遊戯王5D's ~剣纏う花~   作:大海

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ど~も~。
ほんじゃあ、第五部いきま~すら~。
行ってらっしゃい。



第五部 波
第一話 雪融けののち


視点:雪乃

 

「……」

 

 いつもの通り目を覚まし、ソファの上に眠っていた体を起こす。顔を洗った後は、制服に着替え、髪を結び、両目にカラーコンタクトを入れる。

「……よし」

 鏡を見て自分の姿を確認し、問題が無いと分かったところで、下へ降ります。

 

「おはようございます」

 

「おはよう。雪乃」

 

 返事に答えたのは、遊星さんでした。

「遊星さん、また徹夜ですか?」

「ああ。まあな……」

 やれやれ……研究熱心であることを悪いとは言いませんが、もう少しご自愛した方が絶対に良いでしょうに。

 ……まあ、今に始まったことではないとは言え……

 

「……おはよう、梓」

 

 と、後ろから、私の本名を呼ぶ声が聞こえました。クロウさんが、目を擦りながら降りてきていました。

「あらクロウさん、もう起きられたのですか?」

「おお……」

 

「……クロウ、雪乃の本名は呼ぶな」

 

 と、奥からジャックさんも現れました。今日は二人とも早いですね。

「すぐに朝食を作りますね」

「ああ。いつも済まない」

「悪いな、雪乃」

「うむ……久々に早く起きたせいか、腹が減った」

「お前なぁ、飯食うくらいなら働けよな」

「ふんっ、俺に合った仕事があればな」

「まだそんなこと言うのか!?」

「やる気か貴様!?」

「落ち着いて下さい」

 二人の襟首を掴み、引き離します。

「これ以上喧嘩するようなら、二人とも朝食は抜きですよ」

『……』

「済まない」

「悪かった」

「ふふ……」

 最後に遊星さんの笑いが聞こえたところで、私は朝食を作りました。

 

 

「では、行って参ります」

 三人に挨拶をして、今日もアカデミアへ。

 朝の空気は良い。とても爽やかな気分にしてくれる。今日もまた、良き日和になってくれることを感じさせてくれる清々しさがあります。

 と、そんなものを感じていると、目の前に、見知った人達の姿。

「おはよう。紫、ツァン、幸子」

 

「ああ、雪乃さん。おはようございます」

「おっはよー、雪乃」

「おはよう」

 

 藤原雪乃として挨拶をし、三人ともそれに応えてくれた。

 

「おはよう雪乃」

『おはようございまーす』

 

 すると、後ろからも声が聞こえてきました。

「おはよう。ラン、メイ、サクラ」

 いつもと同じ、和総部の主力メンバーの皆さんです。

 

「さあ! 今日も和総部の活動に精を出しましょう!」

 紫さんが、皆さんにそう声を上げます。

「精を出すって、ほとんどお喋りばかりでしょう?」

「当然です! 梓先生の尊さを皆さんで確認し合い、そして喜び合う。これこそが、私共の真の活動なのです!」

「そうそう。やっぱ梓先生の偉大さの話ししなきゃ、和総部じゃないよ」

「ええ。梓先生の話のない和総部なんて、存在する意味は99パーセント無いわよ」

「あー、そうなの……」

 この人達の信仰心は、一生消えない気がします……

「ええ。私達も同じよ。梓先生の魅力を語り合って、全員が悦び合う。和総部はそうあってこそだわ」

『ね~////』

「ハハハハハハ……」

 この人達の恋慕も、一生消えないのだろうか……

 

 ガシッ……

 

 と、考えていた所で、両腕を掴まれました。

「さて、早く行きましょう」

「今日も楽しく、部活動ー」

「行こう行こう」

「さあ、我が和総部へ!」

『しゅっぱーつ!』

「……」

 腕を引かれながら、六人と並んで文化部棟へ走っていく。

 今日もいつもと同じ、平和な日が始まります。

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:梓

 

 ピカァッ!!

