宮藤芳佳の孤闘~第二次ネウロイ大戦異話~ 作:芳佳ファン5号
「上は正気なのか!?」
口に出してしまってからはっとして周囲を見回し、誰も居ないことを確認。
(こんなのを採用するなんて。一体何を考えている……?)
海軍少佐・北郷章香は心の中でその日何度目かわからない溜め息をつく。
一般的に見て満十八歳の彼女には不釣り合いなほど立派な執務机。お世辞にも整理されているとは言えないその机の真ん中に妙な存在感を持って置かれている軍極秘の指定印が捺された書類こそ、彼女の悩みの種だった。
その書類には、こう書かれていた。
『飛行型ネウロヰ大陸發生時ニ於新戰術並ニ其ノ訓練計画』
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「宮藤ちゃん、計測はあと三つ程ですから、疲れているだろうけどがんばってね」
「問題ありません、先生」
明日は固有魔法を使ったテストを行う。
昨日の教室で私と裕子ちゃんの二人に北郷先生が告げたそれは、「前」の時に行っていた検査とさほど変わらない内容だった。
「次のテストは、どれだけ速く治癒魔法を展開、使用できるかです」
「はい、わかりました」
これまでやってきたのは、体力強化の及ぼす影響の検査、ストライカー(飛行は出来ない)を履いたシールド展開の可否と強度の検査、治癒魔法を用いた様々な検査等々。
「前」と違う所を強いて挙げるなら、治癒魔法の検査項目に速度を測るものが多い所だろうか。しかしこの手の魔法は素早さが命、不自然な点は無い。ちなみに被検体は地元の病院に怪我や病気で診察を受けに来た人たち。もちろん軍が謝礼は払うし、本人の了承も受けていると聞いている。
「では、始めてください」
その声とともに即座に魔法力をコントロールし、治癒魔法を発動する。
既に5名に治癒魔法をかけているが特に疲労は感じない。
(あの大和の時と比べれば全然軽い)
それにこの程度で疲れてしまっていてはあの人たちの分なんてとてもじゃないけど償いきれない。
(ん?)
誰かの視線を感じた私は振り返る。
「どうかしましたか?」
「……いえ、何でもありません」
そこには先生以外誰もいなかった。確かに何か感じた気がしたのだが。
(集中力が切れかかってるな)
更に集中する。結局魔法をかけ始めて20秒もしない内に、階段から転げ落ちて足を骨折した鈴井トメさん(61)の足は元通りになり、ついでに腰痛も治っていた。
1時間後。
私は全ての検査項目を終え、基地の外周を走っていた。
(あと5周くらい行けるかな)
治癒魔法の速さが予想以上だったらしく、検査が早く終わってしまい時間が余ってしまったからである。
(でも、もっと速く出来た筈だ)
魔法というものは繊細に扱って無駄を省かなければ余計に時間と魔法力を消費する。では繊細に扱う為にはどうするか?
私はその方法を既に師である坂本さんに教えてもらった。それが自己鍛練だ。
自分を律することが出来れば魔法も必然的に律することが出来る。彼女は、自分が二十歳を超えても烈風丸なんて代物を扱えたのはそれが理由だと語っていた。だから私もそれに倣って鍛練をしている。骨折ごときで
(体力にはまだ余裕があるな…)
一周を終えても体力は有り余っていた。事変が始まっていない今のうちに鍛えておきたいし、走る距離を延ばすこととしよう。
「よし、残り6周に変更し──ってうわっ!?」
ゴン‼
──チカチカと光が見える。
痛い。めちゃくちゃ痛い。特に頭が。
「いててて…」
痛む頭をさすりながら起き上がる。
それと同時に目の前の私がぶつかった物の正体がわかった。
「これは…飛行機?」
何故こんな砂浜なんかに置いてあるのかはわからないが、それは黒い色の飛行機だった。
ん? この黒地に赤い斑点塗装、どこかで見たことがあるような「おーい、芳佳ちゃーん」
おや、この声は。
「芳佳ちゃん、こんなところで何してるのー!?」
同期の裕子ちゃんがこちらに飛び付いてくる。この子は人に飛び付くのが癖のようで、私もいつも付き合っているのでその対応にも慣れていた。
「走ってたところだよ、裕子ちゃんは?」
裕子ちゃんを抱き止める。
あれ、これって私は子供をあやす感覚でやっているのだが、よく考えると端から見れば変な行為なのでは?いや、微笑ましく見えるのかな?
