宮藤芳佳の孤闘~第二次ネウロイ大戦異話~   作:芳佳ファン5号

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今回は清佳(芳佳の母)目線です



第三話

 「人が変わったような」そんな言葉が有るが、ここ最近の芳佳はまさにそれだった。

 

夫が仕事で欧州に旅立つ日、見送る場で芳佳は突然泣き出し、何かを呟きだした。今思えば余りに異常な事態だったが、何でか私は動けなかった。その間も芳佳の呟きは続く。

 

 

「清佳、家に入りなさい」

 

 

一郎さんの声に私は我に帰った。

 

 

「でも、芳佳が……」

 

「大丈夫、安心して。私が何とかするから」

 

 

そのあとの事はわからない。

結局一郎さんが行った後に残されたのは顔に張り手の跡を貼った芳佳だけだった。

 

 

「寂しいって泣いたら、叱られちゃった」

 

 

芳佳はそれしか言わなかった。しかし、その後のあの子はは別人の様だった。

 

 

 

 

 

「芳佳は今日も山かい?」

 

「そうですよ、お母さん」

 

 

私は診療の合間の休憩をとっていた。

 

 

「……芳佳、どうしちゃったんでしょうか」

 

 

母にもはや日常となった愚痴をこぼす。この所の芳佳は明らかに変だった。

 

 

「あの子は良い子だから、いつか自分で話してくれるだろうよ」

 

「そうは言ってもですよ、お母さん」

「おお、噂をすれば」

 

 

母の声に外を見る。確かにそこに娘が──

 

 

「──どうしたのその傷!?」

 

 

傷だらけで立っていた。

 

 

 

最近の芳佳は万事この調子だ。出掛ければ傷だらけで帰ってきて、理由を詰問すれば滝を登ったとか崖から落ちたとかそんな理由ばかり。いくら止めるように言っても勝手に行ってしまう。

 

(診療所があるから離れられないし、どうしたものかしら──)

 

私は、今日も今日とて娘を案じる一日を過ごしていた。

 

 

「おーい清佳やあ!ちょっと畑手伝ってくれえ」

 

「お母さん、ちょっと待ってくださーい」

 

 

今母は害虫駆除の最中だ。数が多いから手伝って欲しいのだろう。

 

(今年は暖かいものねぇ……)

 

そうして、私が軍手を着けたその時だった。

 

 

『■■■■───────‼‼‼』

 

 

咆哮が、轟いた。

 

 

 

 

 慌てて外に出て音のした方向を見る。南方に、土煙に見え隠れする黒い巨影が動いているのが見えた。町の方でサイレンが鳴り始め、聞き慣れない爆音が頭上を通り過ぎていく。にわかに騒然とする周囲に私はついていけなかった。

 

(一体何がどうなってるの!?)

 

危険な事態であることは間違いない。動かなくてはいけないのもわかる。わかるのだが、恐怖で足が動かない。

 

 

「清佳、治療の準備をおし!」

「治療の、準備?」

 

 

 私は母の声でやっと我に返った。

 

 

「何をぼぉっとしとる、あれは怪異だ! 前の大戦で戦ったモンはみんな上がりを迎えとる今、ウィッチに実戦経験のあるやつなんておらん! 下手すると死人が出る!」

 

「っ! わかりました!」

 

 

 私は診療所に駆け込み、準備を始める。昼時で患者がいなかったことが幸いし、即応体制に移ることが出来た。

 

 

 

 

母の驚いた声が響いたのは、数分後のことだった。

 

 

「患者ですかお母さん!」

 

 

私は外に飛び出る。しかしそこに患者はおらず、呆然と空を見つめる母だけがいた。山のネウロイは倒されたのか、いつの間にか見えなくなっていた。

 

 

「母さん、どうしたの?」

 

「清佳や、芳佳は帰ってきたかい」

 

「えっ?」

 

 

 突然の問いについ呆けた声を出してしまう。すると母は、取り乱したように聞いてきた。

 

 

「芳佳は帰ってきたかと聞いたんだよ!」

 

「いえ、まだの筈…あの、芳佳がどうしたんです?」

 

 

