遊戯王5D's ~剣纏う花~   作:大海

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ど~も~。
うんじゃら第五話ですわ。
行ってらっしゃい。



第五話 先生、生徒、教師

視点:外

「というわけで、『和総文化部』という部に入ることになりました……」

 

 シティの一角にある、小さな工場兼自宅。そこで雪乃は、遊星らメンバーの前に正座し、そう、懺悔の言葉を吐いていた。

「わそうって……あの、梓先生ファンクラブのこと?」

「……何ですかそれは?」

「一部の生徒はそう呼んでるの。ていうか、実際その通りなんだけど」

 龍亞の言葉への疑問に、アキがそう答えると、雪乃はまた顔を歪ませる。

「つまり、私は私自身のファンクラブに入ったということか?」

「自業自得よ」

「……部活ってのがどんなもんなのか知らねーけど、大丈夫なのか? 正体がばれるのがまずいからって、禁止したんだろう?」

 クロウの発言に、雪乃もアキも、表情を曇らせる。

「ええ。まあでもあの場合はやむを得ないとも思うけど」

「やむを得ない状況に追い込まれないための努力はできなかったのか?」

「それは……」

 ジャックの正論に、また二人は表情を沈めた。

「……まあ、過ぎたことを言っていても仕方がない」

 と、遊星が、そうフォローの言葉を掛ける。

「いずれにせよ、今後は何があっても、正体を知られる恐れのある行動は慎むんだ。もし知られたらどうなるか、お前が一番よく分かっているはずだ」

「ええ。分かっています」

 返事をしながらも、雪乃の心は、明日から始まる部活動への戸惑いと、正体がばれないかという不安に包まれていた。

 

「ところで、遊星、ジャック、クロウ、ちょっと聞きたいんだけど」

 急にアキが、遊星ら三人に声を掛けた。

「何だ?」

「サテライトの男の子って、みんなが梓みたいな人達なの?」

「梓みたいって?」

「その……自分より大きな人より強かったり、人の身長より高くジャンプしたり……?」

 

『……』

 

 三人は顔を見合わせ、数秒の沈黙の後、

「別に普通だと思うが」

「俺達も普通にそうだったし」

「ああ。普通だな」

「普通のことですよね。なぜそんな疑問を?」

 三人に加え、梓の答え。アキは、

(そっかー、サテライトじゃあれがフツーなのかー……)

 そう、未だ疑問に包まれている心を、無理やり納得させることで騙すことにしておいた。

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:雪乃

 

「というわけで、今日から新たに仲間に加わった、藤原雪乃さんです」

 

 現在、時刻は朝の、七時半でしょうか。場所は文化部棟。そこで、原先生から紹介を受けました。

「改めまして、藤原雪乃よ。よろしく」

 

「よろしく」

「よろしくお願いします」

 

 目の前に座る、『和総文化部』部員の女子の皆さん。一応は、友好的らしい。

 昨日までその数は約五十名くらいだったのが、今では一気に増えて八十余名。

 その皆さんの何が凄いかと問われれば、全員、顔と名前を既に知っている、と、いうことでしょうね。

「それでは、自己紹介も済んだので、今日も各自、やりたいことをして下さい」

「……は?」

 何やら原先生が、適当な言葉を言ったかと思った瞬間、

 

 がやがや……

 がやがや……

 

 皆さん、何やら言葉を言い合いながら、確かにそれぞれが行動を始めた。

 書道、茶道、華道、舞踊、琴、三味線、それらの道具を手に取りつつ、それらの作業を行いながら、雑談を始める人達まで。

「……」

「雪乃さんは、どうしますか?」

「どうって……?」

「見ての通り、この教室にある道具はどれでも使用して構いません。それで習っていたことを行うもよし、それらを行いながらお話するのもよし、そういう部です」

「はぁ……そう……」

 何と言うべきか、私の開いていた教室でも、もう少し静かだった記憶があります。

 それが今は、むしろ作業はもちろんですが、それ以上に雑談の方を楽しんでいる。

「……」

 しかし、なぜだろう。おそらく何もせずとも許される気がするのですが、彼女達を見ていると、何もしていない自分に焦燥を感じるというか、虚無感による孤独が恐ろしいというか……

