今回も、例によって決闘無しの回ですじゃ。
決闘を待ってる人がいれば、少々待ってておくんなんし。
ほなまあ行ってらっしゃい。
視点:梓
「はあ……はあ……」
今日も、シエンを前に刀を構えている。昨日ようやく彼のもとへ辿り着いた物の、彼を超えることはまだまだ不可能のようです。
「くぅ……まだ、勝てないのか……」
「よく言うぜ。俺以外は五人がかり相手でも勝っちまってるくせによ」
……シエンの言う通り。
私の後ろには、鎧を着たキザン達五人が座り込むか、寝転がっている。彼と対峙する前に、五対一をお願いし、そして倒した直後です。
「……まさか、五人がかりでも負けちまうとはな……」
「彼本当に人間? 短期間で強くなりすぎじゃない……?」
「彼自身の努力もあるでしょうけど、ここまでの力はさすがに想定外……」
「悔しいが、俺達の主は、俺達五人を超えてしまったようだ」
「……これが、私達の主の覚悟か……」
「まだダメです……あなたを超えてこそ、主となる意味がある……」
そして、昨日のシエンと同じ構えを作ります。
「ん? おい、まさかお前……」
あまり話しかけないで頂きたい……集中できません……
「マジかよ、昨日一度見せただけだぜ……」
「おいおいおいおいおい!」
「ちょっと、いくら何でも……」
「まさか、本当に!」
「やるつもりなのか? 俺達にもできない、シエンだけの技だぞ!」
「だが、梓ならあるいは……」
「……」
……
……!!
「はぁあああああああ!!」
ドォン!!
……
「大丈夫か?」
……シエンの呼び掛けに、どうにか頷く。
私の放ったそれは、見当違いの方向に飛んでいった挙句、着地にも失敗して地面が大きくへこんでしまいました。
「にしてもすげーな。たった一度見ただけでそこまでマネできるなんてよ」
「……すみません……あなたの技なのに……」
「謝ることねーよ。教えてやるって言ったろう。けど、この調子なら俺が教えなくてもすぐに物にできるかもな」
そうなれば良いのですが……
……ダメだ。一度出しただけで、体力が……
「帰るか?」
……素直に頷きます。今日は、これ以上は不可能です……
「立てるか? 無理なら送ってってやるが」
「……」
私は腕に力を込め、刀を杖にどうにか立ち上がりました。
「また、明日の決闘でも……」
「そのことなんだがよ……」
急に、シエンは深刻な顔を見せました。
「シエン?」
「あの、『十六夜アキ』だっけ? お前、やめた方が良いんじゃないか?」
「……」
何を言い出すかと思えば……
「冗談のつもりですか?」
たとえシエンと言えども、言って良い冗談と悪い冗談がありますよ。
「冗談に聞こえるのか?」
……
「本気で言っているのですか?」
「ああ。あいつはやばい。決闘が強いのは当然だが、それ以前に……」
「実際に私が傷付けられるからやめておけ、そう言いたいのですか?」
「ま、そういうこった」
そんな弱気なことを。
「あなた方も同じ意見なのですか?」
後ろで座り込んでいる五人に話し掛けました。
「……そうだね。彼女には、何か不吉な物を感じるんだ。精霊の力を引き出している訳でも無し、あんなマネができるなんて」
「正直、私達も、彼女と戦うのが怖いのです」
そんな……あなた方が怖いと……
「……では、一つだけ聞かせて頂きたい」
「あん?」
「確かに彼女の力は強大だ。私とて、無事に済むかは分かりません。分かりませんが、私がそう簡単に倒されてしまう人間に見えますか?」
「……」
「……」
『……』
『見えない!』
「でしょう」
そう言うと、六人とも笑いました。
「そりゃそうだな。決闘以前に、これだけ強いお前が、簡単にやられる奴じゃないか」
そうですよカゲキ。私はあなた方にも勝っているのです。
「むしろ、あのくらいで倒されちゃう君の姿なんて想像もできないよ」
そうでしょうシナイ。自分で言うのも何ですが、私は強いのですよ。
「いらぬ心配をしてしまったようですね。そうです。梓は無敵です」
無敵は言い過ぎかもしれませんが、ミズホ、心配は無用です。
「何より、俺達だっているんだ。俺達が梓を守ることもできる」
エニシ、心強い言葉です。
「……主がそう言う以上、私達が恐れる物は無い。だから共に戦える」
キザン。ええ。私も、あなた方がいれば何も怖くありません。
