遊戯王5D's ~剣纏う花~   作:大海

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あぇぁぇぁぇぁぇぁぁぁ……

言うことないから続き行くでよぉ~。

行ってらっしゃい。



第十二話 苦しんで、彷徨って、見つけたのは……

視点:岬

 

 これしかなかった……

 

 罠カード『自爆スイッチ』。

 これも、あのクソどもが使ってたカードだ。

 アイツら程度の実力じゃあ、普通にプロ決闘者と戦ったって勝てるわけがねぇ。

 だから、どんな手段でも使ってた。

 イカサマ、決闘ディスクの細工、乱入、で、敗けないための最終手段が、この『自爆スイッチ』だ。

 アイツらにとっちゃ、勝つことなんか二の次だった。とにかく仲間が来る時間を稼いで、仲間さえ来りゃあ、決闘中だろうが袋叩きにしてそれで終わりだ。

 それでデッキや有り金奪われて、病院送りにされるだけならまだマシだった。

 大ケガ負わされて再起不能にされたり、そのまま行方不明(・・・・)になっちまった決闘者達は、それ以上にいるんだから……

 

 そんなクソどもが愛用してたカード。どんなに劣勢だろうが、無理やり引き分けに持ち込むことができる。

 それを使う以外に、俺が、あの二人を止める方法なんか思いつかなった。

 決闘で倒す以外、あの二人を納得させる方法は無ぇ。

 けど、俺なんかが勝てるわけがねぇ。

 だったら無理やり、全員を勝たせて、全員を敗けにしちまう最終手段。

 クソどものカードだろうが、使えるもんは全部使うしかなかった。

 

 そうしねぇと、二人が死んじまうから……

 

 

「……岬、さん?」

 汚ねぇ屋上の床に突っ伏してる俺の耳に、綺麗な声が聞こえた。

 顔を上げてみたら、そこには、すっげぇ美人が、俺のこと心配そうに見てんのが見えた。

「……コナミ」

 前に、こいつのこと先生って読んでた、ランて女と決闘した時は、遠くにいたせいでよく分かんなかった。

 この決闘でも、ゴタゴタしたせいで顔はよく見てなかった。

 それを今、初めて間近で見て、ようやくコナミの素顔がちゃんと見えた。

(ああ……確かに、見覚えある顔だな)

 あの時の、ランて女が先生って呼んで、生徒会長は、梓って呼んでたこいつ。

 ひと昔前までこいつは、良くも悪くもシティで一番の有名人だった奴だ。俺が知ってるくらいなんだから、多分、誰でも見覚えあんだろうな。

 そんな奴が、俺のこと心配してくれて、手を伸ばしてくれてる……

 

「……大丈夫だ」

 伸ばしてくれた手を、取らずに自分で立ち上がった。

 俺なんかに、こんな優しい奴の手を取る資格なんか無ぇ。こいつも、生徒会長も、俺がしでかしたことの被害者なんだから……

「……それより、あいつは?」

「……セクトさん」

 決闘が終わったから、あのデッカイ、副会長のモンスターも消えてる。俺もコナミも、屋上から下を覗いてみた。

「セクトさん……!」

 生徒会長は、地面の上に両手両ひざを着いてる。

 コナミは、そのまま屋上から飛び降りた。

 俺も、急いで階段から降りようと思ったけど、生徒会長のD・ホイールもそのままにしておけねぇから、エンジンを掛けて、それに乗って階段を下りていった。

 

 

 

視点:外

 

「……」

 

 あと少しで、勝てていた。あと一撃、あと一ターン、それだけで、セクトは勝利していた。それで、彰子と一緒に、彰子と同じ場所へ行けるはずだったのに……

「なんでだよ……なんで……」

 だが、そんな決闘の結果は、引き分け。

 廃工場の広い敷地を包んでいた、青白い炎は全て消え、彰子を呼び出すためのカード……『漆黒のズムウォルト』、『魔王龍 ベエルゼ』。そして、彰子自身のカード、『魔王超龍 ベエルゼウス』。それらも全て、消えてしまった。

「なんで……」

 だが、そんな事実以上にセクトの身を包んでいるもの。それは、直前の出来事……

 

 

 『自爆スイッチ』の光の中で、セクトは、必死に彰子に抱き着いていた。

 もう離れたくない。

 このまま消えてしまうくらいなら、このまま一緒に連れて行ってほしい。

 声に出さなくとも、そう必死に懇願した。

 神にも悪魔にも、何より、今こうして触れることができている、彰子に対して。

 

 だが、ライフが0になり、抱きしめられながら地面に叩きつけられた、その瞬間、聞こえた。

 

 ――……

 

 ――……

 

「彰子!」

 その言葉を最後に、セクトの身を抱きしめてくれていた手は離されて、彰子が光に消えていく様を、セクトはハッキリと目にしていた。

 

 

「なんで……一緒に、連れてってくれなかったんだ……なんで、俺を……一人にしちまうんだ……彰子……っ」

 

「セクトさん……」

 決闘で傷つき、ふら付いた足取りながら、それでも梓は、セクトのもとまで歩いてきた。

 そのすぐ後に、セクトのD・ホイールに乗って、岬も駆け付けた。

「……行かねぇと」

 立ち上がって、ふら付きながら、セクトはそう言った。

「行くって、どこに?」

「……彰子に、会いに行ってくる」

 それだけ言い残して、二人に背を向けて、歩き出した。

 とっさに梓は引き止めようとした。だがそれを、岬が制した。

「大丈夫だ……あいつは、死にに行くわけじゃねえ。見りゃあ、分かる……」

「……」

 やがて、ゆっくりとした足取りのまま、歩いていく小さな少年の背中が見えなくなるまで……

 二人はただ、黙って見守っていた。

 

「……私も、行かないと」

 セクトの姿が見えなくなったところで、梓も、セクトのD・ホイールの前に立った。

「彼の大切なD・ホイール、お届けしないと……」

「お前、運転でき、る、のか……」

 岬が聞き終わらないうちに、梓はD・ホイールを、片手で持ち上げていた。

「あなたも、もう、お帰りなさい……まっすぐお家に、お帰りなさい」

 そう言って、歩き出した梓を、岬は追いかけて、

「おい、忘れもんだ」

 ずっと被っていた赤色の帽子を、目深に被せてやった。

「顔、見られちゃまずいんだろう? 忘れんなよ」

「……」

「早く行けよ。そんで、あいつのこと、待っててやれよ……コナミ」

「……」

 梓から、コナミに変わって……

 コナミはそのまま、D・ホイール片手に、飛び去っていった。

 

「……よし」

 

 

 

