過去から未来、そして久遠に   作:タコのスパイ

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 2020年9月22日執筆。
 けものフレンズ5周年記念に投稿したものです。元々は短編SS枠で投稿していたものですが、長編と同一のウチ園長・クオンが出演しているのでこちらに統合。
 
 時系列はネクソンアプリ版エピローグから2年後、アプリ版けもフレ3の前日譚的立ち位置。
 ここの長編と繋がっているかどうかはご想像にお任せします。


今までも、これからも(けもフレ5周年記念)

『園長、探してたのはこの子ダヨ』

「ああ。それで、君が新しくその姿、アニマルガールになったという?」

「はい、ロイヤルペンギンと言います!」

 

 河川や湖を再現したナカベチホー・水辺エリア。

 新たなアニマルガールが誕生したという報告を受け、「彼」は確認のためにこのエリアのペンギンドームを訪れていた。足元には自立歩行型調査・案内ロボットのラッキービーストも一緒だ。

 デフォルメした海鳥を模した外観のドームは、元々ペンギンの巣作りを観察する目的で作られた建物で、野生のジェンツーペンギンの繁殖地である夏の南極半島に近い室温に保たれている。本来ならヒトの身にはやや肌寒いくらいだが、今日はかなり暑いためむしろ心地よく感じられた。

 入り口で「彼」とラッキービーストを出迎えたのも、白と黒のレオタードの上からパーカーを羽織るペンギンのアニマルガールだった。腰まで届くほどの黒髪をツインテールに束ね、黄金色の冠羽(かんう)がまるで王侯貴族の被るティアラのように彼女の頭頂を飾っている。

 南極海の島に生息するロイヤルペンギンのアニマルガールである。

 

「あの、園長さん、なんですよね?」

「ああ」

「やっぱり! シロサイさんやクロサイさん、トキさんにカモノハシさん、それにスタッフのヒト達のお話を聞いてからずっと気になってたんです! けものが大好きなヒトで、私達のために何時も頑張ってくれている優しいヒトで、しかもその上セルリアンからパークを守ってくれてる素敵なヒトですって!」

「それ程でもない」

 

 赤い瞳を輝かせるロイヤルペンギンの視線が気恥ずかしくなり、ついと顔を逸らす。不愉快に感じたわけではなくただの照れだ。普段は出来る限りそれを表に出さないよう務めてはいるものの、正直彼女達のこういった真正面から向かってくるような言動には未だに慣れていなかった。とても好ましいとは思うのだが。

 だがいずれは慣れなければならないだろう。今の自分は彼ら、彼女らの園長なのだから。

 

 

 話は2年前に遡る。

 かつて超巨大総合動物園(ジャパリパーク)を混乱に陥れ、さらに全世界にまで危機をもたらそうとしていた女王事件は、「久遠(クオン)」と名乗る訪問者と、彼とキズナを結んだアニマルガール・フレンズ達の尽力によって収束した。

 セルリアンの群れを率いてパーク中心部を占拠した女王は今や力を失い、残されたセルリアン達も現時点で目立った活動を起こしていない。散発的に姿を現して暴れるものも居るが、それらもバーバリライオンやホワイトタイガー達百獣の王の一族、ヘラジカやトムソンガゼル達けも勇槍騎士団といった戦いに長けたアニマルガールにより、大事になる前に鎮圧されるのが常だった。

 その甲斐あってパークの復興は順調に進み、女王に輝きを奪われて昏睡状態となっていた副所長・カコが復帰したことで、動物研究所も無事業務を再開した。運営部門の見立てではグランドオープン可能になる日もさほど遠くないとのことである。

 だがそうしてスタッフ達が意気込む中、本来部外者である自分はどのようにすれば良いのか。このままパークに留まって良いのか。それとも去るべきなのか。

 一人で悩んでいても埒が明かないので、思い切ってその疑問をパークガイドのミライに直接ぶつけてみることにした。

 

「私達としてはこのままパークに居てくれて構わない、いえ、むしろ出来る事ならこのまま居て欲しいと思っているくらいですよ?」

 

 ずっとパークの案内役を務めてくれていた彼女は、何でもない事のようにあっさりと答えた。しかし完全な納得が行かず言い募った。

 

「これから忙しくなるのに、俺は邪魔になるんじゃ」

「ああ、その事について私からもそろそろお話ししようと思っていたのですが」

 

 ミライはクオンの言葉を遮って続けた。

 

「園長さんになってみませんか?」

 