「……じゃあ、せっかくだから、私も何かしようかしら」

 そんな感覚が不快だったので、とりあえず教室の隅に置いてある、お花とハサミ、剣山等を手に取る。お花を生けるのも随分と久しぶりだ。

 それらを持って、開けた場所を見つけ、そこに腰掛ける。

 そして、準備を整え、お花を生け始めました。

 

「……雪乃さん」

 しばらく生けていると、私を呼ぶ声が聞こえた。この声は、紫さん。

「なに?」

「雪乃さん、生け花の経験がおありですか?」

「まさか。ずっと米国にいたんだから、見たことはあってもしたことはないわ」

「……それにしては、随分手馴れているというか、手際が素人には見えないのですが……」

「え?」

 と、そこで気が付いた。

 目の前に置かれていたお花が、準備の段階から思い描いていた形に出来上がっている。

「それに、ずっと見ていたのですが、立居振る舞いから作法から、全てが理想通りの、完璧と言って良い動きをしていましたが」

「あー……」

 しまった……いつもやっていたことを、つい無意識のうちに。習慣とは恐ろしいものだ。

「えっと……以前ネットで、日本の華道についての動画を見たことがあったから、その真似をしてみたのよ。今の感じで、良かったかしら?」

「え、ええ。そういうことですか……ええ、素晴らしいと思います。まるで、梓先生のようでした」

 う……

「もっとも、さすがに梓先生には敵わないとは思いますが」

 ほ……

「それで、このお花はどうすればいいかしら?」

「普通は、使える部分以外は捨てて、放課後にまた使うのですが、見事な作品なので、飾りましょうか」

「あー、そう、してくれると、ありがたいわね……」

 と、紫さんは笑顔でそのお花を取り、壁際に飾ると、私の前に戻ってきた。

「それにしても、未経験でありながらここまでの手際とは、あなたには素質があるようですね」

「そう、かしら? そう言って頂けると嬉しいわ」

「ええ。多くの運動部からのお誘いを断ってまで、この部を選んで頂いたことを、感謝しております」

「感謝だなんていいわよ。私にも都合があったのだから」

「あなたが梓先生の生徒だったなら、きっと今以上に素晴らしいお友達になれたでしょうね」

「ハハハハハハ……」

 思わず乾いた笑いが出てしまった。

 私が私の生徒になる……無理でしょうね、私がもう一人いでもしない限り。

「私は会ったことがないけど、梓先生ってよっぽど魅力的だったのね」

「それはもう!!」

 と、聞いた途端、また拳を握り、大声を上げる。これは……地雷を踏みましたか?

「せっかくの機会です。今から梓先生の神聖さを、梓先生を知らないあなたにたっぷりお話して差し上げます!」

「え……?」

「そういうことなら、私も混ぜて頂くわ」

 と、その声が聞こえた先にいたのは、ランさん。

「梓先生の魅力を、たっぷり教えてあげるわ」

「えっと……遠慮、しておこう、かしら……」

『遠慮なさらずに!!』

 目をキラキラさせながら、声を揃えつつ迫ってくる。

 二人が仲良くなったのは良いのですが、信仰も恋慕も無くなりはしないらしい。

 そんなわけで、あされん、とやらの残りの時間、お二人から、自身のことのあること無いこと、それもいくらか誇張されつつ、散々語られました。

 

 ……

 …………

 ………………

 

