遊戯王5D's ~剣纏う花~   作:大海

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いよぁあ~い。
つ~ことで、学園祭編、は~じま~るよ~。

そんじゃ、行ってらっしゃい。



第十一話 開催、祭の熱気は雪をも熱す!

視点:外

 

 その日の天気は、あいにくの曇り空だった。

 雨こそ降っていないが、所により降水もあると、天気予報は話していた。

 それでも、祭というものは誰もが期待し、熱気を集めるものだ。

 そして、その学校で行われる祭においては、その学校の関係者のみならず、学校へ向かうゲスト達もまた、期待と興奮を露わにしていた。

 

 

(さあて……今日の客は学生どもか……)

 彼の美声を聞いた者は、総じてこう言った感想を述べたという。

 

 A君「もー、絶対聞きにいくー」

 B君(あの後、三日間放心しました……)

 C君「ぐお~~~~、やめないでくで~~~~」

 

(高校の時にハマっとったロックに嫌気が差して、それでも歌うのが好きだったから、ロックとは真逆のオペラの道へ、ほとんど思いつきで走ってみたが……まさか、ここまで上り詰めることになるとは思わんかったのぉ……)

 そんなことを考えながら、ホテルの窓から、自身の生まれ故郷を見下ろした。

「誰だろうが、『聖なる百曲メドレー』で全員ナマ殺しよ」

 

 

(堂実野町……いや、今はネオドミノシティだったか。アメリカに移住してから何年ぶりだ……)

 運転する車の窓から街を眺めつつ、彼もまた、郷愁と、これから始まる祭に期待を寄せる。

 どれだけ長く離れていても、やはり、故郷というものは、誰の心にも愛おしさが残っているものだ。

 そして、そんな街を眺めつつ、それでも、新たな決意を胸に秘める。

(だが、まだこのまま帰ってくるわけにはいかねえ。まだダンサーとして、全米ランキング三位でしかねえからな。俺が帰ってくるのは、上にいる二人を倒して、全米一位、そして、世界一位になった時だぜ……)

 もちろん、容易なことではない。一生掛かっても実現不可能な夢かもしれない。

 だが、困難な山ほど登山家にとって、その頂への好奇心と、探究心、そして、闘志を刺激するものだ。

 彼もまた、そんな二人の存在を胸に刻みながら、ダンサーという、彼にとっての頂を目指しながら、今はただ、目の前の郷愁と、学生達への期待に応えるという、いつも感じる使命感に燃えていた。

(まずは、決闘アカデミアの学生達。そして、待ってろよ! 必ず追い抜いてやるぜ。ダンサーからスーパーモデル、んでまたダンサーと変わりつつ、それでも抜群の色気とダンステクニックで全米中から賞賛を受ける、全米一位『アイリーン・ラオ』。そして、ミュージカル界で今やその名を知らぬ者は無い、全米二位……)

 かつて、自身のダンスを信じられなくなり、荒れていた頃、そんな自分に、挑み続けることの意義と意味を説いてくれた、恩人と呼べる少女。

 今や、全米二位に君臨する女性の顔と、言葉を胸に刻みながら、車のアクセルを踏んだ。

 

 

「いやぁ、本当に久しぶりだなぁ……」

 アクション俳優として、アメリカに渡る以前とは様変わりした街を闊歩しながら、目元の眼鏡を直す。

 ゼロリバースが起きる遥か以前、高校生だった彼は、今とは比べものにならないほど弱々しく、気も小さく、ただ、漫画の中のアメコミヒーローに憧れて、その力に酔いしれていた。

 そして、現実の痛みを知り、無力さを痛感し、それでも、勇気を奮うことを諦めず、それを、受け止めてくれる友人達に恵まれた。

 そんな彼は、弱い自分を変えようと、自身の肉体を鍛えた。

 元々、病気がちで両親からも心配されるほどに貧弱な肉体を、鍛え直すことは容易ではなかった。それでも、訓練による苦痛以上に、弱いままでいることの方が、彼にとっては耐え難い苦痛だった。

 その思いを胸に、鍛え続けた結果、彼の肉体は日に日に変化していった。

 貧弱で細身だった肉体には、筋肉が目立つようになり、同年代と比べても低身だった身長は、成長期を過ぎたにも関わらず伸び始め、結果、病気すら克服し、誰にも、弱いなどと言わせないほどに成長した。

