遊戯王5D's ~剣纏う花~   作:大海

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りゃ~~~ああぁああ。

続ぎやで~。

行ってらっしゃい。



第十三話 波と不良と生徒会長

視点:外

 

「ええ……はぁ、そんなことが……」

 

 体調不良を理由に、アカデミアを休んでいた加藤友紀が、自宅であるマンションの一室にて、携帯電話越しに会話をしていた。

 相手は、最も仲良くしている先輩教師で、和総文化部顧問でもある、原麗華。

「ええ……まあ、そうですよね。というか、それが本当は正しいこと、ですよね」

 話題に上ったのは、今日セクトがアカデミアに対して行ったという、アカデミア高等部生徒会の現状と、その原因である教師らの怠慢の暴露の話。

 それによって、高等部の校長がアカデミア全生徒に対して頭を下げて、自分達も、これまで以上に仕事が増えるかも知れないという話だった。

「はい……はい……」

 もっとも、友紀にはさして驚きは無い。

 このアカデミアの教師達がおかしいことは、とっくの昔に分かっていたことだ。友紀に限らず、教師の全員が、おかしいと気付いていながら、知らぬ存ぜぬを決め込んでいた。

 

 元々、学校とは言えプロ決闘者育成のための特別機関ということで、潤沢な予算と独自の教育体系のもと、教師も生徒も、最低限の一般教養を身に着けさせることを前提に、伸び伸びと決闘の腕を磨くことに専念することができていた。

 だが、社会の変化と、それに伴う世間の目の厳格化、加えて、過去に行われた教育改革がダメ押しとなり、決闘アカデミアと言えども普通の学校と同じ扱いにすべきという論調が広まり、強まり、やがてまかり通ったことで、割かれていた予算は大幅に削減。教育体系は見直しを余儀なくされ、教師も生徒も、ただ決闘を学べばいいという価値観が許されなくなっていった。

 かつては、贅沢に島一つをまるごと高校として利用していたのを、維持費や諸々の経費がかさむという理由で一切放棄し、本土の都心部にある普通の学校跡地を改装して、高等部に限らず、初等部と中等部全ての一貫校としたことも、そういった事情があったからであるらしい。

 結果、教師は、世間の一般的な学校の教師と同じだけの仕事量を割り振られることになったのはもちろん、決闘の専門知識もこれまで通り要求され、それに比例して仕事量も増加。それだけの激務にも関わらず、給与も手当ても、一般的な教職員と同額。能力及び仕事量にまるで見合っていない、国内でも随一のブラックな職場と化した。

 アカデミア自体も、プロ決闘者の育成機関だというありがたみは既に失せ、なのに決闘中心社会なせいでブランド力だけは維持されて、今ではプロ決闘者を目指す生徒よりも、他に行き場がなく唯一入学できたという生徒や、楽に手に入る学歴目当てに入学した、或いはさせられた生徒、何となく楽そうだから等の適当な理由で進路とした生徒らが人数を増やしていった。

 決闘は年々進化し、生徒は年々増加しているのに、不純な理由で入学した生徒はもちろん、低賃金なせいで教師すらもやる気が無い。

 新たに教師や、優れた決闘者を講師として雇うにも予算が足りず、そもそもそんなブラックな職場に、好き好んで勤める人間はいない。

 そんな人手不足を無理やりにでも解消するため、ろくでなしの須賀や、親のコネでやってきた下種の龍牙等を、通常よりも安い給料で雇い、教師をさせる……そんな有様が続いていた。

 

 そして、そうまでして教師達の人数を集めても、一人一人の仕事量が多いことに変わりは無い。

 友紀や原麗華等、何だかんだ器用に全てこなしていた教師達も大勢いるが、無理やり雇ったような教師はそれをこなすことができず、その結果、アカデミアからの特別奨学金を受け取っている、生徒会に仕事を丸投げする、という最終手段が生まれてしまった。

 最初のころは、せいぜい一人二人の教師が、一つか二つくらいを裏技的に頼むだけの程度だったのが、それが他の教師達にも広まり、流行り、全体の雰囲気として許容されてしまったことで、ただ面倒くさいからやりたくない仕事を、生徒会に他の仕事と一緒に丸投げしてしまえばいいという様式に変わった。

 そのせいで、教師は生徒会の生徒を、他の生徒以上に軽く見るようになり、挙げ句、様々な形でのストレス解消のはけ口として……

 そして、今に至ったのである。

 

 百人が聞けば、百人が間違っていると、小学生でも分かる体たらくだが、原にも友紀自身にも、それを責める資格はない。

 決闘アカデミアに長く勤めている原も、原からそんな昔話を聞かされた友紀も、そのことを知っていながら、何かを言い出すことはしてこなかった。

 それに友紀自身、日々の激務に追われ、どうしても間に合わない仕事があった時は、仕方がないと自身に言い訳しながら、生徒会に仕事を回していた。

 せめて、大した負担にはならないようにと、比較的簡単な仕事を、回数としては一回か二回だけ。

 だが、簡単であれ、一回や二回であれ、彼ら彼女らにしてみれば、負担を強いることになっていたのは同じこと。

 中には、大人でも辛い仕事を嬉々として生徒会に押し付けて、それに苦しむ様を笑って見ている教師達も見てきた。

 私はあんな奴らとは違う。そう自負はしていたが、生徒会メンバーからすれば、簡単だろうが難しかろうが、仕事を丸投げしてきた時点で……なにより、知っていて止めようとすらしなかったことで、友紀も須賀も同じ、クズ野郎に違いなかったはずだ。

 そんなクズ野郎の一人である私が、どうしてアカデミアや、教師達を責めることができるっていうんだ……

 

(……でも、そのクズ野郎も、もう、いなくなるんだけどね……)

 会話を済ませて、携帯を切りながら、テーブルの上に書きかけで置いてある、『退職願』に目を戻した。

(明日の、アカデミアタッグ決闘大会……校長先生も来るらしいし、大会が終わるころに顔を出して、そのまま提出しちゃお)

 そもそも、体調不良だなんてウソだ。むしろ、体はすこぶる健康そのものだ。

 何せ、ずっとずっと好きだった男の子に、満たされることができたんだから。健康は良好で優良で、今この瞬間も、幸せで、嬉しくってたまらない。

 だからこそ、もうアカデミア教師でいちゃならなくなった。

(セクト君のために……そう思って受け入れたのに、結局、セクト君のこと、傷つけちゃった。何より……あの時の私、喜んじゃってた。彰子さんが死んじゃったこと、嬉しいって思っちゃってた……)

 宇佐美彰子が死んだと知って、哀しいと思ったのは間違いない。彼女も、友紀にとっては大切な生徒の一人に間違いなかった。

 それでも、セクトのことを考えると、教師としての愛情以上に、女としての妬み、嫉みの方が勝ってしまった。

 それでも、彼が好きなのは彰子さんだから。自分は、教師なんだから。

 そう自分に言い聞かせてきた。けど、告別式の後で、彼の様子を見に行って、彼に求められて、その瞬間、気付かされた。

 自分は、彰子さんが死んだことに、歓喜していたことに。

 彼女がいなくなってくれたから、彼と一つになれたんだって……

 

(生徒が死んじゃったことに喜んで……セクト君のことも傷つけて……こんなクソ女、教師でいていいわけ、ないよ……)

 いつから教師を夢見ていたか……もう思い出せないくらい、昔からだ。

 たまたま決闘ができたから、大学からの勧めもあって、決闘アカデミアの門を叩いて、結果、教師として雇われた。

 そこで、生徒達のことを考えて、一生懸命働いて、そしたら、生徒達は笑ってくれた。

 辛いこともたくさんあった。ひどい生徒、最悪な教師も大勢見てきた。

 それでも、教師としての忙しい毎日は、悪くない日々だった。

 

 何より……

 決闘アカデミアに来たから、私は、セクト君に出会えた……

(うん……もう、未練なんて、無いよ)

 アカデミアに来てほんの数年しか経ってない。セクト君以外にも、気になってる生徒達はクラスや他の学年にもいる。

 それでも、今日まで十分、アカデミアからは思い出をもらった。

 私がいなくなったって、生徒達は上手くやっていける。

 

 だからもう、私は教師でいられなくたっていい。

 

 それを思い、『退職願』を書き上げて、封をした……

 

 ピンポーン……

 

 そのタイミングで、呼び鈴が聞こえてきた。

 荷物でも注文してたっけ? それとも光設備の勧誘かしら?