「こういう状況を何と言うのだったかしら……はれもの?」

「腫れ物?」

「はれもよう?」

「晴れ模様?」

「はれみ、はれめ、はれま、はれー……」

「……ハーレム?」

「それだ!」

 といった感じで、あされんを終え、午前中の授業を終えた昼休み現在、先生からの依頼で出向いた初等部におります。

 そして今は、依頼も終えたので、せっかくだからと龍亞さん、龍可さんのもとへ向かっております。

「もっとも、よく考えてみれば、私の開いていた教室も、大半は女子の割合が高い状態だったし、今更な気がしなくもないけど……」

「まあ、雪乃にはそういう欲は無さそうだから、安心はできるけど」

「そういう欲?」

「ううん。こっちの話し」

 と、一応現在は学校の中ですし、二人でいる時も、雪乃の口調で会話をしております。まだ二日目ですが、何となく板に着いたというか、慣れて参りました。声も意識して高めにしておりましたが、今では無意識に女性としての声が出せているのを自覚できます。

 どうやら私には、元々女性を演じるだけの技量が備わっていたようですね……

(うぅ……)

「着いたわよ」

 と、そんなお話をしている間に、初等部の教室へ。

 早速中へ入ろうとした時でした。

 

「静かに!!」

 

 え? 絶叫?

 

 

 

視点:龍可

 

 バンッ

「誰が何と言おうと、これは決定事項であります!」

 

「どうしてそうなるの!?」

 目の前の教壇に立つ、教頭先生の宣言に、私の二つ隣の女の子、パティが大声を上げた。だって、その理由が、

「何で俺達が退学なんだよ!?」

 今、隣の大きな男の子、ボブも文句を叫んだ。

 教頭先生の後ろにある黒板には、大きな『全員退学』の文字。

 そう。先生は今、この教室にいる私達全員を退学にしようと言い出したの。

 

「そんれぇ~んはぁ~、今学期から、本校の偏差値が、きゅぅ~ん激に落ちているからです! これは決闘アカデミアの模範たるべき、ネオ道実野校にふさわしくありません! よって!!」

 バンッ

「最も低レベルな落ちこぼれクラスを閉鎖することに決定したのであります!!」

 

 何よ、その一方的な大人の都合は!

 

「教頭先生、あんまりです。どんな子にも、伸び伸びと決闘を学ぶ権利があるって、いつも校長先生が……」

 

 出入口に立ってるマリア先生が、そう教頭先生に言ってくれた。

 

「言っておきますがぁ、この件は校長も了承済みです」

「えぇ、校長が……?」

「あののんびり屋の校長も、ぃやっと私の教育方針が理解できたようですねぇ~」

「信じられない……あの校長先生が……」

 

 うそ、校長先生が許したのなら、私達、本当に……

「お願いします。退学にしないで下さい」

 ジッと聞いてたけど、私も立ち上がりながらそう言った。

「せっかくみんなと頑張ろうと思ってるのに、あんまりだよ」

 龍亞も立って、そう言ってくれた。

 

「きんみ達にそれを言う権利はありまっせん! 特に龍亞君、成績最低ランクの君にはね」

 

『……』

 半ば分かってはいたことだけど、全然聞く耳を持ってくれてない。

 どうしたら……

 

 ウィィィィン

 

 と、突然出入口のドアが開いた。そこに立ってるのは、

「あ、アキ姉ちゃん」

「それに、雪乃さんも……」

 梓さんが、どうしてここに……

 

「おぉやまぁ~、あなたは十六夜アキさん」

「あなた、それでも教師ですか?」

 

 教頭先生が名前を呼んだのを無視しながら、アキさんは教室の中にズンズン入ってきた。その後ろに、梓さんも入ってきてる。

 

「あなたは何を怒ってるのでぇすか~? あなたのような優秀な生徒こそ、私の考えに賛同してくれるべきだと思うのですがねぇ~」

「……っ!」

 

 教頭先生が、そんな言葉を言った時だった。

 アキさんが何か言おうとしたのを無視して、突然梓さんが出てきて、教頭先生の胸倉を左手で掴んだ。そして、そのまま真上へ持ち上げて、開いた右手の拳を握って……

 

「な、な……」

「ちょ、ちょっと待って!! 雪乃!!」

 

 さすがにそれはまずいから、アキさんがその右手を両手で掴んだ。

 

「離しなさいアキ。振り回されて飛んでいっても知らないわよ」

 

 そう言いながら、まだ殴ろうとしてる。

 押さえてるアキさんごと拳を振り上げて、教頭先生を殴ろうとしてる!

