過去から未来、そして久遠に   作:タコのスパイ

4 / 7
長い事リアルが立て込んでいるもので、本編更新に手を付けられず申し訳ありません。
現在執筆中ですが、気分転換がてらウチの園長・クオンで『3』の前日譚的なものを投下します。
もしメインストーリーで内容が全然違ったら笑ってやってください。


出立前夜(3前日譚妄想)

 __思っていたより物が少ないな。

 [[rb:超巨大総合動物園 > ジャパリパーク]]に夜の帳が降りた頃、クオンは自分に宛がわれた園長用私室を眺めながらふと思った。

 スーツケースに詰めたのは幾らかの着替えと生活用品、書籍。残されたのは「手荷物」とするには大きすぎる家具に家電、それから本土から持ち込んだ恐竜や深海魚のボトルキャップコレクション程度だ。何も最小限主義者(ミニマリスト)というわけではないが、元々が苦学生だっただけに、せっかくの高給を贅沢に費やす気分にはなれなかった。もっとも、離島に位置するジャパリパークで買い物をする機会と必要性自体あまり無いからだ、という理由もあるが。

 何にせよ、しばらくはこの部屋ともお別れだ。明日からは本土、そして海外へ飛ばなければならない。朝一のフェリーに乗り遅れないよう、今夜は早めに床に就く事とする。

 

 深夜1時。目を閉じて少し経った頃、ごそごそとベッドの中で何かが動く気配を感じた。軽く毛布を捲って中を覗くと、爛々と光るオレンジ色の瞳と目が合った。暗がりで瞳孔が広がるのはネコらしいな、と思った。

 

「サーバル?」

「あっ、クオン。……今日は一緒に寝ていい?」

 

 普段のこの時間帯ならサバンナの(ねぐら)に帰っている筈なのに、珍しい事もあるものだ。だが拒む理由は無い。了承の意を込めて毛布を広げると、彼女は擦り寄るようにクオンに密着してきた。両手を背中に回し、額を胸元に押し付けて来る。

 サーバルとこうして一緒に寝るのは、まだ園長と呼ばれる前__かつてセーバルを追ってパーク各地を巡っていた時以来だっただろうか。あの頃の寝泊りは狭いバスの車内ばかりで、同乗するアニマルガールの人数が増えるたび、自分のスペースを確保するのも一苦労だった。特にカラカルの寝相が酷かったのをよく覚えている。

 回顧しながら、自然とサーバルを抱き枕のように抱える体勢になる。

 

「明日、行っちゃうんでしょ」

 

 どれくらい経ってからか、サーバルが口を開く。胸元に顔を埋めながら喋ったため少しくぐもっていたが、それでも声が震えているのは分かった。

 少し前から、ジャパリパークの希少動物保護施設としての側面を外部に周知・啓蒙する目的のため、園設のジュニアスカウトを立ち上げる計画が持ち上がっていた。既に協力者となる動物園や水族館、その他参画企業・団体との話は付いている。後は代表者である自分が直接先方に向かい、実際に段取りを整え、そして活動を始めるだけだ。だが当然それは一日二日で終わるようなものではない。規模によっては数週間から数カ月、長ければ年単位でパークを空ける事になるだろう。

 サーバルが言っているのはその事である。

 

「あぁ」

「……ねぇ、本当に行くのはクオンじゃなきゃ駄目なの? 他のスタッフさんでも……」

「俺でなきゃ駄目だ。これはパークのグランドオープン、それからその先も見据えた一大事。そんな時に、仮にも園長を名乗らせてもらっている俺が人任せにするわけにはいかない」

「うん……うん、大事なお仕事なのは分かってる。でも、私だって単なる我儘で言ってるわけじゃないの。クオンも知ってると思うけど、パークにはまだセルリアンも残ってるんだよ? そんな時に監督(フォロー)してくれるクオンが居なくなるなんて__」

 

 背中に回された腕の力が強まる。サーバルがどんな表情をしているか見えなくとも分かる。

 だが、それに対する答えは決まっている。

 

「君らが居るじゃないか」

 

 サーバルが顔を上げる。その目には困惑の色が宿っている。

 

「今の君らは俺が細々(こまごま)口出ししなきゃいけないほど弱くない。ミライさんも居る。だから出来たんだろう、探検隊が」

 

 あっ、とサーバルが声を漏らす。

 探検隊、正式名「ジャパリパーク保安調査隊」。残存セルリアンの駆除及び、これから先新たに誕生するアニマルガールの捜索・発見・保護を目的に結成された部隊(チーム)。構成は、しばらくの間パークガイドとしての仕事が無いと目されるミライが隊長__本人はアニマルガール達の活躍を直で見れると喜んでいた__を務め、名乗り出たアニマルガールの有志が実働隊員となり、そして副隊長はサーバル自身。