 思いも寄らなかったその一言にクオンは思わず硬直する。静まり返ったホテルのロビーで、ミライは変わらず何時ものようにニコニコと微笑んでいる。

 言葉の意味を飲み込むまでに暫し間が空き、ようやく彼は口を開いた。

 

「園長?」

「はい、ジャパリパークの園長さん。私達は元々創立者の『会長』直々にスカウトされてこのパークにやって来ていたわけですが、実はそのスタッフの皆さんを取り纏める肝心の園長さんが未だ決まっていなかったのです。ですが貴方なら適任ではないかと」

「お誘いは嬉しい。だけど、どうしてそう思う。俺はガイドでも獣医でも学者でもない素人で、ただ変わったお守りを持っているだけでしかないのに」

「かも知れません。……でもクオンさん、貴方はけものはお好きですか?」

 

 それはミライと最初に出会った時にも問われた言葉。言うなればジャパリパークの「基礎」あるいは「根底」そのもの。

 彼女が今改めて問うた意味を一瞬考え、頷く。

 

「そう、その気持ちが何よりも大事なのです。『知識』なら後から学べば良い。『技術』だって後から身に着ければ良い。でも『気持ち』だけはそうも行きませんからね」

 

 ミライは満足げに頷き返し、自分の胸に手を当てながら続けた。

 

「貴方がパークに来て以来、私はパークガイドとして、そして一人のヒトとして貴方を間近で見て来ました。そして思ったのです、『この方なら大丈夫だ』と」

「もしミライさんの見込み違いだったら?」

「大丈夫です。私、ヒトを見る目には自信がありますもの! それにサーバルさん達、アニマルガールの皆さんもきっと同じだと思いますよ?」

 

 最終的に自分は彼女の申し出を受け入れた。いや、自分の方が受け入れられたというべきだろうか。

 その後、あれよあれよという間に正式入社するに当たっての必要書類、クオンの為に誂えられたスタッフ章と身体に合った制服、他のスタッフ達と同様の社宅などが用意され、晴れて「園長見習い」の肩書きが与えられた。

 意外な事に、見ず知らずの青年が園長となることについて、先輩に当たる他のパークスタッフ達からの反発は殆ど無かった。それについてはミライやカコの他、創立者、そしてフレンズ達が推薦してくれていたからという理由もあるのだろうが、もしかすると彼らも同じように思ってくれていたのかも知れない。

 

「いや、流石に自惚れ過ぎかな?」

 

 何れにせよ、就任するからには微力を尽くすつもりだ。

 

 

「あ、やっと見つけた!」

 

 この2年間で聞き慣れた声と共に、突然背中に体重が掛かった。真正面のロイヤルペンギンが目を丸くし、傍らのラッキービーストもその場から一歩下がる。よろめきながらも肩越しに振り向くと、そこでやはり見慣れたオレンジの瞳と目が合った。

 

「サーバル」

「もう! 昨日から管理センターにも研究所にもお家にも居なくて、私ずっと心配してたんだからね!」

「見なかったって言っても、たった1日2日そこらでしょ。大袈裟ねぇ」

「サーバル、クオンに会いたがってた」

 

 クオンにしがみ付くようにぐりぐりと顔を背中に押し付けているのは、黄褐色の尻尾と大きな耳が特徴のネコ科のアニマルガール。ジャパリパークで最初に出会ったサーバルだ。

 その背後からは、サーバルよりも幾らか年長そうな印象を与える彼女の親友・カラカルが、呆れた様子で首を振りながら歩いてくる。

 カラカルの横にはさらにもう一人。顔立ちや体格こそサーバルによく似ているが、衣装を含む全身がゴムボールのような半透明の緑色で、頭にはサーバルの耳とは異なる虹色の翼。彼女はセーバルと皆に呼ばれていた。

 

「だってだって、只でさえ最近は碌にお話も出来なかったのに、会うことすら出来なくなっちゃったらと思うと、もうジャパまんも喉を通らなかったんだもん。カラカルだって本当は気にしてたんでしょ?」

「それは、まあ……確かに、ちょっとくらいは」

 

 カラカルが口篭りながらも小さく頷く。

 

「声小さくなっちゃった」

「カラカル、ツン、デレ?」

「う、うるさいわね! セーバルも何処でそんな言葉覚えてきたのよ!」

 

