ずっと3年間変わらず週一更新を貫き、様々なフレンズ達の模様を描き続けてくれた事に、この場を借りて感謝を。
2021年7月12日改訂済み。
旅の始まり
~ミライの日記~
3月16日。クオンさんをジャパリパークへご招待しました。初めてのガイド、頑張らなくては!
到着早々セルリアンに襲われるというアクシデントこそありましたが、サーバルさん達と共にこれを撃退する事に成功。
無事、私達はパークの旅をスタートする事が出来たのでした。
ジャパリパーク。「地球に生きるあらゆる動物達とその情報を集め、後世に保存し、人々に動物の事を知ってもらう」事をテーマとして掲げる超巨大総合動物園。
創設者たる財団の会長自身の長年の夢でもあったパークの建設計画は、本土からやや離れた火山島を舞台に産声を上げた。まず敷地となる火山島の買取りと整地から始まり、続いて各種施設の設計と建造。パークで働くスタッフ達の募集と人選。そして園内で飼育・研究する動植物の収容。何しろ史上最大の動物園を作ろうというのだ。資金に時間、人材はどれだけあっても足りない。だが創設者はこの一大プロジェクトに、それまでの人生で築いて来た全てを惜しむ事無く注ぎ込んだ。
そうしてその熱意は報われ、粗方の施設完成後に実施された
全てが一変したのはとある夜。休火山だった筈の島の火山から、噴煙のようなものが立ち上っているのが観測された。地震や噴火の予兆など一切無かったにも関わらず。キラキラと虹色の燐光を放つ塵はやがて遥か上空で結晶化し、まるで流星群のようにジャパリパーク中に降り注いだ。幸い一粒一粒はとても小さく軽かったため、目立った被害を出す事はなかった。虹色に淡く光る金平糖のようなその結晶はパークの学者達によって回収され、それを構成する粒子は
だが本当の異変が起きたのはその後だった。サンドスターに触れたパークの動物達が光に包まれ、あたかも繭から羽化するチョウの如く、ヒトの少女のような姿を取り始めたのだ。哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、果ては研究所内に保管されていた絶滅動物の化石や剥製までもが。この夢か幻としか思えない事態には誰もが驚愕した。
またも幸いな事に彼女達は皆人語での対話が可能で、かつ概ねヒトに対し好意的であった。獣医や飼育員達の普段からの丁寧なケアのお陰かもしれない。
ジャパリパークの新たな住人・アニマルガール誕生の瞬間である。
「では、これからクオンさんが色んなけものさん達と出会い、友情を深めていけるよう、この私ミライがパークをご案内して参ります!」
ジャパリバス。最先頭の座席にクオンが座り、すぐ隣にサーバルが腰を下ろす。真正面の運転席からガイド兼運転手のミライがマイク片手に声を張る。
ちなみにジャパリバス自体は手動運転とは別に、静止衛星を用いた
「まずはここキョウシュウチホー・平原エリアを巡って行こうと思いますが、さて何処からご案内致しましょうか」
「はーい」
サーバルが手を挙げた。
「まだ行き先決まってなかったら、一緒にカラカルに会いに行かない? 私と同じネコ科なん」
「カラカルさんですか!」
被せ気味に発せられたミライの大声に、聴覚の鋭いサーバルがひゃっと声を上げる。
「ああそっか、ガイドさんはまだカラカルと会った事無いんだっけ」
「はい……お恥ずかしながらまだパークに来て日が浅いもので、お会いしていない方も多いのです。カラカルさんについてもまだ資料でしか存じておらず、その為是非ともお会いしたく……うふふ、待ち遠しいです!」
「ミライさん、涎」
「あー……クオン。ガイドさんは無類のけもの好きだから時々、いやよくこうなっちゃうけど、気にしなくて大丈夫だよ」
「よくある事?」
「初めて会うけものの前とかだと特にね。まあ、慣れれば楽しいヒトだけど」
何にしても急ぐ旅ではない。我に返ったミライがカーナビを設定し、いよいよジャパリバスは動き出した。最初の目的地はカラカルが
到着までにはまだまだ時間があるという事で、ハンドルを握りながらミライはパークの解説に戻った。液化水素をエネルギー源とするジャパリバスの燃料電池は、従来のガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどと違って汚染物質を出さない上に騒音とは全く無縁で、彼女の話を遮る事は無い。環境と動物への配慮の賜物である。本土では一部の民間車両向けの実用化が始まったばかりであることを考えると、創設者の技術力と資本力の高さを伺わせた。
