まあ、毎度のことながら、誰もが予想した通りの展開になるんだけどね。先に言っといたろ。
そんじゃら、行ってらっしゃい。
視点:外
セクトに促されるまま、セクトのD・ホイールに付いていき(どう付いていったかは、今更語るまい)、辿り着いた場所。
シティのどこにでも見掛ける、可もなく不可もない、普通のマンションだった。
そこの駐車場にD・ホイールを停めて、エレベーターに乗り込み、降りた後、部屋まで歩く。幸運なことに、その間、誰一人として住人や他人と出会うことはなかった。
「入りな」
言われた通り、玄関を開けてもらったところで、部屋の中に入る。
間取りは1K。一人暮らしをしていく分には最低限の広さを持つ……それだけの部屋。
「……随分、閑散としておりますね」
部屋を見渡しながら、そう正直に言った。
テレビとパソコン、炊飯器、冷蔵庫。目につく家電はそのくらいで、真ん中にはテーブルがあり、座布団が敷かれている。
布団が部屋の隅に畳まれていて、その横には、教科書やらノートやらが段ボールに詰められている。
それ以上は、特に目立ったものはない。散らかっているわけではなく、かと言って、清潔とも言い難い。そんな部屋だった。
「プロになってからは、ほとんど寝に帰ってくるだけだったからな」
そう言いつつ、セクトも靴を脱ぎ、ライダースーツも脱いで、身軽な服装になった。
「コーヒー飲むか?」
「……良ければ私がお淹れしましょうか?」
「え? 淹れれるの?」
「ええ。一応は……」
「……んじゃ、頼むわ」
「はい、では……」
「待った。その前に、外から帰ったら手洗い、うがい」
「あ……そうですね」
そんなわけで、二人とも、ユニットバスとなっている洗面所で、順番に手を洗い、うがいをして、梓は台所に立ち、セクトは座布団をもう一枚出した後、自身の座布団に座った。
「……もしかして」
コーヒーを淹れながら、梓が、セクトに話しを切り出した。
「気付いていたのですか? 藤原雪乃が、水瀬梓だった、という事実に……」
唐突な話題ではあったが、セクトは特に動揺することなく、平然と答える。
「そうだな……最初に見た時は、かなり似てるなって思った程度だったが、何度か見て、話してるうちに、確信した。そんな感じだな……」
平然と、そして、自嘲するように、語っていった。
「他にも、藤原雪乃が和総部で作った作品や、演奏を見たり、聞いたりしてな……俺も結局は、腐っても水瀬の一族、てことなんだろうぜ……」
最後の言葉は、自嘲しながらも、悔しさというべきか、屈辱というべきか、そんな感情が、表情に表れていた。
「……お前こそ、よく俺のことなんて覚えてたな?」
セクトもまた、意外だという声を出した。
そして梓も、過去を振り返りながら返事を返した。
「忘れようにも、忘れられませんよ。大人達に混ざって、私に暴力を振るっていた子供達の中で、殴りもせず、眺めているだけの子供など、あなた一人しかいなかったので」
「……興味が無かっただけだ」
「そうでしょうね……あなたは、私はもちろん、水瀬家や、お母様である双葉さんのことさえ嫌っていた……」
ガンッ!
