遊戯王5D's ~剣纏う花~   作:大海

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いよぁお~。
決闘も長かったけど、今回も割と長いんだよな。
んで、今回も、読む人によってはきつい内容かも分かりませんわ。
それでも良いって人には言おう。
行ってらっしゃい。



第九話 侵されし和総 ~断罪~

視点:外

 

「やった!」

「二人が勝ったー!!」

 

「……」

「……」

 サクラとメイ。二人で得た、龍牙との決闘での勝利。

 最初、二人ともが放心していた。

 やがて、我を取り戻し、笑顔を浮かばせた。

 笑顔を浮かばせながら、隣に立つ、パートナーに目を向ける。

 二人は硬く、手を取り合った。

「やりましたね。サクラさん」

「メイさんのお陰です。メイさんが私のことを励ましてくれて、勇気づけてくれてから、途中で怖くなくなりました」

「私も同じです。サクラさんなら逆転してくれるって信じていたから、カードを託すことができました」

「メイさん……」

 アカデミアへ来て、得ることができた友情と、真の友。

 怖いことばかりな日常の中、それでも、確かにあったもの。

(ちょっと勇気を出せば、怖いものを、怖くないものに変えることは、簡単なのですね……)

 目の前に立つ、頼もしい友を見ながら、サクラはやっと、自分が変われるように感じた。

 そんな二人に対して、いつの間にやら、観客席から降りていた和総部メンバーが駆け寄り、口々に感謝と労いの言葉を掛けていた。

 

「なに喜んでんだ?」

 

 そんな二人に対して、掛けられた声があった。

 ライフを全て削られ、尻餅を着いていた龍牙が、既に立ち上がっていた。

「わ……私達は勝ちました。これで、和総部の解体は無しです」

「……は?」

 サクラの言葉に、龍牙は、理解ができないというような声を返した。

「は、じゃなくて、私達は勝ちました。だから、部の解体は……」

「だから、は? 何言ってんだ? 勝てばその件は無しだって、一言でも言ったか?」

「……へ?」

 言われて、龍牙の今朝言っていたことを思い出す。

 確かに、勝てば解体は無くすと、言われてはいない。

「ちょっと……それじゃあ、この決闘は一体、何なんですか?」

「ただの和総部の思い出作りだよ。今日が最後になる和総部の、最後に部員としての決闘をさせること。それだけた」

「それだけって……そんな……!」

「てか、こんな重要な案件、たかが決闘一つで解決できる事柄なわけ無えだろう。お前ら、決闘を何だと思ってんだ? 決闘でなんでも解決できるんなら警察も戦争もいらねえだろうが。バカじゃねえの?」

「っ……」

 決闘アカデミアの教師のくせに、らしからぬ正論を真顔で、且つ、こちらを嘲笑い、バカにしたふうに話している。

 決闘で敗けたにも関わらず、その態度はあくまで、偉い者と、それ以下の者。

 偉いのは教師である自分であり、それ以下である生徒にとって、絶対の存在。

 それを、疑うことなく、自身の偉大さを誇張する。

 その態度に、生徒の誰もが怒りを募らせた。しかし、その正論に対し、何より、龍牙の持つ紙切れ一枚のせいで、何も言うことができない。

「これも全部、生徒会長からも許可を得て、指示を受けてのことだ。お前らは従うしか無えんだよ。恨みたきゃ、俺じゃなくて生徒会長を……」

 

「俺がどうしたって?」

 

 龍牙が、全てを言い切る直前だった。

 彼らの立つ決闘フィールドに、そんな、一人の男の声が響き渡った。

「この声は……まさか、生徒会長……!」

 ランが言い、その場の和総部、そして、龍牙が、辺りを見回す。

 

「よクモまあ、俺がいねえ間に俺の名前を勝手に使いやがって。たかが社会教師がチョウ子こいたことしてんじゃねーぞ」

 

 龍牙を非難する声を、一方的に上げている。

 だが、その姿は無い。

「バカな……確か、ずっとプロリーグでライディング決闘だったはずじゃ……」

 

「それが昨日で終わったから、久々にアカデミアへ戻ってきたんだよ。知らなかったのか?」

 

 龍牙を小馬鹿にした声さえ出している。その声は、若さゆえの幼さがありながら、同時に風格があり、偉大さを醸し出し、そして、力強い声だった。

「く……どこだ。どこにいるっていうんだ……」

 

「ここだここ。ここにいるじゃねえか」

 

「ここって、言われましても……」

 龍牙も、雪乃も、女子達も、当たりを見渡すが、声の主を見つけることはできない。

 

「こっちだこっち、こっちだ」

 

「どっち、ですか……?」

「どこですか、会長……」

 

「だからここだ、ここだっての、ここにいるぞ」

 

 どこにいるか分からず、全員が首を動かしながら、体も移動させて探す。

「ここって、どこですか……?」

 

「おい、皆既日食になってんぞ」

 

「皆既日食……?」

 その言葉の意味が分からず、やみくもに、ただ探し回る。

 

「おい、声は聞こえてんだろう」

 

「声は、ええ……」

「声はすれども姿は見えず……」

 

「こっちだこっち。声のする方へ、声のする方へ……」

 

 その言葉に従い、全員が、声の発せられている場所まで歩いていく。

 

「そして……見下~げて~ごらん~……」

 

『うわあああ!!』

 

 あまりの衝撃映像に、誰もが声を上げ、その場から跳び上がった。

 そこには、彼女達に比べてかなり小柄で背の低い、白いライダースーツの少年が一人、佇んでいた。

「せ、生徒会長……!」

「ここに、おられたのですか……」

「……お前!」

「はい……!」

「二回くらい目が合ったぞ」

「えぇ……」

 和総部の中でも低身の方なサクラを指差し、それより遥かに低い目線から言い放つ。サクラは、苦笑するしかなかった。

 