「悪かったな。私としたことが、あの程度のことでビビっちまってよ。梓なら大丈夫だ」
良いのですよシエン。あなたも、私のことを思いやって下さったのだから。
「確かに、彼女は強い。そして危険かもしれない。私も全く怖くない訳でもありませんが、あなた方がいるから、恐れず立ち向かえる」
『……』
「私はあなた方の主。あなた方と共に強くある人間です。あなた方が恐れるなら、私を頼れば良い。私も、あなた方を頼っているから戦える。互いに支え合えば良いのです。私達は、友なのですから」
「友……」
「ええ。友です」
『……』
「何だか新鮮な感覚だ。今まで僕達を、そんな風に思ってくれる人なんていなかったのに」
「友か……それも良い」
「分かった。もう止めねーよ」
分かって下さいましたか。
「じゃ、今日はもう帰んな。体が限界だろう」
「ええ。そう致します」
ずっと立っていましたが、確かに、もう限界です。
いつも通り刀を杖に、どうにか歩いて精霊世界を後にしました。
……
…………
………………
「家元」
今日も、大谷さんの声で目が覚めました。
「おはようございます」
挨拶をしながら体を起こします。
「家元、実は少し言い辛いことなのですが……」
……ああ、何となく分かりました。
「今日の試合……」
「棄権は致しませんよ」
「……やはりそうでしょうね」
「分かっていたのならわざわざ言わずとも良いでしょう」
「そうはいきません。家元をお守りするのも私の務めです。せん越ながら、『黒薔薇の魔女』について、私なりに調べさせて頂きました」
調べた?
「私は決闘は全く分からないので知りませんでしたが、彼女はダイモンエリアにおいて、あのダメージを現実とする力を使い、多くの決闘者を痛めつけてきたそうです」
「……」
「中にはそれが原因で入院し、意識不明になった者までいると」
「……」
「お分かりでしょう。もし、家元もその方々と同じように……」
「なるとお思いですか?」
大谷さんが言い切る前に、六人にしたのと同じ質問をしました。
「私が、そう簡単にやられてしまう人間に見えますか?」
「家元……あなたは確かにお強い。しかし、それは
「大谷さん!!」
大声を上げてしまったことで、大谷さんは目を見開きました。
「異質とは何ですか? 彼女が普通ではない、そう言いたいのですか?」
「……ええ、その通りです。はっきり言って、彼女は普通の人間ではない。ほとんど化け物じみた……」
バチッ
思わず手が出てしまいました。
「……手を出したことは謝罪します。しかし、あなたは今、人として言ってはならないことを言いました。決して許されないことを」
大谷さんはまだ驚いた様子で、私の顔をジッと見ています。私自身、訓練や修行意外で誰かを殴ったのは、実は初めての経験です。
「私とて、彼女が普通ではないことは認めざるを得ません。しかし、いや、ならば私はどうです?」
「……!」
その問い掛けに、大谷さんはまた目を見開く。
「私とて、普通とは全く違う生き方をしてきた。普通なら文字を読める年齢で、一切の読み書きができなかった。普通ではないと認めます。しかし、少なくともここに来るまでは、それが私にとっては普通だった。あなた方が普通ではないと感じる事柄こそが、普通ではない方々にとっての普通であることくらい、分からないあなたでは無いはずだ」
「……」
大谷さんは何も言いませんが、私の顔をジッと見て、考えて下さっている。
「何が普通と呼べて、何が普通でとは言えないか、それに境界など無い。あってはならない。なぜならどんな人も、そうやって生きているのです。だから、彼女を人として扱わない発言は、絶対に許しません」
「……」
大谷さんは、頭を下げました。
「申し訳ありませんでした」
「……分かって下さったのなら良いです」
頭を上げましたが、顔色はあまり変わっていない。
「彼女が化け物だとはもう言いません。しかし、準決勝が危険であることもまた事実。家元が例え強くとも、それは変わりません。だから敢えてもう一度言わせて頂きたい。準決勝はどうか、棄権して下さい!」
心配して下さるのはとても嬉しいことですが、
「……私には、彼女の気持ちが分かる気がします」
「分かる?」
「ええ。私も、大勢の人間から蔑まされた人間でしたから」
