次の部行く前に、特別編はさみます~。
ちょい長めです~。
行ってらっしゃい。
水瀬家。
ネオドミノシティに君臨する名家。
江戸時代より栄え、現代にまで残り続ける、歴史と伝統に彩られし、名家中の名家。
だがその水瀬家も、一たび中に足を踏み入れようものなら……
人間の欲望、混沌、暗闇……
金と物欲に飢えた者どもの温床。濁りきった負の側面がひしめき合い、凝り固まる。
現代現世の、万魔殿にして伏魔殿!
表面上は、互いを思いやっているようで、考えるのは、相手を利用し、最後には踏みつけること。
家の外においても、利用できるものは利用し尽くし、骨の髄までしゃぶり、奪い、利用価値が無くなればアッサリ棄てる。
己以外の人を人とも思わぬ心と所業を是とし、成り上がることを至上とする。
下種の温床。
下郎の病巣。
それこそ、日本の名家……水瀬家ッ!
そして、そんな水瀬家、唯一無二の良心。
その名は……
水瀬家二十一代目当主 『水瀬 梓』!
彼が当主を襲名した年齢、わずか十三歳。
幼く、何より養子であったことを理由に、彼の襲名を許した者は一人もいない。皆無。
しかもこの水瀬梓、養子であることを理由に、下種どもの虐待を受けてきた過去さえある……何度も暴力、果ては死ぬ寸前まで追い詰められた。
だが、彼が当主となったことで、下郎どもの暴行は一時停止。
行き場を失った怒りと衝動、存在することへの不満と敵意を一身に浴びながら……
絶世の美貌とカリスマ性、人望と手腕、何より、人を愛し、愛される聖母のごとき人格から、瞬く間にネオドミノシティの人々の賞賛、尊敬を得た好人物。
決闘者のカリスマにしてキング、ジャック・アトラスと、ネオドミノシティの象徴を二分するとさえ言われた少年。
子供から年寄り、富豪、貧民を問わず、あらゆる人間に愛された男。
そして、それほどの少年をたった一人……
水瀬家の人間でありながら、彼の存在、彼の心を受け入れ、その身を支えてきた男。
当主がただ一人、父親以外で信頼し、愛することができた存在。
それが、この男……
当主秘書『
これは……
水瀬家に長年仕えてきた一族の末裔が、現代の若き当主と、供に、一緒に、Together!
奮闘する……
大谷吉宗の、苦難と葛藤の物語である。
・『日常』
「大谷さん、今日の予定は?」
「は……まず、九時から日本舞踊教室。その後は出版社へ移動して、十一時から取材を受け、それから……」
水瀬梓 十五歳。水瀬家二十一代目当主。
主な仕事は、習い事の先生。華道茶道書道、和菓子、日本舞踊その他、大よそ和とつく様々な習い事の講師を仕事としている。その教えの上手さと本人の高い技量から、全ての教室を合わせれば、千にも届く生徒らを束ねる男。
加えて、それらを常人以上にこなすことですり寄ってくる、様々な業界の人間、マスコミとの取材にも応えることで、活躍する、正に、水瀬家の顔!
そのため、一日のスケジュールは、常にビッシリ!
多忙に過ぎる毎日を送る、何もかもが完璧なこの男。
だが……
「その後は十三時までに、決闘アカデミア童実野校へ移動。そこで十七時まで和菓子作りの体験教室を行います……」
「決闘アカデミア……!!」
説明途中……いつもなら黙って聞いている梓が、その言葉に反応。そして、すぐに冷静に。
「すみません……その後は?」
「ええ、その後は……」
水瀬梓。重ねて言うが、この男、年齢十五歳。
本来なら、中学校にかよっている年齢ながら、幼いころからの事情で、学校に行ったことは無い。そのため、周囲には悟られぬよう振る舞っていながら、密かに、静かに、学校という場所、青春というひと時に憧れ懐く少年。
加えて、彼の本当の夢は、水瀬家当主などではなく……
決闘者!
この決闘中心社会にあって、映像で見るばかりで、カード一枚にすら触ったこともない。そんな少年ながら、こればかりは、水瀬家に養子に入る前から変わらず懐いてきた、絶対の、そして、真実の夢。
そして、そんな夢を、梓本人の口から聞かされ、理解し、知っている、たった一人の男もまた……
大谷吉宗!