「ちょ、ダメだよ! あず……雪乃姉ちゃん!!」

「お願い、あず……雪乃さん、やめて!!」

 私と龍亞も、急いで梓さんの元まで走って、その右腕を、アキさんと一緒に両手で引っ張る。マリア先生も一緒になったけど。

「……」

 ちょ、嘘でしょう!? いくら子供と女子だからって、四人に押さえられてまだ殴れるの!?

「何のつもりでありますか!? あなたも退学にするでありますよ!!」

「あなたを殴る代償が、私の退学一つで済むなら、十分安いかもしれないわね」

 教頭先生の脅しも効かない。殴るまで力を抜く気がないみたい!

 ダメ!! ここで殴ったら、本当に退学になっちゃう!!

 せっかく変装までして、危険を冒して入学した決闘アカデミアなのに、そんなこと……

 けど、そう思ってるのに、梓さんの力が強過ぎて、もう、私も力が……

 

 ガッ

 

 すると、突然右手の力が弱くなった。

「どうした? 雪乃」

 この声、遊星!?

 見てみると、遊星が梓さんの右手を掴んで、押さえ込んでいた。

「あ、あなたは、あのフォーチュンカップで優勝した、不動遊星……」

 

『うおおおおおおおおおおおお!!』

 

 遊星が教室に入った途端、教室中の生徒達からの歓声が沸いたけど、今は、それどころじゃない……

「とにかく雪乃、落ち着け。その人を下ろすんだ」

「離しなさい遊星。この男だけは、許しておけないわ」

 うぅ、遊星が加わっても、まだ力が入ったまま。本当に、私達五人と一緒に、このまま教頭先生を殴れそう……

「落ち着くんだ……」

「……」

 しばらく見つめあった後、やっと右手から力を抜いてくれて、そのまま教頭先生を下ろした。

「むはぁ……あなたの処分は後々考えるとして……不動遊星、一体、我が決闘アカデミアに何の用でアリマスか?」

 掴まれて苦しそうだった呼吸を整えて、梓さんに言いながら、遊星にそう話し掛けてる。

「仕事をしに来ました」

「はあ? 仕事?」

「この教室に、修理して欲しいものがあると、依頼を受けて来たんだが……」

「はて~、この教室で修理ができるものありましたですかね~? 児童達の成績さえ、修理は不可能だというのに~」

「何をぉ!?」

 うわ!! また梓さんが!?

「雪乃!!」

「教頭先生、そんな言い方酷すぎます!!」

 アキさんがどうにか梓さんを止めて、マリア先生が反論した。

「成績だけで判断し、決闘を学ぼうという思いを切り捨てるのは、愚かなことだとは思わないのですか?」

 アキさんも、梓さんを押さえながらそう反論してくれた。

 教頭先生は、ちょっと梓さんを怖がったみたいだけど、そのすぐ後に私達に向き直って、話しを始めた。

「愚かはそっちです。低レベルな落ちこぼれがいくら決闘を学んだところでなんの意味もありまっせん!」

「ほう……」

 梓さんのそんな声に、教頭先生はまた怯えたけど、そのままリモコンを操作して、目の前に画面を映し出した。そこには、私達の写真と、私達のデッキのカードが映ってる。

「大体、この子達のデッキには、レベルの低い屑モンスターしか入っていません。決闘者の能力が低いから、低レベルのモンスターしか使えないのでありますねぇ」

 

『……』

 

「……やっぱり、一度痛い目に遭わなければ、分からないようね」

「やめなさい!!」

 また梓さんが怒ってる! それをアキさんが、後ろから羽交い絞めにして押さえて、梓さんはそれでも教頭先生に向かおうとして、そんな梓さんに教頭先生は怯えて……さっきからずっとそんな状態。

