七話いきま~す。
今回は正直、決闘も無いから読んでて退屈かも分かりませんわ。
それでも読んでくれるなら……
行ってらっしゃい。
視点:外
「豆腐うんめぇ~……」
コナミの作った豆腐づくしの夕食を食しながら、セクトは相変わらずそう漏らしていた。
「いやぁ、豆腐なんてやっこでしか食ってこなかったけど、料理したらこんなに美味かったんだよなぁ……」
「今更ですか?」
「仕方ねえだろう。俺はろくに料理できねえんだから」
「ご希望とあればお教えしますよ」
「いいよ。どっちみち学校に仕事でそんな暇無ぇんだから」
梓に応えながら、揚げ出し豆腐をほおばり、またその顔を綻ばせた。
「……にしても、今でも信じられねえよ。お前がまさか、決闘で彰子に敗けるなんてさぁ」
「……」
既に、何度も言われていることながら、コナミは苦笑を返した。
「ええ……正直、甘く見ていた部分もありました。まさか彼女があれほどの決闘を見せるとは」
「だろー」
コナミのそんな返事に、セクトは豆腐を食べた時以上の笑顔を向けた。
「あいつ自身、気が弱いところはあるけど、芯はめちゃくちゃ強い奴だからな。俺ほどじゃねえけど、仕事はしっかりしてくれるし、決闘は強いし、勉強もできるし、生徒会副会長に選ばれるくらいには人望もあるし、本当、あいつが副会長になってくれて良かったって今でも思うぜ」
「……」
「どした?」
「恋人ですか?」
「ぶぅうううううううう……!!」
セクトが食べながら質問してきたので、コナミは感じたことを素直に尋ねた。セクトは盛大に口の中身を噴きだし、コナミは手元のお盆でそれを全て防いだ。
「はぁー!? なに言っちゃってんのお前!? 彰子が!? 恋人!? はぁー!? 意味分かんねーし!? 俺が好きな女のタイプは、優しくて真面目で正直で俺の身長を笑わない女で美人でスタイル良くて胸もまあまあデッかくて……!?」
「彰子さんじゃないですか」
「はぁー!? んなわけねーし!? てか仮にそう思ったとしても彰子が俺を好きになるわけねーし!?」
「つまり、彼女が好きだと言えば、恋人になるのですか?」
「はぁー!? んなこと……ねーよ!!////」
そこまで叫ぶと、セクトは顔を真っ赤にしながら、残りを食し始めた。
「……私よりも、彰子さんをタッグ決闘に誘えばよかったのでは?」
そんなセクトを微笑ましく感じつつも、コナミはそう優しく問い掛けた。
だが、セクトは首を横に振った。
「……んなことは真っ先に考えた。だが、あいつと決闘したなら分かるだろう? デッキの癖が強過ぎて、タッグ決闘には向かねえんだよ」
「では、私に渡したデッキを彼女に渡せばよかったのでは?」
「あいつ、父親の影響で、恐竜好きだからなぁ……無理やり別のデッキ使わせるようなこと、したくねえ……」
「そういうものですか……」
不思議そうな顔を見せるコナミに、セクトは怒りながらテレビを点けた。
「あーもう! テメーは黙ってテレビでも見てろ! ほら、『タッチ座』出てるぞ」
「え?」
『ゆ~たいりだつ~』
「あっはははははは!!」
テレビの中で行われているネタに、コナミは爆笑していた。
そんなコナミを見ながら、セクトはご飯を掻き込んだ。
(恋人……彰子が、俺の……?////)
……
…………
………………
「このヘアースタイルがサザエさんみてぇーだとぉ?」
「え? 僕はアトムみたいだって言ったんだよ? 鬼柳兄ちゃん……」
……
…………
………………
翌朝。
「お弁当持ちました?」
「持ったよ」
「タオル、ティッシュ、デッキ、決闘ディスク、D・ホイールの鍵」
「持ったって」
「あーほら、ライディングースーツが乱れておりますよ」
「なぁーっ、もう! 少し黙ってろ! さすがにうるせー!」
これから仕事へ向かおうという時間、最終確認を行うコナミに、セクトは大声を上げていた。
「まったく、母ちゃんか、お前は俺の……」
「お互い、母親のことをどうこう語れる生い立ちではないでしょうに……」
「お、おう……」
母親すらいなかった、梓の言葉に、母親に恵まれなかったセクトは、返す言葉がなかった。