 そんな彼が、次に見た夢が、幼い頃から憧れて続けた、ヒーローになること。

 そのために選んだ進路が、アクション俳優への道だった。

 無論、体を鍛えたからと、簡単に通用する世界ではなかった。それでも、諦めず挑戦を続け、長く辛い下積み時代を耐え、やがて渡米。

 トレーニングを続け、肉体労働で日銭を稼ぎ、オーディションを受け続け、受かった落ちたの繰り返しの毎日。

 途中、日本でゼロリバースが起きたことで、故郷に帰ろうかと考えたこともあった。しかし、両親の無事を確認し、その両親から、帰る必要は無いと釘を刺された。そして、長年自分を支えてくれた両親のためにもと、在米し続けた。

 そして、努力が功を奏し、オーディションに受かる回数が増え、端役が定位置だったにも関わらず、やがて主要人物を演じる機会が増え、そして遂に、主人公を演じた。

 しかもそれは、幼い頃から特に大好きだったヒーローだった。

 これが運命か。そう感じずにはいられなかった。

 もちろん、運命という言葉で簡単にまとめたくはない。

 それでも、病弱だった自分を、幼い頃から励まし続けてくれた。学生時代に、自分の弱さを気付かせてくれた。そして、友のために、変わることのキッカケとなった。

 これだけのことが続いて、偶然、でまとめることも、またできなかった。

 もっとも、運命だろうが偶然だろうが、どちらでも構わない。

 自分は今、弱かったあの頃から様変わりした。

 この街も、ゼロリバースをキッカケに様変わりした。

 住人も、昔に比べてだいぶ変わったことだろう。

 そして、ただ一つ変わらないのが、自分には、期待され、その強さを待っている人達に応える義務がある。

 ただ弱く、憧れ以外に何も無かったあの頃とは違う。今や、この僕こそが、世界中に希望を与えるヒーローなのだから。

 今回は単純にトークゲストだと聞いているが、それでも、彼らが僕の強さを求めてくれるなら、僕はそれに応えよう。

 昔の僕がそうされたように。

 そして、今もどこかにいる、僕を助けてくれた、大切な友人に届くように……

「“I'm ZOMBIRE(私はゾンバイアだ).”……ふふ」

 

 

 そして、彼ら三人に限らず、道行く人々が、華やかに飾られたアカデミアを見ながら、これから始まるであろう祭に、期待や興奮、好奇心、興味を懐いていた。

 

「……? あれは……」

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:雪乃

 さて……

 朝のほーむるーむを終え、クラスの準備を済ませたところで、文化部棟の方へと歩いております。

 それにしても、まさか、部長さんというのは、てっきり雑用係の下働きかと思っていたら、まさか、部活内の生徒をまとめる長であったとは……

(やってもうた……)

 何度そう思っても、既に遅すぎます。

 既に原先生からも、そうなるように届出されたそうですし。

 困りましたねぇ……

 

「あ、雪乃さん」

 

 と、考えている間に、到着しました。

 文化部棟の、三階。そこに、全員が集合しております。いつもの六人、そして、その前に、残りの和総部員全員。

 

「さあ、今日は我々、和総部初の文化祭の出し物、張り切って行きましょう!」

 

『はい!』

 

 と、全員が一斉に返事をしたところで、

「それでは、部長。部員達に向かって、激励をお願いします」

「……へ?」

 突然、そんなことを言われ、前に立たされた。

 六人の間の、中心。そこに立ち、視線が一斉に私に集まりました。

「あ~……」

 こんな時、何を言えばいいのだ?

 単純に、頑張りましょう、とか?

 頑張ると言えば、アキさんの本試験は始まりましたでしょうか?

 アキさんは無事、Dホイールの免許を習得できますでしょうか?

