狛枝凪斗のやり直し   作:梨木 七海

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Prologue1.

 未来機関で起きた殺し合いゲームが終わったその日、ボクたち希望ヶ峰学園第77期生は絶望を背負い、清算するための旅に出た。

 ボクらが加担した”人類史上最大最悪の絶望的事件”の爪痕はやっぱり大きくて、事件前の世界に戻るのには10年の月日を要した。

 それでもその程度の期間で復興を遂げたのは、やっぱり”超高校級”である皆、そして特に『英雄』として世界を導き続けた苗木クンの活躍が挙げられる。

 江ノ島盾子と洗脳されたボクたち───”超高校級の絶望”によって荒廃した世界には、どうしてもその絶望に対抗出来る『英雄』が必要だった。その点において、苗木クンは最高の適任者だった。

 江ノ島盾子を倒したという実績。

 それによって与えられた”超高校級の希望”という称号。

 どちらをとっても『英雄』として十分な素養を持っていた彼は、未来機関の殺し合いゲーム後は、天願元学園長と代わって未来機関会長に就任。同じ78期生の霧切さんや十神クンと世界の復興のために働き続けた。

 事件の発端となった希望ヶ峰学園も再興させ、苗木クンは未来機関会長兼希望ヶ峰学園学園長となり、霧切さんと共に多くの”希望”を育てた。

 そうして、世界は元の姿へと戻っていった。

 まさに”超高校級の希望”と呼ばれるにふさわしい経歴。

 でも、だからこそボクはたまに思うことがある。

 

 ──どうして彼は、77期生じゃなかったのだろう。

 

 彼ならもしかしたら、あの結末を変えられたもしれないのに。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「狛枝!」

 

 大声で名前を呼ばれて、ボーッとしていた意識が現実に戻される。焦点の合ってなかった目を前に向けると、日向クンが心配そうにボクを見つめていた。

 

「あ、ごめんね日向クン。ちょっとぼんやりしてたみたいだ」

 

 そう言って笑ってみせると、日向クンはガックシと言った様子でため息をついてみせる。

 

「おいおい……いくらパーティー中だからって気が抜けすぎだぞ」

 

 しっかりしてくれ……と日向クンはうなだれている。あの個性豊かな77期生の皆を引っ張る立場にある日向クンはどうにも気苦労が耐えない。比較的常識人枠であるボクや九頭竜クンはあてにされることが多いため、こういうふうにボーッとしてるのは日向クン的には(面倒くさいことこの上ないから)やめてくれ、ということなんだろう。

 

「あはは、ごめんね。心配かけさせちゃったみたいで。いやホント絶望的だよ……”超高校級の希望”である日向クンにボクなんかを心配させることになっちゃって……」

「わかったわかった。じゃあ先戻ってるからな」

 

 日向クンはグイッとワインを飲み干し、疲れた様子で会場へと戻っていった。

 

 今、ボクたち77期生は78期生と合同でのパーティーに参加している。まあ俗に言うお疲れ様会みたいなもので、世界が平和になったからこそ開ける催し物だ。

 世界が平和になってからも『英雄』である苗木クンは多忙でなかなか日程が合わなかったのだけど、どうにか今日は時間が取れたらしく、こうして無事、全員参加でのパーティーが開かれることとなった。

 ボクはどうにも会場内の熱気にやられてしまって、今は外で休ませてもらっている。さっきの日向クンは様子を見に来てくれたのだろう。相変わらず、面倒見の良いボクらのリーダーだ。

 

「ふぅ……」

 

 会場内からは歌や叫び声が聞こえてくる。大方澪田さんが唐突にライブでも始めたのだろう。さっきからは悲鳴のような叫び声しか聞こえないし、ドサッと地面に人が倒れるような音もしてきている。流石は”超高校級の軽音楽部”の澪田さんだ。ゴミクズみたいなボクレベルの人間には、残念ながら理解できない音楽だけど……。

 

 そうやってのんびりと一人でグラスを傾けていると、カチャっと後ろのドアが開き、茶髪の少年が外に出てきた。

 

「うぅ……ダメだ、ボクには澪田先輩の音楽の良さは理解できないよ……」

 

 今にも吐きそう、といった様子でその場にうずくまる。

 そのときボクはといえば、さっきから緊張と歓喜でさっきから身動き一つ取れない。だってそこにいたのは……。

 

「うっぷ……あれ、足?って、狛枝先輩?」

 

 ボクを見上げる、苗木クンだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……こうやって二人きりで話すのって、そういえば初めてですね」

「そういえば……そうだね」

 

