そんじゃら、準備の最終段階、始まりまっせぇ~。
てなことで、行ってらっしゃい。
視点:アキ
「ぐぅぅ……」
幸子がとどめを刺したことで、猪頭だっけ? は、両手を着いた。
「私の勝ちね」
幸子はそんな猪頭に対して、勝ち誇ってる。
「じゃあ、約束は守ってもらうわよ」
そして、そんな猪頭を尻目に、雪乃はそう言いながら、後ろに並んでる男子達の前に立った。
「うぅ……敗北した
それは私も疑問に思っていたわ。
甘味処には必要無いし、和総部にだって必要ないだろうし……
「決まっているでしょう」
そう一言だけ答えると、雪乃はその鉄板に手を添えて……
真っ黒な鉄板を引っ掴んで……
「ちょ、無理ですよ、片手どころか両手でも……」
て、男子生徒の一人が言ってる間に、鉄板は徐々にだけど、動いて、持ち上がってる。
そして、最終的には……
「うおお!?」
「すげえ! 片手で、頭の上に持ち上げてる!」
「大の男六人掛かりでやっと持ち上がるものなのに!?」
て、男子達が驚いてる間に、雪乃は、また言い出した。
「私達の出し物を壊す、こんな危険物は、こうするに決まっているでしょう」
そう言うと、そのまま持ち上げてる腕を大きく振って、頭上高く放り投げた。
「さっきは咄嗟だったから不覚にも出血しちゃったけど、本当ならこのくらい……」
そして、その鉄板へ向かって、雪乃も、上被向かってジャンプした。
「危ないからどいてなさい!」
その叫びに、その辺にいた生徒達が一斉に散らばったわ。
「なんだっけ? えっと……まあいいわ!」
なにか言ったかと思った時には、鉄板と同じ高さまで昇っていた。そして、体を大きく後ろへ逸らして……
「なんとかリベンジャー!!」
バキャアアアアアアアアアアッッッ……
雪乃の絶叫と、金属の砕ける音が、同時にアカデミアの空に響いた。
そして、粉々になった黒い鉄板と一緒に、雪乃も地面に下りてきたわ。
「火事場のクソ力ってやつね?」
ブシッ……
ポッカーン……
全員がまた、また出血した雪乃を見て、そんな顔になった。三年D組の連中も。
そんな雪乃に対して、男子生徒が一人、近づいた。
「……雪乃さん、色々違います……」
「あら? なんとかミレニアムの方だった?」
「いや、それは全然違いますけど……」
何かよく分からない会話をした時……
「またお前らか!?」
別の声が聞こえてきた。そっちを見ると、かなりの低身長の男子生徒が、数人の男女生徒を率いてやってきたわ。
「あれって確か、生徒会長の……」
「お前ら、去年も似たようなことやってたよな!? 厳重注意したのに、俺達が会議してる間にこんなことしやがって!」
「ぐぅ……」
「大体テメェら三年D組は、今年は別の出し物だったはずだろうが! それに二度と同じことはしねえって約束したから、実行委員長にしてやったんだぞ! それを、テメェら個人の都合で同じことやってんじゃねえぞ!!」
「ぬぅ……」
彼が何か言う度、その場の全員が怯んでいく。
ほとんどアカデミアにいないから、滅多に姿を見たことはなかったけど、低い身長に似合わない、すごい迫力だわ……
「テメェら! 全員たった今から停学! アカデミア学園祭に出るのも禁止! 停学中にもしアカデミアで顔を見掛けたら、その時点で退学処分だ!!」
「な、なぜ、教師でもないお前が、そんなことを決められて……」
「なんか文句あんのか?」
「ぬぅ……」
あまり見たことないけど、噂通りすごい迫力だわ。猪頭よりずっと小さいのに、そんな低い身長で、猪頭を脅して、押さえ込んでる。
一体、どんな生き方をしていたらあんなふうになるのかしら……
「分かったらさっさと帰れええええええ!!」
「……くぅっ!」
そして、猪頭は他の男子生徒達を連れて、そのまま立ち去っていった。
「……ねえ」
と、猪頭が帰ったところで、雪乃が、生徒会長に話し掛けた。
「なんだ?」
「龍牙先生の時と言い、教師も生徒も全然押さえ込めて無いじゃない。今回も、分かってたなら対策もできたはずなのに。せいとかいって組織、ちゃんと機能しているの?」
「……」
雪乃の厳しい指摘に、会長も目を伏せたわ。
「……確かにな。俺がいればもう少し対処してた自信はあるが……うちは基本、生徒の自主性に任せてるとこあるからな。それに、アカデミアはこれだけ広いんだ。生徒全員に目を光らせるってのも無理がある。どうしたって死角はできる。そこを狙って、ああいうことをされもする。悪かったとは思うが、責めるならせめて、責任者の俺だけにしてやってくんねえか?」
「別に責めはしないわよ。あなた達も必死にやってることくらい、見れば分かる。けどね、仮にも一組織をまとめるなら、きちんと責任は果たすべきだと思うわよ。果たせない責任ほど、上に立つ人間にとって無意味なものも無いんだから」
「……」
……雪乃が言うと、説得力が違うわね。私と同い年ながら、名家の元頭首だった人だし……
「……ああ。悪かった。うちの奴らにもよく言って聞かしとくよ。あと……」
「あと?」
「……そのおでこの血どうした?」
今更……?