 それを聞くた母は愕然とした表情をした。そして、あれを見ろとばかりに空を指差した。

 母の取り乱した様子と先程の母の問いが合わさって、猛烈に嫌な予感を感じた私はすぐにその方角を見た。

 

 そこには、ウィッチがいた。

 そのウィッチたちは「何か」を抱えていた。

「宮藤診療所」の名前は軍部でも有名である。恐らく負傷者を治療させるためにウチに運んできたのだろう。

 自慢ではないが、「宮藤診療所」は治癒魔法を使うので大概の怪我や簡単な病気は治ってしまう。

 しかし、いかんせん狭いのと二人しか従業員がいないので重傷でない限りは他に回すように軍部には言ってある。

 つまり今運ばれている小柄な人影は相当な重傷を負っているということだ。

 しかしそれだけならば先程のネウロイで負傷者が出たというただそれだけの事だ。一体母は何をそんなに驚いているのか。

 私は不思議に思ったが、その疑問は直後に最悪の形で理解に変わることとなる。

 

 

「…清佳、担架を持ってきなさい」

「わかりまし──っ!?」

 

 私が担架を取ってこようとしたその時、ちょうどウィッチが人を抱えて診療所の前に着地した。

 私は、自分の目を疑った。

 だって、そのウィッチが運んできた人は。

 その血だらけで、至るところに傷を負っている見るだけで死にかけているとわかる女の子は。

 

 

「芳佳!?」

 

 

 芳佳だった。

 だがそこは戦場で経験を積んでいる母。

 直ぐに普段の様子に戻ると適切な治療を始め、驚きで固まってしまった私を一喝した。

 

 

「清佳、気を張らんか!お前とアタシが治癒をせんと死ぬぞ!」

「っ、はい!」

 

 

 そこからの事はよく覚えていない。

 私と母は懸命に治療をし、治癒魔法を交代でかけ続けた。

 芳佳の体はぼろぼろだった。

そこら中に打撲傷があり、右足と肋骨は折れ、腹には穴が貫通していた。治療はとても難航した。治癒魔法をいくらかけても一向に治る気配が無かったのだ。

 しかし私たちは諦めなかった。

 私と母は不眠不休で魔法をかけ続けた。

 

 そして、三日目の朝。

 ようやく容態が安定した。

 傷痕までは消すことが出来ず、腹に大きな傷痕が残ってしまったが、それ以上の治療は私も母も疲れきって不可能だった。

 

 

(この子は、この傷を抱えて生きるのかしら……)

 

 

最早思考も出来ず、私たちは芳佳のすぐそばの椅子で倒れるように眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 北郷と名乗るウィッチが来たのはその翌日だった。

 

 

「すみません、こちらに四日前に運ばれてきた女の子はいるでしょうか。お会いしたいのです」

 

 車から降りるなり彼女はそう言った。私は不審に思ったが、相手が嘘をついている様子も無い。母の許可を得て芳佳の寝ている前に北郷を連れていくと、彼女は芳佳にまるで謝罪するかのように頭を下げた。そしてこちらを向くと、口を開いた。

 

 

「彼女の名前は『宮藤芳佳』で合っていますか?」

 

「ええ、娘です。…あの、どうしてそれを?」

 

「……!そうですか、娘さんでしたか」

 

 

 そう言った彼女は、突然こちらに頭を下げてきた。

 私は慌てて頭を上げさせる。

 

 

「何をなさるのですか、何故少佐さんが頭を下げるのですか」

 

「そうですよ北郷さん、こちらがお礼を言うなら別だが、頭を下げられる義理はありませんよ」

 

「いえ、海軍としてこの事件についてこの子には感謝せねばならないことが在るのです」

 

「感謝するのはこっちだ、北郷さん。ウィッチが運んでくれなけりゃ孫は死んでた」

 

「そうですか、それはありがとうございます」

 

 

 また礼を言う。

 北郷さんは、海軍少佐なんて階級からは想像もつかない物腰の柔らかい方だなあ、と私がふと思ったほど軍人らしくない人だった。

 

 

「この子を運んだウィッチに伝えましょう。彼女はきっと喜びますよ。しかし、やはり私たちはこの子にお礼を言いたい。なにせこの子がいなければ横須賀の町は壊滅していたかもしれなかった。この子は、今回の事件の英雄なんです」