 ゴロゴロゴロ……

 

 ザァァァァァァァァァ……

 ザァァァァァァァァァ……

 ザァァァァァァァァァ……

 

「……」

 

 目を覚ますと同時に、耳には雷鳴が、肌には、水の感触を感じた。

「……遊星さん……? 紫さん……? ラン、さん……?」

 体を起こすと、そこはソファでも、ガレージでも無い。

 上を見上げれば、黒雲に覆われた灰色の空。下を見ると、巨大なネオドミノシティの街々。

(……ああ、そうだった)

 そこでようやく、思い出した。

 決闘アカデミアから逃げて数日。昨日もいつもと同じように、街を適当に飛び回った後で、適当な寝床としてビルの屋上へ昇り、一晩だけ借りていたのだった。

 天気予報が無いため、今日が雨だとは知らなかった。もっとも、雨の中で眠った程度で風邪を引くくらいなら、幼い頃にとっくに野垂れ死んでいますが……

「……さすがに、汚いか……」

 服装は、アカデミアから逃げた時からずっと同じ。黒のスパッツの上に、大き過ぎるワイシャツを一枚着ただけ。二週間前は普通に白かったそれが、今では黄色と灰色に変色していて、所々カビも生えている。

 天気を問わず、洗濯もせず、二週間着続けてきたのだから、当然でしょうね。

 体も髪も、雨でも降っていなければ洗いもしないので、体中が汚れている。紫色のままの髪の毛も、油にまみれ、ボサボサに跳ね、捻れている。

「……まあ、どうでもいいか……」

 そう。服装など、汚れなど、今となっては全て、どうでもいい。

 あの頃と同じ。どうせ、誰も見向きもしない。

 自分は今、サテライトにいた頃に戻っている。それだけだ。

「……とは言え……」

 そう思いながらも、思い出すのは、直前に見た夢のこと。

 生涯の中で、一番楽しいと思えた時期でした。

 大勢の仲間達に囲まれながら、同い年の友達と戯れ、触れ合い、笑い合った、そんな、青春と呼べる日々。

 自分には無縁であると、生まれた瞬間から決まっていたはずのそんな日々……

「……下らない」

 なにが青春か。夢でもそうだった。青春を謳歌していたのは、『藤原雪乃』だ。

 『水瀬梓』ではない。まあ、変装していたのだから、当然ではあるが……

「……まあいい……」

 考えるのも、思い出すのも、今となっては無益な労力に過ぎない。

 考えるべきことは、あの頃と同じだ。

 どこを歩き、どこで眠り、どこで食料を得るか、それだけ。

 そして現在はそのうちの、『食料』を考える必要が無くなった。それだけ。

「とにかく、ここから離れるか……」

 昼か夜か……それ以上の感覚が失せたので、今日が何曜日かは知りません。ですが、仮に平日とすれば、ここも見つかるかもしれない。そうなる前に、移動しなければ……

「面倒なことだ……」

 サテライトでなら、基本的に、いつ、どこで、誰と寝ても、文句は言われなかったのですがね……

 

 

「……今日もか……」

 大雨の中、正面の光景を見ながら、そう声が出た。

 このネオドミノシティから外に出るための、出入口。

 私の知る限りの場所を周っては、そこにいるセキュリティの人間を見て、溜め息が出る。

 本当なら、今頃ネオドミノシティから遠く離れて、どこかの山奥にでも籠もって、静かな余生を過ごすところですが……どうやら今日も、それは叶いそうにない。

 サテライトと一つになった時点で、多少はそういった警備も緩くなったと聞いてはおりましたが、ここは別なのか、それとも、私の存在が知れたことで、再び捜索が強まったのか……

 いずれにせよ、彼らがいる限り、私はこの街から永久に出られない。

 彼らを排除することは簡単だ。ですが、そうなれば結局のところ、彼らに私の存在を知らしめる。そうなると、余計に面倒なことになりそうだ。

 何より、彼らを傷つける理由など無いのだから……

 

「……」

 振り返りながら、ネオドミノシティを見渡す。

「……」

 正直に言えば、この街から出られないと分かった時、何となく、安心した自分がいた。

 この街には既に、簡単には切り捨てられないほどの思い出が詰まっている。

 良いことも。悪いことも。苦しかったことも。楽しかったことも。大変だったことも。友人のことも。父のことも……

 

「もういいだろうっ!!」

 

 ピカァッ!!