とまあ、そんな感じで会話したところで、会長はそのまま戻っていった。
「さてと……」
おでこの血を拭き取ったところで、改めて、こっちへ戻ってきた。
「それじゃあ、うちのクラスの準備も、後は音楽だけだし。後は任せていいかしら?」
「あ、はい……」
「そういうことだからアキ、私は和総部の方へ行ってくるわ」
「分かった」
「それと……」
最後に一言付け加えた後、私の耳元に口を寄せた。
(明日の、Dホイールの本試験、頑張って下さい。私はこちらを優先せざるを終えませんが、アカデミアから応援しております)
(……ありがとう。雪乃こそ、生まれて初めての学園祭、楽しんでね)
最後にそう呟き声で会話したところで、雪乃は幸子と一緒に、文化部棟へ歩いていった。
「……なあ」
「ん?」
「あの噂って、本当なのかな?」
「なに? どの噂?」
「いや、十六夜と、雪乃さんが、デキてるって噂……」
「……そんな噂流れてんの?」
「ああ。だって、あの二人いつも一緒にいるし……」
「……でも、十六夜って彼氏いるんじゃねえの?」
「え、そうなの? 誰?」
「そこまで知らねえよ。ただ、一昨日くらいに、ローラースケート場で、男とデートしてるの見掛けたって聞いたけど」
「へぇ……」
……なんでみんな、私を見てるのかしら……
……
…………
………………
視点:外
アキと別れてから、約三時間後、二十時を回ろうかという時間帯。
「準備完了ー!」
ツァンの声が、文化部棟内に響く。
言葉の通り、明日の学園祭で行われる、和総文化部の出し物の準備が、全て完了した。
「では、もう一度おさらいします」
文化部棟にて、紫の言葉に、部員八十余名、全員が注目した。
「まず、玄関と各階に書道と華道の作品を飾りつけ。そして、一階では私とツァンさんが中心となり、教室を二つ使い、華道と茶道の体験教室を開きます。そこで、来て下さったお客様に、梓先生の華道と書道を教えるわけです。良いですね、ツァンさん」
「任せとけい!」
「続いて二階では、幸子さん。あなたを中心に、茶道の体験教室を開いていただきます。そこでお茶菓子を振る舞いつつ、梓先生から習った茶道の心得を教えて下さい」
「了解」
「そして、三階。そこでは、三つの教室に別れて、琴、三味線、そして日本舞踊です。それらの体験教室をお願いします。なお、日本舞踊教室では、各部門の楽器生演奏で教えてあげて下さい」
「分かったわ」
「はい!」
「頑張ります!」
「なお、彼女達には、午後から体育館での出し物にも参加して頂くことになっています。梓先生直伝の舞いと演奏、期待しております」
『はい!』
「ええ」
それぞれの担当を確認していきながら、誰もが頷き、自身の役割を胸に刻む。
そんな中で、一人、顔を引きつらせる者がいた。
「……なにもいちいち梓先生を強調しなくていいんじゃ……」
「なぁあにをおっしゃる!?」
雪乃の指摘に対して、紫が顔を、ズイッと近づけて言った。
「私達は全員が、梓先生の指導によって、ここまで成長できた者達です。その梓先生を強調せずして、何を強調しろと言うのですか!?」
(私が教えた後の成長は、皆さんの努力ありきだと思うけどな……)
そんな心の声は、これ以上面倒にならないよう封印しておくことにした。
「最後に確認しますが、準備は全て、抜かりはありませんね?」
「もちろん! 筆も墨汁も全部できてるよ」
「楽器も全て調整済みです」
「コンディションもばっちりよ。何なら今すぐにでも一幕、演じてあげるわ」
「茶道も準備完了。後は、お茶菓子が届くのを待つだけよ」
と、それぞれが確認を終える。
「それと、以前にも言いましたが……」
確認の後で、今度は顧問の原が、言葉を挟んだ。
「明日は、各部門の教会のお偉方もいらっしゃりますので、粗相の無いようお願いします」
「お偉方?」
