遊戯王5D's ~剣纏う花~   作:大海

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ぃいよー。
おひさ~。
向こうを待ってる人達には悪いけど、丁度良く区切れてるから、しばらくこっちを進めますわ。
あと、例によって長いから、途中でダレても許しておくれ。
そんなわけで、行ってらっしゃい。



第八話 雪の迷走

視点:雪乃

 夜は暗いのが常だ。暗い時間だから夜なのか、夜という時間だから暗いのか、それは誰にも分からない。

 もっとも、この場所は夜だろうが夕方だろうが、目の前が見える程度には明るい場所だ。

 当然だ。ここに限らず、現代日本のほとんどの場所は、真の意味で暗い場所というのは、むしろ見つけることの方が難しくなってきている。技術先進国の進歩の賜物だ。

 とは言え、誰もが眠る時間であることも事実だ。そのため、大抵の場合はどこの家も静かにしているし、よほどのことが無い限り、騒ぐことはありません。

 今もそう。私達は、静かにお互いに向き合っております。

 

「が……が、が……」

「いいですか、ジャックさん? もう一度お尋ねしますよ?」

 先程から、無意味な声を出すばかりで、こちらの質問に答えないジャックさんに対し、私は極力、優しい声で尋ねております。

「一昨日私は、いつも通り、クロウさんに頼まれていた通りに帳簿を付けておりました。その時、お預かりした預金通帳には、少なくとも六桁のお金が預けられておりました」

「が……が、が、が……」

「ところが、今日もう一度確認しようと通帳を拝見したところ、六桁あったはずの預金残高が、なぜか五桁にまで減っておりました」

「ぐ、が、がぁ……」

「私の見間違いかと思い、帳簿と照らし合わせてみたのですが、何度見ても、お金は桁が一つ足りない。これはおかしいと思い、通帳をもう一度見直しました。すると、なぜか昨日、五桁のお金が下ろされている」

「がぁ……が……」

「クロウさんは、生活雑貨の買い物で多少使用する程度ですし、遊星さんも、新たなエンジンの開発のために、部品を買い物することがありますが、あんな大金が必要なことは一度もありませんでした。私は、お金の使い道などほとんどありませんし、アキさんのご両親から最低限のお小遣いを頂いているので、わざわざお金を下ろす理由がありません。第一、下ろされた日、私はアカデミア以外ではずっとこの家にいました。遊星さんやクロウさんも見ているので、下ろすのは不可能です」

「が……ぐぁ、が……」

「そうなると……というより、最初から疑うのは失礼だからこれだけ前振りしましたが……あなたしかいませんよね。こんな真似をするお人は……」

「ぐぅぁ……がぁ……」

「一体何に使ったのですか……?」

「うぐぉおおおおお……」

「うぐぉお、ではありませんよ。あのお金は、クロウさんが一生懸命お仕事をして稼いだお金です。あなたが働いて稼いだお金ではありませんよねぇ……?」

「がぁ……が……」

「またコーヒー代ですか? そんなにコーヒーは美味しいですか? コーヒーを美味しく頂くためなら、浪費も止む無し? それはすごい……」

「ぐ……が……がぁ……が……!」

「ジャックさ~ん……」

 

「雪乃!!」

 

 

 

視点:遊星

 目の前に立つ雪乃に、大声で呼びかける。

 三日月の輝く夜、俺達が今いるのは、俺達が住んでいる倉庫の向かい、ゾラの住居である時計屋、ポッポタイム。その、屋根の上だ。

 その屋根の隅で、雪乃は右手をぶら下げつつ、左手でジャックの頭をわし掴み、前へ突き出し、屋根から下へ吊るしている。

 顔は笑っているが、目がイっていて、相当怒っている。

 

「おーい! 雪乃、落ち着け! 気持ちは分かるけどやり過ぎだ!!」

「……ていうか、うちの店で何やってるんだい! あんた達は!」

 

 下からこちらを見上げながら、クロウとゾラが叫んでいる。

 だが、雪乃は耳を貸さず、なおジャックをぶら下げながら、怖ろしく冷たい笑顔で問い詰めている。

 

「ジャックさん? 何にお金を使ったのでしょうか?」

「ぐぅ……おぉ……」

「このまま頭蓋骨を砕きますか? 嫌なら力を緩めて差し上げますが、下へ落ちますね。ここからなら落ちても大したケガではありませんが、それでも決して軽くは無いケガを追うでしょうねぇ。少なくとも、しばらくD・ホイールの運転ができなくなるくらいには……しばらく……WRGPには、間に合いますでしょうか……?」

「ぐおぉ……おおぉ……」

「ほらほら……あなたが答えないばかりに、余計にチームのお二人に迷惑を掛けることになりますよ?」

「ぐおおおおお……!」

 

「やめろ雪乃! 今、ジャックを失うわけにはいかない! 落ち着け!」

 

「やめろって! ジャックだってさすがに反省してるって! てかそんなことされてちゃ話せるもんも話せねえだろう!!」

「何があったか知らないけど、そんな乱暴なことするもんじゃないよ!」

 

「ジャックさぁ~ん……?」

「ぐあああああああ……!!」

 

「雪乃!!」

 

「雪乃!!」

「落ち着きなって!!」

 

 ……

 …………

 ………………

 

