遊戯王5D's ~剣纏う花~   作:大海

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どうも~。

んじゃ、第九話ですじゃ~。

行ってらっしゃい。



第九話 侵されし和総

視点:外

 

「や……いやぁ……」

 

 目の前の光景に、少女――サクラは、涙目になりながら、そんな声を上げていた。

「あらあら……そんなに声を出しちゃって……」

 そんなサクラに対して、雪乃は、諭すように、優しい声を囁いた。

「だ、だって……」

「怖がらなくてもいいのよ。あなたは何も考えず、ジッと見ていなさい……」

 囁きかけつつ、その指先に力を込める。

「ひうっ……! そ、そんな……」

「もう、いちいち反応しちゃうんだから。そういうところが可愛いのだけど……」

「だ、ダメ……雪乃さん、そんな……あっ、強いぃ……」

 終始、余裕な声を、雪乃は囁いていた。対照的に、サクラは雪乃の指が動く度、体を小刻みに震わせる。そして、そんなサクラの反応を見ながら、雪乃は終始、楽しんでいた。

「もう……そんなに可愛らしい声を上げるのなら、ますます強くしたくなっちゃうじゃない」

「へぇえ? そ、それは……」

 雪乃の提案に、サクラは反応しながら目を見開き、なお強い脅えを……だが同時に、期待を、その表情に滲ませる。

「ああ……それは……でも……」

「うふふ……さあ、これ以上は焦らすのも何だし、一気に行くわよ」

「ふあぁ……や、やるのですか……?」

「ええ。さあ、あなたはジッと……しっかり見ていなさい……」

「あ、あぁ……」

 恐怖はあった。どうなるか、どんなことが起きるのか、どんなことになってしまうのか……

 それでも今、サクラの体を支配する、最も強い感情は、間違いなく、期待だった。

「さあ、いくわよ、サクラ。しっかりと見ていなさい」

「ああ、雪乃さん……み、見ています。しっかりと見ています。だから、だから、どうか……」

「ええ。任せて……力を抜いて、私に全てを委ねて……」

「ふぁぁ……雪乃さん……雪乃さん……」

「ほーら……いくわよ!」

 

 ベンベンベンベン

 ベンベンベンベン……

 

 

「ブラボー! 雪乃さん、お見事な演奏です」

「ありがとう、サクラ」

「……ねえ、さっきから何を話しているの……?」

 絶賛するサクラと、礼を言う雪乃の間に入ってきたのは、部屋の隅で琴を演奏していた、メイである。

「なにって……見ての通り、三味線の練習でしょう?」

 雪乃は、あっけらかんと一言で答える。

 それに対して、メイは頭を抱えた。

「……練習はいいのですが、なぜあんなに……あ、アダルティな声を、出す必要が……?」

「なに? あだる……?」

「普通にお話ししていただけですよね?」

 雪乃だけでなく、サクラもまた、平然と答える。それになお、メイは頭痛を覚える。

「雪乃さんたら、弦を弾く時は強過ぎないようにと言っているのに、やたら強く弦を弾こうとするのですよ。演奏していて弦が切れてしまわないか、心配でしたわ……」

「あのくらい強くしないと、大きい音が出ないんじゃないかと思って。それでいちいち震えて涙目になっちゃって。まあ、それは可愛らしかったけど……」

「ええ……それは見てて分かったけど、声だけ聞いてたら……」

「声だけ聞いてたら?」

 雪乃の問い掛けに、メイは、答える代わりに、その部屋に集まった、他の琴と三味線の生徒達に視線を送った。

 

『……////』

 

 誰もがそれぞれの楽器を片手に、視線を伏せながら、顔を真っ赤に染めていた。

「……たかが稽古で、何をそんなに恥ずかしがるのかしら……」

「さあ……」

 自覚の無い二人に、メイはもはや、笑うしかなかった。

「……まあいいわ。まだ時間はあるし、今度は琴を教えてちょうだい」

「……まあ、いいですけど……」

 

 

「だ……ダメぇ……」

 