視点:岬

 二人を止めて、生きて返した後で、俺は、俺の目的の場所に向かった。

 決闘の衝撃であちこち壊れちまってるけど、副会長が閉じ込められてたのは、俺たちが決闘した屋上とは真逆のフロアだ。だから、全然壊れてる場所は無い。

 この工場の中のことは、よく知ってる。だからその場所にはすぐ着いた。

「……よし」

 試しにスイッチを押してみた。そしたら、その冷凍庫の奥から、目に見えるくらいの白い冷気が流れてきた。

 それを確認して……

 

 まず、制服のボタンを外して、上着は脱ぎ捨てる。スカートも、ワイシャツも。

 そんで、靴を脱いで、靴下も脱いで。

 ブラも……まあ、最初っからブラするほどデカくもねえけど、ブラも、パンツも脱ぎ捨てる。

 これで、副会長と同じ格好になった。

 あとは、この中に入って、ドアを閉めちまうだけだ。

 死ぬのにどんだけ時間が掛かるかなんか、分かんねぇ。きっと、めちゃくちゃ寒くて、痛くて、苦しい思いしながら死ぬんだろうって、大方の想像しかできねぇ。

 あの副会長は、そんな思いしながら死んでいったんだ。本当、残酷な死に方だ。

 だからこそ俺も、同じ目に遭わなきゃならねぇ。それだけが、今の俺にできる、副会長を死なせちまったことへの、たった一つの償いなんだから。

 

「……よし、行くぞ」

 服も靴も下着も脱いで、全裸になった。後は、この中に……

「行くぞ……逝くぞ……」

 この中に、入るだけ。この中に……この、冷凍庫の中に……

「逝くぞ……いく、ぞ……」

 入るだけなのに……この中に入って、ドアを閉めて、ただ、それだけ……

「……っ!」

 気が付いたら、手を伸ばしてた。手を伸ばした先には、冷凍庫の電源があって、それを、オフにしちまってた。

「何してんだよ……なにやってんだ!」

 大声を上げながら、目の前を叩いた。金属のデッカイ音が聞こえた。叩いた拳は、痛かった。

「何で……何で死なねぇんだよ……これじゃあ、今までと一緒じゃねーか……副会長のこと、あんな死なせ方させちまったくせに、なんだって、俺は死なねぇんだ、ちくしょう……っ」

 

 本当に、なんで、死なねえんだ?

 今までもそうだった。宇佐美彰子と同じように、死ななきゃならねぇって分かってて、なのにいざ実行しようって思う度、めちゃくちゃ怖くなって、死ねなかった。

 それは、場所が違ってたからじゃねーのか? そんなつまらねぇ死に方じゃあ、償いにならねぇからじゃなかったのか?

 やっと、三人に償うために、相応しい場所と死に方を見つけたって思って、ここまで来たのに……

 なのに、いざそれを実行しようとしたら、今までと同じ。

 宇佐美彰子の顔や、伊集院セクトの泣き声や、コナミの奴の震えを思い出して……

「何で死なねーんだよ……なんだって、こんなに怖いんだよ……生きる資格も、怖がる資格だって、俺には……俺には……」

 涙を拭いながら、もう一回、暗い冷凍庫に目を向けた……

 

「……? あれは……?」

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:セクト

「……」

 あの後まず、家に帰った。工場跡から家まで、そこそこの距離があったから、歩いて帰ってきた時には、夜になってた。

 そしたら、置いてきたはずのD・ホイールが、共用の駐車場に停めてあった。

 ポストを見たら、D・ホイールの鍵が入ってた。

 で、部屋のドアを開けたら……そこに、梓はいなかった。

 代わりに、居間のテーブルには晩飯が並べてあって、それで、その前には、綺麗にアイロン掛けされた制服が、畳んで置いてあった。

「梓……」

 

 

 風呂に入って、シャワーを浴びた。

 食欲は全然無かったけど、それでも、四日ぶりの梓の飯を、残さずかっ喰らった。久しぶりに、すげぇ美味かった。

 で、制服に着替えた。

「相変わらず……できすぎた付き人だぜ、まったく……」

 そんなことを呟いた時……

 着いたのは、一度だけ来たことがある、彰子の家。

 家の前にはまだ、告別式の飾りつけがされてる。

 葬式のことは全然分かんねぇけど、告別式だったら、多分、まだ彰子に会える、と、思う。

「……ここに、答えがあんのか?」

 ドアの前に立って、後は、インターホンを鳴らせば、人が出てくる、と、思うんだけど……

「……」

 けど、できなかった。

 今さらどの面下げて……

 どうしても、そう思っちまう。

 こんな俺が、よりによって、彰子の家に入るとか……

 

 ガララ……

 

「……」

「……」

 写真で顔だけは知ってた。けど、実際に会ったのは初めてだった。

 彰子の、親父さん……

「君は……」

「……セクト、です。生徒会長やってます。伊集院セクト、です……」

「そうか……入ってくれ」

 掠れた声だった。目の周りも赤かった。この人も、ずっと泣いてたんだな……

 

 仏壇と、棺桶の置いてある部屋に通されて、お茶を淹れてくれた。

 あの中に、彰子がいるんだよな……

「君のことは、娘から毎日のように聞かされていたよ」

 お茶を置きながら、そんなことを話しかけてきた。

「とても信頼されていたようだね。学校に滅多に来られない君の代わりを、私が頑張らないとって、娘はいつも張り切って学校に行っていた。たまに君が学校に来た日には、君のおかげで仕事が捗るって喜んでいた」

「……」

「とても頼りになる、良い生徒会長だって、控えめな娘がいつも褒めていたよ」

「……俺は、そんなんじゃない、です」

 そんなことを親父さんに話してくれてた、彰子の顔が目に浮かぶ。そんな顔を想像しただけで、辛くなってくる……

「俺はずっと……学校には行ってなかった。プロ決闘者になって、その仕事ばっかしてたから。本当は俺が……生徒会長の俺が、生徒や学校を守んなきゃいけないのに、俺は、俺のしたいことばっかりやって……そのツケを、副会長の彰子が、全部背負ってくれて……」

 俺のせいで、ずっと辛くて苦しい思いさせてきたのに、あいつはそれさえ、俺のために、耐えて、耐えて頑張ってきた。

 理不尽な目や、意味のない酷い目に遭っても、俺のこと恨みもしないで、毎日、がんばって……

「俺は……結局、何にもできなかった。全部を彰子に押し付けただけで……生徒を、彰子を守ること、できなかった……っ」

 親父さんは何にも知らない……

 全部、話しちまいたかった。

 彰子がどんな死に方したか。誰のせいで、そんな死に方させちまったか。

 それで許してほしいわけじゃねぇ。むしろ、恨んでほしい。俺のこと、許さねぇって……恨んでやるって……いっそ、殺してやるって、死んじまえって、そう、言ってほしい……

 