梓がそう言った時、硬い物が、壁にぶつかる音が室内に響いた。
「あの女が母親だとか、二度と言うんじゃねえ」
その声には、それまであった優しさや親切心は消えていた。過去を見つめながらの自嘲をそのままに、明らかな憎しみが込められていた。
「あんな家の一員として生まれたってのも最悪だけどな、あんなクソババアの子供に生まれたってのは、それ以上に最悪なんだよ」
「……よく分かります」
話している間に、梓は動かしていた手を止める。
「……コーヒーです」
転がっているヘルメットを見やりながら、コーヒーを差し出す。セクトはカップを取り、一口すする。
「……良い味噌加減だな」
笑いながらそう褒めたことで、梓の表情にも、笑みが浮かんだ。
「……あ、そうだ。冷蔵庫に長ネギ入ってるだろう。それも刻んで入れてくれ」
「わかめはありますか?」
「……悪い。それは無えな。あ、けど茄子ならあったと思うぜ」
「それは良い。早速焼いてコーヒーに入れましょう」
こうして、コーヒーという名の味噌汁を二人で楽しみながら、セクトは、梓からアカデミアを出ていくことになった経緯を聞いた。
「お前が出ていったから、水瀬家が潰れた、ねえ。ものは言いようだな……」
コーヒーの中に入った焼き茄子をかじりながら、そう、呆れの声を上げた。
「違うのですか?」
「簡単に調べただけだから、詳しくは知らねえがな……」
そう念を押したところで、セクトは、語り始めた。
「確かに、お前がいなくなったから、大勢の人間が、水瀬家からも興味が失せたってのは事実だ。お前の生徒だった奴らはもちろん、お前のファンだった奴、お前だけを通して水瀬家を見てた奴、お前にしか興味が無かった奴……もっとも、それでもいなくなられて困るほど重要な人間は、全体の二割もいなかったはずだぜ」
空になったコーヒーカップに、新たにコーヒーを注ぐ。そこに、刻みネギをたっぷり加えて、また、一口すする。
「問題があったのはむしろ、お前の後釜として頭首になって、あの後逮捕された、あのジジイだ」
「……」
藤原雪乃の正体を見破り、彼をアカデミアから追い立てた男。
もう名前も思い出せない男の顔を梓が思い出している間に、話しを続ける。
「あいつは頭首になった後、その地位と権力を鼻に掛けて、毎日仕事もせずにお遊び三昧だったらしい。酒や夜遊びはもちろん、ギャンブル、薬にまで手を出してたって話しだ」
「……」
そう言えば、と、梓は思い出していた。彼に殴られ、胸倉を掴まれた時、彼の内肘には、いくつもの注射痕が刻まれていた。
「それで、頭首らしいことも、自分の仕事さえ一切しないで、挙句、頭首のそんな態度に感化された連中もやる気を無くしていってな、結果、水瀬家が興してた事業は、端から順に傾いていった。中にはそうなるって分かって、早いうちに金をあるだけかき集めて、さっさとトンズラしたって連中もいたみてえだ。そんな奴らばかりいたせいで、水瀬家の蓄えてあった金は、すぐに底を突いた」
再び、焼き茄子をコーヒーに入れて、よく混ぜる。そして、それをまた一口かじった。
「それでも、水瀬家の連中は、ありもしねえ水瀬家の栄光ってやつが、いつまでも続くって思ってたんだろうぜ。何の保証も勝算もねえ癖に、デカい借金背負っちゃあ、物の見事に失敗した。頭首は頭首で、遊ぶ金欲しさに、借金に加えて、土地とか山とか売っちまって、その金すら無くなったら、他の連中のせいにするばっかりで。自分は全然働こうともしなかったくせによ」
残ったコーヒーに、再び刻みネギをたっぷり加え、飲み干す。
「結果、金も、家も、親戚連中も全員がいなくなって、残ったのは、頭首が勝手に背負った分と、親戚連中達から押し付けられた、莫大な借金。あと、他に行き場所の無い、下手に追い出そうとすれば自分が危なくなる、荒事好きのボディーガード達だけだったってわけだ。呆れて物も言えねえよ」
「……確かに」
梓もまた、コーヒーを一口すすり、呆れの声を出した。
「父が昔、言っておりました。自分や、私がいなくなれば、水瀬家は、一年も持たず滅びると。水瀬家は確かに歴史と伝統に彩られた、由緒ある家系でしたが、決して経済的に豊かだったわけではない。そんな家の中で、あの人達の姿を見ていれば、そうなることは、私や父でなくとも容易に想像できます」