 ゴロゴロゴロ……

 

 思わず、大声に出てしまった。

 思い出……経験……

 そんな物、抱いたところで、何の価値も無い物ばかりだった。

 所詮私は、ゴミとして捨てられた、ゴミでしかない。

 たまたまそれが、人の姿をしていたというだけだ。

 そんなゴミがそんなものを経験したところで……

「……くそっ」

 捨てようと思っているのに……

 無駄だと分かっているのに……

 ゴミに価値など皆無なのに……

 何もしていなくとも、何度も思い出してしまう。楽しかった、幸せだった、そう思える思い出の数々が。

 そんなもの、私が感じていても、仕方がないことなのに……

「……戻ろう。今日の寝床を探さなくては……」

 これ以上は、余計なことをどんどん考えてしまいそうになる。だから、必要なことを考えるべきだ。

 誰にも見つからない場所……

 サテライトは、マーサさんや遊星さん達もいるだろうから、やはり今日も、どこかの高層ビルの、屋上が良い。

 壊れていて、そのまま放置されている、人が来そうにない廃ビルが望ましいが……

 

 ブロロロロ……

 

「……ん?」

 と、考えていると、車の音が聞こえた。

 黒い、おそらくは高級車ですね。それが目の前に停まって、ドアが開く。

 

「いたぞ!」

「水瀬梓だ!」

 

「なっ、黒服……!?」

 出てきたのは、黒いスーツと、サングラスを掛けた、ガタイの良い男二人。

 それが、懐から携帯電話を取り出して、なにやら連絡を取っている。

「まさか、水瀬家の残党……?」

 あり得ない……

 犯罪者や、社会不適合者を募っては、安く雇っただけの荒くれ者達に、そんな殊勝な忠誠心を持った人間がいるなど……

 

「そこにいろ!」

 

「……!」

 考えている場合ではなかった。

 彼らは私を見ながら、ジリジリ近づいてきている……

「……冗談ではない。セキュリティならいざ知らず、よりによって、あなた方になど……」

 捕まってたまるか……

 

「あ!」

「逃げたぞ!!」

 

 何か聞こえた気がしましたが、この際どうでもいい。

 とにかく、彼らから遠くへ。

 シティ内の、どこでも良い。とにかく、人がおらず、捕まる心配の無い場所へ……

 

 キキーッ

 

「いたぞ!」

「こっちだ!」

 

「ぐぅ……!」

 また黒服が……

 すぐに方向転換をします……

 

 キキーッ

 キキーッ

 

「動くな!」

「大人しくしろ!」

 

「誰が……っ」

 もう面倒だ。車にそのまま走ります。

 

「うお!」

「跳んだ!?」

 

 車程度、跳び越えることはわけない。

 このまま逃げます……

 

 キキキーッ

 

「……え!?」

 今度は、D・ホイールが目の前に停まった。

 車と同じく、黒色……いや、赤色か。

 白のライディングスーツと、白のヘルメット。そして、金色の長い髪。

 女性か……?

「……くぅ!」

 そんなことはどうでもいい。この人も黒服達の仲間なら、逃げるだけ……

 

「待って!!」

 

「……っ!」

 聞き覚えのある声が聞こえた。後ろの、D・ホイールからです。

「……ラン、さん……?」

 振り返りながら、思い浮かんだ名前を呼んでみる。

 彼女は、D・ホイールから降りて、ヘルメットを取りました。

 

「梓先生……」

 

 ああ……やっぱり、『小早川ラン』さんだ。

 彼女は、取り去ったヘルメットをその場に捨てて、泣きそうな顔で私に向かって走ってきた。

 そして、私に引っ付いて、両手を背中に回しました。

 