「いや、それは違う。この世の中に不必要なものなど一つも無い」

 途中から、遊星が口を挟んできた。

「何を偉そうに。部外者に口出しされる筋合いは無いでありますよ。とっとと帰って欲しいでアリマス! 一体あなたは何を修理しに来たでありますか!?」

「俺が修理しに来たのは、『ハイトマン』というものだ」

「はぁ? ハイトマン?」

 遊星の言葉を聞いた途端、教頭先生の表情が変わった。

「ああ、ちょっとネジを締め直せば直るらしいんだが……」

「ウゥオォレェ~エエエ!!」

 ちょ、なにその動き? 変な声まで出して、急に、どうしたの、教頭先生……

「それは、この私、『ルドルフ・ハイトマン』のことでありますかぁ!?」

「なに?」

 そんな答えに、遊星も何だか驚いたみたいだった。

 けど、もうこの人を説得するには、

「遊星助けて」

 遊星に、助けを求めるしかない。

「俺達全員退学されちゃうんだよぉ」

 

「私達からもお願い」

「何とかして、遊星」

 

 席に座ってる、パティとボブも、必死な表情でお願いした。

「……なるほど。そういうことか。どうやら君達の願い、聞いてやれそうだ」

 そう言って、何だか不敵な笑みを浮かべたかと思ったら、教頭先生を指差し*た。

 

「ハイトマン! 俺と決闘だ。俺が勝ったら、この子達の退学は撤回してもらう」

「うぅぬふ~! しゃらくさい。こちらこそ落ちこぼれに決闘する資格が無いことを、教えてあげるでアリマスよぉ~。良いですね!?」

 

 そんな感じで、遊星と教頭先生、二人の決闘が決まったところで、気になって、梓さんの方を見た。

「……」

 梓さんは、不機嫌な顔のまま、アキさんの手をほどいて、無言で制服を整えてた。

 

 

 

視点:アキ

「大丈夫かしら? 教頭先生のデッキは、かなり強力よ」

「心配はいりません。遊星に任せておけば、きっと解決してくれます」

 と、マリア先生とそのことを話している間、遊星は教室にいた生徒達を集めて何かを話してる。内容は分からないけど、けど、遊星なら、必ずどうにかしてくれる。そう信じられるわ。

 むしろ、今一番心配なのは……

 

「……」

 

 雪乃……梓は今、みんなから遠く離れたベンチに座って、窓の外を眺めてる。

 さっきの、教頭先生に対する怒り方、尋常じゃなかった。いくら強いっていっても、普段は大人しくて、暴力なんて振るわないはずの梓があんなふうになるなんて、どうしてあそこまで怒ったのかしら。

 

「雪乃、さん……」

 そんな梓に、雪乃の名前で呼びかけたのは、龍可。どうやら、遊星との話し合いは終わったみたい。龍亞と遊星も一緒。幸い、他の生徒達もマリア先生も移動して、今は私達五人しかいない。

「さっきは、一体どうしたんですか?」

「あんな怒り方、全然あず……雪乃姉ちゃんらしくないよ」

「……」

 龍可と龍亞のその質問に、梓は顔を伏せながら、答えた。

「許せなかった」

「許せなかったって、教頭先生が?」

「ええ」

 そりゃあ、私だって、あの人の言うことは許せなかったけど……

「あの人は、先生と呼ばれる立場にありながら、何も成そうとしないままその責任を放棄し、先生を頼るしか無い生徒達を簡単に見捨てようとした。それが、許せない……」

「責任、て……」

 そして梓は、あそこまで教頭先生に対して怒った理由を話し始めた。

 

「私も、仮にも先生と呼ばれていた身だ。教えることの辛さも、苦悩も、学校の教師と比べていいのかは知りませんが、分かっているつもりです。かく言う私とて、正直、目の前にいる生徒のことを、見捨ててしまいたいという衝動に駆られたことは何度かあります」