 そんなことを考えてげんなりしつつ、玄関を開けてみる……

 

「……よ。加藤先生」

「え……セクト、君……?」

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

「キングならよォ――下々の者にお小遣い恵んでくれるもんよねェ~~~~~ッ!」

 

「おのれ、鬼柳!」

「無二の親友という言葉、撤回するか? ジャック」

 

「元気でなあ~~~~~ッ!」

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 彰子の告別式。アカデミア教師らによる怠慢の告発。

 激動と言ってもいい出来事が重なった二日間を越え、いくつもの混乱がありながらも迎えた土曜日。

 兼ねてより生徒会が必死になって準備してきた、『決闘アカデミアタッグ決闘大会』。

 中止の危機にさえ陥っていたそれが、無事開催される運びとなり、アカデミア童実野校には、生徒はもちろん、一般参加の決闘者たちが集結していた。

 初等部から高等部までの垣根を超えた生徒間、あるいは外部参加の子供同士、大人同士で作られたタッグ。生徒と外部の人間、生徒と教師、教師と教師といった組み合わせも中にはいる。

 とにかく各々が互いに信頼を寄せ、パートナーと決めた誰かと組み、同じようにタッグを組んだ二人組に決闘を挑む。

 

 決闘のルールはタッグフォースルール。

 一度敗けたらそれで脱落、ということはない。ただし、参加チーム達は、受付の時点で配られた、勝敗をカウントする装置を決闘ディスクに取り付けた状態で決闘を行う。その装置からブザーが鳴ったチームは、その時点で失格となる。

 失格となる条件は二つ。

 十戦以上闘った状態で勝率が三割を切ったチーム。または、五連敗を喫したチーム。

 そうして勝敗を明確化し、最後に勝率が最も高いチームが優勝、同率のチームがいた場合は、そのチーム同士で決勝を行う。

 これが今大会の大まかなルールである。

 

 そして、そんなルールの中で、既に十五戦以上していながら、全勝しているチームが一つだけ存在した。

 

「攻撃……『暗黒界の龍神 グラファ』……ダイレクト……」

「ぐおおおおおおお!!」

 

 決闘が終了し、敗北したタッグチームが倒れる。どうやら、それで失格の条件を満たしてしまったようで、二人の決闘ディスクからは、うるさくはないが、それなりに大きなブザー音が鳴り響いた。

 勝利したチーム、龍可とコナミのペアは、互いにハイタッチを交わした。

「すごいです、コナミさん! 『暗黒界』……最初見た時は、怖い見た目だと思ったけど、すごく強いです!」

「……」

 龍可の賞賛に笑みを浮かべつつ、龍可と目線を合わせ、彼女にしか聞こえない声を発した。

(ありがとうございます。しかし、そのような訳の分からない……いえ、独特なデッキを使いこなす龍可さんも、かなりの腕ですね)

(え? 訳の、わからない……?)

 褒められつつも、言い直す前に言った言葉に引っかかる。

 そんな龍可の様子には気付かず、コナミは続けた。

(種族も属性もバラバラ、カテゴリーが存在するわけでもない。それぞれカード効果にシナジーがあるわけでもなく、スタンダード型にしてはカード効果も微妙なものばかり。そんなデッキをなぜか回すことができ、的確なカードを使い、いくつものピンチを潜り抜けてきた。そのようなメチャクチャな決闘、私にはとても真似できません)

「……」

(どうしました?)

 かしげている首と、本気の疑問の声色。

 どうやら、彼に悪意はないらしい。ただ純粋に、龍可の決闘を賞賛している……つもりのようだ。

(私のデッキ……精霊たちの声を聞いて、組んだデッキ……そりゃあ、確かに変なデッキじゃないかって気はしてたけど、そんなに……?)

 経緯や理由はどうあれ、龍可なりに一生懸命組んだデッキの結論が、「訳が分からない」。

 いくら悪意が無いといっても、愛しい異性からのそんな結論に、龍可は目と顔を伏せ、コナミはただただ疑問に首をかしげていた。

 

 

 そんな、全勝している者達の裏には、当たり前だが、敗北している者達もいるわけで……

 

「ちょ、岬姉ちゃん! 一人で魔法・罠ゾーン使わないでよ!」

「うるせえぞ龍亞! そういうテメーは人のモンスター勝手にシンクロ素材にすんじゃねえ!!」

 互いに険悪な声を掛け、各々がしたい決闘を、各々の都合も考えずに行っていく。

「ふぃー……ギリギリ勝てたぜ」

「もー。もっとタッグ決闘の戦い方ってやつ考えてよ」

「お前には言われたくねーよ」

 決闘終わりにこうして悪態をつくことも、このチームでは自然なことになっていた。

 

 宇佐美彰子が亡くなり、アキや龍可と一緒に告別式にも参加して。

 そうして彰子に哀悼を向けつつ、龍亞としては、二日後に迫ったタッグ決闘大会をどうするかという問題を懸念せざるを得なかった。

 大会にはぜひ参加したいものの、タッグを組んでくれるはずだった彰子はもういない。初等部はもちろん、自分の知る決闘者達はとっくにパートナーを見つけている。

 困り果てていた金曜日の放課後に、出会ったのが、ジャッカル岬だった。

 

 ―「タッグ決闘大会、出てぇのか?」

 ―「うん。でも……」

 ―「組む相手がいねぇのか?」

 ―「うん……」

 ―「……じゃあ、俺がなってやるよ。俺も、組む相手がいなかったとこだ」

 

 なぜ、そうしてくれたかは分からなかったものの、龍亞としては、無事にタッグ決闘大会に出場することができて嬉しかった。

 だが、お互い決闘に関しては自分本位が目立ち、加えてタッグには(大概の決闘者はそうだが)不慣れな二人だ。

 コンビネーションよりも自分の動きを優先した結果、足を引っ張り合い、連敗こそ防いではいるが、その勝率は五割を中々越えられずにいた。

「これじゃあ、先が思いやられるよ」

「けっ、お互い様だ」

 

 

 そうして、彼ら彼女ら以外にも、多くのタッグチームらが、優勝を目指しているアカデミアの中で……

 その校庭に立っていたコナミは、おもむろに腕時計を確認した。

(……すみません。もう行かなくては)

「あ……そう、ですか」

 時間を見て、龍可に申し訳なさそうな声を上げる。それは、事前に分かっていた時が、とうとう来てしまった合図である。

「えっと……お仕事、がんばってくださいい」

「……」

 龍可としても、せっかく全勝してきたのを途中リタイヤせざるを得ないことに、無念の気持ちはある。何より、せっかくコナミとタッグが組めたんだ。このまま終わりたいと思うわけが無い。

 それでも、自分よりも前に交わしていた約束だ。その約束の前に、無理をしてこうして自分との約束を叶えてくれた。

 それ以上を要求する贅沢を、龍可には選ぶことができなかった。

(それでは、行きます)

(ええ。リタイヤは私から言っておきますから。がんばって下さい)

 再び激励して、コナミは決闘ディスクから装置を外しつつ、歩き始めた……

 

 ドカンッッ!!

 ドカンッッ!!

 

「……!」

「え、なに……!?」

 突然、轟音が響いた。二人はもちろん、アカデミアにいる全員がその音を聞くことになった。

 

「きゃー!!」

「うわああああ!!」

 

 直後、大勢の悲鳴が聞こえてくる。二人とも、そちらに向かって走った。

 

「え、なに……?」

「……」

 

 

「殺す! 決闘者は全員ぶっ殺す!!」

「何が決闘アカデミアだ……テメェら全員、イカれてんじゃねーぞクソ野郎ども!!」

 乗り込んだ大型トラックで校門を破壊し、そのまま校庭を突っ切り、後はメチャクチャに運転していく。

 そうして、校庭で決闘を行っていた決闘者の内、逃げられなかった者の中には轢かれて大ケガを負った決闘者達もいた。

「お前らに生きる価値なんかねぇ!! 決闘なんかしてるお前らが悪いんだ!!」

「クソ野郎ども!! 俺たちの怒りを思い知りやがれえええええええ!!」

 決闘者たちを追いかけ、途中ある設備等は破壊していく、そんなトラックを暴走させている二人の目に、決闘者たちの姿は映ってなどいなかった。

 

 

 二人とも、好き好んで今日までこういう凶行に走ってきたわけじゃない。

 二人とも、元々はごく普通の、平凡な家庭に生まれ育った子供だった。

 彼らの不幸はただ一つ……彼らの親戚。母親の兄だか、父親の弟だかが、プロ決闘者だったこと。ただのそれだけ。

 二人とも、実力が高いわけでもなく、むしろプロの中でも最弱と言っていいほどの雑魚だったらしい。それだけなら、無名のプロ決闘者として終わっていただろうに、ただでさえ人格に問題があった二人は、プロでい続けるために多くの汚い事に手を出し、プロの世界から、そして、世間から大いにひんしゅくを買う、最悪な意味で有名な二人組だった。

 仕舞いには、目の敵にしていたという有名プロ決闘者二人を相手に殺人未遂事件を起こし、直後に姿をくらまし、未だ行方知れず。

 

 当人である二人はもちろんだが、その二人が姿を消した後に標的になったのが、その二人の家族だった。

 その二人が親類であったと知られるや、世間は彼ら家族を面白おかしくこき下ろし、叩き上げ、追い詰めて……

 両親は仕事を辞めざるを得なくなり、子供は学校で酷いイジメを受けたことで不登校に。親しくしていたご近所からは、村八分も同然の扱いを受けた。

 そんな町から逃げようと引越しをしても、引っ越した先でもすぐに素性は割れて、職場でも学校でも町でも、同じ扱いを受けて。

 

 結果、家庭は崩壊。身も心もボロボロになるまで疲れ果てた両親は、子供を置いて、各々どことも知れないどこかへ姿をくらました。残された子供は、この厳しい社会でたった一人、人に話したくもない人生を生きる羽目になった。

 

 ……なぜ俺がこんな目に遭ってるんだ?