「会いたかった……」

「……」

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:外

 それからの梓は、無抵抗のままランに従った。

 梓を捕獲しようとしていた黒服達は、ランが梓捜索のために差し向けた者達らしい。

 その黒服達と共に車に乗せられ、車の前を、ランがD・ホイールで奔る。

 到着したのは、トップスでは珍しくない豪邸。

 そこで下りた後、玄関の前に立つメイド達に率いられ、風呂に入れられ、体から、髪から、念入りに洗われた(その際、数人のメイドが鼻血を出して倒れた。彼女らいわく、「白くて細くて綺麗で……すごく……大っきかったです……」らしい)。

 風呂から出て、体を拭いた後は、バスローブを羽織らされ、ドレスに着替えていたランに手を引かれるまま奥へと歩いていく。

 そして、一際大きなドアの前に立った。

 

 ガチャリ……

 

「……ああ! 梓先生!」

「本当に、梓先生?」

「先生!」

「先生!」

 

「み、皆さん……?」

 家財やベッドの置かれた、それなりの広さを要するその部屋には、梓が記憶するかぎり、アカデミアの学生服姿の生徒と、教師である原麗華を含む、和総部の人間全員が集結していた。

 

『……』

 

 だが、ほとんどの者達が名前を呼んだところで、それ以上はない。ただ目を見開き、呆然とし、硬直している。

 長い時間待ち望んでいたはずの梓を前にしながらも、学園祭の日と同じく、いざ目の前にして、何もできない。

「……」

 

 パチッ

 

『……!』

 そんな彼女達を見ながら、梓が両手を鳴らす。一斉に全員の意識が、混乱ではなく、再び梓に向けられた。

「それでは、まずは挨拶から」

 両手の平を合わせたまま、笑顔でそんな言葉を言う。それは、彼女達が教室へ通っていた際、始まる前に必ず耳にしてきた、最初の言葉だった。

「おはようございます。皆さん」

 

『おはようございます!』

 

 ほとんど反射的に、彼女らも挨拶を返していた。

 同時に、混乱と困惑に囚われていた意識が、完全に覚めたのを全員が感じる。

 目の前の、恩師との再会による、歓喜と共に。

 

「先生……」

 

 声を出したのは、紫だった。

 そしてまた、口々に梓の名前を呼びながら、梓に駆け寄った。

「皆さん。あの後は、大丈夫でしたか?」

 目の前まで近づかれた梓が、最初に発した質問がそれだった。

「あ、はい……あの後、言われた通りにセキュリティに通報して、逮捕してもらいました」

「誰もおケガはしませんでしたか?」

「はい……」

「そうですか」

 答えを聞いたと同時に、梓は胸を撫で下ろし、大きく息を吐いた。

「あの時、彼らの息の音を止めておくべきだったのではないか、それだけが不安でした……」

「息の音、ですか……」

「はい」

 眩しいほどの満面の笑みで、怖ろしいことを口走る彼の姿に、彼女達は軽く戦慄を覚える。だが同時に、そんな小さな戦慄が、梓を前にしての緊張を解いてくれたのを感じた。

 