 ライセンスとの漫才を成功させられるのか……

 ……などと、彼女らを見ながら、思考が大きく脱線してしまいましたが、改めて、言葉を探します。

「えっと……そうね。じゃあ……」

 取り敢えず、思いついた言葉を言うことにしました。

 

「原のバカはどこだー!? あのバカはどこにいるー!!」

 

『だから警察官じゃないって!!』

 姿の見えない原先生のことを思い浮かべながら言うと、一斉に指摘されました。

 ふむ、やはり違うか……

 

「私を呼びましたか?」

 

 と、考えていると、廊下の向こうから、緑の髪と、光る眼鏡が見えました。

「いいえ、なんにもないわ、ええ……」

 そう、手を振りつつ、必死に否定しておきます。

 こんなことで怒る人ではありませんが、さすがに罵倒したなどとは言えませんから。

「……? まあいいです。雪乃さん、あなたにお客様ですよ」

「お客様?」

「校門前の甘味処の、看板やお品書きの字を書いた人に会いたいと言われて……」

 と、聞き返すと同時に、原先生の後ろから、一人の男性が現れました。

 茶色の着物姿の男性です。

(あれ? 協会のお偉いさん、もう来たのかな……)

(にしても、早すぎません……ん?)

 茶道や書道のお偉方が来るとは言われていましたので、皆さんそう思ったようです。ただ、それにしても早いですよね。

 

「あ、どうも……」

「……」

「……」

「……」

 

「……」

「……」

 

「見つけたぞ!! このクソ野郎!!」

 

 その人は突然、私に掴み掛かりました。

 

「え? ちょ……」

「いきなり、何して……」

 

 ドッ

 

「ちょ!」

「いきなり、なに殴ってるんですか……?」

 

 ドッ

 ドッ

 

 皆さんの声にも構わず、その人は、私の顔を、何度も殴り続けます。

 

「人を呼んで……ひっ!」

 

「……ちっ」

 顔を殴られ、尻餅を着いた直後、悲鳴の聞こえた方を見ると、そこには、黒いスーツと、サングラスを身に付けた、ガタイの良い男性が五人、廊下を塞ぐように立っておりました。

 下へ降りる手段は、あの向こうにある階段のみ。

 それを見て、思わず舌打ちが出てしまった。

 

「どこ見てんだ? あぁ!?」

 と、そちらを見ていた間に、両手で制服を掴まれました。

「おい!」

 そして、後ろにいた黒服が三人、私の前まで歩いてきて、両側から、制服を掴み……

「オラ!」

 

 ビリビリビリッッ

 

「ちょ!」

「なにを……!」

 

 

 

視点:外

 

「やっぱりな……」

 

 雪乃の制服を引き裂いた男は、勝ち誇ったように微笑み、声を出した。

 制服の下から現れたのは、艶やかな白い肌と、ブラジャーも着けていない、慎ましいほどに平らな胸元。

 そして、女子としてはあまりに不自然な膨らみを見せる、黒色のスパッツだった。

 

「……え?」

「雪乃さん、それ……」

 

 和総部の誰もが、そこに注目し、言葉を失っている中、

「こんな所に隠れてやがったとはなぁ……」

 男は、微笑みながら、そう言葉を続ける。その微笑みは、見られたものではないほどの邪気が含まれた、異様としか言いようがない、邪悪な笑みだった。

「この半年間、テメェのことずっと探してたんだよ。あれだけ強えお前のことだから、とっくにネオドミノシティから逃げ出してるかもしれねえって思ってたんだがなぁ……それでもまだいるかもってずっと探してたんだ。それがまさか、よりによって、こんなクソ目立つ学校で生徒のフリして、それも、女に化けてやがったとはなぁ……」

 

「え、ちょっと……」

「さっきから、何の話を……」

 

 既に、理解が追い付いていない生徒達を無視しながら……

 

「学校は楽しかったかよ、え? 生まれてから一度も行ったことの無え学校は楽しかったか? ああ!?」

 

「クソ野郎の水瀬梓よぉお!!」

 

『……』

「……え?」

 