「……この人が、せいとかいちょう?」

 彼らのやり取りを見ながら、雪乃が声を上げる。それに、彼は反応し、顔を向けた。

「おお。お前か、話題の転校生って。その通り。俺がこの決闘アカデミアの生徒会長、『伊集院(いじゅういん) セクト』だ」

「セクト……伊集院、セクト」

「一応、プロのDホイーラーもやってる。もっとも、そっちのが忙しくてあんま学校には来られねえがな」

 と、雪乃に対し、簡単に自己紹介を行ったところで、再び龍牙に目を向けた。

「……で、俺がいつ、和総部を潰すなんて案件の許可を出したって?」

 その声には、直前までの嘆きや友好は消え、その目には、直前までの優しさや純粋さは消えていた。

 相手を威圧し、脅す声と、相手を射殺し、突き刺す視線。それを見ていた生徒達を、そして、それを向けられる張本人である龍牙を、もれなく怯ませ、身を縮ませる。

 アカデミアの最高権力者たる風格と剛腕を、その小さな体全体から醸し出し、違反者を威嚇する。

「そ、それは……」

 それに、龍牙は圧倒され、視線を泳がせる。言い訳を必死で考える間に、セクトは、龍牙の目の前まで歩いていた。

「受諾書見せろ……」

 冷たく、一言だけ言う。

「は……?」

「受諾書だよ。生徒会長の受諾を得たっていう書類だ。さっきからひらひら見せてたやつだよ」

「それは……」

「早く見せろっ!」

「……!」

 怒鳴りつけられ、差し出すというよりも、ほとんど放り出す形で、一枚の紙を取り出し、セクトに手渡す。それをセクトは、ざっと目を通すと、一つ、息を吐いた。

「これ……サインの日付が昨日じゃねえか。昨日はライディング決闘のシリーズ最終日で、一番忙しくて携帯も一日中切っておいた日だ。生徒会にも連絡してあったはずだぜ。優秀なうちの連中が忘れるわけねえよ」

「うぅ……」

「しかも、何だ! その指輪!?」

 怯んでいる龍牙に歩み寄り、左手を引っ掴むと、中指にはめられている指輪を力任せに奪い取った。

「こりゃあ……おい、メイっつったか?」

「は、はい……」

 しばらく指輪を眺め、いじった後で、メイに声を掛ける。

「今なら多分、魔法カードが発動できるぜ」

「へ……?」

「やってみろ」

「……」

 動揺しながらも、言われた通りにディスクを展開し、デッキから、適当な魔法カードを取り出す。

 

「フィールド魔法『エレキャッスル』発動」

 

 すると、メイの背後から、雷を纏う、カラフルで巨大な城が建立した。

「うそ……さっきまで、全然反応してなかったのに」

「こいつのせいだ」

 セクトは、龍牙から奪った指輪を掲げながら言った。

「特殊な電磁波を発生させて、ディスクのシステムを麻痺させて魔法カードを使えなくする」

 説明をしながら、指輪の装飾部分に指を触れ、捻って見せる。その瞬間、メイの背後に建立していた『エレキャッスル』は消滅した。

「誰が作ったのか知らねえが、プロでも使ってる奴がいたから一目で分かったぜ。そいつは後からばれてプロの世界を永久追放されちまったが……生徒相手に、情けねえ……」

 吐き捨てながら、足下に指輪を放り投げ、踏みつける。金属が砕ける音が響くと共に、指輪は粉々に破壊された。

「ったく……悪かったなお前ら。この件を認可しちまったの、うちの生徒会副会長だ」

「副会長?」

「ああ。そいつの親父が、海馬コーポレーションに勤めてるらしくてな。こいつの親戚だかはそいつの親父の上司だ。大方そこを脅されて、従わざるを得なくなったんだろうな」

「……」

 龍牙の顔が、なお険しく歪む。それが図星であると、言葉にするまでもなく認めていた。

「もっとも、さすがにそいつも、罪悪感からか決闘を挟んみたいだが……マジに悪かった。脅されていたと言っても、うちの奴のせいでこんな目に遭わせちまって。とうのこいつは、決闘関係無しに潰す気満々だったしな。代わりに謝る。許してくれ」

 セクトはそう言うと、和総部の面々に向かって、深々と頭を下げた。

「あ、いえ、そんな……」

「どうぞ、頭を上げて下さい。もう、気にしていません……」

 

「気にしろよバカ!!」

 

 と、そんなやり取りをしている生徒達に向かって、龍牙は叫んだ。

「あんた生徒会長だろう! 決闘アカデミアの生徒会長だったら、花だの習字だのがアカデミアに不要なことくらい分かるだろうが! だったら、アカデミアのためにいらねえ部を潰すくらいしやがれ! 俺はなにも間違ってねえだろうが!!」

「……お前にそんなこと言う資格があんのかよ?」

 一方的な怒声を撒き散らす龍牙の声に対して、返した声は、あまりにも冷たかった。

 そんな冷たさの直後、セクトはポケットをまさぐり、そこから取り出した紙を、広げて見せた。

「校長からの解雇通知だ。職権乱用、生徒への脅迫、その他諸々、教師としてあるまじき行為により懲戒免職。退職金も無し。もちろん、ここにある校長のサインは本物だぜ。疑うならセキュリティに頼んで筆跡鑑定してもらうか? 俺はセキュリティにも知り合いがいる。そいつ通して今すぐ呼び出すか? あ?」

「な……な……!」

「いや、そんなもん以前の問題だな。テメェはだいぶ前から悪い噂しか聞かねえ。クビになった後も、そのこと徹底的に調査させてもらわねえとなぁ」

「ぐぅ……」

 一言、一声、声を出す度に、龍牙の身を怯ませ、脅えさせ、震えさせ、萎縮させる。

 自分の半分以下の身長しかない少年に圧倒される。

 同時に、その声を向けられているわけでもない、周りの女子生徒達もまた、その小柄な少年の存在に圧倒されていた。

(これが、せいとかいちょう……)

 その存在と、偉大さ。それを雪乃が痛感している中で、セクトは言葉を続ける。

「つまりだ。てめえは今この瞬間から、この決闘アカデミア童実野校の教師じゃなくなったってわけだ。だから、お前の言葉にはなんの発言力も無え。分かるか? 俺の言ってること」

「ぐぅ……」

「それとだ。一つだけ、この学校の生徒会長として言わせてもらうぜ」

「なに……?」

「確かにな、俺は生徒会長として、この学校を守るのが仕事だ。アカデミアの大勢の生徒から、この和総部がいらねえっていう意見があれば、俺は容赦なく和総部を潰すだろうな」