また大谷さんは目を見開きました。
「名前以外の蔑称で日々呼ばれ、人では無いように扱われてきた。当然です。私は実際に人でなく、ゴミだったのですから」
「家元、まだ自分をそのように!」
「事実です。私は親に、ゴミとして捨てられた存在です。ゴミの中から着る物と食糧を探しだし、十年間生きてきました。そんな生き物を、ゴミと呼ばずして何と呼びますか?」
「あなたは人だ! 第一、たった今、人として扱わないことは許さないと言ったではないか!」
「そうです。私のことは、どんなふうに言い、扱おうと構わない。しかし、私の前で、私以外の誰かを傷つける発言は決して許しません」
「そんな……」
「もちろん、それであなたが怒って下さる気持ちも分かります。私のことを、それだけ思って下さっているのですから」
「家元……」
「先程言ったように、私には彼女の気持ちが分かります。私は未だ自分のことを、人に変わった生きたゴミ。そう思ってしまう。私がどこから拾われてきたかは知られていませんが、それでも、私の中で、私と言う生き物はゴミでしか無い。あの十六夜アキも、きっと似たようなことを思っているのだと思います」
「……」
「彼女が何を思い、決闘をするのか。何を思い、生きてきたか。何を思い、あそこへ立っているのか。それはきっと、彼女の前に立てば分かること。彼女のことは放っておけない。とはいえ、私にはおそらく何もできることは無いでしょう。しかし、彼女の気持ちを感じることはできる。決闘において何をすべきか、考えるのはその後からでも遅くは無い」
「……分かりました」
ようやく、大谷さんは分かってくれました。
「そこまでの覚悟がおありなら、私に止める理由はありません。ただ、絶対に無事で戻って下さい」
「もちろん」
「それともう一つ」
それは、今まで以上に真剣な顔でした。
「あなたが自分のことをどう思おうと、私にとって、あなたは人だ。水瀬梓という、一人の人間だ。それだけは変わりません。あなたが自分をゴミだと思おうと、私のあなたに対する思いは変わることは無い。それだけは、覚えておいて頂きたい」
「……ええ。分かりました」
大谷さんの思いは分かっています。その気持ちだけで十分です。こんなゴミを愛してくれて、いつも感謝しているのです。
「それと、話しは変わるのですが……」
また急に顔が変わりました。
「何か?」
「実は家内で、あなたの急な活動の停止を不審に思っている者がおりまして……」
「……」
フォーチュンカップの開催は三日間。私はそれに出場するために、その三日間はあらゆる教室を休みとし、同時に一切の約束を講じないよう手を尽くしました。私の教室の生徒にも決闘のファンは大勢います。ですので、その間は全ての教室を休みにすると言った時、特に不審には思われず、むしろ喜んで下さる生徒達もおりました。決闘に興味を持たない方々や、練習熱心な方々には疑問を持たれたようですが、さすがに決闘の人気は知っているため納得して下さいました。
とはいえ、さすがに不自然だと感ずいた方々もいたようですね。
「その方々は、何か詮索でも?」
「いえ。不審には思っているようですが、だから何かを調べようとしている気配はありません」
「そうですか。このまま、フォーチュンカップが終わるまで何事も無ければ良いのですが」
「と言いますと、あなたは優勝を狙って……」
「もちろんです。ここまで来たのなら、頂点を狙わなければ嘘をつくことになる」
「確かに」
大谷さんは微笑んで下さいました。私の気持ちを察して下さったようだ。
「では、すぐに着替えます」
「はい」
……
…………
………………
着替えも終わり、デッキの調整も済ませ、会場に向かっています。いつもは専用の運転手が運転するのですが、出場が漏れないよう大谷さんに運転をお願いしています。
ですが……
「家元……」
「分かっています。念のため、昨日より一時間早く家を出て正解でしたね」
家を出た時から、後ろで一定の距離を保ちながら黒い車がついてきています。見覚えがあるのでおそらくは親戚の誰かでしょう。
更にそれ以外にも、離れてもう一台。あれは見たことが無いので、おそらくマスコミ関係では無いかと思われます。マスコミの力を借りて、私を陥れようとしているようですね。
「どうなさいますか?」
