遊戯王5D's ~剣纏う花~   作:大海

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こっちじゃ初か?

注意事項!

今回も、だいぶきつい内容になってるからね。
どんぐらいきついかと言われれば……

多分、読んだ誰かに殺されても、文句言えないと思う。大海。
向こうでも何度か言ったことだが、気分が悪くなったら読むのお止めね。

それでも読むかい……?

読むと言うなら。

行ってらっしゃい。



第十話 一日の後で……

視点:セクト

 今日も今日とて、座ってるのはいつも通り、生徒会室だ。

 四角形に並べられた長テーブルと、そこに並べられたパイプ椅子。

 俺が座ってるのは、そんな部屋の一番奥。生徒会長の座る真ん中の席。

 まあ、イメージはしやすいだろうな。

 そんな長テーブルにパイプ椅子以外には、生徒会の運営に必要な書類のアレやコレやが、ファイルやノートに挟まって本棚に並んでる。

 他にも、共同で使う専用のノートパソコンだったり、生徒会長の権限が無きゃ使えない資料とかハンコとか。

 

 他の学校でも同じなのかは知らねーが、割かし質素な作りのこんな部屋でも、座ってると自分が責任持ってる立場なのを自覚させられて、身が引き締まる。

 生徒会長に選ばれて、初めて座った時はそりゃあ緊張したもんだ。

 そもそも、決闘以外なにもできねぇ俺なんかが、生徒会長なんてもんに選ばれるとか、考えたことも無かったしな。

 それでも、学校に来るたびに座って仕事をしてりゃ、慣れるのに時間は掛からねぇ。

 もっとも、俺以上に座ってても、未だに慣れねぇ奴もいるのは問題だが……

 

「大丈夫か? 彰子?」

「……はい。なんとか……」

「手伝うか?」

「い、いいえ! あとちょっとなので!」

 俺の前の席に座ってる、生徒会副会長は、相変わらず辛そうに資料作りをしてる。

「……やっぱ、プロの仕事もう少し減らすべきかな? こうも仕事が滞るんじゃなぁ……」

「……!!」

 彰子のことが心配で、何気なくそんなことを言った。

 何せ、溜まってる仕事のほとんどが生徒会長の権限が必要な資料ばっかりだ。

 一応、俺がいない間は、副会長が臨時でそういう権限を持つってことにはなってるる。それを、教師どもの無能さと融通の利かなさを如何なく発揮させられてる結果がこれだ。

 俺や彰子がいくら説明して要求を出した所で直りゃしねえ。生徒会長の指揮下のもと、手続きしてくれの一点張り。

 お役所気取り、そうでなけりゃあただの俺達に対する嫌がらせだ。

 まあ、プロ決闘者やっておいて、生徒会長なんて役職受けちまった俺も軽率だったかもしれねぇ。実際、生徒会長のくせして、何でプロ決闘者なんかやってんだって文句言ってる教師もいるらしいし……ここ、決闘アカデミアだよな?

 いずれにせよ、これじゃあ生徒会、特に、彰子の心労や疲労が重なる一方だ。そうなると、やっぱ俺が仕事減らしてもっと学校に来るしか……

 

「ダメですよ!」

 と、俺がそんなこと考えてると、彰子が急に大声を上げて迫ってきた。

「確かに、会長がいなきゃ片付かない仕事は、私でもどうしようもないですけど、でも、それ以外なら、私だけでもなんとかできます。会長には今まで通り、プロのお仕事を頑張ってほしいです。それが私の……生徒会の、それに、このアカデミアの生徒達、みんなの願いですから」

「彰子……」

 かなり熱く語られて、不安しか感じなかった俺の胸にも、さすがに響いちまった。

「……分かったよ」

 そう言ったら、彰子の顔から力が抜けて、ホッとしたみたいだ。

 中腰で、テーブルに両手を着いて迫ってきたもんで、強調されつつ目の前にに近づいた双丘を眼福に感じつつ、どうして俺なんかのために、そこまで熱くなってくれるかは分からなかった。

 

 ……今ならよく分かる。

 彰子はただ、俺に嫌われるのが怖かっただけだ。

 俺がいないせいで、生徒会の仕事が片付かない。そのせいで、プロの仕事を減らす。

 俺には、プロの仕事を目いっぱいがんばって欲しいのに……それをできなくさせてるのは、自分が頼りないから。そんなふうに責任を感じて、俺に嫌われないよう必死に頑張ってたんだな……

 

 それが分からなかった俺が返事をした後で、彰子は座り直した。

 それで仕事を再開した。本人の言った通り残りは少なかったし、全部終わらせるのに二分とかからなかった。

 けど、終わったからめでたしめでたし、とはならなかった。

 こんな時、いつも見せる泣きそうな顔になってた。

「ごめんなさい、会長……私、全然会長の役に立ててないです。会長の分も頑張らないとって、分かってるのに、ずっと役立たずなままで……」

「……」

 彰子は何にも悪くない。いつだってそうだ。

 それは俺だってよく分かってた。彰子が役立たずだって思ったことも無い。

 だから俺も、そんな彰子の頭を撫でてやって、いつものセリフを掛けてやるんだ。

 

 

 

視点:外

 

「………もうあやまるのきんし……」

 

 彼が今いるのは、たった今、彼が思い浮かべていたのとはかけ離れた場所だった。

 明かりも何も点いていない、真っ暗な部屋だった。

 そんな部屋と同じように、空気まで暗く陰鬱で、部屋の全てが、明るい物を拒んでいるようにすら思える。

 真夜中なのか。見た人間は誰もが思うかも知れないが、時計が示す時間は真っ昼間。

 部屋の窓も、カーテンさえ閉め切っていて、隙間光さえ入ってこない。

 

 そんな部屋の景色はまるで、今のセクトの心境を、そのまま表しているかのよう。

 

 もう、何も見たくないと……

 もう、何も聞きたくないと……

 もう、何も感じたくないと……

 もう、何もしたくないと……

 もう、誰とも会いたくないと……

 

 もう、何も信じたくないと……

 