 その発言に、和総部メンバー達が息を呑むのも構わず、セクトは続ける。

「だが、今回はそうじゃねえ。ただテメェの勝手な都合と屁理屈ってだけだ。そんなんで生徒達の大事な部を一つ潰すなんて真似しねえよ。俺が守るのは生徒だ。学校じゃねえ。まして、先生方の都合じゃ絶対ねえ。そんなもんを生徒以上に優先しろってんなら、今すぐ生徒会長なんざ辞めてやるよ」

 そして、指差しながら、言い放った。

「そんな俺の目の黒いうちは、教師だろうがこの学校じゃ好き勝手させねえ! 分かったらとっとと失せやがれ!!」

「ぐぅ……くっ!」

 宣言され、なにも言い返すことができず、龍牙はただ、その場から立ち去った。

 

『……』

 

 一連の出来事に、和総部メンバーは、言葉を失っていた。

 少なくとも、自分達がこれまで守ってきた、和総文化部という部は潰されずに済んだ。それは、安堵すべきことだろう。

 そして、最初に呆然としていた中、徐々に、それを自覚していき、やがて、全員の表情に、安堵の笑みが宿った。

「おう、メイに、そっちはサクラっつったな」

『は、はい……!』

 突然呼び掛けられ、メイとサクラは身を固くし、声を上ずらせる。このアカデミアにいる、仮にも最高権力者に話し掛けられたのだ。緊張するのも当然と言えるだろう。

 もちろん、セクトとしては、そんな緊張など必要ない。だからこそ、満面の笑みを見せた。

「お前らの決闘見てたぜ。途中であのクソ野郎の脅しに折れそうになってたが、最後まで頑バッタじゃねえか」

 純粋に、決闘の経過を称賛し、賛美を送る。アカデミア最強の存在から、直々にその言葉を送られた二人は、嬉しそうに破顔した。

「本当言うと、あいつが不正してる時点で決闘を止めるべきかとも思ったんだが、途中で決闘を止めることほどここじゃ野暮なことは無えからな。最後まで見入っちまったよ」

 苦笑しながら、そう、申し訳なさそうに言う。

 実際、彼が途中で止めに入れば、こんな決闘をするまでもなく、事態はもっと簡単に収束したことだろう。

 だが、それでも決闘には勝利した。たとえ、龍牙にとっては何の意味も無い決闘だったとしても、この勝利は、二人にとっては大きな意味を持っていた。

「いいえ。この決闘で、私は大切なことに気付くことができました」

 微笑みながら、サクラは、メイに顔を向ける。それに対して、メイもまた、微笑みを返した。

(どんなに自信の無い、弱いと思ってる自分でも、そんな自分のことを、信じてくれる人がいる。この世界で、ただ一人だけかも知れない。けど、その一人がいてくれる限り、私はこれからも、戦うことができます……)

 自信が身に付いたわけじゃない。

 自分を信じられたわけじゃない。

 けど、それができない自分の代わりに、それをしてくれる友達が、いつも隣にいてくれたことに気が付いたから。

 そして、今度は自分が、その友達にとっての、そんな人になりたいと思ったから。

 

 そのことを気付かせてくれた人にお礼を言いたくて、その人に顔を……

 

「……あら?」

「どうしました? サクラさん」

「……雪乃さんはどこ?」

 

 ……

 …………

 ………………

 

 ずん、ずん、と、大股で廊下を歩いていく。

「くそ……畜生っ!」

 漏れ出るのは悪態ばかり。

 重なるのはストレスばかり。

 募っていくのは憎しみばかり。

 自分の半分以下の年齢しかない小僧に偉そうにされ、尻込みさせられる。

 ただ、決闘が強いと言うだけで、それだけの力を与えられる。

 なりたくもなかった、アカデミアの教師になり下がり、挙句、最後はあんな小僧に自身の必要価値を否定される。

 許せなかった。

 あんな決闘、本気など全く出していなかったというのに……

 

 ……いや、龍牙としては、教師どころか、今日までの人生で、本気で決闘に取り組んだことなど、一瞬たりとも無かった……

 

 たまたま親戚に、海馬コーポレーションの重役がいた。そいつの計らいで、家では一番出来が良かったからと、したくもない決闘を覚えさせられ、なりたくもないプロ決闘者となり、その親戚のコネで、いきなりプロの世界へ放り出された。

 そして、プロの世界での活躍は、話したくもないほど散々なものだった。

 当たり前だ。それまで、小、中、高、大学と、真面目に勉学に励んできた人生の中で、決闘モンスターズというものに触れたことなど、ただの一度も無かったのだから。

 生まれてから一度も将棋を刺したことのない人間が、ある日突然プロの将棋の世界に放り出されて、まともに活躍できるわけがない。

 プロの世界を追われるのに、そう時間は掛からなかった。

 

 これで決闘者を辞められる。そう安堵していたら、今度はたまたま大学で教員免許を取得していたからと、決闘アカデミアの教師をさせられた。

 知識も腕も未熟で、腕が振るわずにプロを追われたというのに、こんな自分が、決闘の何を教えろというんだ。

 案の定、すぐに決闘を教えることは不可能だと判断された。クビにならなかったのは、ただ、親戚の力があったからだ。

 決闘が無理ならと、唯一まともに教えられる、地歴公民の教師を任された。

 だがそれはむしろ良かった。結果はどうあれ、これ以上決闘をせずに済むのだから。

 しかし、いざ教鞭を取ってみれば、生徒達は自分の授業を、分かり辛いだの、時間の無駄だの、自分でやった方がまともに覚えられるだの、なぜ教師なんかしているのかだの……

 

 本当に、冗談じゃない……

 こっちは決闘も、教師も、好きでやっているわけじゃないのに……

 ただ、気が付けば、世の中はどんどん決闘中心社会と化していき、誰もがそれを当たり前として、喜んで受け入れている。

 通勤や帰宅をしていては、どこかのバカがライディング決闘を始めたせいで、わざわざ職場や自宅まで遠回りを強要される。それで帰りが遅くなったり、遅刻したことが何度あったか知れない。正直に話したところで、電車とは違い公道で遅延証明が貰えるわけもなく、もっと早く家を出ろの一言で済まされ、それが続いて減給を喰らったこともあった。