 目の前の光景に、メイは、涙目になりながら、声を上げていた。

「あらあら……メイまで、そんな可愛らしい声を出しちゃって……」

 そんなメイに対して、雪乃は、諭すように、優しい声を囁いた。

「だ、だって……ああっ、そんなに爪を立てちゃ……」

「このくらいがちょうどいいんじゃないの。もう……ほんのちょっぴり力を入れただけで、そんなに震えちゃって」

 囁きかけつつ、その、白い光を反射させる指先を見せつける。

「そ、それは……」

「うふふ。メイったら可愛い。ほら、ほらほぉら……」

「ああっ……! いや、ダメぇ……」

 ダメだという爪を敢えて立てて、滑らせる。その度に、部屋にはしめやかな音が響き、それはメイの嬌声と合わさることで、妖艶な音色へと姿を変えていく。

「そんなに可愛い声で嫌がられると、ますますやりたくなっちゃうわね。ほらほら……」

「ふあぁああぁ、すごいぃ……けど、ダメ、お願い、雪乃さん、それ以上は、ダメぇ……」

 いくつもの音と、いくつもの声。ブレンドされた音を、響かせ続ける雪乃……

「うふふ……じゃあ、やめようかしら?」

「……へ?」

 雪乃が、そんな言葉を発した所で、拒否を示していたメイの表情に、疑問が、同時に、不安が宿った。

「あなたが、これ以上は嫌だっていうのなら、仕方ないわ」

「ああ……そ、それは……」

 疑問から生まれた不安は、すぐに不満に変わった。不安から生まれた不満は、徐々に、焦りへと変わっていく……

「これで終わりにしようかしら……」

「あぁ……」

 そんな焦りと、雪乃の態度に、メイは、認めるしかなかった。

 嫌だと思っていたように見えて、その実、自分は、雪乃に反応し、喜びを覚えていたと。

 そしてそれが、今や、大きな期待へと変わってしまっていると。

「あら? どうしたの? そんなに物欲しそうな顔しちゃって……」

 そして、そんなメイの感情を、雪乃は見抜いていて、余裕げに、楽しげに、声を掛け続ける。

「ふゅうぅうう……雪乃さんのイジワルぅ……」

「さあ……やめていいのかしら?」

「あんっ、そ、それは……」

「んー……?」

 また、話し掛けてくる。そんな声色と、雪乃の美しい笑み、そして、嫌が応にも期待を抱かずにはいられない、滑らかな指先の動き。

 それだけのものを目の前にして、メイの中の欲望が、抑制に勝るはずが無かった。

「その……さ、さいご、まで……」

「なあに? よく聞こえないわ?」

 ああ……

 この人は、私をそれほどまでに堕としたいのか……

 自ら求めたことを、私自身に認めさせて、私の心を支配したいのか……

 なら、構わない。今はただ、目の前の欲求と、体に走る衝動に、身を任せていたかった。

「……お、お願いします……さ……最後まで、最後までしてえぇ……!」

 力の限り、叫ぶ。それに、雪乃は笑顔で答えた。

「良く言えたわね。じゃあ、最後までするわよ」

「はあ……はあ……雪乃さぁん……」

「ふふ……ほぉーら……」

 

 ベレレレレン……

 

 

「さすがは雪乃さん! 見事な演奏ですわ」

「ありがとう、メイ」

 

「……////」

 

『……////////』

 

「あら? どうかしましたか? サクラさん……」

「みんな、さっきより赤くなってるわね」

 顔を真っ赤にしたまま、サクラはどうにか声を出す。

「……メイさんの言っていたことが、よく分かりました」

「はい?」

 そして、とうのメイは、先程のサクラと同じ立場にありながら、それでも、まるで自覚が無いという顔をしていた。

 しかし、すぐに理解して、雪乃とサクラから、顔を背けた。

「……」

 

(『雪乃さん……恐ろしい人……』)

 

 今、この教室にいる、雪乃を除く全員の生徒が、そんな感想を抱いた。

 

(それにしても……)

 彼女達が赤くなる理由も分からないまま、雪乃は、自身の指先で、白く光る琴爪を眺めていた。

(三味線の弦は、強く弾き過ぎない。琴の爪は、垂直に立てない。どちらも素人ならやりがちなことですが……素人を演じるのも辛いものがありますね。いい加減に……)

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:アキ

 

「雪乃さん、おはようございます////」

「あら、おはよう」

「えっと……きょ、今日も素敵な髪ですね……////」

「あら、綺麗なのは髪の毛だけなのかしら……?」

「え? そ、そんな……雪乃さんは、全部が綺麗です!」

「あら……うふふ、ありがとう」

「……////」

 

「……」

 

 

「きゃー! 雪乃さーん!」

「頑張ってくださーい!!」

「雪乃お姉さまー!!」

 

「あらあら……じゃあ、みんなの期待に応えてあげるわ!(ウィンク)……」

 

 ズッキュウウウンッ!

