東方Ψ綺憚 〜 Disastrous Life in Lotus Land. 作:ヘドロ爆弾
人里の寺子屋に2人の歴史家
周囲一帯が突如真っ暗になってからどれほどの時間が経ったのだろうか。
気がつけば僕達は赤暗い
いや、まぁ長野県にまで旅行しに来ているんだからどこもかしこも見慣れない場所であるのは至極当然なのだが。
しかし一体何だろうかこの変な朱色の靄は。
「あ、斉木さん、アレ見てください!」
鳥束が指を向けた方角を横目で見ると、先程の廃神社とは比べ物にならない程ちゃんと手入れが行き届いている、というか人が普通に住んで暮らしている気配がある神社がそこにはあった。
参拝客用に大きな賽銭箱もしっかり置かれている。
「成功、成功っスよ斉木さん!あれが幻想郷の博麗神社っス!!」
博麗?
それはさっきの廃神社の名前じゃなかったか?
そう僕が鳥束に尋ねると、言ったっしょ?斉木さん、と鳥束はすこぶる腹の立つドヤ顔を披露してきたので、僕は不用意に疑問を呈したのを若干悔やんだ。
「博麗神社は外の世界と幻想郷との境界線上に存在する神社、つまり両方の世界に存在している特別な建物…らしいんスよ、はい。」
詳しいことはよく分からないが…
外の世界にも幻想郷にも存在する博麗神社の外観が変わったということは、つまり僕達は本当に外の世界から幻想郷へとやって来たというわけか。あの巨大結界を破って。
「そうみたいっスよ!あざっす!斉木さんマジあざっす!!」
〘※あざっす…ありがとうございます〙
やれやれ。とんだ大仕事である。
ここまでやったのだから、後でしっかりコーヒーブランマンジェを奢ってもらうからな…と僕が言おうとした瞬間、横槍を入れるかのように、鳥束は少し咳払いした後突如大きな声で
「さぁ、いよいよ
と謎の宣言をいきなり布告した。
どうした突然。
「と、言うわけで斉木さん。ここからは別行動で行きましょう。」
ハナからお前と行動を共にする気は更々無いんだが。
「フッフッフ…実はオレ、この日の為に色々と計画を練ってきたんスよ…」
そう言って鳥束は意味有りげにニヤつきながら、お粗末な企みの全容を僕に明かしてきた。
「見えますか斉木さん。実はオレ、とある幽霊を連れてきてたんスよ。」
そう鳥束が言いながら右後ろを振り返って何やら手招きをすると、宙をふよふよと漂いながらもこちらに近づいてくる霊が1人あった。
「紹介します。
コイツの名前は
生前は随分とヤリチ…もといプレイボーイだったそうでして、今回は口寄せでコイツのモテモテフェロモンを遺憾なく発揮したいと思うんスよ!!
コイツを上手く使えばモテモテ計画は成功、ひいては性交間違いなし!!グフフ…」
うわーやだーきもーい。
★口寄せ
霊を自分に降霊(憑依)させて、霊の代わりにその意志などを語ることができるとされる術。
鳥束の場合、意識を自分⇔幽霊で自由に切り替える事が可能のようだ。
鳥束はこの能力を基本ナンパにしか使っていないらしい。
全国の修行僧や霊能力者に対して申し訳なく思う気持ちがないのだろうか。
「A○B48とか知らないけど、多分全員抱いたぜ。
しかし、鳥束の呼んだこの幽霊も随分と頭の弱そうな奴だな。類は友を呼ぶということか?