「はぁ……まあ、お前には感謝してるんだけどな。んじゃ、今日も付き人頼むぜ」
「もちろん」
会話しながら、セクトは玄関を開けて外へ出た。
「ああ! セクトくーん!」
そんな声に、セクトに続いて外へ出ようとしたコナミは咄嗟に奥へと隠れた。
「ん? 加藤先生?」
セクトを呼び、息を切らしながら走ってきたのは、茶髪のショートヘアーの女性。素朴だが、幼く可愛らしい印象を受ける顔つきのその女性は、セクトの目の前まで大急ぎで走ってきた。
「はぁ……はぁ、良かった、間に合った……」
「おい、大丈夫かよ? どうしたんだ、そんなに血相変えて……」
胸に手を当てて息を切らしている『加藤友紀』先生を見上げながら尋ねる。すると加藤は肩に下げたカバンから、プリントを一枚取り出した。
「いやね……大事なプリント、セクト君だけ渡してなかったから、はい」
「プリントって……そんなことなら、ポストに入れとくなりしときゃ良かったのに」
「え? まあ、それは、そうなんだけど……やっぱ、プロの仕事で忙しいだろうから、直接渡した方が良いかなって……」
「そうか? ……まあ、わざわざどうもありがとうな。ほら、これで汗拭きな」
礼を言いながらタオルを手渡す。それを受け取った所で財布を取り出し、そこから千円札を取り出した。
「これでジュースでも買えよ。すげぇ汗だぞ」
「え? あぁ! そんな、良いよ! そんなつもりで届けに来たんじゃ……」
「良いから受け取れって。タオルも返さなくていいから持ってけ。もう行かねえと学校遅刻だぞ」
無理やりタオルと千円札を押し付け、その背中を押し出す。
加藤は動揺しつつも、そのまま嬉しそうに、満面の笑顔で振り返った。
「……ありがとー! セクト君、ありがとー!」
「こっちこそ。途中で転ぶなよー」
「え? 子供じゃあるまいに、転ぶわけ……」
と、ちょうどやってきたエレベーターに乗ろうとした瞬間、その足を蹴つまづかせ、エレベーターの中へ消えていった。
直後に聞こえてきた悲鳴にセクトが頭を抱えている間に、エレベーターは下っていった。
「……」
加藤が消えたタイミングで、コナミはやっと玄関から姿を現した。
「俺の担任教師だ。悪い人じゃねえんだけど、見ての通り、結構おっちょこちょいなとこあるんだよな。そこが可愛いって評判でもあるんだけど……」
「……」
「どした?」
「……いえ。お若いなぁ、と思って……」
「は? そりゃあまあ、歳は二十四っつってたから、若いっちゃ若いとは思うけど……」
「……はい、新しいタオル」
「お? おお……」
「では、お先に行きます」
一言だけ残して、コナミはいつものように、手摺りからその身を乗り出し消えていった。
未だに釈然としないながら、セクトもエレベーターへ歩いていった。
……
…………
………………
決闘アカデミア。
未来のプロ決闘者達を育成するために、決闘を愛する少年少女達が集う決闘者の育成機関。
育成機関とうたってはいるが、その名前の通り形態としてはれっきとした学校であり、世間にもどちらかと言えば学校として認知されている。
そのため普通の高等学校と同じように、生徒達は三学年あり、クラスもある。教師もいるし、部活動があり、委員会というものもある。
そして、学生であるから、当然『生徒会』という組織も存在する。
「……さて、今日はこのくらいにしましょうか」
授業が終わり、日が沈み始め、ほとんどの生徒は帰宅している時間。目の前に積まれた書類をまとめながら、生徒会副会長の『宇佐美彰子』は、部屋に集まっている生徒会メンバーに声を掛けた。
「あー、終わったー!」
「良い結論が出て良かったです」
「次の生徒総会が楽しみだなぁ」
テーブルに座っていた生徒は皆立ち上がり、両手を上げて背伸びをした。
処理が完了した書類を見て満足し、無事に結論が出た議題に歓喜する。
学校の中で、学生という、社会に守られる立場に身を置きながらも、与えられた仕事の出来に一喜一憂する様は、僅かながらも社会人としての気色が表れ始めている。
「……にしても副会長、今日はいつも以上にご機嫌じゃなかったですか?」
「え? いえ、別に。いつも通りですけど……」
