梓「やはり時代はGですね!」(むしゃむしゃ……)
う、うん……
そのうち、『食べられるG』なんてカードが出るんじゃなかろうか……
KONAMIよ。もしそういうストラクチャーデッキ作る気なら、ぜひ、うちの梓をイメージガールに(朦朧)。
冗談はさておいて、一応注意ね。二話続けて申し訳ないけど。
んじゃ、行ってらっしゃい。
視点:外
「……」
別に、どこか行きたい場所があるわけでもなく、ただ何となく、街中を歩いている。
歩いていて何かが変わることも無い。状況も変わらなければ、ジャッカル・岬が今感じる、息苦しさや、後悔や罪悪感が消えることなど、あるはずがない。
無いと分かっていても、立ち止まっているわけにもいかず、かといって、ただ家に帰ることもしたくなくて、気晴らしにもならない、見知った街の散歩に興じているだけだ。
「コナミ……」
口から出るのは、今回の事件の被害者の一人の名前だ。
アイツは、自分の主人を無事に助け出すことができた。敵は全員蹴散らして、何なら、その後の罰も与えた。
それでも、主人は救われなかったことを、岬も見て、知ってしまった。
そして、そのことで、主人である生徒会長はもちろん、コナミも、そして、岬自身の心にも、深い深い傷を抉った。
「……」
歩き疲れて、立ち止まったのは、特に珍しくも無い歩道橋の上。
特別高いこともなく、特別大きいことも無い。シティでなくても、ちょっとした田舎町で普通に見かけそうな規模だ。周りにはもっと大きくて、色々な方向へ行ける橋もあるから、あまりここを通る人間は見たことがない。実際、今も自分以外に人の姿は無くて、どうして今もこうして残っているのか、疑問に感じるような、そんな橋だ。
そんな歩道橋の上で、手すりに手を掛けて、下を眺めてみる。
車が走っている。当たり前だ。歩道橋があるということは、その下は自動車道路だ。
無数の車が走っている。大都会のシティなだけあって、数えきれない車が、渋滞ができない程度の速度で走っていっては、目の前の上か下へ消えていく。
仕事で走っているのか。遊びに行くのか。車を走らせる理由なんか、岬にはいちいち知ったこっちゃない。ただ、車の群れを見ていると、思うことがある。
(このまま飛び込んじまったら……あいつらに、ちょっとは償えるのかな……)
そんなこと思った。半ば実行しようかとも思った。この四日間の間、何度も……
だが、できなかった。
実際に人が、それも、同じ学校に通う女子生徒が、死んでしまっているのを見た。
だからなのか? 今まで特に考えたことも無かった、死ぬ、ということが、今まで以上に恐ろしいことだと感じるようになった。
そう感じたから、同時にまた悩まされる。
(死ぬこともできねえんじゃ……俺はあいつらに、どう詫びりゃいいってんだ……!)
手すりから手を離し、背中でもたれ、座り込む。両手に頭を抱えて、顔が、頭が、苦悩に歪む。
どれだけ耳をふさいでも、耳にこびりついて離れない。
セクトの悲鳴が……
どれだけ目を閉じても、瞼の裏から消えはしない。
コナミが背中に背負った、冷たくなった彰子の姿が……
今でも感じる。彼女を見せないようにと、俺のことを抱きしめたコナミの、体の震え、怒り、悲しみ、憎しみ……
(ちくしょう……ちくしょう……!)
