遊戯王5D's ~剣纏う花~   作:大海

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はぁ~い。
ほんじゃら、後半いくでよ~。
行ってらっしゃい。



第一話 雪融けののち ~告白~

視点:アキ

「はい」

 とりあえず部屋に戻った後は、荷物の中から梓に渡すものを取り出して、手渡した。

「これは……」

「梓のデッキよ。制服と一緒に置いていってたでしょう。それに、あなたが使ってた、調整用のカードも全部、持ってきてあげたわ」

 あの日、最終試験決闘が終わって、ライセンスを得る諸々の手続きとかした後、まだ時間があったから、夕方くらいから学園祭に参加した。

 そこで、甘味処に行ったら、雪乃がいなくなったこと。そして、和総部の方へ行ってみたら、学園祭が始まる直前に、雪乃が、梓に戻って、制服を残して消えたこと、全部聞かされた。

 そして、渡された制服には、渡しておいたお財布や携帯電話はもちろん、大切なはずのデッキまで入ったままになっていた。

「……残しておいて下さったのですか?」

「当然よ。まったく、ご丁寧に、デッキケースにこんなものまで入れて……」

 そう言いながら、デッキケースから取り出したのは、一枚の紙きれ。そこには……

「お金に変えて下さい……」

 和総部の誰かが読んでくれたわ。

「あなたねぇ、決闘者にとって、デッキは命より大切なものでしょう? 違う?」

「それは……もちろん、そう、ですが……」

 指摘すると、梓は悲しそうな顔になって、目を逸らしたわ。

「……もう、私には必要ないだろうと、思いましたし……二度と決闘をすることも無いと、思っておりましたし……それに……」

「それに?」

「……見たことも無いカードが何枚かある、ということでしたので、それをお金に変えて下されば、今までお世話になった分のお金にはなるか、と、思いまして……」

 ……まったく、この子はこれだから……

「梓」

「はい……」

「いい加減、そんなふうに、なんでも金銭で解決しようとする感覚、直した方がいいわよ」

「はぁ……」

 私が言うと、梓は曖昧な声を出しただけだった。

「そりゃあ、梓の気持ちは分かるし、考え方はしっかりしてて、立派だと思うわ。けど、少なくとも私や、ここにいるみんなは、お金が目的であなたを助けたわけじゃないのよ」

 そう話すと、私以外の面々も、うんうん、と頷いたわ。

「少なくとも私達は、あなたを助けることに、こっちから一方的にお金を掛ける価値があるって思ったから、勝手に助けただけ。どれだけお金を掛けたかなんて、あなたが気にする必要は無いの。悪いとは思うかもしれないけど、少しは無償の奉仕っていうものを、受け入れなさい」

「……」

 そこまで言っても、梓はよく分かってないみたい。

「先生、私達全員、同じ気持ちです」

 と、黙っていたランが、声を掛けた。

「少なくとも私達全員、梓先生からは、お金にはとても変えられない、たくさんの恩を頂きました。そんな私達は、お金や恩義のために、決闘を捨てる姿を見たくありません。梓先生は、とても優れた決闘者なんです。先生は、自由に決闘をするべき、だと、思います」

「……」

 物凄く真剣な表情。そしてそれは、和総部のメンバーも同じだわ。梓のことを、先生として、そして、決闘者として、本当に尊敬している。そういう顔をしてる。

「決闘だけではありません。梓先生は……雪乃さんであった時のように、もっと、自分がしたいことをするべきだと思います」

「……私の、したいこと、ですか……?」

「そうです。先生ではなく、水瀬梓さんが、今一番したいことは、なんですか?」

「……」

 その質問に、少し考えた後、梓は、

「……とりあえず……」

 はっきりと、こう答えたわ。

 

「……この紫色の髪を、元の黒色に戻したいです……」

 

 