「仮にも全国一位が四人いる部ですから。日本中の教会や流派の代表の方々が、有望な生徒の品定めに来るわけです」
「へえ……ん? 四人?」
原の話しに、雪乃がまた疑問の声を出す。それには、ツァンが答えた。
「そう言えば言ってなかったっけ。各部門で全国優勝したのが、僕、幸子、紫、それと、日本舞踊のランもそうなの」
「そうだったの?」
聞き返すと、ランが雪乃に向かってピースサインを掲げていた。
準備も確認も完璧。後は、ただ明日を迎えるだけ。それが分かったところで、
「ああ、雪乃さん」
紫が、雪乃に呼び掛けた。
「なに?」
「実は……」
ピピピピ……
と、突然携帯電話の音が響く。
数人の生徒がポケットか懐をまさぐる。鳴っているものの持ち主は、幸子だった。
「ちょうど連絡が来たわ」
そう言いつつ、電話に出る。
「もしもし……うん……うん……、えぇ!?」
突然大声を出し、目を見開く。
「じゃあ、今すぐ新しく注文して……はぁ!? 何とかしなしなさい!!」
その後も、怒声を張り上げながら、会話を繰り返していく。
やがて、携帯電話を切った時、その顔は蒼白に変わっていた。
「どうかした?」
誰もが言葉を失っている中で、雪乃が問い掛ける
幸子は雪乃の方を見ながら、唇を震わせつつ、
「……お茶菓子が、届かない……」
そう、どうにか声を振り絞った。
「届かないって……どういうことですか……?」
茶道の誰かが、そう尋ね返すのが聞こえた。
「その……うちの者に、お菓子が今日届くよう注文をお願いして、お金を渡しておいたんだけど……その、頼んだ人間が、お金を持ち逃げして、今どこにいるか分からないらしくて。それで、当然注文もしていないって……」
「え……」
「まずいわね」
茶道の誰かが声を出した後で、雪乃が、そう声を上げた。
「この時間だと、新しいのを買おうにも、ネオドミノシティで空いてる和菓子店は無いわね」
「……て、何でそんなこと知ってるの?」
ツァンのそんな問い掛けを無視しつつ、幸子に顔を向ける。
「今からだと、デパートを周るしか無いかしら。そのお菓子って、いくつ注文する予定だったの?」
「……
「そんなに!?」
また、ツァンが声を上げる。
ちなみに、主菓子というのは、主に濃い茶に添えられる、生菓子や、大福といった食べ応えのある菓子。干菓子は、薄い茶に添えられる、粉や砂糖でできた水分の少ない乾いた菓子のこと。
「……それだと、シティ中のデパートを周っても無理ね。茶道に使うようなお菓子となると、特に……」
「お菓子無しで、体験教室はできないのですか?」
紫の問い掛けに対して、雪乃は、冷たく返した。
「それだと、華道で自由花が無いようなものよ」
「え!?」
「……え?」
はたから聞くと、少々難しい例えで説明しながら、事の重大性を説明する。
「第一、お偉方が来るっていうのなら、お茶菓子無しじゃそれこそ話しにならないわよ」
「……じゃ、じゃあさ、取り敢えず、今のうちに集められるだけ集めてさ、明日、朝になった後、営業時間になったところでまた買いに行くっていうのは? 学園祭の最中になっちゃうけどさ……」
「それこそ無理よ」
ツァンの提案も、雪乃は冷たく切り捨てた。
「アカデミア学園祭の開始時間は?」
「えっと……十時ちょうど」
「私が知っている限り、ネオドミノシティにある和菓子店やデパートは、ほとんどが十時か十一時に開店よ」
「だったら、いいんじゃ……」
「和菓子、特に茶道で使うようなお菓子は基本的に生ものだから、冷凍はできるけど、そのままじゃ日持ちはしないの。大量注文するなら、当日に作って当日に作る場合が多い。つまり、事前に注文してない場合は、お店に並んでるものを片っ端から買っていくことになる。それでも、一軒や二軒回ったくらいで集まる量じゃないわ。それに、何件か周って必要な数を買い占めたとしても、アカデミアに届くまで間に合うかどうか……」
