--翌日。俺は昨日と同じく下座の一番端っこに
ただ、上座で座す我が主人の隣に一人、貴族風の優男がお上品に座っていた。
「やぁ、皆の衆。君達が横瀬家臣団かい?いやぁ、噂に聞いてはいたが女の子がなかなかに多いのだね」
男の名は
彼は現在、その舌を使い
「客将として自らが来る事で、我らの動きを封じているのか。なかなか切れる頭を持っているようだな」
隣で善久が呟く。そう、上杉憲政は俺達が関東管領側に付かざるを得ない状況を作り上げたのだ。
今この場で憲政の首を取り、北条氏に持っていけばそれだけで横瀬氏は大殊勲。
ただ、その大きな代償として、『横瀬家』が天下の極悪人となってしまう。助けを求めて来た客将を殺して敵に首を渡すなど、民の印象は最悪だ。
そして今、横瀬家は前の主君に下剋上をしたばかり。ここで人心が離れては、一揆、謀反が広がっていき、最悪横瀬家が潰れて消える……
「なるほど……机上の計算はお手の物、って事かよ。俺達の状勢をよく知ってるようだな」
俺も善久に向かってそう呟くと、関東管領の隣にいる成繁様が凛とした声で告げる。
「私達は今、上杉憲政様をお迎えした。この意味は重々承知しているだろう。我らは関東管領の名の下に、関東平野を荒しまわる北条家に挑む!」
応、と家臣団が応える。上杉憲政を招き入れた以上、こうなるのは皆わかっていたのだろう。
「上杉憲政様は現在、長年の宿敵である上杉
えい・えい・おう!と掛け声が、新田金山城に響く。
「君達の忠義、誠にありがたい。北条に勝ったなら、必ず君達の石高を増やすと約束しよう。では、僕は次の豪族のところに行ってくる。君達は現在連合軍が集まっている、
その時、ん?と思った。
河越……北条……上杉……関東管領……古河公方……なんだ?なんか聞いた事があるぞ?有名な戦いだったような……
「どうした?浮かない顔をしているぞ?」
善久に言われ、慌てて笑顔を作る。盛り上がってる中で浮かない顔なんてしてたら、みんなの士気が下がっちゃうもんな。
俺はモヤモヤとしたものを抱えながら、その晩は眠りについた--
〜〜〜〜〜〜〜
--次の日、卯の刻(朝の六時くらい)。俺達横瀬軍八百の勢力は、河越城に向かって進軍した。四家老の中では
俺の腰には野内の爺さんから貰った脇差と大刀が一本ずつ付いている。
体には戦用に身につけた軽鎧。これは前の戦で死んだ者の遺品の中で、まだ綺麗なものを貰った。鎧を持っていた死者の家族も、『連れて行ってあげてください』と告げてくれた。ありがたい。
隣には、善久。弓を背中に縛り付けている。
そして隣にもう一人。
「この場で手柄を挙げれば足軽大将まで昇進できるかもしれねーべ。べー!すげーべー戦だべー!」
細い長槍を持った、俺と同じく未だ苗字の無い男。上野の農家の長男、
鎧を貰った家のお隣さんで、その日に死んだ鎧の持ち主の仏像に手を合わせに来ていた。話してみると気が合い、家に誘われて一緒に呑むほどに仲良くなった。友人は、この世界で天涯孤独の俺にとってとてもありがたい存在だ。
「足軽大将なんて小さい目標ではいけないぞ。どうせなら城持ち大名でも夢見るといい」
「そ、そりゃあべーべ、善久!お前さんはそんな強欲な奴だったか!?」
「いや、善久はいつもこんな感じだよ。多分」
ワイワイ言いながら歩く歩く。ひたすら山道を歩いて四時間ほど経っただろうか。
「おう、横瀬殿か」
大きな森を抜けると、その視界に小綺麗な城と、それを囲む大勢の武士が見えた。その中から一人の若武者が成繁に近づいてくる。あっちも女性みたいだ。
「おう、
「挨拶代わりに何回か降伏と城の明け渡しを求めたのだがな、全く反応しやしない。それどころか時々城の中から雄叫びが聞こえてくる。どうもまだ状態がわかっていないようだ」
「……長い戦いになりそうだな」
「こちらとしては集まりが悪いうちに河越城を開城させて、手柄を総取りしたかったものだがな……ハッハッハー!」
そう言うと山上某は馬を反転させ、自分達の配置についた。俺達横瀬家は山上某が向かったのとは逆方向に向かう。彼女達とは城を挟んで反対側になるような位置に、俺達は陣取った。
「こちらで待機!定期的に城内に降伏勧告をしろ!逃げ出そうと城から出てきた者は捕らえよ!降伏してきた者はもてなせ!