「……けど、正直まだ信じらんないよね」

 梓をベッドに座らせて、その周囲を囲んだ彼女達の内、そう言葉を切りだしたのは、ツァンである。

「信じられない、とは?」

「いや、その……梓先生が、ずっと、その……雪乃、だったっていうのは……」

 その答えに、誰もがうんうんと頷く。淑やかで上品な梓しか知らない彼女達にとって、艶やかでいかがわしい藤原雪乃の姿は、真逆にもほどがある。

 いくら目の前で起きた現実とは言え、あまりに現実味の無い真実だった。

「……」

 そんな彼女達の様子を見ながら、梓は、口元に小さな笑みを浮かべる。そして、そんなことを言ったツァンの隣に座り、その肩に手を回した。

「え……?」

「そんなに信じられないのなら、何度でも雪乃になってあげられるわよ……」

 耳元に口を近づけ、言葉を発する。声も、口調も、態度も、立居振舞も、更には顔まで、黒いままの瞳以外の全てが、梓から、雪乃に変化していた。

「あ……いや、その……////」

「それとも……やはりこちらの方が良いでしょうか?」

「おわっ!」

 そしてまた、急激な変化に驚愕の声を上げる。色っぽい雪乃から、上品な梓へ。誰の目や耳にも明らかな変化に、ツァンも、他のメンバー達も、目を見開いた。

「これで信じていただけましたか?」

「あ、あはは……」

「もっとも……」

 梓は語り掛けたところで、途端に悲しい表情を見せた。

「見ての通り、あなた方が友人になって下さった、藤原雪乃は、どこにもいなくなってしまいましたが……」

 いなくなってしまった女性のことと、それを求めてくれた者達への申し訳ない気持ちから、声を、表情を沈ませる。

「本当は、正体がばれる危険性を少しでも避けるために、あなた方とのお付き合いも控えるつもりでいました。けど、ダメだと思いながらも……嬉しかった。今まで、ほとんどできたことの無い同年代の友人達に囲まれて、過ごす日常が楽しくて、気が付いた時には、あなた方全員と、友情を交わすほどの関係となっていた」

 悲しみに苛まれながら、懺悔の言葉を、彼女達に語っていく。

「友人に囲まれたことも初めてなら、友情というものを感じたこともまた、初めてでした。心から安心し、気の許せる方々と言葉を交わし、時に苦難を乗り越えて、共に歩んでいく。藤原雪乃の身にありながら、それが心地良くて、こうなった時のことも考えず、あなた方との関わりを求めてしまっていました……」

 

『……』

 

「改めて、あなた方をずっと騙していたこと……そして、あなた方から、大切な友人を奪ってしまったことを、心より、お詫び申し上げます」

 最後には、正座で彼女らと向かい合いながら、両手の平を着き、体を傾けて、額を床にこすり付けた。

 

『……』

 

 なんて美しいのだろう。

 

 梓の、謝罪の土下座という光景を目の当たりにして、彼女達はそう感じた。

 彼の姿勢、動作、振る舞い、性格、真心。ただでさえ美しい彼が持つ、思いと誠意という、美しさの全てが詰まった、洗練されたその姿に、一斉に言葉を失う。

 どちらかと言えば、情けなくて、笑われる姿勢である、土下座という動作が、これほどまでに美しい動作だったのか。彼を見た全員が、そう感じた。

 この数分の間、彼女達は何度も思った。

 この人は、間違いなく梓だと。そしてある意味、彼でしかあり得ないその美しい瞬間が、彼女達が最も強い確信を得た瞬間だった。

 

「あ、そんな……」

「そんなこと……」

 

 しばらくその姿に気を取られながらも、やがて正気に戻り、一気に動揺が広がる。それを感じながら、それでも梓は、頭を上げることはしなかった。

 大切な人間が、目の前からいなくなること。その辛さは、誰よりも知っている。

 その辛さを、いくら自身のこととは言え、大切な生徒達に味わわせた。そのことへの謝罪もなく、ただ言いたいお礼だけを言った後は、そのまま逃げ出してしまっていた。

 今思えば、どれだけ勝手なことをしたことか。だからこその土下座だった。

 

「せ、先生、頭を上げて、下さい……」

 

 誰かがそう言い、口々に同じことを言う。

 罪悪感に苛まれ続けながら、それでも、彼女らと向かい合うために、顔を上げる。

 

「……確かに、藤原雪乃さんがいてくれたから、私達も、楽しかったです。そんな彼女が突然いなくなったことは、正直、悲しく思います……」

 

 紫が哀しげな顔で、そう言った。

 

「……けど、それでも僕らは、雪乃からもらった物、忘れないよ。バラバラだった僕らの心を一つにしてくれて、弱かった僕らの心を強くしてくれたこと。凄く感謝してる」

 

 ツァンが、笑顔を見せながら言った。

 