「間に合わないの?」
「いつ誰がライディング決闘を始めるか分からない道路で、今あるお菓子が無くなるまで、間に合うと思う?」
「あ……」
ようやく、ツァンは納得の声を上げた。
ネオドミノシティに開設されて、ライディング決闘コースの自動選択システムは、大勢の決闘者達に受け入れられた。それは、決闘が盛んなネオドミノシティにとっても受け入れられていた物だが、決闘者以外からは、通勤や送迎の邪魔にしかならない。
そのため、それを迷惑だと唱える声も、少なからず上がっていた。
その典型的な例が、皮肉にも、決闘アカデミアに身を置く彼女らに降りかかることとなった。
「……じゃあ、どうしますの……?」
「……」
ランの問い掛けに、幸子は、答えることができない。
これがギャグ小説なら、幸子や、ランといった金持ち組の財力に物を言わせる展開も考えられる。だが、現実にそんなことをしようと考える者はいない。
何より、いくら財力や権力があろうとも、和菓子のような、職人技が物を言う商品は、用意しようにも、現実的にできるものではない。
八方塞がり。
幸子らは今正に、そんな状態に陥っていた。
「……一つ、アテがあるわ」
失意の中にある幸子らに対して、声を掛けたのは、雪乃。
「アテ?」
「ええ。そうね……三時間待ってて頂戴」
それだけ言うと、雪乃は廊下を走り、窓から飛び出した。
「アテって……?」
「……ああ、節子さんですか?」
雪乃は、街を走りながら、携帯電話で会話していた。
「ええ……ええ、そうです。準備しておいて下さい。……ええ、お願いします。では、急いでそちらへ向かいます」
その言葉を最後に、携帯を切る。彼女が辿り着いたのは……
「お金!!」
『……!?』
突然の雪乃の声に、新しく赤いDホイールを組み立てていた遊星ら三人は、ビクリと体を震わせた。
「ど、どうした、雪乃……」
「私が稼いだお金は、どこに仕舞いました?」
「あぁ? それなら、その戸棚に置いてあるはずだけど……」
それを聞き、急いで戸棚を開き、そこから封筒を取り出して中身を確認する。
「……よかった。ジャックさんに使い込まれていたらどうしようかと……」
「やかましい!」
そんなジャックの声を無視しながら、雪乃はガレージを出て、走り出した。
……
…………
………………
視点:アキ
雪乃からママへ電話があった後、何だかママは慌てて準備を始めた。
私にはよく分からないけど、どうやら和菓子を作るための道具みたい。それを、台所のテーブルに並べていってる。
「これ、どうするの?」
「さあ……さっき先生から、道具をあるだけ用意しておけって、電話があって……」
その会話の直後だった。
玄関から呼び鈴が鳴って、それを聞いたママが玄関まで歩いていった。
そのしばらく後、ママと、予想した通り、雪乃が入ってきた。両手に大量の荷物を持ってね。
「どうしたの? 雪乃……」
「すみませんが、説明は作業をしながらで」
それだけ答えて、台所に立ったわ。そして、テーブルに、色々と材料やら道具やらを並べていった。
「とにかく時間がありません。今からお茶菓子を作りますので、二時間ほど台所をお借りしたい」
「お茶菓子を? どのくらい作りますの?」
白いエプロンと三角巾を身に付けながら、平然と答える。
「主菓子と干菓子を二百個ずつ、計四百個です」
「四百個!? それを、二時間でですか?」
「ご心配なく。材料を買った後もお金は余っておりますので、それで迷惑料やガス代その他はお支払いします」
「え……? いえ、その……」
相変わらず、ずれた返事を返しながら、手を動かし始めた。
「……ねえ、ママ?」
「なに?」
「私は、お菓子作りのことは全然分からないけど、お茶菓子を二時間で四百個っていうのは……」
「無理よ」
私が全部聞く前に、ママは答えたわ。