「君は立派にやってきたさ」

 彰子の最期を話そうかって思った時、そう、優しい声が聞こえた。

 泣き腫らした目で、笑ってた。

「君の言った通りなら、彰子は、確かに大変だったんだろうね。普通なら、逃げ出したいと思うくらい、毎日が辛かったのだと思う。そして、娘は一度も、逃げ出したことは無かった」

「それは……」

「なぜだか分かるかい?」

「それは……彰子が、人一倍、真面目で頑張り屋だった、から……」

 俺のそんな答えに、親父さんは、また笑った。

「確かにね……彰子は真面目だ。真面目すぎるところがあるくらいだった。けど、ただ真面目なだけなら、とっくに逃げ出していたさ。中身の無い真面目さほど、脆いものも無いんだよ」

 そう言った後、俺と真っすぐに目を合わせてきて……

「そんな、マジメな彰子を頑張り屋にしてくれたもの……それが、君だったんだよ。伊集院セクト君」

「……俺?」

 訳が分かんねぇ……

 俺はただ、彰子に苦労させてきただけなのに……

「君の頑張りも、娘は毎日のように話してくれた。どれだけ大変な仕事をしている時も、君の仕事……君が決闘で活躍しているところを見ていたら、頑張れる。そう言っていた。君はそうやって、娘や、学校の生徒のみんなの憧れになっていた。そうだろう?」

「……」

「ただ頑張るだけなら、誰でもできるさ。私もそうだった。過去に勤めていた大学を辞めて、今の仕事に就いた後は、ただ、家族や生活のためだけに仕事をするだけだった。正直、やりたくもない、やりがいの欠片も感じられない仕事を毎日している間、なぜ生きているのか分からなかった。あの頃の私の心は、ただ死んでいただけだった」

「……」

「しかしね……そんな私のことを、娘は支えてくれた。仕事で疲れて帰ってくる私を気遣って、食事を作ってくれて、進路まで変えて、働くことはできなかったが、家のことは全部やってくれて、必死に私を支えてくれて……そんな彰子を見て、私は思ったんだ。私は今、この娘のために生きている。この娘のために、毎日を頑張って生きているんだと……そして、娘にとって、君がそうだったんだろう?」

「……」

 

「君が、彰子のことを生かしてくれていたんだ」

 

「……え?」

 それを聞いた瞬間、まるで、何かに殴られたみたいに、ガツンてくる感覚を感じた。

 俺が……彰子を、生かしてた?

 俺のせいで、死んじまった彰子のことを、俺がずっと……生かしてた?

「生活のために、行きたくもなかったはずの高校に進学して、そこで生徒会に入って、やりたくもない大変な仕事を毎日こなして……彰子も、いつ心が死んでしまってもおかしくなかった。けど、それでも死ななかったのは、君に出会って、君の活躍を見てきたからだ。娘が、宇佐美彰子として毎日を生きて来られたのは、君がいてくれたからだ」

「……けど、俺は、その彰子に、大変なことさせて……」

「彰子は、君のことを恨んだことは無かった。少なくとも、私はそう思ってる。君にずっと感謝していた……私も、感謝しているよ」

「感謝……? 俺に?」

「ああ……娘が死んでしまったことは、とても、哀しく、辛い。体の傷や、医者の話から、とても酷い死に方だったことも分かる。それでも……娘は死ぬ瞬間まで、君に感謝していた。それだけは分かるよ」

「……」

「君が責任を感じることはない。君は十分、彰子のために、頑張ってきてくれたから……だから、ありがとう。彰子のことを、ずっと守ってきてくれて」

「守る……?」

 

 彰子は死んだ……俺の目の前で、死んじまった。俺は、彰子を守ることができなかった。

 なのに……なのに、そんな俺が、彰子のこと、ずっと、守ってたって? 生かしてたって?

 こんな俺が……彰子を苦しめることしかしてこなかった、この、俺が……

 

「顔……」

「……?」

「彰子の顔……見ても、良いですか?」

「もちろんだ」

 親父さんは立ち上がって、棺桶の、顔の部分を開いて、見せてくれた。

 正直、すっげぇ怖かった。彰子の死に顔を見ることが。

 それを見ちまったら、本当の意味で、彰子とお別れになると思って……

 けど……

「彰子……」

 俺が、生きちまった理由……

 あの時、聞いた声の意味……

 それが知りたくて、その意味が、ここにしか無ぇって思ったから、だから、近づいた。

 木でできてる棺桶は、表面がサラッとしてて、何となく手触りがよくて。そんな棺桶に手を着きながら、彰子の顔を覗いてみたら……

「彰子……っ」

「納棺士の人が、死に化粧をしてくれたんだ。まるで生きていた時のように、綺麗な顔にしてくれたよ……」

 親父さんが、何か言った気がしたけど、耳に入らなった。

 当たり前だけど、そこには、彰子がいた。

 最期に見た、傷だらけで腫れあがった顔じゃねえ。俺が毎日見てきた、彰子の綺麗な顔が、そこにあった。

 何となく、笑って見えた。

 そんな顔の、彰子の声……決闘の最後に聞こえてきた声が、また、聞こえた。

 

 ――ありがとう……

 

 ――どうか、生きて……

 

「……ッッ」

 

 

 

視点:外

 

 棺桶に両手を着いて、大粒の涙を流し、号泣している。

 そんなセクトと彰子を、彰子の父親は、二人きりにしてあげようと、無言で部屋を出ていった。

 それに気付かないまま、セクトはずっと、泣いていた。

 ただ泣いて、ずっと泣いて。

 彰子の死を目の前にしたあの日以来、流れることの無かった大粒の涙を流して、声を上げて、泣き崩れた。

 

 一時間も経ったろうか。涙も枯れて、泣き疲れて、彰子の父親に迷惑を掛けたことを詫びながら、セクトは、家から出ていった。

 

「彰子……俺……俺は……」

 

 もう二度と、会うことはできない……

 別れを告げて、背中を向けた彰子に語りかけながら……

 

 セクトは、顔を上げた。

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 翌日。

 決闘アカデミア童実野校の、生徒会室。

 そこでいつものように、生徒会メンバーの生徒達が集まり、仕事をしていた。

 忙しなく手を動かし、パソコンのキーボードや、紙の上に手を走らせている。そんな生徒会メンバーの前には、

「おーい……いつまで待たせるんだ? 時間掛かりすぎだろう」

「さっさとやれよ。俺たちだって、いつまでも監督してやれるほど暇じゃねーんだけどなぁー」

 そんな言葉をわざとらしく漏らしている、教師が二人、座っていた。

「だったら……久我(くが)先生も駿河(するが)先生も、少しは手伝って下さいよ! 会長も副会長もいなくなって、人手が足りないの分かってるでしょう? そんな時にこんな、大量の仕事押し付けて来て!!」

