遊戯王5D's ~剣纏う花~   作:大海

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やぁ~ぃ……

次の部行く前に、特別編はさみます~。

ちょい長めです~。

行ってらっしゃい。



特別編 当主秘書録『オオタニ』

 水瀬家。

 ネオドミノシティに君臨する名家。

 江戸時代より栄え、現代にまで残り続ける、歴史と伝統に彩られし、名家中の名家。

 

 だがその水瀬家も、一たび中に足を踏み入れようものなら……

 

 人間の欲望、混沌、暗闇……

 金と物欲に飢えた者どもの温床。濁りきった負の側面がひしめき合い、凝り固まる。

 現代現世の、万魔殿にして伏魔殿!

 

 表面上は、互いを思いやっているようで、考えるのは、相手を利用し、最後には踏みつけること。

 家の外においても、利用できるものは利用し尽くし、骨の髄までしゃぶり、奪い、利用価値が無くなればアッサリ棄てる。

 己以外の人を人とも思わぬ心と所業を是とし、成り上がることを至上とする。

 

 下種の温床。

 下郎の病巣。

 

 それこそ、日本の名家……水瀬家ッ!

 

 

 そして、そんな水瀬家、唯一無二の良心。

 その名は……

 

 水瀬家二十一代目当主 『水瀬 梓』!

 

 彼が当主を襲名した年齢、わずか十三歳。

 幼く、何より養子であったことを理由に、彼の襲名を許した者は一人もいない。皆無。

 しかもこの水瀬梓、養子であることを理由に、下種どもの虐待を受けてきた過去さえある……何度も暴力、果ては死ぬ寸前まで追い詰められた。

 

 だが、彼が当主となったことで、下郎どもの暴行は一時停止。

 行き場を失った怒りと衝動、存在することへの不満と敵意を一身に浴びながら……

 

 絶世の美貌とカリスマ性、人望と手腕、何より、人を愛し、愛される聖母のごとき人格から、瞬く間にネオドミノシティの人々の賞賛、尊敬を得た好人物。

 決闘者のカリスマにしてキング、ジャック・アトラスと、ネオドミノシティの象徴を二分するとさえ言われた少年。

 子供から年寄り、富豪、貧民を問わず、あらゆる人間に愛された男。

 

 そして、それほどの少年をたった一人……

 水瀬家の人間でありながら、彼の存在、彼の心を受け入れ、その身を支えてきた男。

 当主がただ一人、父親以外で信頼し、愛することができた存在。

 

 それが、この男……

 

 当主秘書『大谷(おおたに) 吉宗(よしむね)』!

 

 

 これは……

 水瀬家に長年仕えてきた一族の末裔が、現代の若き当主と、供に、一緒に、Together!

 奮闘する……

 

 大谷吉宗の、苦難と葛藤の物語である。

 

 

 

・『日常』

 

「大谷さん、今日の予定は?」

「は……まず、九時から日本舞踊教室。その後は出版社へ移動して、十一時から取材を受け、それから……」

 

 水瀬梓 十五歳。水瀬家二十一代目当主。

 主な仕事は、習い事の先生。華道茶道書道、和菓子、日本舞踊その他、大よそ和とつく様々な習い事の講師を仕事としている。その教えの上手さと本人の高い技量から、全ての教室を合わせれば、千にも届く生徒らを束ねる男。

 加えて、それらを常人以上にこなすことですり寄ってくる、様々な業界の人間、マスコミとの取材にも応えることで、活躍する、正に、水瀬家の顔!

 

 そのため、一日のスケジュールは、常にビッシリ!

 多忙に過ぎる毎日を送る、何もかもが完璧なこの男。

 だが……

 

「その後は十三時までに、決闘アカデミア童実野校へ移動。そこで十七時まで和菓子作りの体験教室を行います……」

「決闘アカデミア……!!」

 

 説明途中……いつもなら黙って聞いている梓が、その言葉に反応。そして、すぐに冷静に。

 

「すみません……その後は?」

「ええ、その後は……」

 

 水瀬梓。重ねて言うが、この男、年齢十五歳。

 本来なら、中学校にかよっている年齢ながら、幼いころからの事情で、学校に行ったことは無い。そのため、周囲には悟られぬよう振る舞っていながら、密かに、静かに、学校という場所、青春というひと時に憧れ懐く少年。

 加えて、彼の本当の夢は、水瀬家当主などではなく……

 

 決闘者!