 

「ああ……雪乃さん、素敵です……////」

 

「……」

 

 

「ここにこの公式を当てはめて……ここまでは分かったかしら?」

「えっと、その……うぅ……」

「あらあら……仕方ないわねぇ。なら、理解するまで教えてあげるわ。手取り、足取り、ね……」

「はっ……ふあぁい……////」

 

「……」

 

 

 ムニュリ……

 

「あ……」

「いやん、それは私の……酷いわ、わし掴みにするなんて……」

「え! いや、俺は、その……」

「もう……仕方ないわね。あげるわ」

「ええ! いいんですかぁ!?」

「一つくらい、構わないわよ。肉まんならまだたくさんあるし。それとも……いらない?」

「い、いえ、喜んでー!////」

「うふふ……」

 

「……」

 

 

「危険だわ」

「なにが?」

 食堂で、雪乃と向かい合いながら、口から出たのはそんな一言。

(あなたねぇ……最初に目立つなって言っておいたのに、今アカデミアで一番目立ってるっていう自覚ある?)

(目立つ? 私は今、目立っているのですか?)

 やっぱり分かってない……

(毎朝大量のラブレターを下駄箱に入れられて、体育の時間には大勢の生徒から応援されて、授業の時間以外は他の学年の生徒まで教室に覗きに来て、昼休みには必ず誰かから肉まんプレゼントされて、女子には憧れられて、男子に、一部の女子からもエロい目で見られて……アカデミア中にファンがいるのに、目立ってないって思うの? おまけにラブレターには律儀に全部目を通して、返事の手紙まで書いてるし……)

 今も、お昼を食べながら、百通近くあるラブレターの返事を書いてるし……

(……それは、目立っているというのですか? 私は昔からそんなふうでしたし、私自身、普通に過ごしているつもりなのですが……)

(はぁ……)

 いくら昔から注目されるのが常だったとは言っても、ここまでされているのが普通だと考えるのも、どうかと思うわ……

「……よし、書き終わった」

「はや……あんなにあったラブレター、朝からお昼休みの今まで全部読んで、返事を書いたの?」

(このくらい、教室を経営していた頃の雑務に比べれば……)

 ああ……

 そう言えば、経営とか資料整理とか、全部一人でこなしてたって言ってたっけ? 教室に使う部屋とか公民館の予約も、全部本人が直接電話して借りてたって言ってたわね。

 そう考えると、雪乃って、意外と事務仕事とか、営業とかにも向いてるんじゃ……

(……ん? それじゃあ、頭首の時代から、手紙には全部返事を書いてたの?)

(いいえ、さすがにそれは……基本的には全てに目を通して、必要なものには返事を出しておりましたが、さすがに忙しくて、全てに返事を書く余裕は、ありませんでしたね……)

 悲しそうに言ってる。やっぱ、優しい人ね。雪乃って……

 なんてことは、この際いいわ。

(これは……もっと根本的なところから考え直さないとダメね……)

(根本的?)

(そう。これから、アカデミアの生徒に嫌われるようなことしなさい)

(嫌われるような?)

(そう。あからさまに孤立しろとは言わないけど、少なくとも、今以上にファンが増えないよう、できることなら、何人かは離れていくようなことをしなさい)

(はぁ……それは、具体的になにをすれば?)

(それは……一度自分で考えてみなさい)

 雪乃ほどの人間が、そう簡単に嫌われることは無いとは分かってるけど、どの道、これ以上目立ったら後々大変だわ。

(しかし、目立たないためとは言え……あまり気は進みませんね。嫌われることには慣れていますが、敢えて人に嫌われる、というのは……)

(……来週には、私はライディング決闘のライセンスを取るために、今ほどアカデミアには来られなくなるわ。私のいない日に、大勢のファンに近づかれて、何がキッカケで正体がばれるか分からないでしょう)

(ふむ……そういうものですか……)

(そういうものよ……)

 

 とまあ、そう言いつつ、実はもう一つ、理由はある。それは……

 