「……彰子……しょう……こ……」

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 かつて、誰かが言ったらしい。

 個人がどれだけ慕われているか。

 それは、その個人が旅立つ際に、どれだけの人間が集まってくれるかで分かると。

 どれだけの人間が嘆き、悲しみ、涙を流してくれるのかで分かると。

 

 その言葉に従って考えるなら、彼女は、非常に大勢の人間に慕われていたのだろう。

 実際、コナミの目の前に並ぶ、アカデミアの制服を着た少年少女らの、八割以上は悲しみの表情を見せていた。

 涙を必死にこらえているのは、親しい友人たちかもしれない。

 涙を隠せず、嗚咽を漏らしているのは、コナミは知らないが、彼女と同じく生徒会のメンバー達だ。

 そんな若者達を迎えている、喪服姿の中年男性は、涙も見せず、悲しみも見せず、ただ呆然と立ち尽くしているだけ。

 それはきっと、未だに目の前の出来事を受け入れきれていないからだろう。

 そして、夜になった頃にはきっと、現実から無理やり理解を押し付けられて、号泣するに違いない。

 

「……セクト会長は?」

「来てない……ていうか、日曜からずっと、部屋から出てきてないらしい」

「プロの仕事も、全然行ってないっていうし……」

「……無理ないよ。一番傷ついて、苦しいの、セクト会長だもん……」

 残された生徒会メンバーの、そんな涙声での会話も、遠くから眺めるだけのコナミの耳には届かない。

 もっとも、コナミが聞く必要もない。今のセクトの状態を、コナミほど詳しく知る人間はいないのだから。

 

 会話も何も聞こえない。

 コナミはただ、涙を流す生徒達を見つめた。

 未だ、呆然とするばかりな彼女の父親を見つめた。

 写真の中で、輝く笑顔を向ける彼女を見つめた。

 

 順に見つめた後で……

 

 宇佐美彰子の告別式の会場に、背を向けた……

 

 

「……」

 いくら走っても。いくら壁やビルを飛び越え昇っても。いくら街の中を飛び回っても。

 コナミの中で、グルグルと渦巻く感情は変わらない。

 宇佐美彰子。彼女とは特に親しかったわけでもない。ただ、誤解から一度だけ決闘をし、お互いに、セクトにとって、別の意味で掛け替えのない存在だった、ということだけ。

 そんな、縁もゆかりも無いと言ってしまえるだけの彼女との、突然過ぎた別れを前にして、コナミは、何度も、何度も同じことを考えた。

(私のせいで……)

 

「……ぅぅうううううあああああああああああ!!」

 

 大よそコナミらしくない、呻き声を絶叫した。

 絶叫しながら、たまたま辿り着いた、ビルの屋上を殴りつけた。

 ビル全体が地震を起こし、中ではちょっとした騒ぎになったものの、コナミの知ったことではない。

 大きくくぼみ、亀裂が端まで広がった屋上の中心で、四つん這いになっていたコナミは、ゆらゆらと立ち上がる。

「……帰らないと……セクトさんの食事を、お作りしないと……」

 何に当たろうが。大声を出そうが。深い喪失感と、激しい後悔と罪悪感と、色々な負の感情が、コナミを捕らえて離さない。

 秘書を失った時とも違う、父親を亡くした時とも違う、様々なものがナイマゼになったそれ。

 それでも、コナミは分かっている。

 自分が失った時と同じように。自分が今感じているソレは、セクトが感じているソレに比べれば、遥かにマシということくらい……

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 セクトからの連絡に気付いたのは、ランとのライディング決闘が終わった直後のこと。

 携帯を見ると、三十分ほど前にそれは届いていた。

 普通の着信やメールなら、放置することもできた。だがそれは、多分使うことは無いだろうと笑いながら説明を受けた、非常事態用の緊急連絡メールだった。

 メールには、セクトが持っている携帯の位置情報も同時に添付されて送信される。

 その地図を、隣に立っていた少女、ジャッカル岬も覗いた。すると、そこはシティにある、かつて、二人を襲った暴漢連中が根城にしている場所だと説明された。

 嫌な予感が、一気に最悪の予感と変わり、岬を抱えながら大急ぎでそこへ走った。

 

 走っている間に、彼女から連中の正体を聞かされた。

 連中は、決闘の良し悪しで何事も決まってしまうこの社会を嘆き、本来あるべき社会の姿に戻してやろうという思想を持った人間が集まりできた、自称解放派集団ということ。

 もっとも、大層なスローガンを掲げてはいるが、やっていることは、決闘者を標的にした集団暴行やカードの強奪。

 自分達の行動を、決闘のせいにして正当化し、犯罪を繰り返すチンピラの集まり。

 しかも、そんなチンピラのくせに証拠らしい証拠は何も残さないから、未だにセキュリティにも捕まっていない。と言うより、やっていることは、昔からシティでもよくあるチンピラの小競り合いとそう変わらないため、セキュリティもいちいち相手にしていない。

 せいぜい、通りがかりのセキュリティに、決闘者を殴っているのを見つかって、厳重注意か、数日留置場に入れられてそれでお終い、という程度だった。

 後日、その時殴られていた決闘者が、有り金全てとデッキを奪われた挙句、袋叩きに遭い病院送りにされたという事実さえ知らずに……

 

 そんなロクでも無い連中に捕まって、何をされるか分からない。

 話しを聞いた後でその足を速め、岬の阿鼻叫喚の中飛び回り……

 

 到着したのは、シティの中でも山沿いの辺境にある場所。

 何年も前に廃棄された、巨大な工場跡。

 見た目は立派なビルにも見えるが、中には様々な道具や設備がデンと放置されている。

 もちろん、廃棄されているのだからどれも動くわけがないはずだが、中には、今でも生きている機械もあり、危険な場所も多いらしい。

 そんな、凶器や監禁場所にも恵まれた場所へ気に入らない奴を連れてきて、自分達の思うままにもてあそぶ、というわけだ。

 男はもちろん、被害者の中には女子供も大勢いた。どんな目に遭ったか……

 そこで口をつぐんだ岬と並んで、工場の中へ突入した。

 

 数人の男に見つかった物の、生半可なチンピラが束になったところでコナミに敵うわけもない。

 殴り飛ばされるか、蹴り飛ばされるか、投げ飛ばされるか。

 

 それを繰り返しているうち、セクトはすぐに見つかった。

 工場の中心部に、全身傷だらけのボロボロの状態で倒れていた。

 意識を失っていた物の、抱き上げて揺すってやるとすぐに目を覚ました。

 セクトは茫然自失という様子だったものの、すぐに大声を上げた。

 デッキを奪われたこと。そして、一緒にいた彰子が連れ去られたこと。

 デッキなんかどうでもいいから、早く彰子を助けて!