「以上になります。昨日も確認した通り、変更はありません」
「分かりました。では、出発の準備をしましょう」
先ほど見せた、輝きに満ち満ちた瞳を一瞬で伏せ、出発の準備を行う。
迅速。かつ、正確。今日一日の仕事に必要な書類、道具、あらゆる荷物。一切の漏れが無いことを確信。同じく準備を終えた、大谷と共に、運転手待機せし、玄関へ直行。
走る……通勤者、通学者、車のエンジン音とスモッグひしめく、公道っ!
「まずは、日本舞踊教室ですか……」
無駄にはしない。決して……車で走っている間の時間。
各教室、人数に差はあれど、彼が教える生徒の数は、どれも、膨大。
それを、たった一人で全員に教えていく。そのために、準備する。必要とする指導を行い、生徒らが求める教えに完璧に答えるため。
それに要する時間もまた、膨大!
「昨夜のうちに、準備していなかったのですか?」
「ええ。決闘アカデミアで必要な資料と、道具の準備に手間取ってしまって……」
「家元……徹夜は、今日で何日目ですか?」
「四日目ですが……まあ、普通ですね」
もはや当たり前。それだけの準備を行うための、数日の徹夜。
大谷の記憶では、最大で十日間徹夜を行ったこともある。
それでも倒れず、病気一つしない梓の体力と生命力は、超人……それを超えた、凶人!
「……お手伝いが必要であれば、いつでも私を使って下さい」
「どうかお気になさらず。大谷さんも、秘書のお仕事で大変でしょうから。あなたは睡眠と休息をしっかり取るべきです」
加えてこの少年、それだけの負担に苛まれながらも、決して人の手を、大谷の手すら借りない孤高の男。
これもまた、幼いころからの事情により、人に助けを乞う習慣がなかったことによる弊害。
故に彼は、いつでも一人で戦い、準備し、結果、完璧にこなしてしまう。
それがっ!
水瀬家二十一代目当主、水瀬梓という男!
(家元……)
……
…………
………………
「今日は、ここまでとしましょう」
『ありがとうございました!』
最初の仕事は、日本舞踊教室での講師。
他に比べれば、人数的には少ない教室ながら、それでも五十人は下らない大所帯。
そんな教室にあって、それでも梓は、生徒達への気遣いを忘れない。
「ランさん、今日は実に素晴らしかったですね」
特に、気になっている生徒……主に出来が悪かったり、何やら悩み事を抱えていそうな生徒には自ら歩み寄り、それを解決――とまでは行かないまでも、寄り添い言葉を送り、励ますこと。それを務めの一つと考え、実際、それで救われた生徒は数知れず。
「ありがとうございます……!」
「ありがとうございます……!!」
感謝っ……!
圧倒的感謝っ……!
それこそが、彼の持つ優れた手腕、それを超えた、彼が愛される所以の一つ。
そんな、人格的にも完璧に過ぎる男だが……
人間である以上、どうしても、欠点は存在する。それは……
「これから、取材のために出版社へ移動します」
「そうですね……取材は二時間ほどなので、その間にお昼を食べておいて下さい」
「家元は?」
「私には必要ありません。どうかお気になさらず」
「……はい」
欠点の一つ。
それは、食事を摂る、という習慣を持ち合わせていないこと。
普通の人間なら、基本的に朝昼晩の三食、どれほど忙しくとも、どうにか時間の合間を取って、必要な食事を行うところ。
だがっ! この男は違う。これもまた、幼いころの事情から、食事を摂る習慣を持たない。というよりそもそも、とうの昔に感覚さえ麻痺しきってしまい、空腹という概念すらない。
では一切の食事を摂らないのかと言われれば、実際はそうでもない。
食べるものは食べようとする。
そしてそれこそ! この男の持つ最大にして、致命的な欠点っ……!!
「では、車へ移動しま……家元?」
基本的に、梓は仕事中の移動は、常に大谷を引き連れ、寄り添い歩いている。
それがこうして、唐突に、突然に、姿を消してしまう、その理由は……
ざわ…
ざわ…
「はっ……!」
気がつく。大谷。
見回す。廊下の隅々。教室の中。そして見つけ出した、着物の紫。
部屋の隅に伏せ、持ち上げている手をジッと見つめている、その手に拾った黒光り……
「家元おおおおおおおおおおおおおおおお!!」
それを食する前に取り上げて、窓の外へ……!
「ああ! もったいない……!!」
悲嘆……
食べようとした獲物を逃がしてしまい、落ち込む梓……
これこそが、この男が持つ最大、そして、致命的、欠点……!
ゴキブリの拾い食いっ……!