「例え本人にしてみれば、不本意なことだったとしても、そうやって救われたから、私達の今がある。梓先生の元に集まった私達全員に、必要なことを教えてくれた。そんな、藤原雪乃に出会えたこと、感謝しているわ」

 

 幸子も同じく、笑顔で語った。

 

「どんなに弱いと思っていた自分でも、変わっていくことができる。梓先生から教えて頂いたことを、雪乃さんからも学びました」

「そして、その教えを、私達は決して忘れません。梓先生がくれた優しさも、雪乃さんから受けた強さも、私達にとって、大切な宝物です」

 

 メイとサクラもまた、感謝を込めて、梓に笑い掛ける。

「皆さん……」

 そして全員が、梓の前に座り、梓と同じように、正座に座った。

 そして、両手を着き、梓を見た。

 

「藤原雪乃さん」

『今日までたくさんの思い出を、ありがとうございました』

 

 全員の声が唱和する。

 それは、藤原雪乃と言う、存在しない少女への、感謝の気持ち。そして、彼女への、正真正銘の別れの言葉でもあった。

「……」

 梓もまた、かつて、自分の代わりに、自分として生きてきた少女に対し、思いを馳せる。

 

(藤原雪乃さん……ありがとうございます。私に、こんな素敵な友人達との、素晴らしい時間を与えてくれて……)

 

 心の中で、梓が、藤原雪乃に対して礼を尽くした時……

 梓の中で、藤原雪乃が、笑いながら手を振り、去っていく様が見えた気がした。

 

「……それにしても……」

 誰かが声を上げ、梓を含む、全員の視線がそちらへ集まった。

「……梓先生が変装してた、雪乃って、その……どうして、ああいうキャラ、だったんでしょうか……?」

 かなり聞き辛そうな質問だったが、誰もが同意を示していた。

 最初、意味を理解しかねていたが、すぐに、かつて明日香達からされた質問と同じだと理解した。

「どうもこうも、女性を演じる上で参考になりそうな本を購入して、それに従った結果、ああなったとしか言えませんね」

「本……ちなみにそれは、どんな本だったんですか?」

「……確か、題名が……」

 梓は振り返る仕草を見せて、その本のタイトルを思い出した。

「『欲求不満な人妻達へ。この会話術で男を堕とせ! あなたに熱い夜をお届けする、女のセック……』」

 

『うわあああああああああああああああああああ!!』

 

 その光景に、梓は既視感を感じつつ、それ以上の発言ができなくなった。

「梓先生! なんて本読んでるんですか!?」

「……ああ、すみません……」

 謝罪の言葉に、全員が胸を撫で下ろす。

「熱い夜を、お届けする、ではなく、約束する、でした。『欲求不満な……」

「ああー!! 言わなくていいです!!」

「梓先生! その本に書かれていること、どういう内容か分かっているのですか!?」

「いいえ」

 平然と、梓は返事をした。

「アキさん達にも言われましたが、人妻というのは、要するに奥さんのことでしょう? それの会話術というから、女性の会話術ではないのですか?」

「……いや、まあ、それは間違ってはいませんが……」

「ただ……私が教室を開いていた時、時々指導が終わった後の生徒の女性から、そこに書かれているような言葉を掛けられてお誘いを受けたことはありましたね。まあ、意味が分かりませんでしたし、予定が立て込んでいましたから、全て断ってきましたが」

『長時間労働万歳……』

「ではなく、そんな本に書かれていた言葉は、今すぐやめて下さい!」

「そうです! それ以上は、梓先生のコケンに関わりますわ! お願いだからやめて!」

「……言われるまでもなく、藤原雪乃がいなくなった時点で、私がこの口調を話す必要は無くなりましたから。もう言いませんよ」

『ほ……』

 梓の発言に、また全員が、胸を撫で下ろした。

 

「それで、その……」

 と、梓が雪乃の姿へ思いを馳せていた時、ランが声を出した。

「はい……」

「その……梓、先生は……これから、どうなさるのですか?」

「……」

 その質問に対しても、梓は普通に答える。

「どうもこうも、今日までと変わりません。ネオドミノシティを走り回って、どこかのビルの屋上でもお借りして眠ります」

 