 冷静さを失い、切羽詰まったセクトを岬に任せて、工場中を走り回った。

 

 入った時と同じ。立ちはだかる男達を痛めつけ、隠れている奴を見つけだし、逃げようとする奴には回り込んで、一人残らず動けなくする。

 中には決闘をしろとディスクを構える奴らもいた。だがいくらコナミでも、受けるべき決闘と、そうでない茶番の区別はつく。普通の人間なら決闘を挑まざるを得ない状況でも、コナミには意味がない。

 現れる全員が全員を、セクトや岬を人質に取る暇も与えず痛めつけた。

 そうして、デッキも取り戻して、彰子の居場所も聞き出せたのだが……

 

 ……

 …………

 ………………

 

「……セクトさん」

 いつも通りの、セクトの部屋。そこへ入っていきながら、呼び掛けてみる。

 相変わらず、電気も点けず、カーテンも閉め切っている。

 そんな真っ暗な部屋を歩いて、まずは、カーテンを開けた。窓も開けて、新鮮な空気を入れた。

 そして、セクトの方を見てみる。

 

「セクトさん……」

 あの後、帰ってきた日から、セクトは、変わっていない。

 あの日着ていた服を、無理やり部屋着に着替えさせ、風呂にも入れた。ケガをしていたので、薬を塗ったり、自分にできる治療もした。おかげで傷はほとんど治っている。

 その後はずっと、部屋の壁にもたれ掛けて、何をするでもなくボンヤリと、床を見下ろすか、天井を見上げるか。

 手元には、梓が取り戻した、サブとメイン、白と黒の二つのデッキケースが置いてある。中身が全て揃っていることも確認済み。

 もっとも、触った形跡も、動かした様子も無い。命より大事なデッキは、ただ手元に置いてあるだけ。

 そんなデッキの逆側には……

「セクトさん……お願いですから、少しで良いので食べて下さい……」

 セクトはいつも、梓の作った食事を、美味そうに完食してくれていた。

 それが今は、誰もが美味いと見て分かる食事なのに、グラスの水が空になっていること以外、まるで手が付けられていない。

 すっかり冷めてしまった料理を見た後で、セクトの顔を見た。

 

 休日の過ごし方がだらしないのは元からだが、今はそれに加えて風呂にも入っていない。髪は乱れてベタベタで、目の下に隈があるのは、ろくに眠っていないからだろう。頬がこけて痩せて見えるのは、寝ていないせい、食べていないせいだけじゃない。

 

 そんな、力の無い目で梓を見ながら、出てくる声は、いつも同じだった。

「……梓……」

「はい?」

「……おまえは……わるくねぇ……」

「……」

「おまえのせいじゃねぇ……おまえのせいじゃねぇ……おまえじゃ……ねぇ……」

 静かに消えていくようなそんな声は、梓に語りかけていると言うよりも、自分自身に必死に言い聞かせている。そんなふうに見えた。

 そんな姿を見ると、胸が苦しくなる。息苦しくなる。

 そして、セクトが言ってくれたことを、否定することになる。

(違う……私のせいだ……私が……)

 

 腐ってしまう前に、冷めた食事を片付けた。

 いつもなら、新しく食事を作る所だが、今はそんな気力さえ無い。

 冷蔵庫のミネラルウォーターを手元に置いただけで、部屋を出ていってしまった。

 

 

 あの後セクトは、また窓もカーテンも閉め切るだろう。

 分かっていても、コナミにとっても、今のセクトのそばにいることは、耐え難いことだった。

(私のせいで……)

 

 ―「お前が悪いんだよ!!」

 

 彰子を見つけ出した直後に聞こえてきた、誰かの声がまた聞こえてくる。

 

 ―「お前のせいだ帽子野郎! お前がそんな女助けて、俺達を怒らせたのが悪いんだ! お前が俺達を怒らせたせいで、お前が関わったチビがケガして、チビの女が死んじまったんだよ!」

 

 ―「その女をぶっ殺したのはお前だ! お前が悪いんだよ帽子野郎! お前のせいだ! お前が俺達を怒らせたのが悪いんだ!」

 

 ―「お前が全部悪いんだああああああああああああ!!」

 

 バキィッ……

 

 聞こえてきた声をかき消すために、すぐ隣にあるビルの壁を殴った。

 相変わらずの亀裂音を鳴らし、大きくくぼませヒビを広げたが、中に人はいないようで、先程のビルとは違って騒ぎにはなっていない。

 もっとも、騒ぎになろうがなるまいが、今のコナミには関係ない……

(私のせいか……私が、セクトさんに関わったから……)

 

 考えてみれば、いつだってそうだ。私が関わった物は、何もかもおかしくなっていく。

 水瀬家に拾われた。すると、元からおかしかった親戚連中は更におかしくなった。

 私を人一倍目の敵にしていた女性、双葉さんは、私に関わったせいで、最期はサテライトで消えていった。

 大切な秘書だった、大谷さん。私に関わったせいで傷ついて、たくさん悲しんだ後で、私の手の中で消えていった。

 最愛のお父さん。なぜか、未だに最期を思い出すことはできないけれど、私が関わったせいで、悲惨な死に方だったらしい。

 水瀬家。崩壊したのは自業自得とは言え、私がいなければ、もしかしたら今も違う形で残っていたかもしれない。

 そして、ここに来て、私を助けてくれた義理の従兄弟、伊集院セクトさん……

 