「ああ。一年どころか、半年だもんな。いくら歴史があろうが、屑しかいない家に未来なんざ、あるわけがねえ」
「ですね……」
そして梓も、コーヒーを飲み干した。
「……セクトさんも、それが分かっていて、あの家を捨てたのですか?」
「違ぇよ。俺はただ、ガキの頃から、あの家が大っ嫌いだった。それだけだ」
更に一杯、カップにコーヒーを注いだ時、急須に入っていたコーヒーは空になった。
「おかわりは?」
「ああ。くれよ」
その言葉に、梓は頷きながら、再び台所に立った。
「……セクトさんが水瀬家を出たのは、確か、お互いに十二歳の頃、でしたか?」
「……ああ、そうだ。俺が十二の頃だな」
梓が再びコーヒーを淹れている間、セクトは、過去の話を始めた。
「……俺の父親が誰か、聞いたことあったか?」
「確か、過去に双葉さんとの結婚を前に死別した、最愛の恋人であった男性との間にできた子供である、と……」
「表向きはな」
梓の答えを、セクトは一言で切り捨て、そして、答える。
「あんな性格したクソババアに、恋人なんかできると思うか?」
「全く思いません」
その、遠慮の無い即答に、セクトは笑みを浮かべた。
「酒に酔う度に聞かされたけど、俺の父親が誰か、あの女自身知らないんだってよ」
「……」
特に驚きは無く、何の反応も無い。そんな梓に対して、セクトは続ける。
「誰かは知らねえが、昔、水瀬家にどうしても許せねえ奴がいて、そいつを追い出すために手を組んだ連中に回されて、それで勝手にできちまったのが俺なんだと」
「回されて……?」
その言葉に、梓は咄嗟にジャイアントスイングの光景を浮かべる。
セクトはそれにいち早く気付き、補足した。
「一人二人の女が、大勢の男どもに順番に襲われることをそう言うんだよ」
「……ああ、私がサテライトで毎日されていたことですか」
「え……?」
手を動かしながら、平然と言った梓の言葉に、セクトは思わず顔を引きつらせた。
「……で、だ。本人はすぐにでも堕ろしたがってたらしいけど、世間体第一でそれが許されなくて、仕方ねえからこうして生んで、いもしねえ恋人とできた子供って設定にしたらしい。合法的に生まずに済むよう、流すための努力もしたらしいぜ。俺はこうして生まれてっけどな」
最後の話しは、邪悪に微笑みながらの言葉だった。
ちょうど、梓もコーヒーを淹れ終え、戻ってきたタイミングだった。
「そんな話を連日聞かされてよ、お前なんか、生みたくなかった、だの、なんで自分が母親なんかしなきゃなんねえ、だの、甘え盛りのガキにはキツイ言葉を毎日吐かれ続けた。こんな言い方したかねえが、多分お前が来なかったら、あの女に毎日殴られる役は、俺になってたはずだ」
コーヒーを受け取り、また一口すする。
「おまけに、あいつ以外にも、まともな奴はほとんどいねえ。そんな家に、一生いたいなんて、普通思うか?」
「……思わないでしょうね。普通なら……」
梓のその答えを聞いて、セクトはコーヒーを置きながら、目を閉じる。
「……ま、い続けることを決めた、お前の気持ちもよく分かるんだがな。お前の父親の、家元は、本当に良い人だったし」
「……父を知っているのですか?」
そう尋ねた時、セクトの顔に、初めて、自嘲ではない、純粋な笑みが浮かんだ。
「知ってるもクソも、俺を水瀬家から逃がして、その後の面倒まで見てくれたの、家元……つまり、お前の親父さんだぞ」
「父が……?」
梓の驚きの表情を見ながら、話して聞かせた。
「十二歳の、秋だったかな。水瀬家にもクソババアにも耐えられなくなって、この家を出ていってやるって決めた。けど、決めたは良いけど、現実問題、家出をするには何をどうするべきか、小学生の頭で分かるわけが無え。そこで俺は、唯一身近で信頼できるって思った、大谷にどうするべきか相談した」
「大谷さんに?」
「おお。そう言や、半年前までお前の秘書してたんだっけか? 頭はちと固かったけど、先代頭首以外で、まともな神経してる数少ない人間だったからな。相談した時はあんまり分からなかったけど、今思えばあのおっさんも、水瀬家のこと、ほとほと嫌気が差してたってふうだったぜ」