「何度も言ったでしょう! 人に見られればお終いなうえ、お体にも悪い! もう二度としてはいけません!」
「え? なぜですか? 目の前にゴキブリが歩いていれば、捕まえて食べるでしょう? 普通……」
「家元の普通は、私達の普通とは違いますから……」
だが、それも無理はない。
梓が水瀬家にやってくる、遥か昔……
物心ついたころにはサテライトに捨てられ、そこでたった一人生き抜くために、あらゆるものを食してきた。
その最たる獲物が、ゴキブリ!
そう……
梓にとって、ゴキブリとは命の生命線。捕まえることはもはや、体に沁み込み、刻み込まれた本能……!
ゴキブリを見過ごせというのは、梓にとっては、食事を諦め、死ねと言っているのと同義!
だが、それはあくまで養子となる前、サテライトにいたころの話……
「食べるのであれば、普通の食事にして下さい」
「はぁ……」
普通の食事は全く摂らない。なのに、ゴキブリが歩いてれば、何匹だろうと全て平らげようとする。
一たび人に見られたが最後、今日まで積み上げてきた、信頼、愛情、イメージ。
その全てが微塵と砕け散る、最大、そして、致命的、欠点っ……!
「……では、移動しましょう。予定通り、取材は十一時からです」
「分かりました……」
承諾。しかし、納得せず。
どれだけ大谷が言い聞かせても、こればかりは直らない。治まらない。
生きるために食す。生物として、当たり前の衝動。当然の本能。
それが梓の場合は、人間の一般的な食糧ではなく、ゴキブリだった。それこそが、梓の人生、最悪の不運の一つ……
……
…………
………………
「取材が終わりました……相手は『アンジェラ』という女性記者で、何やら、終わった後でよく分からないお誘いを受けました」
「ほぉ……どのような?」
「ホテルがどうとか、ベッドが云々、あとは、大人にしてあげる……と?」
(犯罪だ……)
水瀬梓。十五歳にして、大勢の人間を愛し、大勢の人間に愛されし男。
そして、紫の和服を纏う、絶世の美少年。
必然……モテる! 女にっ!!
「もちろん、お仕事優先ですので、お断りしましたが……」
(長時間労働万歳……)
「……では、決闘アカデミアへ移動しましょう」
「はい……!」
本人は、普段通りの表情、普段通りの声を出しているつもり。
実際、赤の他人が見れば、それは間違いなくいつもの梓。
だが、大谷は気づいている。
二年以上、当主秘書を務め、常に梓のそばにあったこの男は、気づいている。
浮かれている! 梓は今!
「せっかくです……アカデミアでのお仕事の合間なら、多少の時間はあるでしょう。生徒の皆さんから、決闘を教わってみては?」
そう……大谷は知っている。梓の真実。サテライト時代から変わらぬ絶対の夢。
だが……
「……それは、やめた方がいいでしょう。水瀬家の当主が、よりによって、決闘モンスターズに手を出すことは、あってはなりません」
「しかし……」
「それに、今日私が、決闘アカデミアでお仕事をするということを、他の水瀬家の方々がどう思っているか……あなたも、知らないわけではないでしょう?」
「それは……」
水瀬家。
歴史と伝統に彩られた名家中の名家。
そして、そこに群がり、悪辣の限りを尽くす、人を人とも思わぬ下種下郎ども。
本来なら、養子であり血の繋がりは全くない梓ではなく、大谷が真に仕えるべき、梓の、というより、先代当主である梓の父親の親戚たち。
奴らが嫌うものは数知れないが、その中でも最大の嫌悪を向けるもの。
その一つが、正にこれ……決闘モンスターズ!
和の伝統を重んじる者達にとって、不純物極まりない洋産娯楽文化の代表格。
そして、そんな理屈を抜きにした、むしろ、理由など全く必要としない、絶対なる嫌悪。
究極なる嫌忌。憎むべき
「私が決闘アカデミアへ行くと聞いただけで、理由に関わらず大勢で家に押しかけ、危うく暴動が起きる寸前にまでなりました。どうにか抑えてお帰りいただけましたが、全員、水瀬家の人間が、決闘モンスターズに関わることを嫌っている……」
「先代は、全くそんな素振りも見せませんでしたのに……」
「ええ……何をそんなに、決闘モンスターズや、決闘者たちを呪っているのでしょうね……」
当主である梓も。先代当主たる梓の父親も。そして、梓と出会うより遥か前から水瀬家に仕えてきた大谷も。
彼らが決闘モンスターズを嫌い、憎み、呪う理由を分かってない。
決闘モンスターズが日本に伝わり、流行りだしたころ。
まだ決闘ディスクも、
そのころ、若かり大谷が仕え、仕事に同伴していた、水瀬家の男がいた。
仕事の帰り、公園のベンチで決闘を楽しんでいる子供を偶然見つけ、大谷は微笑ましくその光景を見ていた。
だが、隣にいた男は公園に入るなり、落ちていた空き瓶で、二人の少年を殴打!