(私さえいなければ……セクトさんが、彰子さんを失うことも……)

 最愛の人を失う辛さと苦しさは、よく知っている。

 だからこそ、許せない。

 大切な人を、そんな目に遭わせてしまって、一生立ち直れないかもしれない傷を負わせた自分自身が……

(セクトさん……っ)

 

「コナミのせいじゃ、ねえよ……」

 

 そんなコナミの耳に、少女の声が届く。聞き覚えのある声だった。

 振り返ると、予想した通りの少女。

「……少なくとも、お前は悪くねぇ。あんな奴らの言ったことなんて、気にすること、無ぇよ……無理かもしれねぇけど……」

 気まずそうに、だが優しい声を掛けながら、ジャッカル岬は、コナミの前に立った。

「お前のせいじゃねぇ……俺が、あいつらを一人でどうにかしてりゃあ、こんなことにならなかったんだ。お前が、俺を助けなきゃ、あいつらは、お前の大事な奴らを傷つけることなんてなかった……悪いのは俺だ」

 彼女なりに、慰めてくれているんだろう。もちろん、本心であるに違いない。コナミと同じく、彼女も当事者の一人なのだから。

 だがそんな声も、今のコナミにとっては、虚しく、悲しく響くだけ……

 

「いた! コナミさん!」

「コナミ!」

 

 そんなコナミの耳に、もう二人、少女の声が聞こえてくる。

 同い年の少女と、年下の少女。

 アキと龍可は二人とも、今の岬と同じ、アカデミアの制服を着ている。

 今日がちょうど休日なのもあって、三人とも、彰子の告別式の帰りなのだろう。偶然か、今いるこの場所は、さっき訪れた彰子の自宅から、そう遠くない場所にあった。

「コナミさん、どうしたんですか? ずっと姿見せないで……」

「彰子さんが亡くなってから、生徒会長も全然姿を見せないし、あなた達の間に何かあったの?」

「……」

 何も知らない、アキと龍可からすれば当然に感じる疑問だろう。

 そして、彼女らの思っている通り、何があったか、コナミはよく知っている。

「……」

「俺から話してやろうか?」

 思い出すだけで……口に出すだけで苦しくなる。

 そんな様子のコナミに、岬がまた、優しく声を掛けた。

 そんな岬に対して、コナミは無言のまま、首を横に振って答えた。

「そっか……」

「……」

 岬から、二人の方を見て、歩いていく。

 言葉にするのが辛いのは、岬も同じだろう。

 そこまで気を遣ったのかは分からないが、コナミはアキと龍可と並んで、歩いていった。

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

「……」

 まさか、またここに来るなんて……

 あの日を最後に、ここには二度と来ないと思っていたのに……

 

 彼を最後に見た時は、いつも通り元気だった。いや、元気なだけじゃない。とても幸せそうな顔をしていた。ずっと彼を見てきたから、それがよく分かった。

 そんな彼の幸せの気持ちが、私に向けたものだったなら、私もどんなに幸せだったろう。

 そんなことを考えながら、彼と同い年で、自分よりもずっと彼とお似合いな女の子に対して、年甲斐も無く嫉妬していた。

 それでも、彼にとって一番幸せなら、私じゃなくてもいい。まして、教師の私なんかが、生徒である彼と結ばれるなんて、あるわけないんだから。

 それがよく分かっていたから、とっくの昔から諦めていた。

 諦めはしても、実際に別の女の子との、そういう場面を見てしまうのは、やっぱり、辛かった。辛くて、苦しくて、悔しくて、悲しかった。

 そんな悲しみも、彼が幸せなら構わない。

 そう思ったから、彼の優しさも全部返して、彼のこと、忘れようって決めたのに……

 

 彼にとっての最愛の人、彰子さんの告別式からの帰り。

 喪服姿の加藤友紀は、セクトの部屋の前に立っていた。

 

 日曜日に別れた日から四日。

 アカデミアはもちろん、プロの仕事すらさぼっている。

 その原因を知っている人間は、友紀自身を含めて、多くはいない。

 その理由を知らない学年主任から、一度様子を見てくるよう、担任である友紀が言い渡されるのは必然だった。友紀にとっても、断る理由は無かった。

 

 その話を受けた時、教師の中には、笑いながらセクトの陰口を叩く者もいた。日頃から、セクトからの文句や説教に対して良く思っていない教師達だった。悪いのは自分達のくせに、彼らにとっては仕事の良し悪しや生徒より、自分達のプライドの方が百倍大切なんだろう。

 だから、今は学校にいないが、教師の中でも評判が最悪な男、須賀も、腹いせに彰子さんに大仕事を丸投げしたのだから。

 もっとも、あの後その資料に、わざとやったとしか思えない、悪意のある、致命的なミスが見つかった。校長は、それが彰子さんやセクト君が仕上げたものとは知らないから、最終的な仕上げをしたはずの須賀に、その責任を取らせることにしていた。

 仮に二人が仕上げたことを校長が知っても、教師の仕事を生徒に丸投げしたのだから、責任を取らされるのは教師の須賀なのは変わらない。

 それが、責任を取らせる前に、姿を消した。

 どの道クビには違いない。友紀としても、女子生徒をいつもいやらしい目で見て、自分にも時々図々しく話しかけてきては鬱陶しく誘ってくる、あの男がいなくなって、せいせいしている。

 

 今重要なのは、セクトのことだ。

「……よし」

 一つ深呼吸して、気持ちを落ち着ける。

 ずっと好きだったとか、まだ心の整理がキチンと付いていないとか、そんなことは問題じゃない。

 セクト君は、私の大事な生徒だ。そんな彼の様子を見にくることは当然だ。

 そう自分に言い聞かせながら、ドアを叩く。

「セクト君」

 返事は無い。思った通りだ。もっとも、今中にいるかも分からないのだが。

 もう一度、ドアを叩いてみる。

「セクト君?」

 やはり、返事は無い。

 留守なのかもしれない。そう思いつつ、ドアノブに手を掛けてみると……

「……あら?」

 鍵は掛かっていない。悪いとは思いつつ、ドアを開けてみた。

 