 

 一体、たかがカードゲーム一つのために、この世界はどこまで狂えば気が済むんだ。

 そんな狂った世界のせいで、なぜ俺ばかりが下手を掴まなければならないんだ。

 こんな俺にだって、大学に通いながら、決闘とは別の夢があった。もっとも、夢、というほど、壮大なものじゃない。

 ただ、それなりに大きな会社に就職して、たまに、ちょっとした贅沢ができるくらいの収入を得て、できることなら、綺麗な女性と恋をして、結婚して、子供を産んで、幸せな家庭を作る……

 そんな、絵に描いたような平凡な人生が、俺にとって理想だった。

 そのための努力はした。それなりの会社に就職するために、それなりのレベルと知名度を誇る大学を志望し、猛勉強して現役合格を果たした。

 大学入学後も、就職に有利になるよう、或いは失業しても困らないよう、役に立ちそうな資格はいくつも取得した。教員免許もそのうちの一つだった。自慢じゃないが、平凡どころか、むしろ普通より少しは裕福な人生が送れるくらいの積み重ねはできていた。

 決闘に興味は無かったが、そんな平凡な人生の中で生まれた子供が、決闘を学びたいと言ったなら、喜んで応援したことだろう。

 

 それがどうだ。

 社会は、決闘こそが平凡だと見なし、家族は、決闘こそが常識だと受け入れ、自分は、それに逆らうことすら許されず、ただ親戚の面子のために、決闘を押し付けられた。

 結果、今いる職場ではバカにされる。収入は、安月給で先輩教師からもエリートな後輩からも、生徒にすらこき使われて、手元に残るのは、最低限の生活費と小遣いのみ。それを更に切り崩さなければ貯金もできず、ちょっとした贅沢どころか、日帰り旅行に行く金も残らない。

 当然、女性との出会いさえなく、結婚など、家庭など、とうの昔に諦めた。

 そんな調子だから、昔は自分のことを尊敬してくれていた、普通の大学を出て普通の会社に就職し、普通ながらも温かな家庭を築いた弟達からは、完全に見下されるようになった。

 そんな弟達の家族ばかりを可愛がる両親に相談しても、決闘が弱いから悪いんだ。もっと努力をしろ。カードパックの値段も知らないくせに、そんな言葉の一点張りで、何の助けもない。

 そんな生活が何年も続き、気が付けば、全てを投げ出すことさえ許されない年齢になっていた。

 

 なぜ俺ばかりが、こんな惨めな人生を送っているんだ……

 

 ――決まっている。悪いのは、決闘だ。

 

 俺の人生を狂わせたのは、間違いなく決闘なんだ。その決闘が、ひたすら憎かった……

 

 そして、目の前の生徒達は、俺の人生を狂わせた決闘を愛し、楽しみ、真剣に取り組んでいる。そんな生徒達が、形はどうあれ、輝かしい未来を手に入れる。

 

 ――許されるわけがないだろう、そんな理不尽……

 

 だから、そんな生徒達の人生を、俺と同じくぶち壊してやることに決めた。

 図らずも、教師を経験し、プロ決闘者の世界を生き抜いたことで、人の心のありようや思想、心情、感情、そういったものを、簡単ではあるが、ある程度読み取る能力を身に着けた。

 だから、弱みを握った生徒を見つけては、その能力を駆使して、自分に従わせてきた。

 俺以上のどん底を味わわせ、俺は、その役得を得て、自分自身を慰める。

 生徒達は悪くない。悪いのはこの、決闘中心と化していった社会だ。

 そして、そんな決闘を学び、俺に弱み握られた、生徒達の運が悪かっただけだ。

 俺は、何一つ悪くない。俺はこの、わけの分からない決闘中心社会の被害者なのだから。

 

 それなのに……

 

 許さない……

 絶対に許さない……

 和総部のクソ女共も……

 生徒会長の小僧も……

 このアカデミアそのものも、決闘も、絶対に許さない……

 

「見てろよ……全員、ぶち壊しにしてやる……」

 ガララ、と、資料室のドアを開く。

 誰も使わないことから、いつからか、個人的なオフィスとして、テスト作りやその他の雑務、そして、お楽しみのために使用していた場所だった。

 そこに置いてあった愛用のパソコンは、無くなってしまっている。予想通りだ。

 携帯電話を納豆にすり替えるほどの女が、この部屋のパソコンに気付かないはずがない。

 最初、あの女は決闘場にいなかった。その間にここへ忍び込み、おそらくパスワードは突破できなかったから、パソコンごと持っていったのだろう。

 だが、ここのパソコンに限らず、自宅にあるパソコンにも、コレクションの写真や動画は保存してある。

 そして、それ以外にも証拠は残してある。

 資料室の奥まで歩き、色々と資料やら段ボール箱やらが積まれている場所に立つ。

 そこにある、一番小さな段ボール箱の裏にある、小さな箱。

 それを手に取り、開くと、思わず、口角が吊り上がった。

「さすがに、こんなところまで頭は回らねえよな……」

 中身のUSBメモリは無事だ。

 今まで脅し、食うことに成功してきた女子生徒達の痴態の全てを、パソコンと携帯、そして、このUSBに保存してある。

 脅してカードを巻き上げてきた男子生徒も、後で文句を言わせないために、全裸写真を納めてある。

 そうやって集め続けた、この中身の、自分の写っているもの以外の全てを、アカデミアに、アカデミアの教師や生徒全員に、そして、ネット上の動画サイトにばら撒いてやればいい。アカデミアはバッシングを受け、生徒達のほとんどが、表を出歩けなくなる。

 投稿者の名前は、伊集院セクトにしよう。

 当然、動画の登場人物達は、俺が撮ったものだと知っている。

 もっとも、それを証言できるような度胸がある連中なら、そもそも脅されるようなことなどしない。

 投稿にしても、今時本名でそんなことをするバカはいない。それでも、アカデミアの誰もが知っている名前である以上、あの小僧もタダでは済むまい。アカデミア中から白い目で見られ、プロの世界からはバッシングを受け、最悪、自分のように、プロを追われるだろう。