 あれから五分ほど、必死で声を掛けたことで、ようやく雪乃は落ち着いた。そして、俺達三人は倉庫に戻り、顔を合わせて座っている。

「まったく……酷い目にあった……まだ頭が物理的に痛む……」

「自業自得だろう……まあ確かに、あれは俺も予想外だったけどよ……」

 クロウとジャックが、座った状態で、神妙な面持ちで言う。

 一見、冷静そうに装っているジャックも、よく見たら、米神の部分に指の痕が、青く、くっきりと残っている

 ジャックと共に地上へ降りた後は、ジャックもはっきりと答えた。

 明日、WRGPの開催記念式典が行われる。俺達も出席するそのパーティーのために、ジャックは貯めていた金を使い込み、特製の衣装を作らせていたらしい。

 本当なら、パーティー当日に着ていって、俺達を驚かそうと考えていたらしいが、それを、雪乃が金の使い込みに気付いた。

 ジャックに問い質しても中々応えようとせず、痺れを切らし、ガレージから外へ連れ出した。外へ出たと同時に、ジャックを空中へ放り投げ、雪乃自身は、ポッポタイムの屋根をジャンプして昇り、丁度屋根の高さまで飛んでいったジャックの頭を引っ掴み……

 そして、最初に至る、というわけだ。

 

「……たく、こっちはただでさえ資金不足だってのによぉ。雪乃じゃなくても、俺だってキレるってんだよ……」

「ああ。分かったからそれ以上言うな。さすがにあそこまでやられれば、俺とてそれだけ愚かなことをしたと、反省しないわけにはいかん……」

「本当に分かってんのかよ?」

「無論だ……」

「……」

 ジャックの真意のほどは測りかねるが、少なくとも反省はしているらしい。

 そうであると願うところだが……

 

「コーヒーが入りました」

 と、三人で向かい合っているところに、梓がコーヒーを淹れてきてくれた。

 それぞれの手元に置き、梓も一つ、自分の手に持って座った。

「どの道、ただでさえ金が無えんだ。開発するにもテストするにも金が要る。デッキの強化にもな」

「そのためにも、支出は最低限に抑えなければならない。一人が無駄使いをすれば、全員がその報いを受けることになる」

「ああ……」

「まあ、一番いいのは、お前がちゃんと働いてくれることだけどな……」

「分かっている。だが俺に合った仕事が無い以上、仕方あるまい」

「まだそんなこと言うのかよ……」

「ふん……!」

 俺とクロウの言葉に、ジャックは言い返しながらコーヒーを取った。

 俺とクロウも、喉を潤すためにコーヒーを一口……

 

『……っ』

 

 カチャリ

「俺はコーヒーはブラックで良い……」

 

 カチャリ

「俺、砂糖たっぷり……」

 

 カチャリ

「ミルクでも貰おうか……」

 

「私はお味噌が美味しいです」

 ズズ……

 

『……』

 

 平然と飲んでいる梓を横目に見ながら、俺達は三人とも、無言でコーヒーを置いた。

 

『……』

 

 カチャリ

「よし! 私も働きましょう!」

 

『はぁ!?』

 

 飲み干したコーヒーカップを置いた瞬間、雪乃がそう宣言した。

「働くって、お前……」

「お金を稼ぐには働くしかない。働くならば、人は多い方がいい。違いますか?」

「そりゃ、そうだけど……」

「ですから、私も……」

「待て待て、働くったって、お前、何ができるんだよ?」

「……」

 クロウが指摘すると、梓は口を閉ざし、考え始めた。

「私は……何ができるのでしょう?」

「俺に聞くなよ……」

 クロウが呆れた後で、また考え込む。

「私にできるのは……華道、書道、茶道、日本舞踊、琴、三味線、日本料理……うむ」

 しばらく、独り言を呟いた後に頷いて、きっぱりと言った。

「何もできませんね」

「……んな、はっきり自分のこと否定することも……」

「では聞きますが、プロや講師でもない人間の生け花や習字の腕など、現代社会において、趣味以上のどれほどの役に立つと?」

「そりゃあ……」

 雪乃の質問に、クロウも黙ってしまう。

「はっきり言って、クソの役にも立ちません」

「クソの役にも……」

 ……何と言うか、日に日に言葉が汚くなっている気がする……

「こんな私にできる仕事など、果たしてあるのでしょうか……」

「……ていうか、さすがに性別とか色々変えてるんだから、働くのはまずいんじゃねえか?」

「……そうですか?」

「ああ……」

 クロウの頷きに、雪乃は口を閉ざして、また座った。

「ふむ……銀行や大企業を襲撃して金品を奪うのは簡単ですが……」

「それはマジにやめろ。お前なら楽勝だと思うけど、だからこそやめろ」

「分かっております。さすがの私もそこまで愚かではありません……」

 答えながら、また考え込み始めた。

「……梓」

 考えながら落ち込む様子の雪乃に、俺は励ましの言葉を掛けるために、敢えて本名で呼んだ。

「お前の気持ちは凄く嬉しいが、これは俺達三人の問題だ。お前は俺達のことは気にせず、学校を楽しむことだけ考えていればいい」

「はぁ……しかし、私も一応は、こちらに住まわせていただいている身ですし……」

「そうだな。だが梓には、家事や家計の切り盛りで本当に世話になっている。それだけで十分だ」

「……」

 そう言うと、また黙った。

 ジャックが真面目に働いてくれれば万事解決なんだが、ジャックのことだ。上手くはいかないだろうな……

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:雪乃

 お金……お金……お金……

 何だかんだ、やはり何事においても、お金の問題というものは付き物だ。

 多ければできることは増えますが、逆に少なければ減る。

 私自身、いくつもの教室を切り盛りしながら、その経営にはそれなりに苦労しておりました。中には無償で開いていた教室もありましたから。

 まあ、先生は私一人でしたし、経営も、資料の準備その他も全て私が一人で行っていましたから、必要なのは場所をお借りする際の代金と、後は交通費くらいのものでしたし、生徒が大勢いてくれたおかげで、ギリギリながらどうにか赤字にはなりませんでしたが。