『……』

 

 今でも感じる。

 和総部以外で、雪乃と気安く話しができて、おまけにいつも一緒にいる私のことを、大勢の生徒は嫉妬の目で見てる。

 その視線がとにかく痛くて、いつか視線じゃなくて、刃物でも刺される日が来るんじゃないかと思うと……

 恐ろしくて、おちおちデッキも組めないわ。まあ、雪乃はそんな私を守ってくれるだろうし、ある意味一長一短だけど……

 

(ふむ……嫌われる、ですか……まあ、その前に、お昼休みの間に、この返事の手紙を、全て下駄箱へ届けねば……)

 

 

(お姉さまかぁ……)

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

「……」

「……」

 

 一日明けて、昨日と同じ時間。食堂で、いつもと同じように、雪乃と向かい合ってる。

 けど……

(……なんでこうなるの?)

(私が尋ねたいのですが……)

 雪乃は昨日と同じように、ラブレターの返事を書いてるけど、昨日に比べて、ラブレターや肉まんのプレゼントが倍に増えてるうえ、昨日以上に食堂中の視線が雪乃に集まってる。

(嫌われるように色々とやってみたのに、何がどうしてこうなるのですか?)

(ちなみに、どんなことしてみたのよ……?)

(どんなことって……)

 

 

 ――何も無い所で転んで間抜けを演じたり……

 

「痛ったぁ……もう、嫌だぁ、私ったら……(涙目)」

 

『////////』

 

 

 ――男子生徒を子供扱いして不快感を煽ったり……

 

「痛て……あ、すみません……」

「やれやれ。仕方ないわねぇ、坊やったら……(慈愛)」

 

『////////////』

 

 

 ――決闘で勝利した相手を全力で見下したり……

 

「『E・HERO Great TORNADO』の効果、衝波降来(タウン・バースト)

「うおお……!」

「そして、Great TORNADOとガイアで攻撃。烈迅竜気(スーパーセル)! 大地爆砕衝(コンチネンタルハンマー)!」

 

「ぐわあああああああ!」

 

「私の勝ちね(見下)」

 

『////////////////』

 

 

 ――今朝は宿題をわざと忘れもしましたし……

 

「ごめんなさい……宿題、してくるの、忘れちゃった……(ウルウル)」

 

『////////////////////』

 

 

(これだけアホみたいなことをやり続けたなら、普通は嫌われるでしょう)

(ああぁぁ……あれってやっぱ、そうだったんだ……)

 説明を受けて納得して、思わず両手で頭を抱えた。

 雪乃に対して、『ドジっ娘属性』とか『女王様属性』とか……説明したところで理解しないわよね。そりゃあ、そういうのは本来、やれば批判を受ける事柄ではあるけど、雪乃がやったら、批判どころか、一部の人達をなお更喜ばせるだけよ……

(大丈夫ですか……?)

(ええ……気にしないで……)

(ふむ……かつて、サテライト出身だということを公言した時は、シティ中から一気に嫌われはしましたが……)

(……今の時分、そんなことで嫌う人なんていないわよ。第一、アメリカ出身だっていう設定なんだから、意味が無いわ)

(ですよね……)

 こうなると、手立ては一つしか無いのかしら……

(仕方がないわ……下手なことしないで、何もせずに現状維持でいきましょう)

(はぁ……現状維持?)

(ええ。何しても好かれるくらいなら、せめてファンの数が最小限になるよう、何もしない方がいいわ)

(……分かりました)

「よし、終わった」

 雪乃は返事をしながら鉛筆を置いて、肉まんを一口……

 

「……」

 

 ああ……本当に美味しそうに食べるわね……というか、これだけ毎日大量の肉まん食べてるのに、どうして太らないのよ? 羨ましい……

 なんて、私が羨ましがってる間に、雪乃は、机の肉まんを全部、綺麗に平らげた。

「……」

 

 

(お姉さまかぁ……)

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:外

 人というものは不思議なもので、正しいことをしている、自分の方が正しいと分かっていても、ひとたび自信を失えば、その瞬間、自身の正しさを疑い始めてしまう。

 一度生まれてしまったその疑惑は、一秒経つごとに急速にその人間の中で大きくなっていき、やがては、その人間の内面からあふれ出し、全身を包み込み、そして、その人間の全てを覆い隠せる大きさに――すなわち、その人間の正しさを、否定できてしまう大きさに変わる。