 部屋の中は暗く、電気はもちろん、カーテンまで閉まっている。

 そんな暗い部屋なのに……

「セクト君!?」

 玄関からの光と、カーテンの隙間からの僅かな光が、部屋の中を照らしている。

 そんな光の先に、セクトは、壁にもたれ掛け座っていた。

「セクト君!」

 その只事ではない様子に、玄関を閉め、大急ぎで中に入る。暗くてよく見えないが、部屋の中は整理整頓されていて、掃除も行き届いている。

 そんな部屋の中なのに、壁にもたれ掛かったセクトだけが薄汚れている。

「セクト君、大丈夫?」

 想像しなかったわけじゃない。むしろ、思っていた通り。どうか、想像と違っていて欲しいと、いっそのこと、ただの怠惰であってくれと願っていた。

 真面目でいつも一生懸命なセクトに限って、そんなわけがないと分かっていたにも関わらず。

 想像していた通り、彰子を亡くしたセクトは、大いに傷ついて、部屋に閉じこもっていた。

「セクト君、しっかりして! セクト君てば……」

 両肩を掴んで、ゆすってみる。僅かな光の中でも、セクトの顔がやつれているのが見えた。

 ろくに睡眠も、食事さえ摂っていない。とてもひどい状態だ。

 何とかしてあげたい。けど、どうやって? 自問自答を繰り返す。

 

「……しょう……こ……」

 考えていると、声が聞こえた。とても小さくて、聞きとることは難しい。

「……しょう……こ……しょう、こ……」

 声が、段々と大きくなっていく。見ると、顔を上げて、細めた力の無い目で、友紀の顔を見ている。

「しょうこ……彰子……?」

 ようやく、はっきり聞き取れた。セクトは、死んでしまった彰子さんの名前を呼んでいた。

(当たり前だよね……)

 と、とっさに友紀が落ち込んだ時……

「彰子……彰子……? 彰子……!」

 突然、セクトが声を上げた。力のこもっていない、弱々しい声だったが、それでも友紀の目を向けるには十分な声量だった。

 それに友紀が驚いている間……

「彰子……無事だったのか? 彰子……帰ってきたのか……」

「え……え、なに? セクト君?」

 声には力の無いまま。目は細めてはっきりしないまま。

 そんな、とても正気には見えない様子のセクトは、友紀の顔をジッと見つめながら、両手で何度も顔や手を触って、その感触を確かめている。

「彰子……!」

「え? きゃっ……!」

 やがて、そんな友紀を引っ張って、抱き締めた。

「ちょっと、セクト君?////」

「よかった、彰子……大丈夫なんだな? ここにいるんだな……」

 その小さな両手に力を込めて、彰子、彰子、と繰り返すばかり。

 そこでようやく、友紀も状況を理解した。

(ウソ……私のこと、彰子さんと間違えて……?)

 以前、生徒の誰かに言われたことがある。

 髪の毛を伸ばしたら、副会長の宇佐美彰子さんにそっくりだと。

 生徒の軽い冗談だと思って、笑って聞き流していた。

 それがまさか、本当に似ていたというんだろうか?

 いくら正気じゃないといっても。いくら部屋が暗くても。七歳も年上な自分を、恋人と見間違うくらいに……

「彰子……怖かったよな、彰子……俺のせいで、ごめんな、彰子……」

「うわっ……!」

 そして、抱き締められたまま、背中から押し倒された。

 床に横たわってしまって、その上に、セクトが覆いかぶさっている。

 

「彰子……」

 と、驚いていると、セクトの両手は、スーツのボタンを掴んでいた。

「え? せ、セクト君……?」

「ごめん、彰子……俺、今、彰子が欲しい……」

「それって……え、やだ、ウソ……!」

 セクトがしようとしていることを理解して、手を動かした。

 セクトの両手を掴んで、声を上げた。

「ダメ、セクト君! 私は、彰子さんじゃ……!」

「彰子……」

 だが、そんな友紀の手に構わず、黙々と、スーツのボタンを外してしまう。

(ウソ……こんなに小さいのに、こんなに力があったの……)

 知らなかった事実に驚愕しながら、もう一度、セクトの顔を見上げた。

 悲しげながらも、歓喜と興奮が宿ったその顔は、ここに来た時の、死んでしまった顔とはまるで違う。

 日曜日の時ともまるで違うが、あの日と同じ、幸せそうな顔だった。

 

(セクト君……)

 こんなこと間違ってる。私は、彰子さんじゃないんだから。

 それは分かっている。今すぐ止めるべきだ。

 それでも……

「……いいよ。セクト君……」

 とても幸せそうな、彼の顔を見ていると、止めることができなかった。

 何より、ずっとずっと好きで、気持ちを伝えることも許されず、諦めるしかなかった男の子が、自分だけを見て、求めてくれている。

 たとえそれが、いなくなった恋人の代わりだとしても……

「私……いいよ。セクト君……彰子さんの代わりに、いいよ……」

 ワイシャツのボタンを全て外した、セクトの手から、手を離して、セクトの身を抱きしめた。

 

「彰子……彰子……」

 素肌を晒した友紀の胸に顔を押し当てながら、セクトは、思っていた。

(彰子が帰ってきた……あれは全部、夢だったんだな……)

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

「お前が悪いんだぜ。お前が決闘者だからこうなったんだよ」

 

 彰子とのデートの帰り。突然後ろから殴られたと思ったら、そのまま意識を失った。

 気が付くと、自分は両手を押さえられ、地面に組み伏せられていた。

 顔を上げると、

「彰子!」

 着ていた衣服をはぎ取られて、下着だけになった彰子が、複数人の男に抑えられていた。

 

 目の前にいる、この中で中心らしいデブとひょろ長は、眠っていた間に取り上げたらしいセクトのデッキを手に、ニヤニヤと笑いながらそんなことを繰り返し語っていた。

「おい、お前の人生話してやれよ」

 声を掛けられた男は前に出てくると、目を閉じながら、大げさな身振り手振りで話しを始めた。

 