 パークに来て以来、彼女らの強さは誰よりも間近で見て来た。何も心配していない。

 当面の間の業務も、副園長としてカコが引き継ぐ手筈となっている。……ただ、探検隊より彼女のほうが心配である。仕事疲れのせいか、彼女は先日「見て見て、資料室にスティラコサウルスが居るわ」などと意味不明な言動を取り始め、最終的に園長権限で強制的に有給休暇を取らせるに至ったのだから。普段からカコの世話を焼いているマンモスとサーベルタイガーには、もし休暇期間中に研究室に近づいたら力づくでも社宅に送り返して良いと伝えてある。

 閑話休題。

 

「前にも約束しただろう、俺は黙って居なくなりはしないと。だから俺が帰って来るまでパークを守っていてくれ」

 

 __[[rb:きみ > サーバル]]は帰る場所だから、と付け足す。

 普段寡黙なクオンの口からそんな言葉が出て来たのが意外だったからか。自分でも似合わない台詞だという自覚はある。

 一方のサーバルは暫し呆気に取られたように目を瞬かせていたが、やがて顔を引き締めると何度も頷いた。それでも両目の端に浮かぶ光るものは隠せていなかったが、少なくとも意思は十二分に伝わった筈だ。

 伊達に2年もパークで共に過ごしてはいない。だが言葉にしなければ伝わらないものもある。

 

「そうだね……うん、分かったよ。そこまで頼られちゃ仕方ないよね! パークは私達に任せて安心してお出かけして来てね、『園長』さん」

「頼りにしているよ、『副隊長』」

 

 

(どうしよう、全然眠れない……)

 

 言い終えたクオンが寝静まった後も、サーバルはまだ起きていた。むしろ先ほどよりも目が冴えている。クオンの口から本心を聞いてしまった為と、そしてその流れで自分の本心を強く自覚してしまった為に。

 結局のところ、自分はクオンを引き留める理由、一緒に居てもらう理由が欲しかったのだ。「ただの我儘で言ってるわけじゃない」どころか「我儘そのもの」だ。その事実に軽い自己嫌悪を覚えるものの、それ以上に激しい羞恥で頭が茹だりそうだった。昔__アニマルガールとなる前後は考えた事も無かったが、クオンと出会ってからの2年間は違う。自分は雌で、クオンは雄なのだと意識するようになってしまったから。

 元来サーバルキャットは決まった[[rb:番 > つがい]]を持たない。縄張りの中で出会った同種の個体を気に入れば雌雄の関係を持つし、気に入らなければ追い出すか自分が去るだけ。パーク生まれのサーバル自身には勿論その経験はないが、本能で先祖がそういった生き方をして来た事は知っている。ゆえにクオンが雄のヒトだからといって、そこまで深く気にする必要は本来無い筈なのだ。そもそも種族が違う。

 だが、スタッフから与えられる本やテレビを通してヒトについての見識を深める中で、彼らが自分達と違い、特定の雌雄で番う事を常とする生態だと知った。同時に、今の自分の体質がヒトの「雌」に限りなく近いものになっている事も。そんな中で出会ったのが、「雄」のヒトであるクオン。誰よりも近くでパークを駆けて来て、誰よりも長く接してきた彼に特別な感情を抱かない筈が無かった。

 とてもじゃないが他のアニマルガールには相談出来そうにない。特にもしカラカルが聞いたら「あんたも成長したって事じゃない。良かったわねぇ、こういう時ヒトはお赤飯を炊くそうよ?」とでも茶化してくる事だろう。

 

(ああぁぁ……想像したらもっと恥ずかしくなってきた……。これじゃ、朝どんな顔して会えば良いか分かんないよ……)

 

 自分の顔に血が集まり、熱くなるのを感じる。心臓の鼓動もいつもより激しくなるのが分かった。それこそ、鼓動の音をクオンに聞かれて起きてしまうのではないかとさえ思うほどに。

 誤魔化そうとクオンの胸板にさらに顔を強く押し付ける。普段なら安心する筈の嗅ぎ慣れた匂いと鼓動が、今は激しく心を乱してくる。いつもは自慢の鋭い鼻と耳が少し恨めしかった。

 

 __翌朝。船着き場に見送りに来たサーバルが何故か寝不足気味だったが、その理由は当人以外には(あずか)り知らぬ事だ。




原作サーバルは一夫多妻制で、かつ決まった繁殖期が無い(=年中繁殖の可能性がある)そうです。
だから何とは申しませんが。

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