 ――プロ決闘者の親戚のせいだ。

 

 ……なぜ俺だけ何もかも奪われた?

 ――決闘モンスターズがあったからだ。

 

 ……なぜこの世界はここまでイカレてる?

 ――全部が全部、決闘ってカードゲームのせいだ!!

 

 そんな結論に達し、全ての怒りは決闘と決闘者たちへ向かった。

 道行く決闘者は全員、二度と決闘ができなくなるまで痛めつけた。

 男も女も。年寄りも子供も。プロもセミプロも素人も。決闘をしている奴は全員だ。

 将来はプロ決闘者になりたい。公園でそう無邪気に笑って決闘をしていた、五歳か六歳かの小さな子供の両手を潰したこともあった。

 可哀そうに……

 決闘さえ知らなければ、俺とは違って、普通の明るい、希望ある人生を歩んでいたかもしれないのに。あの手じゃ決闘ディスクはもちろん、カードどころか、鉛筆の一本すら一生持てないだろう。

 決闘なんかしていたばっかりに……

 

 決闘があったせいで、俺は家族も、人生も奪われた。決闘がある限り、また俺と同じような人間が生まれる。決闘は、この世界にあっちゃいけない。だから一刻も早く、この世から、決闘を、決闘者を全部なくさないと……

 

 そんな、ある種の強迫観念にも近い使命に憑りつかれ、決闘者たちを痛めつけてきた二人は出会い、やがて、自分達と同じように、決闘モンスターズに人生を奪われた者達が集い、『解放派集団』を名乗った。

 目的はただ一つ。この世から決闘モンスターズを無くし、世界をあるべき姿に戻すこと。

 もっとも、須賀のように、ただムカつく奴が決闘者だったというだけの男や、好みの女プロ決闘者を襲うためだけに仲間になったゲスがいたり、自分達のように、決闘に明確な恨みを持っているわけでもなく、目当ては金と女だけだったデブとひょろ長がまとめ役だったことで、どこまで本気だったのやら分からない。

 

 そして、そんな仲間達も、あの、帽子を被った、『決闘者』によって全滅させられ、今ではこの二人しか残っていない。

 それでも、関係ない。二人だろうが大勢だろうが、やるべきことは同じだ。

 俺たちから、全てを奪った決闘モンスターズ。そんな、イカれたカードゲームに身を捧げている狂人ども。そいつらを全員殺すこと。

 事前に須賀から情報は仕入れていた。アカデミアの学生はもちろん、大勢の決闘者たちが集まる、アカデミアタッグ決闘大会。

 本当なら、もっとスマートな作戦で、人知れず決闘者たちを皆殺しにするための計画を立てるはずだった。街の決闘者全員が揃っているわけではないだろうが、決闘していたせいで大勢の人間が死んだ。それを、世界に知らしめることこそ重要なのだから。

 だが、それを考えるのが仕事のデブにひょろ長、そして、二人を除く全員が、一生ただ生きていくしかできない体にされちまった以上、運よく逃げ延びた俺達がやるしかない。

 

 決闘者は、誰だろうが許さない。あんなイカレたカードゲームと、それに手を出すイカレ野郎どもがいる限り、この世から悲劇は無くならない。

 この大型トラックだって、朝っぱらからどこかのバカがライディング決闘なんか始めて作動した決闘レーンのせいで、回り道をせざるを得なくなった、そんな運転手から盗み出したものだ。

 決闘さえなければ、その運転手もトラックを奪われることはなかったし、そもそも、俺たちだって、トラックを盗むような真似をせずに済んだんだ。

 悪いのは全部、イカレたカードゲームだ。

 そんなもの、この世から今すぐ消し去らなければならない。

 誰もそれをしようとしないから、俺たちがやるんだ。

 

 そのためにまず、街中から決闘者が集まっているというこのアカデミアタッグ決闘大会。この会場にいるイカレ野郎ども、全員を轢き殺す。

 一人残らず、逃がすものか……

 

 

「きゃっ……!」

 トラックの進行方向で、幼い少女が転んだ。まだ決闘のルールも知らず、カードに触ったこともない。ただ、参加者である家族の応援に来ているだけの女の子。

 そんな女の子に向かって、ハンドルを握る男は、アクセルを全開に踏み込んで……

 

「くたばれ決闘者ぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ガアアアアアアアアアン!!

 

 硬く目を閉じ、両手で顔を覆った少女は、来るはずの痛みを一切感じない。

 不思議に思いながら、ゆっくり、目を開けてみると……

「あ……」

 彼女の前には、赤い帽子を被った少年が立ち、走ってきたトラックを、片手でへこませ、停止させていた。

「あっ……!」

 直後には、倒れていた体を持ち上げられ、そこから離れていく。

「どこもケガしてねえか?」

 自分を抱き上げ、安全な所まで走ってくれたのは、茶色の髪に、目つきの鋭い、アカデミアの女子生徒だった。

「うん……ありがと」

 混乱の中、かろうじてお礼を言うと、そのお姉ちゃんは笑顔で頭を掻いてくれて、あの帽子の人の所まで走っていった。

 

「テメェか……」

 トラックから降りて、自分達の邪魔をした男と向かい合う。

 あの時と同じ。自分達以外を病院送りにした、赤い帽子野郎だ。

「イカレた決闘者の分際で、俺たちの邪魔してんじゃねえ!!」

「テメェら決闘者に、生きていく資格なんかねぇ! 大人しく殺されてろぉ!!」

 

「笑わせんじゃねえー!!」

 

 怒声を上げる二人の前、コナミの隣に、女の子を逃がしたジャッカル・岬が走ってきた。

「なんだ、岬。この裏切り者がぁ……!」

「裏切る? 冗談じゃねえ! こちとら最初(ハナ)っからテメェらの仲間になった覚えなんざねーよ!」

「ハッ! よく言うぜ。俺たちに決闘者の情報流して襲わせて、ちゃっかりその分け前受け取ってやがった奴がよ」

「……っ」

 事実な以上、否定はできない。そうして動揺する岬の肩に、コナミは優しく手を置いた。

「まあ、仕方ねえよ。そいつらが決闘者なのが悪いんだからな。世の中おかしくしてる決闘者に、何をされようと文句言う資格なんかねぇ。だから、お前は悪くねえよ。俺たちもな。それなのに……」

「俺たちは当然のことをしてただけのに、俺たち以外の全員、そいつのせいで病院送りだ。全員、両手足が無くなっちまった上に、喉も潰されて声も出せねぇ。背骨も折られて、身動きどころか寝返りも打てなくなって、肺までやられて息するだけで痛てぇってよ。そんな体にされちまったのに、歯も全部引っこ抜かれたせいで自殺もできねぇ」

「そんな、見てるだけで気の毒な状態になっちまってるのに、この国じゃあ安楽死も許されねぇしなぁ。医者も言ってたぜ。あいつらをあんな体にした奴は、よっぽどの恨みを持った奴だって。ギリギリ死なねぇだけの、代わりに死ぬほど痛くて苦しい傷を負わせて、一生の生き地獄を味わわせるために、わざとこんな体にしたとしか思えないってよぉ」

「……ぅぅ」

 改めて聞かされて、その時のことを思い出すと、さすがの岬も背筋が寒くなる。隣に立つ、いつも自分のことを守ってくれていた優しい男の、激怒した姿を……

「……けっ! お前らはそれだけのことしてきたってことだ。むしろ、命が助かっただけありがたいと思いやがれ!!」

 コナミのしたことは、決して擁護するべきことじゃない。それでも、悪いのは間違いなく、こいつらの方だ。その報いを受けるのは当然だ。

 本当だったら、俺だって、そんな報いを受けて死ぬべきだったのに、それがこうして、のこのこ生き残っちまって……

 

「ふざけんな!! 決闘者の分際で、たかが殺された程度のことで大騒ぎしてやがるお前らがおかしいんだろうが!!」

「そんな下らねぇことで、報いだ? 仕返しだ? バカじゃねーのか!? イカレ野郎どもにそんなこと、俺たちして良いって思ってんのか!?」

「何度言っても分からねーなら何度でも言ってやる……お前ら決闘者にはなぁ、生きてる資格なんかねーんだよ!!」

「お前らは一人残らず、死ななきゃならねーんだよ!! それがこの世界のためだ!! それを誰もしねーから、俺たちが殺してやってんだろうが!!」

 