「えーと、『こゆーまほー』のてすとで『これ』をうごかせって言われて、うごかしたらもうきょうはおわって良いって言われたの!」
「へー…えっ?」
彼女が「これ」と言って指差すのは先程の妙な色の飛行機。
「この飛行機を動かせるの?」
「うん! でも『せーぎょ』まちがえちゃったの。本当なら、ちがう所のはずだったんだよー」
そう言って彼女は少し残念そうな顔をする。巨大な物を動かすというとバルクホルンさんを思い出すが、裕子ちゃんも彼女のように「怪力」の使い手なんだろうか。
──そういえば、バルクホルンさんは元気だろうか。やっぱり軍の学校に入っているのだろうか。
「同期と仲が良いというのは素晴らしい事だぞ。宮藤芳佳ちゃん」
「!?」
「ひゃっ」
突然背後にしわがれた声が聞こえた。
驚いて咄嗟に振り向く。
そのせいで裕子ちゃんが振り落とされそうになったので慌てて手を掴む。
そこにいたのは、背の高い男性だった。丸っこくて一見優しそうな顔をしているが、目は鋭く光って常にこちらの動きを観察している。その行動は、私にこの男性がただならぬ所に長期間関わっていた事を感じさせた。
「宮藤ちゃん、孫と仲良くしてくれて有難う」
「孫?」
あれ、そういえばこの人、何処かで見たことあるような?
私は考えたが、裕子ちゃんがすぐに答えを言ってくれた。
「あ、お爺様!」
裕子ちゃんが駆け寄る。
そうだ、前に教室で北郷先生と話していた人だ。
「初めまして、かな? 君の事は北郷からよく聞いている。いつも裕子と仲良くしてくれて有難う。私は宮崎雄三。裕子の祖父だ」
「こちらこそ初めまして。宮藤芳佳です。いつも裕子さんと仲良くさせていただいております」
雄三は裕子ちゃんに抱きつかれたまま手を差し出してきた。
笑いをこらえながらこちらも手を出して握手をすると、雄三の目が初めて笑った。
「宮藤ちゃんは礼儀が良いなあ」
「ありがとうございます、宮崎さん」
確かこの人は海軍の所謂お偉いさんだったはずだ。だとするとこの人を味方に着けておくに越したことはない。
「ところで、今日はどうしてこちらに?」
「固有魔法検査の様子を見に来たのだ。君の固有魔法も見学させてもらった。気付いたかね?」
成程、あの視線はこの人だったか。
「ああ、最後から三番目の検査の時の……」
「如何にも。私の視線に気付ける者などそういない。誇って良いぞ!」
そう言って雄三はガッハッハと笑う。何とも豪快な笑いかたをする人だ。
「……芳佳ちゃんとお爺様、仲が良すぎです」
「ん? おお、すまん裕子」
気付くと雄三に抱きつく裕子ちゃんが頬を膨らませていた。どうやら拗ねてしまったらしい。
……正直に言うと凄く可愛い。
でも裕子ちゃんは早く雄三と遊びたいのだろうから私は退散するとしよう。
「ごめんね裕子ちゃん。私、走ってくるからお爺さんと遊んでなよ」
そう言って裕子ちゃんを見る。幸いその一言で機嫌を直してくれたようだ。ニッコリと笑って、
「うん! 私、お爺様と遊ぶ!」
と言った。
「よーし裕子ぉ、たっぷり遊ぶぞー!」
走り始めた私の背後から張り切った雄三の声が聞こえた。
雄三が芳佳と会話した翌日の舞鶴鎮守府庁舎の一室。
窓を背にして一人の男が書類を読んでいた。
「宮藤芳佳、七歳。固有魔法の治癒に空前絶後の才能を持つ、か」
ページをめくる。
「宮崎裕子、七歳。固有魔法は……ほう」
少し驚いたような声を上げる。
「成程。貴方が『この二人ならば全く新しい戦術が使える』なんておっしゃられた時には訳がわからなかったものですが……」
書類を閉じる。