 それは、この場にいる生徒、教師の誰もが、日常的に聞き続けてきた名前だった。

 同時に、この場には全く似つかわしくない、現実味の無い名前でもあった。

「……」

 その名前を聞いた後も、雪乃は、破けた制服姿で、俯き、座り込んでいるだけ。

「テメェの書いた字は昔っから散々見てきたからなぁ。一目で分かったぜ……」

 男はただ、邪悪な声を上げるだけ。

「分かってんだろう? 俺達は……てか、俺はなあ、怒ってるんだよ。テメェによぉ……」

 怒っている、そう言った通り、微笑む顔を限界まで引きつらせ、額には、血管をピクピクと浮かべ、目は、真っ赤に充血している。

「テメェがいなくなった後、水瀬家がどうなったか知ってるか?」

 その声は、今にも爆発しそうなほどに震えていた。

「あれだけ繁栄してた水瀬家はよぉ、テメェがいなくなった途端、あっさり周りの信用失っちまってよぉ、水瀬家が経営してた事業が一度に傾いて、端から順に簡単に潰れていった。そのせいで、水瀬家のほとんどは破産して路頭に迷うか、どこかへ夜逃げしちまったよぉ。テメェの代わりに頭首を襲名した俺自身もなぁ、結構な借金背負っちまってよぉ! 代々受け継いできた土地とか山とかも全部売っ払っちまってよぉ! それでも借金は残っててよぉ! もう水瀬家には、俺しか残ってなくてよぉ!!」

 声がどんどん、大きくなっていきながら、最後には大声で、

「全部テメェのせいだ!!」

 絶叫しながら、雪乃(・・)の顔面に蹴りを入れた。

「テメェが水瀬家に来たから、全部おかしくなっちまったんだよぉ!! サテライトのクズ野郎の分際で、拾われたくらいで一丁前に頭首になんざ納まりやがって!! テメェが頭首になって好き勝手したせいでな、テメェにしか興味ない奴らは水瀬家からも興味を失せちまった!! 分かるか!? 全部、テメェのせいだ!! テメェが頭首になったのが悪いんだ!! テメェが!! 水瀬家を潰したんだ!!」

 

「……」

 

 男が言っている間も、雪乃は、無言でいた。

 

「え……え……?」

「うそ……え……?」

 

 未だ、状況に追いついていない女子生徒達は、ただ、雪乃を見ているしかなかった。

 そして、曇り空を見せる窓の外から、小さく、雨音が聞こえてきた時……

 

「……」

 

「それがどうしたというのです?」

 

『……!?』

 雪乃が立ち上がりながら発した言葉に、生徒が、教師が、一斉に衝撃を受けた。

 言葉の内容にではない。言葉を発した声が、いつも聞いていた、雪乃とは変わっていた。

 毎日聞き続けてきた、友人の声ではなくなり、かつて、日常的に聞き続け、耳に沁みついた、今日までずっと求め続けてきた、その人の声だったから。

 

「あ? それがどうしただ?」

「まったく……アキさんからお借りした制服を、こんなにボロボロにして……」

「おい! 無視してんじゃねえ! こっちを見ろやぁ!!」

 制服を気にする雪乃に叫びながら、再び男が、その拳を振った。

 それは再び、雪乃の顔面に食い込んだ。しかし、それで雪乃が反応することは、もはや無かった。

「……!」

 殴られながら、平然と冷たい視線を向ける雪乃に怯みながら、男は、一歩下がる。

「私のせいで、水瀬家が没落した……それがどうしたというのですか?」

「なにをぉ……!?」

 怯んでいる男を見下しながら、続けた。

「私は既に、頭首の座は愚か、水瀬の人間ですらなくなっているはずだ。つまり、今の私には、水瀬家がどうなろうが知ったことではない。私が消えた後の水瀬家をどうするかは、次期頭首であるあなたの手腕に懸かっていたはずだ。それが振るわなかったというだけのことで、原因を先代頭首になすりつけるのは、責任逃れでしかないと思いますが?」

 彼の言葉に、混乱の極致にあった和総部のメンバーには、徐々に、確信が宿っていった。

 その声と、態度、そして、今まで気付くことの無かった、圧倒的な存在感。

 これは、あの人以外に考えられない、と……

「なんだとぉ……頭首として散々水瀬家を引っ掻き回しておいて、何だその言いぐさはぁ!? テメェが長年続いてきた水瀬家を、テメェありきの家に変えちまったんだろうが!! 悪いのはテメェだろうが!! 開き直ってんじゃねえ!! 俺達の水瀬家を、潰したのはテメェだろうがクソ野郎!! テメェはあれだけ世話になった水瀬家がブッ潰れて、良心の呵責(かしゃく)はねえのか!? ああん!?」