瓶が割れ、肌を切り、鮮血散らすまで滅多打ち、滅多切りの暴行!
大谷が止めた際には時すでに遅し。子供達は意識を失い、全治五ヵ月の重症。
目撃者が多数いたことで、もはや言い訳は通じず。
男は逮捕され、護送。
大谷は同伴していただけなこともあり、調書を取った後はすぐに釈放。
あの時、護送されながらも満足そうに高笑いしていた男の過去は、今でも忘れられない……
そして、あの時の男がそんな狂気に走った、動機。理由。
ハッキリ言って知りたくも無いが、実際、分からない。警察が聞いても男は、決闘していたのがムカついたから……その一点張り。後悔の念、反省の念ゼロ!!
当然、警察の手は水瀬家にも及んだものの、既に水瀬家では素早く手が回り、その男は水瀬家から追放。その男の家族も同様。男のいた痕跡全て、水瀬家から消失! その男は、水瀬家とは一切関係のない男。赤の他人。そう、結論づけられ、撤退っ! 警察っ!
そして、似たような事件は今でも起こしている。
大抵が、起こしたところで上手くもみ消されるか、もみ消しが無理ならトカゲの尻尾切りで乗り越えてきた。
そうして、自分達の家を危険に晒してまでも、決闘を、ひいては決闘者を呪う理由は、未だ、明かされ
「そんな家の当主である、私が決闘を楽しんでいたなどと聞かれたらどうなるか……あなたも分かるでしょう?」
「とは言え、アカデミアの中です。ちょっとした閉鎖空間である、学校の中でなら、彼らの耳に入ることも……」
「彼らが誰かお忘れか? 水瀬家ですよ? 気に入らない物を痛めつけ壊すためなら、どんな手段も厭わない連中です。そして、未だに私のことを当主だと認めず、私のことを引きずり降ろそうと機を伺い、隙を探っている……そんな彼らに、エサを与えるような真似はできません」
「…………」
残念。無念。とは言え、致し方なし。
家を守るとは、様々な重荷すら背負うこと。
たとえ、嫌悪すべきクズどもであろうが、家の一部である以上、背負う責任が当主にはついて回る。
そのために、長年したいと願ってきたもの、最も欲しいものを諦めることになったとしても……
「さあ、行きましょう」
「は……」
こうして、アカデミアへ移動。
ここでも……ここに限ったことではないが、大谷が最も懸念すること。
それが……出るか否か。ゴキブリが、現地でっ……!
(今回は大丈夫なはず……この日のために、前々から手を打っておいた)
大谷が打っておいた手……
梓が開く教室。その数は様々にして、生徒の数は膨大。
その中には、決闘アカデミアの関係者、学生も数多くいる。
そんな者達を、教室が終わった後に捕まえては、しておいた。根回し。
―「ああ、ちょっと……」
―「はい? あなたは……梓先生の、秘書さん?」
―「あなたは、決闘アカデミアの教師、でしたな?」
―「そうですが……」
―「実は今度、家元が和菓子作りの体験教室のために、決闘アカデミアへ伺います」
―「ええ。生徒達ともども、私も楽しみにしております」
―「それで実は、真に失礼なのですが……当日までに、アカデミアの掃除を徹底しておいてほしいのです」
確かに失礼。まるで、普段からアカデミアが汚いと言っているようなもの。
だから、その理由も即座に追加。
―「実は、ここだけの話……家元は、その、恐れる人でして。非常に……ゴキブリを」
―「まあ……! そりゃあ、私もゴキブリは嫌いですが、梓先生が?」
No! 嫌いではない! むしろ好き、大好物! 食べない、それしかっ!
―「それはもう……以前も教室へ行く際、ゴキブリが目の前の道を歩いただけで、私にくっついて離れなくなってしまって。教室に着いた時には直りましたが、その教室では、調子を悪くしておりました。常に怯えているように」
No! 悪くしたことはない! 教室で、梓が、調子を! 皆無っ!
しかし、知らない。彼女は。なぜなら……いっぱいあるから! 梓が教える教室!
彼女が知ろうはずもない! 調子が悪かったかなど。どの教室で!