「原料を作ること自体はともかく、お茶菓子にするなら、その形を形成しなきゃいけないわ。手作業で、かなり精密な技術が必要よ。職人の人数がいるならまだしも、たった一人でなんて……」
「……」
そんな会話をしてる間にも、雪乃は手を動かし続けた。
正直、何をしてるのかの解説はできないけど、何だか柔らかそうな生地と、クッキーみたいな生地を、色別でどんどん作っていった。
「……よし」
それで、生地がある程度完成して、それをテーブルに置いたところで……
『……っ!』
そこから先は、うん……正直、見たままでしか言葉にできないけど……とにかく、早かった。
まず、クッキー生地みたいなのを、次から次へ型抜きしていった。
その後は、右手にヘラを持って、柔らかそうな生地を小さく切り取った。そして、それを左手に乗せると、右手のヘラで、形を整えていった。そして、十秒もしない間に、お花の形に形成した。
「うそ……普通、どんなに簡単でも一つ作るのに、二、三分くらい掛けて形を整えるのに……」
「すごい……」
私達が感心してる間にも、どんどん手を動かして、お菓子を作っていったわ。
「……すみませんが、お二人にお願いします」
「え?」
「できていったものを全て、何でも良いので入れ物に入れていって下さい。アカデミアまで運ばなければなりませんので」
「……え、けど、この主菓子はともかく、干菓子は固まっていないのでは?」
「上下にクッキングシートを挟んで、並べて入れていって下さい。朝には良い塩梅に固まるよう作ってあります。どんどん作りますのでどんどんお願いします」
「は、はい……」
ママは返事をした後で、奥からたくさんのタッパーを持ってきた。
そして、その中に、形を崩さないよう慎重に扱いながら、お菓子を詰めていった。
クッキー生地みたいなのは、言われた通りクッキングシートで挟んで。柔らかそうなのはそのまま。
「……」
私もママを手伝いながら、雪乃の姿を見ていた。
両手を忙しなく動かして、ただの塊でしかなかったお菓子が、ほとんど生地を手に取ると同時に、綺麗な形をしたお菓子に変わっていく。しかも、単純な形じゃなくて、とても綺麗に、且つ、美味しそうな形に仕上がっていく。
まるで機械みたいにどんどん出来上がっていってるけど、それは機械とは違って、人の手で作られたって分かる、温かみを感じる。
まるで魔法みたいに……いえ、そんな言葉で片付けちゃダメよね。
れっきとした、神掛かった、凄まじい職人芸だわ……
「すごい……」
さっきも言ったことを、また思わず口に出した。
「ええ……」
それに対して、ママが言葉を挟んできた。
「普段の、『雪乃さん』の姿からは想像できないでしょうけど……忘れてはいけないわ。例え、サテライト生まれで、辛い目に遭い続けて、学校を知らなくて、世間知らずだとしても、彼はネオドミノシティ一……いいえ、日本一、つまりは世界一の、和のスペシャリスト、『水瀬梓』先生なんだから」
「……」
言いながら見せた笑顔は、『梓先生』のことを話す時の、和総部のメンバーに似ていた。
嬉しそう、というよりも、心底誇らしげに。彼の弟子であることを、そして、彼が先生であることを、心から誇りに思ってる、そんな顔。
それを浮かべながら、また手を動かし始めた。
そして私も、梓が完成させていったお茶菓子を、タッパーに詰めていった。
そして……
「……よし。これで完成だ」
時間は、ジャスト二時間。数はとっくの昔に完成させてたけど、箱に詰めるのに思ったより時間が掛かったわ。
「後は、これをアカデミアまで運ぶだけです」
「ええ。お車を出しますわ」
「お願いできますか?」
ママは頷いて、家を出ていった。
それに続いて、私達三人で、お菓子の入ったタッパーを車に運んでいった。そして、何往復かしてお菓子を詰め込んだところで、三人して車に乗り込んだわ。