元はと言ったら、自分が、コナミに助けられたのが原因だった。
俺は助けるなと言った。なのに、コナミは助けてくれた。
その時は本当に嬉しくて、嬉しいから、これ以上こいつを巻き込みたくないと、もう助けなくていい。そう言葉を送った。
だが、アイツらはそんなこと知らない。知ったとしても、あいつを見て、気に入らないと感じた時点で、あいつらをとことん追い詰めて、傷つけて、痛めつけて、苦しめて、ぶち殺す。そうすることは決まっていた。そんな連中だった。
そんな連中と関わった、俺なんかに関わっちまったせいで、女子生徒一人が死んだ。
アイツらのことだから、多分、人を殺すのもこれが初めてとは思えない。実際、それで誰が死んでも興味なんか無かった。ただ、利用できると思ったから、自分の都合だけで、都合よく関わることができれば、それだけでよかった。
それだけのことと思っていたのに、近しい人間を死なせた今になって、そのことを後悔することになった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
自分はどうして、よりによって、あんな奴らと関わっちまったんだ……
自分はどうして、よりによって、こいつらを巻き込んじまったんだ……
「ごめんなさい……コナミ、ごめんなさい……俺のせいで……三人とも、ごめん……なさい……」
目先の利益のために、最悪な奴らと手を組んで……
そいつらと手を切ろうとして、襲われそうになったところをコナミに助けられて……
その腹いせに、コナミの大切な人の、大切な恋人が、最悪な方法で殺されて……
経緯を思い返す度、全部が全部、自分のせいとしか思えなくなって。
聞こえも届きもしない謝罪の言葉を、何度もコナミや、セクトや死んだ彰子に向けて呟き続けて。それでも、後悔も罪悪感も消えるわけがなく……
「……?」
座り込んだ時、制服のスカートのポケットに、異物感を感じた。
ポケットをまさぐって、それを取り出してみると。
「……そう言やぁ、返してなかった……」
あの時、セクトの救出へ向かう直前、コナミは目の前で、決闘を行った。
ライディング決闘のスタートの合図に使われた、白い納豆パック。
食べ物を粗末にするなと拾って、終わったら返そうと思っていた。
だが、結局色々あったせいで返しそびれて、ずっとポケットにしまってあったらしい。
「……」
別に腹が減っているわけでもない。むしろ、食欲なんか湧くわけもない。それでも、その納豆パックを開いた。パックの擦れる嫌な音の直後に、茶色の中身が目に入る。
透明なフィルムも、タレにからしも投げ捨てて、素手でそれを、口の中へかき込んだ。
「……まっず……」
四日間もポケットに入れていて、傷んでいたんだろうか。
強烈な匂い。強烈な苦み。思わず目に涙がにじんだ
……
…………
………………
「梓さん……」
「梓さん……」
「梓……」
岬と別れて、アキと龍可によって、コナミ……梓が連れてこられたのは、アキの自宅。
そこで、龍亜や、アキの両親も一緒になって、梓から話を聞いた。
話をする梓を見ながら、五人は、呆然となっていた……
「ぢぐしょおおおおおおおおおおおおおお!!////」
梓の姿に、呆然となっていた。
「わらひが全部悪いんれすぅ……わらひが彼女を殺したんれす! 私が全部やってひまったんれすぅぅ……うああああああああああああああんん!!////」
感情に任せ、大声で叫んでいる。両目からは、大粒の涙が止め処なく流れている。
そこまではまだ良い。だが、顔は、首元や耳まで真っ赤にして、両手は右往左往に暴れている。口調は呂律が回っておらず、独白というより、ただただ大声を出して暴れていた。
「うぃー……ひっくっ////」
おおよそ普段の梓と違いすぎるが、その理由は、すぐに明白となった。
「……パパ、なんでお酒の入ったチョコレートなんて出したのよ……?」
「なんで、と、言われても……というか、梓先生って、ここまで酒癖悪かったのか……」
「泣き上戸だったのね……お菓子に入ったお酒で酔うなんて、弱すぎるわ」
十六夜親子の会話の通り。ひどく落ち込んでいた梓に、英雄はお客さんへのお茶菓子として、たまたま見つけた、高級チョコレートを出した。
龍亜も龍可も、アキも普通に食して、美味しいと言った。
それにならって、梓も、箱の中の一つを取って、口に入れ……
「ひっくっ……うぃー……////」
その結果がこのザマである。
「わらひはただねぇ、困ってる人を放っておけなかったらけなんれすよ。らけなんれすけどもねぇ……それが悪かったんれすよ。放っておけばよかったんです。そーしときゃあ、誰もきゃなしまずに済んだんれす……全部、わらひが悪いんれすよぉおぉおぉ……////」
セクトと彰子に、何が起こったか……
彰子がなぜ、死ぬことになったか……
チョコレート片手に、酔っぱらって管を巻きながら、本題を話して聞かせた。
だがやがて、徐々に、本題から離れていく……
「らいたいねぇ……わらひは昔っからそうなんれすよ……人のためらとか生徒のためらとか父のためらとか、そう思って、がんばってきたんれす。がんばってきたのに、最後にはいっつもそれが裏目ににゃるばかり……////」
「梓さん! それゴキブリ! チョコレートじゃない!!」
「挙げ句の果てが、幼いころからしたいと思っていたデュエルに、立場もわきまえず手をらひて……そえで大勢のせーと達の気持ちまで裏切って、非難しゃれて、家を追われても、立場に未練などにゃいと開きらおって……行き着く先は結局、自分本位の行動ばっかり……////」
「梓さん! それ『ゴキボール』! 食べ物じゃない!!」
「そして今、変装して住む場所まれ与えられて、そりぇだけのことしてくらさった人に対ひて、最悪な形で恩を仇で返すハメににゃっれぇ……深く傷つけれぇ……もう、その人が、立ち直れるかどうかも分かりゃなくてぇ……////」
チョコ、ゴキブリ、『ゴキボール』と、何かしら口に入れていっててっ、梓は、自身の罪を語っていきいっ、嘆き、哀しみにくれ痛てっ、それら全ての後悔に痛てっ、その身がおしつぶされて、痛ったいっ!