突然メンバーの一人に話を振られた彰子は、笑顔が少々崩れながらもそう否定した。
「何か良いことあったんですか?」
「良いこと? 別に……」
「あー、分かった! セクト会長でしょう!」
「え……?」
女子生徒の一人が言うと、彰子は分かり易く動揺した。
それを面白がった他の男子生徒達も、次々にはやし立てていく。
「デートのお誘いですか? 仕事の後に飲みに行こう、みたいな?」
「ちちち、違います! ていうか、飲みに行くって、サラリーマンじゃあるまいに……」
「良かったですね副会長。何なら、これを機に唇も奪っちゃえば?」
「だから違います! 何でそんな話になるんですかー!////」
仕舞いには、顔を真っ赤にして怒りだす始末だった。
そんな彰子の姿に、室内にいる誰もが微笑み、心癒される。
そんな癒しを得られるのは、少し弄っただけで慌てる可愛らしさもそうだが、それ以上に、彰子と言う信頼できるリーダーに感じる親しみと好意からだった。
「もう……とにかく、終わったんだから、今日は帰りますよ」
「はーい。お疲れさまでしたー」
「お疲れっすー」
彰子の言葉に素直に従い、それぞれが足もとの荷物を持った……
そのタイミングだった。
ガララ……
「おーい、お前らー」
聞こえてきたのは、そんな不遜な中年男の声。
入ってきたのは、そんな声そのままの中年男だった。
「
その男の入室と共に、高揚していた室内の空気は一気に冷めたものに変わった。
そんな空気の中、須賀と呼ばれた教師は素知らぬ顔で、手に持つ資料の束をテーブルに放り投げた。
「この資料、全然できてねえから明日までに直して俺の机に出しとけ」
「はぁ……?」
誰かが声を上げ、彰子はその資料を広げて目を通す。
「これ、今度開かれるタッグ決闘大会の大会予算の会計表……一週間前に仕上げて提出したものじゃないですか!」
「そうだよ」
彰子が声を上げるが、須賀は悪びれもせず言葉を返した。
「今週は色々と忙しくてなぁ。資料に目を通す暇がなかったんだよ。それで、ついさっき目を通して、全然できてねぇからお前らにやり直すよう持ってきたんだよ。締切は今週中なんだがなぁ」
「今週中って……今日は金曜日ですよ! それをこんな時間に今更、明日は土曜日で学校は休みじゃないですか!」
「だから明日までに仕上げろって持ってきたんだろうがよ。本当なら俺が最終確認して仕上げまでするはずだったんだが、とてもそんな時間ねえからなぁ。お前らができてねぇせいで俺は仕上げられねえんだから、仕上げまでお前らが全部やれよな。遅れた言い訳と提出はしといてやるから」
相変わらず、全く悪びれず、当たり前のように言っている。
彰子はもちろん、この場にいる誰もが、この男の仕事の適当ぶりややる気の無さ、そして、平気で他人や生徒の足を引っ張る人間であることを、重々理解していた。
そして、そんな男が、今度開かれるタッグ決闘大会の実行責任者であることに、不安と不満を感じていた。
「……できてないって、どこができてないんですか?」
そんな須賀の性格を理解しながら、彰子は敢えて、資料を手に、必要な点を尋ねる。
「あ? 聞いてなかったのか? 全部だよ! ぜ・ん・ぶ! この資料の一から十まで最初っから全部作り直せ!!」
毅然とした態度で尋ねる彰子に対して、須賀は資料を叩きながら、大声で怒鳴った。
「な……だから、具体的にどこが悪いのか言ってくれないと、直しようがありません……」
「全部は全部なんだよ! 所々わけの分からねぇ単語使われてる上に数字も不透明! こんなもんポンと渡されて仕上げられると思ってんのか!? お前らの適当な仕事に振り回される教師の身になりやがれ!!」
「そんな……自分で言うのも何ですが、この資料は完璧に仕上がってます。時々しか学校に来られないセクト会長の手も借りて、二週間かけて制作した資料ですよ?」
「だからなんだよ?」
彰子の必死の弁明にも、返すのはそんな冷たい声だった。
「一枚一枚何度も見直しして、計算間違いが無いことも確認しました」
「だからなんだよ?」
「だから……読み辛い部分があったのかは知りませんが、少なくとも、数字は全部合ってるはずだし、普通に読んでいれば分からないわけありません」