「俺が生まれたのは、平凡だが少し貧乏な家庭でなぁ。貧しさはあったがそれでも家族がいて幸せだったよ。冴えねぇサラリーマンの親父は、そんな俺達家族を守ろうと、一生懸命働いててよぉ。俺も、そんな家族の助けになろうと、必死で勉強して、それなりの大学を目指してたもんだ。実際、高校じゃあ期待もされてたんだぜ」

「ところがだ。ある日親父が連れてきた、取引先の重役の息子だとかいう決闘バカの小僧がよう、俺と同い年だから相手してくれって。わがまま放題のバカ息子だったが、親父の仕事のためにはソイツの機嫌を取らなきゃならなかった。それで慣れねぇ決闘を必死に覚えて、バカ息子と毎日毎日、したくもねぇ決闘ざんまい。勉強する暇も無かったせいで当然成績は落ちた。そのこと親父に相談しても、仕事のためだ、頼むの一点張り」

「そんな調子だったからだろうなぁ。ちゃんと勉強してりゃあ、十分合格圏内だった志望校の大学に落ちて、そのバカ息子はちゃっかり志望校の金持ち大学に入学。その時の、バカ息子の俺を見下した顔と、親父に言われた言葉は今でも忘れねぇよ……」

 その男は、セクトの顔に、自分の顔を近づけながら……

「決闘はできない。大学も行けない。何の役にも立たないな……ふざけんなあああああああ!!」

 最後は絶叫しながら、セクトの顔を殴りつけた。

「誰のためにしてやった決闘だ! 誰のせいで落ちた大学だ! 自分の都合棚に上げて、息子の人生に勝手に見切り付けてんじゃねえええええええ!!」

 何度も叫びながら、何度もセクトの顔や身体を殴る蹴る。

「ずっと大事だと思ってた家族だったが、そんなことがあったせいで一気に愛情が冷めちまってよぉ。だから、仕返しに親父もお袋も、バカ息子にその親父もボコボコにしてやったよ。その後どうなったかは知らねぇが、息子がボコボコにされた以上、取引は無し。責任取らされてクビになったかもなぁ。せいせいしたぜぇ」

 

 ひとしきり人生を語って、ひとしきり殴って満足したらしく、後ろへ下がっていった。

 すると今度は、別の男が前に出た。

 

「俺はガキの頃からサッカーが好きでなぁ。体を動かすのは大好きだったし、運動神経だって良かったから、サッカーやって、全国大会にも出たいって思ってた。プロのファンタジスタになるのが夢だったんだ」

「ところが、お袋がかなりの決闘バカでよぉ。俺が生まれる前から、俺を絶対プロ決闘者にしてやるって意気込んでたらしいぜ。何度もサッカーがやりたいって言ったが、お袋は俺に決闘以外のスポーツを許さなかった。学校が終われば決闘の勉強、裕福なわけでも無ぇのにレアカードまで買い与えてよぉ。ある意味、情熱的な良いお袋だったかもなぁ……」

「だがよぉ、肝心の俺は、いくらやっても上達しなかった。当たり前だ。俺がやりたいのはサッカーだ。決闘なんか、やりたいと思ったことも無ぇんだぜ。第一、子供だった俺にそんなもん無理やり押し付けて、嫌いになりこそすれ、好きになるわけ無ぇだろうが」

「それなのにお袋は俺を無理やり大会に出してよぉ。いつもいつも一回戦で敗けて終わりだってのに、何度やっても懲りずに、安くない教材やらカード買ってきてよぉ。親父はそんなお袋に愛想尽かして、女作って出ていきやがった。それでもお袋は、口を開けば決闘、決闘、決闘……カード買うために借金までして、そのせいで家も取られちまった。高校生だった俺は、学校辞めさせられちまったよ。ガキの頃からの夢だった、サッカーを一回もできずになぁ……」

 話した直後、サッカーのように降りかぶった足で、セクトの頭を蹴とばした。

「何が決闘しろだ!! 何がお前はプロ決闘者になるんだ、だ!! 何で俺が、したくもねぇカード遊びのプロを目指さなきゃならねぇ!! そのせいで、何で家も人生も取り上げられなきゃならねえ!! プロのカードゲーマーがプロサッカー選手より偉いだぁ!? そんな社会に誰がしやがったんだこらあああああ!!」

 何度も、何度も蹴られ、顔も体も痣だらけになった。

 

 その後も、男が一人ずつ順に前に立っては、自分達が決闘モンスターズのせいで、如何に惨めな人生を歩んできたかを、これ見よがしに大げさに話して聞かせては、その怒りを、決闘者であるセクトにぶつけるという遊びを繰り返した。

 

 そうしているうち、最後に前に立ったのは……

「お前は……!?」

「よぉ。こんなところで会えるとはなぁ、セクト君よぉ……」

 そこに立っているのは、セクトも何度もその顔を見た男だった。

「須賀先生……!?」

 彰子も、その男を見て、大声で名前を呼んだ。

「お前も、こいつらの仲間だったのかよ……!」

「ああ……本当なら、龍牙のヤツも誘ってやりたかったんだがなぁ。ちょっと前に辞めちまったがよぉ……」

 須賀はそう言うと、ニヤニヤと笑いながら、セクトの前に座った。

「良い気味だなぁ、生徒会長サマ……どうだ? 毎日毎日、ガキの分際で、仕事の良し悪しで説教してるセンコーに見下される気分は?」

 乱暴に髪を掴んで、顔を突き合わせる。楽しそうに、面白そうに、だが憎しみを声に込め……

「説教喰らう度、どんだけぶん殴ってやりたかったか知れねぇ。生徒の分際でよぉ。こっちは他に就職先が無かったから、仕方なしになりたくもねぇ教師になっただけだってぇのに。これでも教師ドラマに憧れて、熱血教師目指してたころもあったんだぜ。テメェみてぇな生意気な生徒しかいねーんで、すぐに嫌になったがなぁ……」

