ほんじゃら、後半いくでよ~。
行ってらっしゃい。
視点:アキ
「はい」
とりあえず部屋に戻った後は、荷物の中から梓に渡すものを取り出して、手渡した。
「これは……」
「梓のデッキよ。制服と一緒に置いていってたでしょう。それに、あなたが使ってた、調整用のカードも全部、持ってきてあげたわ」
あの日、最終試験決闘が終わって、ライセンスを得る諸々の手続きとかした後、まだ時間があったから、夕方くらいから学園祭に参加した。
そこで、甘味処に行ったら、雪乃がいなくなったこと。そして、和総部の方へ行ってみたら、学園祭が始まる直前に、雪乃が、梓に戻って、制服を残して消えたこと、全部聞かされた。
そして、渡された制服には、渡しておいたお財布や携帯電話はもちろん、大切なはずのデッキまで入ったままになっていた。
「……残しておいて下さったのですか?」
「当然よ。まったく、ご丁寧に、デッキケースにこんなものまで入れて……」
そう言いながら、デッキケースから取り出したのは、一枚の紙きれ。そこには……
「お金に変えて下さい……」
和総部の誰かが読んでくれたわ。
「あなたねぇ、決闘者にとって、デッキは命より大切なものでしょう? 違う?」
「それは……もちろん、そう、ですが……」
指摘すると、梓は悲しそうな顔になって、目を逸らしたわ。
「……もう、私には必要ないだろうと、思いましたし……二度と決闘をすることも無いと、思っておりましたし……それに……」
「それに?」
「……見たことも無いカードが何枚かある、ということでしたので、それをお金に変えて下されば、今までお世話になった分のお金にはなるか、と、思いまして……」
……まったく、この子はこれだから……
「梓」
「はい……」
「いい加減、そんなふうに、なんでも金銭で解決しようとする感覚、直した方がいいわよ」
「はぁ……」
私が言うと、梓は曖昧な声を出しただけだった。
「そりゃあ、梓の気持ちは分かるし、考え方はしっかりしてて、立派だと思うわ。けど、少なくとも私や、ここにいるみんなは、お金が目的であなたを助けたわけじゃないのよ」
そう話すと、私以外の面々も、うんうん、と頷いたわ。
「少なくとも私達は、あなたを助けることに、こっちから一方的にお金を掛ける価値があるって思ったから、勝手に助けただけ。どれだけお金を掛けたかなんて、あなたが気にする必要は無いの。悪いとは思うかもしれないけど、少しは無償の奉仕っていうものを、受け入れなさい」
「……」
そこまで言っても、梓はよく分かってないみたい。
「先生、私達全員、同じ気持ちです」
と、黙っていたランが、声を掛けた。
「少なくとも私達全員、梓先生からは、お金にはとても変えられない、たくさんの恩を頂きました。そんな私達は、お金や恩義のために、決闘を捨てる姿を見たくありません。梓先生は、とても優れた決闘者なんです。先生は、自由に決闘をするべき、だと、思います」
「……」
物凄く真剣な表情。そしてそれは、和総部のメンバーも同じだわ。梓のことを、先生として、そして、決闘者として、本当に尊敬している。そういう顔をしてる。
「決闘だけではありません。梓先生は……雪乃さんであった時のように、もっと、自分がしたいことをするべきだと思います」
「……私の、したいこと、ですか……?」
「そうです。先生ではなく、水瀬梓さんが、今一番したいことは、なんですか?」
「……」
その質問に、少し考えた後、梓は、
「……とりあえず……」
はっきりと、こう答えたわ。
「……この紫色の髪を、元の黒色に戻したいです……」
その願いは、すぐに叶えられた。
ランの屋敷で、専属で働いてるっていうスタイリストさんにお願いして、紫色に染めた梓の黒髪を、あっという間に元の黒色に染め上げてくれた。
おまけに、二週間でボロボロになった髪の毛も綺麗に整えてくれて、今まで雑誌やテレビで見た通りの、すごく綺麗な髪に戻った。
梓は深くお礼してたけど、切ってくれたスタイリストの女性は、梓以上に大喜びして、切った後はサインをねだってた。どうやらこの人も、ずっと梓のファンだったみたい。
彼女いわく、
「こんなに綺麗な髪質は見たことが無い」
らしいわ……羨ましい……
これで見た目は、完璧に元通り。
その後は……
「梓先生、これを」
「……はい?」
紫が突然、荷物の中から何かを取り出して、梓に手渡した。
「ぜひ、受け取って下さい」
「……」
梓は少し戸惑いながらだけど、風呂敷に包まれたそれを受け取った。それを開いてみると……
「……あら」
「え? これって……」
中身は、紫色の着物だった。
「梓先生が着ていた物と、全く同じものを用意致しました」
「全く同じ……」
「はい。教室で一度、お召し物をどこで作られておられるかお聞きしましたでしょう? そのお店で、梓先生が着ている物と、同じ生地、同じ大きさを、完璧に再現しております」
そう胸を張りながら、嬉しそうに言ったわ。
「その時知りましたが、梓先生は、あまり値段の高いものを着られないのですね」
……え? そうなの?