 その願いは、すぐに叶えられた。

 ランの屋敷で、専属で働いてるっていうスタイリストさんにお願いして、紫色に染めた梓の黒髪を、あっという間に元の黒色に染め上げてくれた。

 おまけに、二週間でボロボロになった髪の毛も綺麗に整えてくれて、今まで雑誌やテレビで見た通りの、すごく綺麗な髪に戻った。

 梓は深くお礼してたけど、切ってくれたスタイリストの女性は、梓以上に大喜びして、切った後はサインをねだってた。どうやらこの人も、ずっと梓のファンだったみたい。

 彼女いわく、

「こんなに綺麗な髪質は見たことが無い」

 らしいわ……羨ましい……

 

 これで見た目は、完璧に元通り。

 その後は……

「梓先生、これを」

「……はい?」

 紫が突然、荷物の中から何かを取り出して、梓に手渡した。

「ぜひ、受け取って下さい」

「……」

 梓は少し戸惑いながらだけど、風呂敷に包まれたそれを受け取った。それを開いてみると……

「……あら」

「え? これって……」

 中身は、紫色の着物だった。

「梓先生が着ていた物と、全く同じものを用意致しました」

「全く同じ……」

「はい。教室で一度、お召し物をどこで作られておられるかお聞きしましたでしょう? そのお店で、梓先生が着ている物と、同じ生地、同じ大きさを、完璧に再現しております」

 そう胸を張りながら、嬉しそうに言ったわ。

「その時知りましたが、梓先生は、あまり値段の高いものを着られないのですね」

 ……え? そうなの?

「ええ、まあ……あれだけたくさんの教室を開くためには、切り詰めるべき部分は、切り詰める必要があったので。着物はいつも、色以外は値段を見て決めておりましたから」

 やだ……しっかりしてるわ、この子……

「……え、でも、いくら安いと言っても、それなりのお値段がしたのでは……?」

「どうかお気になさらず」

 紫も、それ以上は言わせなかったわ。

「こんな着物一着で、今までの恩義が返せるだなんて思えません。それでも、今の私にできる、精一杯の感謝の気持ちです。お金のことならお気になさらず、どうか、受け取って下さい」

「……」

 梓は言葉を失っていたけど、また、着物を見て……

「……ありがとう、ございます」

 そう、頭を下げてお礼した。

 

「私からはこれを」

 今度は幸子が声を出した。

「ぜひ、受け取って下さい」

 そう、両手に持って差し出してきたのは……

「……カード?」

 梓はその一枚のカードを受け取って、その絵を見てみた。

「……え? いや、ダメですよ! こんな高額なレアカード……!」

 えぇ……? そんなに取り乱すほど高いカード渡したの? 一体何のカード?

「遠慮なさらず。あと三枚持っていますので」

「三枚……というか、なぜ、私にこのカードを?」

「私が決闘でこのカードを使った時の反応を見て、このカードが好きなのかと感じまして。だから、実を言うと、いつかは藤原雪乃に渡そうと思っていたのです」

「……」

 ……なるほど、あのカードね。確かに、強力なレアカードではある。梓も、カードショップで何度か見掛けては気にしていたから。

 ただまあ、高額とは言っても、値段はこの着物の一割もしないとは思うけど……

「……本当に、よろしいのですか?」

 ……あ、食いついた……

「はい。ぜひ、使って下さい。決闘者として」

「……ありがとうございます。大切に、使わせていただきます……」

 

『……////』

 

 わあ……

 すごく、綺麗な、感謝の笑顔だわ……

 

「梓先生!!////」

「わ!」

 と、いきなりランが、梓に抱き着いた。

「あー!//// もう我慢できません!//// 梓先生可愛い!//// 梓先生美しい!//// 梓先生愛おしい~~~~~~!!////」

 顔を真っ赤にしながら、梓に頬擦りしてる。

 ここまであまり喋らなかったけど、ひょっとして、ずっと我慢してたのかしら……

「ちょ! ランさんズルい!」

「いくらランお姉さまでも、抜け駆けはダメです!」

 ランさんとサクラさんも慌てて言いながら、梓にくっついた。

 