 ……思い返すと、毎日が中々の激務で、休日もほとんど無かったというのに、秘書の大谷さんには、それに見合ったお給料をお渡しできなかったのが悔やまれますね……

 そして今、彼らはそんな赤字に泣いていると……

 

 お金……お金……

 どうしたものか……

 

「……ねえ、雪乃」

 と、考えていると、隣から声が。

「なに? ツァン」

 顔を引きつらせながら話し掛けてきたのは、桃色の髪をした、和総部員のツァン・ディレさんです。

「いやさ、なんていうか……なにか、あったのかなって……?」

「なにかって?」

「いや……その習字……」

 と、私の書いた文字を差している。なので、私もそちらを見ると……

 

『お金』

『稼ぐ』

『儲け』

『働く』

『仕事』

『収入』

『赤字』

『貧乏』

『お金』

『金』

『金』

『銭』

『金』

『金』

『資金』

『金』

『金』

 

「……」

 どうやら、思考が文字に現れていたらしい。

「……いえ、特に何も無いわ」

「本当? お金のことで、困ってるんじゃないの?」

 ……だいぶ心配して下さっている。昔から変わらず優しい人だ。こうなると彼女は、納得するまで離れてくれなくなります。

 何か、理由を言うべきでしょうね。

「……ええ。多分、昨日見た、忍者の卵達のアニメのせいだと思うから」

「ああ、なるほど……」

 納得して下さった。まあ、実際見ましたけど……

「……にしても上手いな、考え事してた割に……」

 

 ……

 …………

 ………………

 

「……ライセンス?」

 あされんを終えて、午前中の授業の終了後、食堂でアキさんと話していると、そんな単語がアキさんの口から出てきました。

「あのお笑いコンビの?」

「……どのお笑いコンビかは分からないけど、違うわよ」

 今の子は分からないかしら……

 と、私が考えている間に、何やら顔をしかめつつ、説明を続けました。

「ライセンス。分かり易く言うと、えっと……そう、免許のことよ」

「免許……何の免許を取るの?」

「ライディング決闘の」

 と、やっと話の本題に入ったようです。

「その免許を、アキが?」

「ええ」

「へぇー……ライディング決闘に、免許って必要なのね」

 と、私がそう言うと、余計に顔をしかめました。

「……仮にもD・ホイールっていう、危険な乗り物に乗るんだから、当たり前でしょう」

「あら? 私はやったことあるわよ? 無免許で」

「え……?」

 私がそう返事を返すと、アキさんは、周囲を見回して、顔を近づけてきました。そして、私にしか聞こえない声で呟きます。

(ほ、本当に……?)

(ええ。遊星さんやクロウさんに尋ねてご覧なさい。彼らもその場におりましたので……)

(……)

 と、目を細めつつ、やがて何かを理解し、納得したらしい。言葉を続けました。

(じゃあ、いっそのこと、雪乃も一緒に取りましょうよ)

(私は……無理でしょう、さすがに。セキュリティはそこまで甘くはありません。そんな公的機関による試験を受けるとなれば、藤原雪乃の素性が存在しないことくらい、すぐに分かってしまいます)

(……そう、よね……)

 残念そうに、目を閉じました。

 まあそもそも私の場合、わざわざ免許が無くとも、相手さえいればライディング決闘ができますから、わざわざ免許を取りに行きたいとも思いませんが。

 ライディング決闘よりも、第一種普通免許の方が欲しいですねぇ。

 今は年齢的に不可能ですが、せめて、普通自動二輪だけでも……

 

「雪乃さん」

「うん?」

 と、アキさんと話していると、複数人の女子生徒に話し掛けられた。

「なにかしら?」

 笑顔を見せながら、普通に返事をする。それだけで、話し掛けた女子生徒は赤くなり、後ろにいる女子生徒達は、何やら騒いでいる。

 どうかしたのか? そう尋ねようと思った瞬間、手に持つ紙袋を渡された。

「これ、プレゼントです!////」

「ぷれ……私に?」

 返事を返しつつ、紙袋を受け取る。すると、女子生徒達は、どこかへと去っていってしまった。

「どうしたのかしら?」

「……」

 と、私が疑問に思っていると、アキさんは、向かい合いながら苦笑を見せている。

「開けてみたら?」

「え? ええ……」

 と、言われた通り、紙袋を開いてみると……

「肉まん……!」

「あら、良かったじゃない。雪乃の大好物でしょう?」

「うぐ……これは、私が、食べてしまってもいい、と、いうこと……?」

「そうじゃなきゃ、わざわざあげないでしょう。構わないだろうから、食べちゃいなさい」

「ふむ……」

 何やら、心の淵から罪悪感が込み上がる気分がしますが、捨てるわけにもいかないし、せっかくですし……

 袋の中身を、一つ手に取り……

 

 パク……

 

「……」

 

(相変わらず美味しそうに食べるわねぇ……周りはそんな雪乃に癒されてるし……男子よりも強いし、前のこともあって、男子だけじゃなくて、女子にまでモテモテになってるのよねぇ……て、これは雪乃だけじゃなくて、梓にも言えたことか……)