 そして、その疑いというものが生まれるには、決して、大きな事件や、出来事は、必要無い。

 ほんの些細な事実さえあれば、その疑いはどこからでも、いくらでも生まれてくる。そして、悲しいかな、それを大きくしてしまうのは、他の誰でもない、自分自身なのである……

 

「分かったか? 悪いのはお前なんだぞ」

「……」

 狭く、薄暗い部屋の一室だった。いるのは、男女の二人だけ。

 目の前に立つ男の言葉に、一人の女子生徒は、震えることしかできなかった。

「おいおい。いつまでそうして震えてる気だ。早く言った通りにしろ」

「……」

 男の言葉は、明らかに間違っている。

 間違っていると、その女子生徒は分かっていた。なのに、一つの事実が女子生徒を縛り付け、男の要求から、逃れられなくしてしまっていた。

「聞こえなかったのか? なら、もう一度言うから、よく聞け」

「……」

 男の下卑た言葉。荒い鼻息。醜く歪んだ笑み。濁りに濁った目。

 その全てが怖ろしく、間違っている。なのに、できることは、震えることだけ……

 

「早く、着ている服を全部脱げ。そのまま俺の好きにさせてくれたら、この件は水に流してやる」

 

「……」

 女子生徒も、分かってはいた。

 こんな言葉を聞き入れる必要は無い。過ちを犯したのは、自分なのだから。

 今、この男の言うことを聞くよりも、その過ちを認め、罰を受けた方が、よほど傷は軽く済む。

 むしろ、仮に要求を一度でも呑めば最後、今後何度でも、同じ要求を催促されるだろう。

 そのことを、分かっているのに、女子生徒は、拒否することができなかった。

 

「やれやれ……どうして一度言っただけで分からないのやら。そんなだからお前はダメなんだよ」

「……」

「勉強はダメ、スポーツもダメ、友人も作れたためし無しで、家族からも見放されて。取り柄と言えば、可愛い顔だけ。居場所と言えるのは、部活だけ……」

「……」

「おまけに今も、いもしない三味線講師のことを想い続けて、一丁前に恋する乙女を気取って、上手くもねえし上達する気も無え三味線を続けるだけで満足してる。そんな出来損ないに、テストのカンニングを見逃してやろうっていう提案をしてやること自体、本来ならあり得ねえことなんだぞ。その条件が、唯一の取り柄である、可愛い顔でのご奉仕なんだ。破格の条件だと思うんだがなぁ……」

「……」

「なあ、サクラさんよぉ……」

 男は言いながら、目の前に立つサクラの隣へ立つと、その肩の上に、手を乗せた。

 ビクリッ、と、その小さな肩を震わせ、サクラは目を見開き、男を見る。

 分かっている。こんな男の言葉など、聞く必要は無いと。

 ただ、男の言葉は、そして、出来損ないという事実は、サクラにとって、正論の全てを否定できてしまえるだけの力を持っていた。

 

 たまたま良家の末っ子として生まれ、上の兄や姉は、そんな家柄を名乗るに恥ずかしくないだけの器量と才覚を持ち、能力を身に着けていた。

 そんな上がいるのだから、下に生まれた自分に期待を向けられるのも、ある意味では必然だったろう。

 そしてサクラは、その期待に答えられるだけの力を、有してはいなかった。

 極端に覚えの悪い頭脳。

 まともな運動もこなせない貧弱な体力。

 持って生まれてしまった人見知りの性格。

 それらのせいで、自然と育まれていった諦めの良さ。

 家柄を背負うことを求められるには、それに見合うどころか、身に余り過ぎるだけの存在でしかいられない。そのせいで、次第に家族からの期待とか、信頼とか、愛情だとか、そういったものは、彼女の周りからは失せていった。

 家族からは、表面上の家族仲だけを演じられ、とっくの昔に見放されている。

 家柄や家族を知る周囲の人間からは、兄や姉に比べてあの娘は、と、軽蔑される。

 学校では、バカだの、どん臭いだの、暗いだの、心無い言葉を日常的に浴びせられる。

 友人など、できたためしがなく、心を開ける人間など、一人もなく、心ときめく出来事さえ、何も無い。

 そんな、暗い中学時代を生きてきたサクラにとって、家族は、学校は、人間は、日常は――目の前にある全てのものは、ただ、『怖い』だけのものでしかなかった。

 

