一番近い右手側のドア、なんの部屋かわかる?」
「さっき機材探してうろちょろしてたからわかる。スタッフさんの部屋にゃ。目的の機材はここじゃなくて普通にステージ横にあったけど」
「スタッフの部屋…?プロデューサーかな?」
「聞き耳の理由にはならないにゃ、みんなは控え室に戻っちゃったみたいだし。私たちも戻ったと思って背後を警戒してないのかもしれないけど…」
少し顔を出して美嘉さんの方を伺う。あまりにも露骨、少し開けた扉から中を何とか視認しようとしつつしゃがんで聞き耳を立てている。
「どうするにゃ?今度は喋りながら歩いて来て気づいてもらう?」
「いや…有耶無耶にされてもいいから真意を探っとく必要はあると思う。私だけ行く。もし追求された時の設定はみくちゃんが武内P探してあらぬ方向にいっちゃった、私はそれを探してるみたいな感じで」
「まあ、みくが行くと先輩だし同年代だしかなり気まずいしにゃ。おっけ、MM作戦始動にゃ」
にゃん、と猫の手を出してくるみくちゃん。猫語尾取れてないしさてはこの子余裕だな。その手を適当にタッチする。
「……はいはい…、…スタート」
すぐさま私たちは別の方向に移動する。
「あれ!何してるのー?美嘉ちゃんー!」
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先に言っておくと、美嘉さんは私がただの明るい子供でないことはある程度認識している。ただ、飛鳥ちゃんや杏さんほどの観察力は無いため、その認識や行動はこちらの予想の範囲内にある。つまり、ある程度自立した精神を持つ子供に対する対応だ。
例えばショッピングモールに莉嘉ちゃんと三人で遊びに言った時と、私を二人っきりで屋内プールに連れていった時の美嘉さんの喋り方や態度は違う。
三人の時はしっかりしたお姉さん風を保っている美嘉さんだが、二人で遊びに行くときは妙に身体の距離が近かったり、「えと、みりあちゃんってさ…好きな人とかいるのかな?」などと、少し踏み込んだ内容の会話もしたりする。彼女は何やら少し照れていて小学生と高校生の会話にしてはおかしなテンションだったが。これは私のことをしっかり考えることのできる子供だと認めてくれている証拠だろう。MM作戦という名前はあれだが、みくちゃんとの連携が効果を上げている成果のはずだ。彼女から遊びに誘われるたびに私は自分の計画の巧妙さに恐ろしくなるのだった。
「……………………」
さて、割とシリアスな現場面に戻る。呼びかけた私に対する美嘉さんの対応は、スルーだった。ガン無視。そこそこ大きな声で呼んだが、聞こえなかったらしい。そんな集中する内容なのか。手でちょんちょん、とする。
「う、あぁぁ……」
ビクッとして声を上げかけた美嘉さんだが、自分の位置を思い出し最小限にとどめる。中から呼びかけや足音が近づいてこないので多分バレてないだろう。
「みりあちゃん…」
「もうちょっと覗く?みりあもやる〜!」
「わ、ちょ」
半ば無理やり、しかし無理のないようにしゃがんでいる美嘉さんの背中の上にもたれかかって部屋の奥を見る。中にいたのは…。私は思わず息を飲む。しまった、今の反応は抑えれる範囲だった、麻友Pだったら確実に見抜いてきていた。美嘉さんの耳元で囁く。
「卯月ちゃんとプロデューサー?」
「ふぇぁぁ…うん、そう、だね」
私の唇が美嘉さんの耳に触れそうなほど近づいていたようで、吐息と熱を感知したらしい彼女は歯切れの悪い回答だった。少し気持ち悪かったかもしれない。
しかし私が覆いかぶさってしまったし、やはり気になるのもあるのだろう。二人でそのまま盗み聞き、盗み見を続行する。集中すればギリギリ聞こえるか聞こえないかくらいの内容だ。
『…流石に………あのトラック全てというのは…』
『…島村さんも知っての通り………夏フェスの…』
『…でも無駄金じゃ…あれだけの機材…』
『…可能性がある以上必要経費です…』
『…ちひろさんは…いい顔をしなかったと…』
『…会社の金で会社の物を借りているだけですから…』
あまりよくわからない、というかパッ聞いただけだが盗み聞きまでして得る必要のある情報にはあまり思えない。事務連絡のようだ。それがアイドルとプロデューサーでするような内容なのかはともかく。一旦美嘉さんの背中から離れる。彼女も立ち上がってドアから離れた。