 

「……」

(私がこうして肉まんを食している間も、あの人達は、苦労をしているというわけか……)

 

 ……

 …………

 ………………

 

 お金……お金……

 どうしたものか……

 

「雪乃」

 

「……うん?」

 考えていると、隣の席の、アキさんの声。

「次、私達の番よ」

「え? え、ええ……」

 と、言われたことで、私はアキさん他、数名の生徒と共に立ち上がり、前へと出ていった。

 今は歴史の授業。この決闘アカデミアでは、決闘だけでなく、こういう一般的な教養の授業も普通に行っているらしい。

 まあ、何が一般的なのか、学校を知らない私にはよく分かりませんが……

 

 それで、今日はクラス内で分けた六つの班で、それぞれの班が、宿題で調べた偉人を発表する、という授業。

 そんなわけで、アキさんが手元の資料を読み上げ初めて、発表が始まった。

「私達は、X県Z市、心臓乱土(しそらど)町に伝わる、『喜楽宗八(きらくそうはち)』という戦国武将について調べました」

 

 

 それが終わった後、各班が順に発表していきました。私達は二番目だったので、残ったのは四つの班です。

 伝説の剣闘士『アリト』。

 龍と心を通わせることができたと言う『ミザエル』。

 自らの国を滅ぼした、史上最悪の暴君と呼ばれる王『ベクター』。

 今は滅びたとされる、伝説の国を統治していた若き王『ナッシュ』と、その妹『メラグ』。

 聞いていなかったので、一番最初の班が誰のことを話していたのかは知りませんが、最後の班の発表が済んだところで、ちょうど授業も終了しました。

 

「おい、藤原」

「はい?」

 と、授業が終わって、これから放課後と言う時、先生に話し掛けられた。

「済まないが、この荷物を運ぶの、手伝ってもらってもいいか?」

 教壇の横に置いてある荷物を差しながら、そうお願いしてくる。確かに来る時、重そうにしてましたね。最後まで使いませんでしたが。

「分かりました」

 とは言え、別段断る理由も無いことですし、普通に承諾しました。

「……ちょっと、雪乃」

 と、私が前に出ようとした途端、アキさんに手を引かれました。

「どうかした?」

 聞くと、私の耳元に口を寄せてきました。どうやら、余り大きな声では言えないことらしい。

(断った方がいいわよ)

(断る? なぜ?)

(……龍牙(りゅうが)先生って、あまり良い噂を聞かないのよ……)

 と、教壇の前に立つ、眼鏡を掛け、二列の不思議な形をした白髪の混じった、オールバックの、背の高い男性教諭を見ながら、そう言いました。

(良い噂を、聞かないとは?)

(言った通りの意味よ。使いもしないあんな大荷物を持ってきた上に、男子じゃなくて、仮にも女子の雪乃にそんなこと頼むなんて、おかしいと思わない?)

(……藤原雪乃が、男子生徒より力持ちだからでは?)

(……)

 聞き返すと、アキさんはまた呆れ顔になり、目を閉じました。

 

「藤原?」

 

「え、ええ、今行くわ」

 と、アキさんの手を外しながら、前に出ていきました。

 そして、言われた通り、龍牙先生が荷物の半分を取り、残りの半分を私が取りました。

 

 

「すまんな。手伝わせてしまって」

「気にしなくていいわ。困った時はお互い様よ」

 ……と、会話をしつつ、なぜかいつもの職員室とは違う道を通っている気がするのは、気にするべきことなのだろうか?

 と、辿り着いたのは、人気の少ない校舎の隅の、資料室だ。そこのドアを開きながら、こちらを見た。

「悪いが、ここに全部しまうんだ。先に入ってくれ」

「……」

 嘘は言っていない、とは思う。実際、しまうべきものなのだろうが……

 なのに、その更に深い部分を偽っている、そんな気がするのはなぜだ……?

「分かりました」

 それでも、荷物を持ったままではどうしようもない。言われた通り、中へ入ります。

「その奥に適当に置いておいてくれ……」

 龍牙先生も中に入り、ドアを閉めながら言います。言われた通り、荷物を置いた時……

 

 バチバチッ

 

 

 

視点:外

 決闘アカデミアの教師、龍牙は、自身の持つ荷物を適当な場所に置くと、ポケットから、黒い何かを取り出していた。

 そして、それのスイッチを入れ、一気に、雪乃の背中へ近付いた。

(誘ったのはお前だ。だから俺は、その誘いに乗るだけだ……)

 自分は悪くない。そのことを自分に言い聞かせて、その黒い物体を、雪乃の背中に押し当てた。

 どうせなら、このままいつも通り、押し倒してしまいたかったというのが本音だった。

 押し倒し、服をビリビリに破き、泣き顔になっているところを無理やりに……

 それが理想だったが、雪乃の強さは、アカデミアの誰もが知っている。普段から、口調も物腰も、顔も、体も、とにかく艶っぽく、色っぽい女で、そのくせ、自衛的な意味でガードは硬い。

 普通なら、それだけで大抵の男は尻込みし、欲求を諦めることだろう。

(だがな、俺は違うぜ。誘われてるのを、みすみす無視してやるほど紳士じゃねえぜ、俺は……)

 もちろん、誘っている、というのは、龍牙の思い込みである。だが、普段から雪乃の見せる、艶っぽい口調や態度は、確かに、誘っている、と言われても、仕方のない部分はある。