「あー! ダメ!」

「私達も!」

 

 と、周りからどんどん声が聞こえてきて、気付けば和総部の生徒達全員、梓に集まったわ。

 

「梓先生!//// 私達の神!////」

「梓先生ー//// 触れさせてー////」

「美しいです!//// 好きです!//// 抱かれたいです!//// 梓先生ー!////」

 

「……」

 

 そんな感じで、暴走してる和総部の生徒達に、文字通りの意味で絡まれながら、梓は平然と、そんな彼女達に好き放題させていたわ。

「……なにこれ」

 そう言いつつ、私は一人棒立ちしてる、顧問の原先生の隣に立った。

「止めた方が良いんじゃ?」

「……」

「先生?」

 返事が無いから、その顔を見てみると……

「……すごく……羨ましいです……////」

「先生……」

 目の前の部員達と同じような顔で、梓を見ていた。しかも、何だかその目や、その表情に、エロい物が籠められてるように見えたのは、気のせいだと思った方が良いかしら……

 

 その後、たっぷり一時間くらいスキンシップした後で、やっとみんな落ち着いた。

「梓先生、今日はぜひ、この屋敷に泊まっていって下さいな」

「……え?」

 そう提案を出したのは、この屋敷に住んでるラン。

「あぁ! ズルい! 私とて、梓先生にお泊りして頂きたいのに!」

 と、紫が続いてそう言った。

「そんなの私だって同じよ! 先生、私の家に来て下さい!」

「僕は……僕の家は、ここまで広くないから無理か……」

 と、また何か騒ぎになりそうになったけど……

 

 パチッ……

 

『……』

 

 梓の手を叩いた音に、全員が口を閉ざした。

「喧嘩になるくらいなら、私は今すぐホームレスに戻ります」

 

『ダメー!!』

 

 その宣言には、必死に制止の声が上がったわ。すごい脅し文句ね……

「……では、ランさん。本日は、その……ぜひ、よろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ……」

 二人はそう会話して、お互いにお辞儀したわ。

「むぅ~……」

 ……他のメンバーは、顔を膨らませてるみたいだけど……

「……そうだ。せめてものお礼をさせて下さいませんか?」

 そんなメンバーを見ながら、梓はいきなり、そんな提案をしてきた。

「お礼? なんですか?」

「……おこがましいとは思いますが、私にできることなど、このくらいしかないので……」

 凄く言い辛そうに、そう前置きした後、ランの目を見て、はっきりと言った。

「……ぜひ、皆さんに、本日の夕食を、お作りしても、よろしい、でしょうか……?」

 

『梓先生の料理ッッッッ……!!』

 

 ……全員が、雷に打たれたみたいな、凄まじい衝撃を受けた顔をしたわ。

「……いえ、すみません。不躾でした。こんな、ほんの二時間ほど前まで、ホームレスだった男の料理など、食べたく、ありませんよね……」

 

『ぜひ!!』

 

 今にも泣きそうな顔で謙遜する梓に向かって、ランを含む全員が、そう声を合わせた。

「食材、道具、全てキッチンに揃っています! 分からないことは給仕長に申し付ければご用意いたしますわ!」

「足りなければ、追加で食材もご用意致します!」

「なんだったら、今すぐ僕が買ってくるよ!」

 ……そんな感じで、みんながみんな、梓の料理に期待してるのが、よく分かったわ。

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:外

 

「……お、美味しい……」

 

 そんな声を上げたのは、十六夜アキである。

 梓とはずっと一緒にいたものの、よく考えてみれば、梓の作った料理を食べたのは、これが初めての経験である。

 おそらく、ずっと一緒の家に暮らしていた、遊星達さえも食べたことは無いであろう、目の前にズラリと並ぶ、豪華で本格的な会席料理に、アキは目を、そして、舌を奪われていた。

 ただ、アキ以外の女子達は、

 

『……』

 

