彩南高校はその日、途轍もない歓喜に包まれていた。特別授業として全生徒が集められた体育館で先生に連れられ姿を見せた『マジカルキョーコ
授業が終わった後、生徒達は一様に恭子へサインを求めて駆け出し始める。既に会った事のあるリトや真白達はその姿を遠目から眺め、ララは過去に貰った経験があるにも関わらずまた貰おうか悩み始めていた。特別授業は昼食前に行われ、授業が終われば長い休み時間が始まる。ティアーユを始めとした教師達が波の如く襲い掛かる生徒達から恭子を守る光景を前に、真白達はその場を去ろうとした。だが恭子がサイン書き終えた瞬間、僅かにその視線が人混みの間から見える真白へ向けられる。
「?」
「真白、行きましょう。昼食です」
目が合ったのは一瞬であり、首を傾げる真白の後ろから離れ始めていたヤミが声を掛けた。それで気の所為だと判断した真白はヤミに振り返って頷いた後、他の者達と共に体育館を後にする。そして屋上で賑やかな面子と昼食を過ごし、残りの時間をどうするか考えていた時、真白の携帯が着信音を鳴らし始める。普段余り鳴る事の無い着信音にリトやヤミが気にする中、真白はそれに出る。
『真白。今、大丈夫かしら?』
「……ティア?」
『実はお願いがあるの。多分次の授業まで掛かってしまうのだけど……』
相手はティアーユであり、彼女は電話越しにお願いの内容を説明し始める。聞きに徹する真白は何度か見えないと分かりながらも頷き、やがてティアのお願いを了承した。電話を切った後、当然真白は気になった他の面々に質問される。そしてその質問に真白は一言で答えた。
「……恭子」
何となく、その場に居た全員はその言葉だけで納得出来るのだった。
職員室に訪れた真白を待っていたのはティアーユと恭子であった。電話越しに伝えられたティアーユからのお願い。それは彩南高校の中を見学したいと言う恭子の案内であった。恭子と仲の良いルンはアイドル業で休んでおり、マネーシャーも別件で一度離れなくては行けない。どうしようか迷った時、恭子が真白の名前を出した事で白羽の矢が立ったのである。真白の姿に気付いた恭子が笑顔で、ティアーユが微笑んで迎える。
「こんにちは、真白」
「ん……校舎……回る?」
「うん! よろしくね!」
「それじゃあ、真白。頼んだわね」
ティアーユの言葉を最後に2人は職員室を後にした。最初に比べればサインを求める生徒達も大分減ったものの、恭子が廊下を歩けばそれだけで注目を浴びずには居られない。唯静かに校舎の中を歩いて部屋の前でその名前を告げる真白の姿をジッと恭子が見つめていた時、横から掛かる声に恭子は返事をして視線を向ける。……それは恭子も何度か遭遇した経験のある、彩南高校の校長であった。
「これはこれは、お忙しい中講演お疲れさまでしたなぁ。我が校の為に時間を割いて下さり、感謝しておりますよ」
「そ、そうですか……?」
恭子にとって目の前の
「貴重な世界の事を聞く事が出来て、我が校の生徒達も勉強出来た事でしょう。素晴らしい。実に素晴らしい」
「……」
「是非次は……私と2人っきりで保健体育をぉぼぁぁぁぁ!」
「!?」
大人らしい言葉を言いながら徐々に声を小さくするその様子を前に、真白は静かに用意を始める。そして突然パンツ1枚を残して裸になった校長が恭子に襲い掛かろうとした時、動き出したと同時にその身体にめり込んだ真白の足が大きく校長の脂肪を揺らした後、開いていた窓から外へ吹き飛ばされる。一瞬怯えながらも一瞬で脅威が去った光景に思わず呆気に取られた恭子だが、真白は振り抜いた足をゆっくり降ろして恭子へ視線を向けた。
「……大丈夫」
その一言に含まれる安心感は計り知れず、恭子は案内役として選んだ真白が同時に途轍もないボディーガードである事を知る。今の光景は他の生徒達も見ており、出す気が無くても下手に恭子へ手を出せば危険であると理解する事が出来た。少し離れた場所で貰い損ねたサインを貰うついでにメアドなども貰おうとしていた3年生が先程の光景に震えている事等知る由も無く、真白は恭子を安全に案内し続ける。
「ね、真白。真白は好きな人とか、居ないの?」
「?」
部屋の名前を告げて再び歩こうとした時、突然掛けられた質問に真白は首を傾げる。だが答えを待ち続ける恭子の姿にやがて首を横に振り、それを見た恭子は意味有り気に真白の前に立つと足を止めた。
「真白はさ、女の子に興味とか無い?」
「……女の子?」
「同じ女でも、『可愛い』とか『綺麗』とか思う人とか居るでしょ?」
突然の質問に首を傾げて聞き返した真白。その姿を前に恭子が頷いて言葉を続けた時、真白は何も言わずにジッと考え始める。一体彼女の中でどんな考えが巡っているのか気になりながらも待ち続けた恭子。やがてその目が自分に向けられた事で恭子は真白の答えを待った。
「……考えた事……無かった」
「じゃあ考えてみようよ。例えば……ルンとかどう?」
そもそも恭子が彩南高校に来た理由は、ルンが恋する相手である真白の情報を手に入れる為であった。普段アイドル業が忙しくて会う事の出来ないルンが時折会いたいと呟く事があり、他にも狙っている人物が居る事も聞いていた恭子は友の為に人肌脱ぐ決意をしたのだ。別の高校に通う彼女だからこそ、特別な理由として訪問する事が出来た。後は学校内を回りたいと言ってマネーシャーには別の事を任せ、真白の名前を出せば……今の状況が出来上がるのである。全て、恭子の予定通りであった。
「……分からない」
「う~ん。……そもそも真白、恋した事とかある?」
「……」
首を横に振って答える真白の姿にふと思い付いた事を質問した時、何も言わずに黙る姿を見て恭子は確信する。前提として真白には恋の経験が無いのだと。だがそれを馬鹿にする事も弄る事も、ましてや教える事も恭子には出来ない。何故なら自分もまた、恋愛経験は殆ど無い為である。
恋がどんなものかも分からない相手に同性を見る考えは当然無いだろう。しかし可能性が0になった訳では無い。それ以上にもしも真白が最初に恋した相手が女性になれば、可能性は十分に大きくなる。恭子は必死に考えた末に頭の中が一杯一杯になってしまい、片手でその頭を押さえた。……彼女の中で今、真白に出来る事は1つだけ。
「ルンが真白の事を好きなのは、知ってるよね?」
「……ん」
「それが友達としてじゃ無くて、恋愛感情なのも知ってるよね?」
「…………ん」
「受け入れて、何て言わない。真白の思いもあるから。だけど……ちゃんと考えてあげてね。ルン、本気だから」
「……」
ルンの思いを改めて理解させ、真白に理解していない恋を知ってもらう。恭子は新たな決意を胸に、真白へ告げる。
その後、話をし乍ら案内を続けた真白は恭子と別れた後に1人教室に戻る途中の廊下で窓の外を眺める。まだ太陽の上る明るく平和な彩南町。見慣れた街で暮らして気付けば数年が経ち、ララ達と出会ってから騒がしくなった日常の始まりからも1年以上経っている。
「……恋……?」
恭子に考える様に言われたまだ理解の出来ていない感情。明確なものは何も分からず、真白は胸に手を当てて1人廊下で呟いて首を傾げた。
各話の内容を分かり易くする為、話数の後に追加するのは何方が良いでしょうか?
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サブタイトルの追加
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主な登場人物の表記