 

 この決闘中心社会にあって、映像で見るばかりで、カード一枚にすら触ったこともない。そんな少年ながら、こればかりは、水瀬家に養子に入る前から変わらず懐いてきた、絶対の、そして、真実の夢。

 そして、そんな夢を、梓本人の口から聞かされ、理解し、知っている、たった一人の男もまた……

 

 大谷吉宗!

 

「以上になります。昨日も確認した通り、変更はありません」

「分かりました。では、出発の準備をしましょう」

 

 先ほど見せた、輝きに満ち満ちた瞳を一瞬で伏せ、出発の準備を行う。

 迅速。かつ、正確。今日一日の仕事に必要な書類、道具、あらゆる荷物。一切の漏れが無いことを確信。同じく準備を終えた、大谷と共に、運転手待機せし、玄関へ直行。

 

 走る……通勤者、通学者、車のエンジン音とスモッグひしめく、公道っ!

 

「まずは、日本舞踊教室ですか……」

 

 無駄にはしない。決して……車で走っている間の時間。

 各教室、人数に差はあれど、彼が教える生徒の数は、どれも、膨大。

 それを、たった一人で全員に教えていく。そのために、準備する。必要とする指導を行い、生徒らが求める教えに完璧に答えるため。

 それに要する時間もまた、膨大!

 

「昨夜のうちに、準備していなかったのですか?」

「ええ。決闘アカデミアで必要な資料と、道具の準備に手間取ってしまって……」

「家元……徹夜は、今日で何日目ですか?」

「四日目ですが……まあ、普通ですね」

 

 もはや当たり前。それだけの準備を行うための、数日の徹夜。

 大谷の記憶では、最大で十日間徹夜を行ったこともある。

 それでも倒れず、病気一つしない梓の体力と生命力は、超人……それを超えた、凶人!

 

「……お手伝いが必要であれば、いつでも私を使って下さい」

「どうかお気になさらず。大谷さんも、秘書のお仕事で大変でしょうから。あなたは睡眠と休息をしっかり取るべきです」

 

 加えてこの少年、それだけの負担に苛まれながらも、決して人の手を、大谷の手すら借りない孤高の男。

 これもまた、幼いころからの事情により、人に助けを乞う習慣がなかったことによる弊害。

 故に彼は、いつでも一人で戦い、準備し、結果、完璧にこなしてしまう。

 

 それがっ!

 水瀬家二十一代目当主、水瀬梓という男!

 

(家元……)

 

 ……

 …………

 ………………

 

「今日は、ここまでとしましょう」

 

『ありがとうございました!』

 

 最初の仕事は、日本舞踊教室での講師。

 他に比べれば、人数的には少ない教室ながら、それでも五十人は下らない大所帯。

 そんな教室にあって、それでも梓は、生徒達への気遣いを忘れない。

 

「ランさん、今日は実に素晴らしかったですね」

 

 特に、気になっている生徒……主に出来が悪かったり、何やら悩み事を抱えていそうな生徒には自ら歩み寄り、それを解決――とまでは行かないまでも、寄り添い言葉を送り、励ますこと。それを務めの一つと考え、実際、それで救われた生徒は数知れず。

 

「ありがとうございます……!」

「ありがとうございます……!!」

 

 感謝っ……! 

 圧倒的感謝っ……!