「ええ、まあ……あれだけたくさんの教室を開くためには、切り詰めるべき部分は、切り詰める必要があったので。着物はいつも、色以外は値段を見て決めておりましたから」
やだ……しっかりしてるわ、この子……
「……え、でも、いくら安いと言っても、それなりのお値段がしたのでは……?」
「どうかお気になさらず」
紫も、それ以上は言わせなかったわ。
「こんな着物一着で、今までの恩義が返せるだなんて思えません。それでも、今の私にできる、精一杯の感謝の気持ちです。お金のことならお気になさらず、どうか、受け取って下さい」
「……」
梓は言葉を失っていたけど、また、着物を見て……
「……ありがとう、ございます」
そう、頭を下げてお礼した。
「私からはこれを」
今度は幸子が声を出した。
「ぜひ、受け取って下さい」
そう、両手に持って差し出してきたのは……
「……カード?」
梓はその一枚のカードを受け取って、その絵を見てみた。
「……え? いや、ダメですよ! こんな高額なレアカード……!」
えぇ……? そんなに取り乱すほど高いカード渡したの? 一体何のカード?
「遠慮なさらず。あと三枚持っていますので」
「三枚……というか、なぜ、私にこのカードを?」
「私が決闘でこのカードを使った時の反応を見て、このカードが好きなのかと感じまして。だから、実を言うと、いつかは藤原雪乃に渡そうと思っていたのです」
「……」
……なるほど、あのカードね。確かに、強力なレアカードではある。梓も、カードショップで何度か見掛けては気にしていたから。
ただまあ、高額とは言っても、値段はこの着物の一割もしないとは思うけど……
「……本当に、よろしいのですか?」
……あ、食いついた……
「はい。ぜひ、使って下さい。決闘者として」
「……ありがとうございます。大切に、使わせていただきます……」
『……////』
わあ……
すごく、綺麗な、感謝の笑顔だわ……
「梓先生!!////」
「わ!」
と、いきなりランが、梓に抱き着いた。
「あー!//// もう我慢できません!//// 梓先生可愛い!//// 梓先生美しい!//// 梓先生愛おしい~~~~~~!!////」
顔を真っ赤にしながら、梓に頬擦りしてる。
ここまであまり喋らなかったけど、ひょっとして、ずっと我慢してたのかしら……
「ちょ! ランさんズルい!」
「いくらランお姉さまでも、抜け駆けはダメです!」
ランさんとサクラさんも慌てて言いながら、梓にくっついた。
「あー! ダメ!」
「私達も!」
と、周りからどんどん声が聞こえてきて、気付けば和総部の生徒達全員、梓に集まったわ。
「梓先生!//// 私達の神!////」
「梓先生ー//// 触れさせてー////」
「美しいです!//// 好きです!//// 抱かれたいです!//// 梓先生ー!////」
「……」
そんな感じで、暴走してる和総部の生徒達に、文字通りの意味で絡まれながら、梓は平然と、そんな彼女達に好き放題させていたわ。
「……なにこれ」
そう言いつつ、私は一人棒立ちしてる、顧問の原先生の隣に立った。
「止めた方が良いんじゃ?」
「……」
「先生?」
返事が無いから、その顔を見てみると……
「……すごく……羨ましいです……////」
「先生……」
目の前の部員達と同じような顔で、梓を見ていた。しかも、何だかその目や、その表情に、エロい物が籠められてるように見えたのは、気のせいだと思った方が良いかしら……
その後、たっぷり一時間くらいスキンシップした後で、やっとみんな落ち着いた。
「梓先生、今日はぜひ、この屋敷に泊まっていって下さいな」
「……え?」
そう提案を出したのは、この屋敷に住んでるラン。
「あぁ! ズルい! 私とて、梓先生にお泊りして頂きたいのに!」
と、紫が続いてそう言った。
「そんなの私だって同じよ! 先生、私の家に来て下さい!」