 そして、その事実を前に、自分は悪くない、誘いに乗っているだけ、そう言い訳し、自身を正当化し、そして、行動に移る。

 自分は何と勇敢なのだろう。そんな、どうしようもない使命感と達成感に酔いしれながら、龍牙は、その黒く四角い物体を、雪乃の背中に押し当てた。

 

 バチバチッ

 

 これで、この女は気絶する。眠っているところを襲うのは物足りないものがあるが、どうせ、眠っている間に服を脱がせるのだ。その全裸写真を種にすれば、これからは、心置きなく、自分の好きな時に、この女を好きにできる。

 いつもの通り、何の問題も無い……

 

「……なに? 今の音、なにかした?」

 

「えぇ~えぇ!?」

 思わず、年齢に見合わない絶叫をしてしまった。

「な、なに? どうしたの……?」

 一方雪乃は、特に何かがあったふうもなく、きょとんとしながら聞き返している。

 そんな可愛らしい仕草を気にする暇も無く、自身の右手に持ったそれを見てみる。

 スイッチは、間違いなく入っていた。

(うっそぉ~ん! 本物のスタンガンだぞ! 九十万ボルトの電流だぞ……!)

 右手に持つ、黒いスタンガンを見ながら、終始、あたふたとしていた。

「……龍牙先生、それ……」

「あ……」

 と、ここでようやく、正気に戻る。

 雪乃は、その右手にあるスタンガンを、ガン見していた。

「あ、いや、これは……」

 もはや言い訳はできない。こうなれば、勝てないだろうが力づくで押さえ込むしかない。

 そう、決意し、行動に移ろうとした時……

 

「……変わった形の髭剃りね」

 

「……は?」

 雪乃の発した言葉は、余りにも、予想の遥か斜め上を行った言葉だった。

「ひ、髭剃り……?」

 聞き返した時には、雪乃はその、髭剃りを、龍牙の手から取り、まじまじと眺めていた。

「刃が着いてないなんて……これでどうやって髭が剃れるの?」

 そう疑問を声に出しつつ、制服の袖をずらし、白い前腕を露出させる。

 そして、スイッチを入れ、

「ちょちょちょー! ちょー!」

 思わず、止めるための声を出してしまっていた。

 だが、既にそれを、前腕に押し当て、前後に動かしていた。

「……やっぱり剃れないわね」

(えぇ~ええぇええー!?)

 自分で押し当てておいて、気絶どころか堪えていない。どころか、火傷か腫れの一つができてもおかしくないだろうに、腕の肌も白いまま。

「髭剃りじゃないのかしら……はい」

 髭剃りではないと分かったところで、それを差し出してきた。

「……あ、はい」

 龍牙も、それを大人しく受け取った。

「……」

 このまま何事も無く、雪乃を返してしまうのが一番良かっただろう。だが、呆然の中にありながら、それでも僅かに残っていたプライドと、なおも誘いの視線を送る(ように龍牙には見えている)雪乃への欲望が、そんな妥協を許さなかった。

 

 バッ

 

「へ……?」

 雪乃の制服を乱暴に掴み、足を掛け、躓かせる。背中から倒れた雪乃の上に覆いかぶさる。

 直前以上に、雪乃の顔が近く、よく見える。それがより一層、彼のどうしようもない使命感と、興奮を掻きたてた。

「お前が悪いんだぞ……お前が、誘ってきたんだからな……」

 鼻息を荒立て、吐息と唾を飛ばしながら、説き伏せるような口調で、雪乃に言う。

 スタンガンも効かない化け物だ。このまま反撃されるに違いあるまい。それを覚悟しての行動だった。

 やれるものなら反撃すればいい。その時は、教師に手を出した不良生徒の烙印を押すだけなのだから……

 

 そう考えて、制服に手を掛ける。

 だが、反撃されることは無く、終わりは別の角度からやってきた。

 

 ガララ……

 

「……」

 

「……」

「……」

 慌てたふうな表情で、外に立っていたのは、和総部の、書道のリーダー格、ツァン・ディレだった。

「……え?」

 目の前の光景に、そんな声を出してしまう。

 目の前には、床に倒れ伏している雪乃と、その上に覆いかぶさっている龍牙先生。その右手には、黒い、スタンガン……

 そんなツァンの登場に、龍牙は、一瞬にして、様々な思いを巡らせた。

 なぜ鍵を掛け忘れていたのだ。

 この状況は、言い訳は難しい。

 こうなったら、この女も俺の手で……

 と、思考していた時、

「大丈夫? 龍牙先生」

 と、自身の真下から、雪乃の声が聞こえた。

「もう、急に躓くなんて……薄暗い所なんだから、足下はよく見ないと」

 そう、平然とした口調で言っている。

 そして、理解した。

 この女は、俺のことを庇っている……

「ほら、ケガが無いなら、早く退きなさい。重いわよ」

「……あ、はい」

 スタンガンを受け取った時と同じように、呆然としながらも、そう声を出す。

「じゃあ、さよなら、龍牙先生」

 それだけ言い、未だ目を見開くツァンの隣に立つ。

「ツァン? 部活へ行くわよ」

「……あ、はい」

 ツァンもまた、呆然とした声を出して、雪乃に並んで歩いていった。

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:雪乃

 日が沈んだ時間帯、ぶかつどう、を終えて、自宅であるガレージに座っております。

 いつもなら、遊星さん達に夕食を作っているのですが、今日は皆さん、WRGPの開催記念式典へと出かけている。遊星さん達三人に加え、アキさん、龍亞さん龍可さんも一緒だそうです。