 男子生徒の一人が、とうとう我慢できずに声を上げた。

 副会長が亡くなり、生徒会長は引きこもって。

 そんな状態になってしまった後は、残ったメンバーで生徒会を支えるしかない。そんな生徒会をどうにかしてまとめ、監督するようにと、送り出されたのがこの二人、久我と駿河だった。

 だが、実際にやっているのは、生徒達をまとめるどころか、ただ大量の仕事を持ってきては、偉そうに踏ん反り返っているだけ。仕事を監督していると言いつつ、大量の仕事を終わらせることができない生徒らに、嫌みったらしく文句を漏らしているだけ。

 

 そんな二人に向かって、せめて押し付けてきた仕事の一部でも手伝えと叫んだのだが……

「はあ? なに甘えたこと言ってんだよ? お前らの仕事だろうが」

「俺らはお前らが逃げ出したりさぼったりしねぇよう、こーして監督してやってるんだぞ? それが俺らの仕事だ。お前らの仕事まで手伝う義務なんかねーよ」

 そんな、暴論を正論のように語って、黙らせてしまった。

「大体なぁ、今日の仕事がこれだけたまっちまったの、昨日仕事しなかったお前らの自業自得だろうが?」

「そーそー。仕事が溜まってるって言ったのに、お前らがどーしても副会長の告別式なんかに行きてーって我がまま言うのを聞いてやったから、昨日サボった分を今日取り返すことになっちまったんだろーがよ」

「俺たち二人とも、ハッキリ言ったよな? 死んだ人間なんか気にしてる余裕があるなら、仕事しろって。死んだ奴や、テメェらなんかより百倍価値がある仕事を優先しろって。その仕事を自分達から放っぽりだしておいて、今さら都合の良いこと言ってんじゃねーぞ」

「……」

 さも生徒達が悪いふうに言っているが、仮に昨日、告別式に出席しなかったとしても、仕事の量は変わらなかったろう。

 生徒会メンバーで事前に取り決めていた仕事に加えて、それらの三倍近くの仕事を、放課後のこんな時間になってから押し付けてくる。この二人が来てからというもの、毎日がそんなふうなのだから。

 そう、ずっと思ってきたことを言ってやりたかった。

 だが、できなかった。

「あ~あぁ……こんな奴らに、特別奨学金出してやってるって思ったらよー、教師としては嘆くしかねーよなー」

「払ってやってる奨学金分、役に立つ努力くらいしろよ、役立たずどもが」

「……」

 彰子も、この男子生徒も、そして、残されたメンバーの大勢が、特別奨学金を受け取っていた。それを盾にされている以上、彼らの監督に逆らうことはできなかった。

 

「奨学金もらってるくせに、仕事はできねぇ、作業はトロくせぇ、挙句、自分からサボって仕事が増えたのを、教師のせいにして文句を言う……明後日には、アカデミアタッグ決闘大会だって控えてるってのによぉ」

「どうしようも無ぇな、お前ら……もういいわ。そんなに嫌なら、今すぐ全員クビだ」

 その言葉に、また、生徒たちは縮こまった。

 

「……ん、なさい……」

「あん? なんだって?」

「……ごめんなさい。頑張りますから、許して、ください……」

「反省してるふうには見えねぇなぁー」

「……」

「本気で反省してるってんなら、謝り方あんだろう? なぁ? 分かるよなぁ? 子供じゃねーんだから」

「……」

 文句を叫んだ男子生徒だったが、とうとう、ひざと、両手を着いて、額も床に着けた。

「俺が、悪かったです……頑張りますから、許して下さい……」

「そう思ってんの、こいつ一人だけかー?」

 他の座っている生徒達にまで、そう声を上げる。

 すると、他の生徒達も一斉に立ち上がって、その場に並んで、土下座した。

「だったらさっさと仕事済ませろよ、このノロマ」

 その言葉を聞いて、全員が急いで、椅子に座って作業に戻ろうと……

「なーに座ろうとしてんだ?」

「甘ったれて、生意気言った罰だ。そのまま床で作業しろ。そうすりゃあ頭も冷えんだろ?」

 

『……』

 

「返事は?」

 

『はい……』

 

「聞こえねぇ」

 

『はい!!』

 

 言われた通り、生徒達は、筆記用具も資料も、全て床に置いて作業を再開した。

 全員、これだけ屈辱的なことをされているのに、それでも、仕事を続ける。続けるしか、無かった。

 副会長の彰子が死んで、その悲しさだって癒えていないのに、そんな悲しさとは無縁な教師二人の命令には逆らえない……

 

「あぁ~あぁ、これで仕事の効率が下がって、まーた俺らの帰る時間が遅くなっちまうなぁー」

「安月給な俺らに、更に仕事増やしやがって。お前らの奨学金、俺たちこそ受け取るべきじゃねーのか? 給料泥棒どもがよー」

 床に這いつくばる生徒達のことを、ニヤつきながら椅子に座って眺めている。

 そんなことをしている久我も駿河も、行方不明になった須賀に比べればまだマシというレベルで生徒達の評判が悪く、いつもセクトから文句を言われてきた教師だった。

 そんな二人が監督役を買って出たのも、学校に来る度に小言を言っては、他の教師達の前で笑い物にする、そんなセクトへの腹いせをしたいがため。

 元々、生徒会メンバーのほとんどが、生活のために特別奨学金目当てで無理やり生徒会に入っただけのヒヨッコだった。それが、セクトというカリスマがいたせいでやる気を出して、彰子という中核が支えてきたから、ここまでやってこられただけの集まりだ。そんな奴らが、生徒会長のおかげで自分達よりもデカい顔をしている。それが許せなかった。

 そんな生徒会の、副会長がくたばって、セクトの野郎は引きこもってくれた。

 そんな生徒会を、教師が支える必要がある。そう校長に言われたから、立候補してやった。そうして監督に任命されてやった、俺たちの言うことに、こいつらは従う義務がある。だから、こいつらが嫌だと逆らうなら、そんな生徒はいらないと、きっちり教育してやらないと。

 

 もっとも、最高責任者が二人ともいなくなったんだ。この生徒会も、もうお終いだ。

 近いうちに全員を解任して、新しい生徒会メンバーを集める必要があるだろう。

 今度のメンバーは、こいつらみたいに、生意気なだけの役立たずな給料泥棒じゃなくて、もっと、教師の言うことをちゃんと聞いて、もちろん、口答えなんか絶対しない、マジメな奴を集めないと。

 セクトは男だったことだし、今度の会長は、女が良い。

 大人しくて、少しくらい気弱なくらいが丁度いい。

 とびきり良い顔と良い体した、俺たちの指示なら何でも聞くだろう、女。

 次期生徒会のメンバーの全員、そんな女子生徒達を集めて、そんな生徒会を、俺たちが手取り足取り監督してやる。

 そうすれば、この生徒会も、やっとまともな組織になるだろうから……

 

