タイトルはそのまんまですがみりあも卯月も出ません。
一旦時間が戻ったり場所が変わったりします。
「…どうにかならないんですか?その格好は」
最上静香は思わずため息をついた。真っ黒な服に身を包んで、いつの間にか後ろに立っていたクラスメイト兼先輩アイドルを咎めるためである。服は防水らしく、次から次へと降ってくる雨を弾いていた。天候のせいで視界も悪く、深くかぶったフードの下からはネオンピンクのエクステと白い口元しか見えなかった。
「残念ながらどうにもならないね、ボクは黒が好きなんだ。変えに戻るのもめんどくさいし」
黒い合成皮の手袋を嵌めた手のひらをひらひらとさせながら、二宮飛鳥は嗤った。
「それにまゆのリクエストだ」
隣で紅い少女もにっこりと微笑む。静香にとっては年齢芸歴共に先輩になる佐久間まゆは赤いポンチョを着て赤い傘を差し、さらにまた赤色の長靴を履いていた。完全防水赤ずきん状態である。それでも飛鳥を傘に入れるつもりはないらしい。
「雨に濡れる飛鳥ちゃん、かっこいいと思いません?」
静香は思わず頭を抱えたくなる。
「…確かに、まゆさんたちのバカップルっぷりは今に始まったことじゃないですけど。でも今日は二人の後輩のライブに行くんですよ?そんな目立つ格好をしてどうなるかわからないわけじゃないと思います」
「悪いが僕らはどちらにしろ会場を区切る鎖の外で見ることになるからね。ファンが入りきってから行けば特に問題はない」
「…ぐぬぬ」
何かを指摘して飛鳥に冷静に言い返されるのは静香にとって結構な数繰り返されたコミュニケーションである。志保と話している時と似たような感じだが、まゆと飛鳥がセットでいる時には静香はまとめて敬語を使うようにしているのでさらに主導権を掴みきれないと思っていた。(別に普段も大抵会話の主導権は飛鳥にあるのだが。)
教室では飛鳥とはタメ口で話すし、まゆだけなら自然に敬語を使えばいいが、それを二人一緒にいる時に適用すると、飛鳥がまゆにタメ口で話しているのが妙にバランスが取れず浮き上がってしまうのだった。別に、飛鳥はほとんど誰に対しても敬語を使わないし、逆にまゆは誰に対しても敬語を使うので本当に気にするほどのことではないのだが、どうも人付き合いに敏感な静香はそういうところ慎重になってしまうのだった。
まゆが傘を指先でクルクルと回す。
雨がリズムよく弾かれた。
「静香ちゃん達は中に入ってもいいと思いますよ。チケットは私たちがお願いすればもらえると思いますし。未来ちゃんは、まだ来ていないようですが」
「遅刻みたいですね。先に向かいます?」
「まあ、待てばいいだろう。今回のライブを一番参考にできるのはデビュー前の彼女だ。迷子にでもなっていたら困る」
「それは流石に…って、未来からです」
スマホのバイブレーションを感じた静香がメッセージアプリを開くと《今公園のどの辺り?迷った!》というようなことが元気溌剌な絵文字と共に表示されていた。
それを見た静香の表情を見て飛鳥とまゆは現状を把握した。
「公園の中に集合場所を決めたのは分かりにくかったですかねぇ…」
「未来はあずささんや神谷さんとは違って"迷う系"ではないからすぐ近くのコンビニの位置情報を送れば来るだろう。ボクらも移動するとしよう」
すぐに歩き出す飛鳥とまゆ。自分の心は筒抜けなんじゃないかと静香は思ったが、いつものことでもあったのでとりあえず言われた通りに返信すると、ため息をつきながらも二人の後を追った。
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白菊ほたるはその女性に手を触られた瞬間に自分の"負の雰囲気"のようなものが吹っ飛んだように感じた。五感で感じ取れない、"いやな空気"。それがなぜ消えたと感じたのかわからなかったが。彼女の指が自分の手のひらに接した瞬間強烈な風が吹いて自分の周りの悪い全てを掻き消した、それだけは確かだと思った。