 嘗ての旅ではクオンと共にパーク中を駆け回った彼女達だったが、正式に園長になってからはめっきり会う機会が減っていた。3人の様子を見ながらそう思い返す。

 何しろ見習いとはいえ、園長の職は激務の連続である。まず先輩スタッフ達から受ける研修に始まり、パーク各所から上がってくる各種報告の確認とそれに対する指示。各種ファイル作成に整理。その他広報活動。セルリアンのせいでパークの業務そのものがほぼ停止していた為、その分を取り返さなければならず、またそうでなくともグランドオープンに向けての準備も必要だ。

 それ自体は苦ではない。だが試験運用中のラッキービースト達を総動員しても中々追いつかないのが現状である。今回クオン「園長」自らが新たなアニマルガールの確認に出向いたのも、その人手不足の為だ。

 一応ちょくちょくフレンズ達、特にサーバルはほぼ毎日のように社宅に顔を出しに来てくれるため寂しさなどは感じた事こそ無いものの、それでも近頃は時間的な余裕が無いため碌に言葉も交わさず一目会って終わり……という事も少なくなかった。サーバルが言っているのはその事だろう。

 その意味では、最近新設された「調査隊」の隊長という立場で各サファリエリアを散策出来るミライに対し、多少の妬ましさが湧かないでもない。尤も、彼女を隊長に使命したのはクオン自身なのだが。

 

「園長さん、あの、そちらの皆さんは……?」

「君の先輩みたいなものかな」

「うん、セーバルもフレンズ、クオンのシンユー。よろしく、ね」

「は、はい! よろしくお願いします、セーバルさん!」

 

 見知らぬ相手に緊張するロイヤルペンギンの質問に答えつつ、クオンはセーバルに目を向ける。瓜二つの同じ顔でも、サーバルのようにくるくる表情が変わったりはしない。だがそれでも初めて出会った時の、能面を通り越して彫刻の如き無表情に比べれば雲泥の差だと思う。彼女も日々成長しているのだ。

 セーバルは他のアニマルガール達のように生身の動物を素体とはしていない。元は独自の「輝き」を宿したセルリアンの一匹だ。ある意味ではオイナリサマや四神ら守護けもの達以上に特異な存在であると言える。

 力の源たる砂の星(サンドスター)自体もそうだが、あれから2年経った今でもセルリアンは以前として謎だらけの存在であり、さらにそのセルリアンから進化したアニマルガールともなれば前代未聞だ。かつて女王の支配下にあった頃のようにふとした事で突然牙を剥く……とまでは行かずとも、唯一無二のレアケースゆえに予測が付かないのは事実。よってデータ収集を兼ね、現在セーバルの身元は動物研究所のカコのチームの預かりとなっている。カコから定期的に上がって来る報告とセーバル自身の話によれば、現在これといった問題は生じていないそうだ。

 そんな彼らの背後では、サーバルとカラカルのやり取りがまだ続いている。

 

「私としては、あんたとは違う意味でクオンを気にしてたのよ。だって独りきりにしたら、何処かで行き倒れてそうじゃない」

「あー……私もちょっと分かる気がするなぁ。クオンって頼もしい筈なんだけど、放っておけないっていうか、ちょっぴり危なっかしいところあるよね」

「でしょ? 要はサーバルと似た者同士って事ね」

「そこ付け足す意味あるかな!?」

 

 クオンの背中に抱きついたままサーバルが抗議する。クオン自身としても流石に今の発言は聞き捨てならず、サーバルごとぐるりとカラカルに振り返る。

 

「心外な。俺はサバイバルには自信がある」

「ふーん、具体的には?」

「昔、訳あって物置で半年間寝泊まりしていた事がある。狭苦しくて埃っぽい、電気も水道もない不便な生活だったが、俺は無事に徳用素麺のみで乗り切ってみせた」

「……一応聞くけど、素麺どうやって食べてたわけ?」

「生のまま齧って水で流し込んだ」

「えー……」

 

 そういった経験もあって、空調の利いたジャパリバスはまるで天国のようだったとクオンは続ける。

 しかしカラカル達の反響は芳しくないようだ。先ほどまでのからかうような薄ら笑いが、細い眉を顰めた困惑顔に変わっている。恐らく背後のサーバルも同じような表情をしているだろう。ロイヤルペンギンとセーバルは生まれて間もないからなのか、話には入って来れず首を傾げている。ラッキービーストの場合はそもそもランプの瞬き以外に表情の変化が無いため、何を思考しているのか分からない。開発に関わっていた技術者達なら分かるかも知れないが。

 暫しの沈黙の後、サーバルが言いづらそうに口を開く。

 

「……ごめんクオン。ある意味珍しい経験だけど、その……あんまり自慢出来る事じゃない、かも……」

「そう、なのか」

「うん……」

「その心底意外そうな顔止めなさい。大体、どうしたら物置暮らしする羽目になるのよ」

「色々あった」

 