「しょれになにより! 作者が向こう見ずすぎなんれすよぉ!! あっちの連載ばっかり優先してこっちをないがしろにしてぇ!! あっちの一日が過ぎた後でこっちを一話進めるとか、そんにゃ無茶な連載体系、こっちは滞るに決まってるじゃないかぁ!! 挙げ句あっちとは別の小説まで書きやがってぇ!! このままじゃあ次の話が年明けになると気付いた途端に慌ててこうして書き始めて!! つまらないオリジナルとか短編書いてる暇があったら、今連載してるものを終わらせる努力をしなさいよおおおおおお!!」
痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い!
やめっ、やめなさいって、掴むな! 掴むなってばこら、ちょ……痛って!
こら! ちょ、やめい! 近づけるな! 近づけるなソレを!
やめろって、あがががががが……!!
「にゃんですか今更!! おおよそ十ヵ月ぶりにこっちを書いたところで、こっちの私のこと覚えてる人などいるわけないでしょう!! これでも食べて少しは反省なさい!!」
あぁあぁあぁあぁ! アキ! あとお願いぃぃぐぎぎぐ……っ
視点:アキ
大泣きしながら酷く酔っぱらって、管巻いて、途中で誰だか分かんない誰かと話しだして。
そんな梓の姿には、呆れるしかなかった。
けど、そうなりながらも話してくれた、二人の悲劇に対しては、哀しさと、嫌悪感と、怒りしか感じない。
とても同じ人間がしたことだなんて、信じたくない……
「梓! 今すぐそいつらのところへ連れていきなさい。私が仕返ししてあげる!」
「ちょ、アキ!」
「アキ姉ちゃん、なに言ってんの!?」
ママや龍亜が声を上げたけど、それでも私の怒りは治まらない。
「話を聞いてたでしょう? 連中が生徒会長と彰子さんに何をしたか。人一人を散々な手で殺しておいて、そいつらが今ものうのうと生きてるなんて、私は我慢できないわ」
「いや、しかし……」
「分かってるわよ! もうサイコパワーで人を傷つけるのはいや。でも、そいつらは私とは違って、喜んで人を傷つけてる。そんな連中に、情けなんて掛けるだけ無駄よ!」
パパに叫んだ後で、梓の顔を見た。
「さあ梓! 連れていきなさい」
「……その必要はありません」
梓まで止める気? そう思ったけど、ずっと泣き顔だったその顔が、急に真顔になった。
それに驚いた後で、梓は、ひどく冷たい声で言ったわ。
「私が黙っているとお思いか? ……心配せずとも、全員、一人残らず、私自らが手を下しましたとも」
「梓……まさか、殺っちゃった? とうとう……」
そんな顔と声に、思わず震えながら、そう聞いてみる。私もさすがに、命まで奪おうとは思ってない。ただ、彰子さんがやられた分くらいはやり返そうって思っただけ。
けど、梓は、薄ら笑いを浮かべた。
「そんなことはしません……殺す価値などありません」
その言葉に、私も、パパたち四人も、ホッと息を吐いたわ。
「殺すわけないでしょうが。彼らを今殺して、まかり間違って彰子さんと同じ場所へ行ってしまったらどうするのですか? 自らを嬲った男達が生まれ変わった先にもいるなど、私なら発狂します」
「え、ええ、そうかも、ね……?」
「殺しはしない……ただ、死ぬよりずっと苦しくむごい状態で、一生生きていってもらう。そんな状態にしてあげただけですから……」
「……そ、そう」
「詳しく聞きたいですか?」
「……遠慮しとくわ」
どうしたのかは……聞きたい気もするけど、やっぱ聞きたくないわ。
「……ううぅぅ……////」
と、冷たい顔と声の後で、また泣き出した。
「どれだけ罰を与えても……どれだけ彼らを傷めつけても……たとえ命を奪ったところで……彰子さんは……彰子さんは、帰ってこないんれすよぉ……////」
よく分かってる、分かりきってる現実……
正直、私は、宇佐美彰子さんのことは、同学年だけど、生徒会の副会長なんだなぁっていう認識でしかない。
だから、いざ亡くなったって聞いて、告別式に参加しても、正直、いなくなった、ていう実感は湧かなかった。