「あ……」

 これからの展望を想像しながら、何気なく歩いていると、資料の一枚を誤って踏んでしまった。

「……作り直せ」

「……」

「早くしろよ。まさか、汚れた資料提出する気じゃねーだろうな?」

 謝罪の一言も無しに、命令だけされた生徒は、すぐさま新しく資料を作り始めた。

「あーあぁ……こんなトロくせぇ役立たずども残して死んじまいやがってよぉー。まったく、最悪な生徒会副会長様だったよなー」

 それを言った瞬間、ピクリと、全員の手が止まった。

「本当になぁ。特別奨学金を受け取るだけ受け取っといて、生徒会長がいなきゃ何にもできなかったくせに、私は毎日がんばってますーって必死に健気アピールして、挙句いっぱしの被害者ヅラまでしてやがってよぉ」

「どーせ死ぬくらいなら、払ってやった金、全部返してから死ねっての。どーせ役に立たねぇブスだったんだからよぉ」

「死んで当然の蛆虫だったよなぁ、あのブスは」

「今ごろ、汚ねぇ蠅にでも生まれ変わってんじゃねーか? あのブスにはお似合いだな」

 

『あははははは……!』

 

『……』

「……おい、手止めてんじゃねえよ」

 再びそう言った。だが、今度は誰も、従わなかった。

 全員が立ち上がった。さっき苦情を言った男子生徒。彼がまた、声を上げた。

「取り消して下さい」

「あ?」

「副会長は、そんな人じゃない。この生徒会を、セクト会長がいない間必死に支えてくれた恩人だった。その人をバカにしたこと、取り消して――ッ」

 全てを言い切る前に、その男子生徒の顔に拳が飛んだ。

 後ろに吹き飛んだ彼を、他のメンバーが受け止めた。

「あんなブスの擁護した上に、また俺らに逆らって……オッケー、よく分かった。もういいよ、お前ら。奨学金受け取る価値無し。今すぐ帰れ、クズども」

「そんで、二度とアカデミアに来なくていい。俺たち監督の権限で、生徒会メンバー全員、今すぐ解任、そんで退学処分だ」

 

『……』

 

「聞こえなかったのか……出てけ!!」

「お前ら全員、もうアカデミアの生徒じゃねぇ!! 今すぐ出ていけー!!」

 

「誰がだ?」

 

『……!!』

 その声に、全員が驚愕させられた。

 この四日間、一度も姿を現したことの無かったはずの、生徒の声だったから。

 

「正直、俺と彰子がいなくなっちまった以上、こうなってんじゃねーかって気はしてたんだが……ここまで最悪とは、さすがに思わなかったぜ」

 

「会長……セクト会長、大丈夫なんですか?」

 

「ああ。悪かったな。俺はもう大丈夫だ」

 

「何が大丈夫だ……ずっと仕事も学校もサボってやがった不良生徒が、今更なにしに来やがった?」

 

「生徒なんだから学校に来んのは当然だろうが。生徒会長なんだから、そりゃあ生徒会室にだって来るさ」

 

「ふざけんな! もうこの生徒会は終わりなんだよ! プロ決闘者ってだけで、まともに登校もしねぇで偉そうにしてやがったお前も、もうお終いだ! 全員退学だ!!」

 

「そんな権限、お前らにあると思ってんのか? 監督任されたとか何とか言ってたけどな、お前らこそ、自分達の役割を拡大解釈してんじゃねーよ」

 

「あー言えばこー言いやがって……そこまで言うんだったらなぁ、今すぐ姿くらい現しやがれ!!」

 

「は? ずっとここにいんじゃねーか」

 

「ここってどこだよ!! 出てきやがれ!! 隠れてねーでよ!!」

 

「隠れてなんかねーよ。ここだ、ここ。ここにいるっての」

 

「だからどこだっつってんだ!! どこだ!?」

 

「おい、皆既日食になってんぞ」

 

「ふざけてねーでさっさと出てきやがれ! 何が皆既日食だ!? 次に日本で皆既日食が見られるのは十年は先だぞ!!」

 

「こっちだこっち、声のする方へ、声のする方へ……そして、見下~げて~ごらん~」

 

『うわああああああああああ!!』

 二人の教師、生徒会メンバー、全員が声を上げ、その場から飛びのいた。

「お前!」

「はい!」

「二回くらい目が合ったぞ」

「えぇ……」

 生徒会メンバーの中でも、小柄な生徒を指さしながら言ったが、彼女としても、困惑するしかない。

「……で、偉大なセクト会長様が、今更このアカデミアに、何のご用ですかな?」

 二人のうちの一人が、分かりやすくイラつきを抑えながら、そう聞いてきた。

 セクトは、最初に発した通り……呆れた声を出しながら、話を始めた。

「今まで分かってはいたが、お前らにいくら説教しても無駄だってことが、よく分かった。今すぐ出てってくれ。生徒会の仕事の邪魔だ」

「は?」

「そんで、今回のこと、全部校長に報告させてもらうから。生徒への暴言、暴力、パワハラ、全部な」

「……すまん、言ってることの意味が分かんねーぞ?」

 と、本気で疑問を感じている声を、セクトに向けた。

「俺らが何したって? 暴力? 暴言? パワハラ? 意味分かんねぇ」

「俺らはこいつらの監督してただけだぜ? そのせいで、少しばかり厳しくはなってたかもなぁ……なぁ? お前ら、そうだよなぁ?」

 セクトの後ろにいる、生徒会メンバーに問いかける。

 わざとらしく。嫌みったらしく。逆らうことなんか許さない。そんな声色で……

 

「ふざけんな……」

 

 声を上げたのは、最初に声を上げ、彰子のために怒った、彼だ。

「ふざけんな! 何が指導だ、俺たちを散々バカにしやがって! お前らなんか教師じゃない!! お前らこそ、このアカデミアから出ていけ!!」

「そうよ!!」

 彼の隣の、女子生徒が声を上げた。

「私達が、生徒会クビになったら困ると思って、あんなことして……もう、アンタらの言うことなんか聞かない! 私達全員、アンタたちのこと訴えてやる! 私達がされたこと、全部話してやるんだから!!」