 

 それこそが、彼の持つ優れた手腕、それを超えた、彼が愛される所以の一つ。

 

 そんな、人格的にも完璧に過ぎる男だが……

 人間である以上、どうしても、欠点は存在する。それは……

 

「これから、取材のために出版社へ移動します」

「そうですね……取材は二時間ほどなので、その間にお昼を食べておいて下さい」

「家元は?」

「私には必要ありません。どうかお気になさらず」

「……はい」

 

 欠点の一つ。

 それは、食事を摂る、という習慣を持ち合わせていないこと。

 普通の人間なら、基本的に朝昼晩の三食、どれほど忙しくとも、どうにか時間の合間を取って、必要な食事を行うところ。

 だがっ! この男は違う。これもまた、幼いころの事情から、食事を摂る習慣を持たない。というよりそもそも、とうの昔に感覚さえ麻痺しきってしまい、空腹という概念すらない。

 

 では一切の食事を摂らないのかと言われれば、実際はそうでもない。

 食べるものは食べようとする。

 そしてそれこそ! この男の持つ最大にして、致命的な欠点っ……!!

 

「では、車へ移動しま……家元?」

 

 基本的に、梓は仕事中の移動は、常に大谷を引き連れ、寄り添い歩いている。

 それがこうして、唐突に、突然に、姿を消してしまう、その理由は……

 

 

 

 

    ざわ…

 

 

                 ざわ…

 

 

 

 

「はっ……!」

 

 気がつく。大谷。

 見回す。廊下の隅々。教室の中。そして見つけ出した、着物の紫。

 部屋の隅に伏せ、持ち上げている手をジッと見つめている、その手に拾った黒光り……

 

「家元おおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 それを食する前に取り上げて、窓の外へ……!

 

「ああ! もったいない……!!」

 

 悲嘆……

 食べようとした獲物を逃がしてしまい、落ち込む梓……

 

 これこそが、この男が持つ最大、そして、致命的、欠点……!

 

 ゴキブリの拾い食いっ……!

 

「何度も言ったでしょう! 人に見られればお終いなうえ、お体にも悪い! もう二度としてはいけません!」

「え? なぜですか? 目の前にゴキブリが歩いていれば、捕まえて食べるでしょう? 普通……」

「家元の普通は、私達の普通とは違いますから……」

 

 だが、それも無理はない。

 梓が水瀬家にやってくる、遥か昔……

 

 物心ついたころにはサテライトに捨てられ、そこでたった一人生き抜くために、あらゆるものを食してきた。

 その最たる獲物が、ゴキブリ!

 

 そう……

 梓にとって、ゴキブリとは命の生命線。捕まえることはもはや、体に沁み込み、刻み込まれた本能……!

 ゴキブリを見過ごせというのは、梓にとっては、食事を諦め、死ねと言っているのと同義!

 

 だが、それはあくまで養子となる前、サテライトにいたころの話……

 

「食べるのであれば、普通の食事にして下さい」

「はぁ……」

 

 普通の食事は全く摂らない。なのに、ゴキブリが歩いてれば、何匹だろうと全て平らげようとする。

 一たび人に見られたが最後、今日まで積み上げてきた、信頼、愛情、イメージ。

 その全てが微塵と砕け散る、最大、そして、致命的、欠点っ……!

 

「……では、移動しましょう。予定通り、取材は十一時からです」

「分かりました……」

 

 承諾。しかし、納得せず。

 どれだけ大谷が言い聞かせても、こればかりは直らない。治まらない。

 生きるために食す。生物として、当たり前の衝動。当然の本能。

 それが梓の場合は、人間の一般的な食糧ではなく、ゴキブリだった。それこそが、梓の人生、最悪の不運の一つ……

 

 ……

 …………

 ………………

 

「取材が終わりました……相手は『アンジェラ』という女性記者で、何やら、終わった後でよく分からないお誘いを受けました」

「ほぉ……どのような?」

「ホテルがどうとか、ベッドが云々、あとは、大人にしてあげる……と?」

(犯罪だ……)

 

 水瀬梓。十五歳にして、大勢の人間を愛し、大勢の人間に愛されし男。

 そして、紫の和服を纏う、絶世の美少年。

 

 必然……モテる! 女にっ!!

 

「もちろん、お仕事優先ですので、お断りしましたが……」

 

(長時間労働万歳……)

 

「……では、決闘アカデミアへ移動しましょう」

「はい……!」

 

 本人は、普段通りの表情、普段通りの声を出しているつもり。

 実際、赤の他人が見れば、それは間違いなくいつもの梓。

 だが、大谷は気づいている。

 二年以上、当主秘書を務め、常に梓のそばにあったこの男は、気づいている。

 

 浮かれている! 梓は今!