―「それで、もし見たとしたら、アカデミアで、ゴキブリを……家元は、怖いのを無理して、教えることになってしまう。生徒の皆さんに、お菓子作り……そうなれば、生徒の皆さんにも失礼ですし、家元も気の毒なので。なので、避けていただきたい。できれば……ゴキブリが出る事態」
嘘八百。口から出まかせ。
だが、納得、女教師。しかも、満悦っ! 梓の意外な一面を知り。
同じように、根回し。大谷が知る限りの、アカデミア関係者の、教室の生徒。
そして快諾。全員。梓のことを愛する生徒達。
乗り気! やる気満々! 梓を気持ちよく、アカデミアへ迎えるための、掃除!
(これで本当に、アカデミアから、ゴキブリ一匹たりとも消え失せたという保証はないが……やれることはやった。後は、信じるだけだ。彼女らを……)
当日までは掃除や管理が行き届かない、公民館や市民会館ではできない芸当。
それを達成したことで、大谷もちょっとした、満悦ムード。
安心して、アカデミアへ直行……
(決闘アカデミア……決闘モンスターズ……)
梓は梓で……
憧れの学校、待望の決闘モンスターズに、期待。人知れず……興奮……!
到着。決闘アカデミア。
「さあ、着きました。家も……」
梓、またも消失……
「そんな……家元、どこに……!」
発見。校門から入って右奥、木の陰。
「ゴキブリか。く……さすがに行き届かぬか。屋外まで、目……」
いくら学内の掃除を徹底しても、外からの侵入であれば、もはや防ぎようがない。
大谷、半ば残念。あれだけ根回ししておいたのに。
(とは言え、人の姿がなくて助かった。これなら落とし物か何かで言い訳は立つか……)
接近。すぐに、木の陰。
ざわ…
ざわ…
走る。悪寒……
「家元……急いでください。待っております。生徒の皆さ……」
「クチャ、クチャ……グチャ、グチャ……ガゴリ、ガゴリ……」
沈黙。停滞。
梓が木の陰で捕まえ、食しているもの、それは……
「ネ、ネズミ~~~~~~~~~~~」
ぐ
に
ゃ
あ ~
「……?」
そう……大谷は忘れていた。
梓が生きるために食してきたもの。それはゴキブリに限らない。
生きた小動物。タンパク質の塊。
どこにでも現れ、雑菌まき散らし、ヘイト集めるげっ歯類。
ゴキブリに並ぶ、不潔の象徴……!
ネズミ……!
それもまた、梓にとっては、食糧。
ゴキブリを遥かに超える、ご馳走……!
今のように、顔も手も服も、血に汚れ油にまみれ臓物まき散らしながらも、骨まで噛み砕き食してきた。
生きるための食糧!
食し得る糧っ!
「家元おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「ゴクリ……一緒に食べます?」
その後、迎えにきたアカデミア教師らをどうにか誤魔化し、強制送還。車中で着替え。
その後、何事も無かったかのように……
開催! 一日限りの、決闘アカデミア和菓子教室!
大谷の気苦労のその裏で……
終わるまで、出ることなく。一匹のゴキブリも……
……
…………
………………
終了。今日一日の予定。
あとは、帰るのみ。このまま車で。
明日からも続く。梓の仕事、多忙なる日々。
そして同時に、待ち構える。大谷にとっての、害虫害獣との戦いの日々――
「大谷さん?」
「……は?」
「今日は、一日中独り言を言っていたように感じましたが、大丈夫ですか?」
「あ……いえ、なにも……」
「……」
グッ
「い、家元……?」
「お疲れなら、いつでも言って下さい。大谷さんが何日お休みしようとも、私は一人でも大丈夫ですから」
「あ、いえ、それは……」
「どうか、ご自愛ください……私が水瀬家にいる理由は父ですが、私が水瀬家でも生きていける理由は、大谷さん、あなたですから」
「家元……!」
伝わる……言葉に込められた思い。
確かな信頼……
絶対の愛情……
当主としての責務と重圧、激務のその裏で、大谷に懐いてくれた、圧倒的感情っ……!
「は! ご心配なく……そして、どうかお任せ下さい。私は今後とも、家元、水瀬梓の秘書を、精一杯務めさせていただきます!」
「大谷さん……!」
がんばれ大谷……
負けるな大谷……
これは、若くして完全無欠……それでも、いくつもの弱みや欠点を抱える当主を、支え守る、一人の男の物語である……
大谷吉宗!
当主秘書!
(ですから、その独り言、なんですか……?)
お疲れ~。
次話で次の部書きますら~。
いつになるかは分からんが……
ちょっと待ってて。