『プロデューサーさんは明日お暇ですか?』
電話の向こうでまゆが言った。現在時刻は午後11時で彼女はお風呂が終わった頃の筈だ。私はまだ事務所内にいる。平日はいつもこの時間にまゆから電話がかかってくる。なので電話が来たらマイク付きの無線イヤホンで会話しながら仕事の切り上げに入ることにしている。これがここ一年くらいの日課だった。他の社員と同じ部屋だったりしたら無理だったが同期の武内Pと同じく、年齢にしては結構いい役職についているので自分の部屋がある。まあ過大評価もいいところなのだが。佐久間まゆ率いるうちのプロダクションはアイドルが優秀すぎるだけなのである。
「……私って本当にサポートしかしてないからな……いざ企画提案しても拒否られるし……武内に。もはやちひろの方がよっぽどプロデューサーしてるんだよなぁ…」
『?…プロデューサーさん何か言いましたかぁ……?まゆの話聞いてますー?』
「あーごめん、ちょっとぼけっとしてた。なんだって?」
『もうっ、プロデューサーさん!ちゃんと聞いてくださいよ!今からそっち行きますよ!』
ぷりぶりと怒っている。きっと目が(><)こんな感じになっている。こういうのもファンの前で出して行ってくれるとさらに人気が伸びると思うんだけどなぁ。電話の向こうからコートか何かを羽織るような音が聞こえた。
「ちょっと怖い怖い、もう遅い時間だから。ダメだよ。ほら、まゆって可愛いから襲われたら困るし。可愛いから」
『幸子ちゃんじゃないんだから可愛い連呼しても無駄です、まゆ行きます』
「待って待って、なんか展開が乱暴だよまゆらしくないじゃん。何、なんか直接会って話したいなら帰る時ついでに女子寮よるからさ、頼むから外には出ないでよ」
なんだなんだ、どうしたんだ。私が仕事の片付けをしながら電話に出ていることはいつものことなので、話をぼうっと聞き流してしまうのはたまにあることで…そこまでまゆも気にしていないと思ったのだが。もしかして結構気に病んでいたのか?まゆはそういうところ抱え込むこと多いし…。あれ、これは泣いて謝ったら許してもらえるだろうか。
『あっ…いえそこまでしてもらわなくても大丈夫です。会いたいは会いたいですけど、そもそもプロデューサーの家と女子寮は逆方向ですよ?それを"ついで"って言ってくれるなんて…きゃー!まゆにいいところ見せたくて格好つけちゃうプロデューサーさんかわいい!」
「あれれ、まゆ私の家来たことないよね?おかしいよね?……それにまゆにいいところ見せたいとか、別にそんなことはないよ?」
『ないんですか』
くっそ冷たい声だった。
「いや!あるある!あるよ!ありまくるよ!まゆにかっこいいって言われたくてさぁ!?ほら!少女漫画とかでよくあるじゃん?そういうの勉強して言ってみたんだけどやっぱりまゆにはばれちゃったかぁ!みたいな?うん、さっきのは照れ隠しでさ!ほらやっぱりまゆって可愛いからさ!ほら、かわいいから…さ?、まゆ笑ってる?」
『ふっふふふっ!はぁ…やっぱりプロデューサーさんの方が可愛いです。別にそれは気にしてませんし。会いに行こうとしたのは何か悩み事のようでしたので少し心配になっただけです』
「悩み事?ってああ、聞こえてたの。そうそう、武内Pに企画拒否られてさ。いやぁ、あいつなら気にいると思ったんだけどなぁ」
『情報隠蔽しながらなしくずし的に卯月さんを個人ステージにねじ込んだから印象悪くしたんじゃないですかぁ?結局CPも殆ど出演することになりましたし、武内Pの苦労は計り知れないでしょう』
「他人事のように言うけどそれ発端まゆだからね?まあまゆがわがまま言うのは珍しいことだからさ、武内Pからヘイト受けながらも無理やり通したけど……ってあれ?これ武内と私の同期つながりも悪化させるまゆにとっての一石二鳥作戦だったりする?」
『それで、どんな企画なんです?受けてもらえなかったのは』
「……、ええと…もう今んとこボツ案だし企画書切り取って送るわ。ほい、送った。まゆこの時間PC開いてたよね?」
『なんで知ってるんですか…。はい来ました、開きましたよぉ【ピンクチェックスクール】?』
「そうPCS。2ページ目には【ポジティブパッション】も送れてる?PCSの方はうちの小日向美穂ちゃん、五十嵐響子ちゃん。それにまゆお気に入りの卯月ちゃん」
『ポジティブパッションの方はこちらから高森藍子ちゃん、日野茜ちゃん。CPから本田未央さん。プロデューサーさん全然彼女のこと知らないですよね?まゆもですけど』
「まあね、でも目見れば大体わかるよ。まゆと同じで」
『まゆはそこまでわかりませんけど…』
「でも卯月ちゃんは?」
『ティンと来ました』
ふたりでくすりと笑う。
「まあそう言うこと。武内も企画書渡した時は驚いたような感じだったし好感触かな?と思ったんだけど、やっぱりまだ時期が早過ぎたみたいで。すげなく断られた」