 気持ち悪さを取りたいので、少し歩きながら話しませんか、と苗木クンに言われて、今ボクと苗木クンは二人で会場周りを歩いている。ボクなんかが苗木クンと一緒に歩くだなんておこがましいかなとも思ったけど、断れるはずもなかった。

 

「初めてボクに話しかけてくれた時のこと、覚えてますか?」

 

 苦笑いで苗木クンが話しかけてくる。

 

「『こんなに素晴らしい後輩を持てるだなんて、ボクはなんてツイてるんだ!』って」

 

 多分それは、ボクが弐大クンと終里さんに半ば強制的に終わらされたあの会話のことを言ってるのだと思う。今思うと我ながらひどいファーストコンタクトだった。

 

「あぁ……あのときはごめんね。でも、あれはボクの本心だよ。今でもボクは、キミのような後輩を持てたことを誇りに思っている」

「いや……そんなの過大評価ですって」 

「それは違うよ……現に今キミは希望ヶ峰学園が誇る『世界の希望』じゃないか」

 

 この前、日向クンに見せてもらった新聞記事。そこには、主要6カ国の首相、大統領と一緒に写った苗木クンの写真が掲載されていた。ノーベル平和賞も受賞予定らしいし、彼は紛れもなく『世界の希望』なのだ。

 いやそんなことは……と言って苗木クンは俯いてしまった。頬が真っ赤だからきっと照れてるんだろう。

 そんな様子の苗木クンを見ていたら、なんだかボクも緊張が解けてきた。これも、苗木クンの”希望”の力なのだろうか。

 

「苗木クン……キミはもっと誇っていいんだよ。江ノ島盾子を倒したのだってキミの”希望”の力があってこそじゃないか」

「それは違いますよ。ボク一人じゃ、何にもできませんでした。皆がいたから……できたことなんです」 

 

 さっきの照れはどこにいったのやら、苗木クンは真面目な顔でボクを見つめる。その目には謙遜のような色は見えず、真摯に苗木クンが皆の力があったからだ、と考えていることが伺える。

 

「皆には”超高校級の希望”なんて呼ばれてますけど……。ボクはやっぱり、ただ他の人よりもちょっと前向きなだけなんですよ。前を向いて、希望を諦めない。きっとそれだけなんです、ボクは」

 

 希望は、勝手に前に進んでいくものですから。そういう風に、苗木クンは付け足した。

 しばらく、沈黙がボクたちを覆った。ボクは今の苗木クンのセリフを心に刻みつけることに集中していたし、苗木クンは先輩相手に「語って」しまったのが恥ずかしかったのか、やはり顔を真っ赤にして俯いている。そんなことをしていたら一周してきたらしく、さっきのところに戻ってきた。

 

「どうします、そろそろ戻りますか?」

 

 気持ち悪さも治ったので、と苗木クンはボクに尋ねてくる。

 

「…………」 

「えーっと、狛枝先輩?」

「ねぇ苗木クン、一ついいかな」 

 

 思わず、逆に尋ねてしまう。

 

「はい?」

「苗木クンはさ……」 

 

 ボクが今までどうしても聞きたくて、でも怖くて聞けなかったこと。

 

「事件前の希望ヶ峰学園のあの結末に、納得してる?」

 

 苗木クンの表情が、みるみる曇っていくのが傍から見ててわかった。苗木クンが納得などしているはずがない。推論でしかないけれど、”超高校級の希望”である苗木クンは、下手に江ノ島盾子を倒せてしまったからこそ、事件前に彼女を止められなかったことを悔やんでいるはずだ。それを、糾弾する人がいるのもボクは知っている。おまえが気づいていれば、あの事件は起きなかったんじゃないかと。

 

「納得は……していません」

 

 絞り出すような声で、苗木クンは言う。

 

「あの殺し合いゲームが終わった後、未来機関で奪われた2年間の記憶を戻してもらったんです」

 

 苗木クンは続ける。

 

「そうしたら一気に色々なことを思い出して……」 

 

 一日部屋に閉じこもっちゃいました、と苗木クンは言う。

 

「それでも、少しずつ記憶を整理していくうちに……やっぱり江ノ島盾子の行動には、不自然な点が多く見られることに気づきました」

 

 止めることができたのかもしれません、と苗木クンは言葉を締めくくった。

 やっぱり、ボクの思った通りだった。ボクはどうにも返事が思いつかず、無言のままだった。

 すると、苗木クンがポツリと呟いた。

 

「でも、たまに思うことがあるんです。どうして、止めてあげられなかったのかなって」  

「え?」 

 

 それはボクの予想とは少し違うものだ。その言い方はまるで……江ノ島盾子を思いやってるみたいじゃないか?