「時間は……もうすぐ十一時ですか。皆さんはもうお帰りになられたでしょうか……」
「けど、待っていろって言ったんでしょう?」
「ええ。ですが、さすがに時間が時間ですし……アキさんも、明日の試験に向けて、眠った方が良かったのでは?」
「気にしないで。むしろ仲間の手伝いができて、嬉しかったわ」
「はあ……ありがとうございます。節子さんも、ご協力感謝します」
「いいえ。気にしないで下さい。こちらこそ、久しぶりに梓先生のお菓子作りを生で見られて、とても貴重な体験をさせていただきました」
「……そうですか」
「それと、ガス代や迷惑料は結構ですわ。ガスは大して使っていませんし、迷惑だとは思っていませんし」
「そう、ですか? 分かりました……」
そんなふうに会話した所で、アカデミアが見えてきた。
視点:外
「来たわ!」
「雪乃さん!」
雪乃ら三人が、タッパーに入った和菓子を持って、アカデミアに入った時、そんな声が響いた。
「あら? みんな、本当に待っていてくれたの?」
「当たり前ですわ! 雪乃さんの言葉なら、信用できますから」
「アキさんもご一緒ですか。それが、お茶菓子ですか?」
「ええ。簡単なものしか用意できなかったけど、どうにか四百個、茶道用に出しても恥ずかしくないだけのものを用意したわ」
「……」
雪乃の言葉に、先程まで、落ち込んでいた幸子が前に出てきた。
「……ありがとう、雪乃。私のミスのせいで……」
「気にしないでちょうだい。仲間同士、助け合うのは当然だわ」
平然と答えた雪乃の姿に、幸子は、そして、他のメンバー達も、安心と、信頼と、尊敬の笑みを浮かべた。
「……これは、決まりですね」
「ええ」
「お二人がそれで良いなら……」
雪乃と、幸子の後ろで、紫とラン、そして、顧問である麗華が、そんなやり取りをしていた。
そして、茶道の生徒達に茶菓子を手渡す雪乃らに近づき、
「雪乃さん」
雪乃に呼び掛けた。
「なに?」
雪乃が返事をしたところで、紫が、言葉を掛ける。
「我々、和総文化部の、部長になって下さいませんか?」
「……ぶちょう?」
その提案に、雪乃は疑問符を浮かべ、アキと節子は、目を見開き驚愕した。
「……え? 部長って……紫かランじゃなかったの?」
「ええ。和総部が二つに別れていた時はそうでしたが、一つになった後は、明確には決定されていなかったのよ」
「それで、長いこと決まっていなかったので、誰にするかずっと話し合っていたのですが……これで、はっきりと決めることができました」
アキの質問に対して、二人は、満面の笑みで答えた。
「でも……なんで、アメリカから転校してきた雪乃に……?」
「だって、和総部を一つにした張本人ですし……」
「どの部門でも卒なくこなすことができるし……」
そんな答えに対して、アキはただ、言葉を失うだけだった。
「どうですか? 雪乃さん……」
「……ぶちょう……」
三人のやり取りを聞きながら、雪乃は、その提案の意味するところを考えていた。
(ぶちょう……ああ、部長さんね)
「えっと……つまり、自衛隊とか鎧武者に扮装して、『紫のバカはどこだー!』とかって言えばいいの?」
「……そんな、警察官じゃあるまいに……」
雪乃の、『部長』という言葉に対する認識を目の当たりにしたところで、サクラとメイが声を掛けた。
「つまり、なんていうか……そう、部のメンバーをまとめたり、部の方針を決定したり……」
「これからの活動を指揮したり、顧問の先生の手伝いや、その言葉をみんなに伝えたり……そういう役割ですわ」
「……ああ、なんだ。それなら私の一番得意な仕事じゃない。いいわよ。部長、任された」
『えぇ!?』
「やった!」
「雪乃さんなら文句なしね!」
アキと節子の声が重なったのを無視した時には、和総部員達は顔を見合わせ、喜びを露わにしていた。
(ちょ! 雪乃……!)