というかそもそもコイツは本当に霊なのか?サイコメトリーを使わずとも翔夜が僕にも視認出来るんだが。
「実を言うとっスね斉木さん、オレに
すぐバレる嘘をつくな。
「ただちょーっとだけ、ちょっとの間だけ、このイケメン幽霊と共に
ルビ間違ってますよ。
「そのボロい本貸してあげますから、斉木さんも斉木さんで
そう早口で捲し立てながら鳥束は僕に古書を押し付けてきた、かと思うともう既に神社の階段を下りて駆け出していた。
「うっひょーー!!今日はおっぱい1揉みでも手土産にして帰るっスよーー!!」
恐らく幻想郷史上、いや日本史上最低の雄叫びが、神社境内一帯にこだました。
さて、どうするか。
ここでアイツは無視して僕一人だけ家に帰ってしまうのも悪くないな。何せ夏休み初日だしな。そうするか。うんそうしよう。
いや、ちょっと待て。
あの性の獣をこの幻想郷に持ち込み、解き放ってしまったのは紛れもなく僕だ。
仮にあの
アイツが何かやらかしたら迅速に110番に通報するぐらいはしなければならないだろう。
それに…微かではあるが、僕もこの結界に閉ざされた幻想郷とやらに興味が湧いてきた。暫く散策してみてから家に帰るのも悪くないだろう。
帰りたくなればいつでも瞬間移動で家に帰れる訳だし、何も問題はない。
そう思い直し、赤い霧を鬱陶しく思いつつ僕も神社の階段を下り始めた。
僕がこの選択を激しく後悔することになるのは、もう少し後になってからの事である。
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古書を片手に、神社から獣道という怪しげな道を通って人里へ、と僕は割と長い距離を徒歩で移動していた。
神社は人気が全く無かったが、ここいらは打って変わって人通りが非常に多く、活気がある。
まるで大正、明治を通り越して江戸時代を思わせる古くもどこか奥ゆかしい町並みに、僕はあたかもタイムスリップしてきたかのような錯覚を覚えた。
それに加えて、独創的な格好をした人…いやそもそも人かどうかも怪しい連中がかなり多い。メチャクチャ多い。
僕は
さながら
この古書によれば、そういった者達は大妖怪の使い魔?なる存在であったり氷の妖精?であったりするらしいのだが…果たして何処から何処までが本当の事なのだろうか。次第に分からなくなってきた。
これではまるで、最近流行りの異世界転生モノである。
いや、最早『異世界』と呼ぶのも
そんな事を考えながら道を歩いていると、後ろから
「おや、ひょっとして君が持っているそれは、私の編纂した歴史資料…の写本、かな?」
という声がした。
振り返ってみると、そこにはこれまた奇抜な出で立ちの、青い服装に身を包み、まるで小包のような個性的な帽子、帽子?を頭に乗せた白髪の女性が立っていた。
幻想郷には変な服を着なければならないという郷土ルールのようなモノが存在するのだろうか…?
勿論こんな知り合いが僕にいるはずもないので、どちら様ですかと僕は問うことになる。
「おっと、突然話し掛けてすまない。別に怪しい者ではないんだ。
私の名は
幻想郷では外から来た人をそのまま外来人と呼ぶのか。まるで1つの国だな。割と排他的。
というか何気に、余所者であると簡単に見破られてしまった。
やはり地元の人は変なコスプレをしてこなければならないという暗黙の了解でもあったのだろうか。
そんな事を僕が考えていると、慧音と名乗るその人物は
「しかし、外来人が幻想郷に迷い込むというのも随分と久々のことだな…」
と静かに呟いた。
随分と久々、ということは、外の世界から人が来ること自体は別に珍しいことではないようだ。
あんなに仰々しい結界を張っておいて何故そんな事がホイホイと起こり得るのだろうか。
「うーんそうだな、今は授業を終えた直後で私も時間があるし…
よぅし、この私が幻想郷のことを色々と教えてあげよう。」
彼女はそう言って(半ば強引に)人里にある『寺子屋』なる建物に僕を案内してくれた。どうやら彼女はここで学び舎を開き、幻想郷の歴史を編纂する傍らで教師の職務にもついているらしかった。
「自慢じゃないが、教師をしているだけあって私は日本一幻想郷に詳しい自信があるんだ。」
と、慧音は自慢たっぷりにそう語った。
なるほど、歴史学者でありながら寺子屋の教師をしているのか。
と言う事は、その個性的な服装もアカデミックドレス、頭の上の謎帽子もきっと学者帽、アカデミックハット的なものなのだろう。
僕は勝手にそう1人で納得した。
普段の僕なら歴史になんて興味を示さずとっとと帰宅していただろうが、慧音の厚意で幻想郷名物の和菓子を御馳走してくれるというので、僕は仕方なく──本当に仕方なくではあるのだが──この機会に幻想郷の成り立ちや、ここで暮らす者達についての講義を受けることにした。
「色々と丁度良かったよ。今寺子屋に九代目の
阿礼乙女?