 そして、高校へ入った、今もそうだ。

 ただでさえ成績はボロボロで、おまけに今回のテストは、今まで以上にテスト勉強に身が入らなくて、いつも以上に最悪の状態だった。

 留年だけはしないよう、赤点はどうにか回避してきたものの、今回はそれすら危うかった。だから、つい焦燥に駆られて、隣のテストを覗き見て、たった一問、その答えを丸写ししてしまった。

 やった後で後悔したものの、消そうかと考えた瞬間には、既に終了のベルが鳴り響いていた。

 そして皮肉にも、その一問のお陰で、ギリギリ赤点を回避することはできた。

 回避することが、できてしまった……

 

 そしてそれが、よりによって、自分の身に触れている男、龍牙が担当していた時だった。

「別にな、俺は構わないんだぞ。このままお前を、カンニングをした生徒として、学校や、お前のご家族に報告してもさ。お前にしてみても、いつもと同じように、呆れられるだけのことだし、慣れたことだろうから、大したことじゃないだろうからな」

「……」

「けどな、いくら慣れてるっていっても、そんなこと繰り返していいってわけでもないだろう。いくら見捨てられてるっていっても、お前はそれを、いつまで受け入れる気だ? いい加減、変わりたいって思わねえか?」

「……」

「思わねえなら仕方ないが……少しでも思ってるのなら、もうこれ以上、こんなことで問題起こしたくないんじゃないのか? ん?」

「……」

 優しげな、そのくせ、その裏の卑しさ隠そうともしない声色を投げ掛けながら、肩に乗せられた手が、次第に二の腕に、わき腹に、腰に、移動していく。

「それを、解決するために、お前がしないといけないことは、だ。なんてことはない。ちょっと服を脱ぐだけだ。一分も掛からないだろう。後は、俺に任せておけばいい。何も難しくはないだろう? たったそれだけで、今までと変わりない日常に戻れるんだ。な? 悪い話しじゃないだろう……」

「……」

 字面だけ見れば、確かに、簡単なことに聞こえる。

 そしてその実、その先がどれだけ最悪なことかは、誰が読んでも理解できる。

 当然サクラも、いくらバカだと言われようが、それを理解できるくらいの知識や教養は持ち合わせている。

 それでも、それを否定し、拒むことはできなかった。

 今まで、散々バカにされ続け、見捨てられて、それでもどうにか、平穏無事に維持してきた日常と、手に入れることができた居場所。

 ドラマチックで感動的な出来事こそなく、だからといって、大きなトラブルも無い。そうやって、上手くいっていたそれを、たった一度のカンニングで壊される。

 龍牙の言葉は、そのことを、心底怖ろしいと感じさせた。

 そして、それを失うくらいなら、こんな最低な提案を受け入れることすら正しいことなのではと、頭の弱い少女の心は、選択しようと傾いてしまっていた。

 

 もうすぐ落ちる。それを確信しながら、龍牙は、手を下半身の方へ移動させつつ、更に、言葉を続ける……

 

 続けようとした、その時だった。

 

 ガララ……

「サクラさん!」

 

「め、メイさん、雪乃さん……」

 

 ドアが開くと、そこにはサクラの言った通り、和総部のメイと、雪乃の二人が、こちらを見ながら立っていた。

 

「サクラさん……」

 

 サクラの名を呼びながら、メイは部屋へ入っていく。そして、その手を引っ掴み、龍牙から引き離した。

 

「こんな男の言うことを聞くことはありません! 途中から聞こえてきましたけど、あまりにも支離滅裂です」

 サクラの腕をしっかりと掴み、声を荒げ、諭すように語り掛けた。

「仮にカンニングが見つけたなら、見つけた時点で注意するのが普通でしょう。少なくとも、これだけ時間が経ってから言うことではありません。むしろ、今更言われても証拠は何も無いのです。だからそんな提案、聞くことはありません!」