「悪いのは決闘者だ!! 決闘なんかしてやがるイカレ野郎ども、お前ら全員だ!!」

「俺たちは一つも悪くねぇ!! イカレたカードゲームに人生奪われた、当然の権利なんだよ!!」

 

「……」

 これ以上、話し合ってもらちが明かない。それが分かって、コナミは前に出る。

 あの時、一人残らず殺ったものだと勘違いして、二人も取り逃がしたことで、学校をこんなに荒らされてしまったことに、いくら後悔しても足りない。

 ここには大勢の、かつての友達。龍亞さんに龍可さん、アキさん、和総文化部の皆さんもいるというのに……

「待て、コナミ」

 そんなコナミの肩に、岬が手を置き、静止した。

「いくら救いようのねぇバカとクズでも、こんな公衆の面前で、アイツらと同じ目に遭わせちまったら、今度はお前が追われることになっちまう」

 幸い、ギャラリーは集まっているが、龍亞に龍可、全員が、トラックからは遠く離れている。今の話が聞こえた様子もない。

 コナミは今、女の子を助けたヒーローになっているんだ。それを、タダでさえ俺のせいで手を汚しているのに、こんなところでまで同じことをさせちゃいけない……

 

「お前らの言いてぇことは、俺だってよく分かってるよ。だがなぁ、ここじゃあそんなもん通じねぇ。一度郷に入っちまった以上、言いたいことがあるんだったら、郷に従って言ってみやがれってんだ」

 言いながら、岬は決闘ディスクを展開させた。

「ああん? ふざけてんのかクソ女!?」

「何だって俺たちが、そんなカード遊びなんか――!!」

 

 ガシャアアアン!!

 

 岬の言葉を無視して、殴りかかろうとした二人ともが、その足を止める。

 飛び掛かろうとした瞬間、コナミの振った拳がフロントガラスを突き破り、粉々に砕いた。

「少なくとも、腕っぷしでどうこうできる状況じゃねぇわな? お前らバカとクズごとき、俺だって負ける気しねーし、コナミにはもっと無理だろうが?」

「この(アマ)ぁ……っ!」

「イカレ野郎の分際で……っ!」

 体を震わせ、額には血管を浮かべ、目は真っ赤に血走らせ、拳は硬く握り……

 

「上等だ!! テメェらだけは絶対に許さねぇ!!」

「ぶっ殺す!! 決闘が終わったら絶対にぶっ殺す!! 絶体に逃がさねぇ!!」

 

 完全に冷静さを失いながら、止め処なく溢れる激情のみを武器にして、敵うはずのない、デュエルとすらとても呼べない茶番劇は開始された。

 

『決闘!!』

 

 

岬/コナミ

手札:5枚/5枚

LP:4000

場 :無し

 

クズ/バカ

手札:5枚/5枚

LP:4000

場 :無し

 

 

「先行は俺たちだな……コナミ、まずは俺に行かせてくれ」

(コク……)

 

「ドロー!」

 

手札:5→6

 

「……」

 カードを引いて、手札を見て……そして、決意した。

「行くぜ! 永続魔法『凡骨の意地』発動だ!」

「『凡骨の意地』……?」

 黙っていたコナミが、思わずそう声を上げてしまった。

「更にカードを二枚伏せて、『セイバーザウルス』を通常召喚!」

 

『セイバーザウルス』

 レベル4

 攻撃力1900

 

「『凡骨の意地』に、恐竜族の通常モンスター……それって――」

「知ってたのか……そうだ。こいつは、あの後冷凍庫の中で見つけた、宇佐美彰子……副会長のデッキだ」

 もはや、定めていたキャラクターを放棄した、そんなコナミに向かって、岬は続ける。

「お前と、生徒会長の決闘が終わった後、俺も副会長の後を追おうと思って、冷凍庫に入った。あの人と同じ死に方をする。それしか、償う方法は無いんだって……けど、死ねなかった。情けねぇことに、死ぬのが怖くなっちまったんだ。そんな時、見つけたのがこのデッキだった」

 もちろん、すぐにそのデッキは回収した。決闘者にとっては、命よりも大事なデッキ。彰子の大切な遺品を、こんな所に放置していいわけがないと。

 彰子と一緒に長く冷気に晒されていただろうに、中身のカードは無事で、一枚残らず使用することもできた。

「そうやって、デッキのカードを一枚一枚、確認してた時……確かに聞こえたんだ。生きろって。副会長の声で、生きろって……」

「生きろ……」

 

「ふざけたこと抜かしてんじゃねえ!! お前決闘者だろうが!!」

「決闘者は一人も生きてちゃいけねーって、何度も言ってんのが理解できねーかぁ!?」

 

「……その理由が、俺には分からなかった。俺だって、こいつらがしたことの片棒かついできたし、副会長を死なせた原因の一人なんだからな。けど今、やっと分かったよ」

 二人組の怒声など、もはや耳に入らない。

 岬を今突き動かしているもの。それは、このデッキと、デッキから感じた、彰子の意思。

「死ぬことなんて、償いにもならなきゃ詫びにもならねぇ。そんなことしたって、副会長が戻ってくるわけでもなきゃ、まして、生徒会長やコナミの気が晴れるわけでもねぇ。多分いつか、ちゃんとした報いを受ける日が来る。だから……だから俺は、それまで生きる!」

 それらのもとにやっと見つけた、自分が本当に果たすべき責任。

「副会長の分も生きて、今までやらかしたことの数だけ、大勢の人間のために生きる! そうやって、一人でも大勢の人間を助けてやる!」

 

「だったら今すぐ、俺らのために死にやがれ!! イカレ野郎の決闘者!!」

「自分に酔っぱらって、自分のしたこともイカレ具合も正当化してんじゃねーぞ!!」

 

「そんで、このデッキが唯一やり残したこと……このデッキで、生き残ったテメェらぶちのめす! 副会長の花むけに、これ以上のもんはねーだろう!」

 

「無視してんじゃねー!! イカレ野郎!!」

 

「ターンエンド!!」

 

 

岬/コナミ

手札:2枚/5枚

LP:4000

場 :モンスター

   『セイバーザウルス』攻撃力1900

   魔法・罠

    永続魔法『凡骨の意地』

    セット

    セット

 

 

「……やっぱ、とことんイカレてやがるな、決闘者は。ここまで話が通じねーとはよぉ」

「とことん救いようがねぇ……絶対ぇにぶっ殺す! それが世界のためってもんだ!!」

 

「俺のターン!!」

 

バカ

手札:5→6

 

「来やがれ『電動刃虫(チェーンソー・インセクト)』!!」

 

電動刃虫(チェーンソー・インセクト)

 レベル4

 攻撃力2400

 

「バトルだ!! その恐竜ぶっ殺してこい!! 脳筋の害虫がぁ!!」

 攻撃宣言とは言えない罵声を浴びながらも、『電動刃虫』はその言葉に従う。チェーンソーの唸るそのアゴで、剣の恐竜を挟み込み、真っ二つに切り裂いた。

「ダメージは500か……罠発動『パワー・ウォール』! ダメージ100ポイントにつき一枚、デッキの上からカードを墓地へ送って、そのダメージを無効にする。俺は五枚のカードを墓地へ送るぜ!」

 その宣言の通り、デッキの上から五枚のカードを墓地へ送ったことで発生した見えない壁に、岬の身は守られる。

「……『電動刃虫』が攻撃した時、相手、つまり俺は、カードを一枚ドローできるんだったな?」

 

手札:2→3

 

「なに俺のカードの分際で、相手が得する効果持ってやがんだ! ふざけるなあああ!!」

 勝手なことばかり叫ぶ男に、表情の無いはずの昆虫も、顔を歪めているように見えた。

「もうテメェなんざいらねーよ!! 魔法カード『孵化』! 役立たずの害虫をぶっ殺して、デッキからレベルが一つ高い害虫を呼び出す! 呼ぶのはレベル5の『使徒喰い虫』だ!!」

 

『使徒喰い虫』

 レベル5

 攻撃力900

 

「カードを伏せて、ターンエンドだぁー!!」

 

 

バカ/クズ

手札:2枚/5枚

LP:4000

場 :モンスター

   『使徒喰い虫』攻撃力900

   魔法・罠

    セット

 

岬/コナミ

手札:3枚/5枚

LP:4000

場 :モンスター

    無し

   魔法・罠

    永続魔法『凡骨の意地』

    セット

    セット

 

 

 ヤケクソという言葉がよく似合う……むしろ、他に合う言葉が見当たらないメチャクチャ且つ単調なプレイ。

 そんな男の動きに、コナミはため息を吐いた。

 

「ドロー……」

 

コナミ

手札:5→6

 