「僕は……僕の家は、ここまで広くないから無理か……」
と、また何か騒ぎになりそうになったけど……
パチッ……
『……』
梓の手を叩いた音に、全員が口を閉ざした。
「喧嘩になるくらいなら、私は今すぐホームレスに戻ります」
『ダメー!!』
その宣言には、必死に制止の声が上がったわ。すごい脅し文句ね……
「……では、ランさん。本日は、その……ぜひ、よろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ……」
二人はそう会話して、お互いにお辞儀したわ。
「むぅ~……」
……他のメンバーは、顔を膨らませてるみたいだけど……
「……そうだ。せめてものお礼をさせて下さいませんか?」
そんなメンバーを見ながら、梓はいきなり、そんな提案をしてきた。
「お礼? なんですか?」
「……おこがましいとは思いますが、私にできることなど、このくらいしかないので……」
凄く言い辛そうに、そう前置きした後、ランの目を見て、はっきりと言った。
「……ぜひ、皆さんに、本日の夕食を、お作りしても、よろしい、でしょうか……?」
『梓先生の料理ッッッッ……!!』
……全員が、雷に打たれたみたいな、凄まじい衝撃を受けた顔をしたわ。
「……いえ、すみません。不躾でした。こんな、ほんの二時間ほど前まで、ホームレスだった男の料理など、食べたく、ありませんよね……」
『ぜひ!!』
今にも泣きそうな顔で謙遜する梓に向かって、ランを含む全員が、そう声を合わせた。
「食材、道具、全てキッチンに揃っています! 分からないことは給仕長に申し付ければご用意いたしますわ!」
「足りなければ、追加で食材もご用意致します!」
「なんだったら、今すぐ僕が買ってくるよ!」
……そんな感じで、みんながみんな、梓の料理に期待してるのが、よく分かったわ。
……
…………
………………
視点:外
「……お、美味しい……」
そんな声を上げたのは、十六夜アキである。
梓とはずっと一緒にいたものの、よく考えてみれば、梓の作った料理を食べたのは、これが初めての経験である。
おそらく、ずっと一緒の家に暮らしていた、遊星達さえも食べたことは無いであろう、目の前にズラリと並ぶ、豪華で本格的な会席料理に、アキは目を、そして、舌を奪われていた。
ただ、アキ以外の女子達は、
『……』
言葉を出さない代わりに、顔中の筋肉を収縮させ、目を閉じ、涙を押さえる者さえいる。
「……そこまで、クソ不味い料理でしたか……?」
それを見ている梓は、余りに閑散としたその光景に、表情を沈ませていた。
だがそんな梓に、隣に立つ男が笑い掛けた。
「いいえ、そんなことないですぅ。梓先生の料理の腕は、大したもんですぅ。八十人分の料理をたった一人で用意した手際は、正直、ワシらの誰よりも優れておりますぅ」
若き給仕長である『
「……じゃあ、和食が皆さんのお口に合いませんでしたでしょうか……? 私、和食以外の料理は、てんでダメなもので……」
「いいえ、逆ですぅ。全員、美味しすぎて、声も出せないって顔ですぅ」
「……そう、なのです、か……?」
「はぃい! 毎日、ランお嬢様のお顔を見ているワシの言葉を、信じて下さい」
「……」
「大丈夫よ。梓」
徳三に励まされても、なお不安げな顔を見せる梓に、アキが声を掛けた。
「見た目も味も完璧。こんな料理、食べる機会なんて来ないと思ってたけど、とにかく美味しいわ。みんなもそう思ってるわよ」
実際に食べているアキにそう言われたことで、梓の顔に、初めて笑顔が浮かんだ。
「よかった……不味さに口を閉じていたわけではないのですね……」
「はぃい! 梓先生のお料理の腕は、大したもんですぅ。もっと、自信持つべきですぅ」
「そういうこと」
事実、梓の作った会席料理を、クソ不味いと思った者は一人もいなかった。不味いどころか、内心では、食しながらそれぞれこう思っていた。
(涙が出るっ……!)