「……」

 そんな、メイの指摘に、サクラは、ハッと、気付いた表情になる。

 後ろから、龍牙の舌打ちが聞こえた。メイの言葉こそが正論であると、認めた証だった。

「やれやれ……正しい指摘もしてあげられなかった上に、必要のないことのためにあんな要求するなんて……あなた、本当に先生なの?」

 今度は雪乃が、二人の前に立ちながら言う。その鋭い眼差しに、龍牙も怯みを見せた。

「先生、このことは、他の先生に報告させていただきます。サクラさん、行きましょう。雪乃さんも、こんな男を相手にする必要はありません」

 メイが静かな怒声を張り上げ、サクラの手を引いて部屋を出ていく。

 その後ろに、雪乃も続いた。

 

「……」

 資料室に一人残されながら、龍牙は、閉まったドアを、恨めしげに睨みつけていた。

 数秒間そうした後で、パソコンに手を伸ばし、携帯電話を取り出した。

 

 

「……ごめんなさい。ありがとうございました……」

 学校の外まで出ていったところで、サクラは、メイと雪乃に礼を、そして、謝罪をした。

「気にしないで下さい。友達のピンチは放ってはおけませんから」

 メイから掛けられた言葉に、サクラは、目を見開いた。

「友達……?」

「ええ。ひょっとして、私が勝手に、そう思っているだけでした……?」

 メイの見せていた笑顔が一変、不安げな顔に変わる。

 だが、今度は逆に、サクラが笑顔を向ける番だった。

「いいえ……嬉しいです。あなたを友達だと思っているの、私だけじゃなかったんだ……」

 最も尊敬し、恋をして、慕った先生の名のもとに集結し、作り上げた、『和奏文化部』。和装と一つになった今日まで、特に会話や、一緒にいる時間が多いのが、メイだった。

 しかし、仲が良いとは思っていても、アカデミアに入学する以前から続いてきた、暗い人間関係のせいで、仲が良い以上の関係、『友達』であることを望むのは、身に余る無礼だと、無意識に避け続けていた。

 だからこそ、サクラが密かに感じていながら、感じる以上は無かった一方的な友情を、メイも感じてくれていたことが嬉しかった。

 

(友達か……ちょっとだけ、羨ましい気がしますね……)

 二人を見ながら、雪乃は内心でそう一人ごちた。

 そして、そのすぐ後で、今出ていった、自分も以前に連れ込まれた部屋での出来事を思い出した。

「それにしても、……とんでもない男ね」

 その言葉に、雪乃の顔を見た二人ともが、顔を引きつらせる。

 雪乃の顔は、完全に激怒に染まり、持ち上げた腕の指を、バキボキ鳴らしていた。

「メイが止めていなかったら、気絶するくらいには殴っていたっていうのに……」

 そんな雪乃の姿に怯みつつ、メイは声を出す。

「ええ。私も噂には聞いていました。誰かしらの生徒の弱みを握っては、男子生徒ならレアカードを巻き上げて、女子生徒なら、サクラさんのように体を要求すると。ただの噂だろうと、思ってはいましたが……」

(事実だったというわけだ。アキさんの言っていた、良い噂を聞かないという理由がよく分かった……)

「けど、そんな噂が立っているのに、どうしてあの男は教師を続けているの?」

「さあ、それは……確か、親戚だかが、海馬コーポレーションの重役だとかで、それが元で、アカデミアが、プロ崩れの彼のことを教師として雇った、と……」

「……元プロ決闘者が歴史の先生なんてしてるのはともかく、あの人が決闘してるとこ、私は見たことないわ。転校してきたばかりでなんだけど、その力もたかが知れるわね……」

 そんな指摘に、二人ともが頷いた。

「いずれにせよ、明日にでもこのことは報告した方が良いわ。もっとも……」

 一度言葉を切りながら、サクラを見る。

「サクラがそれでも良いなら、だけど……」

 メイも、サクラを見た。サクラは、目を伏せた。

 最終的には何事も起こらなかったとは言え、仮にも、女子として、最大の恥辱を受ける寸前だった。それを話すことが、どれだけの苦痛か。それは、女同士であれば分かる。

(私は男ですが……)

「私は……」

 雪乃が余計な一言を心で呟いたところで、サクラは、顔を上げた。

「……ええ。私がちゃんと、自分の口で報告します。これ以上、私のような被害者を増やさないためにも」

 その顔からは既に、龍牙を前にしていた恐怖は消えていた。

「仮にそれで、何かしら罰があるとしても……メイさんや、雪乃さんがいるなら、怖くない! です……」

 