 言葉を出さない代わりに、顔中の筋肉を収縮させ、目を閉じ、涙を押さえる者さえいる。

「……そこまで、クソ不味い料理でしたか……?」

 それを見ている梓は、余りに閑散としたその光景に、表情を沈ませていた。

 だがそんな梓に、隣に立つ男が笑い掛けた。

「いいえ、そんなことないですぅ。梓先生の料理の腕は、大したもんですぅ。八十人分の料理をたった一人で用意した手際は、正直、ワシらの誰よりも優れておりますぅ」

 若き給仕長である『徳三(とくぞう)』は、少々キツイ訛り口調ながら、そう優しく語り掛けた。

「……じゃあ、和食が皆さんのお口に合いませんでしたでしょうか……? 私、和食以外の料理は、てんでダメなもので……」

「いいえ、逆ですぅ。全員、美味しすぎて、声も出せないって顔ですぅ」

「……そう、なのです、か……?」

「はぃい! 毎日、ランお嬢様のお顔を見ているワシの言葉を、信じて下さい」

「……」

 

「大丈夫よ。梓」

 

 徳三に励まされても、なお不安げな顔を見せる梓に、アキが声を掛けた。

「見た目も味も完璧。こんな料理、食べる機会なんて来ないと思ってたけど、とにかく美味しいわ。みんなもそう思ってるわよ」

 実際に食べているアキにそう言われたことで、梓の顔に、初めて笑顔が浮かんだ。

「よかった……不味さに口を閉じていたわけではないのですね……」

「はぃい! 梓先生のお料理の腕は、大したもんですぅ。もっと、自信持つべきですぅ」

「そういうこと」

 

 事実、梓の作った会席料理を、クソ不味いと思った者は一人もいなかった。不味いどころか、内心では、食しながらそれぞれこう思っていた。

 

(涙が出るっ……!)

 

(犯罪的だっ……!)

 

(うますぎるっ……!)

 

待機(ろうどう)のほてりと……部屋の熱気で……暑苦しい体に……)

 

(梓先生の料理……!)

 

(染み込んできやがる……! 体にっ……!)

 

(パク……うわっ……! 溶けそうだっ……!)

 

 食べている者のほとんどが、女子らしからぬ、どこかの賭博士さながらに顔を長くし、言葉を探す時間すら惜しみながら、料理を舌で転がし、味に舌鼓を打ち、涙を流しながら、漏れ出そうになる声を堪えるのである。

 

 そんな、豪華できらびやかな会席料理を前にしながら、いつの世にも、例外というものは存在する。今回の例外は……

 

「(もぐもぐ……)」

「……梓先生、なに食べてるんですか?」

「……?」

 徳三が、隣の梓に尋ねる。梓はケロッとしながら、左手に持っている物を見せた。

「……うぉおお!?」

 それをよく見た徳三は、大声を上げながら飛び退いた。それにまた、女子達が注目する。

 梓は口に残ったものを飲み込み、笑顔で答えた。

「厨房の隅を歩いていたので、先程捕まえておいたのです」

「えぇ!? てことは、それを持った手で、これだけの料理を……?」

 

「え……!」

 それを聞いたアキの顔が、そして、他の女子達が、一瞬青くなった。

 