人が死ぬってことは、きっと、そういうことなのかもしれない。
いなくなって、二度と会えないって分かっても、それがどういうことなのか、実感なんて湧かない。よっぽど近しい人や、親しい人や、そうでなくても、その人の死を、目の前で見た人でない限り。
どれだけ大げさに死んだって騒いでも、結局は他人事。私達は誰も、その誰かが死んだところを見たわけじゃないし、何より、死んだことなんてないんだから……
それでも、彰子さんが亡くなって、悲しんだ人はたくさんいた。泣いてる生徒はたくさんいたし、彼女のお父さんは、ほとんど正気を失って。
そして、姿を見せなくなった、生徒会長も、そうなんでしょうね。
梓と同じ……いいえ。彼女とは恋人同士だったらしいから、梓よりよっぽど深く傷ついたのは間違いない。
そのことを、梓は目の前で見て、感じた。
大勢の人が悲しんで、傷ついた。
そして、梓はそのことを、完全に自分のせいだって思って、自分のことを責めてる。
普段ほとんど感情を表に出さない梓が、酔ってるとは言え、思ってること全部を吐き出した。
「毎日セクトさんのごはんとお弁当を作って、お洗濯もの干して、お仕事にお供して……それで、セクトさんに、ありがとう、と言ってもらえて、私はこの人のお役に立てていると、恩返しができていると舞い上がって……なのに……結局、私が関わってしまったせいで、彰子さんが……////」
「梓先生……」
「セクトさんに限った話じゃありませんよ……私の生徒だったアカデミアの和総部の皆さんにも、不快な思いをさせて、お父さんや秘書の大谷さんまで死んでしまって、シティ中の生徒の皆さんを裏切って……それだけ大勢を不幸にしておいて、結局最後は、私一人だけ残って……いつもいつも、私一人平気でいて……////」
「……」
「私が生きてるのが悪いんだああああ!!//// 私が生まれてきたのが悪いんだああああ!!//// 私がいるから全員が不幸になってしまうんだあああ!!//// 龍可さんが病気がちになったのも私のせいだああああ!!//// アキさんとご両親を仲違いさせたのも私だああああ!!//// サテライトができたのも私のせいだああああ!!//// 私がゼロ・リバースを引き起こしたんだあああああ!!//// この世界の凶事の全て!!//// 私が起こしているんだああああ!!////////」
「……それはさすがに飛躍が過ぎると思うけど……」
「第一、ゼロ・リバースが起きた時、あなたまだ生まれてないでしょう? 私と同い年なわけだし……」
「私がいつ生まれたかなど、もはや誰にも分かりませんよ!!//// 私が十歳で拾われたのだって!!//// 本当は何歳だったか分からないのだから!!//// 私の実年齢がいくつかなど誰に分かるものかあ!!////////」
「そりゃあ、まあ、そうかもしれないけど……」
「そうでしょう!!//// ハッキリ言ってアキさんと同い年かどうかなど疑わしいですよ!!//// もしかしたら遊星さん達はおろか、節子さんや英雄さんより年上かもしれないでしょうがあああああ!!////////////」
「それはありません……もしそうなら、ぜひ若さの秘訣を教えてほしいですわ……」
「あと、セリフの////も多すぎです。読みづらいです」
そんなパパとママのツッコミを無視して、梓はとうとう、テーブルに両手と顔を着けた。
「もう嫌、死にたい……死んで何もかも終わりにしたい……セクトさんに死んで償いたい……死んで彰子さんに謝りに行きたい……誰にも迷惑を掛けたくない……そのために、死んでしまいたい……」
『……』
それが、いつから梓にとっての本音になったのかは、誰にも分からない。
けど多分、ずっと昔から思ってきたことなんでしょうね。
何も持たずに生まれて、成長してようやく手に入ったものや、大切な人は、順に無くしていって。
そんなことが何度も続けば、梓でなくてもおかしくなるに決まってる。
死にたくなるに、決まってる。
「梓先生」
テーブルに突っ伏した梓に、ママが、真剣な声を出しながら迫った。