 その顔を、地面に叩きつけた。

「ずっと辞めてやろうかって思ってたが、それでも女だけはツブが揃ってるからなぁ。龍牙ほどじゃねえが、何人かは適当な生徒脅して、食ってやったもんだぜ。他にも良い女はより取り見取りだ……十六夜アキとか。あれ絶対ぇ男誘ってるよなぁ? 制服の胸開いて、デカ乳揺らしてよぉ……初等部の、龍可ってガキも良いよなぁ? テメェの担任、加藤も良い女だしなぁ……で、あいつだ」

 そこで、ずっと後ろで押さえられている、彰子を見た。

「顔は地味な方だが、十分美人だし、かなりのデカ乳で良い身体してるよなぁ。龍牙のヤツも狙ってたみてぇだし。俺もずっとヤりてぇって思ってたんだぜ……それを、なあ!?」

 突然大声を上げて、立ち上がり、セクトの顔を踏みつける。

「チビの分際で、決闘が強いってだけで俺より稼ぎやがって!! こっちは一生働いたってテメェの月収超えらんねえよ!! それだけでも生意気なのに、人が狙ってた女まで横取りしやがってよぉ!! タカがカードゲームのプロってだけで、どれだけこの俺様より良い思いすりゃあ気が済むってんだ!! 調子に乗るのも大概にしやがれえええ!!」

 

 大いに踏みつけた後は、彰子の手を引き前に立たせた。

「おら、テメェの女だぜぇ」

 脅え、震える彰子の体中を撫でまわしては、ニヤニヤとした顔を彰子に、セクトに向けた。

「これからこいつをどうするか、分かってるよなぁ?」

 須賀だけでなく、この場にいる男全員が、同じようにニヤニヤと笑った。

「嫌だよなぁ? やめて欲しいよなぁ? 大事な大事な恋人の彰子ちゃんだもんなぁ~……やめて欲しけりゃ、お願いしてみろよ」

「……」

「お前に説教されてる時、いつもお前に謝ってやってるよなぁ? あんな感じでよぉ、今までの俺への失礼も全部、誠心誠意謝れよ。土下座して、自分が悪かったって謝って、やめて下さいって、お願いしてみろやこらあああああああ!!」

「……」

「セクト、君……」

 

「……」

 そんな声の後で、ずっと押さえられていた両手足が自由になった。土下座させるためだろう。

 体中が痛くて、上手く動かせない、そんな体を必死に動かした。

 

 言われた通りにしたところで、こいつらがやめるわけもない。

 それでも、もしかしたら、自分の情けない姿を見れば、気が済むかもしれない。

 そうすれば、自分はともかく、彰子だけは助かるかも……

 

 そう思って、顔を上げてみた。

 須賀は、相変わらずニヤニヤ笑い、大いに勝ち誇っている。

 そんな須賀に押さえられている彰子は、終始泣きそうな顔だった。

 必死で涙をこらえながら、恐怖に震えている。

(彰子……)

 

 両手を地面に着いて、両ひざも、地面に着ける。

「……ん……な……」

「あ?」

 声が聞こえた。それに大げさに反応し、耳に手を当てる。

「なんだってー? なんて言ったんでちゅかー? 小っちゃなセクトちゃーん? 大っきな声で言ってくれなきゃ、おじちゃんの耳に聞こまちぇんよー? 声も体も、小っちゃな小っちゃなセクトちゃーん?」

 また笑い声がその場に広がる。全員がセクトを見下して、次に言うこと、やることを楽しみに見ていた。

「……」

 

「ふざけんな」

 

 聞こえてきたのはそんな、予想とは全く違う声だった。

 散々殴られ、痛めつけられて、力はほとんどこもっていない。

 そのはずなのに、その若い声は、狭い工場の中で反響し、聞く者全員を威圧した。

 

 両手に力を込め、ひざを立てて、立ち上がる。

 立ち上がってもう一度、彰子を見た。

 震えていながらも真剣なその顔は、あの夜と同じことを言っていた。

 

 ――セクト君は、いつだって強くて正しい、正直なセクト君でいて下さい。

 

「……さっきから黙って聞いてりゃあ、人生が上手くいかなかったこと、全部が全部、決闘だけのせいにしやがってよぉ……テメェら一度でも、その原因に立ち向かおうとしたか? 一度でも逆らったか? 自分の人生、親でもねぇ、他の誰でもねぇ……自分の力で勝ち取ろうって戦ったのか?」

 全身ボロボロの傷だらけ。体はフラフラ。今にも倒れてしまいそう。

 そんな有様なのに、そこに立って、力強い声で語りかける。

 その姿は、タダのチビなガキじゃない。須賀を委縮させ、彰子がいつも見て憧れた姿。

 プロ決闘者にして、アカデミア生徒会長。決闘アカデミア童実野校最強の存在。

 伊集院セクトがそこにいた。

 

「親の都合で、決闘を覚えさせられて、成績が落ちた? 大学に落ちた? 家族に絶望したなら、さっさと見切りをつけることだってできたんじゃねえのか? それで親父に迷惑掛かろうが、決闘をやめるってハッキリ言えたんじゃねえのか? 親父を守るためじゃねえ。ただ、やめる勇気が無かっただけじゃねぇか。親父の人生しか見ねぇで、自分の人生ドブに捨てちまったのはテメェ自身だろうがよ」

 

「ぐ、うぅ……」

 

「サッカーがしたかったんだよな? だったら親が何て言おうがサッカーをすりゃあ良かったんだ。親の見てねぇ所で練習だってできたんじゃねえか? 本気でサッカーがしたかったって言うなら、そのサッカーで、無理やりにでもお袋に言うこと聞かせるくらいの意気込みがあったんじゃねえのか? それが無かったってんなら、テメェにとって、サッカーなんざその程度の夢だったってことだろうが」

 

「なん、だとぉ……?」

 

「お前らからすりゃあ、確かに俺は、たかがカードゲームが強いだけで勝ち組になった、生意気なガキだろうな。けどよ、そうなるまで、楽してきたわけじゃねえよ。色んなものと戦ったし、色んなものを捨てもした。八つ当たりしかしてこなかったテメェらと違ってなぁ!」