 今までこいつをネタに、何人もの女子生徒を食ってきた。そいつらに色々な服を着させ、それをビリビリに破いてから味わった。

 男子からはカードを巻き上げ、カードが無い時は、ストレス解消のためのサンドバックにした。金持ちのボンボンも多かったから、そういう連中は何も言わなくとも金を渡してきた。

 そういうことがあって、不登校になったり、自分から退学していった生徒達も、こいつをネタにいつでも餌にできた。

 決闘を愛していた奴らが、決闘をしていたせいでそんな目に遭い続け、絶望する。中には自殺した奴もいた。良い気味だ。

 

 そして、あの小僧が本気になれば、それらのこともいずれはばれる。だったらいっそのこと、あいつらを道連れにしてやればいい。

 俺と同じように、世間から笑いものにされ、白い目で見られ、絶望し、人生を台無しにされる様を、牢屋の中から眺めてやるよ……

 

「見てろよ、小ぞ……う?」

 と、これからの未来に希望を抱いている最中、手に持っていたUSBメモリを見た。

 確かに、ずっと手に持っていた。なのに、いつの間にか、手から消えていた。

 落としたのか? 急いで足下を見る……

 

「探しているのはこれ?」

 

 そんな声が聞こえた。

 振り返ると、そこには……

「ふ、藤原……」

 

「こんにちはぁ……」

 以前、襲おうとスタンガンを使ったにも関わらず、全く効果が無く、力ずくで襲ったら、そのままかばわれ、許してくれた。

 その女が、指にUSBメモリをプラプラと振り回し、不適な笑みを見せていた。

「テメェ!」

 叫びながら手を伸ばしたが、半ば予想した通り、ヒラリとかわされ、挙げ句足を掛けられて、転倒させられた。

「多分、貴方みたいな高慢なタイプは、自分の縄張りに大事なものを隠すと思っていたから、見張ってたけど……わざわざこうして出してくれるとはね。探す手間が省けたわ」

「なんだとぉ……!」

 これ見よがしにUSBメモリを見せつけながら、龍牙を嘲笑う声で言う。

 それに怒りを見せる龍牙を無視しながら、雪乃はそれを、マジマジ見ていた。

「それにしても……ゆーえすびー? こんな小さなものの中に、どうやってあれだけたくさんの写真が入っているのかしら……」

「返しやがれ!! このあばずれが!!」

 懐に忍ばせたスタンガンを取り出し、スイッチを入れる。それを、雪乃の顔目掛け、押し当てた。

「……確か、でえたが残らないよう、とにかく念入りに壊せって言っていたけど……」

 だが、頬にスタンガンを押し当てられていても、全くこたえることなく、平然とUSBメモリを眺めているだけ。

「……まいっか。面倒くさいわ」

「……ておい!?」

 龍牙が叫んだ時には、既に、USBは破壊されていた。

 スタンガンの電流を無視しながら、手に持ったUSBメモリを、自らの口の中に放り込み、バキバキと噛み始めた。

「ちょちょちょー! ちょー!!」

 スタンガンを自ら押し当てた時のように、素で制止の声を上げた、その時、雪乃は龍牙と目を合わせた。

 

「ブゥウウウウウウウウ……」

 

 龍牙を真っ直ぐ見やり、口元をすぼめ、口の中身を一気に吐き出す。その結果、

 

「ぎゃああああああああ!!」

 

 そんな悲鳴が、資料室にこだました。

 雪乃が粉々に噛み砕いた、USBメモリの硬い金属片。大小様々なサイズのそれ全てが、龍牙の顔中に突き刺さり、眼鏡を穿ち亀裂を刻んだ。

「ぐああああああ!!」

 痛みに絶叫し、思わずスタンガンから手を離し、両手で顔を押さえる。そうやってうろたえている間に、放り出したスタンガンを雪乃が踏み砕いたことに、気付くことはなかった。

「不味いわね……」

 顔を押さえながら、見苦しく醜態を晒している龍牙に向けて、雪乃が冷たく語り掛ける。

「こんな、腹の足しにもならないちっぽけなもののために、アカデミアに通う大勢の学生の人生を滅茶苦茶にしようだなんて……」

 顔の痛みに身悶えながらも、取れそうな破片は指で摘まんで引き抜く。それにまた痛みが走る。

 顔中の痛みに耐えながら、雪乃に再び目を向けると……

 

「……お前、誰だ……?」

 

「……」

 

 そこに立つ女を、龍牙は確かに知っていた。女は、いつの間に抜き取ったのか、龍牙のデッキを片手に、龍牙を見下ろしていた。

 制服と、紫色のツインテールと、赤い瞳の美しい少女。

 なのに、振り返ってそれを見た時、違う、なぜかそう感じた。

 この女は、本当に直前まで自分が喋っていた女なのか……?

 

「……ああ、そうだ。一つだけ申しておきます……」

 

 疑問に感じている間に、雪乃が再び口を出した。それは、雰囲気と共に、口調まで、自分の知っている美少女のそれとは変わっていた。

「先程、あなたの家にお邪魔しました。そして、そこにあるパソコンや、ありったけのカードも全て、押収させていただきました」

「なにぃ!?」

「……まあ、私ではなく……友人達、なのですが……」

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:遊星

 目の前のノートパソコンを操作し、開かれた画像を、セキュリティの深影さんに見せていく。

 クロウとジャックは、気を遣って見ないようにしているが、それを見た深影さんは、分かり易く不快を顔に出していた。

 そこには、さっき突然雪乃が帰ってきて、見せられた携帯にあった、画像や映像と、全く同じ物が保存されていた。

「深影さん」

 顔をしかめ続けている深影さんを呼び、本題を伝える。

「さっきも聞いたが、この画像を証拠に、龍牙という教師を逮捕することはできるか?」

 言いながら、これ以上は見せないように画像を消す。

 証拠のためとは言え、たとえセキュリティだろうが、やはり見せることははばかられる。

 深影さんも、女性としてそれを分かっているらしく、それ以上は言わなかった。

 そして、不快ながらも話しに了承し、アカデミアと連携して、龍牙という男の逮捕に向けて捜査を行うことを約束してくれた。

 奴の自宅から奪ったパソコンは、そのまま深影さんが証拠として押収していった。そしてもちろん、中身の画像は厳重に保管し、最終的には削除することになった。

 