『まあ、全員デビューもまだですからね。これからが楽しみです』
「そうだね。まあ期間が経てばユニット案も通るかもしれないよ。まゆのお気に入りの卯月ちゃんもいるし」
『何回も言わないでくださいよぅ…妬いてるんですかぁ?』
「めっちゃ妬いてるけど」
『ーー、あーもう。そういうこと言うから…』
「ジョーク」
向こうからため息が聞こえて来る。
「で、最初の話題に戻るけど明日どっか遊びに行くの?いいよ。今話してる間に予定空けた。緊急の時だけちひろから連絡来るようにしてもらったから」
『聞こえてたんですか。いいんですか?自分から言っておいてあれですけど。プロデューサーさんまゆ世代のアイドル殆ど担当ですから忙しいのはわかってるんです』
「忙しいのは否定しないけど、それでまゆに我慢させてもね。それにこうでもしないと休めないし、ちひろはスタドリダースで買えば助けてくれるし。まあ大丈夫だよ」
『買わないと助けてくれないんですねぇ…』
「まー、行った先でまゆの服選んだりできるしね。ほらプロデュース業の延長みたいな。あー楽しみになってきた。今度のライブの衣装ってまだ訂正効くかな?」
『この前採寸しましたしもう無理じゃないですか?っていうか洋服屋で衣装合わせ始めるのやめて欲しいです。しかもデート中に。まゆと仕事どっちが大切なんですか』
「だってほら、まゆが仕事だし。つまり二択ともまゆで二乗に大切ってことで」
『それは、そうですけど』
ぷくっと頬を膨らませるまゆを想像する。
「はいはい、かわいいって」
『幸子ちゃんじゃないですぅ!』
「幸子ちゃんじゃないからかわいいんだよ」
『あぅ…でも、でも幸子ちゃんもかわいいって思ってますよね?』
「まあそりゃね」
『ああーもぅー!そうやって!その気無いくせに!優しい言葉かけて!』
「あっ、ちょっと待って。ティンと来たかも」
『へ?』
「嫉妬、乙女、特権…『絶対特権主張しますっ!』これだ!ユニット名はゼッケンズ!キュート…いやパッションで固めて…さっきのポジパから藍子ちゃん、茜ちゃん、ポイントで裕子ちゃん、ギャップ枠で輝子ちゃん!、天然追加で十時愛梨ちゃん!よしっ、うちの事務所内で収まるっ!早速ちひろに根回しを頼もう!」
『もぅ!!まゆと仕事どっちが大切なんですか!』
「もちろんまゆだよ、愛してる」
電話を切る。少しはダメージを受けてくれると嬉しいんだけど。明日の楽しみが一つ増えた。集合場所はメールで送ればいいだろう。
その前に、ちひろに企画の相談を。まだ居るかな、テッペン回ってんだけど。とりあえず電話をかけてみるか。と、思っていると扉をノックされた。
「どうぞー」と言うと「開けてもらえませんかー?」と返ってきた。ちひろの声だ。タイミングがいい。机を回って、扉を開いた。すると、頭一つ低い彼女が何やらダンボールを両手で抱えていた。
「おつかれ、どしたの?」
「お疲れ様です。スタドリ、ダースでご購入ありがとうございますっ」
「……オーケー払うわ」
にこっと笑うちひろ。一旦足元にダンボールを置いた。そして社内用の財布を出した。私がお金を渡すまで触らせもしない姿勢だ。まあ…当たり前のことだが。
「はい」
「毎度ありがとうございます、こちらサービスです」
「どうも、ありがとう」
スタドリ一本を手渡された。ゴロゴロと缶が転がるダンボールの中にはまだ空きがあるので、こうやって可視化してきたのはよりお得感を出すためのわざとだろう。流石だった。私がお礼を言うとにこにこと頷いた。
「それで、またまゆちゃんと長電話ですか?」
「あー聞かれてたの?」
「それはもう、楽しそうで何よりです」
「まあね、そういえばちひろに相談することがあったんだった」
「何ですか?」
こちらを見上げてくる。ゼッケンズの話をしようと思ったんだけど。そういえば気になることがあったんだった。
「キスしていい?」
言った瞬間、胸ポケットの携帯に着信があった。まるで私の行動を止めるかのようなタイミングで、ひょっとするとどこかで誰かが聞いているようなタイミングだった。マナーモードにしてあるので音は鳴らない。ちひろがにっこりと笑って財布を取り出した。
「練習台ならダメです。本命なら1ヶ月スタドリ10ダース3年契約で手を打ちます」
「そんなに飲んだら流石に死ぬでしょ、ジョーク。まあ本当の相談は来週の頭で。時間とっといて」
「わかりました、ではおやすみなさい」
「おやすみ、暗いから気をつけて」
「そちらこそ」
バタン、と扉が閉まりちひろが出て行った。携帯の着信はもう消えていたが、電話の発信者にメールを送った。
『明日は9時半に車で迎えに行くから家で待ってて。楽しみだよ。ところで奇妙なタイミングで電話がかかってきたけど。何か用だったの?』
返信が返ってきた。
『はい、わかりました♪
えっと、ごめんなさい(><)』
彼女のプロデューサーをするのは楽しい。