 直前まで、無理やり聞かされた絶叫にも負けない声で、全員を怯ませた。

「理不尽も身勝手も、世の中にゃあいくらでも、当たり前に転がってんだよ。全員が全員、受ける覚えも理由もねぇそんなもんに襲われて邪魔されて、それでも必死に戦って生きてんだ。必死に戦って、その戦いに勝ったから、人生を勝ち取ったんだ」

「テメェらはそんな理不尽とか身勝手と、戦いもしてねぇ。目の前に現れた途端諦めて、逃げ出したんだ。逃げ出したテメェらは負け犬ですらねぇ。臆病者のクズ野郎だ。だから勝ち組はもちろん、今も必死で戦ってる奴を妬んで、大喜びでその邪魔してんだろうが。自分達と同じ、戦えねぇクズ野郎にしたくてよぉ」

 

「ぐ、うぅ……」

 

「勝ち組の俺一人ぶっ殺したくらいで気が済むなら、好きにしやがれ。だがなぁ……今も必死に戦ってる最中のヤツまで、テメェらの勝手で邪魔してんじゃねえよ、このクズ野郎どもがぁ!!」

 

 最後の絶叫は、まるで工場全体を揺らしたようだった。

 工場を揺らした衝撃は、見ていた男達全員にぶつかり、肌をビリビリと震わせた。

「セクト君……」

 その声を聞いた彰子も、ずっと好きだった姿そのままのセクトに、今の状況も忘れて、見惚れていた。

 

「う……うるせぇ、うるせえ! うるせえ!! ガキが、粋がってんじゃねぞおおお!!」

 須賀が絶叫して、目の前に立つセクトに拳を浴びせた。

 ただでさえボロボロだったせいで、拳の一発で簡単に倒れてしまった。

 そんなセクトへ歩き、何度も、何度も踏みつけた。

「もういい。どうせ最初っからそのつもりだったんだ。テメェはここで、ぶっ殺す……そんで、テメェの大切な彼女は俺達のエサだあああ!!」

「……っ!?」

 

 最後に聞こえた絶叫と、体中の痛みの後は、記憶が残っていない。

 意識が途切れる直前に思い出したのは、彰子と二人で襲われた時、気絶する前にとっさにポケットの携帯を操作して送った、緊急用メールだった。

 情けなくも、あいつに頼るしかないと、付き人の顔を思い浮かべて……

 

 

 また目を覚ますと、目の前には、いつもの赤い帽子があった。

 そいつに向かって、彰子を助けてと叫んだ。

 そいつが走り出して、しばらくすると、携帯メールに彰子の居場所が送信された。

 それを見て、全身が痛む体を動かして、岬の制止も聞かず走り出した。

 

 走って、辿り着いた先で、コナミとも合流できた。

 合流した後でそこを見ると……

 

「……おい、ちょっと待て……」

 そこはかつて、作った物や、原料を保存しておくための冷凍庫だと、確かにメールには書かれていた。

 廃棄されて、仮に電気が通っているにしても、とっくに壊れているはずの場所だった。

 だが見ると、その冷凍庫にあるボタンは、『ON』の文字が光っている。

 ドアの下、ヒビ割れた隙間からは、白い冷気が漂っていた。それだけで、それがかなり強力なものだと分かった。

 気付いた岬が、すぐさまスイッチを『OFF』にした。直後、コナミが鍵をぶっ壊して、デカい扉も壊してこじ開けた。

 

 そこには……

 

「……おい……ウソだろ……おい……」

 メールに書いてあった通り、異臭に満ちたその中には、彰子がいた。

 下着や靴すらはぎ取られた全裸姿で、広げた両手両足を縛られて、部屋に吊るされていた。

 素朴だが美しかった顔は、青痣や殴られた痕で、倍ほどに膨らんでいた。

 セクトより遥かに打たれ弱い、白くて綺麗な、スタイル抜群の身体も、様々なもので殴られた、痛々しい痕が無数に刻まれている。

 おまけに、ベトベトしたものが全身に貼りつき、床に滴っている。

 身体と同じように、彼女の足の下にも、白くて黄色い、大量のベトベトが固まり、太ももを伝って垂れ落ちている。

 そんな状態にありながら、腫れた顔は、必死に耐えようと力が込められていた。

 なのに、そんな顔とは裏腹に、両手両足は、全く力が無くダランとしていた。

 

 近づいて、顔を見た。力強い顔なのに、目には、光が灯っていない。

 首元に手を当ててみる。酷く冷たくなっているのは、冷凍庫の冷気だけが原因じゃない。そして、何も動いていない。

 冷凍庫の外から、男の声が聞こえた。コナミに何か叫んでいるように聞こえたが、セクトの耳には届かない。

 セクトが思い出しているのは、このたった三日の間に、彰子に語った言葉……

 

「なにが、彰子がいたから強くなれた、だ……なにが、俺が彰子を守る、だ……なにが……そばにいてほしい、だ……」

 何一つ、成していない……

 そんな言葉の嘘八百に憤慨しながら、冷たくなった、彰子の身を抱き締めて……

「彰子……」

 

 ――彰子おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……

 

 

 彰子は、コナミによって病院に運ばれた。

 セクトに岬も、急いで病院に駆け付けたが……

 医者の口から聞かされた。

 手遅れだった、と。

 

 

 その瞬間、信じたくなかった現実を、セクトは突き付けられることになった。

 

 

 宇佐美彰子――死亡

 

 

 

 




お疲れ~……

……やっぱりね……決闘がないと……
書くのも……ぐすっ、楽だよ、ちくしょう……ぅぅ……

彰子ぉ……





分かってるとは思うけど。

死んだ人間は生き返らないんだ。
それがどんだけ酷い死に方だろうがやぁ……

今回はそんなお話しでした。
これで続き書いてくのもぶっちゃけ辛いんだがや。
それでも、書くしかねーんだ大海は……

そんなわけだから、待ってくれるらば。

次話まで待ってて……ぅぅ……

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