(犯罪的だっ……!)
(うますぎるっ……!)
(
(梓先生の料理……!)
(染み込んできやがる……! 体にっ……!)
(パク……うわっ……! 溶けそうだっ……!)
食べている者のほとんどが、女子らしからぬ、どこかの賭博士さながらに顔を長くし、言葉を探す時間すら惜しみながら、料理を舌で転がし、味に舌鼓を打ち、涙を流しながら、漏れ出そうになる声を堪えるのである。
そんな、豪華できらびやかな会席料理を前にしながら、いつの世にも、例外というものは存在する。今回の例外は……
「(もぐもぐ……)」
「……梓先生、なに食べてるんですか?」
「……?」
徳三が、隣の梓に尋ねる。梓はケロッとしながら、左手に持っている物を見せた。
「……うぉおお!?」
それをよく見た徳三は、大声を上げながら飛び退いた。それにまた、女子達が注目する。
梓は口に残ったものを飲み込み、笑顔で答えた。
「厨房の隅を歩いていたので、先程捕まえておいたのです」
「えぇ!? てことは、それを持った手で、これだけの料理を……?」
「え……!」
それを聞いたアキの顔が、そして、他の女子達が、一瞬青くなった。
「まさか。見つけたのは、この料理を運ぶ直前ですよ」
梓がそう答えたことで、再び全員が安堵の顔を見せる。
それを無視しながら、梓は右手を懐に入れた。
「もう一匹捕まえたのですが、徳三さんも、お一ついかがでしょう?」
「いぃいぃ、いらんですぅ!」
右手に摘まんだそれを見ながら、徳三は再び飛び退いてしまった。
「そんなもん、飯の席で持ってきてはいけません! 早いとこ、外に捨ててきて下さい!」
「捨てるなんて勿体ない。食べ物を粗末にしてはなりません」
「ゴキブリは食べ物とは言わんでしょうが!」
「食べ物ですよ! サテライトでは貴重なタンパク源なのですよ」
「今の時分サテライトでももっとマシなもの食えるでしょうが! タンパク質が欲しいなら、後でワシがちゃんとした料理作りますけん、そっち食って下さい!」
「そんな、もったいない。その辺を歩いているゴキブリならお金は掛からないでしょう」
「そんなことでお金ケチって、お腹壊してちゃ逆に損でしょうが!」
「今更こんなもの百匹や二百匹食べたところでお腹など壊しません! サテライトの胃袋を嘗めないで頂きたい!」
「嘗めるとかそういうことじゃないでしょう! いくらタダだからってそんなもん、食うもんじゃないですぅ!」
「安さは正義です! タダはお上です!」
「ゴキブリがお上なわけないでしょうが!」
「あのー……」
徐々にヒートアップしてきた二人に対して、アキが声を掛け、二人はそちらを見た。
「……ごめん。あんまり、その話はしないでくれる? みんな、食欲無くしてるから……」
その言葉の通り、
『……』
あれだけ顔を長くしていた女子達は、元の顔に戻り、それ以上箸を進めるものはいなかった。
「……」
「……あ、食べた……」
その光景に反省しながら、梓は、両手に持つそれを平らげ、徳三は、それに対して声を上げていた。
『……』
(……調理場周りのお掃除、徹底させないとダメみたい……)
……
…………
………………
「さて……」
食事の後は、客である、アキや、生徒達は全員返っていった。梓はその後風呂に入れられ、新たに用意された浴衣に着替えた後、先程全員が集合していた部屋へ通されていた。
「……この部屋を、自由に使ってよい、とは言われておりますが……」
改めて見ると、一人部屋としては、かなりの広さがあった。
柔らかな絨毯の敷き詰められた部屋に置かれた、テーブルやソファは、艶々と光を反射させている。そして、何よりも目立つのが、なぜだか屋根の着いた、上へ盛り上がった布団――ベッドだった。
「ここで、寝るわけですか……」
基本、畳の上に布団を敷いて寝ていた。遊星らの家では、主にソファの上で眠っていた。
そんな梓にとって、ベッド、というのは、見るのは初めてではないものの、馴染みのかなり薄い家具だった。
ランも、本来なら和室に通したかったらしいが、準備が整っていないのでまた後日、そう言われた。
「……テレビでも着けてみましょうか……」
プチッ
『俺のターン! 俺はこのモンスターを召喚する!』
プチッ
『シンクロ召喚! 現れよ! 『大地の……』