「阿礼乙女というのは、幻想郷に於いて一番著名な歴史資料である『
通された座敷には、齢10歳程度と見受けられる程の、「当主」「歴史家」と呼ばれるには
彼女の容姿を見て僕はなんとなく座敷わらしを連想した。
「あら、その方は?」
「久々に外の世界から迷い込んできた外来人だよ。最近は人と妖怪との距離が近くなってきたとは言え、無知な外来人を狙って襲ってくる人喰い妖怪もまだまだ多いからな。
何も知らないままに暗がりに迷い込んで宵闇の妖怪なんかに襲われるのも危ないし、色々と幻想郷について教えてあげようと思ってね。」
人喰い妖怪なるものが存在するのか。物騒だな。
鳥束は「幻想郷は桃源郷である!」と声高に主張していたが、そんな妖怪がいたんじゃ人間にとっては随分と恐ろしい世界である。
お邪魔する、と僕は少し頭を下げると、彼女も「どうも」と会釈を返した。
「あ、それは、慧音さんの纏めた歴史資料の写本のようですね。何処でそれを?」
流石歴史家と言うべきか、僕の持っている書物に目ざとく興味を持った。
これは知人が居候先の寺から掘り起こしてパク…いや、拝借してきたそうだ。
僕がそう言うと、阿求と呼ばれる少女は不思議そうに首を傾けた。
「ひょっとして、外の世界でも幻想郷関連の史料がごく普通に出回ってるのでしょうか。」
すると慧音は
「いや、それは無いだろう。幻想郷の存在が外の世界でも常識となっていたらそれは博麗大結界に
と言って少し笑った。
どうやら八雲紫なる人物がこの幻想郷を統括、ないしは管理しているようだ。
その後慧音は阿求としばしの間歓談した後、僕を含めた2人の客人にお茶と和菓子を用意してくれた。
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「紫様、人里へ行って御所望の品々を買って参りましたよ。」
背中に九つの大きな尻尾を携えた使い魔は、何かに悩んでいる様子の主人の姿を見て怪訝そうな表情を浮かべた。
「何か、あったんですか?」
「いやねぇ、結界に少しばかり奇妙な異常があったのよ。」
「え!」
その使い魔──仕える主人には藍と呼ばれている──は大変驚いた、と同時にしまった!とも思った。
何故なら結界に綻びがないかを定期的に確認・報告するのは彼女の仕事だったからである。
「仕事を怠っていたつもりでは無かったのですが、見落としていたのでしょうか…申し訳ありません。」
「まぁ、今回ばかりは気付けなくても仕方ないわね。
何が起こったのかは分からないけれども、『一瞬にして大きな綻びが生まれ、また一瞬にして何事もなかったかのように戻った』。
でもね、これは藍でさえも気付かない程極々一瞬、
今まで聞いたことのないような摩訶不思議な現象に藍は再び驚いた。
「そんな事って…あるんでしょうか。」
「藍も知っている通り、博麗大結界は論理の結界。『常識』と『非常識』で分け隔てられた強力な結界。勿論物理的な力でそれを抉じ開けることはまず不可能。そんな結界が大きな損傷を
ただ、いくら強力な論理の結界と言えども、他からの干渉がなければ全く揺らぎや綻びが生じない、何ていうことはない。
事実、今日だけでも2度ほど結界には揺らぎが生じているが、それ自体は別に取り立てて騒ぐ事でもなかった。
ただ、その内の1つが非常に特異であったのだ。
やがてその胡散臭い大妖怪は眉間に皺を寄せるのをやめ、ゆっくりとお茶を
「これも何かの大きな異変の予兆だったりしてね。」
「やめてくださいよ、そんな不吉なこと言うの。
今だって、幻想郷中に謎の赤い霧が発生して大変なのですから。」
藍は、そう口を尖らせた。
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僕はちょっとだけ後悔していた。
和菓子を頂いたら後は知りたいことだけ
一度幻想郷から抜け出て帰宅したとしても、午後8時にまた神社まで瞬間移動で鳥束を迎えに行けば後はそれで済むハズの事であったからだ。
その一方で、寺子屋で1,2時間過ごしたとしてもまだ真昼なのだから、と油断していた節も僕にはあった。
だが流石に、僕もまさかあれから8時間近くも講義が白熱するとは思わなかった。
これにはマイケル・サンデルもビックリするに違いない。
いや、彼女達も最初からこうなることを想定していたわけでは無かった。
仮にそうだったら、他人の心を読める僕はそれを察知して適当なところで切り上げて帰っていたであろう。
ただ、歴史家として彼女達は互いにライバル意識のようなものを持っていたことを僕はもっと留意すべきであった。
こっちの方が正しい、こっちの方が教え方として良い、こっちの方が
船頭2人にして船は山々を駆け巡り、大空へ舞い上がってしまったようだ。
これは学者の
お陰様で僕は、約2億5,100万年前のP-T境界から最近の妖怪の間で流行りのファッションまで、幻想郷古今東西ありとあらゆる雑学知識を学ぶこととなった。
阿求が口論の途中で「まだ完成途中ですが9冊目の幻想郷縁起を持って来ます!」と憤慨して寺子屋を飛び出した時は流石に僕も帰ろうかなと思ったが、なんだかそれはそれで申し訳ない気持ちになったので、そのままずるずると夜まで付き合ってしまった。
「いや、私も本当は1,2時間程度さらっと話をして終わるつもりだったんだがな…」
慧音はそう言って申し訳ないという風に後ろ頭を掻いた。
僕としては和菓子もご馳走になったことだし、それ程被害を被った訳でもないので特に問題はない。
強いて言えば、貴重な夏休みの一日がメルヘンチックな歴史学の授業で潰れてしまった程度である。
「斉木はまるで水を吸収するスポンジのように物覚えが良かったもんだから、教える立場としてついつい気持ちが高ぶってしまったよ。」
後ろめたさからか、夜も遅いし神社まで行くなら送るよ、もし良ければ泊まっていくか、と
何か聞きたいことがあればまた来なさいと言われたが、多分もう来ることはないだろう。
そして午後8時。に少し遅れて8時半。
約束の時間は過ぎてしまったが、鳥束相手だしまぁ構わないだろう。
昼に比べれば赤い霧も少し薄くなったようである。
僕は瞬間移動で待ち合わせの場所である博麗神社までまた戻ってきていた。
さて、アイツは来ているかな…
ん?