「それにしても、俺達や雪乃は、学校というものを知らないが……教師というのは、こういうことを平気でする奴のことなのか……?」

 思わずそんなことを漏らしてしまった。

 当然、仮にも子供の成長を導く職業だ。この男が一部の例外であるだけで、全員がそうというわけではあるまい。

 分かっていても、学校を知らない俺達としては、疑問に思わざるを得ない事実だ。

「……まあ、どこにでもいるだろうぜ。自分第一で、自分のために他人を平気で利用して踏みつけようって奴なんざ。なあ、ジャック」

「……ふん!」

 ジャックも身に覚えがある分、反論はできない様子だった。

 それにしても……俺達の方は、上手く奴の家に行って、パソコンとカードを押さえることができた。

 突然雪乃が、まだ練習が終わっていないはずの時間、家に帰ってきて、いきなり携帯電話を見せられた。

 慣れない操作ながら、呼び出した画像を見せてきて、自分は機械に弱いからと、どうすればいいか相談してきた。

 そして俺は、まず奴が学校で使っているパソコンと、奴の自宅の住所を調べるよう、雪乃に話した。

 アカデミアの生徒であり、奴とは少なからず因縁のある雪乃としては、簡単な仕事だった。

 職員室で奴の住所を調べた後は、奴が学校で使用しているというパソコンをここまで持ってきてくれて、俺がそのパスワードを突破し、中身のデータを全て消去した。

 自宅の方には、クロウとジャックを向かわせた。

 アカデミアからそれなりに距離のある、郊外の小さなアパートが奴の住居だったらしい。

 そこで、大家を上手いこと言いくるめ、簡単に家に侵入できたそうだ。大家の女性が、ジャックの大ファンだと言うことも手伝ったらしい。

 中に入った後は、まずパソコンを回収して、その後は、クロウが盗みで培ってきたカンを頼りに、大切な物を隠していそうな場所を捜索した。狭い部屋だったから手間は掛からなかったらしい。

 そこで、USBやディスクといったデータの保存媒体や、大量のカードも回収した。どれが生徒から巻き上げたものかは分からないから、全て持ってくるようにと雪乃とも相談して決めていた。

 回収したカードは後日、生徒達に可能な限り返却するとして、パソコンは、たった今、深影さんに証拠として差し出した。

 

 後は、雪乃だが……

 

 携帯電話を俺に見せ、それらのことを決めた後、雪乃は、俺達に質問した。

「……今回も、ハイトマン教頭先生の時と同じように、あの男を許さなければなりませんか……」

 その顔は、ハイトマンを見た時と同じように……いや、それ以上の、憎悪と殺意を露わにしていた。

「この写真の生徒達と、私には直接の関係が無い。ですが、仮にも和総部の仲間が、同じ目に遭わされかけた。そして、彼は何人もの生徒達を、かつての私のように、自身の慰み者としていた。仮にも、生徒達を導く先生が……」

 そこまで言った後で、また、俺達を見た。

「ここまでのことをした男を、私は……赦さなければならないのですか……?」

 

『……』

 

 その怒りは、俺達としても共感できた。

 だから、俺は答えた。

「許す必要は無い。むしろ、こんな男を許してはいけない。データを回収できたら、お前が思うような罰を与えて、報いを受けさせてやれ」

「……」

 それに対する返事は無かった。

 全てが上手くいっていれば、今頃あいつは、龍牙から最後のデータを奪い、追い詰めているはずだ。

 今回は誰も止めはしない。止める気も無い。

 お前の好きにしてやれ。雪乃……

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:外

 

「が……うが、あ……っ」

 

 鉄屑のせいで、顔中を血に染めながらも、その顔は、青ざめていた。

 鉄屑だらけの顔には、鉄屑と共に、人の手があった。

 その白い手は、彼の顔の端に埋まり、強烈な力でギシギシと音を立てていた。

 そんな、音が鳴るほどに占められている顔は、本来なら真っ赤に腫れそうなものが、血液の流動が停止し、顔からは、どんどん血の気が引いていく。

 このまま続けていれば、間違いなく彼は死ぬことだろう。人間的な腕で掴んでおきながら、その腕から籠められる力は、完全に人間を逸脱していた。

 

「あなたがなぜ、こんな凶行に走ったのか。その理由はどうでもいい。聞きたくもありませんし、聞いたところで、あなたのことを気の毒だとは、全く思いません……」

 

 苦しげな呻き声を上げる彼に、掛けられた言葉は、どこまでも冷たかった。

 そんな冷たい声も、痛みに呻くことしかできず、気絶すら許されない男にとっては、音以上の意味は無い。

 それが分かっていても、敢えて、言葉を続けた。

 

「あなたは先生という立場にありながら、大勢の生徒達を嬲り者にしてきた。挙句、自身の破滅の腹いせに、その人生を奪おうとした……いや、あなたのことだ。既に何人もの生徒の人生を奪ったのではありませんか? そんな人に、もはや同情の余地はありません」

 

 その言葉の後は、腕の力が少しだけ抜けた。

 それは、男を赦したからではない。男に、刑罰の宣言を聞かせるために。

 

「あなたには今すぐ、生まれ変わっていただく」

「……!?」

 

 掴まれた指の隙間から、男の目が見開かれる。

 それを見て、声は、嘲笑を返した。

 

「誤解はしなくてよろしい。殺しはしません。殺す価値もありませんし、ここで殺したところで、あの写真の生徒の皆さんが救われることはありません。ただ……二度と、こんな下劣な真似をしないよう、今ここで、あなたには生まれ変わってただきます」

 

 宣言と同時に、男は天井へ向かって放り投げられた。

 彼を放り投げた生徒は、空いた右腕を、後ろへ目いっぱい振りかぶった。

 そして、男が天井から、目の前へ振ってきたタイミングを見計らい……

 

 ――ガオン

 

 ……

 …………

 ………………

 

「さて……」

 全ての用事を済ませた後、取り上げたデッキをポケットにしまいながら、決闘場へ歩いていく。

 決闘が終了してから、それなりに時間が経っている。既に解散し、文化部棟へ移動しているかもしれない。

 それでも、まずは決闘場へ向かった。

 ガララ、と、ドアを開く。すると……

 