(はい)
(部長って、どういう立場か分かって言ってるの?)
(雑用の下働きでしょう? 部をまとめたり方針を決めるとは、そういうことでしょう? 目立たなくてよろしいではありませんか)
(うあぁー! こんちくしょー!!)
「これからよろしくお願いします! 和総部部長!」
「任せなさい。和総部の雑用や事務仕事、全部私が請け負ったわ!」
「……あら? 部長って、そういうお仕事でしたっけ?」
こうして、学園祭開始から、約十一時間前。
和総部の危機の脱却と同時に、ずっと決まっていなかったという『和総文化部』部長が、新たに誕生した瞬間だった。
「学園祭が終わったら、そのことでもお祝いをしましょう」
「新たな部長の就任祝いね」
「お祝い? それなら今やればいいじゃない。丁度良いわ」
彼女らの話しに対して、雪乃が、何やらポケットに手を突っ込みつつ、話した。
「ちょうどいい?」
「ええ。実はここに来る途中に、何匹か見つけて捕まえていたのよ」
「捕まえた?」
「それって、まさか……」
その場の誰もが、その顔を真っ青に染めていく。
そして、そんな彼女らの、ある意味期待に応えるように、雪乃が取り出した両手の上に乗せられていた物は……
「ひぃ!!」
「いいぃ!?」
……敢えて、言葉にすまい。
『きゃあああああああああああああああああああ!!』
『いやあああああああああああああああああああ!!』
『ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』
アカデミアの外にも届くほどの、阿鼻叫喚を轟かせながら、逃げ回る女子生徒達。
そんな彼女らの後ろに立つ、雪乃の手からボトボトと落ちた、足下には、黒光りするそれが大量に歩いていた。おまけに、今回はその中にネズミ色まで混ざっているのだから、余計に恐怖だったろう。
「やっぱやめにしない? 彼女を部長にするの」
「私も、その方が良い気がして参りました……」
「……お二人で、よく話し合って決めて下さい」
逃げ回りながら、ラン、紫、原の三人が、そう会話していた。
「この悪食が……この悪食さえ無ければ……」
「うぅ……将来、彼に恋人ができたら、大変でしょうね……」
同じく逃げ回りながら、アキと節子がそうやり取りしていた。
「……あら? みんな食べないの?」
雪乃は一人、逃げ回る彼女らを見ながら、そんな、ずれた言葉を発しているだけだった。
「勿体ない……急いでいたとはいえ、食べておくんだった……」
その後、解散し、雪乃が家へ帰った後で、アキや節子から、『部長』という役職の本来の意味を聞いたところで、激しい後悔に苛まれることになるのは、また別の話しである。
お疲れ~。
こんなオチで大丈夫かな? まあいいや。
さ~て、部長さんになっちゃって、目立つこと必至な雪乃はどうなっちまうかいの~?
ま、見守ることにしましょうや。
おまけ
死にたくなければ黙って食え!
全てはただ生きるために。
藤原雪乃(水瀬梓)の”生”のフルコース。
・前菜
『落ち葉と雑草の手当たりしだい盛り』
~毒草注意~
・スープ
『海水』
~都会の濁りと共に~
・副菜
『ゴキブリの踊り食い』
~くず鉄畑でつかまえて~
・メインディッシュ
『新鮮なネズミ』
~チューイ! 速攻で食べなきゃ鼠咬症~
・サラダ
『お天道様の気まぐれサラダ』
~要するにただの雪~
・デザート
『男達の欲望』
~白濁にまみれて呑み込んで~
・ドリンク
『泥水』
~時間を置いていただくと、沈殿でより美味しくいただけます~
※なお、再現の際には、胃薬を用意することをお勧めします。
お腹の弱い方にはお勧めできません。
また、衛生面、健康面、味の保証は一切致しかねます。
んじゃ、そういうことで、次話で学園祭やるから、それまで待ってて。