「……仕方がありません。まずは構わず真っ直ぐ走っていただけますか」
「はあ、一体何を……」
「大丈夫です。私を信じて下さい」
少しだけ笑いながら、大谷さんに言いました。
思えば、私は彼らにずっと良いようにされてきましたが、私から何かをするのは初めてですね。
そう考えると、また年甲斐も無く、私の中に一種の悪戯心という物が湧いて参りました。
視点:女
水瀬梓……
いつ見ても、何度思い出しても忌々しい……
どうしてあんな、どこの馬の骨とも分からない奴が、栄華ある水瀬家の頭首の座に着いているの……
そりゃ、あたしだってあいつの仕事ぶりは分かってるわ。少なくとも、あたし達の誰よりも努力して、仕事も多くして、水瀬家を先代の時以上に大きくした。お陰であたし達だって、それまで以上に贅沢な暮しができたし、仕事や生活だって不自由しなかった。
けど、そのせいで職場ではあいつの話ばかり。顧客やお得意様と会話していれば、二言目には水瀬梓、二十一代目頭首、あいつの話ばかりしてくる。あたしがあんた達のためにどれだけ苦労して、骨を折ってきたと思ってんのよ。
そんなあたしが、どうして棚ぼたで頭首の座に着いた、あたしよりずっと年下な上に赤の他人のクソガキの話しをしなきゃいけないわけ?
……
ふざけんじゃないわよ!!
あんたが水瀬家の正式な子供だって言うならまだ我慢できたわ。けど、あんたは養子でしょ! しかも捨て子じゃない!!
あたし達は由緒ある家系なのよ!! あんたが水瀬家の何だって言うのよ!!
歴代最高の神童!? 拾われたばっかの時は読み書き計算もできなかったガキが何言ってるのよ!!
歴代一の水瀬家の功労者!? だったら今日まで頑張ってきた私達は何なわけ!?
運良く先代に拾われて、才能に恵まれて、ちょっと努力と苦労をしただけで簡単に地位を得て!! 五年間であんたが立てた地位に立つために、私達が何年間苦労したと思ってるわけ!?
もう何度こう思ったかしらね……
怒りが未だに治まらないわ……
ふざけるな……
ふざけるな……!
ふざけるな!
ふざけるな!!
ふざけるなぁぁぁぁぁあああああああああああ!!
ドンッ!!
怒りとイライラに、運転中だけど思い切りドアを叩いた。
あいつだけは、絶対に許さない。
水瀬家頭首から失脚させて、私達の感じてきた屈辱全部を償わせてやる!
失脚だけじゃ済まさない。何が何でもあいつの後で私が頭首の座に着いて、あいつを一生私の奴隷にしてやる。
飼って刈って狩って飼って、自分から殺して欲しいって言いたくなるくらい働かせて、殺して欲しいって懇願したら殺す。もちろん簡単には殺さない。
痛めつけて炒めつけて傷めつけて、苦しめて
見てなよ水瀬梓。もうすぐで、あんたは頭首じゃない、水瀬家の奴隷になるからね。
あんな仕事だけはクソ真面目なクソガキが、フォーチュンカップ中だからって三日間を休みにするなんて絶対におかしい。頭首のくせに去年の年末年始や、お盆の行事でもずっと仕事で顔を出さなかったような人間が、そんな下らないことで教室を閉めるわけが無い。
これはあたしの勘だけど、多分あいつは決闘のファンなんだ。いくら頭首って言っても所詮は十六になったばかりのクソガキだからね。
大きな大会が催されるって知って、今までずっと我慢してた好奇心を抑えられなくなって人知れず見に行ってる。大方そんな感じでしょう。証拠に昨日も家にいなかったし、今日は朝から見張ってみればこの通り。こっちは思いっきり会場の方向よ。
けどね、あんたは水瀬家の頭首なのよ。日本一、和の心を重んじてる一族の頭首が、そんな西洋被れの紙束遊びにうつつを抜かして良いわけ無いでしょう。まして紙束遊びなんて、子供か、いつまでも子供心の抜けないバカ共の遊び。頭首が興味を持っていいはずが無いわ。
どうしてそんな紙束遊びにプロなんてものがあるうえ、それの一番強い奴がネオドミノシティの名物になってるのか未だに理解不能だわ。見ているだけでイライラしてくる。
あたしが頭首になったら、治安維持局を買収して、ネオドミノシティで、いいえ、日本で一切の紙束遊びをできなくしてやろうかしら。キングとか言う奴を公衆の面前で殺して、もしやってる奴がいたら問答無用で殺すようにしてね。
何が決闘よ。そんな物で遊ぶ時間があるなら働きなさいよ私達のために!