 私も一緒にどうかと誘われましたが、ぶかつどう、があるので断りました。

 なので、それが終われば、これからやることはありません。

「……お金……お金……」

 やることが無ければ、結局考えることは、ずっと考えていたことになってしまう。

 彼らの資金不足を、何とかしてあげる方法は無いものか。

 彼らは気にすることは無い、と言っていたものの、それでも、あそこに住まわせている身として、何とかしてあげたい。

 余計なお世話かもしれませんが、それでも……

「お金……お金……」

 何だかんだと、やることもないので、取り敢えず私服に着替えて、歩くことにしました。

 ちなみに私服も女性物で、アキさんが貸して下さったものです。

 それが総じて、胸元が無意味にぶかぶかしていることに、疑問を感じるのは不躾でしょうか……

 

 なんだかんだと言いながら、一人になったのは随分と久しぶりな気がします。

 学校では、常にアキさんか、和総部の皆さんのうちの誰かがお傍にいて、家に帰れば、遊星さん達三人がおりました。

 少なくとも、藤原雪乃となった今、本当の意味で、一人の時間を過ごしているのは、これが初かもしれない。

 そして、そんな一人の時間、私が考えていることというのが……

「お金……お金……」

 どうしたものか……

「……お金……おか、ね……?」

 と、呟きながら歩いていると、目の前に、あるものが映る。

「……」

 ……は!

 そうだ! なぜ気付かなかったのか!

 私にも一つ、確実にできることがあったんだ!

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:遊星

 ゴースト……

 それが操る、『機皇帝』……

 それに対抗するために、今日までどんな決闘で闘うべきか、ずっと考えてきた。

 機皇帝の最も恐ろしい能力が、こちらの召喚したシンクロモンスターを吸収してしまうこと。それに対抗するため、敢えてシンクロを使用せずに戦う決闘を模索したりもした。その時は、ジャックに愚かだと怒られてしまったがな。

 それで、どうすべきかの答えが分からず、イラつきながらパーティーに出席した時……

「アクセルシンクロ……」

 呟きながら、そのことを思い出す。

 突然目の前に現れた、サングラスを掛けたD・ホイーラー。

 現れたゴーストを追い掛けようとしたところを引き止められ、誘われるままに決闘をした時、その男が使った戦略。

 相手ターンに、シンクロモンスター同士を使ってシンクロ召喚を行うシンクロ、その名も『アクセルシンクロ』。

 確かに、あれができれば、機皇帝のシンクロ封じにも対抗できる。

 次にゴーストが現れるまで、それをどうにかして会得するしかない。

(もっとも……そのための手掛かりすら掴めていないのだがな……)

 

 

「おーい、雪乃ー」

 と、考え事をしながら歩いているうち、ガレージに着いた。

 本当ならもう少し遅くなるはずだったが、色々とあったことで、予定よりも早くパーティーは終わった。

 それでも夜遅くなのは違いなかったから、龍亞と龍可は家に帰してある。

 ここにいるのは、俺と、ジャックと、クロウ、そして、雪乃に会っておこうとアキもついてきている。

「雪乃ー、いないのかー?」

 クロウがもう一度呼びかける。だが、ガレージに灯りは点いておらず、返事もない。

「寝ちまったか?」

 クロウがそう言った時だ。

 

「……ああ、お帰りなさい」

 後ろから、雪乃の声が聞こえた。

 制服から私服に着替え、髪を下ろしている。

「あら? 雪乃、今帰ってきたの?」

「ええ。少々用事がありまして」

 アキの質問に、雪乃は苦笑しながら、そう答えた。

「それより、皆さんも、もう少し遅くなると思っておりましたが……」

「ああ。色々あってよぉ……」

 と、クロウが今日の愚痴をこぼそうと思った時だ。

「そうだ。クロウさん、これを」

 そう、ポケットから何か、封筒を取り出して、差し出してきた。

「なんだ、これ……」

 受け取った封筒の封を開けて、中身を取り出して見ると……

「……げ! なんだ、この大金!」

 クロウの言った通り、そこには一万円札が、ざっと見ても二十枚は入っていた。

「どうしたんだよ、一体……」

 驚きながら、そう聞いている。当然だ。いきなりこんな大金を渡されたのでは、誰でも驚く。雪乃は笑いながら答えた。

「丁度いいアルバイトを見つけまして、頑張ってこれだけ稼ぎました」

「マジか……まさか、本当に銀行を襲ったんじゃ……?」

「違いますよ。というか、仮に本当に銀行を襲ったなら、こんなはした金で済ませるわけが無いでしょう。私を嘗めないで頂きたい」

「……ごめん」

 怒るポイントがずれている気がするが……

「しかしすげーな……見ろよ、ジャック。雪乃だって、これだけ稼いでるんだぜ。お前もちっとは見習え」

「……ふん!」

 クロウは素直に喜んで、ジャックは怒りに鼻を鳴らし、アキは、ただ驚き感心している。

 確かに凄いが……

「……なあ、雪乃」

「はい?」

「……これだけの大金を、短時間で稼げるアルバイトとは、どんなものだ?」

 ……正直、俺の予想が外れていて欲しいものだが……

 だが、その質問に見せた笑顔が、俺の予想が、当たっていたことを示していた。

 

「大したことではありませんよ。街を歩いていると、お金を持っていそうな男色家の男性が歩いていたので、声を掛けてホテルでお部屋をご一緒したら、払って頂きました」

 