「だからなんだよ?」
「だから……この資料が何の参考にもならないなんて信じられません。先生こそ、この資料をキチンと最後まで目を通したんですか……」
「開き直ってんじゃねえ!!」
彰子が言い続けた正論に対して、須賀はまた、絶叫で返した。
「お前らがどれだけ時間掛けたかなんか知るか!! 俺ができてねえって言ったもんはできてねえんだよ!! 俺がやり直せって言ったらやり直すんだ!! 黙ってやり直しやがれ!! テメェらの仕事のできなさ棚に上げて、クドクドクドクド一人前に屁理屈垂れてんじゃねえぞ役立たずのクソガキどもが!!」
彰子の正論に対して、具体的な理由も説明も全く無い、適当に過ぎる言葉の嵐。
再び大声に怯んだ生徒達の姿を見て、須賀は醜く微笑んだ。
「まあ、どうしても作り直せないって言うなら仕方ねぇけどな。そうなったらお前ら全員、生徒会辞めてもらわなねぇとよ」
「はぁ!?」
須賀の言葉に、男子生徒の一人が叫んで聞き返した。
「当たり前だろう。
ここはあくまで学校であって社会ではない。
だが、それを分かっていながらも、この場の誰もがそんな言葉には深刻にならざるを得なかった。
「お前ら全員生徒会クビになったら、当然『特別奨学金』はなしだ。別に俺は良いんだぜ。教師の俺には、お前らの誰かが学費払えなくなって、退学になろうが知ったこっちゃねえんだからよ」
その話を、特に彰子は青い顔になりながら聞いていた。
『特別奨学金』とはその名の通り、普通の奨学金とは別に生徒に支給される補助金である。
対象は、家庭の経済事情等で学業が困難な状態にありながら、学業または決闘で優秀な成績を修めた生徒。
生徒会に入った生徒にも、それだけ学校に貢献したということで支給の対象となる。
普通奨学金と違うのは、普通以上に高額であることと、卒業後も一切の返還義務が無いこと。
それを受けるまでに普通奨学金の支給を受けてきたなら、さすがにその分の返還義務はあるものの、途中から特別奨学金を支給された場合はそれだけ変換金額が少なくなる。
ただし、それだけ破格な奨学金であるから、厳しい条件もある。
その例が……
「『学業及び決闘における成績の深刻な悪化、以降の改善の兆しが見られない生徒。または、重大な過失により決闘アカデミア本校に対する重大なる損害を与えた生徒。これらを行った生徒に対しては、特別奨学金の支給は即刻停止するものとする』。アカデミアタッグ決闘大会っていう、大勢の人間が集まる一大イベントを失敗させたとあっちゃあ、十分アカデミア本校に対する重大な過失に当たるわなぁ……」
「うぅ……」
「それにだ。『一度でも特別奨学金の支給停止処分を受けた生徒に対して、卒業までの普通奨学金を含む一切の経済的援助は行われないものとする』。分かるよな? アカデミアも、一度でも失敗しちまった奴は、どんなに優秀だろうがもういらねえって言ってんだよ、この資料作りと同じでよ!」
過去にもそうして、全ての奨学金の支給を停止されて学費が払えなくなり、普通奨学金の返還義務だけを残して退学していった生徒を、彰子らも何人か見てきた。
そして、こんな男でも、生徒への対応を決められる立場にある教師には違いない。しかも、タッグ決闘大会の実行責任者という、少なくともタッグ決闘大会に限っての最高責任者である以上、それに必要な資料に関する声は、学校側としても無視できるものではない。
そしてそれは、部活動の解体や、学園祭の出店のような学校風紀に関するものとは違って、生徒個人に対する対応であるため、生徒会と言えど反論できる権限は無い。
それが分かっているから、須賀は変わらぬ尊大な態度で、資料をまた叩いた。
「それが嫌なら、さっさと資料作り始めろ。できなかったら、明日から学校に来られなくなろうが知らねえからなぁ」
それだけ言い残し、部屋を出ていく。
「まったく……こんな適当なバカどもに振り回されて、本当! 教師って仕事はやってらんねえよなぁ!!」
廊下の向こうからも聞こえてくるほどの大声を巻き散らしながら、須賀は一人、悠々と帰宅していった。
「……クソッ!!」