「え! 梓さんが!?」

 そう大声で驚いたのは、龍可だった。

「龍可、梓さんの名前を大声で叫ぶなよ」

「ご、ごめんなさい」

 けど、龍亞ならともかく、龍可がそんな大声を出すなんて、よっぽど意外な言葉だったんでしょうね。

「でも、雪乃姉ちゃん……いや、梓、さんが教えた生徒の人達は、全員凄い腕前を身に着けたんでしょう? 俺や龍可だって、実際に習字がすごく上手くなったし。時々この学校の授業でも習字をするけど、大抵俺か龍可が学年で一番になってるし……」

 龍亞の話したそんな事実にも、梓は首を横に振る。

「そんなもの、たまたま上手くいった指導の成功例を、周囲が誇張して大きくなっただけの事実に過ぎません。むしろ、まるで素質も無ければ、日数を重ねてどれだけ教えても、上達の兆しが見えない、そんな生徒はより大勢いました」

「……」

「けど、生徒は一人だけではない。大勢の生徒がいる中で、先生である私は一人だけ。私にできたのは、限られた時間の中で、どうにか生徒全員の前を回り、必要な言葉を伝え、指導すること。質問があれば答えること。それだけでした。上達の兆しが見えない生徒を特に配慮する、そんなことはできなかった」

「……確かに、俺達も週に一回習字教室には通ってたけど、教室で梓さんと直接話せる機会なんて、一回か二回くらいしか無かったよね」

「けど、その一回や二回の言葉だけで、私達の習字の腕を、すごく上達させてくれた」

「きっと、あなた方には元々素質があったのでしょう。それを、たまたま私の言葉で、その素質を伸ばすことができた」

 言いながら微笑んでるけど、それは笑ってるというより、自嘲してる顔だった。

「そして、逆もまた然りです。伸ばすべき素質がまるで見えず、どれだけ言葉を尽くしても、成長を促すことができない。そんな人達に、私にできることは無かった」

『……』

「それでも、その人達のことを見捨てることだけはできなかった。理由はどうあれ、私なんかの開いた教室に通い、私なんかを頼って下さっている。そして、教室に通うことで、自身の腕を伸ばそうと力を尽くしている。目の前でそれだけ頑張っている人達を、なぜ見捨てることができましょう?」

「だから、私も力を尽くしました。素質や才能、技量、そんなものが無いのだとしても、できると信じ、できるようになる自分を目指すことが教室の意義だから。私には、僅かの間にそれをお手伝いすることしかできないけど、だからこそ、最後までお手伝いする、それが、先生としての私の義務であり、責務であり、存在理由だから」

『……』

 話してる間、ずっと悲しそうで、辛そうな顔をしていた。

 私は梓の生徒ではないから、梓がどれほどの力で持って『先生』をしていたのかは知らない。

 それでも梓が、良い先生だったということは、話しに聞くだけじゃなくて、こうして話しを聞いていれば分かった。

 ここまで生徒達全員のことを思いやって、最後まで諦めずに、上手い人も下手な人とも全力で向き合って、伝えるべきことを伝えていった。

 それは、先生なら当たり前のことなのかもしれない。けど彼は、それが上手くいった人達以上に、できなかった人達のことを気に掛けてる。自分の成功以上に、失敗を気にして、失敗した生徒達を思って苦しんでる。そんなことができるということは、本気で彼が、先生として頑張っていた証拠だから。

「だから、あの人の行為や言葉は許せなかった。教えることの辛さは知っている。けどそれ以上に、教えられる生徒の幸せも知っているから。そして、学ぶことができなくなる恐怖も分かるから」

『……』

 とても悲しげで、真剣な表情で言ったけど、また、自嘲した。

「とは言え、そういった人達は、結局どれだけ力を尽くしても、何一つ身に付けることができないまま、教室から去っていきましたが。そして、辞める時、皆さんは優しいから、私にお礼を言って下さいました。その言葉を聞き、去っていく背中を見る度、自分の無力さを思い知らされました。いっそのこと、無能だ、役立たずだ、そう罵倒された方がよっぽど気が楽なのに、皆さんは優しくて……」