「まさか。見つけたのは、この料理を運ぶ直前ですよ」

 梓がそう答えたことで、再び全員が安堵の顔を見せる。

 それを無視しながら、梓は右手を懐に入れた。

「もう一匹捕まえたのですが、徳三さんも、お一ついかがでしょう?」

「いぃいぃ、いらんですぅ!」

 右手に摘まんだそれを見ながら、徳三は再び飛び退いてしまった。

「そんなもん、飯の席で持ってきてはいけません! 早いとこ、外に捨ててきて下さい!」

「捨てるなんて勿体ない。食べ物を粗末にしてはなりません」

「ゴキブリは食べ物とは言わんでしょうが!」

「食べ物ですよ! サテライトでは貴重なタンパク源なのですよ」

「今の時分サテライトでももっとマシなもの食えるでしょうが! タンパク質が欲しいなら、後でワシがちゃんとした料理作りますけん、そっち食って下さい!」

「そんな、もったいない。その辺を歩いているゴキブリならお金は掛からないでしょう」

「そんなことでお金ケチって、お腹壊してちゃ逆に損でしょうが!」

「今更こんなもの百匹や二百匹食べたところでお腹など壊しません! サテライトの胃袋を嘗めないで頂きたい!」

「嘗めるとかそういうことじゃないでしょう! いくらタダだからってそんなもん、食うもんじゃないですぅ!」

「安さは正義です! タダはお上です!」

「ゴキブリがお上なわけないでしょうが!」

 

「あのー……」

 徐々にヒートアップしてきた二人に対して、アキが声を掛け、二人はそちらを見た。

「……ごめん。あんまり、その話はしないでくれる? みんな、食欲無くしてるから……」

 その言葉の通り、

 

『……』

 

 あれだけ顔を長くしていた女子達は、元の顔に戻り、それ以上箸を進めるものはいなかった。

 

「……」

「……あ、食べた……」

 その光景に反省しながら、梓は、両手に持つそれを平らげ、徳三は、それに対して声を上げていた。

 

『……』

 

(……調理場周りのお掃除、徹底させないとダメみたい……)

 

 ……

 …………

 ………………

 

「さて……」

 食事の後は、客である、アキや、生徒達は全員返っていった。梓はその後風呂に入れられ、新たに用意された浴衣に着替えた後、先程全員が集合していた部屋へ通されていた。

「……この部屋を、自由に使ってよい、とは言われておりますが……」

 改めて見ると、一人部屋としては、かなりの広さがあった。

 柔らかな絨毯の敷き詰められた部屋に置かれた、テーブルやソファは、艶々と光を反射させている。そして、何よりも目立つのが、なぜだか屋根の着いた、上へ盛り上がった布団――ベッドだった。

「ここで、寝るわけですか……」

 基本、畳の上に布団を敷いて寝ていた。遊星らの家では、主にソファの上で眠っていた。

 そんな梓にとって、ベッド、というのは、見るのは初めてではないものの、馴染みのかなり薄い家具だった。

 ランも、本来なら和室に通したかったらしいが、準備が整っていないのでまた後日、そう言われた。

「……テレビでも着けてみましょうか……」

 

 プチッ

『俺のターン! 俺はこのモンスターを召喚する!』

 

 プチッ

『シンクロ召喚! 現れよ! 『大地の……』

 

 プチッ

『さあ、後攻プレイヤーのターンを終えまして、続く先行のモンスターは……』

『先行(こうこうこう……) 鳥獣族(ぞくぞくぞく……) 『バードマン』(マンマンマン……) 攻撃力(りょくりょくりょく……)』

 

 プチッ

『ターン終了』

『先行……モンスター1、手札、2……』

『後攻……1……2……3……』

 

 プチッ

『ワールドブレイカーだー!!』

 

 プチッ

『こーらー!! 俺様ライドは俺様の俺様ライドだー!! 真似すんじゃねーこのお……』

 

 プチッ

『チンチン バディファー! 硬い(♂)絆 繋がる(♂) バディ(アッー アッー アッ……』

 

 プチッ

『(ざわ… ざわ…) 目か……耳……!!』

 

 プチッ

『オンドゥルルラギッタンディスカー!!』

 

 プチッ

『それが俺の……ライダーとしての……叶えたい願いだ……』

 

 プチッ

『何者だ貴様!!』

『通りすがりの仮面ラ……』

 

 プチッ

 