『……』

 

 平然と答えたそんな答えに、彼女らは全員、言葉を失った。

「えっと……住むところとか、無いんですか?」

 そんな指摘に対して、梓は首を傾げた。

「住む場所などどこにでもありますよ。サテライトにいた時と同じです。人通りの少ない場所であれば、どこででも眠ることはできますから」

 

『……』

 

 彼にとっては普通なのであろう、平然と語られた、あまりに突拍子もない話に、全員が言葉を失った……その時だった。

 部屋のドアが開き、メイドが一人、入ってきた。

「ランお嬢様、お客様です」

「お客? 悪いけど帰ってもらって……」

「水瀬梓さんに、ご用があると……」

「……ああ。分かったわ。すぐに通して」

 ランが了承したことに、その場の全員の視線が彼女に集まる。

 そのしばらく後で、再びドアが開いた。

「こちらへどうぞ」

 ドアが開き、そこに入ってきたのは……

 

「梓?」

「……おお、アキさん。お久しぶりです」

「お久しぶり……じゃないわよ! 散々心配掛けて!!」

 アキは絶叫しながら、梓に迫った。

「え……心配、して下さったのですか?」

「当たり前よ! 私達仲間でしょう!? いくら正体がばれたからって、何も言わずに消えちゃって、私達がどれだけ心配したと思ってるのよ!?」

「仲間……私が?」

「そうよ。あなた、自分でみんなの仲間になりたいって言ったの、忘れたの?」

「えっと……」

 と、梓が答えに詰まった時だった。

 

 グッ……

 

「へ?」

 梓に迫っていたアキの両肩に、ランと、紫の腕が乗せられる。

「アキさ~ん……」

「少々よろしいでしょうか……」

 声は静かであるものの、その目には光が無く、目の前のアキを威圧し、逆らうことは許さないと、無言で語っていた。

「え……? え……?」

 そしてそのまま、二人に引っ張られる形で、三人は部屋の外へと行ってしまった。

 

「……はて? あの三人はどうされたのでしょう?」

 

『……』

 

 分かっていない梓を見ながら、他のメンバーもまた、紫と、ランと同じ気持ちだった。

 

 

 ドンッ

「アキさん」

「はい……!」

 紫に壁ドンされながら、顔をズイッと近づけられる。アキは戦慄を覚えながらも、返事を返す。

「知っておりましたの? 藤原雪乃さんの正体が、水瀬梓先生だったという事実……」

 その形相は、下手なごまかしは通じないことを物語っている。なので、正直に答えた。

「知ってた、も、なにも……彼を雪乃に変装させたの、私達だし……」

「え……?」

「ていうか、梓が雪乃でいる間、寝泊まりは私の仲間の家だったし……金銭面でお世話してたのは、うちの両親だし……」

「ま、まさか、アキさんのお宅に……」

「ま、まあ、何度か泊まったことあるわよ。うちのママも、梓の生徒だったから……」

 それを言った時、紫もランも、拳を握った。

「梓先生を……お泊めに……」

「羨まし過ぎる……」

「あ、あははは……」

 二人の様子に、思わず苦笑が漏れた。

 二人とも拳を握りながら、歯を食い縛り、目をカッと見開き、血走らせている。怒りと嫉妬が総身から溢れ、目の前の、アキに対して、明確な殺意を向けている。

「あぁあぁあぁあぁ……」

 そんな二人の握られた拳が、徐々に上がっていった。アキが、襲い来る痛みを覚悟し、思わず目を閉じた……その時、

 

 ガッ

 ガッ

 

『はっ……!』

 

