宮藤芳佳の孤闘~第二次ネウロイ大戦異話~ 作:芳佳ファン5号
空虚。
それが、あの叔母の家の現状を言い表すのに最適な言葉だった。家主の失踪の報を受け、非番の日に足を運んだその家は、すっかり生気を無くしていたのだ。
とはいえ、家具が何もないとか、そういったわけではない。少ないながらも一般的な家庭が有する程度の物は揃っている。
しかし、この家を昔から知っている俺からすれば、がらんどうと言って差し支えなかった。
例えば、部屋の片隅の机。
かつては怪異の論文や資料で溢れ、机だということすら忘れられていたそれは、しかし今やその武骨な姿をあらわにしている。異国の研究書ばかりだった本棚や、古の魔具で埋まっていた一室も、全てもぬけの殻。ここで怪異の研究がされていたと言われても信じられないほどに、それ関連の物だけがすっぽりと消えていたのだ。
(まさか、逮捕されたのか?)
この時世に公然と『怪異が敵とは限らない』などと言っていれば連行されても不思議ではない。むしろ今まで無事だったのが不思議なくらいだ。しかし、もしそうだとしたら……
「俺も、監視されるんだろうなあ」
これからが憂鬱になってくる。やっと人類が巻き返してきたのに。ようやく勝てそうなのに。
俺はその辺にあった椅子に腰掛け、頭を抱えた。
その時だった。
ブウウウウウウウン…………
蛾の羽音のような、奇妙な音が聞こえ始めた。
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私の問いに、裕子ちゃんはきょとんとしてしまった。
「ねえ、教官は?私と一緒にいた教官は?」
悪寒が走る。
そんなはずないと、現実を見たがらない私が言う。
だって、私と教官は一緒にいたのだ。
ネウロイに取り囲まれた私たちは、ようやく脱出出来るところだったのだ。
なのに、私だけ転移したのだとしたら、教官は、もう……
しかし、無情にも、彼女はうーんと唸った。
「でも、私が転移させたのは芳佳ちゃんだけだよ?……どうしたの芳佳ちゃん!?」
あぁ、なんてこと。私の目の前が暗くなる。
裕子ちゃんが何か呼び掛けているが、何も耳に入らない。
かつて何度かあったとは言え、誰かが死ぬのは嫌なことだ。
あの、厳しくも優しかった教官。
どこか坂本さんを彷彿とさせる教官。
彼女には、もう会えないのだ。
…………そして、何よりも。
私は、マモレナカッタ。
守れなかった。
何年も戦い続け、人を何人も殺して、また守れなかった。
教官さえ救えないで、戦争を止められるのか?私は、このまま生きてまた同じた未来に進むのか?
また、誰かと、争うのか?
また、人を、殺すのか?
そんなの、嫌だ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
殺したくない。殺したくない。殺したくない。
人を、守りたい。誰かを、守りたい。殺したくない。守りたい。殺したくない。
心の中の私が言う。
「本当にお前が守れるのか?」
もう一人の私が叫ぶ。
「守らなきゃいけないんだ! 」
「どうして?」
「どうしてって……!」
「それに、出来るの?」
「やらなくちゃ駄目なの!」
「教官すら守れないのに?」
「でも、私がやらなくちゃ、また……」
「人を殺して嫌な思いをしちゃう?」
私は、言葉につまった。
「宮藤芳佳。お前は、弱い」
「……」
「守るために、殺さなきゃいけないときもある」
「……そんなの、間違ってる」
『私』はぐいと体を私に近づけた。
「だから弱い、いや、甘いんだ。宮藤芳佳。お前は世界を舐めている」
「そんなことない」
「軍人は人を殺すものなんだよ?ウィッチだってそう」
「でも、私は、殺したくない」
あきれたように首をふった『私』は、遂にこう言った。
「じゃあ、死ぬのはどう?
気付けば、回りはいつもの『森』だった。
「お前が死んだら、このオラーシャの人たちも死なずにすむんだよ?」
「「「そうだ、そうだ」」」
後ろに立つ亡者が肯定する。
自分の「死」を肯定される。
「…………私が、死ねば、この人たちは死なずに済む」
「「「そうだ、そうだ。俺たちはお前に殺された」」」
「戦争も、起きない」
「「「未来は変わる」」」
「でも、人を守れない……」
「「「お前が死ねば、『より多くの』人が助かる」」」
「…………」
「お前が死ぬのが最善だ」「なぜ生き返った」「死んでれば教官も死なずに済んだ」
気付くと、笑みが零れていた。
思えば私は死んだとき、自ら願って死んだのだ。それが、何故か生き返ってしまった。
私は、最初から死ぬべきだったのだ。
「あははははは」
そう気付くと、私は可笑しくなってしまった。
多くの人を救えると思って頑張ってきたが、結局一人新たに殺してしまったじゃないか。
また、同じ生を歩むのなら。
私は部屋を飛び出した。
兼定は今朝から姿を見せない。好都合だった。
「あはははははは」
お母さん、おばあちゃん、みっちゃん。
ごめん、私、生まれちゃいけなかった。
謝りながら、時計塔を駆け登る。
「あっはははははは!」
お父さん、ごめん。守れない。
屋上のドアを開ける。目の前に、美しい森林が広がった。
「はあ……はあ……はあ……」
これが、この生の最後の景色だ。
それは、とても美しく、前にも見た景色だった。
「ごめんなさいっ!」
私は、謝りながら、飛んだ。
地上が近付き。
私は目を閉じ。
そこに、ネウロイがいた。