「……カードしかやってませんね。見事に……」

 テレビは何も面白そうなものはやっていない。それが分かったところで、アキが持ってきてくれた、デッキを広げた。

 アキらのことを疑ったわけではないが、カードは全て揃っている。持っていたデッキも二つ、揃っている。

「……このHEROデッキ、どうしましょう……」

 既に雪乃はいない。正体もばれている以上、それを隠すために使用していたHEROデッキは、既に用無しなように思えた。

「……とは言え、まだ梓だと、世間に知られることはまずいか……」

 そう考え、今後もしばらくは、それを使うことにした。そして、早速幸子から貰ったカードを、そのデッキに投入しておいた。

「ふむ……」

 とはいえ、それ以上は、特に構築し直したいわけでもなし。二週間ぶりの再会とは言え、特に感傷も無い。

(そういう意味では、ある意味、離れてはいても、私の一部、だったというわけ、ですかね……)

 結局やることは無く、せいぜいカードを眺めているしかない。

 

 そんな時だった。

 

 ガチャリ……

 

 ドアが開く音がした。

 そのすぐ後で、

 

 パチ……

 

 スイッチを入れる音と共に、部屋の明かりが消える。

 咄嗟に、部屋の出入口の方へ振り返った。そこに、立っていたのは……

「ランさん……?」

 

「……」

 

 明かりのスイッチに手を掛けながら、ランは、梓を、ジッと見ていた。

 その服装は、夕食の時に着ていた、ドレスとは変わっていた。

 下着だけを身に着け、その上に、体の内側が透けて見える、かなり生地の薄いネグリジェを羽織っている。

 サラサラのネグリジェの内側からは、暗い中でも白いと分かる肌と、それを隠す下着、そして、細身なボディラインを覗かせながら、その顔は、梓を見据えながら、何かを求める視線を送っている。

 そんなランの姿に、梓は……

「風邪引きますよ」

 一言だけ、平然とそう言った。

 

「……」

 

 だた、そんな梓に対して、ランの表情は変わらない。むしろ、その表情には、更に強い、決意のようなものを宿しながら、梓に迫っていった。

「梓先生……」

「はい……」

 返事をした直後、カードを広げていた床から押し出され、後ろのベッドへ無理やり押し倒される。そして、下になった梓の顔に、自身の顔を、ギリギリまで近づけていた。

「どうしました? ランさん……」

 無論、そこは梓らしいと言うべきか、今自分が何をされているのか、まるで分かっていない。

「先生……」

 そんな梓に対して、ランは、はっきりと言葉にした。

「私のこと……抱いて、下さい」

「……?」

「私の初めてを……先生に、受け取って欲しいんです」

「……それって……」

 これだけ言って、ようやく梓は、今自分がされようとしていることを理解した。

 そしてそれが、許されないことであることも、理解した。

「いえ……それは……」

 だが、ダメなことであると分かっていても、梓は、こんな状況になど、遭遇したことは無い。無理やり相手にさせられたことは、何度もある。しかし、こんなふうに、間近で求められた経験など、一度も無い。だから、言葉が見つからなかった。

「……私では、ダメですか……?」

 分かり易く困惑している梓に向かって、ランは、そう問い掛けた。

 梓は、挙動不審になりながらも、言葉を探した。

「……いえ、逆です。私が、あなたには、相応しくなど……」

 だが、そんなことを言いながらも、ランが懐く梓への思いは、雪乃であったおかげでよく知っている。こんな言葉で止まるような感情でないことも、梓は知っていた。

 案の定、ランはそんな言葉で止まることなど無い。

「……私……」

 止まることなく、言葉を続ける。だが、その表情には、そういった感情の暴走ではなく、興奮でもない、深い、悲しみが宿っていた。

「ランさん?」

「私……来月には、このネオドミノシティを発ちます」

 そう語るランの表情は、変わらない悲愴が宿っている。嘘を言っているようには、見えなかった。

「……なぜ、ですか?」

「……両親が決めた婚約者の元へ。世界でも有数な、大金持ちの資産家です。その人とすぐに結婚をしろという、両親からの命令です」

「……それは、私以上に立派な人ですね……」

「相手は、六十歳の男性ですわ」

「え……?」

 その、あまりの歳の差に、さしもの梓も、驚愕を隠せなかった。

「……私があの教室に通っていた、本当の理由をお話しします」

 それは、いつもの高飛車な態度が嘘のように、あまりにも弱々しい、彼女の姿だった。

「私はこんな屋敷に生まれながらも、生まれつき、何をやらせても、人並み以下の能力しかない娘でした。勉強もスポーツも、必死に努力をしてようやく一人前。そんな私のことを、両親は早々に見切りをつけて、容姿は優れているからと、政略結婚の道具にすることに決めていました」