男子生徒が椅子を蹴りつけながら、大声で悪態をついていた。
「あのクソ教師……どうせまたセクト会長から文句言われたのが気に入らなくてこんなこと……」
「私、悔しい……」
「……」
帰ろうとしていた時までは和気藹々としていた空気が一転、最悪な空気となってしまい、誰もが出ていった須賀のことを憎み、怒っていた。
言っていることは明らかに間違っていたのに、決まり事と責任のせいで、反論することもできない。彰子を始め、生徒会メンバーにも、様々な事情から、特別奨学金を頼りに登校している生徒は何人かいた。
「……とにかく、言われた通り、資料を片付けます。皆さんは先に帰っていいですよ」
彰子が、テーブルの上に散らばった書類の山を集めながら言った。
それに、生徒会メンバーは全員、目を見開いた。
「何言ってるんですか? 俺達も手伝いますよ」
「そうですよ。こんなたくさんの資料、一人でできるわけ……」
「良いんです」
彰子は心から申し訳ないという様子で、メンバーのことを見ていた。
「こうなったのも、結局、ちゃんと資料を見直すことができなかった私の責任です。皆さんに責任はありません。全部、皆さんに指示を出す立場の私が至らなかったのが悪いですから……」
「副会長……」
(本当……セクト君とは違って、あんな教師に対して何にも言えない立場な、私が悪いだけだから……)
「……だから、この資料は私が何とかします。皆さんは、ゆっくり休んで下さい」
その後も、手伝うと言ってくれている生徒達をどうにか説き伏せて、生徒会室の中で一人になったところで、彰子はノートパソコンに手を伸ばした。
「……徹夜して間に合うかな……」
と、仕事を再開する前に、懐から携帯電話を取り出す。
『From:伊集院セクト
To:宇佐美彰子
今日の仕事は夕方には終わる。
都合がつくようなら5時半にあのカフェで会わないか?』
「セクト君……」
そんなメールが来たこと、セクトに誘われたこと、全てが嬉しくて、すぐさま了承の返事を返した。
そして、生徒会の仕事を済ませて、セクトに会いに行けることを楽しみにしていたのに……
「……ごめんなさい……」
返信ボタンを押して、そんなタイトルのメールを作成し、今日はもう会えないことを伝えた。
理由は急用とだけ書いておいて、具体的な理由は書かずにおいた。プロの仕事で忙しいセクトに、学校のことで心配を掛けたくなかった。
そして、信頼されていたのに、仕事ができないと、セクトに嫌われることが怖ろしかった。
「仕事しなきゃ……」
携帯電話をしまいながら、資料を見て、ノートパソコンを起動した。
外はすっかり暗くなり、部活動で遅くまで残っていた生徒も帰り始めている。
そんな時間になっているのに、肝心の資料はまだ二割も終わっていない。
「はぁ……」
溜め息をつき、痛くなった手を振る。だが、休憩する時間も無い。
明日の朝までに終わらせないと。そんな現実だけが、彰子の時間と体、心まで支配する。
(もうやだ……なんで真面目にやってるだけで、こんな目に遭わされるの……)
ただ真面目に、真っ当に頑張ってきたのに、上の人間に下種がいるだけでこんな目に遭わされる。
ほんの数日前にもこんな目に遭わされた彰子は、自身でも気付かぬ間に、目に涙を溜めていた。
(セクト君……)
パソコンを入力し、資料に目を通していきながら、苦しい思いの中でも思い出すのは、そんな男子生徒の顔だった。
最初にその男子生徒を見た時の印象は、多分、他の生徒達と同じ。
随分背の低い男子だなぁ。そんなぼんやりとした印象だった。
他の生徒達は、そんな身長を笑っていたものの、彰子は笑うよりも、自分と同じ、特別推薦入学の生徒だという事実に親しみを感じていた。
彰子は、何の変哲も無い普通の中学校に通いながらも、学業や決闘に関する筆記の成績が抜群だったことで、推薦枠を獲得し、大した苦労をせず入試に受かることができた。
一方、セクトはここからかなり離れた地方にある決闘アカデミア中等部で、三年間相当な努力を続け、決闘の実技でダントツの成績を修めたことで、他の分校の生徒達を差し置いて推薦枠を勝ち取ったらしい。