 そんな、強気な言葉を発することができた、サクラを見ながら、雪乃は、思い出していた。

(ふむ……気の弱い部分はまだ変わりませんが、それも少しずつ、成長していっている、ということですね……)

 教室に通っていた頃から、いつも何かに脅え、自身に対する自信が持てない。

 そのせいで、間違いなく素質はあったのに、三味線の腕は、常人よりは遥かに上手い、という域を出なかった。

 教室が無くなるまで、とうとうその性格を変えてあげることはできなかったが、それでも、ここにはメイに限らす、サクラの味方をする者は大勢いる。

 それが、サクラの自信に繋がっていることが、雪乃は嬉しく感じられた。

「……」

 

 

(お姉さまかぁ……)

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 翌朝、雪乃がいつものように、和総部の朝練へ訪れた時、既に事件は起こっていた。

 

「どういうことですの!?」

「納得のいく説明を要求します!」

 

 いつもの文化部棟へ到着した時には、そこは騒然となり、怒声が響き渡っていた。

 そして、その理由は、すぐに納得した。

 

「何度も言わせるな。今日限りで和総部は解体。決定事項だ」

 

 和総部員達の前に立つ、龍牙が、名前の書かれた紙切れをひらひらと見せながら、不遜な態度でそう言っていた。

 

「なんでいきなり和総部が潰されなきゃならないんだよ! 何も悪いことしてないじゃん!」

「不当すぎるわ! 理由を言いなさい理由を!」

 

 部員達は、当然怒っている。騒いでいないのは、たった今来たばかりの雪乃と、昨日の事情を知るメイとサクラの三人だけ。

 そして、そんな騒がしい女子達を前にしても、龍牙は、しれっと顔を振るだけ。

「理由? 文化部棟の不法占拠、決闘者には意味の無い文化活動、それだけで、潰すには十分すぎる理由だと思うが。むしろ全員退学されないだけありがたいと思えよな」

「今更なにを言って……!」

「言っとくが……」

 誰かが反論しようとしたものの、それを遮りながら言う。

「このことは、生徒会長からも承諾を得てるんだぞ」

「え……!」

 

『……!!』

 

 その一言を言った瞬間、全員が口を閉ざし、硬直した。

「この通り、生徒会長の許可を証明する受諾書もある」

 

『……』

 

「……え?」

 一枚の紙切れを広げて見せる龍牙を前に、一人、事情を分かっていない雪乃は、すぐにメイとサクラの元へ駆け寄った。

(ねえ、急にみんな黙って、どうかしたの?)

(……ああ、そう言えば、雪乃さんは知りませんよね。我が決闘アカデミアの現生徒会長は、学生でありながら、現役のプロ決闘者でもある唯一のお人なのです。おまけに、プロとしてのランキングも上位)

(そんな彼の発言力は、下手な先生や、場合によっては校長先生以上だと言われていて、少なくとも、生徒で彼に逆らえる人間はいない。それほどのお方なのです)

(……)

 学校に馴染みの無い雪乃には、全てを理解するには難しい説明だったが、それでも、『せいとかいちょう』というのがどういった存在であるかは、漠然とではあるが理解できた。

「とは言え、もちろんチャンスはある。俺と決闘することだ」

「決闘?」

「そうだ。ちょうど今日は土曜日で、授業も無いことだしな。決闘フィールドの予約は入れてある。そこで、俺が指名した奴が、俺と決闘するんだ」

(……なるほど。昨日のことを報告される前に先手を打ったわけだ。セコイ真似を……)

 雪乃が内心で舌打ちをする間に、龍牙は続ける。

「決闘するのは……サクラ、お前だ」

「わ、私……?」

 半ば予想できていたことではあるが、サクラも、メイに雪乃も、動揺は隠せない。

「なんならタッグで掛かってきても良いぞ。その場合は……メイ、お前だ」

「私ですか……」

「もっとも、二人の場合はこちらにハンデを貰うがな」

「しかし、なぜこの二人を……」

「嫌なら和総部も今日限りだ。決闘するなら、今から一時間後に決闘フィールドに来ること。いいな」

 それ以上は、彼女達の言葉を聞くことなく、去っていってしまった。

 

 

 

 




お疲れ~。

んじゃ、次話で決闘させますらい。

ちょっと待ってて。
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