「死にたいだなんて、滅多に口にするものではありません」
ハッキリとした口調で、真剣な顔で、そう切り出した。
「誰かに迷惑がかかるなんて、当たり前です。人は誰しも生きていくうえで、誰かしらに迷惑を掛けるものです。梓先生ほど存在が大きな人なら、必然的に、その人数も増えていきますわ。けど間違いなく、迷惑を掛けた人と同じかそれ以上に、救われた人もいるのは事実です」
「……」
「私は、あなたにお菓子作りを習いながら、アキのことで悩んでいた心を癒していただきました。私だけではない。同じお菓子教室や、他の教室でも、あなたの言葉や優しさ、思いやりに救われた人はたくさんいるのです。その結果の一つが、あなたが一時とは言え部長を務めていた、和総文化部という人たちだったはずです」
「……」
「あなたは今、目の前の大きな一つの不幸に押し潰されているだけです。けどそれ以外にも、たとえ小さくとも、たくさんの幸福があることを忘れないで下さい。私は、あなたに死んでほしくなどありません。私だけでなく、ここにいる四人も、遊星さんたちも同じ気持ちのはずです」
「……」
「だから絶望などしないで、前を向いて下さい。そして、生きるんです。あなたが助けることができなかった、宇佐美彰子さんの分も生きるんです。償いたいというなら、生きて償っていけばいいのです。私はそう思いますわ」
「うん。そうだよ!」
「梓さん、死にたいなんて言わないで」
ママの言葉に続いて、龍亜に龍可も、そう言った。
「あなたの苦悩も絶望も、私達にはとても図りしれない大きさかもしれない。人は誰しも、他人には理解されないそれらを抱えて生きているのです。それらを抱えながら、生きていくしかないのです。それらに耐えかねて、命を絶とうと考えるには……梓先生、あなたはまだまだ若すぎます」
パパも、同じように真剣に言った。
「梓……生きていくのが辛いって言うなら、死のうとする前に、その辛さも苦しさも、今みたいに、全部私達に吐き出してちょうだい。私達がいくらでも支えてあげる。そして、生きるのよ。私達と一緒に。彰子さんの分も」
「……節子さん……皆さん……」
私の言葉を聞いた後で、ずっと黙ってた梓は、やっと声を出した。
声を出して、顔を上げて……
「梓?」
梓の顔は、さっきまで真っ赤だったのに、今は、真っ青になってる。
そんな顔で、両手で口を押さえて……
「……き……気゛持゛ち゛わ゛る゛……」
「うわああ! 梓、本当に吐き出さないで! ガマンしなさい!」
「う、うっぷ……」
「梓先生! トイレはこっちですわ、ほら立って! 歩いて下さい!」
「梓さん、がんばって! ほら……大男さん? もうすぐ日が沈む……」
「なんでハ〇クなのよ龍亜!? 梓さん、息をして下さい! ひーひー、ふーって」
「それは出産だ! つわりとは違う! とにかく早くトイレへ、ガマンしてください!」
「うぷ……ううぅぅぅ……」
「おわああああああああ!! 梓先生ええええええええ!!」
「頑張ってください!! 梓先生ええええええええええ!!」
「梓さん!」
「梓さん!!」
「ガマンしなさい!! 梓!!」
「う、ぶううううううぅぅぅぇ……」
……
…………
………………
視点:外
……
……
……
う~む……前は適当にああ書いたけど……
味自体はあんましねえな。
この歯ごたえ、なんだろう?
ザリザリというか、ガシュガシュというか……
まあ確かに、海老っぽいって言われりゃ、そうかもしらん。だいぶ歯ごたえに欠ける甲殻類だけど……
この苦みは、内臓か血だろうね。
動物なら鉄っぽいだろうけど、なんつーか、ゴムっぽいような? それでいて地味に生臭くて、なま物であると理解する。
マズいし苦いけど、吐きそうになるほどでもない。少なくとも、ビビったり大騒ぎするような味じゃあない。
何か知らなきゃ味わってはいられる。むしろ、食う人が食ったら癖になりそうな。
全体的に薄くて、お醤油が欲しくなる、なんとも言えぬ不思議な……
……ん? あ、終わってる? もうこっち?