「……この際、はっきり言っておきましょうか?」

 ひたすら怒声を撒き散らす男に対して、雪乃はあくまで、冷たい言葉を返した。

「私は少なくとも、水瀬家のために行動したことはありません。まして、あなた方のために行動したことなど、ただの一度もありません」

「はぁ!?」

 冷たい声のまま、自身の考えを言い放った。

「私はただ、私のことを拾って下さった父の御為、動き続けてきただけです。それが、結果的に水瀬家の発展につながった。それだけのことです」

「は……?」

「むしろ、その過程で、頭首が途中交代した程度で、簡単に没落してしまうほど、貧弱な家に育てた覚えは無いのですがね」

「……はぁあ……?」

「もっとも、自身の失敗を、人のせいにするしか能の無い人間が、頭首となったのなら、それも致し方ないことなのでしょうが……」

「……」

 冷たい言葉を発しながら、先程の雪乃のように、男は、その顔を伏せた。

「いずれにせよ、既に父のいない水瀬家になど、何の興味も、感傷もありません。あなた方にどんな不幸が降りかかりどんな末路を辿ろうと、罪悪感も後悔も一切感じません。分かったなら、学園祭が始まる前にお引き取り願いた……」

 

 ドッ

 

 言い切る前に、また、その顔に拳が突き立てられた。

 もちろん、雪乃はびくともしなかった。

「……け……なよ……」

 しかし、異変は、男の方に起きていた。

「ふ……んなよ……」

 体中を震わせ、声を震わせ、やがて、男の中で、何かが切れる音を、その場の全員が聞いた。

 

「ふざっけんじゃねええええ!! このゴミクズ野郎がああああああああああ!!」

 

 今までで最大音量の声で絶叫した。それに呼応するように、小雨が降り続く外からは、雷鳴が轟き始めた。

「テメェだけは、絶対ぇに許さねぇ……テメェも、テメェの存在も! テメェが教室で育ててきた生徒全部! 絶対ぇに許さねえ!!」

 最後の言葉は、その場の女子達を見渡しながら叫んだ。それに、彼女らが怯んだのを見て、

蛭谷(ひるたに)! 名蜘蛛(なぐも)! ジロウ!!」

 先程、雪乃の制服を引き裂いた、三人の黒服に呼び掛けた。

「俺が許す。今すぐここにいる女共、一人残らず犯せ」

 

『……っ!?』

 

昇太郎(しょうたろう)蠍屋(さそりや)は誰も逃げないようその道塞いでろ。なぁに、心配しなくとも、途中で交代させてやるよ」

 その言葉に、黒服の全員の顔に、醜い笑みが浮かんだ。

 五人が五人とも、舌なめずりをし、脅える女子生徒達を、値踏みするように見回した。

 

「くくく……いい眺めだぜ、こりゃあ。お前らの中に、俺のを突き立ててやるよ。俺専用だって旗印代わりにな」

「ほらほら、ガードした方がいいんじゃねえの? これからお前達、俺のルールに従ってもらうぜぇ……」

「ふふ……血が騒ぐぜ。今夜だけは、女郎蜘蛛のジロウに戻るかねぇ……」

 

「こりゃあ……プレミア腕時計よりもそそるぜ……」

「レア物スニーカー以上にもなぁ……」

 

 歪んだ笑みで、そんなことを言う男達に対して、女子生徒達は、直前までの衝撃も忘れ、脅えることしかできなかった。

「言っとくが、俺は何も悪くねえ。悪いのはそこにいる、元頭首で、お前達の先生してたクソ野郎だ。恨むんなら、そいつを恨めよなぁ。お前達が、そいつの生徒になったのが悪いんだからなさ。俺のことは、一切恨むなよなぁ……」

 そう言った彼の目は焦点が定まっておらず、口は半開き、唾液が滴り、完全に正気を失っていた。

 そして、そんな狂った顔のまま、叫んだ。

 

「さあ犯れ!! 終わった後は水瀬家の力でいくらでも揉み消せるんだからなあ!! あははははははは!!」

 

 そして、三人の男が一斉に動き出し、女子達は一斉に逃げ出そうと動いた……

 

 ……――――――……

 