「……」
仮にそれが事実なら、本当に、彼や父を連れて、水瀬家を出るべきだったな。
梓がそんな後悔を感じている間も、セクトは続ける。
「それで、怒られるの覚悟で相談してみたら、大谷は、頭首と話してみろって言って、俺と会う約束を取り付けてくれたんだ」
コーヒーに出汁粉末を加え、それをかき混ぜながら、その表情には、柔らかな笑みが浮かんだ。
「あの時はかなり緊張したぜ。頭首のことはいっつも遠くから見るだけで、直接話をしたことなんて、一度も無かったからな。それで、いざ会ってみたら、なんてことは無え。普通に気の良いおっさんだった。緊張したのがバカバカしく思えるくらいにな」
言いながら、再びコーヒーを一口すする。
「けど、俺が家出したいって言った途端、笑ってたのが、真剣な顔になった」
それを言った時、再び笑顔が消えた。
「家を出てどうしたい? どこでどんなふうに生きるつもりだ? 自由に生きるっていうのは簡単なことじゃないぞ。お前には、自由の酸いも甘いも全部、受け入れる覚悟はあるのか……そういう質問を、延々とされた。あの時はかなり、鬼気迫ってた……」
「けど、聞いてて何て言うか、嬉しい気持ちになった。この人は、怖いくらい真剣に、俺のこと心配して見てくれてる。そんな目、実の母親にすら向けられたこと無えってのによ」
嬉しくて、光栄で、誇らしい。心から梓の父のことを尊敬し、そして、感謝している。それが声に出ていた。
「それでさ、俺は自分が一番したいと思ってたこと、正直に頭首に打ち明けたんだ。こいつだよ」
言いながら取り出したのは、一枚の、決闘モンスターズのカード。
「あの家にいた時から、大事に隠し持ってたやつだ」
「あの、家でですか……?」
再び浮かべた梓の驚きに、セクトは微笑み掛ける。
「お前なら分かるだろう。あの家でこんなもん、もし一枚でも持ってるってばれたら、速攻で捨てられた上に罰が待ってる」
「……あれは俗物の遊びだ。私達のような、由緒ある名家の人間がして良い遊びではない。私を水瀬だと認めたことの無い人達から、殴られながらいつも言い聞かされてきました」
「俺もだ。しかも、あのクソババアは特に、嫌い以上に、恨んでるってくらい毛嫌いしてたからな。大昔の話だけど、買い物の帰り道、目の前の公園で決闘してる子供を見掛けた途端、落ちてた角材拾って、血が出るくらい殴りに掛かったこともあった」
「うわぁ……」
梓自身、覚えがある分、笑えない話だった。
「まあ、その事件は、水瀬家の力ですぐに揉み消されたんだけどよ。けど、俺はあんなババアとは違う。普通に学校に通ってて、周りの子供はそれを楽しそうにやってた。他の従弟連中はそれを見下して優越感に浸ってたようだったけど、俺にはそれが、普段やってるテレビゲームやスポーツ以上に楽しそうに見えた。で、友達に頼んでやらせてもらって、それ以来、すっかり虜だ」
そう話す顔は、本当に楽しそうだった。
「それで、家政婦や家の連中に見つからないよう、放課後にこっそりカードショップでカードを買っちゃあ、学校とか公園とかに隠して、友達とこっそり遊んでた。そうしてるうちに、思ったわけだな。俺は、プロ決闘者になりたいってさ」
「……それが、家出の真の理由ですか?」
「そういうこった」
再び急須からコーヒーを注ぎ、そこに、たっぷりの刻みネギと焼き茄子、更に、出汁粉末を加えた。
「それでだ。真剣に俺の心配をしてくれた頭首に向かって、俺はその夢を正直に話した。なんか、嘘がつけなくてさ。その時は、あの家の頭首だし、他の水瀬家連中と同じように、激怒して大騒ぎするもんだって覚悟したんだ。だが頭首は……」
『大喜びして、受け入れた』
「……さすが親子」
謀らずも、二人の声がピッタリ重なった梓の指摘に、セクトは嬉しそうに言いながら、コーヒーをすすった。
「受け入れた後は、もろもろの手続きを手伝ってくれた。日本国内にある決闘アカデミアへの受験申し込みを手伝ってくれて、それが、他の連中にはばれないよう根回しまでしてくれてよ。俺も周りにばれないよう猛勉強して、片っ端から受験を受けていったんだ」