「この案は、実現すればなかなか素晴らしい物ではないですか」
「有難う御座います、司令長官」
正面に立っていた宮崎雄三が頭を下げる。
「しかし、本当にこのような戦術が実現可能なのですか?」
司令長官は問う。この戦術の有効性や効率の良さを頭の中では理解しているのだが、それでも疑問を持ってしまうのだ。
「私がこの目で確かめました。訓練をさせれば成功は間違いなしかと」
「だから戦争の起きていない今のうちに一、二年訓練させる、という訳ですか」
「ええ。その通りです」
宮崎は自信満々に返答する。
「ふむ……」
宮崎雄三とこの司令長官は、前の大戦からの付き合いである。あの戦争で、宮崎の優秀さを最も間近に見ていたのも彼である。故に彼は、あの宮崎がここまで主張するならば、と考えてしまったのだ。
(それに、17年もネウロイは出現してないんだ。すぐに戦が始まることは無いだろう。……あ、そういえば)
書類に判を押しかけたところで、彼は一つの事を思い出した。
「宮崎さん、少しこの訓練計画の項目を追加しても良いですかな?」
彼は一昨日の夜に技研の連中が持ってきた報告書を机に出した。
「私は軍人ですよ。司令長官に逆らえる立場ではありません」
「いやいや、この計画を立てたのは宮崎さんなんですし、ご意見を聞くのが筋というものです」
雄三は懐かしむように少し笑って、答えた。
「……わかりました。それで、どんな訓練を行うんです?」
「それはですね──」
そして、二ヶ月後。
北郷は、海軍附属舞鶴小学校は一年生の教室の教壇に立っていた。
相変わらず二人しかいない教室を見渡す。
年相応に元気な宮崎裕子は、教壇に立つことはあまり無い私に興味津々といった風である。
その歳で大人びすぎているきらいがある宮藤芳佳は、私の決して良いとは言えない表情を見て少し警戒している。
「宮藤、宮崎。君たちに知らせておかなければいけないことがある」
「…何ですか、北郷先生」
宮藤の警戒度合いが上がったのがわかる。宮崎も流石に何か感じたようで、緊張した顔になった。
よし、一息に伝えてしまおう。
「我が皇国海軍は、君たちの固有魔法を見込んで新しい戦術を開発した。なので、来週から君たちにはその訓練を受けてもらう」
「訓練、ですか?」
「そうだよ。で、ここからが重要なんだが、君たちは舞鶴とは別の場所で学問と訓練を受けてもらう」
「え!? 舞鶴からはなれちゃうの!?」
宮崎が驚いた声を上げる。まあこのくらいの年齢の正常な反応だろう。例のごとく宮藤は冷静に話を聞いているが。
「辛いかもしれないが、君たちはウィッチだ。これも人々を守るためなんだ、堪えてほしい」
「場所はどこですか? 期間は?」
「これから言うよ、宮藤」
一度言葉を切る。
「──場所は、大陸領の堀笛(ほりぶえ)。期間は、二年間だ」
まだ七歳の子に二年も遠い北の地で暮らせなんて北郷も命じたくは無い。しかし、これは上の命令なのだ。
「二年も帰れないの? そんなのやだぁ!」
案の定宮崎が涙目になっているのを見て、北郷の心は痛んだ。
しかし、今となってはどうしようもないのだ。
こうしてまだ幼い二人、宮藤芳佳と宮崎裕子は砂塵とタイガに覆われた広大な大陸に渡ることとなった。
1936年8月8日。彼女たちを乗せて舞鶴港から出航した一隻の客船は、一路大陸を目指す。船が進むほど下がっていく気温は、あたかも二人の魔女の厳しい未来を示しているようだった。
堀笛という場所は、こちらで言うロシアのウラジオストクから内陸に行った所にあるレソザボーツクという都市の郊外のポレヴォエという町で、漢字は当て字です。