 

「せっかくです……アカデミアでのお仕事の合間なら、多少の時間はあるでしょう。生徒の皆さんから、決闘を教わってみては?」

 

 そう……大谷は知っている。梓の真実。サテライト時代から変わらぬ絶対の夢。

 だが……

 

「……それは、やめた方がいいでしょう。水瀬家の当主が、よりによって、決闘モンスターズに手を出すことは、あってはなりません」

「しかし……」

「それに、今日私が、決闘アカデミアでお仕事をするということを、他の水瀬家の方々がどう思っているか……あなたも、知らないわけではないでしょう?」

「それは……」

 

 水瀬家。

 歴史と伝統に彩られた名家中の名家。

 そして、そこに群がり、悪辣の限りを尽くす、人を人とも思わぬ下種下郎ども。

 本来なら、養子であり血の繋がりは全くない梓ではなく、大谷が真に仕えるべき、梓の、というより、先代当主である梓の父親の親戚たち。

 奴らが嫌うものは数知れないが、その中でも最大の嫌悪を向けるもの。

 

 その一つが、正にこれ……決闘モンスターズ!

 

 和の伝統を重んじる者達にとって、不純物極まりない洋産娯楽文化の代表格。

 そして、そんな理屈を抜きにした、むしろ、理由など全く必要としない、絶対なる嫌悪。

 究極なる嫌忌。憎むべき悪腫(ガン)

 

「私が決闘アカデミアへ行くと聞いただけで、理由に関わらず大勢で家に押しかけ、危うく暴動が起きる寸前にまでなりました。どうにか抑えてお帰りいただけましたが、全員、水瀬家の人間が、決闘モンスターズに関わることを嫌っている……」

「先代は、全くそんな素振りも見せませんでしたのに……」

「ええ……何をそんなに、決闘モンスターズや、決闘者たちを呪っているのでしょうね……」

 

 当主である梓も。先代当主たる梓の父親も。そして、梓と出会うより遥か前から水瀬家に仕えてきた大谷も。

 彼らが決闘モンスターズを嫌い、憎み、呪う理由を分かってない。

 

 決闘モンスターズが日本に伝わり、流行りだしたころ。

 まだ決闘ディスクも、仮想立体映像(ソリッド・ビジョン)さえ生まれていない、初期も初期の時代。

 そのころ、若かり大谷が仕え、仕事に同伴していた、水瀬家の男がいた。

 仕事の帰り、公園のベンチで決闘を楽しんでいる子供を偶然見つけ、大谷は微笑ましくその光景を見ていた。

 だが、隣にいた男は公園に入るなり、落ちていた空き瓶で、二人の少年を殴打!

 瓶が割れ、肌を切り、鮮血散らすまで滅多打ち、滅多切りの暴行!

 大谷が止めた際には時すでに遅し。子供達は意識を失い、全治五ヵ月の重症。

 目撃者が多数いたことで、もはや言い訳は通じず。

 男は逮捕され、護送。

 大谷は同伴していただけなこともあり、調書を取った後はすぐに釈放。

 あの時、護送されながらも満足そうに高笑いしていた男の過去は、今でも忘れられない……

 

 そして、あの時の男がそんな狂気に走った、動機。理由。

 ハッキリ言って知りたくも無いが、実際、分からない。警察が聞いても男は、決闘していたのがムカついたから……その一点張り。後悔の念、反省の念ゼロ!!

 当然、警察の手は水瀬家にも及んだものの、既に水瀬家では素早く手が回り、その男は水瀬家から追放。その男の家族も同様。男のいた痕跡全て、水瀬家から消失! その男は、水瀬家とは一切関係のない男。赤の他人。そう、結論づけられ、撤退っ! 警察っ!

 

 そして、似たような事件は今でも起こしている。

 大抵が、起こしたところで上手くもみ消されるか、もみ消しが無理ならトカゲの尻尾切りで乗り越えてきた。

 そうして、自分達の家を危険に晒してまでも、決闘を、ひいては決闘者を呪う理由は、未だ、明かされ()……不明!