「……」

「……」

「……え?」

 その答えに、声が出たのはクロウだけ。ジャックやアキは、声すら出ずに、ただ目を見開いていた。

「雪乃……お前、それ……」

「ええ。言いたいことは分かります……」

 雪乃も、何やら表情を沈ませながら、言葉を続けた。

「私も驚きました。サテライトでは、終わったらそれで終わりだと言うことは普通だったと言うのに、まさかたった一度でこれだけのお金になるなんて。やはりシティは違いますね」

 ……俺達とは、驚いている方向性が違う、そんな、能天気な答えだった。

「……そう言う問題じゃねえだろう……」

 クロウが呆然としながら、そう指摘した。

「……ああ、大丈夫ですよ。お誘いした時にはカラーコンタクトも外しましたし、髪の形も変えておきましたし。仮に街中で出会っても、証拠は無いのでとぼけられます。何より、少なくとも、梓だとはばれておりません」

「だから、そうじゃなくて……」

「……あなた、自分のしたこと、分かってるの……?」

 アキも、どうにかそう言う。同い年ながら、雪乃のしたことが分かっているのだろう。

「どうもこうも、お金を稼いだ。それだけですが」

「それだけって……」

「どうしたのですか、皆さん? このくらいのこと、ここがサテライトならそれこそ日常茶飯事ではありませんか」

『……!』

 その、何気なく言った言葉に、俺達全員、言葉を失った。

「何はともあれ、こうすればお金が稼げます。ならば、積極的に働くべきでしょう」

「いや、だって……」

「私には、この仕事が一番合っておりますから」

『……』

 嬉しそうに、笑顔で言ったのは、ジャックがずっと、クロウに言い続けてきた言葉だった。

 

「……この金は受け取れねえ」

 と、沈黙していたクロウが、渡された封筒を、雪乃に突き返した。

「は? なぜ……?」

「お前が稼いだんだ。お前が使うべきだ。欲しいカードでも買えよ」

「しかし……」

「いいから……俺達は、こんな金、使いたくねえんだよ……」

「……」

 それ以上、クロウは何も言わなかった。

 当然だ。俺でさえ、雪乃に何と言ってやったらいいのか、全く分からない……

「……アキ」

 と、ずっと黙っていたアキに話し掛ける。

「……悪いが、今日は雪乃を、アキの家に泊めてやってもらえないか?」

「え……?」

「そして……丸投げするようで悪いが、両親に、雪乃の……梓のことを話してほしい」

「ああ……」

 それで、アキも分かったようだ。

 俺達には、梓に掛けるべき言葉は見つけられない。

 仮に見つかったとしても、それは、梓と同じくサテライト出身の俺達や、梓と同い年のアキでは、梓の胸に響くことは無い。

 情けない話だが、そのことを梓に言って聞かせてやれるのは、諸々の事情を知っていて、且つ、ちゃんとした大人である、アキの両親以外にいない……

 

 

「……」

「……」

「……」

 あの後、梓はアキに促されるままに歩いていった。自分がなぜ連れていかれているのか、全く理解していない様子で。

 残された俺達は、ただ座って向かい合いながら、無言でいた。

「……おい、ジャック」

 イラついた口調で、クロウがジャックの名を呼んだ。

「……あれも俺のせいだと言いたいのか?」

「違うってのか?」

「原因は俺かもしれん。だがまさか、あいつがあんな手段で金を稼いでくるなど、予想できると思うか?」

「開き直る気かよ!」

「やめろ」

 今にも掴み合いになりそうな二人に、そう言葉を掛ける。

「誰も悪くない……いや、むしろ、あいつがああするかもしれないと、分かっておくべきだったんだ。少なくとも、俺達三人は」

 そうだ。どうして今まで気付かなかったんだ。サテライト生まれの俺達が。

「今まで普通に接してきて、最初こそ、俺達を怖れながら、それでも、ジャックを直接掴めるくらいには打ち解けた。だから気にならなかったが……変わっていくシティにずっと住んでいた俺達とは違う。梓にとって、ここは今でも、サテライトのまま、ということだ……」

『……』

 二人とも、口を閉ざした。

「……それを言うんだったら、あいつはガキの頃から、マーサハウスにいた俺達とは違うだろう」

「うむ……俺達には、帰る家があった。マーサという親代わりや、仲間達という家族もいた。だが、梓には……」

 ……そうだ。

 俺達もサテライトにいた以上、そこにいた大人達の姿は、当然見たことがある。

 誰もがその日その日を、食うや食わずの中、命を繋ぐことだけを考えて生きていた。

 中には、仕事を持つ者や、家族を持つ者もいた。だが、仕事も無く、家も無く、結果、礼節すら無くなった浮浪者達は、それ以上に大勢いた。

 夢も無く、目的も無く、希望も無く、何も無く、あるのは、価値すら見出すこともできない、生きているという現実と、そこにいるという空虚な実感だけ。

 それでも、他に縋れる物は無く、せめて、それだけは手放さないよう、手段はどうあれ金を手に入れ、食べ物を手に入れ、今日を生きて、そして、明日の自分だけは、嫌でも手に入れる。

 何のために生きているのか。何のために生まれてきたのか。分からないまま、ただ、嫌でも過ぎていく時間の中を、無理やり生きていくだけの人生。

 だが、そんな連中の全員が、大人だった。社会や現実、それらをある程度知って、そして、負けてしまった者達だ。

 何も知らない、負けたことのない俺達子供は、そんなサテライトにいながらも、マーサハウスという存在のお陰で、社会を知り、現実を知り、こうして、大人の仲間入りを果たすことができた。