プチッ
『さあ、後攻プレイヤーのターンを終えまして、続く先行のモンスターは……』
『先行(こうこうこう……) 鳥獣族(ぞくぞくぞく……) 『バードマン』(マンマンマン……) 攻撃力(りょくりょくりょく……)』
プチッ
『ターン終了』
『先行……モンスター1、手札、2……』
『後攻……1……2……3……』
プチッ
『ワールドブレイカーだー!!』
プチッ
『こーらー!! 俺様ライドは俺様の俺様ライドだー!! 真似すんじゃねーこのお……』
プチッ
『チンチン バディファー! 硬い(♂)絆 繋がる(♂) バディ(アッー アッー アッ……』
プチッ
『(ざわ… ざわ…) 目か……耳……!!』
プチッ
『オンドゥルルラギッタンディスカー!!』
プチッ
『それが俺の……ライダーとしての……叶えたい願いだ……』
プチッ
『何者だ貴様!!』
『通りすがりの仮面ラ……』
プチッ
「……カードしかやってませんね。見事に……」
テレビは何も面白そうなものはやっていない。それが分かったところで、アキが持ってきてくれた、デッキを広げた。
アキらのことを疑ったわけではないが、カードは全て揃っている。持っていたデッキも二つ、揃っている。
「……このHEROデッキ、どうしましょう……」
既に雪乃はいない。正体もばれている以上、それを隠すために使用していたHEROデッキは、既に用無しなように思えた。
「……とは言え、まだ梓だと、世間に知られることはまずいか……」
そう考え、今後もしばらくは、それを使うことにした。そして、早速幸子から貰ったカードを、そのデッキに投入しておいた。
「ふむ……」
とはいえ、それ以上は、特に構築し直したいわけでもなし。二週間ぶりの再会とは言え、特に感傷も無い。
(そういう意味では、ある意味、離れてはいても、私の一部、だったというわけ、ですかね……)
結局やることは無く、せいぜいカードを眺めているしかない。
そんな時だった。
ガチャリ……
ドアが開く音がした。
そのすぐ後で、
パチ……
スイッチを入れる音と共に、部屋の明かりが消える。
咄嗟に、部屋の出入口の方へ振り返った。そこに、立っていたのは……
「ランさん……?」
「……」
明かりのスイッチに手を掛けながら、ランは、梓を、ジッと見ていた。
その服装は、夕食の時に着ていた、ドレスとは変わっていた。
下着だけを身に着け、その上に、体の内側が透けて見える、かなり生地の薄いネグリジェを羽織っている。
サラサラのネグリジェの内側からは、暗い中でも白いと分かる肌と、それを隠す下着、そして、細身なボディラインを覗かせながら、その顔は、梓を見据えながら、何かを求める視線を送っている。
そんなランの姿に、梓は……
「風邪引きますよ」
一言だけ、平然とそう言った。
「……」
だた、そんな梓に対して、ランの表情は変わらない。むしろ、その表情には、更に強い、決意のようなものを宿しながら、梓に迫っていった。
「梓先生……」
「はい……」
返事をした直後、カードを広げていた床から押し出され、後ろのベッドへ無理やり押し倒される。そして、下になった梓の顔に、自身の顔を、ギリギリまで近づけていた。
「どうしました? ランさん……」
無論、そこは梓らしいと言うべきか、今自分が何をされているのか、まるで分かっていない。
「先生……」
そんな梓に対して、ランは、はっきりと言葉にした。
「私のこと……抱いて、下さい」
「……?」
「私の初めてを……先生に、受け取って欲しいんです」
「……それって……」
これだけ言って、ようやく梓は、今自分がされようとしていることを理解した。
そしてそれが、許されないことであることも、理解した。
「いえ……それは……」
だが、ダメなことであると分かっていても、梓は、こんな状況になど、遭遇したことは無い。無理やり相手にさせられたことは、何度もある。しかし、こんなふうに、間近で求められた経験など、一度も無い。だから、言葉が見つからなかった。
「……私では、ダメですか……?」
分かり易く困惑している梓に向かって、ランは、そう問い掛けた。
梓は、挙動不審になりながらも、言葉を探した。
「……いえ、逆です。私が、あなたには、相応しくなど……」