推薦同士で、クラスが同じこともあって、異性ながら何となく気軽に会話することができた。
月日が経つごとに、他の女子生徒以上に、誰よりも仲良く話しができる仲になっていった。
明るくて真面目でしっかり者。正義感が強く、他人を思いやる優しさを持っている。
その一方で、勉強の方は彰子とは違ってかなり苦手なようで、テストの度に彰子に泣きついては、一緒に勉強をするということも多かった。
必死に勉強した所で平均以下の成績しか取れなかった物の、そんな勉強の弱さを十二分にカバーできるだけの決闘の実力を有していた。
しかも、ただ強いだけじゃない。彼の決闘は、見ている生徒や教師全員の心を引きつけ、捉えて離さない、魅力と活力に溢れた最高のショーだった。
そんな実力を段々認められていき、最初、身長のせいでいつも笑われていたのが、日が経つごとに誰も彼を笑わなくなっていった。
大勢の生徒達がセクトのもとへ集まり、大勢の友達に囲まれて、大勢の女子にモテモテになって……
そんなことがあって、セクトと話すことが日に日に減っていくのは寂しくはあったが、そうやってセクトの実力が大勢に認められていくことは、なぜだか自分のことのように嬉しく思った。
そして、一年生も終わりが近づいた頃に、彼がプロ試験に合格し、晴れてプロ決闘者になった時も、同じように嬉しかった。
それだけの実力と人望があったからこそ、セクトが生徒会長に選ばれたことに疑問を持つ者は一人もいなかった。
そして、決闘はともかく、勉強で常に学年トップ5を維持してきた彰子は副会長に選ばれた。必然的に、それまで話せなかったセクトと話す機会が増えていった。
セクトと話し、セクトと仕事をし、セクトに必要とされる……
そんな毎日を過ごして、セクトの顔を見る度に、彰子は段々、自分がセクトに懐く感情の、本当の意味を自覚していった。
(私、セクト君のこと……)
だが、自覚すると共に、自分がそんなことを思っていい人じゃない、そう感じた。
セクトは、学校中から、そして、今ではプロの世界でも実力を認められている、将来あるプロ決闘者。
自分のような、勉強だけが取り柄な弱虫が好きになっていい人じゃないんだ。
そう自覚しながらも、せめて、彼のそばにいたい。
そんな思いから、今日まで副会長としての仕事を頑張ってきた。
彼が仕事でいない間、自分が学校の先頭に立って、みんなを引っ張って、彼の負担を減らしてあげる。
そうやって、彼の役に立つこと。そして、彼と仲よしでい続けること。
それだけで十分だった。それだけのために、彰子は今日まで頑張ってきた。
そして、その結果が今こうして、ろくに仕事もせず自分勝手な理屈を並べて、やるべき仕事を生徒に丸投げする、無能教師の我がままによる資料の手直しとその仕上げだ。
さっきから何度も目を通しているが、特に大した問題は見られない。
既にキチンと説明した通り、普通に読んでいれば学生でも分かる資料にできあがっている。
ただ目を通すのが面倒くさくて、何より、うるさい生徒会長様の説教にムカついたから、もう帰ろうかという時間にわざとらしくやってきて、突き返し、丸投げした。それが嫌でも分かってしまう作業だった。
「……」
それでも、今奨学金を停止させられたら、生徒会どころか、アカデミアに通うこともできなくなる。彰子には既に、須賀の言った通り、本来教師が提出資料としてまとめるべきものを、一から作り直し、提出できる形にまで仕上げてやる。それ以外の選択肢はなかった。
「セクト君……」
ようやく三割を終えた時には、夜の九時を回っていた。
徹夜をしても終わらないかもしれない。そんな現実に、彰子は涙目になりながら、心の支えになってくれた、男子生徒の名前を呼んだ。
「セクト君……」
「呼んだか?」
そんな声に、彰子は飛び上がりそうなほど驚いた。
その声がした方を見ると、
「セクト君!?」
そこには、仕事の時に着る、白いライダースーツ姿で、コンビニ袋を手に持つ生徒会長の姿があった。
「え……どうして?」
「お前が、一度はオーケーした約束を断るなんて、よっぽどのっぴきならないことか、生徒会の仕事くらいしかないだろうからな。もしかしてと思って来てみたら、案の定だったってわけだ」