「ここ平原エリアは地球上の平原地帯、主にアフリカやオーストラリアに生息するけもの達が過ごしやすい環境をほぼ完璧に再現しています。平原のけものの多くは外敵から身を守る為、また固い草を食べる為の消化器官の発達などの理由から、身体が大きくなる傾向があります。同時外敵から隠れる場所も少ないので、速く走れるよう脚の長いけものが多いのも特徴ですね。これは肉食、草食ともに共通です」
「ガイドさんが、ガイドしてる……!」
と、サーバル。ミライ自身も今回が初のガイドらしいとはいえ、失礼な驚き方ではないだろうか。
思いつつふと窓の外に目をやると、視界に何かが高速で飛び込んで来た。目を凝らすと、それは二人のアニマルガールだと分かった。茶色いセミロングヘアと細い尾をなびかせる一人はネコ科のようで、遠目からでもすらりとした長身である事が分かる。
彼女と並走するもう一人はやや小柄で、ツインテールにした茶髪の間から細く捻れた角を生やしている。ミライの説明を証明するように二人とも脚は長い。
「あちらに見えますのは、ピューマさんとインパラさんですね。脚力自慢のお二人は何時もこの辺りで競争しているんですよ。そうそう、インパラさんは細身ですが、実はウシの仲間だとご存知でしたか?」
片手にマイクを持ったままミライが解説する。
北米大陸とアフリカ大陸で厳密な生息地こそ違えど、ピューマもインパラも平原に生息する動物としては有名な部類である。しかし中型肉食動物と草食動物と言えば、本来であれば天敵同士の間柄ではないだろうか。少なくともこうしてバスから見る限り、追い越し追い越される二人の姿からは追う者と逃げる者の切迫感は見受けられない。それどころか楽し気だ。
その疑問にも当然のようにミライは答えた。
「ええ。アニマルガールになるとヒト同様の雑食性に変わるので、それに伴って被食・捕食の関係も無くなるのです」
なおサーバルの補足によれば生来の狩猟本能までが完全に消え失せるわけではないため、時折あのように身体の疼きを発散しているとの事である。
当のピューマとインパラは窓から顔を出して手を振るサーバルに気付くと、スピードを緩めつつ二人して大きく手を振り返し、そのままジャパリバスを追い抜いて駆けて行った。
「お陰で皆さんは仲良く暮らす事が出来ていますし、何より私達ともお話出来るようになるなんて素晴らしいですよね!」
「私と初めて話した時、ガイドさん興奮しっ放しだったもんね」
「それはそうでしょうとも! ずっと書類やモニター越しでしか見る事の出来なかった皆さんと直にお会い出来た上、お話まで出来るだなんてもう夢のようで……!」
当時の感動を思い出しているのか、自身の掌に包まれるミライの頬は紅潮している。
確かに動物と話すのはヒトであれば、一度は誰しも夢見る事であろう。ゆえにその気持ちはクオンにも分からないではない。出来る事なら自分も一度で良いから
……彼女、とは? 今自分は誰の事を考えた?
「私も私も! スタッフのヒトやガイドさん達と話せるようになって嬉しいんだよ!」
「好きな食べ物をお願いしたり、テレビやゲームを楽しめるようにもなりましたしね」
「そ、それだけじゃないもん、ただ単にお話するだけで楽しいの! 確かにジャパまんは好きだけど……」
考え込むクオンを他所に、ミライの揶揄うような茶々にサーバルが頬を膨らませる。
「ふふ、ジャパリパーク特製のジャパリまんじゅうはパークを訪れるお客さんだけでなく、アニマルガールの皆さんも大好きですものね。勿論私も大好きです」
「私、昔は魚の切り身とか挽き肉とか貰ってたけど、ジャパまんの味知ってからは世界が変わった気がしたね!」
どれだけ考えても、その肝心な彼女の顔が頭に浮かんで来ない。思い出せるのは澄んだ鈴の音だけ。ただの幻想や夢の話と片付けるにはあまりにもはっきりと覚えている。いや覚え過ぎている。それ以外は何一つとして思い出せないのにも関わらず。
そこでサーバルに肩を揺さぶられ、クオンはようやく我に返った。
「大丈夫? バス酔いしちゃった?」
心配げに顔を覗き込んで来るサーバルに、大丈夫だと首を振る。こんな自分自身でも整理の付いていない事で余計な心配をさせたくない。
サーバルも気がかりそうな顔をしながらも、そっか、と特に追及はしては来なかった。
「じゃあねじゃあねクオン、荷台にジャパまん積んであるから後で一緒に食べよ?」