「あ、雪乃さん!」

 

 中に入ると、そこには、メイとサクラの二人が立っていた。

「あら? まだいたの?」

 他のメンバーは既にいない。疑問から、そう問い掛けた。

 二人は雪乃に近づく。その顔には、満面の笑みが浮かんでいた。

「雪乃さん……今日は、本当に、ありがとうございました!」

「ありがとうございました」

 サクラ、メイの順に、いきなり深々と頭を下げられた。

「……」

 突然の行為に、雪乃も反応に困ってしまった。

 昔から、礼を言われることには慣れている。だが今回は、ただ、自分の都合で動いたのが、たまたま二人が救われた形になっただけだった。

 二人のためではない。無論、たまたま決闘直前のサクラと龍牙の話しを立ち聞きしたのがキッカケではあったが、実際には、その写真を見て湧き上がった怒りが真の理由だ。

 礼を言われることなどしていない。ただ、怒りに動いただけだ。

「……さあ。何のことかしら」

 だから、それだけ言って、二人に背中を向けた。

「練習が始まっているでしょう? 早く行かないと、ラン達に叱られちゃうわよ」

 

『はい!』

 

 二人の返事が重なる。

 守られた居場所で、彼女達は、今日もまた、いつもと同じように、自身の愛する人から習った、自身の最も好きな習い事を始める。

 

 その後、アカデミアに一台の救急車が到着し、一人の男が搬送されていったのは、彼女達の知るところではなかった。

 

 

 余談だが、この数日後、一人の男がセキュリティに逮捕され、ニュースとなり、しばらくネオドミノシティで語り草となった。

 そしてそれは、男の職業や罪状云々ではなく、逮捕された時、男の体のある部分が、綺麗に削り取られていたから……というのは、また別の話しである。

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:アキ

 

「なるほど。私がDホイールの学科講習を受けていた間に、何があったかは分かったわ」

 いつもと同じく、昼休みに、食堂で雪乃と向かい合いながら、土日に何があったかを聞かされた。

「大方、和総部の誰かが、雪乃が龍牙先生の悪行の証拠を掴んで、懲らしめたこと、誰かにリークしたんでしょうね」

「りいく?」

「秘密を喋るってことよ。そしてそれが、アカデミア中に知れ渡って……で、こうなったと……」

 

 改めて、向かいの雪乃を見る。

 雪乃の左右には、金曜日以上に大量の肉まんが山積みにされていた。

 とうの雪乃はと言えば、その肉まんを食べつつ、肉まん以上に量が増えたラブレターの返事に悪戦苦闘してる。

「……放課後までに書き終えるかしら……」

 今まで余裕で昼休み中に書き終えていたのが、今じゃやっと半分終わったっていうところ。

 雪乃が色々と大活躍したことで、ほとんどの生徒が惚れ直しちゃったみたいね。

 今まで以上に、雪乃への熱の視線と、私への妬みの視線が痛くてたまらない……

「おまけに、今朝下駄箱を見ると、こんなものまで入っていたし……」

「なに……? BD?」

 タイトルは……『トシ末元のすべらねえ話2017』。

「アキ……私がお笑い好きだってことも話してたの?」

「え、ええ、そう言えば、話したような……」

「……誰だか知らないけど、2017とは分かってるわ……」

 正解かよ……

 

『雪乃さん』

「……あら、メイにサクラじゃない」

 その言葉の通り、そこに立っていたのは、和総部にいた、メイさんにサクラさん。

 二人は同時に、手に持っていた肉まんの袋を差し出した。

「これ、ぜひ食べて下さい////」

「あら、ありがとう。後で頂くから、そこに置いておいてちょうだい」

「はい////」

 

「はぁ……」

 現状維持で行こうっていったのに、素のままでいさせた結果がこれよ。

 明後日には、私も授業を休んでDホイールの実技講習へ行かなきゃいけないのに。

 悪者を退治したのは良いことだけど……

 これ、もうばれちゃうんじゃないの……?

 

「きゃあっ!」

 

 と、頭痛を覚えていると、二人とは別の女子生徒の声が聞こえた。

 雪乃への惚気とは全然違う、恐怖からの悲鳴の声。

 自然とそっちの方へ、私や雪乃、食堂にいる全員の視線が集まった。

 すると、そこには……

 

「きゃあ!」

「うおお!」

 

 他の生徒の声も混ざりあった。

 私や、メイさんやサクラさんは、声も出なかったわ。

 だって、そこにいたのは、大きくて、カサカサ素早く動く、黒光りする、g、gggggg……

 

「うわ! シ、シ……」

 

 って! こっちに方向転換させないで!!

 ほら来た来た来た来た来た来た来た来た!!

 黒いのが、こっちのテーブルへ向かって、gが、gが……!

 

 バッ……

 

『……』

 

 一瞬の出来事だった。

 生徒全員が悲鳴を上げながら逃げていた所を、雪乃が跳び出して、黒いのを、指で摘まんで捕まえた。

 

「さ、さすが雪乃さん……」

 

 メイさんが、呆然としつつもそう言ったわ。

 まあ、今更雪乃が虫一匹にビビるタマじゃないわよね。

 それを分かってるからか、みんな、素手で捕まえていても気にせず関心していた。

「ほ……良くやったわね雪乃。さあ、それはすぐに、ティッシュかなにかに包んで捨てちゃって……て?」

 あら? さっきまで指に摘まんでいたのに、その指からいつの間にか消えてる。

 まさか、逃がした……?

「ちょっと、雪、乃……?」

 

「……(もぐもぐ)」

 

「……雪乃、なに食べてる?」

 

「……?」

 

 き、きっと、さっき食べてた肉まんが、口の中に残っているのね。絶対にそうだわ。

 なにか、茶色くて、細長い何かが二本、口からはみ出てるのは、肉まんの中に髪の毛でも混入していたのね。絶対にそうだわ。

 と、当然のことを思っていると、雪乃は、その口を、ゆっくり開いて見せて……

 

「きゃあ!!」

「うおわあ!!」

 

『きゃあああああああああああああああああ!!』

『えぇえええええええええええええええええ!?』

 

 それが出た時以上の、悲鳴と絶叫がこだました。私はまた、声も出なかったわ。

 だって、雪乃が口を開けて、突き出した舌の上に乗ってるの……

 噛み潰されて、粉々になってるけど、明らかに、g、gggggggg……

 

「(……ごっくん)どうかした? みんな……」

「どうかした? じゃなくて!! 雪乃、あなた、今食べてたのって……」

「ゴキブリだけどどうかしたの?」

 はっきり言いやがった!!