そこまで言った後で、再びコーヒーを一口。
「……まあ、五校受けた内の、四校が不合格になった時はさすがに焦ったけどよ……」
「あらら……」
二人同時に苦笑し合いながら、話しを続ける。
「けど、最後に受けた学校には、奇跡的に合格した。全寮制の、ネオドミノシティから遠く離れた場所にあるアカデミアだ。そこへの合格が決まった時点で、後はせっせと家出の準備だ。幸い、あの家で、俺に興味関心を持ってくれるような奴は、頭首以外には一人もいなかったからよ、準備はだいぶ楽だったぜ」
「頭首は頭首で、俺に嘘の戸籍や、後見人まで用意してくれてよ、プロ決闘者を夢見る普通の子供として、何の問題も無く決闘アカデミアへ入学するための手助けを、全部してくれた」
「……」
嬉しそうに話し続けるその話を、梓もまた、嬉しそうに聞いていた。
「んで、小学校の卒業式を終えたと同時に、家には帰らずに、そのまま決闘アカデミアの寮までトンズラってわけだ。その日から俺の名前は、『水瀬セクト』から、『伊集院セクト』に変わった」
「なるほど……」
終始、楽しそうに話していたセクトの話しに、梓も、楽しそうに頷いた。
「そこでさ、結構努力したんだぜ。元々、勉強は大嫌いだったし、自由に決闘ができなかった分、他より明らかに腕は劣ってた。けど、だからこそ、努力はした。決闘が好きだったから。それに、お前の親父さんから受けた恩に答えるためにもさ」
拳を握り、真剣な表情で、話しを続ける。
「幸い、金だけはあったからな。カードパックやシングルのレアカード買ったり、必要だと思った教材買ったり、そういう経済的な苦労はしなかった。Dホイーラーの教習も受けて、中古だけどD・ホイールも手に入れて、それをメンテしたり改造したりな」
「……父は、そんなことまで面倒を見て下さったのですか」
「……ああ、いや、そうじゃねえ……」
梓が関心の声を上げたのを遮りながら、セクトは再び悪戯な笑みを浮かべた。
「……これは、頭首も知らなかったことなんだがよ……」
心なしか囁き声になりながら、説明をした。
「実はな、小学校の卒業式で、俺がネオドミノシティからトンズラする前の日によ……」
そして、満面な、且つ、邪悪な笑みで、それを言った。
「あのクソババアが経営してた料亭の金庫からさ、料亭の運転資金、ごっそりちょろまかしてやったんだよ」
「えぇー……」
その話には、さしもの梓も顔を引きつらせた。
「だってよぉ。あのクソババア、面倒臭えからって、金庫に金を入れる役、いっつも俺に押し付けてたんだぜ。それでこっそり諭吉さんを一人か二人攫って、その金でカード買ってたんだ。あいつは言動も乱暴なら、諭吉さんが何人か姿を消しても気にしねえ、金銭感覚まで乱暴な奴だったからな」
「そのくせ、自分にだけは不都合なことは起きないって本気で信じてた。だから、小学生の息子が、金庫の場所や鍵の番号、店に誰もいない時間帯を知ってたとしても、何とも思わなかったんだろうぜ」
「……それで、料亭のお金を?」
「ああ。それまでの恨みも籠めてな。運び出すのに少し苦労するくらいの、結構な額だった。それが、ある日突然、全部無くなった。それを知った時の顔を見られなかったのが、ある意味じゃ心残りだな」
「そうか、それで……だから、あなたがいなくなった直後、私に対する暴力がより激しさを増したのですね」
「……ごめん」
梓の告白に、セクトは思わず、頭を下げていた。
(……それで、古い食材を使わざるを得なくなるほど、料亭の経営が傾いた、ということなのだろうか……)
もっとも、あんな性格をした人間がやっていた料亭など、そんなことをするまでもなく、遅かれ早かれそうなっていたであろうことは、容易に想像がつく。
「まあ、そんなこともあって、努力の甲斐あって、高校進学の時は、日本一の規模の、決闘アカデミア童実野校へ入学できた。そこでもかなり勉強して、高二に進学する前に、Dホイーラーのプロ試験に合格した。そして、プロの仕事にも恵まれて、アカデミアじゃ生徒会長なんてものにまで選ばれて、今に至るってわけだ」