では各自寝床を作っておくように!解散!」
妙印に言われ、足軽部隊は散らばる。俺と善久、定助の三人は本陣の近くに寝床を作る……寝床といっても、トイレ用の穴と焚き火消しの水を入れる穴を掘るだけだが。原始的ぃ!
そんな工作をしているうちに夜になった。城近くの川で採れたという魚を焚き火で焼きながら、善久と定助と話をする。内容はもちろん、この戦の事だ。
「……べー。戦いも何も、このままじゃただここで飯食って糞して寝て、あっちの奴らが降伏するのを待つだけだべー」
「いいじゃん、平和で。死ぬよりはマシだよ」
「だな。死んでしまっては酒も飲めんし狩りもできん。何より、出世もできんしな」
焦げ目がついた川魚にかぶりつく。少し前まで泳いでいたためか、歯応えの良いぷりぷりとした魚肉が舌の上で踊る。塩も何もかけていないが、十分すぎるほど美味い。
「うまうま」「うめー!」「うーまーいーぞー!」
俺は天然モノの美味さに感動した。前の世界では何にでも調味料で味付けしてたから、素材そのままの味ってのはなかなか食べられなかったけど、これはうまい!
そうやって至って平和に、俺の初合戦、その一日目は幕を下ろしたーー
ーーそのままの状態で二週間が経過。
「……城はどうなっておる?」
「相変わらず城内の士気は高い模様。現当主、北条氏康がこの戦を想定していたようで、城内にはまだ多くの兵糧が残っている様子。奴らは徹底して籠城の構えをとっております」
河越城は未だ開かない。敵が攻めてくる事は一向に無く、痺れを切らした軍が攻め込んでも、城壁から撃ち込まれた弓矢の餌食となるばかり。火薬玉を投げても城壁はびくともしない。
そして何より。
「こんな小城、何故落とせぬ!これだけの豪族が集まっておるのじゃ!一気にすり潰してしまえばよかろうに!!」
扇谷上杉家現当主、上杉朝定。彼の指揮が、元々難儀な攻城戦をさらに厳しいものにしている。
彼の指示は基本的に、物量によるゴリ押し戦法。他の者が別の策を進言しても、『そんな搦め手、このような田舎武者に使うものでないわ!!』と足蹴にする。
そうやって今日もまた、一日が終わる。
「「「……」」」
俺達は黙って魚を齧る。美味い……美味いんだけど……
「飽きた……」「味付け欲しい……」「違うもん喰いてー……」
さすがに二週間連続魚は飽きちまった。朝は魚。昼は握り飯と魚。夜は魚。なんだこの魚推し。
「……行くか」
魚を一口齧った善久は、それを焚火の前に戻すと弓を取った。
「一狩り行くぞ、お前達!!」
「「!!」」
「この我らの後ろに控える森!その中には何かしら動物がいるだろう!私達はそれを狩り、そして食べる!全力前進、者共我に続けぇ!」
「「お、おぉ!!」」
俺も定助も刀を取り、立ち上がる!周りの足軽達も何人か立ち上がった!総勢十二人の狩りが始まった!
ーー河越城近くの森の中、 音もなく木の上を動く影が三つ。
「……」
一人が指を鳴らすと、残り二つの影は左右に分かれる。
「……」
星を見上げる影。北極星の向きを確認すると、再度動き始める。
しばらく進むと、騒ついた声を耳にする。
「……」
影の視界には、足軽達。男女入り乱れた十人ほどが、下で騒いでいる。会話を耳にするに、どうやら狩りをしているようだ。
「……無視」
影はそのまま進もうとし、
「……あっ!?そんな所に人!?そこの人どい……ぁあ!?」
前方から飛んできた人間と衝突し、足軽のもとまで落ちていく--