ベッ
食ってる場合じゃねえゃ!
クー
ガラガラガラガラ……
ペッ
……
……
……
夢を見ていた……
温かく……柔らかく……熱く……激しく……臭い……
「……」
目を覚ました時、目の前は暗かった。そこでこの部屋は、カーテンが閉め切ってあるのだと思い出した。
次に感じたのは、温かさだった。
とても懐かしい、いつまでも身を委ねていたくなる温かさと、柔らかさ。
その後に感じたのは、匂いだった。汗臭さと、それ以上の生臭さ。過去に一度しか嗅いだことがない……だが、よく知っている、記憶に残る匂いだ。
この感触、そして匂いは、そう……全部、彰子との夜に知ったやつだ……
「……!?」
それに気付いた瞬間、跳び起きて、体を起こした。
その身体は、服を脱ぎ散らかして、素っ裸になっている。
「……? ……?? ……???」
理解が追い付かない。何があったのか理解できない。
そんな身体の、下敷きになっている、柔らかいものに目を向ける。
「彰子……じゃ、ねえ。お前……あんた、は……」
自分と同じように、素っ裸で寝息を立てている。薄暗い部屋の中でも、それが自分もよく知る女性だと、セクトは認識した。
「……セクト、くん……?」
セクトの呼びかけから、数秒としないうちに、セクトの担任教師である、加藤友紀も、目を覚ました。
「なんで……なんで、加藤先生が……?」
「……ああ。やっと正気に戻ったんだ……」
加藤の声を聞きながら、急いでその上から飛びのいた。
そしてすぐ、部屋の中を見渡した。
脱ぎ散らかした互いの服。嫌でも鼻に突く汗臭さと生臭さ。
これだけの惨状を見れば、セクトでなくとも、何があったかは理解してしまう。
「ウソだろ……なんで、俺、加藤先生と……?」
自分がしてしまったことに、混乱し、頭を抱えてしまう。
何も覚えていない。何も思い出せない。
分かるのは、自分が目を覚ます直前、宇佐美彰子の夢を見たこと、そのくらい……
「……まさか、俺、あんたのこと、彰子だって……?」
「……うん。そう」
セクトの気付きを、体を起こした加藤は肯定してしまう。
「ずっと休んでる君の様子を見に来て、部屋の鍵が開いてたから中に入って、君のこと見つけて呼びかけて……そしたら、私の顔見るなり、彰子さんの名前を呼んで、そのまま押し倒されて……後は、まあ、見れば分かるよね……」
何があったか、全部を話してくれている。やや照れつつも冷静で、落ち着いた声で。
「なんで……?」
セクトには、そんな加藤の態度が理解できなかった。女として、最悪なことをされたはずなのに……
「俺、そんなに力、強かったか? いくら、決闘のために鍛えてるって言ったって、今は大して力入らねぇぞ。今だってそうだ。ろくに飯も食ってなくて、寝てもねぇから……力じゃ敵わなくたって、大声出して、助けを呼ぶとか……逃げることだって、できたろう……なんで?」
「……」
「なんで?」
「……」
加藤は一度、セクトから視線を逸らした。そのまま、答えのための言葉を、整理している。
セクトがそう感じている間に、また、セクトと目を合わせる。
「だって……セクト君が苦しんでるの、見れば分かったんだもん」
「苦しんでるって、そりゃあ……」
「あんなに辛そうにしてるとこ見ちゃったら……ちょっとでいいから、癒してあげたいって、思っちゃったんだもん……」
「そんなの……」
「それに……」
セクトが反論しようとしたのを、加藤は遮って、そして、言った。
「それに……セクト君のこと、好きだもん」
「……は?」
真剣な目で、しかし、弱々しく、だが必死な声で、言った。
「私もずっと……セクト君のこと、好きだったんだもん」
「好き……だった?」
聞き返されて、加藤は、苦笑しながら視線を逸らした。
「ごめん……迷惑、だよね。私、教師だし。何より、七歳も年上じゃあ、セクト君からすれば、おばさんだよね。そんな私が……セクト君に恋して、ずっと好きだったとかさ。好きだったから、押し倒されて、ダメだって思う以上に、嬉しくなって、そのまま、彰子さんの代わりでも、今だけセクト君のものになれるって思うと……逃げるなんて、考えられなくなっちゃった……」
「……」
「ごめんね。迷惑かけちゃって。ごめんね……」
「……」
俺は、一体何をした?