 平然と、淡々とした口調の声。そんな扱いを受けることが、幼い頃から慣れている。そんな声色だった。

「そのために、私は、あなたの教室に、無理やり通わされた。日本有数の名家である、水瀬家の頭首、水瀬梓先生。あなたに取り入って、気を引いて、結婚できるように、と。それ以外に、お前など何の役にも立たない。両親からは、毎日のように、そう言い聞かされてきました」

「……」

 言われてみれば、と、梓は振り返る。

 始めの頃のランは、教室へ通いながら、真面目そうに、だがどこか、つまらなそうで、悲しそうで、そして、嘘っぽい、そんな態度で、ずっと日本舞踊を習っていた。

「いつものことだと割り切っていました。だから、はっきり言って、先生の教室にも、ただ義務で通っていただけでした。けど……」

 そう。それはあくまで、始めの頃だった。

「梓先生から直接教えを受け、その指導を賜る度、そんな義務など、段々忘れていきました。大金持ちの大人にも、庶民の子供にも、先生は、同じだけの優しさと愛情を向けてくれる。そんなあなたと触れ合う度、正直、怠慢になっていた誘惑という義務感が、次第に、本気で誘惑したい。そんなふうに思えてきました」

「……」

「こんな気持ちになったのは、あなたが初めてだった。あなたが欲しい。あなただけのものになりたい。私だけを見て欲しい……そんなふうに思って、日本舞踊を頑張ってきました。あなたは、誰のことも平等に見てくれる。だから、せめて、その中でちょっとだけ、私が目立つようにって。それで、あなたに振り向いてほしいって……」

 その目には、今までにない愛情と、熱意が、宿っていた。

「そんなふうに頑張って、日本舞踊の学生全国一位になって、少しは私のことを見てくれるかなって……そう思った時、あなたは、いなくなっていた……」

 あまりにも哀しげな表情で、ランは言った。

「あなたという目標を失くした私に残ったのは、学歴のために無理やり放り込まれた場所で習った、決闘モンスターズと、あなたから習った、日本舞踊だけだった。そして、その日本舞踊を見た資産家が、私のことを気に行って、嫁にしたい。そう言いだして、私は初めて、両親に褒められました。踊りに掛けたお金も、結果的に無駄金にはならずに済んだ。そう、褒められましたわ……」

「……」

 努力も成果も、まるで関心を示さず、求めるものはただ、利益のみ。

 そんな考え方が、梓が結果的に捨てることとなった、水瀬家の人間達に被って見えた。

「……だから、私は、私と同じような目に遭っている仲間を募って、『和奏文化部』を作りました。あなたがいなくなっても、あなたから受けた教えは、そんな物を手に入れるためのものではないと叫びたかったから。あなたがいたから、今の私がいる。そのことを忘れたくないから。ずっと、あなたのことを求めていたから……」

 そしてまた、梓に迫り、その身を抱き締めた。

「……私は一生、両親から逃げることなんてできない。逆らう勇気さえありません。だからせめて、忘れられない思い出を下さい」

「思い出……?」

「はい……私の初めての相手は、私の一番好きな、水瀬梓先生。そんな思い出を、私に、下さい……」

 そして、梓の頭を押さえ、自らの唇を、梓の顔に近づけ……

 

「……」

 そんなランを、梓は両肩を押さえ、制止した。

「梓、先生……?」

 肩を押さえながら、梓は、その身を起こし、ランと向き合う。

「……私が、サテライトで生きていた頃の話をしましょう……」

 