「……」
「悪かったな。気付くのが遅くなって。もっと早く来れば良かったよ」
「……セクト君……」
ただでさえ涙目になっていたのが、セクトの登場と慰めのせいで、ドッと涙が溢れた。
自分の前まで歩いてきたセクトの胸に顔を当て、そのまま涙を流した。
「よしよし……事情は何となく分かった。まずは食え。腹減ってるだろ?」
彰子を慰めつつ、二つのコンビニ袋から、弁当におにぎり、飲み物をテーブルに並べていった。
「俺も手伝うから、さっさと済ましちまおうぜ」
「……でも、仕事帰りで、疲れてるんじゃ……」
「疲れてるなら、誘ったりしねえって」
「……コナミさんが、家で待ってるんじゃないんですか?」
「帰りは遅くなるって、ちゃんと連絡してあるよ」
……
…………
………………
セクトがアカデミア生徒会室に入る少し前……
「セクトさん……やけに遅いですが、どうしたのでしょう……」
とっくに夕飯の支度を済ませたコナミは、セクトの帰りを今か今かと待っていた。
「……」
ショウヘイ ヘーイ
ショウヘイ ッヘーイッ!
「む……メール?」
突然、セクトから渡された携帯電話の着信音が鳴り、メールを開く。
それを見ると……
「今日は遅くなる。先に寝てても良い……あらあら」
……
…………
………………
その後、二人きりの夕飯を終えた後で、セクトと彰子は作業を再開した。
二人になったことで、作業効率は彰子が一人でやっていた時の倍以上に跳ねあがった。
勉強が大嫌いなセクトではあるが、トップとしての責任感が彰子以上に強かったことから、それに伴う資料作成の能力もまた、彰子以上に優れていた。
おかげで本来なら数人掛かりでも時間が掛かる資料作成は、どんどん進んでいった。
そして、午後十一時を回った頃。
「できましたー!」
資料の全ての作成を終えたことで、彰子は思わず両手を上げて、喜びの声を上げた。
「あとは、これを須賀先生の机に置くだけですね」
「……いや待て、それよりもっといい考えがある」
セクトは、須賀の顔を思い出しながら、続けて呟いた。
「彰子にこんな大仕事丸投げして苦しい思いさせたクソ教師に、きっちり責任取ってもらわねえとな……」
そしてまた、教師を説教する時に見せる、邪悪な笑みを浮かばせた。
「……ごめんなさい」
だが、そんなセクトの顔には触れず、彰子はそんな一言を漏らしていた。
「え?」
「……これで二度目です。セクト君に、生徒会のことで迷惑を掛けたのは……」
一度目は、既に辞めていった龍牙に脅された時。
海馬コーポレーションでアルバイトをし、日々の生活費を稼いでくれている父のクビをチラつかせられて、完全に違法行為だと知りながらも、遂には恐怖に負けて生徒会長許可の資料を作成してしまった。
そして二度目が、今日。
「私、セクト君の代わりを務めなきゃいけないのに、結局いつも、最後には助けられてばっかりで……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい……」
そうして、謝り続ける彰子に対して、セクトは、
「もう謝るの禁止」
そう、笑顔で語り掛けた。
「どっちもお前のせいじゃねえじゃん。どっちも、お前を脅した教師がクズ野郎だった。それだけだ。お前は何も悪くねえ。お前が謝ることなんて、一つもねえよ」
「だって……」
「むしろ、それを言ったら、謝らなきゃいけないのは俺の方だろう……」
「え?」
直前の明るい表情とは一転、沈んだ表情になりながら、セクトは語った。
「元はと言えば、俺が教師どもに説教したから、その腹いせをお前がこうして受けちまってるんだ。ただでさえ俺は学校には来られないのにさ……俺のいない所で、俺の代わりに、お前をこんな酷い目に遭わせちまってる。だから、本当、ごめん……」
「ち、違います!」
謝るセクトの言葉を制しながら、彰子は大声を上げた。
「セクト君は、いつだって正しいことをしてくれてます! 先生達に言ってることだって、間違ったことは一つもないです! そのことで先生達に八つ当たりされても、セクト君のせいだと思ったことは一度もありません! セクト君は、なんにも悪くなんかないです!」