「ジャパまん。ああ、ジャパリパーク名物だと今話していた」
「そう! すっごく美味しくってね、きっとクオンも気に入ると思うよ!」
「興味ある」
「でしょー! パークのギフトショップとかにも売ってるから、お土産に買って行ってね! あ、勿論ゴールドがあったらで良いから」
ここでいうゴールドはジャパリパーク内の各種施設や自動販売機でのみ使用出来る園内通貨で、見た目は肉球のマークが刻印された金貨である。
本来はパークエントランス併設の受付窓口で購入する物なのだが、クオンの場合は先ほどミライから「特別ですよ」と30枚入りのがま口財布を貰っていた。彼女自身のポケットマネーで購入したものらしい。大事に使うとしよう。
「漉し餡とか粒餡とか、抹茶にチョコ味とか色々あるんだけど、クオンはどんなのが好き?」
「レモン餡」
「結構渋いところ突くなぁ。でもこの前パイナップル味とかバナナ味も見たし、多分レモン味もあると思うよ」
「それは良い。俺はレモンが好きなんだ。普段もレモン100%のレモネードを飲むのを朝の日課にしている」
「レモネードって呼んで良いのそれ……?」
そんな会話を交わしながら順調に目的地へ進むジャパリバスからだいぶ離れた丘の上。
サーバルの姿をしたあのセルリアンは、岩の上に立って辺りを睥睨していた。雄大な平原を見渡す瞳には何の感慨も浮かんでおらず、全身を打つ乾いた風にも表情を変えない。ただ無機質なガラス玉のように景色をその目に映しているだけだった。
「あ、サーバル」
岩の下から声をかけたのは、サーバルよりも頭一つ半ほど背丈の高いアニマルガール。くすんだ灰色の髪と同色の大きな耳を持ち、顎下まで届く程の長いもみ上げは象牙のように白く染まっている。肉付きの良い身体を薄手のジャケットに包み、首には身長とほぼ同じくらいのマフラーを巻いていた。
現生する陸上動物では最大とも言われるアフリカゾウである。
「この前言ってたゲーム、スタッフさんから借りてきたんだよ。そんなところに突っ立ってないで、一緒にやろ?」
「……シッテルニオイ。イカナクテハ」
「サーバル? 行くって何処に?」
また吹いてきた風の中に混ざっていた匂いが
逆光のせいで細部が見えていないのだろうか。自分を自身にそっくりのけものと誤認しているアフリカゾウに構わず、それは匂いの元を求めて岩から飛び降りた。さながらボブスレーか何かのように、盛大に土埃を上げながら斜面を一直線に滑り降りていく。
「あれれ? おーいサーバル、危ないよー!?」
幾ら無鉄砲なサーバルでも、自分からわざわざ怪我をし兼ねないような真似はしない筈だ。
見知った相手の突然の奇行に、携帯ゲーム機を掲げたままアフリカゾウは声を上げる。しかしそれは一切耳を貸さず、全くスピードを緩める事無く平原に降り立ったかと思うとそのまま走り去って行った。奇しくもジャパリバスが向かうのと同じ方角、カラカルの塒へ。
「……はて。あんなに急いだりして、ジャパまんの賞味期限でも思い出したのかな」
一人丘の上に取り残されたアフリカゾウは、友達の普段の姿を思い浮かべながら首を捻っていた。無論、何も事情を知らない彼女に答えが出る筈も無かった。
ピューマ(Puma concolor):
大型のネコ科動物の一種。別名アメリカライオン。
生息域が非常に広い事で知られ、カナダ北端部から南アメリカ南端部までの森林やサバンナ、高山地帯、果ては植生の点在する砂漠など様々な環境に適応している。
ネコ科の中でも眼球が大きく、視力に優れる。
インパラ(Aepyceros melampus):
細身だがれっきとしたウシの仲間。角は雄にしか無い。
一頭の雄と多数の雌によって構成されるハーレムを形成し、繁殖期にはあぶれた雄が別の雄のハーレムを奪いにかかる。
跳躍力に優れており、チーターやライオンなどの天敵を見つけると群れ全体がバラバラに跳ね回りながら逃げ出す。捕食者にとって、時に10m以上を跳ぶインパラを捕らえるのは容易ではない。
アフリカゾウ(Loxodonta africana):
ゾウ目最大の動物で、同時に現生する中では事実上最大の陸生哺乳類。
主に平原や森林に生息し、母親を中心とした群れを作る。霊長類以外の草食動物としては最も知能が高く、群れ内で餌場や水場の情報を継承するのだという。また長い鼻は豆腐をも掴める程器用であり、嗅覚は犬の3倍強にも達する。
象牙目的、あるいは村や田畑を襲う害獣としての乱獲が相次ぎ、絶滅が懸念されている。