最愛の恋人を死なせた。そのせいで何もしたくなくなって、何も見たくなくなった。
そのくせ、彰子のことだけはずっと考えて、そんな彰子に似た顔が目の前に現れた途端、そのまま求めて、生きてた頃と同じことをして。
その相手は、彰子に似ているだけの、ただの女性だった。
しかも、許されないとは言え、こんな自分のことを好いてくれた、純粋な人。
その人と無理やり関係を持って、傷つけて、哀しませて、そのくせ自分は、そのことをろくに思い出せない……
「ごめんね……」
また、加藤の声が聞こえた。
振り返ると、いつの間にやら、着てきたらしい服に着替えて、玄関の方へ歩く加藤の背中が見えた。
「ちょ、待てよ、先生!」
呼びかけると、立ち止まってくれた。
「俺……その、えっと……」
立ち止まった後で、何を言えばいいのか、分からなくなった。
本当に、何を言えばいいんだ? 男として、女にとって最低最悪なことをしておいて。女性一人の、体も、心も傷つけておいて。謝って許されることじゃないことをしておいて。
俺は一体、何を言おうとしてるんだ……?
「私……」
何も言えないセクトに、加藤が、背中を見せたまま語りかけた。
「私……信じてるから」
「え?」
「プロ決闘者、伊集院セクト君が復活するって、信じてる。信じて、待ってるから……ファンとしてね」
「……」
「私だけじゃないよ。君のファンが、アカデミアや、他にもたくさんいること、セクト君も知ってるでしょう? 今は、辛くて苦しい時だろうけど、どんなに苦しい状況も跳ね返して、最後には逆転して……そんな、セクト君の強さ、私も、ファンのみんなも、見て、知ってるから。最後まで諦めずに、戦い抜く強さ、私は、セクト君から学んだから」
「……」
「セクト君からしたら、勝手なこと言ってるかもしれないよね……でも、そうやって、セクト君のこと待ってる人達がいるってこと……セクト君の復活を、信じてる人たちがいること……それだけは、分かってて。私も、その一人だから」
「……」
「さよなら」
今度こそ、玄関から外へ出ていってしまった。
「……」
加藤の言葉を思い出す。
俺の決闘を、見てくれる人達。俺の決闘を、待ってくれている人達……
「本当、勝手だな……」
今更、どのツラ下げて、決闘をしろっていうんだよ?
その決闘が、彰子を死なせたんだぞ……
毎日死ぬ気で努力して、何年も何年も頑張って、プロ決闘者になった。
結果、クソ教師から恨みを買って、彰子がさらわれるキッカケになった。
決闘嫌いのチンピラどもに、決闘者だからと、自分の代わりに彰子が犠牲になった。
死なせる以前もそうだ。
生徒会長に選ばれて、辞退もせずに、プロの仕事を優先させた。
結果、副会長である彰子に、全部の仕事を押しつけた。
学校に来られなくても、それでも生徒会長として、生徒達のために学校をより良くしたくて、その一環として、仕事がなってない教師に苦情を言った。
結果、それを根に持った教師達が、彰子や、生徒会にいくつも仕事を丸投げした。
そんなことがあって、彰子を泣かせたこと、何度あったっけ……?