まあ、妄想はこの辺にしといて、とにかく、『水瀬家二十一代目頭首が、実は決闘にうつつを抜かす子供』。こんな面白い話しは無い。あいつは大恥を掻いて、頭首の座を辞さずを得なくなる。そのために知り合いに頼んでマスコミまで呼んだんだから。仮にその勘が外れていたとしても、あいつを失脚させる特ダネさえ撮れればこっちの物よ。キッカケは何でも良いの。あいつを下ろして、殺すキッカケさえあればね。
フフフフフフ……
……
…………
………………
会場が見える場所まで来た。やはり目的は会場か。そう思ったけど、手前のカーブで曲がった。ちょっと、そっちは会場と真逆の方向よ。勘が外れたかしら。
まあ、とにかく追いかけるしか無いわよね。そう思って、私もそっちへ曲がった。
バキバキバキ
「うわ!」
キキーッ!!
目の前で、かなり大きな木が倒れていた。急ブレーキを掛けてギリギリの所でぶつからずに済んだわ。
「な、何なのこれ……」
目の前の大木を見ながら呟いた、その直後、
トントン
車の窓を叩く音。そっちを見ると……
ちょっと……
「双葉さん、大丈夫ですか? ケガはありませんか?」
水瀬梓……憎らしい男が、こっちを心配そうな顔で見つめてきてる。
腹が立つけど、無視するのも逆に怪しまれそうだし、仕方なく窓を開けて顔を出す。
「え、ええ、大丈夫……」
「良かった。見覚えのある車だったので急いで引き返したのですが、本当に良かった……」
ちょっと、なに涙目なんて見せてるのよ。そんなことで……
「大丈夫ですか!?」
な! あんた達まで出てきてんじゃないわよ!!
「あなた達は?」
「私達は、その……」
後ろの男をギッと睨みつける。余計なこと言ったら、間違い無く殺す……
「ああ、もしかして、お二人はマスコミの方々ですか?」
「え? どうして……」
「以前取材を受けた時に見た覚えがありまして。違いましたか?」
「いや、まあ、間違ってませんが……////」
なに赤くなってんのよ! いくらこいつの笑顔が綺麗だからって……
「実は、この先にある双葉さんの経営する料亭に行こうと思っていたところなのです」
「は?」
あたしの料亭?
あたしの仕事は料亭の経営。自慢じゃ無いけど、日本料理の腕だけは日本トップクラスだって自負してる。シティ内にはいくつもチェーン店を出してるし、メニューも私が決めてる。その材料をどこで取り寄せて、何を使うかとかも決めてる。確かにその本店はこの先にあるけど……
「もしよろしければ、お二人もどうですか?」
「え? いや、生憎高級料亭で食べられるようなお金は……」
「ご心配なく。代金は私がお支払いします」
「良いんですか!?」
「ええ。一度行ってみたくて、それに食事するなら、たくさんいた方が良いですから」
……嘘ね。
あんたが滅多に食事も取らない奴だってことは、水瀬家全員が知ってるわよ。
それが、私の店に来てみたかった? 分かりやすい嘘にもほどがある……
「ありがとうございます!!」
けど、この二人はそんなことは知らないから簡単に信じてる。
ちょっと、目的を忘れてない?