「……あら、二匹目」

 なんて、私が動揺している間に、もう一匹、確かにこっちにやってきていた。

 そして、雪乃はまたそれを捕まえた。そして、今度は堂々と、私達の見てる前で……

 

『……』

 

 余りの衝撃映像に、今度は誰もが声を失ったわ。

 

「ゆ、雪乃さん……なんで、そんなものを……?」

 

 サクラさんが質問した。それに、雪乃は不思議そうな顔を見せて、飲み込んだ後で答えた。

「そう言えば、アキ以外には話したことが無かったわね。昔、空腹が何日も続いて、死に掛けた時期があってね。目の前の雑草とか、歩いてるゴキブリを食べて生き延びたのよ。それが元で、今でもゴキブリを見ると、ついおやつ感覚で食べちゃって」

「おやつ感覚、ですか……」

「ええ。けど、当時は貴重なタンパク源だったし、二、三日に一匹食べられたら良い方だったし。当時の私にとってはご馳走だったわ」

「はぁ……」

「今朝も、通学途中にあるゴミ捨て場から一匹、ついさっきも、男子トイレから一匹飛び出してきたから、つい食べちゃったところだし」

「ゴミ捨て場……」

「男子トイレ……」

 うわぁ……

 食堂中から、百年の恋も冷めていく音が聞こえるようだわ。

 ()乃だけにって、ことなのかしら……

「ちなみに、味はどんな?」

 その質問いる……?

「そうね……食感はエビに近いかしら」

「はぁ……エビ……」

 ……あ、エビフライやエビピラフ食べてる人が、食器を置いたわ……

「炭焼きにしたエビを、錆びた屑鉄と洗剤とゴムと腐葉土を混ぜたものにじっくり漬け込んだような……そんな味かしらね」

 うわぁ……

 無駄に具体的すぎよ……

 

『……』

 

 平然と、笑顔で答える雪乃に対して、誰も、何も言えない。

 

 ……はっ! まさか……

(ねえ、雪乃……?)

(はい)

(そういえばこの前、クロウが、その……最近、家で一匹も見掛けなくなったって言ってたけど、それってまさか……)

(ああ、はい。掃除をしていると大量に見掛けたので、全て平らげてしまいました)

(……)

(……はっ! クロウさん達の分も残しておくべきでしたか……?)

(いいえ、よくやったわ……)

(そうですか……)

(……ちなみに、先生してた時から食べてた……?)

(いえ、それが、見つけて食べようとする度、秘書に全力で制止されてしまいまして……)

 当たり前よ……

 

「ああ、あとネズミも食べるわよ。ゴキブリ以上にご馳走で……」

「あ、いえ、もういいです……」

 

 

 改めて、思い知ったわ。

 雪乃は……

 梓は、食事をしようとしない絶食家か、大きな家の頭首としての美食家かの、両極端だと思ってた。

 けど、その本質は違う。

 そのどちらにもなるずっと以前。彼は本来、サテライトで生きるために、食べられるものなら、どんなものでも口にしていた、雑食家……いいえ。

(悪食家だったのか……)

 

 ……

 …………

 ………………

 

「ふむ……昨日のがまるで嘘のようね」

 翌日、また食堂。

 今朝は、あれだけ貰っていたラブレターが、一通も下駄箱に入っていなかった。

 雪乃に話し掛けようっていう生徒もいなかったし、雪乃のことを覗きに来る生徒もいなかった。

 むしろ、同じクラスでも、彼女に近づこうとする人はいなかったくらいよ。

 まあ、昨日の衝撃映像は、昼休み中にはアカデミア全体に広まっちゃったし。

 聞くと、和総部でも、同じように距離を置かれたらしいわ。

(フォーチュンカップでの出来事と言い、人望というものは、儚いものなのですね……)

(まあ、ね……)

(しかし、肉まんの数は変わらないのはどうしてでしょう? むしろ増えておりますし……)

 雪乃の言った通り、プレゼントされた肉まんの方は、無くなるどころか増えてた。

 私も見ていたけど、昨日までプレゼントしていた人達が、友好以上に、哀れみを見せながら渡していたわ。

 まあ、雑草や、ネズミやgしか食べられなかった時代があったって話を聞いたんじゃ、無理もないわね。

 うちのパパとママも、初めてその話を聞いた時は、同じように大量の食事をご馳走していたし……

 

 まあ、とにかく、結果はどうあれ、こっちの望み通り、嫌われて、人が寄りつかなくなったわ。代わりに、ドン引きと、哀れみの視線が増えてるけど、雪乃はそんなの気にするように人じゃないし、心配は無いわね……

 

「ごちそうさま」

 

 なんて、思ってる間に、天井まで積み上がってた肉まんを全部平らげた。

 これに加えて、普通の食事まで食べてるし。

 

 なんというか……

 絶食家で、美食家で、悪食家で、そして、暴食家。

 どれが彼の、本当の食欲なのかしら……

 

「……」

 

(お姉さまかぁ……)

 

 

 




お疲れ~。
セクトの声は個人的に、若い頃の大徳寺先生の声を想像しながら読んでました、大海でございます。
まあどうでもいいや。

今更だけど、この小説に出てくる人間の悪役は、大体がリアリストです。
遊戯王の世界で生きながら、決闘ではなく、決闘以外の人間らしい合理的手段で誰かしらを貶めようとする人らです。
そういうの、この世界じゃ悪と見なされるとこあるでしょう。まあこの世界に限ったことじゃないけど。

結局のところ、いつの時代も、その時代に作られた社会の世間常識に、形や理由はどうあれ適応できない人らのことを悪人と呼ぶんだから。

まあ、そんな常識はいいか。

んじゃ、九話はこれで終わり。
次は十話。
それまで待ってて。
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