 もっとも……相手がどんな下手くそだろうが、まともに相手をする価値の無い人種だろうが、コナミは、一度始まった決闘で油断することは決してしない。

「一枚伏せる……発動……魔法……『手札抹殺』……」

 コナミの持つデッキの、起点となるカードが発動する。

 タッグフォースルールであるこの場合、手札を捨てるのは、現在相対しているコナミとバカの二人。

「手札四枚、捨てる……四枚、ドロー」

「俺は三枚捨てて、三枚ドローだ……」

 手札を捨てる……その瞬間、コナミの操る暗黒世界の悪魔達の力が発動する。

「発動……『暗黒界の策士 グリン』……『暗黒界の尖兵 ベージ』……『暗黒界の狩人 ブラウ』……『暗黒界の術士 スノウ』……」

 宣言された、四体の悪魔達の名。それらが順に、発動していく。

「スノウ……捨てられ、効果……デッキから、『暗黒界の龍神 グラファ』、手札に……」

 

コナミ

手札:4→5

 

「ブラウ……カード一枚、ドロー……」

 

コナミ

手札:5→6

 

「ベージ……墓地から……特殊召喚……」

 

『暗黒界の尖兵 ベージ』

 レベル4

 攻撃力1600

 

「グリン……魔法・罠一枚……その伏せカード、破壊……」

「ちぃ……っ!」

 墓地より浮かび上がる細身の悪魔。緑のマントをはためかせ、片手には分厚い書物。

 いかにもインテリであるという雰囲気を体現するような、知性の高さを伺わせる肥大化した頭部。

 半透明の状態で現れたそんな悪魔が、書物を開き呪文を唱えた時……

 バカの前に伏せられたカードが、闇に飲み込まれていった。

「だったら破壊される前に使ってやるよ! 速攻魔法『月の書』! 『使徒喰い虫』を裏守備に変更!!」

 

 セット(『使徒喰い虫』守備力1200)

 

「これでリバースモンスターの『使徒喰い虫』は裏守備だぜ? さあ、攻撃して来いよ!」

「……お前、バカだろ?」

「ああん?」

 得意にしているバカの姿に、岬は呆れの声を上げた。

「なんだぁ? 決闘者の分際で、俺らに何か文句あるってのかぁ!?」

「文句ねぇ……コナミの奴が、大いに教えてくれるだろうさ」

「ああん?」

 二人のやり取りの後で、コナミは更に、手札のカードを手に取った。

「召喚……チューナー……『魔轟神レイヴン』」

 

『魔轟神レイヴン』チューナー

 レベル2

 攻撃力1300

 

「レイヴン……効果……手札、捨てる、一枚……レベル、一つ……攻撃力、400アップ……」

 

コナミ

手札:5→4

 

『魔轟神レイヴン』

 レベル2+1

 攻撃力1300+400

 

「捨てられた、グラファ、効果……相手の場の、カード一枚、破壊……『使徒喰い虫』」

「なっ……!」

 バカが驚愕する間に、直前のグリン以上の怨念が、バカのフィールドを包む。

 その瞬間、罠に掛かることを待ち構えていた巨大な虫は、闇に飲み込まれ消えていった。

「俺の『使徒喰い虫』が……」

 

「いや、そりゃそうなるだろ……」

 岬とも、まして、コナミとは全く違う声が聞こえた。

 いつの間にか、見える距離まで近づいてきていたギャラリーたちの声だった。

「あんな見え見えの罠、むしろ引っかかる奴の方が珍しいだろう」

「あの程度の布陣で、良く得意になれてたものよね?」

「確かに、バカだな」

 杜撰なプレイ。穴だらけの戦略。罠のつもりで仕掛けたガラクタ。

 多少決闘をかじっている者であれば、誰にでも目に付く酷いプレイング。

 まして、アカデミアタッグ決闘大会という、それなりの玄人たちが集まるこの場で、バカのしたことを賞賛できる人間など、一人もいない。

 

「……うるせえぞ! このイカレ野郎どもおおお!!」

 

 そんなギャラリーたちに向かって、バカは再び絶叫した。

「こちとらこんなカード遊び、興味もねーんだよ! ただ普通に生きていきたかっただけなんだよ! それが!! こいつのせいで普通に生きていくこともできなくなっちまったんだよ!!」

「それだけ人間をイカレさせるこんな危ねーもん、普通に受け入れて普通に使って……そんなイカレ野郎どもに、俺らを笑う資格なんかねええええええええ!!」

 

『……』

 少なくとも、二人の叫びを理解できた人間は、この中には一人もいない。

 何より、事情はどうあれ直前の凶行のせいで、何を叫ぼうと同情もできなければ心にも響かない。

 

 コナミも、それは同じ……

「……グラファ、効果……手札にベージ、戻して……召喚、墓地から」

 

コナミ

手札:4→5

 

『暗黒界の龍神 グラファ』

 レベル7

 攻撃力2800

 

「バトル……」

 がら空きになったフィールドを見据え、バトルを開始する。

「レイヴン……攻撃……ダイレクト」

 レイヴンが、その太く長い両腕を向けた。

 そこから放たれた白い光が、バカの身を抉った。

「うあぁああ……!!」

 

バカ/クズ

LP:4000→2300

 

「……バトル終了」

 

「え? なんで!?」

「グラファで攻撃したら終わってただろう? 手札誘発も握ってなさそうだし」

 

「……一枚伏せ……ターンエンド……レイヴン、元に戻る」

 

 

コナミ/岬

手札:4枚/3枚

LP:4000

場 :モンスター

   『暗黒界の龍神 グラファ』攻撃力2700

   『魔轟神レイヴン』攻撃力1300

   魔法・罠

    永続魔法『凡骨の意地』

    セット

    セット

    セット

 

バカ/クズ

手札:2枚/5枚

LP:2300

場 :モンスター

    無し

   魔法・罠

    無し

 

 

「……ぁぁああああ、何なんだよぉおお!? なんで俺たちがこんなバカみてぇなことしなきゃならねぇ!?」

「こんな下らねぇゲームなんかに! クズみてーな紙切れ遊びのために!! なんで俺たちがこんな目に!?」

 

 ワンターンキル寸前まで追い込まれて、二人ともがまた絶叫し、暴れている。

 ギャラリーたちは、ただただそんな二人組に呆れていた。

 そんな中で、コナミはただ、岬に目を向ける。

「……」

「……(コク)」

 この決闘、お前が決めろ……

 コナミからの無言のメッセージに、岬は力強く頷いた。

「絶対ぇに許さねぇ……テメェらだけは、何百人死んだって許さねぇ!! 俺のターン!!」

 

クズ

手札:5→6

 

「来い『ジェネティック・ワーウルフ』!!」

 

『ジェネティック・ワーウルフ』

 レベル4

 攻撃力2000

 

「更に、装備魔法『魔導師の力』! 俺の場の魔法・罠一枚につき、攻守を500アップさせるこいつを、三枚装備だ!!」

 白い多腕の人狼の背後に、三人が三組、計九人の魔導士が現れ、祈りを捧げた。

 ただでさえ遺伝子操作で狂暴化させられていた人狼が、更に力を増し、狂暴性を増す。

 

『ジェネティック・ワーウルフ』

 攻撃力2000+(500×3)×3

 

「6500……」

「まだまだぁ!! 魔法カード『二重召喚(デュアルサモン)』! もう一体『ジェネティック・ワーウルフ』!!」

 

『ジェネティック・ワーウルフ』

 レベル4

 攻撃力2000

 

「バトルだぁ!! この犬で、テメェ自慢のデカい龍を破壊だぁ!!」

「コナミ! 俺の伏せたカードを使え!」

「……発動……永続罠……『スピリットバリア』……モンスターがいる限り、戦闘ダメージ、ゼロ……」

 狂暴性を増した人狼が、巨大な龍神に喰らいつき、首をへし折った。

 だが、それに伴う衝撃は、二人の前のバリアが防いだ。

「ぅぅううああああああああウザってぇええ!! 二体目の犬でそいつを攻撃だああああああああ!!」

 二体目の通常の人狼は、レイヴンをその六つの腕で殴り殺した。

 ダメージは、直前と同じく発生しない。

「ちくしょおおおおおおお!! ターンエンドおおおおおおお!!」

 

「……発動……罠……『豆まき』……」

 怒りに叫ぶばかりのクズに、コナミはトドメを放つためのカードを使った。

「一体目の、『ジェネティック・ワーウルフ』、対象……レベル分、手札、捨て……捨てた枚数、カード、ドロー」

 掲げた四枚の手札が、名前の通りその数だけの豆に変わる。

 それがクズの前の人狼へ飛んでいき、コナミは新たにカードを引く。

「ああん? そんなことして何の意味が……?」

「その後……『ジェネティック・ワーウルフ』、戻す……手札に」

「はぁあああああああ!?」

 その言葉の通り、装備された三枚のカードを破壊しながら、最初の人狼はクズの手札へ戻された。

「効果……捨てられた、『暗黒界の狩人 ブラウ』……『暗黒界の刺客 カーキ』……カーキ、破壊、相手のモンスター」

「なぁ!?」

 クズの場に、最後に残っていた人狼。それがまた、カーキが墓地から投げたナイフがぶつかり、葬られた。

「ブラウ……一枚、ドロー」

 

コナミ

手札:4→5

 

(あんなカード伏せてやがったとはな……やっぱ、すげーぜ、コナミ!)