「彰子……」
「セクト君は、セクト君らしくいてくれればいいんです。私は全然平気です。セクト君は、いつだって強くて正しい、正直なセクト君でいて下さい」
「……ありがとう」
彰子の慰めを受けて、気を落としていたセクトは、また彰子と目を合わせる。
「お前は十分、俺の助けになってくれてるよ。お前がいてくれて良かったって、俺はいつも思ってる。いつも感謝してる。お前がいてくれてるから、俺だって、今日まで頑張ってこれたんだ。だから……いつもありがとうな。彰子」
「セクト君……」
今にも泣き出しそうな目で、彰子は、セクトの顔を見続けていた。
「……」
「……んっ!」
そんな彰子の顔を見ていると、セクトは自分でも知らぬ間に、顔を動かしていた。
「……え?」
「……うわあ!」
そして、顔を離した後で、自分がしてしまった行為を自覚し、焦り出す。
「……」
「うおおお!?」
自覚した後で、彰子はまた、大粒の涙を流し始めた。
「ごごご、ごめん彰子! 本当にごめん! あんまり、お前の顔が可愛かったもんで、つい、その……本当ごめん! あやまるしかできねぇけど、本っ当にごめん!」
「……嬉しいです」
大慌てで謝罪し続けるセクトに対して、彰子が返したのは、そんな一言だった。
「え?」
「……私、セクト君のこと好きです」
涙を拭きながら、セクトの目を真っ直ぐ見つめ、はっきりと言った。
「一年生の時からずっと好きでした。だから、セクト君がプロで頑張ってる間、私も、セクト君の役に立ちたくて、ずっと頑張ってきました。一年の時みたいに、ずっと仲よしでいたくて……セクト君に、嫌われたくなくて……そばにいたくて、それで……」
「彰子……」
「……でも、何ていうか……好きだから、いきなりじゃなくて、もっと、ちゃんと……////」
「……////」
最後は上手く言葉にできず、顔を真っ赤にしながら俯いていた。
それに、セクトも顔を真っ赤にしたものの、
「……じゃ、じゃあ、今度はその……もっと、ちゃんと……////」
「……は、はい////」
今度はお互いに、ちゃんと心の準備をし、心を通わせ、そんな心に従って。
そしてちゃんと、互いに顔を近づけて……
「……」
「……」
「……////」
「……////」
顔を離し、互いを見つめ合った時、再び二人とも、顔を真っ赤に赤面させた。
「その……さっきも言ったけど、俺が頑張ってこれたのは、彰子がずっと、そばで支えてきてくれたからだ……彰子に褒められたくて、彰子がずっと見てくれたから……だから俺も、彰子のこと、好きだ////」
「……////」
「……恋人に、なって、下さい……////」
「……喜んで////」
その返事の後で、二人は互いの手を、ギュッと握り合った。
「……あの、セクト君?」
「……ん?」
「えっと……今日、お父さん、帰ってこないんですけど……良かったら、うちに、これから、来ませんか?////」
「え……////」
真っ赤な顔のままそんな提案をして、お互い余計に赤面してしまう。
セクトは一度躊躇したものの、
「……い、行く////」
その返事を聞いた彰子は、真っ赤な顔のまま、これから起こることに脅えながらも、それ以上の期待と、女としての幸福を噛み締める、そんな表情をチラつかせていた。
「……」
そんな二人の生徒を、陰から覗く者がいた。
「セクト君……」
二人の内の、男子生徒の名前を呼ぶ彼女の両目からは、涙が溢れていた。
二人の姿をこれ以上見ずにすむよう、足音に気を付けながら廊下を歩いていく。
その手には、今朝、彼から貰ったタオルを握り締めていた。
……
…………
………………
ショウヘイ ヘーイ
ショウヘイ ッヘーイッ!
「今日は帰れそうにない。知り合いの家に泊まる……ですか」
お疲れ~。
向こうでもそうなんだけど、大海の小説、どうも背が低い子ほどモテる傾向にあるみたい。
理由は……大海にもよう分からん。
あと、今更ではあるけど、作中のウサミンはTF3までのグラを想像して読んで下さいな。
そんなこんなで、また続きを書いてくよ。
それまで待ってて。