「美嘉ちゃん何のこと言ってたかわかったー?」
「あんまり…」
またもや歯切れの悪い回答、どうやら先ほどの返答は私の吐息がどうこうということプラス気になることがあったようだ。顎に手を当て何が考えている。
私が来る前に聞いていた内容で卯月さんが別世界から来ていることがバレたんだろうか?武内Pもこの世界の人ではないわけだから、二人でそのことを話していることも十分あり得る。ドキドキしながら沈黙する美嘉さんを待っていると、何やら言い澱むようにして聞いてきた。
「…あの二人って…あんなに仲良かったんだ?」
決定打は聞かれていないようだ。しかし表情はかなり暗い。これは…武内Pに対する恋愛感情だろうか?いや、そういった感情が絡まない嫉妬というものも存在する。どういう対応をすればいいのだろうか。
「うーん、仲良いっていうか…。でも、プロデューサーは最近結構優しくなった気がするから、美嘉ちゃんが話しかけても仲良くしてくれると思うよ」
美嘉さんは少し目を開く。私が質問の内容を曖昧にしつつフォローを入れたことについてだろう。だが許容範囲だ、彼女はそのまま苦笑いする。
「みりあちゃんは相変わらず賢いなぁ。ありがと」
私の髪をくしゃりと撫でた。私は嬉しそうな顔をする。美嘉さんは少し諦めたような笑いを浮かべ、話した。
「…私さ、スカウトは麻友Pにされたんだけど、育ててもらったのは武内Pなんだよね。武内Pがシンデレラプロジェクトを担当することが決定したから、今は麻友Pの担当に戻っちゃったんだけど」
「え、そうだったの?」
たぶん初耳だ。
「うん。だけど…私の時はあんな仲良くはなれなかったかな、武内Pと」
「あー…それは。そう、だよね」
なるほどなぁ。それで嫉妬か。しかも美嘉さんは知っているかどうかわからないが、武内Pはシンデレラプロジェクト始動後も北条加蓮さんと神谷奈緒さんをスカウトしている。彼女たちはちひろさんのサポートを受けてレッスンなどに励んでいるが、まゆちゃんや飛鳥ちゃんと同じで部屋はシンデレラプロジェクトと共同だ。つまりほぼシンデレラプロジェクトの一員のような感じで活動しているわけで、美嘉さんはもうちょっと怒っていい。
まあ…それには理由があって。まゆちゃんと飛鳥ちゃんはちひろさんが麻友Pに直接頼まれたからだし、加蓮さんと奈緒さんをプロデューサーがスカウトしたのは恐らく美城常務のプロジェクトクローネ発足の勢いを弱めるためなのだが。
他のプロジェクトクローネのメンバーは既に346プロ入りしてそれぞれ活躍しているし、トライアドプリムスは武内Pの裁量で組ませたところで何の問題もない。
ちなみに前の世界では加蓮さんと奈緒さんは美嘉さんと同じ部署にいたので、私が武内Pが違う世界から来たと決定したのはその時だ。まだ一般人である二人を恐らく相当努力して探し出したのだろう武内Pには尊敬しかない。
というかちゃんとスカウト出来たのか?凛さんの時はかなり難航していたはずだけど。
私がしょぼんとした顔を固定したままごちゃごちゃした諸事情に思考を巡らせていると美嘉さんはニカッと笑った。
「ま、いいんだけどね。私より卯月ちゃんの方がウマが合ったってだけの話でしょ。話しやすくなったっていうのが卯月ちゃんのおかげって言うんなら…」
「かっこいいけどさ、美嘉ちゃん」
私が言葉を遮ると美嘉さんはビクッとした。今この場でこの嫉妬のようなものを修正しきることは無理だろう。段階を踏んで受け入れてもらうしかないか。
「大丈夫だよ、そんなこと言わなくても。今日は雨だし、泣きたいなら泣いていいよ」
美嘉さんは隙を突かれたような表情をした。悔しさと悲しさが一瞬気の緩みから漏れ、しかし、そこで耐えた。
彼女は苦々しい苦笑いを浮かべる。
だが耐えた。耐えたなら耐えたでいい。
「泣くほどじゃないなら、手を繋いで歩こう。みりあ達は友達でしょ?」
私は美嘉さんの手をゆっくり握ってゆっくり引っ張った。卯月さんと武内Pがいる部屋から引き離す。
最初の数歩は少し危うい感じだったが次第に私と一緒の速度で歩いた。天を仰ぐように顔に手を当てる美嘉さん。その口元は少し笑っているような気がした。
「あー、私カッコわるい」
「そんなことないよ」
私は貴女のことを一番かっこいいって知ってるんだ。