 

「そんな家の当主である、私が決闘を楽しんでいたなどと聞かれたらどうなるか……あなたも分かるでしょう?」

「とは言え、アカデミアの中です。ちょっとした閉鎖空間である、学校の中でなら、彼らの耳に入ることも……」

「彼らが誰かお忘れか? 水瀬家ですよ? 気に入らない物を痛めつけ壊すためなら、どんな手段も厭わない連中です。そして、未だに私のことを当主だと認めず、私のことを引きずり降ろそうと機を伺い、隙を探っている……そんな彼らに、エサを与えるような真似はできません」

「…………」

 

 残念。無念。とは言え、致し方なし。

 家を守るとは、様々な重荷すら背負うこと。

 たとえ、嫌悪すべきクズどもであろうが、家の一部である以上、背負う責任が当主にはついて回る。

 そのために、長年したいと願ってきたもの、最も欲しいものを諦めることになったとしても……

 

「さあ、行きましょう」

「は……」

 

 

 こうして、アカデミアへ移動。

 ここでも……ここに限ったことではないが、大谷が最も懸念すること。

 それが……出るか否か。ゴキブリが、現地でっ……!

 

(今回は大丈夫なはず……この日のために、前々から手を打っておいた)

 

 大谷が打っておいた手……

 

 

 梓が開く教室。その数は様々にして、生徒の数は膨大。

 その中には、決闘アカデミアの関係者、学生も数多くいる。

 そんな者達を、教室が終わった後に捕まえては、しておいた。根回し。

 

 ―「ああ、ちょっと……」

 ―「はい? あなたは……梓先生の、秘書さん?」

 ―「あなたは、決闘アカデミアの教師、でしたな?」

 ―「そうですが……」

 ―「実は今度、家元が和菓子作りの体験教室のために、決闘アカデミアへ伺います」

 ―「ええ。生徒達ともども、私も楽しみにしております」

 ―「それで実は、真に失礼なのですが……当日までに、アカデミアの掃除を徹底しておいてほしいのです」

 

 確かに失礼。まるで、普段からアカデミアが汚いと言っているようなもの。

 だから、その理由も即座に追加。

 

 ―「実は、ここだけの話……家元は、その、恐れる人でして。非常に……ゴキブリを」

 ―「まあ……! そりゃあ、私もゴキブリは嫌いですが、梓先生が?」

 

 No! 嫌いではない! むしろ好き、大好物! 食べない、それしかっ!

 

 ―「それはもう……以前も教室へ行く際、ゴキブリが目の前の道を歩いただけで、私にくっついて離れなくなってしまって。教室に着いた時には直りましたが、その教室では、調子を悪くしておりました。常に怯えているように」

 

 No! 悪くしたことはない! 教室で、梓が、調子を! 皆無っ!

 しかし、知らない。彼女は。なぜなら……いっぱいあるから! 梓が教える教室!

 彼女が知ろうはずもない! 調子が悪かったかなど。どの教室で!

 

 ―「それで、もし見たとしたら、アカデミアで、ゴキブリを……家元は、怖いのを無理して、教えることになってしまう。生徒の皆さんに、お菓子作り……そうなれば、生徒の皆さんにも失礼ですし、家元も気の毒なので。なので、避けていただきたい。できれば……ゴキブリが出る事態」

 

 嘘八百。口から出まかせ。

 だが、納得、女教師。しかも、満悦っ! 梓の意外な一面を知り。

 

 同じように、根回し。大谷が知る限りの、アカデミア関係者の、教室の生徒。

 そして快諾。全員。梓のことを愛する生徒達。

 乗り気! やる気満々! 梓を気持ちよく、アカデミアへ迎えるための、掃除!

 

(これで本当に、アカデミアから、ゴキブリ一匹たりとも消え失せたという保証はないが……やれることはやった。後は、信じるだけだ。彼女らを……)

 

 当日までは掃除や管理が行き届かない、公民館や市民会館ではできない芸当。

 それを達成したことで、大谷もちょっとした、満悦ムード。

 安心して、アカデミアへ直行……

 

(決闘アカデミア……決闘モンスターズ……)

 

 梓は梓で……

 憧れの学校、待望の決闘モンスターズに、期待。人知れず……興奮……!