だが、そんなことを言いながらも、ランが懐く梓への思いは、雪乃であったおかげでよく知っている。こんな言葉で止まるような感情でないことも、梓は知っていた。
案の定、ランはそんな言葉で止まることなど無い。
「……私……」
止まることなく、言葉を続ける。だが、その表情には、そういった感情の暴走ではなく、興奮でもない、深い、悲しみが宿っていた。
「ランさん?」
「私……来月には、このネオドミノシティを発ちます」
そう語るランの表情は、変わらない悲愴が宿っている。嘘を言っているようには、見えなかった。
「……なぜ、ですか?」
「……両親が決めた婚約者の元へ。世界でも有数な、大金持ちの資産家です。その人とすぐに結婚をしろという、両親からの命令です」
「……それは、私以上に立派な人ですね……」
「相手は、六十歳の男性ですわ」
「え……?」
その、あまりの歳の差に、さしもの梓も、驚愕を隠せなかった。
「……私があの教室に通っていた、本当の理由をお話しします」
それは、いつもの高飛車な態度が嘘のように、あまりにも弱々しい、彼女の姿だった。
「私はこんな屋敷に生まれながらも、生まれつき、何をやらせても、人並み以下の能力しかない娘でした。勉強もスポーツも、必死に努力をしてようやく一人前。そんな私のことを、両親は早々に見切りをつけて、容姿は優れているからと、政略結婚の道具にすることに決めていました」
平然と、淡々とした口調の声。そんな扱いを受けることが、幼い頃から慣れている。そんな声色だった。
「そのために、私は、あなたの教室に、無理やり通わされた。日本有数の名家である、水瀬家の頭首、水瀬梓先生。あなたに取り入って、気を引いて、結婚できるように、と。それ以外に、お前など何の役にも立たない。両親からは、毎日のように、そう言い聞かされてきました」
「……」
言われてみれば、と、梓は振り返る。
始めの頃のランは、教室へ通いながら、真面目そうに、だがどこか、つまらなそうで、悲しそうで、そして、嘘っぽい、そんな態度で、ずっと日本舞踊を習っていた。
「いつものことだと割り切っていました。だから、はっきり言って、先生の教室にも、ただ義務で通っていただけでした。けど……」
そう。それはあくまで、始めの頃だった。
「梓先生から直接教えを受け、その指導を賜る度、そんな義務など、段々忘れていきました。大金持ちの大人にも、庶民の子供にも、先生は、同じだけの優しさと愛情を向けてくれる。そんなあなたと触れ合う度、正直、怠慢になっていた誘惑という義務感が、次第に、本気で誘惑したい。そんなふうに思えてきました」
「……」
「こんな気持ちになったのは、あなたが初めてだった。あなたが欲しい。あなただけのものになりたい。私だけを見て欲しい……そんなふうに思って、日本舞踊を頑張ってきました。あなたは、誰のことも平等に見てくれる。だから、せめて、その中でちょっとだけ、私が目立つようにって。それで、あなたに振り向いてほしいって……」
その目には、今までにない愛情と、熱意が、宿っていた。
「そんなふうに頑張って、日本舞踊の学生全国一位になって、少しは私のことを見てくれるかなって……そう思った時、あなたは、いなくなっていた……」
あまりにも哀しげな表情で、ランは言った。
「あなたという目標を失くした私に残ったのは、学歴のために無理やり放り込まれた場所で習った、決闘モンスターズと、あなたから習った、日本舞踊だけだった。そして、その日本舞踊を見た資産家が、私のことを気に行って、嫁にしたい。そう言いだして、私は初めて、両親に褒められました。踊りに掛けたお金も、結果的に無駄金にはならずに済んだ。そう、褒められましたわ……」
「……」
努力も成果も、まるで関心を示さず、求めるものはただ、利益のみ。
そんな考え方が、梓が結果的に捨てることとなった、水瀬家の人間達に被って見えた。
「……だから、私は、私と同じような目に遭っている仲間を募って、『和奏文化部』を作りました。あなたがいなくなっても、あなたから受けた教えは、そんな物を手に入れるためのものではないと叫びたかったから。あなたがいたから、今の私がいる。そのことを忘れたくないから。ずっと、あなたのことを求めていたから……」