「そうだ!」

「お前らこそ出てけ!」

「副会長をバカにしたこと、お前らこそ土下座して謝れ!!」

 やがて、生徒会の全員が声を上げた。だが、二人とも、悪びれる様子は全くない。

「まったく、トップが来た途端に調子に乗りやがってよぉ。本当、どうしようもねぇクズ野郎どもだなぁ」

「そんなに俺らが悪いってんならなぁ、証拠見せてみろや」

「証拠?」

「証拠だ。俺らがお前らに酷いことしたか? じゃあその酷いことってなんだ? 誰にでも分かる、証拠を今すぐ見せてみろよ、ほら……」

 二人ともが余裕綽々といった様子で、大げさにジェスチャーをして、生徒達を煽っている。

「何が証拠だ! お前ら自身の仕事まで全部俺たちに押し付けて、おまけに仕事の邪魔した挙句、酷いことばっかしやがったくせに……!」

「だからそれをしたって証拠を今すぐ見せろってんだよ! お前らがいくら騒いだってなぁ、身内同士の証言なんざいくらでも捏造できんだろうが! 俺らがお前らに酷いことしたって証拠を今すぐ出しやがれ!! 話はそれからだろうが!! 日本語分かるか? 常識って言葉知ってるか? クソガキども!?」

 

『……』

 生徒以上の大声ですごまれて、めちゃくちゃだが的を射ている正論を返されて、その結果、誰も、何も反論することができなくなった。

 

「……やっぱり彼らに、生徒会は任せられませんね、駿河先生」

「ええ、久我先生。よっぽど副会長が亡くなったことがショックだったのでしょう。むしろ、ここまで心身喪失甚だしい生徒達を、学校に置いておくのは危険だ」

 急に、今までとは違った、いかにもマジメでインテリっぽい、教師らしい声色を作って、二人で話を始めた。

「今すぐ全員、退学にするべきですね」

「そうですね……校長にも、彼らがどれだけひどい状態か、キチンと報告しなければ」

「伊集院セクトは、どうしますか?」

「彼も相当ショックが大きかったようですからねぇ……生徒会メンバーをおもんばかる彼の気持ちも分かりますが、彼も同じように、このアカデミアには置いておけない」

「まともな決闘もできそうにありませんし……いっそ、プロ決闘協会に、彼のプロ資格はく奪を要請するべきでは?」

 

『……!?』

 

「それはいい! こんな男がプロ決闘者でいては、我がアカデミアの評判に傷がつく。生徒達にも悪影響でしょう。アカデミアも、プロも辞めてもらって、彼にはゆっくり休んでいただきましょう」

「他でもない……アカデミアと、生徒達のためにねぇ」

 それっぽい口調で、無茶苦茶な結論をひねり出す。そんな教師二人に対して、メンバーの怒りはとうに限界を超えていた。

「……証拠がありゃあいいんだな?」

 そんなメンバーが声を上げる前に、セクトがそう、二人以上に余裕な声を上げた。

「証拠……これでいいか?」

 と、生徒会長室の、横へ移動して、そこに積んである、段ボール箱の一つをどかした。そこには、

「カメラ?」

「ああ……悪いが全部、撮影しといたぞ」

 それを聞いて、二人は一斉にカメラに向かって走った。

 そのカメラに手が届く直前に、セクトはカメラを、男子生徒に投げ渡してやった。

「カメラを壊したって無駄だぞ。それ、ライブカメラだから」

「ライブカメラ!?」

 それを証明するために、セクトは、部屋にあるテレビの電源を点けた。

 そこには、この生徒会室と、セクトら生徒会メンバーに、久我と駿河。今、男子生徒の手にあるカメラに撮影されているもの、全てが流れていた。

「放送部に知り合いがいてなぁ。そいつ通してカメラ借りて、お前らの言動、全部アカデミア中のテレビに流させてもらった。まあ、放課後だし、何人かは帰っただろうけど、それでも残ってる生徒はまだまだ大勢いるぜ。それに、俺が連絡できる限りの生徒には、放課後にライブ中継やるから、友達誘って教室でテレビ点けとけって、誘っておいたし。高等部、中等部、初等部、残ってる生徒や教師は全員、生徒会が仕事始めた後、お前ら二人がしたこと全部見てただろうなぁ」

「なんだとぉ!?」

 

 

 セクトの言葉の通り。

 放課後になってから、たった今まで、アカデミア生徒会室で行われていたやり取り。その全てが、アカデミア中に設置されたテレビに中継されていた。

 自主勉強のために居残っていた生徒達は教室で。部活で汗を流していた生徒は体育館で、あるいはそれぞれの部室で。セクトから連絡を受けた生徒。仕事で残っていた教師、そして、校長。

 高等部に限らず、中等部、初等部、現時点で決闘アカデミア童実野校にいる人間、全員が、彼らの所業とやり取りを、一部始終見ることになった。

 

 

「当然、録画も録音もしてある。それに、アカデミア中の人間が証人だ。もうお前ら、逃げられねぇし、言い訳もさせねぇぞ」

「なんで……そんな仕掛け、いつの間に……っ」

「……本当にな。今までコンプレックスなだけだった、小さいってのが、こんな便利だったとはなぁ……」

 朝には敢えて登校せずに、昼日中のアカデミアに忍び込んで、借りたカメラを仕掛けて、こいつらが来るまでずっと息をひそめて。

 そうしている間、割と人前で堂々と歩いたりしてみたのに、誰も、俺のことが見えていなかった。

 アカデミアの大勢が知ってるくせに、声を上げないと、いることに気付きもしない。

 こんな俺のことを、見失わずずっと見てくれてた人。セクトの知る限り、三人だけだ。

 

「で? どうすんだ?」

 絶句し、狼狽するばかりな二人に向かって、セクトは言葉を投げかけた。

「土下座でもするか? さっき、こいつらに強要したみてーによ……絶対ぇ赦さねぇがな」

 そう、話しかけた時……

 二人の身体は、震えていた。

 

「ふざっけんなクソガキがぁ!!」

「調子に乗ってんじゃねぇぞぉ!!」

 

 パイプ椅子、花瓶、二人がそれぞれ、手に凶器を握った。

 それで襲い掛かろうとして……なぜか、二人とも、急に動きを止めた。

「来てくれるって、信じてたぜ……」

 セクトの静かな歓喜の声に、二人は、自身の後ろを見る。そこには、

「誰だおま――!?」

「どこから入ってき――!?」

 二人が質問を終えるより前に、赤色の帽子を被った少年は、二人とも後ろへ引っ張りだし、そのまま殴り飛ばした。二人とも、開いたドアから廊下へ転がった。

「教師のくせに……生徒会室で暴れんじゃねぇよ。こいつらの頑張った仕事が台無しになっちまうじゃねーか。て、とっくに教師じゃねーか」

「えっと……会長、この、人は……?」

「気にすんな」

 メンバーの一人への質問に答えた直後、廊下の向こうから、警備員らと、高等部の教師らが走ってきた。

 赤色の帽子が、窓から飛び去った直後。なおも暴れだし、セクトに襲い掛かろうとした二人ともが警備員に押さえられ、そのまま引きずられ、連れていかれた。

 