 アキが再び目を開いた時、そこには、両手で二人の拳を握る、梓がいた。

「あ、梓……」

「お二人とも……」

 アキの呼び掛けには答えず、ランと紫に語り掛けていた。

「私の恩人に向かって、一体何をする気でしょう……?」

 顔は笑っている。だがその目は、二人と同じように、カッと見開かれ、血走らせている。

 恩人に対して手を上げようとする二人に対しての、明確な殺意がそこにはあった。

「あ、いや、その……」

「これは、えっと……」

「はーいー?」

 顔をズイッと近づけられる。いつもなら、その美しい顔に見惚れているところだった。しかし今は、目の前の殺意に対しての、恐怖しか無かった。

「こんなふうに拳を握って、拳を握った腕を上げて、私の恩人を、どうしようとしたのでしょうかぁ……?」

 見ると、開いたままのドアから覗く生徒達全員が、二人と同じく恐怖を宿していた。

 

「梓、落ち着いて。私は大丈夫だから」

 今にもキレそうになっている梓に対し、アキがそうたしなめる。

「……そうですか」

 それに安心したようで、梓も、二人から手を引いた

 

『……』

 

「なにか?」

 未だに視線を送っている二人に対し、梓が尋ねた、

「……その、これだけは聞いてもいいでしょうか……?」

 そう不安な声を出すランに対して、梓は顔を向けた。

「なんでしょう?」

「えっと……」

 かなり言い辛そうに、しかし、それでも知りたいがため、意を決し、二人を見た。

「あの……アカデミア内で囁かれている、あの噂は、まさか本当だったのでしょうか……?」

「噂?」

 聞き返したのは、アキである。

「その……アキさんと……雪乃さんが、デキている、という噂です……」

 

『……』

 

「はぁ!?」

「なにが、できているのですか?」

 ランの問い掛けに、アキは大声を上げ、梓は、その質問の意味を理解できていなかった。

「誰が言ったのよ!? そんなわけないでしょう!! 私が雪乃と、ていうか、梓とって、なにがどうしてそうなるのよ!!」

「だって、いつも一緒にいましたし……」

「ベタベタくっついて耳打ちしたりしてましたし……」

「梓の正体がばれないようそばにいただけでしょう!? それがどうして私と梓がデキてるってことになるわけ!? あるかー!! そんなことー!!」

 

「……できてる? なにが?」

 一人、大声を絶叫しているアキを尻目に、その質問を理解していない梓は、一人首を傾げていた。

「つまりですね……」

 そんな梓に対して、部屋から出てきた原麗華先生が、耳打ちした。

「……私が、アキさんと、恋愛関係……?」

 梓が聞き返し、その場の誰もが、梓に視線を集中させた。

「まさか。誰が言ったのですか? あり得ませんよ、そんなこと」

 その言葉で、アキを含む、その場の全員が安堵の息を吐いた。

 

「アキさんには既に、不動遊星さんという素敵な殿方がおりますので、私が立ち入る余地などありませんよ」

 

「ブッ……!!」

 梓が何気なく、笑いながら言った一言に、ホッとしていたアキが、今度は吹き出した。

「不動遊星、さん……?」

「それって、あのフォーチュンカップで優勝した?」

 紫とランは、そう聞き返していた。

「な、な、な、な、な、な……////」

 そして、アキは、真っ赤になりながら、声を発していた。

「どうしました? アキさん……?」

「な、な、な、な、な、な……////」

「な?」

 

「なぁーに言ってんのよ!! バカ梓!!」

 

 ガンッ

 

『ああ!』

「……なぜ殴られるのでしょう……?」

「アキさん……あなたという人は……」

「一度ならず二度までも……」

「え……いや、その……」

「私の恩人になにか……?」

「え、いえ、それは……」

「だって……梓先生が殴られて……」

「お気になさらず。よくあることです」

「よくある!?」

「ですって!?」

「ひぃ……!」

「なんですか……?」

『ひぃ……!』

 

「……まだ続くかな?」

「さぁ……」

 梓と、アキと、紫とラン達の喧噪に、部屋の中で待つ和総部の面々は、そんな疑問を抱いていた。

 

 

 

 




お疲れ~。
あっさり見つかった梓だけれども、どうなっていくことかの~。
まあ、続きは次話まで待っておいておくれや。
てなわけで、ちょっと待ってて。
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