 梓の話しを、ランは、黙って聞いていた。

 包み隠さず、ぼかすことなく、ありのまま、あったこと全て。

 聞きながら、ランは言葉を失い、梓以上に、絶句していた。

 

「……こんな私のことを、ランさんは、好きだと、言って下さるのですか?」

「……」

「こんな、汚れきった、サテライトの汚いゴミのことを、あなたは、好きだと……?」

「……」

 驚愕と、衝撃に目を見開きながら、ランは、返事ができずにいた。

 過去に対する驚愕の気持ちと、梓に対する愛しい気持ち。それがせめぎ合い、どうするべきか分からない。そんな表情だった。

「……」

 そんなランの姿に、梓は、ベッドから立ち上がった。

「……私はどうやら、ここにいてはいけない人間のようだ」

 それを聞いて、ランはようやく正気に戻り、振り返った。

「今に始まったことではありません。それでも、私は多くの人達を惑わせる。そんな私が、あなたのお世話になることなど、あってはならないことでした」

 言いながら、広げていたカードを集め、しまう。そして、その場で着ていた寝間着から、紫に送られた、紫色の着物に着替えた。

「梓、先生……」

 

「さよならです。ランさん。私のような男のことなど、すぐに忘れてしまいなさい。それと、皆さんには、私が謝っていたと、伝えておいて下さい」

 

 それだけ言うと、梓は窓を開き、足を掛けた。

 

「梓先生!!」

 

 叫んだ瞬間には、梓は、月光の中へ消えていた。

 

「……」

 ランの中で、激しい後悔が渦を巻く。

 梓の過去には、驚かされた。しかし、そんなことで、梓への愛情は決して変わることは無かった。

「……梓先生は……汚くなんか……ない……」

 それを、どうしてはっきりと言えなかったのだろう。

 ただ、自分以上にあまりにも陰惨な過去に、思わず言葉を失って、動けなくなっていた。

 そんなあなたも、私は好きです。そう、言葉にできなかった。

「梓……先生……」

 どうして、言葉にできなかったのだろう。

 再び、梓の立っていた場所に目を向ける。

 そこにはただ、一枚のカードが、裏向きのまま落ちているだけだった。

 

 ……

 …………

 ………………

 

 キキーッ

 

 ランの屋敷から離れ、誰一人姿のない夜の街を歩いている中、梓の前に、ブレーキ音が鳴り響いた。

 それは、黒く、小さなD・ホイールだった。そのD・ホイールは知らないが、そこに乗っているDホイーラーには、見覚えがあった。

「セクトさん……」

 名前を呼んだ直後、その小柄な少年は、ヘルメットを脱ぎ、素顔を晒した。

「来な。寝床は貸してやる」

 短く、そう言う。言った後で、自嘲の笑みを浮かべた。

「それとも、俺なんかの言葉は信用できねえか? 梓」

「……」

 そんな言葉に、梓は思わず、視線を逸らした。

「……確かに、そうかもしれませんね……セクトさん。ようやく思い出しました」

 始めて会った時から、梓は、思っていた。

 この人は、どこかで見覚えがある。

 実際に、会ったことがあるのはもちろん、梓がそれ以上に感じたのは、その態度と、その目を見た時だった。

 見る者全てを圧倒し、押さえつけ、黙らせる、それだけの迫力がある。

 あの人が正しく成長したなら、こんな目を向けていたのだろうな。そんなことを考えたこともあったくらいだった。

 そして、そんな考えが、むしろ正しかったことを、たった今蘇った記憶が証明してくれた。

「お久しぶりです。セクトさん」

 そして梓は、彼の名前を呼んだ。

 

「……水瀬、双葉さんのご子息……『水瀬 セクト』さん」

 

 

 

 




お疲れ~。
こーして、新章が始まるわけですわ。
どんなことになってくかね~。
気にして下さるなら、ちょっと待ってて。
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