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元々、ほたるはこんな雨の日に出歩くと確実に滑って転んだり、視界が悪くなった自転車やら何やらにぶつかったりするので外出しないのだが、自分が所属している346プロの一大プロジェクト、シンデレラプロジェクトのデビューライブのチケットを今西部長に渡されたのだ。
それでこの公園まで来ることになったのだが、既に彼女は満身創痍である。そもそも同じ部署所属の仲間と来るはずが何故か満員だった電車の人の波に流され、ほたるだけ車両外に出てしまい、その後の電車は雨か風か事故か、ともかく遅れ。みんなには先に会場に向かってもらった。その連絡をした後の携帯は、一晩充電したはずが充電コードの内部断裂か何かで充電できておらず、つまり電池切れした。これでは連絡も取れないしも地図アプリも使えない。
そういうわけで泣きそうになりながら、しかしいつものことだと言い聞かせながら、公園付近までたどり着いた。心配しているであろうみんなと合流する前にコンビニで飲み物か何かを買おうと考える。すると駐車場に入ろうとしたあたりで水たまりに滑って思いっきり転んだ。前のめりになるように倒れ、何とか手をつきはしたものの、服はぐっしょり濡れてしまったし、コンクリートが黒い手袋を破き手のひらを削り、血が出ていた。
ほたるは今度こそ自分が泣くかと思ったが、出たのはため息だけだった。自分の不幸を嘆く段階はとうに過ぎている。それでもこの不幸体質を改善したいと考えているため悲しいものは悲しかった。
傷口を洗い流すためのミニペットボトルや、消毒液、絆創膏などを念の為と常備していることが僅かな救いと考える。濡れた服を乾かすタオルは持ってきていないが、コンビニで買えばいいだろう。
傷をしていない方の手で肩掛けかばんの側面にいつも結んでいる救急袋を取ろうとする。しかし手は空振りするだけだった。どこかで落としたらしい。思わずスカートの右ポケットを確認する。財布も無かった。
「…ふふふ……」
闇堕ち寸前である。
自分がこれだけ盛大に転び手袋を破いたこの場所は、不幸成分が撒き散らされ染み付いていて、次に通った人が転ぶのではないか…などと考える謎の余裕すら生まれていた。とりあえず、こうしていても仕方がないのはわかっているのでコンビニのトイレで手を洗わせてもらおうと立ち上がる。
そして、店内に入ろうと数歩歩いたところで声をかけられた。ちょうど駐車場の中心あたりである。
「大丈夫ですか〜?」
どこかふわふわとした感じの女性が近づいてきた。白色の傘を差している。そのせいなのか、雨なのであまりわからなかったがほたるには女性やその周囲が普通より明るく見えた。何というか、彼女の傘に透明なランタンが引っ掛けてあるような感じさえした。自分は陰気な紫の傘なんて指しているからダメなんじゃないのかと思えてくる。
「だ、大丈夫です…ありがとうございます」
明らかに大丈夫ではない状況だったが、他人に突然大丈夫ですかと聞かれて大丈夫でないと答えるのはなかなか難しい。ただ、その女性はふわっとした雰囲気とは別に観察眼はあるらしく、ほたるの破けた手袋に気づいた。彼女は少し目を開く。
「怪我をしているじゃないですか〜、絆創膏は__」
その時、女性のセリフを遮るように暴走族らしきバイクの群れが駐車場の中に入って来た。
そして次の瞬間。
何を思ったのか、入って来た全てのバイクが綺麗に引き返す。駐車場の端っこ、さらには歩道の上にまで留め直した。先ほどほたるが転んだあたりである。わらわらと降りて来た暴走族の男達は店の入り口まで駐車場を横断することをせず、何故か大回りするようにして店の屋根の下に移動した。
まるで二人が立っている駐車場の中心に透明な巨大円柱が立っていて、それを避けて歩いているかのようであった。
一連の不可解な行動をほたるは訝しむもその疑問符は継続しなかった。自分とはあらゆる意味で対極にある彼らの行動原理は理解できるものではないだろう、と考えたのだ。
しかし彼女の考えは間違っていた。
白菊ほたるの対極はあんな路傍の石ではない。
女性は考える。
(…ああいう方達が私と同じ敷地内に入って来るなんて〜珍しいですね?)
彼女は、鷹富士茄子は、本当に不思議そうに、可愛らしく、首を傾げた。