 

「江ノ島さん……結構よく笑ってました。多分なんだかんだ言って、江ノ島盾子も、江ノ島さんも、希望ヶ峰学園の生活は楽しかったんじゃないんでしょうか」

 

 江ノ島盾子を江ノ島さんと、苗木クンは同級生として言い直す。

 ボクは、何も言えない。

 

「確かに、江ノ島さんのしたことは許せません。でも、だからこそ思わないでもないんです。もっとボクらがそばにいてあげたら、江ノ島さんはあんなことしなかったんじゃないのかなって」

 

 苗木クンの言うところの「ボクら」は、きっと希望ヶ峰学園の殺し合いゲームによって亡くなった彼ら彼女らも含めた、78期生全員のことを言っているのだろう。もっとクラスメイトとして、江ノ島盾子を見てあげたかったということなのだろうか。

 でも、それは……。

 

「苗木クンは、江ノ島盾子が憎くないの?」

「憎いですよ」 

 

 即答だった。彼は今、どんな表情をしているのだろうか。地面を見つめた顔は、ボクからだとよく見えない。

 

「戦刃さんを、舞園さんを、桑田クンを、不二咲クンを、大和田クンを、石丸クンを、山田クンを、セレスさんを、大神さんを殺したことは……何があっても許せません」

 

 ジャバウォック島で行われたボクらの殺し合いゲームは、あくまでも電脳世界での「ゲーム」だった。日向クン──カムクライズルによる治療によって全員が回復を遂げた、誰ひとり死なない、極論ただのゲームだった。

 でも、苗木クンたちは違う。あの殺し合いゲームで亡くなった皆は、もう二度と蘇らない。

 

「ならなんで……」 

 

 思わず言ってしまったボクの言葉に、苗木クンがまた苦笑いしている。

 

「なんででしょうね、なんでボクは江ノ島盾子を庇うようなことを言ってるんでしょうね。」

 

「でも、希望ヶ峰学園の2年間の生活の中で、ボクはもう少し江ノ島さんに何かできたんじゃないのかなって、そう思うんです」 

 

 先、戻ってますね。

 そうボクに断って、苗木クンは会場内へ戻っていった。

 ボクは考える。

 苗木クンの言ってることは酷く矛盾している。

 江ノ島盾子を憎む気持ちと、江ノ島盾子を思いやる気持ち。その二つは決して相容れないものなのに、ボクの人を見る目が確かならば、苗木クンのその二つの気持ちはどちらも本物だ。

 ボクには理解できない。

 大嫌いな、江ノ島盾子。でもどこかボクと似ていた、江ノ島盾子。ボクと彼女は、表裏一体だったのだと思う。希望を求めるボクと。絶望を求めた彼女。

 ボクと彼女の初めての出会いは、希望ヶ峰学園の地下の秘密の部屋で行われた。あの時はもう希望ヶ峰学園は破綻寸前で、風前の灯と言った様子だった。だからこそお互いの存在をちゃんと認識する前に、ボクと彼女は必然的に敵対関係となり、互いを理解しようとさえしなかった。

 それに、出会いの直後にはボクはカムクライズルによって倒されてしまったわけだし。

 

「…………」 

 

 もし出会いが変われば、ボクと江ノ島盾子の関係もまた何か変わったのだろうか。

 

「……下らないね」 

 

 本当に下らない感傷だ。何もかもが遅すぎる。

 でも、それでもつい考えてしまう。

 

 苗木クンが、77期生にいれば。

 

 ──あらゆる未来は、変わったのかもしれないのに。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 そんな下らない思考を回すこと10分。長いこと続いていた澪田さんのライブが終わったらしく、みんなの喧騒がここにも聞こえて来る。

 

「寒くなってきたし……戻ろうかな」 

 

 手と手を擦り合わせながら、フーッと息を吐く。ドアノブを回し、会場内に戻ろうとすると──

 

 暖かな一陣の風が、ボクの頬を撫でた。




すいませんいきなり中途半端で……。でもここで切らないとさらに長くなっちゃうので。Chapter2.に若干続きます。

江ノ島盾子は憎い。でも、もしかしたらボクは江ノ島さんともっと上手く付き合えたかもしれないのに──という苗木の後悔。

ここらへんがタグの独自設定とかそこらへんです。ご不快な思いをさせてしまったなら申し訳ありません。

原作との矛盾、読みづらい部分などありましたらどんどん指摘お願いします。


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