そしてまた、梓に迫り、その身を抱き締めた。
「……私は一生、両親から逃げることなんてできない。逆らう勇気さえありません。だからせめて、忘れられない思い出を下さい」
「思い出……?」
「はい……私の初めての相手は、私の一番好きな、水瀬梓先生。そんな思い出を、私に、下さい……」
そして、梓の頭を押さえ、自らの唇を、梓の顔に近づけ……
「……」
そんなランを、梓は両肩を押さえ、制止した。
「梓、先生……?」
肩を押さえながら、梓は、その身を起こし、ランと向き合う。
「……私が、サテライトで生きていた頃の話をしましょう……」
梓の話しを、ランは、黙って聞いていた。
包み隠さず、ぼかすことなく、ありのまま、あったこと全て。
聞きながら、ランは言葉を失い、梓以上に、絶句していた。
「……こんな私のことを、ランさんは、好きだと、言って下さるのですか?」
「……」
「こんな、汚れきった、サテライトの汚いゴミのことを、あなたは、好きだと……?」
「……」
驚愕と、衝撃に目を見開きながら、ランは、返事ができずにいた。
過去に対する驚愕の気持ちと、梓に対する愛しい気持ち。それがせめぎ合い、どうするべきか分からない。そんな表情だった。
「……」
そんなランの姿に、梓は、ベッドから立ち上がった。
「……私はどうやら、ここにいてはいけない人間のようだ」
それを聞いて、ランはようやく正気に戻り、振り返った。
「今に始まったことではありません。それでも、私は多くの人達を惑わせる。そんな私が、あなたのお世話になることなど、あってはならないことでした」
言いながら、広げていたカードを集め、しまう。そして、その場で着ていた寝間着から、紫に送られた、紫色の着物に着替えた。
「梓、先生……」
「さよならです。ランさん。私のような男のことなど、すぐに忘れてしまいなさい。それと、皆さんには、私が謝っていたと、伝えておいて下さい」
それだけ言うと、梓は窓を開き、足を掛けた。
「梓先生!!」
叫んだ瞬間には、梓は、月光の中へ消えていた。
「……」
ランの中で、激しい後悔が渦を巻く。
梓の過去には、驚かされた。しかし、そんなことで、梓への愛情は決して変わることは無かった。
「……梓先生は……汚くなんか……ない……」
それを、どうしてはっきりと言えなかったのだろう。
ただ、自分以上にあまりにも陰惨な過去に、思わず言葉を失って、動けなくなっていた。
そんなあなたも、私は好きです。そう、言葉にできなかった。
「梓……先生……」
どうして、言葉にできなかったのだろう。
再び、梓の立っていた場所に目を向ける。
そこにはただ、一枚のカードが、裏向きのまま落ちているだけだった。
……
…………
………………
キキーッ
ランの屋敷から離れ、誰一人姿のない夜の街を歩いている中、梓の前に、ブレーキ音が鳴り響いた。
それは、黒く、小さなD・ホイールだった。そのD・ホイールは知らないが、そこに乗っているDホイーラーには、見覚えがあった。
「セクトさん……」
名前を呼んだ直後、その小柄な少年は、ヘルメットを脱ぎ、素顔を晒した。
「来な。寝床は貸してやる」
短く、そう言う。言った後で、自嘲の笑みを浮かべた。
「それとも、俺なんかの言葉は信用できねえか? 梓」
「……」
そんな言葉に、梓は思わず、視線を逸らした。
「……確かに、そうかもしれませんね……セクトさん。ようやく思い出しました」
始めて会った時から、梓は、思っていた。
この人は、どこかで見覚えがある。
実際に、会ったことがあるのはもちろん、梓がそれ以上に感じたのは、その態度と、その目を見た時だった。
見る者全てを圧倒し、押さえつけ、黙らせる、それだけの迫力がある。
あの人が正しく成長したなら、こんな目を向けていたのだろうな。そんなことを考えたこともあったくらいだった。
そして、そんな考えが、むしろ正しかったことを、たった今蘇った記憶が証明してくれた。
「お久しぶりです。セクトさん」
そして梓は、彼の名前を呼んだ。
「……水瀬、双葉さんのご子息……『水瀬 セクト』さん」
お疲れ~。
こーして、新章が始まるわけですわ。
どんなことになってくかね~。
気にして下さるなら、ちょっと待ってて。