 今もそうだ。今も大勢の子供達が、そうやって、マーサハウスで育ち、大人になるための準備を進めている。

 

 そして、そんな子供達の中の、唯一の例外が、梓なんだ。

 社会を知らず、現実を知らず、子供の内から、長い時間の中を、そんな場所で、たった一人で生き抜いてきた。

 他の大人達とは違って、負けたから生きているんじゃない。負けを知らず、だが勝ってすらいなく、ただ、生きる以外にやることが無かったから、ただ生きていた。

 生きることだけを目的にしたから、平気で体も汚したし、体を売りもしたのだろう。

 それでも、梓がそれを間違っていたと自覚できていたのは、梓にもまた、水瀬家という、帰る家と、父親が途中でできたからだ。

 そして、その中で生き、礼節を知ったことで、今のように、シティの誰もが認める、優しい大人物として大成できた。

 

 それでも、そうなる以前に、サテライトにいた時間が長過ぎた。だからそんな、子供の頃からの記憶は、今でもずっと残っているんだ。 

「あいつがどれだけ変わっても、サテライトで生まれ育った事実は消えない。そして、今の梓には、帰る家は無くなり、大切にしていたという父親もいない。全てを無くしたあいつにとって、ここは、サテライトなんだ。だから、誰に恥じることもなく、生きるために、金を稼ぐために、何でもしようとしたんだ」

『……』

「……じゃあさ、俺達はあいつにとって、家族や家にはなれなかったってのか?」

 無言でいたクロウが、そう尋ねてきた。

「そりゃあ、梓のいた家ほど大きくは無いし、拾ってくれた恩がある親父さんに比べりゃ、俺達との絆なんて、薄いとは思うぜ。何より、梓は、自分をそんな目に遭わせたサテライトを恨んでたし、そのサテライトにいた俺達のことも怖がってたしさ。けどさ、こうして俺達、何日も同じ屋根の下で暮らして、色々と打ち解けて、あいつだって、怖がってた俺達のこと、段々好きになってくれてたっぽいのにさ……」

「……だからこそではないか?」

 嘆いたクロウに、ジャックが声を掛けた。

「住む家を共にして、同じ釜の飯を食って、時間を掛けながら家族になっていった。だから、あいつは自分をそうさせてくれた、俺達への恩を返すために、そうしたのではないか?」

「恩?」

「そうだ。あいつは礼儀正しく、純粋で、そして、人一倍優しく、そのくせ人間の醜い部分を誰よりも知っている。おそらくそうなったのは、そうなることこそ、拾ってくれた父親に対する、何よりの恩返しだということが分かっていたからだろう」

「……じゃあ、俺達は……?」

「奴は、俺達が金に困っていることを知った。だが、金を稼ぐ手段など、自分には限られていることも知っていた。だから、自分に唯一残された手段で金を稼いだ」

「待てよ。サテライトでも散々そうしてきて、だからサテライトが嫌いになったんじゃ……」

「ここは既にサテライトではない」

 クロウの言葉を遮りながら、ジャックが続けた。

「例え、あいつにとってはサテライトと同じ感覚だとしても、ここは既に、あの頃のサテライトから変わっている。あいつが恨んでいたサテライトは、既に無くなっている。サテライトではないから、嫌悪する理由が無い。だから、簡単に体を売ることができた」

「なんだよ、それ……」

 いまいち理解していないクロウに対して、俺が、分かり易くまとめた。

「つまり、サテライトで散々な目に遭い、体を売った忌まわしい経験はあるが、シティにはそんな物は無い。だから、シティの人間は平気だし、体も売れる。そう言いたいんだな。ジャック」

「そうだ。そして、梓本人は、そのことを悪いことだとは思っていない。むしろ、子供の頃からやってきた、ごく当たり前ことだと思っている。奴の父親は言わなかったろうが、仮に父親が、梓にそうしろと言ったとしたら、あいつは何の迷いもなく同じことをやっただろう。相手がサテライトの人間でない限りな」

「マジかよ……」

 俺達の話に、クロウは正に、絶句した顔になった。

「……どうして、気付いてやれなかったんだろうな」

「誰が気付けたものか……」

「ああ。だが、それでも今日、気付くことはできた。これから、それは間違っていると、教えていくことはできるさ……」

 そして、梓もまた、そのことを気付いてくれる。それを、信じるしかない……

 

 

 

 




お疲れ~。
作中にもあるけど、向こうとこっちの梓の、主な違いは以下です。

①トラウマの原因が、目の前に形として残っているか。
②過去を知られたくないと心から思う人間が、自分の周りにいるかどうか。

①に関しては、恨みを抱いてるのは、幼い頃にそういう行為を強要された、『サテライト』という場所であって、行為自体は間違っているとは思ってません。
そして、そのサテライトも今は無くなり、シティという場所に対しては、恨みを持つ理由はありません。
なので、やる機会と必要性があるなら、間違っていると分かっていても、迷わず行為に走ります。

②に関しても、該当するのは今のところ、亡くなった親父さんだけです。
向こうとは違って、遊星達や、和総部のメンバーともそれほど強い絆を育んでるわけじゃありません。
なので、知られても平気だし、メンバーがどう思おうが、梓本人は全く傷つきません。

以上の理由から、向こうとは違って、そういうことがあっても全然平気なんだなぁ。
と、長い説明にはなりましたが、まだ続きますゆえここまでにしときまっさ。

んじゃ、次話まで待ってて。
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