「けど、あいにく予約するのを忘れてしまって、四人は入れますか?」
「は?」
今の言葉で完全に嘘だと分かった。予約をし忘れるなんて凡ミスするようなクソじゃないのよこのクソガキは。
く……ムカつくけど、仕方ないから今日の客を確認する。
「……大丈夫。今なら四人、入れるわ」
いつも話す時も、露骨に嫌な態度は見せられない。あくまで冷静に、けなす時だってそうしてるしね。こんな奴に感情を逆なでされても仕方ないわ。
「良かった。では行きましょう。木は既に退かしてあります」
この役立たずが……え?
「あ、え?」
見ると、さっきまで確かに道路を遮ってた大木が、道路の外に出てる。
「では、参りましょう」
二人は何も疑問に思わずほいほいついていった。
く、もういいわよ!!
……
…………
………………
料亭に着いて、水瀬梓と秘書の大谷、そして役立たずのマスコミ二人。
「おい、水瀬梓さんだ……」
「うわぁ、いつ見ても素敵……」
「初めて生で見たわ……」
このクソガキと一緒に入っただけでそんな声。ここの主人はあたしよ。そのくらいあんた達も知ってるでしょうが……
「じゃあ、せっかくだから四人は特別席に連れていってあげるわ」
「ありがとうございます」
笑顔でお礼を言ってる。
言っとくけど、あんたにも、役立たず二人にも、ご馳走なんてしてやらないよ。捨てるはずだった使い物にならない食材使って、金だけは普段通り取ってやる。そのくらいは構わないわよね。本当なら毒を入れたいくらいなんだけど、ここで死なれても困るからね。
……
…………
………………
「さあ、できたわよ」
注文された料理を、笑顔で持ってくる。普通なら料亭では料理は一品ずつ持ってくるもんだけど、面倒だから一度に持ってくる。こんなクソガキ共に礼儀を掛ける必要無いわ。
「美味そう」
「これが高級料亭の料理か」
役立たず二人は普通に喜んでる。さっさと食べてさっさと帰ってちょうだい。このクソ共に敷居をまたがせてるってだけで怖気が走るのよ。こいつらが帰ったらすぐに業者を呼んで掃除させなきゃ……
「……妙ですね」
急に、水瀬梓が口を開いた。
「このお米、妙に香りが薄いですね。少し古いのではないですか?」
は?
「このお味噌汁も、
え? ちょ……
「このお豆腐も、お魚も、お豆も、色が普通の物よりもあせています。ここまで色あせたものは家庭ならともかく、高級料亭なら捨てるべき食材のはずでは」
ちょっと! 本当のことだからって何普通に大声で言ってるのよ!?
「まさか双葉さん、普段からこんな食材を使用して料理を出しているのですか?」
「はぁ!?」
「ちょ、本当ですか? 双葉さん?」
「マジで?」
二人の役立たずも興味を持ってきた。
「ちょっと、そんなわけ……」
「信じられない。私はあなたのお料理の腕は尊敬していました。なのにその腕で、捨てる食材を使用して、その上で格安というわけでもなく、普通に料金を取っていたなんて……」
「そんなわけ……!!」
「うわ、マジかよ」
「信じらんねえ」
二人の役立たずが、泣いてるクソガキを見ながらあたしを見てる。
ちょっと、あんた達が見るのはこいつでしょう! 水瀬梓でしょうが!!
「……すみませんが、私は帰らせて頂きます。正直、ショックが強過ぎます」
何なのよ!! これじゃあたし一人が悪者じゃない!!
「行きましょう。大谷さん……」
そう言って、大谷を連れて部屋を出て行こうとドアへ。
「そんなわけ無いでしょう!! 今日はたまたま捨てる食材を多く使っただけよ!! 普段は少ししか使ってないわよ!!」
そう叫んだ直後、水瀬梓はドアを開いた。
「な!!」
そこには、常連さんを含む大勢のお客が。多分、水瀬梓見たさで覗いてたんだ……
「マジかよ、捨てる食材って……」
「いつも楽しみでここに来たけど、そんなもん食わされたのか……」
「もうここには来ないようにしましょう……」
「ちょっと! 違う!!」
「双葉さん」
役立たずの声が聞こえた。何よ、何なのよその目は!?
「水瀬梓さんの特ダネが撮れるって言うから来てみたけど、こんな特ダネが撮れるとは思いませんでした」
「ありがとうございます」
そう言って、部屋から出ていく。
「ぐぅ……梓さん!!」
叫んでクソガキの名前を呼んだけど、もうとっくにいなくなってた。
「梓……クソガキ……んん!!」
ふざけんじゃ!!