 

 

 到着。決闘アカデミア。

 

「さあ、着きました。家も……」

 

 梓、またも消失……

 

「そんな……家元、どこに……!」

 

 発見。校門から入って右奥、木の陰。

 

「ゴキブリか。く……さすがに行き届かぬか。屋外まで、目……」

 

 いくら学内の掃除を徹底しても、外からの侵入であれば、もはや防ぎようがない。

 大谷、半ば残念。あれだけ根回ししておいたのに。

 

(とは言え、人の姿がなくて助かった。これなら落とし物か何かで言い訳は立つか……)

 

 接近。すぐに、木の陰。

 

 

 

 

            ざわ…

 

 

     ざわ…

 

 

 

 

 走る。悪寒……

 

「家元……急いでください。待っております。生徒の皆さ……」

 

「クチャ、クチャ……グチャ、グチャ……ガゴリ、ガゴリ……」

 

 沈黙。停滞。

 梓が木の陰で捕まえ、食しているもの、それは……

 

 

「ネ、ネズミ~~~~~~~~~~~」

 

     ぐ

       に

         ゃ

           あ ~

 

 

「……?」

 

 そう……大谷は忘れていた。

 梓が生きるために食してきたもの。それはゴキブリに限らない。

 

 生きた小動物。タンパク質の塊。

 どこにでも現れ、雑菌まき散らし、ヘイト集めるげっ歯類。

 

 ゴキブリに並ぶ、不潔の象徴……!

 

 ネズミ……!

 

 それもまた、梓にとっては、食糧。

 ゴキブリを遥かに超える、ご馳走……!

 今のように、顔も手も服も、血に汚れ油にまみれ臓物まき散らしながらも、骨まで噛み砕き食してきた。

 

 生きるための食糧!

 食し得る糧っ!

 

 

「家元おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

「ゴクリ……一緒に食べます?」

 

 その後、迎えにきたアカデミア教師らをどうにか誤魔化し、強制送還。車中で着替え。

 

 

 その後、何事も無かったかのように……

 

 開催! 一日限りの、決闘アカデミア和菓子教室!

 

 大谷の気苦労のその裏で……

 

 終わるまで、出ることなく。一匹のゴキブリも……

 

 ……

 …………

 ………………

 

 終了。今日一日の予定。

 あとは、帰るのみ。このまま車で。

 明日からも続く。梓の仕事、多忙なる日々。

 そして同時に、待ち構える。大谷にとっての、害虫害獣との戦いの日々――

 

「大谷さん?」

「……は?」

「今日は、一日中独り言を言っていたように感じましたが、大丈夫ですか?」

「あ……いえ、なにも……」

「……」

 

 グッ

 

「い、家元……?」

「お疲れなら、いつでも言って下さい。大谷さんが何日お休みしようとも、私は一人でも大丈夫ですから」

「あ、いえ、それは……」

「どうか、ご自愛ください……私が水瀬家にいる理由は父ですが、私が水瀬家でも生きていける理由は、大谷さん、あなたですから」

「家元……!」

 

 伝わる……言葉に込められた思い。

 確かな信頼……

 絶対の愛情……

 当主としての責務と重圧、激務のその裏で、大谷に懐いてくれた、圧倒的感情っ……!

 

「は! ご心配なく……そして、どうかお任せ下さい。私は今後とも、家元、水瀬梓の秘書を、精一杯務めさせていただきます!」

「大谷さん……!」

 

 

 がんばれ大谷……

 負けるな大谷……

 

 これは、若くして完全無欠……それでも、いくつもの弱みや欠点を抱える当主を、支え守る、一人の男の物語である……

 

 大谷吉宗!

 

 当主秘書!

 

 

(ですから、その独り言、なんですか……?)

 

 

 

 




お疲れ~。

次話で次の部書きますら~。

いつになるかは分からんが……

ちょっと待ってて。

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