「……それは多分、違うと思います」

 沈んだ顔で自嘲し続ける梓に、そう話し掛けたのは、龍可だった。

「その人達はきっと、優しいからだけじゃなくて、心から梓先生に感謝していたから、お礼を言うことができたんだと思います」

 そんな、先生呼びに変わった龍可の指摘に、梓は疑問を顔に浮かべた。

「感謝? なぜ……何もできなかった私に、なぜ、感謝など……」

「感謝なんて、結果だけに向けるものじゃないよ」

 龍可に続いて、今度は龍亞が話した。

「今、先生が言った通りだ。梓先生は、俺達みたいな子供や、先生より年上な大人の人達にも、全員同じように教えてた。すごく丁寧で優しくて、その言葉だけでやる気が出てきて、俺達も、そのお陰で嫌いだと思ってた習字を好きになることができて、楽しく習うことができた。俺達は先生のこと、すっごく感謝してる」

「それは……だって、あなた方は、こんな私の指導で、上手になってくれて、それで……」

「確かに、上手になって、腕を上達させてくれたことには、感謝してます。けど、私はそんなこと以上に、先生と一緒に教室にいられる時間が楽しかった。先生に教えてもらうことが嬉しかった。私……達は、梓先生だから、習字が好きになって、教室にもずっと通うことができたんです」

「……」

 二人のそんな指摘に、私も、感じたことを話した。

「それは、和総部の子達も同じじゃない?」

「和総部……?」

「ええ。彼女達も、あなたから見たら、指導が上手くいったから感謝してるように見えたのかもしれない。けど、彼女達の感謝は、それだけじゃなかったでしょう?」

「あ……」

 そこでやっと、気付いたみたい。

「あなたも本当は分かってるでしょう? 先生にできることは、基本的には教えること。けどそれ以上に、生徒達はそんな先生に、色々なことを頼る。そしてあなたは、そんな生徒達の気持ちを全て汲み取って、必要な言葉を掛けていた。生徒達だけじゃない。私にも」

「……そういえば……」

 顔を伏せて、何かを考えながら、呟き始めた。

「辞めていった生徒達も、残った生徒達も、みんな、同じ笑顔を向けてくれていた……」

「その笑顔が、お前が正しかったことの証だ」

 横から遊星が、梓にそう問い掛けた。

「お前は自分の生徒全員に、先生と呼ばれる存在として、全てを捧げてきた。だから、上手くいった生徒も、いかなかった生徒も笑って教室に通うことができたんだ。お前はそうやって、生徒達との絆を紡いできたんだ」

「絆……?」

「そうだ。お前がお前自身のことを信じなくとも、そうして紡いできた絆が、お前の正しさを認めてくれている。お前は、立派な先生だ」

「私が……?」

 遊星の言葉を受けて、自分の生徒だった、龍亞と龍可に顔を向ける。

 二人とも、笑顔で頷いた。そして梓も、笑顔を浮かべた。

「……ありがとう、ございます」

 

 

 

視点:雪乃

 私は先生として、何もできなかった。

 何も残してあげることができなかった。

 辞めていく人達の背中を見る度、ずっとそう思っていた。

 

 けど、龍亞さんや龍可さんの言葉で、思い出した。

 私が見るべきは、彼らの背中ではなく、彼らの顔だったんだ。

 教えることももちろん大切だけど、その人達が求める者として、そこに存在すること。それだけで、心の救いになることがあるということを。

 私にとっての父がそうだったように、私が先生としてそこにあり、教えることで、生徒達にとって、救いになることができていた。

 それができたのは、和総部の人達や、教えが実った人達ばかりだと思っていたけど、今なら分かる。辞めていった人達の笑顔も、教えの実った人達と同じだったのだから。

 

 ようやく、自覚できた。

 私は、生徒に対して、先生として、求められ、成すべきことを、全うすることができていたのか。

 私は彼らにとっての、先生であれたのか……

 

 

 だからこそ、許せない。

 

 

 

 




お疲れ~。
次話、決闘回です。
んじゃ、次話まで待ってて。
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