 

 

クズ/バカ

手札:1枚/2枚

LP:2300

場 :モンスター

    無し

   魔法・罠

    無し

 

コナミ/岬

手札:5枚/3枚

LP:4000

場 :モンスター

    無し

   魔法・罠

    永続魔法『凡骨の意地』

    永続罠『スピリットバリア』

    セット

 

 

「いい加減にしろ!! なんだって俺が使ってやってるくせに、俺の役に立たねぇ!! 俺が我慢して使ってやってんだ!! 俺を勝たせろ役立たずがああああ!!」

 絶叫しながら、手札に戻されたモンスター『ジェネティック・ワーウルフ』。怒りのままに、それを両手に、真っ二つに破り割こうと……

「ぐっ、痛てぇえええええ!?」

 それをする前に、コナミが投げたものが、クズの手の甲に突き刺さった。

 足元に落ちていた、トラックのカーブミラーの破片だった。

「そいつでちったぁ、テメェらの救いようの無さが見えるんじゃねーか? 俺のターン!」

 

手札:3→4

 

「副会長……ドローしたカードは通常モンスター『二頭を持つキング・レックス』だ。『凡骨の意地』の効果! ドローフェイズにドローしたカードが通常モンスターだった時、ドローしたカードを公開することで、もう一枚ドローできる。ドロー!」

 

手札:4→5

 

「通常モンスター、『トラコドン』。ドロー! 『二頭を持つキング・レックス』、ドロー! 『ベビー・ティーレックス』、ドロー! 『屍を貪る竜』、ドロー! 『トモザウルス』、ドロー! 『ヴァイパー』、ドロー! ……ここまでだ」

 

手札:5→10

 

「そんなクソの役にも立たねークズカードの山が、何だってんだ!?」

「確かに、こいつら一体一体は弱っちいさ。だから、弱い奴らにゃ弱い奴らのための、戦う舞台を用意しなきゃな……フィールド魔法発動『フュージョン・ゲート』!」

 フィールド魔法が発動されるが、景色に大きな変化はない。

 ただ、彼らの頭上が大きく歪み、そこから何かが生まれる予感を感じさせる。

「こいつがある限り、ターンプレイヤーは融合召喚する時、手札か自分フィールドのモンスターを除外することで融合召喚できる……もっとも、どうせテメーら、『融合』なんか使わねーよな?」

「ぐぅぅぅぅ……!」

 

「だが! このデッキは別だ! 手札の『二頭を持つキング・レックス』と、『屍を貪る竜』を融合! 来い『ブラキオ・レイドス』!」

 

『ブラキオ・レイドス』融合

 レベル6

 攻撃力2200

 

「次だ……『トラコドン』と、『ヴァイパー』を融合! 来い『プラグティカル』!」

 

『プラグティカル』融合

 レベル5

 攻撃力1900

 

「もう一丁……二体目の『二頭を持つキング・レックス』と、『ミスター・ボンバー』を融合! 来い『メカ・ザウルス』!」

 

『メカ・ザウルス』融合

 レベル5

 攻撃力1800

 

「ふはは……これは、すごいな」

「懐かしいモンスターたちだ」

 

『ブラキオ・レイドス』融合

 レベル6

 攻撃力2200

『プラグティカル』融合

 レベル5

 攻撃力1900

『メカ・ザウルス』融合

 レベル5

 攻撃力1800

 

 揃いも揃ったり。

 どのモンスターも、決闘モンスターズの誕生と、ほぼ同時に生まれた最初期のモンスター達。その、恐竜の融合モンスター達だった。

 一体だけ機械族が混ざっていることが気になった者も中にはいるが、それ以上に……

 ある者は、これだけのモンスター達を並べる手腕に対する、感動。

 ある者は、懐かしいモンスター達の姿に対する、郷愁。

 ある者は、この後は何を見せてくれるのかという、期待。

 バカとクズの凶行も言動も、何もかもを忘れさせてくれる怒涛のモンスター展開に、ギャラリーの誰もが胸躍らせ、興奮し、続きを待つ。

 

 そして、そんなデッキに心をときめかせているのは、誰あろう、このデッキを使っている、岬。

(見てるか? 副会長……あんたのデッキ、すげーぞ? みんながあんたのデッキを……あんたのことを、認めてるぞ)

 岬は彰子と、直接話したこともなければ、面と向かったことさえない。

 そんな岬にも、宇佐美彰子という少女が、どれだけ素晴らしい人間だったかは、告別式に来ていた生徒達の涙、生徒会長の絶望、コナミの狂乱、そして、これだけのことをしてのけるデッキを見れば、よく分かる。

 それだけの人物から、偶然とは言え託されたこのデッキを使って……

「俺は……勝つ!」

 

「手札の『ベビー・ティーレックス』と、『トモザウルス』、二体の通常モンスターを融合! 来い『始祖竜ワイアーム』!」

 決意のもとに、新たに宣言され、呼び出されたもの。

 青空を切り裂く黒い翼、大地を覆い尽くす巨体。

 直前に並べられた巨大な竜たちにも決して引けを取らない翼竜が、彼女らの頭上に降り立った。

 

『始祖竜ワイアーム』融合

 レベル9

 攻撃力2700

 

「そして、こいつが最後の手札だ……『幻創のミセラサウルス』を墓地に捨てる!」

 

手札:1→0

 

「このターン、自分フィールドの恐竜族モンスターは相手が発動したカード効果を受けなくなる。そして、『幻創のミセラサウルス』の更なる効果! 墓地からこいつを含む恐竜族モンスターを任意の数除外して、除外したモンスターの数と同じレベルの恐竜族一体を、デッキから特殊召喚する……」

 墓地には前のターン、戦闘と、『パワー・ウォール』によって墓地へ送られた、計三体の恐竜族。

「こいつが切り札だよな……『セイバーザウルス』、『メガザウラー』、『剣竜(ソード・ドラゴン)』、そして『幻創のミセラサウルス』の四体を除外……レベル4の『ディノインフィニティ』を、特殊召喚!」

 人工的に組み合わされ、作られ生まれた骨の竜。

 それが、三体の巨竜たちと共に消えた瞬間、消えた向こうから、輝く角の光が現れた。

 あらゆる悪を照らし出し、あらゆる悪を貫き倒す。

 輝きの強さはまさに無限のごとく、消えていった仲間達の思いを力に変える、恐竜たちの、正に切り札。その名は……

 

『ディノインフィニティ』

 レベル4

 攻撃力?

 

「攻撃力が決まってねぇ?」

「『ディノインフィニティ』の攻撃力は、ゲームから除外された自分の恐竜族の数の、1000倍だ」

「いっ、1000倍だと!?」

「今、ゲームから除外されてる、このデッキの恐竜族の数は……」

 

『トモザウルス』

『ベビー・ティーレックス』

『トラコドン』

『二頭を持つキング・レックス』

『二頭を持つキング・レックス』

『屍を貪る竜』

『セイバーザウルス』

『メガザウラー』

『剣竜』

『幻創のミセラサウルス』

 

「十枚。だから、『ディノインフィニティ』の攻撃力は……!」

 

『ディノインフィニティ』

 攻撃力?→1000×10

 

「攻撃力、10000だぁああああ!?」

 

「すっげぇ!!」

「あの連続融合の本当の狙いはこれか!?」

 

「すごいすごい! ねぇ、あのおねーさんのモンスターすごいよ!」

「まさかこの大会で、こんな攻撃力のモンスターが見れるなんて……!」

 

(副会長……)

 ギャラリーたちの賞賛、興奮、感動の声。

 決して強いデッキとは言えない。それでも、やりたいことと、それを目指すためのパターンを考え、完成させたデッキ。

 彼女自身、好きで決闘を始めたわけでもなく、そもそもこの決闘アカデミアにも、来たくて来たわけではなかった。

 それでも、せめて、自分の好きなカードを使おうと、カードを集め、勝てるデッキを作ろうと、ヘタッピなりに考えて。

 そんな儚くも健気な少女の力が成した偉業を前に、対戦相手と、その凶行以上の、歓声が止むことはなかった。

 

(もっとも……やはり、持ち主である彰子さん自身に比べれば、デッキの回転も、その威力も、遥かに劣りますが……)

 

 そんな、いくつもの歓声に包まれながらも、それを生み出したモンスター達の力を振うため、岬は宣言した。

「さぁ……バトルだ!」

 