うわっ神社の階段で人が倒れている。
と、思ったらコイツがどうやら
「うぅ…さ、斉木さんスか…?」
どうした。口説いた女にボコボコにされたか。
オカルト的存在の妖怪にならモテモテなんじゃなかったか?
「い、いや違うんスよ!最初はめっちゃ上手くいってたんスよ!本当に!
翔夜のお陰でナンパが成功しまくって、霊の女の子3人とお茶まで出来たんスよ!」
ほぅ、鳥束にしてはやるじゃないか。
…て言っても結局引っ掛けてるのは幽霊なのか。
「ポルターガイスト、って言うんスかね?なんか自分達は幽霊と言うより騒霊だーとかなんとか言ってましたけど…オレも初めて見ましたよああいうタイプの幽霊は。」
霊なら霊らしく静かにしていて欲しいものだな。
「まぁ、それは良いんスよ。問題はその後!
お茶を終えて道を歩いてたら突然目の前が真っ暗になったんスよ!昼間なのにっスよ!?そしたら背後から、『貴方は食べても良い人間?』て!!唐突なホラー展開過ぎるでしょ!!」
なるほど。
「逃げて逃げて逃げまくっても、なんか闇の塊みたいに恐ろしい物が何処までも追いかけてきて…ここまで辿り着くのにもうほうほうのていっスよ。
幻想郷…美しいだけの場所じゃないってことがよぉーく分かりましたっス。」
それは恐らく宵闇の人喰い妖怪だろうな。
慧音や阿求によれば、その妖怪は松明をも無効化する魔法の闇で捕食対象の視界を奪って喰い殺すらしい。
そう僕が言うと、「人喰い」という言葉に反応して鳥束はますます震え上がった。
と同時に、釈然としない顔で
「そういや、途中でオレとはぐれた翔夜が言ってましたよ。
と意味不明なことを聞いてきた。
無縁塚?何処だそれ。そもそも僕はそんな場所を知らないんだが。
「知らないんスか?魔法の森の先にある
恐らく人喰い妖怪に追いかけられた恐怖の余り、今でもまだ頭が混乱しているのであろう。
鳥束には、僕はずっと人里にいたとだけ言っておいた。
ほら返すぞ、お前の本。
そう言って僕は鳥束に古書(慧音曰く「私が纏めた歴史書の写本」らしいのだが、阿求は「それの原本は私の史料を元にして作られたモノ!」とも主張していた。)を手渡した。
これで分かっただろう。お前は何処の世界に行ってもモテモテにはなれない宿命なんだよ多分。
潔く諦めろ。
さぁ、帰るぞ。
「惜しい所までいっただけに超絶悔しいっス…」
そう呟いて鳥束は制服の汚れを払いつつ、溜め息をついておもむろに立ち上がった。
そして不意に…何の気無しに、鳥束は僕の頭を見てこう尋ねてきたのである。
「あれ、そういや斉木さん、いつの間にヘアピン外したんスか?イメチェン?」
僕は歴史の授業は大嫌いなので居眠り安定です。
意図せずして本文が7777文字になりました。なんか縁起良いですね。
P-T境界(ピー・ティーきょうかい、英: Permian-Triassic boundary)…地質年代区分の用語で、約2億5,100万年前の古生代と中生代の境目に相当する。
古生物学上では史上最大級の大量絶滅が発生したことで知られている。