 

「北郷さん、それはどういう意味だい?」

 

 

 母が尋ねる。何故この子が英雄などと呼ばれるのか私もわからない。

 すると、長話になりますが、と断ってから北郷は事の顛末を語り始めた。

 

「私は教官としてウィッチを教える立場にあるのです。が、実戦経験は全く有りませんでしたし、それは部下のウィッチや他も同じでした。なのでお恥ずかしい話ながら、ネウロイ出現の警報を聞いたときには現場が混乱して出撃が遅れてしまったのです……」

 

 

 ───1936年、横須賀上空

 

「少佐、全機離陸しました」

(うーん、時間かかりすぎだな、これは)

 ちらと後ろを見ると、普段よりも飛行のぶれが大きい。

 訓練のおかげか編隊飛行は出来ているものの、初の実戦というのもあって皆緊張しているのだ。

 

 

「皆、緊張するのはわかるけど、ここで倒さないと横須賀の町は壊滅する。普段通り行けば大丈夫だから、あまり気負わないように、良いかい?」

 

「「「了解!」」」

 

 

(返事は良いんだけどなあ……)

 

 苦笑し、前を向く。1分も飛ぶと前方に土煙が見えてきた。あれが報告にあったネウロイだろう。部下たちも確認したらしく、編隊飛行がブレ始めた。

 

(こりゃ再訓練だな……ん?)

 

 一度振り返り、前に向き直った瞬間。

 突然目の前のネウロイが一筋の白い光とともに割れ、さらにもう一筋の光とともにそのネウロイは消滅した。

 

 

「…は?」

 

 

 訳がわからない。目の前にいたはずのネウロイが消えた。何者かに倒されたと考えるのが妥当だが、こんな手早く倒すことが出来る者は部下にはいないし、自分も出来ないかもしれない。

 何故倒れた? 誰がやった?

 溢れる疑問を一度消去し、ネウロイが倒された、という結果のみに注目する。

 

 

「生野、坂田は警戒にあたって。それ以外は私と共に付近の調査!」

 

「「「了解!」」」

 

 

 念のため部下二人に警戒を命じ、それ以外の部下を連れて私は現場への降下を始めた。

 すると、遠視能力持ちの部下から通信が入った。

 

 

「少佐! 下の地表に女の子が!」

 

 

 その部下の指差す所を見ると、確かに小さい赤黒い人のような物が見えた。

 

 

「こちらも視認した。直ぐに向かうぞ!」

 

 

 もし本当に人なら、あの出血量では長くはもたない。

 

(間に合ってくれよ? ストライカー)

 

 私たちはまるで急降下爆撃隊のように急いで地面に向かった。

 

(うわあ、これは酷いなあ)

 

 果たしてそこには、短刀を握りしめて死にかけている血塗れの女の子がいた。素人目に見ても放っておけば長くないのがわかる。

 

 

「谷町です、付近に何も見つかりません」

 

「吉野です、近くにこの女の子の所有物と思われる鞄が落ちていましたが、ネウロイは見受けられませんでした」

 

 

 その報告を聞いて私はネウロイが消えたことを確信し、同時に目の前の子の救命が可能と判断した。

 

 

(確かこの近くには宮藤診療所があったはずだ。)

 

 

「吉野、坂田はこの子をここから南南西に行った所にある宮藤診療所へ搬送して。あと谷町、この子を「見て」くれない?」

 

「はっ、了解しました!」

 

 

 ちょうど良い固有魔法持ちがいて良かった。彼女は触れたものの過去を見れるのだ。

 何か今回の事件についてわかれば良い。その程度の認識で頼んだのだ。

 

 

 

「……は? ごめん谷町、もう一度言ってくれないかな」

 

 

 二日後、部下から信じられない報告がきた。

 

 

「はい、解析の結果、あのネウロイを倒したのはあの女の子であることがわかりました。武器はあの短刀、魔法力を刀に載せて叩ききったようです。……私もあり得ないと思い、何度か確認したのですが、間違い無くあの子が、刀で、倒しています」

 

(あの子、何者なの?)