「させるかクソッたれがぁ!!」

 

 岬がバトルを宣言した瞬間、既に二人は動いていた。

 足もとに散らばっている、トラックの残骸を手に取り、岬めがけて振り回し出した。

「こんなクソ下らねぇカードゲームになぁ、最初っから意味なんかねぇー!!」

「さっさと死ね決闘者!! 俺たちみてーな被害者出す前に、一人残らず死んじまえぇぇええ!!」

 

 ドッ

 ドッ

 

 二人の絶叫の直後、殴る音も二発鳴った。

 コナミの振った拳の二発が、男たちの振ったそれぞれの凶器ごと、その身を後ろへぶっ飛ばした。

「コナミ……改めて、バトルだ!」

 ぶっ飛ばされ、すぐに立ち上がろうとした、二人の前に並ぶモンスター達……

 

『ブラキオ・レイドス』

 攻撃力2200

『プラグティカル』

 攻撃力1900

『メカ・ザウルス』

 攻撃力1800

『始祖竜ワイアーム』

 攻撃力2700

『ディノインフィニティ』

 攻撃力1000×10

 

 黎明より来たりし三体の巨竜と。

 全てを覆い尽くし、そして跳ね返す翼竜と。

 サイズでは劣っても、仲間達の魂を力に変える無限たる切り札。

 

「全てのモンスターで、ダイレクトアタックだ!!」

 

 巨竜たちの、翼が、爪が、牙が……

 一つ残らず、一つとして外さず、二人の身に襲い掛かった。

 

クズ/バカ

LP:2300→0

 

 

 ウーウーウー

 ウーウーウー

 

 決闘の勝敗が着いた直後、サイレンの音が聞こえてきた。

 誰かが、既にセキュリティに連絡していたらしい。

(早く行け)

 二人のことをジッと見ていたコナミに、岬が耳打ちした。

(会長が待ってんだろ? 後のことは俺に任せて、お前は、お前の仕事しな……コナミ)

「……」

 礼の言葉を伝えるべきか。

 一瞬そう迷ったものの、彼女にとっての自分は、コナミだから。

 コナミならコナミらしく……そう判断して、声を出さず、ただ一度だけ頷いて、コナミは走り去り、アカデミアの塀を飛び越えた。

 

 

「ちくしょおおおおお!! ふざけんなああああ!!」

「俺たちは悪くねええ!! 悪いわけがねえええ!!」

 敗れた二人とも、訪れたセキュリティに捕らえられ、護送されようとしながら、それでも声を上げ、周囲に自身らの正当性を訴え続けていた。

「大体、いい加減テメェら全員、自分たちのおかしさに気づけよ!! なんだ!? 決闘アカデミアって!! カードゲームごときに何で学校があるってんだ!?」

「学校だけでもおかしいのに、それで世の中の良し悪しまで決まってよ!! 一個人の人生まで決められちまってよ!! それの異常さになんだって誰も気づかねぇ!? なんでどいつもこいつも、カードゲームのために生きられるんだ!!」

 必死に呼びかけていた。訴えていた。

 だが、既に彼らの言う価値観を受け入れ、なじみ、生きてきた者達からすれば、それはどれだけ大きな声だろうと、雑音にしかならず……

 

「さっさと目ぇ覚ませや!! カードじゃなくて現実見ろや!! 今の社会の異常さに気づけやぁああああ!!」

「俺らの正しさを理解しろよ!! おかしいのはテメェらで正しいのは俺らだって、今すぐ分かれよおおお!!」

 

「……確かにな。お前らの言うことも、一理あるかもしれねーがな」

 もはや、誰も相手にする者はいない。

 そんな二人に向かって、たった一人、岬が声を上げた。

「少なくとも、俺にはお前ら二人の苦しみも絶望も、気持ちは何にも分かんねぇよ。お前らは二人とも、決闘に人生潰されちまったかもしれねーが、俺はあいにく、決闘に人生救われた身だ。だがそんな俺にだって、決闘だけで何もかもが決まっちまう、この世の中は何か変だって、思ってこなかったわけじゃねぇ」

「当たり前だ!! 分かってるんなら……!」

「けどな、お前らはそれを、誰に訴えたんだよ?」

 岬のその問いかけに対して、二人とも、口をつぐんだ。

「決闘に人生奪われたから、決闘も決闘者も許さねぇって。そう決めた後は何してきた? 散々決闘者を捕まえちゃあ好き勝手に八つ当たりして、そいつの大事なものも、人生と一緒に全部奪って……世界を決闘から解放するなんて大層なこと抜かしといて、やってることは、自分達が人生奪われたことへの仕返しじゃねえか!!」

「……ああ、そうだよ! それのなにが悪い!?」

「決闘者でもなんでもなかった俺らが、ある日突然、決闘に人生奪われたんだ!! その仕返しを決闘者にして、なにが悪いってんだぁああ!?」

 大層な目標を掲げても、そのために立派な言葉や理屈を並べ立てても……

 結局やっていることの根本は、復讐、仕返し……

「少なくとも……そんな程度の考えしか持たねぇで、それを言葉じゃなくて、暴力にしか訴えられねぇ……そんなことしてる時点で、お前らはとっくに、自分達が正しくねぇって言ってんのと同じだ!!」

「なん……だとぉ?」

「本当はお前ら自身、気づいてんじゃねーのか? 本当におかしいのは、自分達だって。自分達みてぇな奴を出さないように決闘を潰すって思ってんのに、結局自分達がされたみたいに、決闘者たちの人生潰してよ。そんなことするために、今まで生きて……本当に人生を奪ってんのは、決闘じゃねぇ。自分のも他人のも、本当に人生奪ってる犯人は、他でもねぇ、お前ら自身だって、気づいてんじゃねーのか?」

「な……なぁ……!」

 ついさっきまでと同じように、反論の絶叫が、なぜかできなかった。

 言葉が出ない。言い返せない。

 その理由は……二人ともが、岬の言葉が正しいと、認めてしまっているということ。

「そのことに気づいてて、ずっと誤魔化してきたんだろう? 決闘者襲って、ボコボコにして、金も人生も奪って、今日も自分達はよくやったって正当化して。そうやって、気付かねぇようにしてたんじゃねーのか? 気付いてねーフリしてただけじゃねーのか?」

「ちっ、違……!」

「それで、本当におかしいのはこの世の中じゃなくて、自分達自身だってこと、否定したかっただけなんだろうが!」

「違う! そんなわけ……!」

 

「だから暴力に訴えるしかなかったんだろうが! 自分達の正しさを証明するための、言葉なんかあるわけねーから! 殴って誤魔化すしか方法が無かったから! 自分達は正しくなんかねぇって分かってて、諦めちまってるからよぉ!!」

 

「ぐ、うぅ……」

 そんなわけがない。イカレているのはお前たちだ。この世界だ。

 俺たちは正しい。被害者である俺たちは、正しいことしかしていない。

 そう、腹の中では思っているのに……

「……っ」

 どうしても、言葉にすることが、できない……

 

「そんなバカ野郎とクズ野郎に、これ以上、この世界でマトモに生きてく資格なんざねぇ。せいぜい、一生牢屋の中で、ジッとしてろ」

 それ以上、言う言葉の無くなった岬は、二人に背を向け、去っていった。

 

(これで、ちったぁ報われたかな?)

 男たちのもとを去り、ディスクからデッキを抜き、ケースへ。

 このデッキは今日、副会長の墓前へ備えに行こう。

 もはや、中止するしかないアカデミアタッグ決闘大会の中にいながら、デッキの力を存分に引き出したことで、思い残すことのなくなったと分かるデッキを手に、岬は、龍亞と龍可の待つ場所へ歩いていった。

 

 ……

 …………

 ………………

 

(まずい……既に大会は始まっている!)

 おとといと昨日、そして今日。その間、セクトの部屋には帰らず、セクトとも話していない。

 それでも、約束を守るために、タッグ決闘大会への出場は決めていた。その旨を、セクトにはメールで伝えてある。

 だから、当初の予定通り。龍可とのタッグ決闘を途中で切り上げて、急いで会場までこうして走っているが、あのアクシデントで思った以上に足止めを喰らってしまったようだ。

(セクトさん、このままでは失格に……急げ!)

 

 会場前に着き、辺りを見回す。そこで待ってくれていると思っていた、セクトの姿はどこにも無い。

(試合はもう、始まっている……!)

 やはり間に合わなかったか……

 謝罪と確認のため、携帯電話を取り出した。

(あら? これは……)

 携帯を開いた時、そこにはメッセージが届いているのが見えた。

 この二日、セクトと話すことは気まずくて、セクトの部屋にも帰らなかったし、一度だけメールはしたが、その後は電話もせず、メッセージの確認すらしてこなかった。

 だから、留守番電話が入っていることなど気付くわけがなかった。

(セクトさんから……え?)