「ふふ……ふふ……」
ああ……
本当に、俺の決闘は、彰子を苦しめるしかしてこなかったんじゃないか……
大勢を熱狂させて、たくさんのファンに喜ばれても、彰子は一人、苦しんでた。
優しい彰子は、笑って、そのままでいいんだと言ってくれた。けど、俺がそのままでいるために、負担も苦労も、全部背負い込むことになっちまったのは、彰子だ。
何より、あの時……
大人しく土下座しとけば助かったかもしれないのに、俺が、彰子が好いてくれた、俺のままでいるために、チンピラどもに向かって、ああ言ったせいで……
考えれば考えるほど、結論の言葉はこうだ。
彰子を殺したのは、俺……
俺が、プロ決闘者なせいで……
俺が、決闘をしていたせいで……
俺が、俺でいたせいで……
俺が、彰子の前に現れたせいで……
「そんな俺を……プロ決闘者、伊集院セクトを、信じてるだ? 復活を待ってるだ?」
彰子の次に、傷つけ、苦しませることになった女の言葉を、セクト自身の口で繰り返す。
脱ぎ散らかした衣服の向こうに落ちている、黒のデッキケース。
そのデッキケースの中身が、妖しく輝いて見えた。
この四日間、ろくに触ることもしなかった。そんなデッキまで近寄って、ジッと眺めてみる……
「……結局、決闘者にとって、答えは決闘の中に……てか……?」
これだけ決闘で人を苦しめ、一人殺しておいて、結局また、その決闘に頼ろうとしている。
そんな自分に、心底嫌気がさす。思わず笑ってしまう。
俺の決闘は、他の誰かを、死ぬまで苦しめる。
今度は、誰を苦しめる……?
「苦しめるための決闘……そんな決闘、頼める相手なんて……」
……
…………
………………
「鬼柳……京介……」
「出しな…………てめ~の…………『ロングバレル………………オーガ』……を…」
……
…………
………………
「気持ち悪い……頭が痛い……」
アキの自宅にて、梓は最初座っていたソファに横になり、顔を青くしながら、氷の入った袋を頭に乗せていた。
「はい。お水」
「……ありがとう、ございます」
アキからグラスを受け取り、中身をグイッと飲み干した。
もちろん、水の一杯で、不快感や吐き気が治まるわけもない。
今の梓には、ジッと横になって頭を冷やす以外、何もできずにいた。
「梓さんにも弱点があったのか……」
「そりゃああるわよ。実際、お酒以前に、たくさんあったじゃない」
「まあ、そりゃあ、そうか……」
双子は、そう会話していた。
「彼には二度と、お酒は飲ませられないな」
「未成年で気付くべきことじゃないんだけど……」
「むしろ、未成年のうちに気付いてよかったって思うべきじゃない?」
アキ親子は、そう会話していた。
「う~~……何やら、誠に失礼なことをしていた気がしますが……皆さん、ご迷惑をおかけしていませんか?」
梓のそんな問いかけに、五人中四人は苦笑しつつ目を逸らした。
「迷惑じゃありません」
だが、龍可だけは、梓に向かって答えた。
「むしろ、嬉しかったです。梓さんのことが知られて、良かったです」
「……? そう、ですか……」
何が何やら分からない。何も覚えていないのだから、それも当然だった。
そんな、理解できないという梓の顔をよそに、他四人も同じように、嬉しさの笑みを浮かばせた。
「~~~~~……?」
と、目が横線に、唇が波打つほど意識が混濁している梓の懐で、何かが揺れ始めた。
それを手に取り、取り出し、開いてみてみる……
「……(くわっ)!」
携帯電話の画面を見た途端、不快も、頭痛も、全てが吹き飛んだ。
直前の顔がウソのように、真顔に変わり、勢いよく立ち上がった。
「え……梓さん?」
龍可の呼びかけに答えず、氷の袋をテーブルに置き、身なりを整え、赤い帽子を被る。
「すみません……今日はありがとうございました」
それだけ言うと、靴を持ってベランダへ出て、そこから、外へと飛び出した。
……
…………
………………
「……」
来ている服は、いつも仕事で着るライディングスーツ。
またがっているのは、いつも仕事で乗る小型の黒いDホイール。
待っているのは、こんな自分をずっと支えてくれた、誰よりも信頼できる付き人。
そして、今いるこの場所は……
ズザザアアアァァ……
地面がこすれ、抉れる音が目の前から響いた。
いつも通り、付き人はここまで、跳んできてくれたらしい。
「よ……コナミ」
「セクトさん……」
コナミは、コナミのまま、セクトと向かい合った。
そんなコナミに、セクトは、ただ一言……
「コナミ……決闘だ」
そう言った……
ベロの奥が、カピカピする……
お疲れ~。
全部飲み込む勇気はなかった……
結局、誰が悪かったのかな?
岬か? 梓か? セクトか? まさかの彰子本人? もしくは全員?
まあどっち道、自分のせいだと思うってことはコイツら、真の悪者じゃないってことだと、大海は思うでや。
つ~ことで、次話で決闘書くから。
それまで待ってて。
……はいはい。覗き窓ね。
ど
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ぞ
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