「ふざけんなクソガキ!! 何が生徒会長だ!! なにがプロ決闘者だ!! 大人を嘗め腐りやがってよぉ!!」

「テメェみたいなやつが!! このアカデミアに来たのが悪いんだ!! 俺らがこうなったのは、お前のせいだ!! 責任取りやがれ!!」

「おいクソガキ!! 絶体ぇ許さねぇからな!! お前のこと、一生恨んでやるからな!!」

「ぶっ殺してやる!! 今すぐ死にやがれクソガキ!! お前も! お前ら全員! あの役立たずのブスみてぇに、今すぐ死んじまえ!!」

 

「死ねぇええええ!!」

 

「死ね死ね死ねええええええええええ!!」

 

 

「……おい」

 警備員らに二人とも連れていかれた後で、残った校長含む教師らに、セクトは語りかける。

「これが、決闘アカデミアの教師か? 生徒に偉そうに命令して、仕事押し付けて、いたぶって、死んじまった生徒のことまで侮辱して……これが、日本一の規模を誇るプロ決闘者養成機関、決闘アカデミア童実野校だってのか!?」

 

『……』

 

 校長も、集まった教師ら、全員が何も言えず、ただ立ち尽くしている。

「俺も、死んじまった宇佐美彰子も、散々言ってきたぞ。高等部の教師たちはおかしいって。俺ら生徒会の仕事が多すぎるって。だから何とかしてくれってよぉ。それでもお前ら、何もしてくれなかったよな? 何もしないで、俺らの仕事増やすばっかでよぉ。俺が散々、直すべき所を一人一人に説教したって、ガキの戯言だって聞き流してよぉ」

「……」

「その結果がこれか! 久我や駿河みてぇな奴らか!? お前らがしっかりしねぇから、あんなクソ教師どもが生まれたんじゃねーか! どっかに消えた須賀のクズや、逮捕された龍牙の下種野郎だってそうだ! お前ら大人がしっかりしねぇから、俺らが自分で生徒達を守るしかなかったんじゃねぇか! ろくに登校できなかった俺が言えたことじゃねぇし、彰子が死んだのはお前らのせいとは言えねえけどな……お前らのせいで、いつ過労死してもおかしくなかったってくらい、とっくに彰子もこいつらも、限界だったこと分かってたのか? 勉強でも決闘でもねぇ、お前らが回してきた仕事のせいでだ!?」

 

『……』

 

 やはり誰も……教師の誰も、反論できる者はなかった。

「前から聞きたかったんだがよぉ……あいつらもそうだったけど、お前らよく、特別奨学金を引き合いに出してたよな? そりゃあ、最初(ハナ)から支給されてねぇ俺はともかく、彰子や、他のメンバーは、それを支給された分だけ応える義務はあるだろうさ」

「それで、それに応えるってのは、生徒会だけじゃなくて、お前らの仕事も、俺たちが代わりにこなすってことか? 勉強の成績とか決闘の強さとか、学校風紀や治安維持とかじゃなくて、各学校行事の概要・日程・スケジュール・予算の策定、それらの教員用・生徒用配布プリントの作成、学校備品および消耗品の個数管理と注文票の作成、実際の注文、新入生・転入生の手続き書類の作成、各クラスごとの月一報告書の作成、特定授業における新規設備導入の提案書類の清書作成、設備導入後の効果・結果の報告書作り、設備導入に対する生徒達へのアンケート作り、中間・期末テストの採点、その順位付けと成績表作り、故障設備の修理依頼、修理完了の報告書作り、クレーム処理、教育委員会用の学期末報告書類の作成、税務署提出用のアカデミア決算書類の計算と作成、KCとの定例会議用の資料作り、その他もろもろ……どの仕事もご丁寧に、教師じゃなくて、生徒会が仕事を請け負ったことによる、生徒会長の承認を付けろって、ありがたい一手間まで付け足してくれやがってよぉ? 挙句の果てが、あんなクソ教師どものストレス解消、サンドバック役だ」

 この話は、学校中の教師、生徒達が見て、聞いている。

 難しい言葉や、生徒会の具体的な仕事内容は分からなくとも、これらの仕事の内、教師ではなく、生徒会がやるべき仕事がどれほどのものか。彼らは気付いただろうか……

 

「この際ハッキリ言わせてもらうがなぁ……俺たち生徒会、てか、生徒はなぁ! お前らブラック企業に、奨学金を給料にやとわれた、バイトでも事務員でも、従業員でも社畜でも何でも無ぇんだぞ!!」

 

『……』

「こんな常識、生徒の口から言わせてんじゃねぇぞ。無能教師どもが」

 暴言で侮辱されている。それでも、セクトらの怒りも、そこから来る言葉も正しい以上、結局、彼らに反論する権利はない。

 実際、高等部の教員の間でも、いつからか、自分達がやるべき書類作り等の仕事は、全て生徒会に回しておけばやってくれるという風潮がまかり通っていて、そのことに疑問を抱く教師は一人もいなくなっていた。

 その分の負担が増えるのは、生徒会の生徒達だということは分かっていたはずなのに。彼らは文句一つ言わず、仕事も正確で丁寧で、何より、自分達が楽をできて、家にも早く帰れたから。

 今まで、特別奨学金の支給を停止されて退学していった元生徒会の生徒の大半が、そうやって教師らの代わりの激務に負われたことで、勉強する時間も体力も無くなって成績が落ちたり、働きすぎで体調を崩したり、一部の教師によるパワハラやセクハラがトラウマになり、不登校になってしまったりと、そんな生徒達ばかりだったとも知らずに……

 

「どうすんだよ?」

「……」

「これから、このアカデミア、生徒会、教師達をどうすんのか……お前らが決めろよ。そんでそれを、全校生徒に表明しろ。今すぐ」

 セクトがそう言った時、後ろに立っていた、男子生徒が、ライブカメラを手に、教師達の前に立った。

 そんなカメラの前に……

 校長が、代表して立った。

 

『決闘アカデミア童実野校、初等部、中等部、高等部の、全校生徒、全教職員の皆さん……私は、決闘アカデミア高等部の校長として、この度の教師達の不祥事、並びに、長きに渡る高等部生徒会に対する、不当な仕事の割り振りに関しまして、謹んで、お詫び申し上げます……』

 

 

 その後、校長ら教師全員が、カメラに向かって頭を下げた。

 そして、今後二度と、こんな教師が生まれないよう、教職員らに対する指導、教育の徹底、再発防止策の作成はもちろん、今後も、生徒らの安全と安心、信頼を取り戻せる学校作りを推し進めていくことを、全校生徒に対して約束した。