『……』

 それは、誰の目にも映らなかった。

 気付いた瞬間には、黒服五人と、叫んでいた和服の男。

 彼らが一人残らず、その場に倒れ、意識を失っていた。

 

「まったく……」

 

 雪乃……彼は、その場から、一歩も動いていない。少なくとも、彼女らの目には、間違いなくそう映っていた。

 それでも、やったのが彼であることは、誰もが確信していた。

 経験で、知っていた。

 

「家を没落させておいて……まして、これだけのことを揉み消すことなど、仮に私がいたとしてもできるわけがないでしょう。私はやりませんが……」

 

 男に近づき、見下しながら、変わらぬ冷たい声で、言い放った。

 その後、誰もが言葉を失っている中で、黒服の中でも最も体格の小さな男に近づいた。

 そこで、ダメになった制服を全て脱ぎ、靴も、靴下も脱いでしまった。

 そして、足下の男から服を剥ぎ取り、スパッツ一枚のその上に、白のワイシャツを羽織った。

「さすがに大きいですね……」

 本人の言う通り、いくら黒服の中で小さいと言っても、彼に比べれば、遥かにでかい。そのため、裾も袖も長く、裾は太ももどころかひざまで届き、袖は指先全てを隠しても有り余っている。

「まあ、無いよりはマシか……」

 そんなことをぼやきながらボタンを閉めた後、制服のブレザー、スカート、ワイシャツ、靴下、全てをその場に、綺麗に畳み、その横に革靴を置いた。そして、ツインテールを縛っていたゴムを取り去り、目に指を触れると、赤く光るコンタクトレンズを抜き取った。

 

「皆さん」

 

『はい!』

 

 生徒、顧問、全員の声が唱和する。

 同時に全員が、自身の行動に驚愕した。

 それはかつて、自分達が通っていた教室で、恩師からの呼び掛けに返事をした時と、全く同じ反応だった。

 

「既に過去とは言え、身内が大変な失礼を働きました。彼らはこのまま、セキュリティに突き出して下さい。彼らに同情の余地はありません。慈悲を与える必要もありません」

 

『……』

 

「それと、もはや使い物にならないでしょうが、どうかこの服を、十六夜アキさんに届けていただきたい」

 

『……』

 

「どうか、よろしくお願いします」

 

 誰もが呆然とし、言葉を失っている中で、彼は、廊下の奥の、窓へ、真っ直ぐ歩いていった。

 そして、そこを開き、足を掛けようとした……

 

「待って!」

 

「……」

 

「くだ、さい……」

 声を上げたのは、ランだった。

 彼は、紫色の長い前髪に目を隠しながら、彼女の方へと、振り向いた。

「あなた……あなた、は、本当に……せ……せん、せい……?」

 

「……」

 

 それ以上は、言葉にできないようだった。

 ただ、彼を見ながら、追いつかない理解のまま、どうにか言葉を振り絞った。そんなふうだった。

 そして、それが分かったから、彼は、安心させるために、笑みを浮かべた。

 

「私は既に、あなた方の先生ではない」

 

 そして、直前とは打って変わり、優しい声色に変わり、彼女らと向き合う。

 

「そして同時に……藤原雪乃は、既におりません」

 

『……』

 

 目の前で置きた現実を、ありのまま言葉にする。

 そして、その優しい言葉は、全てを受け入れられそうなほどに柔らかく、耳に、胸に、心地良く……

 

「ただ……少なくとも、藤原雪乃にとって、あなた方と共にあった、この一ヵ月という期間は、決して偽物ではない、充実した毎日でした」

 

 その声は明らかに、彼女らに対して、惜しむ感情だった。

 たった今、その身に巻き起こる、別れの瞬間に対して……

 

「もし、あなた方さえ許してくれるなら……時々は、藤原雪乃のことを、思い出してあげて下さい」

 

『……!』

 その瞬間見えた、彼女らを映した、大きな黒い瞳。それを見て、全員、未だ信じられずにいた真実を、ようやく認識できた。

 彼女、と、思っていた、彼の、本当の名前……

 

「皆さん」

 

 そしてまた、その顔で、今まで見てきた姿勢を作って、彼女らと向かい合い、その声で、言葉を紡いだ。

 

「今日まで、藤原雪乃が、大変お世話になりました。本当に、ありがとうございました……どうか、お元気で」

 

 その時に見せた笑顔は、彼がずっと見せてきた笑顔、そのままだった。

 そして、その笑顔を最後に、再び開いた窓に、足を掛けていた。

 その足に力を込め、大き過ぎるワイシャツ一枚の体全体を、窓の外へ躍らせる。

 

「梓先生!!」

 

 再びランが、先程は言えなかった、彼の名前を叫んだ。同時に、全員が一斉に、彼が出ていった窓へと走った。

 その瞬間……

 

 ピカァッ!!