「ないわよぉぉぉぉおおおおおおおおお!!」
視点:梓
これで、彼女の料亭は閉店せざるを得ない。シティ内の全てのチェーン店も閉店。最終的には、水瀬家を追われることになるでしょう。
しかし……
「やり過ました……」
自分でそうしておいて何ですが、今になって罪悪感が湧いてきました。
本来なら、道路の大木を斬り倒し、彼女の料亭に入って料理を食べた時点で、簡単な取材を受けてマスコミ達を返す予定でした。しかし、その料理があまりにも酷過ぎた。
最初は今日だけ、私に対してだけだと思いましたが、あの香りや見た目は、昨日今日捨てる食材を使って出せる物では無かった。普段から使用して、そのことをごまかすことに慣れていなければできるものではない。なので、つい口走ってしまった。
「気にする必要はありませんよ。彼女も自業自得です。実際に、あなたの言ったことをしてきたのですから。それに、双葉さんは確かに料理の腕前は一級で、普段は大変穏やかですが、我の強さと気性の激しさは家内でも有名でした。彼女を目指した大勢の弟子達は、ほとんどが理不尽な理由で酷い扱いを受けた。下手に彼女に逆らった人間はケガを負わせられ、そのせいで職を失った従業員、夢を追われた料理人は多い。彼女もその罰を受けるべきなのです。何より、あなたに対する嫌がらせの分も」
確かに、彼女にも、水瀬家に来たばかりの頃から様々な嫌がらせを受けてきました。
しかし、やはりその仕返しとなれば良い気持ちはしない。
「やはり、納得できませんか?」
「……そうですね。あそこまでする必要が本当にあったのか、どうしても疑問に感じます。どれだけ酷いことをしてきたとしても、それが彼女のあり方。私にそれを否定する権利は無いのですから」
「……きっと、彼女はあなたを一生許しはしないでしょう。しかし、あなたは彼女の全てを許してきた。家内のほぼ全員に許されず、自分自身さえ許すことができず、それでも全員を許し、結果大勢の人達から許されてきたあなたと、決して許されないことをしてきたにも関わらず、そんな自分だけは許し、人一人を許すこともできない双葉さんとの差は、これだけ大きいということです。人や、自分を許すということは、それほどの違いをその個人に与えるということです」
「私一人が双葉さんを許しても、それは無意味と言うことですか?」
「残酷ですが、それが現実なのです」
……
これも、仕方ないという一言で済ませて良いことなのか……
ああする必要は、本当は無かったのではないか……
周囲に許されない行為。それは、周囲に許されなければならない。それは分かっています。だから、私もずっと自分を許せなかった。水瀬家の人々に、許されなかったから。
それでも、教室の生徒達や、大谷さん、お父さんが許してくれた。だから今日まで生きてこれた。
皆さんに許された私と、自分だけを許していた双葉さん。その差とは一体何なのでしょう……
「……」
いくら考えても分からない。
それでも、彼女が私を一生恨むと言うなら、私はそれも受け止めます。
世の全員が双葉さんを許さずとも、私一人は許します。それしか、私が彼女へ償いとしてできることは無いから。
だから、双葉さん。私のことは、どうぞお気の済むまでお恨み下さい。全て受け止めますから。何をされても、私だけは、あなたを許しますから……
……
…………
………………
会場に着き、今回も誰にも顔を見られないよう個人用控室へ。
昨日はいつもの着物で決闘場に立ちましたが、双葉さん以外にも私を疑っている者がいる可能性は高い。そうなると、この着物はやはり目立ちますね。見る人が見ればそれだけでばれてしまいかねない。
仕方が無いので、般若の面だけは変えず、服装を変えることにしました。
もっとも、これも少しのごまかしに過ぎませんが。
お疲れ~。
梓ほどは無理にせよ、大勢の人間から存在を許される人間になりたいもんだよね。
自分で自分を許せるようになるほど、簡単で難しいくせに無意味なことも無いし。
周りに許してもらうのが確実だよ。一番大変だけど。
じゃ、次話が決闘だから。待っててね。