「それは、すごいですね……」
素直に、そう感じた。
決闘者としての努力を続け、誰もが憧れる、プロ決闘者という頂に、この若さで到達する。
努力をすることも才能であり、し続けることも才能に違いない。
そして、決闘だけでなく、努力の才能を持っていたからこそ到達できた今。
同じ決闘者として、目の前に座る義理の従弟は、梓にとって、尊敬すべき存在だった。
「……けどよ、努力を続けながら、いつも気になってたんだよな」
セクトはまた、表情を変え、そう話題を切り替えた。
「何がですか?」
「家元が、俺なんかのために、ここまでしてくれた理由だよ」
「……それは、父の優しさと、水瀬家に抱く嫌悪感が、あなたと共通していたから、では……?」
「それだけじゃ無えな」
感慨深そうに、目を閉じながら、コーヒーの中の焼き茄子を取り出した。
「なんで、実の子供でもない俺なんかのために、ここまでしてくれるのか……ずっと分からなかったけど、ある日テレビを見てて、一発で分かっちまった」
「一発で?」
「ああ……」
そして再び、梓に真っ直ぐ視線を送った。
「俺がその時見たのは、フォーチュンカップで活躍してた、『静花』って名前の決闘者だ」
「え……」
意外そうな声を上げる梓に対して、セクトは、結論を言う。
「家元は、お前の代わりに、俺を決闘者にするために面倒みてくれたんだ」
「……私、ですか?」
そんな答えに、梓は目を見開いた。
「そうだ。お前だ。俺は知らなかったけど、お前も本当は、頭首じゃなくて、決闘者になりたかったんだろう?」
「……」
少し考えれば、納得できる答えではあった。
梓の父は言っていた。
―「本当はさ、俺も、お前が自分から言ってくれるの待ってたんだ。決闘をさせてくれってさ」
「頭首からすりゃ、義理とは言え、実の子供が本当にしたいって思ってることをさせてやりたいって思うわな。だから多分、お前が数えで十三歳になる年には、俺にしてくれたことは全部、お前にしてやるつもりだったんだろうぜ」
「……」
しかし梓は、決闘者ではなく、自分がこれまで習ってきたことを、自分以外の人間に教える、先生になることを選んだ。
父の生きる、水瀬家のために。そして、大切な父のそばにいたいがために……
「……まあ、頭首はあんな性格だったし、もしお前にそうしたとしても、俺にも同じことしてくれた、とは思うけどな」
「……確かに」
お互いに、同じ男の顔を思い浮かべながら、笑みを浮かべた。
「何にしても、お前が水瀬家で先生やって、頭首になった間に、俺は決闘アカデミアで決闘者やって、プロ決闘者になった。本当ならお前がしてもらうはずだったことを、頭首がしてくれたおかげで、今の俺があるってわけだ」
「……それで、私を連れてきて下さったのですか?」
助けたところで何の得も無い。どころか、嫌悪し、憎み続けてきた水瀬家の長たる、そんな自分のことを、わざわざ連れてきてくれた理由。
それを尋ねると、セクトは微笑みを浮かべた。
「そういうこと。頭首がしてくれたことへの、礼も兼ねてな」
「……」
「……ま、お前はお前で、俺以上に華やかな人生だったみてえだけどよ」
笑いながらそう付け加えて、更に続ける。
「本当は、頭首に直接礼が言いたかったけど、奴らに見つかると面倒だし、どうしても言い出せなかったんだ。で、言えないうちに、理由は知らねえが、死んじまったんだろう?」
「……ええ」
梓の、短く、だが、悲しげな返事を聞いて、セクトは目を閉じながら、また言う。
「こんなことが恩返しになるなんて思わねえ。けど、感謝はしてる。こんな場所で良ければ、いつまでいても構わねえ。これでもプロ決闘者として、それなりに収入はあるからな。部屋は狭いが、面倒くせえから引っ越さないだけだし。同居人が一人増えるくらい、何とかするさ」
「……」
「……ま、お前が嫌だっていうなら、無理にとは言わねえけどよ」
「……」
一度、梓は目を閉じて、考える。
考えて、そして、言った。
「……願っても無い申し出です」
「そっか」
梓の答えに、セクトも満足げに微笑んだ。
しかし、梓の表情は、優れないままでいた。