 更に、生徒会に、本来教師がやるべき仕事を押し付けてきたことも反省し、今後はそのようなことが起きないよう、生徒会、および、教師のすべき仕事のすり合わせを、綿密かつ、慎重に行っていくことを、セクト、生徒会メンバーに対して約束した。

 その約束の一環として、今、生徒会室の床に散らばっている仕事。それは、生徒会メンバーではなく、教師達で片づけることになった。

 それらの仕事の、実に七割以上が、本来は教師らが仕上げるべき案件だったという事実には、生徒の全員、呆れ果てる他なかった。

 

 

「どっち道、少なくとも、あいつら高等部の教師全員、信頼は無くなっちまったろうな。あの映像見た生徒の中には、教師に向かって、デカい態度取りだす生徒も現れるかもしれねぇ。真面目で生徒思いな、良い先生だって、たくさんいるってのに……しばらく、アカデミアは荒れると思う。そのために、お前らの負担も、今までとは違う意味で増えるかもしれねぇ」

 日が暮れて、空がオレンジ色から夜へと変わっていく時間帯。

 生徒会メンバー全員を屋上に呼び出して……

「今まで本当に……すまなかった」

 セクトは、全員に向かって、頭を下げた。

「俺が不甲斐ないばっかりに……俺が、仕事ばっかでアカデミアに来られなかったばっかりに、こんなことになっちまって……」

 動揺しているメンバーにも構わず、セクトは言葉を連ねていった。

「もうこれ以上、お前らに迷惑は掛けられねぇ……俺は、プロを辞めることにする」

 その言葉には、全員がまた、目を見開いた。

「そんで、これからは毎日、生徒会長として、アカデミアのために頑張るつもりだ。本当なら、俺なんかが生徒会長のままでいる資格も無い。けど、だからこそ、償いたい。お前らに今まで迷惑掛けた分、生徒会長として償って……」

 

「バカなこと言わないでください!!」

 

 セクトの声を遮りながら、叫び声が上がった。あの男子生徒だった。

「俺たちは、セクト会長がいなくて、迷惑だって思ったことありません!」

「そうです! セクト会長は、会長として、ずっと頑張ってくれました。学校だけじゃない。アカデミアの外で、プロ決闘者としても、頑張ってきました!」

「それだけ頑張ってくれてたから、僕たちはやって来られたんです! 副会長の彰子さんと、セクト会長と、二人が頑張ってくれてたから、僕たちも頑張ってこれたんです!」

 

「お前ら……」

 誰も、セクトの今の言葉を、是とするものはいない。セクトに求めているもの。それは、生徒会長としての償いなどではなく……

「だから、セクト会長は、これからも頑張ってください!」

「誰が何と言ったって、プロ決闘者のセクト会長は、私達の生徒会長です!」

「プロとして、生徒会長として……今まで通りの、伊集院セクトさんでいて下さい! お願いします、会長!」

「会長!」

 

『セクト会長!!』

 

(そういうことか……)

 彼らもまた、以前、彰子と気持ちが繋がった時と同じことを、セクトに向かって叫んだ。

 そして、理解した。昨夜、彰子の父親が言ってくれたこと。

 

 ――君が彰子を生かしてくれたんだ。

 

(こいつらも……俺や彰子が頑張って、それで、生きて来れたんだ。こいつらも……彰子も、俺がずっと、生かしてたんだ)

 あの夜のことを、ずっと後悔していた。

 彰子が言った、正しい伊集院セクト。

 それでいたせいで、彰子は殺された。ずっとそう思ってきた。

 

 けど、違う。あの瞬間彰子は、生きていたんだ。

 そして、最期の最後の瞬間まで、生きることができたんだ。

 

 俺が、プロ決闘者だったから……

 俺が、決闘をしてきたから……

 俺が、俺でいたから……

 

 俺が、彰子の前に現れたから……

 

 だから彰子は、いつ心が死んでもおかしくない毎日の中でも、生きてこられた。

 

 そして、目の前のこいつらも……

 

「……俺や、彰子抜きで、仕事できるのか?」

「甘く見ないで下さい! 俺たちだって、伊達に生徒会にいるわけじゃありません!」

「仕事中、俺の権限が必要になっても、電話に出られるとは限らねーぞ」

「そういう案件は、全部前もって、セクト会長のお暇な時間に電話をかけて、片づけます。ていうか、先生たちとも話し合って、そんな一手間無くして見せますよ」

「……また、あの二人や、須賀とか龍牙みてぇな、クソ教師が出てくるかもな」

「その時は、僕たちで追い出してみせますよ!」

「セクト会長にばっかり、頼ってられませんし!」

「最悪、さっきの赤い人みたく、力ずくで追い出してやろうぜ」

「これでも決闘者として鍛えてるし、背も俺たち全員、セクト会長よりデカいもんな」

「背は余計だ、バカ野郎!」

 

 余計な一言を言った男子生徒に組み付きながら……

 その場には、笑い声が溢れた。

 

 俺が、彰子を生かしたように……

 俺が、こいつらを生かしたように……

 こいつらや彰子が、俺のことを、ずっと生かしてくれたから……

 

 彰子はもういない。

 だから、せめて、残されたこいつらのために、できるだけ長く、生きていく。

 たとえ、生まれながらに呪われた身であるとしても、そんな俺を慕ってくれる奴らが、こんなにもたくさんいるから。

 だから俺は、これからも生きる。

 こいつらが……彰子が求めてくれた、俺として……

 

(それで良いんだよな? 彰子……)

 

 

「……」

 アカデミアから近すぎず遠すぎない、それなりの距離に離れた、ゴミ捨て場。そこに、久我と駿河の二人とも、ボロボロに痛めつけられた状態で捨てられていた。燃えるゴミの日だったうえ、たまたま生ゴミが多く捨てられていたようで、二人ともそんなゴミと一緒に、蛆虫と蠅の群れにたかられていた。

 そして、そんなゴミ捨て場のすぐ目の前に建つ、電柱のてっぺんから、少年は、赤い帽子のバイザー越しに、アカデミアの屋上を見つめていた。

 

「セクトさん……」

 

 

「……」

 そんな呟きは聞こえていない、セクトは、メンバーと話しながら、別のことを思っていた。

(にしても……加藤先生、どこにもいなかったな……)

 

 

 

 




お疲れ~。

この小説の中だけの話であってほしいもんだ(教師による生徒の社畜化。奨学金は給料)。
退学していった生徒達、訴訟を起こせば普通に勝てんじゃね?
ただ、普通は教師がやって、生徒会がしなくていい仕事ってのも、上手いこと想像できなんだのよね。ちゃんと書けてるかしら……

まあこんな感じで、とりあえず、セクト君は立ち直りましたわ。
けど、五部は終わりじゃないぞい。あともうちょっとだけ続くんじゃ……

その続きは、ちょっと待ってて。
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