 

 

 留守電を聞いて、すぐに試合会場へ走る。

 そこでは既に、一回戦の試合が開始していて……

 

「ほら、その伏せカード使え」

「ええ!? えーと、ええっとぉ……」

「だぁー! 遅ぇよ! タイミング逃しちまったじゃねーか!!」

 

 セクトの隣に立っているのは、付き人のコナミではなく、セクトのアカデミアでの担任教師、加藤友紀。

 

「そこは俺のモンスター使えよ! 攻撃力で勝ってるし、攻撃すりゃ倒せる」

「だって、伏せカードもあるし……」

「今までのあいつの使ったカード見りゃ、迎撃系のカードじゃねーって分かんだろが!」

「そんなの、分かんないわよ……」

 

 主に、セクトが友紀に向かって大声を上げ、友紀はそれに怯んでいる。

 友紀なりに、必死に決闘しているのは見て取れるが、いかんせん、現役のプロ決闘者と、アカデミアの若き一教師との間では、経験も実力も、その差は言うに及ばない。

 おかげでセクトの足を大いに引っ張り、声を上げさせ、不利にしかなっていなかった。

 

「ちがーう!! 攻撃しろとは言ったがそっちじゃねぇー!! 優先して除去しなきゃならねーカードくらいよく見とけええー!!」

 

「うぁああ!! ごめんなさーい!!」

 

 怒鳴るセクトと。涙目の友紀と。

 動きも何もがちぐはぐで。対戦相手、更には観客からさえ笑われて……

 そんな、もはや敗北が確定しているセクトの姿に、コナミは……

 

 梓は、思う。

(私はどうやら、必要ありません、か……)

 

 

「敗けたー!!」

 プロアマ混合のタッグ決闘大会。

 セクトの実力なら、相応の決闘者と連携が取れさえすれば、優勝することは難しくなかった。

 それが、まさかの一回戦敗退。

 理由は言わずもがな。セクトがパートナーとして選んだ、加藤友紀の実力の低さ、それに尽きる。

「ごめんなさい……」

 控室への廊下を歩きながら、友紀は、そう謝るしかなかった……

 昨夜、突然彼が自宅まで来た時は驚いて、今日のタッグ決闘大会のパートナーになってくれと言われた時は、更に驚いた。

 驚いて、疑問も感じたが、それでも彼に対する罪悪感から、断るに断れなくて、ここまで来て。結果は、惨敗。

 セクト君なら、こうなるって分からなかったとも思えないのに……

「ねぇ、セクト君……」

 だから、その理由を知りたくて、今、聞こうと声を掛けた……

「まぁ、なんだ……今のうちに、一緒にいられる時は、一緒にいてやるから」

 だが、友紀が尋ねるより前に、セクトはそう、言葉を投げかけた。

「……へ?」

「アカデミアでもさ……辛い時は、いられるようなら、俺がそばにいてやるから。だから……だからさ、辞めるなよな、教師。あんたまで辞めちまったら、いよいよ信用できる教師が、アカデミアに一人もいなくなっちまう」

 やや言いづらそうに、照れ臭そうに、それでもハッキリと、言葉にして……

「え? 辞めるなっていうのは、ともかく……そば?」

「それでも、辞めたくなるくらい、辛くなったり……辞めなきゃならなくなったらよ――」

 そして、友紀と向き合って、ハッキリと言う。

 

「アカデミア辞めて、俺ん家に来い。あんた一人くらい、俺が一生守ってやるから」

 

「……」

 それは、信じられない……

 だが、友紀自身、ずっと待ち焦がれてきた言葉でもあった。

 すぐには理解できず、だが理解と共に、恥ずかしさと一緒に、歓喜とも、興奮とも取れる感情が胸に湧く。

「……私が、彰子さんに似てるから?」

 そんな、複雑ながらも幸せな感情の中、それでも、聞かずにはいられなかった。

「……正直、俺にも分かんねぇ」

 セクトも、顔を伏せながら、正直にそう答える。

 そして、分からないなりに、彼なりに考えてきた、答えで応えた。

「彰子の時にもさ、言ったんだ。俺が責任取るからって。俺が、お前のこと一生守ってやるってさ。だから、今回も、まずは責任取らなきゃって思った。それで、あんたのことどう思ってるか……それは、本当に、俺にもよく分かってねぇ」

「……」

「けど……けどさ、俺が落ち込んでた時、あんたは来てくれた。それで、おかしくなっちまった俺のこと、受け入れて、体張ってくれて……そこまでのことしてくれるの、あんただけだ、と、思う……感謝してる……それで、他にも理由はあるけど、あんたがキッカケくれたおかげで、俺はこうして、立ち直れたから」

「……」

「あんたは、彰子に似てる。責任を感じてる。感謝してる。そうやって、先生のこと、ずっと考えて……考えてるのが何つーか、うん……癒されるんだわ。先生のこと、考えてるだけで」

「そう、なの?」

「おお……それで多分、このままずっと一緒にいられたら、もっと、この先楽しくなるんじゃねーかって……そう、確信した。だから多分、俺はもう、先生のこと……好き、に、なってるんだと思う////」

「……////」

 最後の告白には、友紀も顔を染めた。

「だから、理由は色々あるけどさ……少なくとも、あんたが思ってるような理由で、こんなこと言ってるわけじゃねぇ……答えになってるかな?」

 最後まで言い切って、不安げな顔で尋ねてくる。

「……うん」

 セクトなりの答えを聞いて、友紀も、納得して頷いた。

「ありがとう……その時は、お願いする」

 笑顔を浮かべながら、そう返す。そこに、哀愁はない。彰子に対する嫉妬も無い。ただ、セクトへの、そして、セクトからの愛情に歓喜し、至福の中にいる、一人の女性の笑顔だった。

 

(ああ……やっぱ、よく似てる。けど、うん……当たり前だけど、彰子とは違うな……)

 その違いが何なのか……その正体に気付いた時こそ、自分はきっと、加藤友紀という女性に、本気になれる時だろう。

 そしてそれは、遠い先じゃない。

 なぜだか、そう感じた。

 

 

「ふぅー……」

 大会は一回戦敗け。友紀との話も済ませて別れた。

 もうこの会場に用は無いと、帰り支度のために大会参加者の控室へ入る。

「ん?」

 そこで、来た時には無かったはずの、大きな紙袋が目に飛び込んだ。

「なんだ……?」

 中を覗き込むと、そこには、見覚えのある赤い帽子。赤い服。赤い靴。

 デッキケース。中身は、『暗黒界』。そして、『氷結界の龍 トリシューラ』。

 そして、一枚の書置き……

 

『お世話になりました 今まで本当に、どうもありがとう どうか、お元気で』

 

「コナミ!」

 取るものも取り敢えず、控室から、会場から飛び出して。

 辺りを見渡すも、そこに、どこにも姿は無く……

「コナミ!!」

 

「コナミー!! コナミー!! ……くぅっ」

 

 

 ――梓あああああああああああああああああああああああああ!!

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

「……」

 いつだったかと同じように、夜の暗い街の中を歩いていく。

 いつでもこんな日が来ても良いよう、常に着物の用意はあった。

 だが、紫の着物にこの顔では、人に見られればすぐにばれる。かと言って、変装できるような道具は何もない。

 だから、暗くなってから、人目のつかなそうな場所をこうして歩くしかない。

 

 また、あの時と同じ。もはや、帰る場所も無くなった。

 また遊星やアキに頼るか……

 彼らは迎え入れてくれるだろうが、そればかりに甘えたくもない……

 どうすれば良いのか分からなくなって、座れそうな場所を見つけたから、何となく座った。

 

 キイィィィン……

 キキーッ

 

 座った直後、そのすぐ目の前に、一台のDホイールが停止する。

 Dホイールを停めたその人物は、彼の目の前に立つと、手を伸ばした。

 

「水瀬梓、だったわね……あなたの力を貸しなさい」

 

「あなたは……」

 

「私のチームに入って、一緒にWRGPに出場しなさい」

 

 

 

 第五部 完

 

 

 

 




お疲れ様~。

ふぃ~、やっとこさ五部も終わったべさ。
そういうわけで、まずオリカ~。



『パワー・ウォール』
 通常罠
 モンスターからの戦闘ダメージを受けた時に発動できる。
 自分のデッキの上からカードを任意の枚数墓地へ送る。
 自分が受ける戦闘ダメージは墓地へ送ったカードの枚数×100ポイント少なくなる。

ご存じ、ヘルカイザー亮が使用。
このままだと最強の墓地肥やしカードになっちまうから弱体化は妥当だぁな。
彰子のデッキだとあんま旨味は無いけどや……



さて、次の部では皆様お待ちかね、祭じゃ! 祭じゃー!!

……いや、いつになるか分かんねぇんだがよ。

そんなわけだから、次の部書くまで待っててね。

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