「……一つ、お世話になる前に、お話ししておきたいことが……」
「ん? なんだよ?」
「……」
ここから先の話しには、様々な意味で、覚悟が必要となる。
そして、梓はそんな覚悟と勇気を振り絞り、恐怖を感じながらも、言葉にした。
「双葉さんのことです」
「……」
それに対して、セクトは、分かり易く表情を歪めた。
「あのクソババアの話しはするなって、言っただろうが……」
「ええ。ですが、必要なことです」
「どう必要だってんだよ!?」
セクトの怒鳴り声にも、梓は、怯んだ様子を見せない。
母親のことは毛嫌いしている。しかし、息子だからこそ、知る権利と、必要性がある。
「彼女がどうなったか、あなたはご存じですか?」
「知るか」
不機嫌そうな表情そのままな、不機嫌な声で、一言で切り捨てた。
「あんなプライドだけが百人前のクソババア、大方、どっかで路頭に迷ってゴミでも漁ってるんじゃねえのか? まあ、死にそうになりながらしぶとく生きてそうだがよ」
「……」
その答えに、梓は余計に、心苦しくなる。それでも、答えた。
「双葉さんは……亡くなりました」
「……」
セクトに反応は、無いように見える。それでも、続ける。
「フォーチュンカップの開催期間中、料亭で行っていた不正が明るみになり、そのまま水瀬家の誰かの差し金で、サテライト送りになり、そのまま……」
「……ふん!」
黙っていたセクトは、そう、鼻息を鳴らした。
「あのクソババアには、お似合いの最期じゃねえか」
「そして……」
そして、ここからが、ある意味では本題だった……
「彼女を手に掛けたのは……私です」
「……」
それまで平然としていたセクトだったが、それを聞いた瞬間、目を見開き、梓の顔を見た。
「……マジで?」
「……マジです」
「……」
「……詳しくお話ししますか?」
「……」
無言のまま、一つだけ、頷いた。
「信じて頂けるかは、分かりませんが……」
そう念を押して、梓は詳しく話して聞かせた。
フォーチュンカップ二日目の、第二回戦。
十六夜アキに敗北した日の翌日、サテライトへ逃げたこと。
そこで、双葉と出会い、決闘を行ったこと。
それが闇の決闘と呼ばれる儀式であり、彼女はそれに敗北した罰で、消滅したこと……
「……」
セクトは無言のまま、一連の話しを聞いていた。
「……」
梓自身、バカげた話だと自覚している。誰に言っても信じてはもらえまい。
梓が手ずから、彼女を殺害したと言った方が、よほど説得力がある。
それでも……
「……そうか」
セクトは、そう言った。
「信じて頂けるのですか?」
「……決闘モンスターズには、昔からそういう、神秘的で信じられねえような現象が常につきまとう。アカデミアでも、決闘の歴史の授業で学ぶことだ。俺自身、そういうのを見たこと、無いわけじゃねえ……」
「……」
「だが……そっか。死んだか……」
セクトは間違いなく、双葉という女を嫌悪し、恨んでさえいた。
母親だと思ったことなどない。そう、自身の口で言っていた。
だから、あんな女が死んだところで、なんの感傷も抱かない。
そう、いつも思っていたのに……
「……お前、風呂は?」
「……既に、ランさんのお屋敷で、済ませました」
「……じゃ、悪いけど、俺入ってくるわ。テレビは自由に見てくれ。カードも、デッキ以外なら好きに見て良いぞ」
最後のコーヒーを飲み干して、立ち上がった。
「……」
優しい言葉を掛けられながらも、梓の表情は、不安が差していた。
出ていけ。そう、言われることも覚悟の上で、話した事実だった。
シャワアアァァァ……
「……」
シャワーの湯を浴びながら、セクトは、今聞いた話しと、双葉の顔を思い浮かべる。
真っ先に思い浮かぶのは、何かに対して怒り、憎んでいた、そんな、醜い顔ばかり。
だというのに……いや、だからか。時々、嬉しそうに笑っては、息子に対しても、柔和な笑顔と、優しい言葉を掛けてくれた。そんな記憶はより鮮明だった。
母親として、褒めてくれたことは少ない。なのに、今に限って、その褒められた記憶が蘇る。
酷い扱いを受け、罵られ、生むんじゃなかったと断じられた。
それでも、思い出してしまった。