 ゴロゴロゴロ……

 

 ザァァァァァァァァァ……

 ザァァァァァァァァァ……

 ザァァァァァァァァァ……

 

 まるで、彼が出ていくのを待ちわびていたかのように、大人しくしていた空が、雷光を煌めかせ、雷鳴を轟かせ、豪雨を叩きつけた。窓の外を見た時には、彼は既に、その雨の中に消えていた。

 開いた窓からは、大量の雨が吹き込んでいた。

 ランを始め、窓まで近づいていた生徒達が、その雨に濡れた。

 飾ってあった習字や生け花にも、雨が降りかかり、染みを作っている。

 それでも彼女らは、窓を閉じることができずにいた。

 ただ、ずっと待ち続けてきたはずの男の消失に対して、沈黙という停滞以外の、全ての行動が取れなくなっていた。

 

 

 その後、彼に言われた通り通報し、大雨の中駆けつけたセキュリティにより、六人の男は逮捕され、護送されていった。その際、着物の男が、「俺は水瀬家頭首だぞ!」と、白目を向きながら叫ぶ様は、ただただ無様だった。

 そんな事件や、降りしきる豪雨のせいで、開催が危ぶまれていた学園祭だったが、一時間後にはその雨も止み、それまでの雨や曇り空が嘘のように、晴れ渡った快晴の中、無事に開催された。

 スペシャルゲストを招いての催しも、大盛況のうちに幕を下ろした。

 そして、女子生徒一人の突然の失踪や、大量のゴキブリやネズミの目撃情報といったアクシデントにも敗けることなく、甘味処も、和総部の催しや出し物も、訪れた客やお偉方を満足させられる、大成功を収めた。

 ただ、その際、和総部の作品や、出されたお茶菓子を食したお偉方が、

 

「この花は……」

「この字は……」

「この味は……」

 

『梓さんのものか?』

 

 揃ってそんなことを言い、騒ぎになりかけたこと以外は、何の問題も無かった。

 

 そして、十六夜アキのDホイール本試験も、無事に合格し、アキは晴れてDホイーラーの仲間入りを果たしたらしい。

 

 

 しかし、彼女達にとっては、そんな諸々のことは全て、どうでもいい事柄と化していた。

 どんなに美しい雪も、降り積もれば、必ず雪融けの時は来る。

 祭という、最高の熱気に包まれた場なら、雪融けが早まるのもまた、必然だったのかもしれない。

 それでも、少女達にとってのそれは、あまりにも唐突過ぎた。

 そして、あまりに唐突に融け、水となった、愛し続けた雪の下から現れたのは、彼女らが長い間探し求め、待ち続け、雪以上に愛した、美しい花だった。

 それを目の当たりにした少女達は、何もできなくなった。

 何もできないまま、花が何処かへ飛んでいくことを、無言のまま眺めるしかなかった。

 

 雪は融け、水となり、隠されていた花は顔を出した。

 そして、今はまた何処かへ消え、誰の目にも届かない場所へ、その身を隠す。

 誰かがまた、彷徨う花を見つけてくれるか、再び別の姿を得、別の者として顔を出す、その時まで……

 

 

 

 第四部 完

 

 

 

 




お疲れ様~。

雪~が~融けて 水~に~なって 流れていきます~

てか?

つ~わけで、学園祭編でした~(続くとは言ってない……)。

ちなみにどうでもいいだろうけど、今回登場した黒服五人組、蠍屋以外は四人ともアニメに出てたりします。

さてさて~、和総部に存在が知られて、雪乃でなくなった梓は、どうなることやらのぉ。
まあ、どうなっていくか、興味があったら待っていてくんなさい。

てなわけで、次話まで待っててね。
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