 カラカルがため息を付く。

 

「とにかく、俺の生存能力の高さを分かって貰えたところで」

「そうね」

「俺は黙って居なくなったりはしない。絶対に」

 

 咳払いの後に放たれた声が思いの外真剣だったからであろうか。半ばどうでも良いと言わんばかりの呆れ顔だったカラカルが、虚を突かれたように目を瞬かせた。

 サーバルがおずおずと問いかける。その声は何処となく不安げに聞こえる。

 

「本当? 本当に本当?」

「ああ。俺には君達の園長としての責任があるし、何より『ずっと一緒に探検しよう』とあの時俺を誘ったのは君だ、サーバル」

 

 実を言えば。2年前のあの日、園長にならないかと誘われたものの依然として迷っていたクオンの心を決めたのは、あの一言だったのだ。

 

「……そう、そうだよね。うん、ずっと一緒だって約束したんだもんね!」

「ああ。今ではこのパークが俺の帰る場所。だから信じてそろそろ離してく」

「駄目、それとこれとは別なの!」

 

 クオンの言葉を遮り、サーバルはクオンの胸の前に回した腕に力を込めた。背中に顔を擦り付けているのが分かる。

 中型ネコ科動物の腕力はアニマルガールになっても衰えない、むしろヒトと変わらぬ細腕に筋肉が凝縮された分強くなっている気さえする。柔らかい感触と共にやや圧迫されるような傷みを感じた。

 

「えへへ、一月くらいぶりのクオンの匂い~」

 

 これではネコというよりイヌだ。カラカルの視線が痛い。

 

「園長さんとサーバルさんって、とても仲良しなんですね。良いなぁ」

「まあ、クオンと一番長く一緒に居たのがあの子だしね。……あれは少々行き過ぎてる気がしなくもないけど」

「……もしかしてカラカルさんも混ざりたいって思ってたり?」

「ち、違うわよ!」

「あ、ヤキ、モチ?」

「セーバル! だから違うっての!」

 

 ロイヤルペンギンとカラカルに何やら話していたセーバルが、不意にくるりとこちらを向く。赤い瞳には今までになかった、少しばかり悪戯っぽい光が宿っていた。

 

「じゃみんな、で」

「えっ、あっ」

「は、ちょっと、セーバル!?」

 

 セーバルの様子をロイヤルペンギンとカラカルが訝んだ頃には遅かった。セーバルが不意に二人の手を掴んだかと思うと、そのままクオン目掛けてぴょんと飛び掛かって来た。抱きついたままのサーバルは勿論クオンも反応し切れなかった。

 幾らフィールドワークで身体が鍛えられていようとも、流石にヒト一人でアニマルガール3人分の体重と勢いを支えきれるはずがない。クオンはサーバルを巻き込み、そのまま5人で背後の湖へと転落した。大きな水柱が立ち上り、サーバルとカラカルのネコそのものの悲鳴が水音に混じる。

 二人が泳げないのは相変わらずだが、しかしながら本気の悲鳴というわけでもない、何処か楽しげな響きも帯びていた。実際セルリアンの存在を気にする事無く水浴びに興じれるのは久しぶりだったのだろう。クオンにとってもそうだった。

 

『……涼むのは良いけど、程ほどにして早く帰ってきてちょうだいね、クオン「園長」? 彼女達だけじゃなくて、私達も貴方が必要なのだから』

 

 ラッキービーストに内蔵された通信機から女性の声がする。パークセントラルからモニタリングしている、研究所副所長のカコだ。呆れたように急かす彼女の声から、何処か嫉妬のような声色が含まれているように聞こえたのは気のせいだろうか。

 スケジュールが立て込んでいるのは分かっている。パークセントラルに戻ったらロイヤルペンギンとナカベチホーの報告書を書き上げ、さらにスタッフ募集やパーク建設についての会議にも出席しなくてはならない。しかしもう暫くこのままで居たいとも思う。「今」という時間は有限なのだから。

 ミライの言ではないが、彼女達と出会えて、こうして同じ時間を過ごせる奇跡に感謝を。

 

「あれ、そういえばカラカル、セーバル。私達PIPライブのチケット持ってたんじゃ」

「……あっ」

「あっ」




 ロイヤルペンギンはネクソンアプリ版には登場していませんが、3の5章及びフレンズストーリーからすると、恐らく3が始まる直前辺りにアニマルガールとして誕生したのではないかなと。

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