長過ぎた最悪に比べれば、ほんの一瞬の時に見た、母親としての優しい姿。
そして、そんな彼女を最愛の母だと慕い、思い、甘えていた、そんな時期の記憶……
「……ざっけんなよ。あの、クソババア……」
壁を叩きながら漏れ出たそれが、憎くて仕方がない、彼女自身に対しての言葉なのか、それとも、彼女の、死に対してのものか……
それは、セクト自身にも分からない。
分かるのは、自身の目尻を熱くするものが、熱いシャワーのお湯だけではないという事実だけだった……
『あなたは~ 今夜もご飯にふりかけ~ 心まで~ 味わいたい~……』
セクトに言われた通り、梓は、テレビを点けていた。
相変わらず、やっているのはカード番組ばかりだが、それでも、静かな無音の中にいるのもやり辛い気がして、何となく点けたテレビだった。
そこへ、洗面所兼、浴室のドアが開く音が聞こえた。
「かぁ~、さっぱりしたぁ~」
お湯の香りと共に、髪の毛を濡らした低身の少年は、何事も無かったように笑っていた。
「うし。んじゃ早速、明日から別の服着てもらうか」
「別の服?」
聞き返してきた梓に対して、セクトは答えた。
「さすがにタダで住まわせるってのも、俺としては不本意だからな。家事手伝いや、俺の仕事の手伝いくらいはしてもらう」
「はぁ……それは、一向に構いませんが……」
「だが、その服は目立ちすぎる。てか、お前の顔も、この街じゃ知られ過ぎてる」
そう、大仰に言った。
「だから、今後は別の服で変装して、俺の付き人ってことで行動してもらうぞ」
「はぁ……別の服、ですか?」
「そうだ。俺が持ってる服に着替えてもらう」
「……えぇえ?」
梓が出した、不満そうな声に、セクトもまた、不満を声に出した。
「なんだよ? 俺の服が着られねえってのか?」
「いや、だって……」
怒りだすセクトに対し、梓は、正直に答えた。
「セクトさんの着る服に、私とサイズが一致するものが、あるのですか……?」
「……」
その答えに、セクトは一瞬、停止した。しかしすぐ、頭を振った。
「心配はいらねえ。気に入って買ったは良いが、サイズがデカすぎて、そのままクローゼットの奥に眠ってる服がいくつかある。靴もな」
「なるほど。それなら問題ありませんね」
「だろう? あっははははは……」
「あははは……」
「ははは……」
……
「泣かないで下さい……」
笑いながら、目に手を当てたセクトに、梓はそう、慰めの声を掛けた。
その涙が止まったところで、セクトはクローゼットから、服を一式取り出した。
「おお。男物……」
「お前の顔には似合わなそうだが、どうせ変装するなら、今までとは真逆のイメージが良いだろう……ま、
「なるほど……」
梓は納得し、その服に着替えた。
着替えて、鏡を見るが……
「……似合ってねーなー」
「……」
梓としても、不服そうな顔を見せた。
「……まあ、それは顔を隠せばどうにかなるとして、あとは名前だな」
「名前……『
「却下」
「……『石田三成』」
「却下」
「……『中野あ……」
「却下」
「……」
こうして、次々に考えては却下されていきながら、梓の目に、あるものが映った。
「……では……」
……
…………
………………
視点:梓
「伊集院セクトだ」
「……はい。これが、ゼッケンです」
現在私は、ネオドミノシティの、とある決闘スタジアムにおります。
今日はここで、セクトさんがライディング決闘の大会に出場するそうです。
私はセクトさんに言われた通り、セクトさんの付き人として、お供しているというわけです。
「……そちらの方は?」
「付き人だ。おい、お前も名前書け」
言われた通り、私も受け付けに立ちました。
少々、目の前が見辛いのを我慢しつつ、差し出された紙に、名前を書きます。
「……はい、『
こうして、
(……この赤色の帽子、もう少しずらすわけには行かないかなぁ……)
お疲れ~。
つ~ことで、次回からは梓に変わって『大波コナミ』が主人公です。
どんなことになるやらの~。
あと、せっかくだから誰か、コーヒーの飲めない大海の代わりに試してみてよ。味噌コーヒー。
んじゃそういうことで、続きが興味のある方は、ちょっと待ってて。