 

 二番機であり副官の谷町が言うのだ、間違いは無いだろう。しかしあんな小さい子(所有物と思われる鞄を信じるなら「宮藤芳佳」ちゃん、年齢6歳)がネウロイを銃器も無しに倒した、なんてそう信じられるものではない。しかし、我々が倒せるかもわからないものをあの子が倒してくれたことはどうやら確からしかった。

 

 

 

 

「──もしこの子がネウロイを倒してくれていなければ、実戦経験の無い私達がネウロイを倒せたかわからない。

 だから、海軍として、いや全扶桑ウィッチの声としてこの子にお礼を言いたい。ありがとう、と」

 

 

 そこまで聞いた私と母はその話をとてもではないが信じられなかった。

 我が家の子だから魔法力が有るであろうとは思っていたが、それを今まで発現させた事は無かったからである。

 更に北郷は続ける。

 

 

「そして私は、お礼を言いに来たこと以外にもう一つ目的があってここに来ました」

 

 

 そこで北郷は一旦言葉を切った。そして深呼吸すると、

 

 

「あの子を、娘さんを、海軍に預けていただけないでしょうか」

 

 

 と言った。

 

 

「娘を軍隊に…?」

 

 

 突然のスカウトに私は驚いた。

 

 

「はい。何も絶対に兵士になれ、とは言っていません。ネウロイをどうやって倒したのか、それをウィッチたちに教えてほしいのです。どうやってネウロイを倒したかあの子が教えてくれれば、人類の大きな力になり得るのです」

 

 

 娘が瀕死の体で帰ってきたばっかりである。相手の気持ちはわかるが、親としてさすがに首肯することはできない。

 

 

「でも、まだ娘は六つです。それにまだ眠っていますし、本人抜きで決めるのは…」

 

「いえ、我々もすぐに返事をくれと言うほど常識知らずではありません。一ヶ月後に私はまた来るので、その時に返事をいただけませんか」

 

 

 相手は粘る。すると、母が言った。

 

 

「……わかった、少佐さん。アタシと孫と娘でよく話しておくよ。ただし、入隊する保証はないよ」

 

「お母さん…?」

 

「清佳、確かに六歳の芳佳が軍に入るのは早いと思うし、しかも芳佳は大怪我を負ったばかりかもしれないがな、あの子はネウロイを倒したそうじゃないか。もしそれが本当なら、この診療所にいるより軍に入った方が人の為になる、そうアタシは思うんよ。もちろん、あの子が目を覚まして体を自由に動かせるようになったら、だがね」

 

 

母の返事に、北郷はホッとした顔をした。

 

 

「ありがとうございます、宮藤さん。では一ヶ月後に伺います。その子が目を覚ましたら海軍はあなたに感謝している、とお伝えください」

 

 

 そう言って彼女は去っていった。

 その後は四日も閉めてしまった診療所の営業で大忙しだったが、私は芳佳の身を案じつづけていた。

 

 

 ──二週間後。

 

「お母さん、行ってきます!」

 

「行ってらっしゃい、芳佳」

 

 芳佳はいつもと変わらぬ様子で、回復して以来の日課となった朝の鍛練に出掛けた。軍のスカウトの件を芳佳に話した翌日の朝だというのに、である。

 芳佳は、スカウトに応じる事を決めた。即答だった。あまりに速く答えたものだから母と私で何度も尋ねたが、答えは

 

 

「お父さんとの約束を守りたいの! 軍に入れて!」

 

 

 と変わらなかった。

 

 

「芳佳がこう言ってるんだ、そうするほかねえ。それにここ20年近くネウロイとの大規模な戦争なんて起きていない、今だったら問題なかろ」

 

 との母の言葉により、結局我が家は芳佳を入隊させることを決めたのだ。

 それが昨日の夜である。

 芳佳は瀕死の状態からたった二週間で傷痕は残ったものの(お腹の傷痕の事も本人は気にしていないらしい)回復して、走り回るようになった。

 これも魔法のおかげなのだろうか。

 

(ちょっと元気すぎやしないかしら)

 

 なにせこのところ毎日、学校に行く前に五キロ走り、木刀で素振りをして、学校から帰ってくると腕立て伏せや腹筋を始める、なんて生活なのだ。

 子供のうちからそんなことをすると体が壊れてしまう、と伝えても芳佳は聞く耳を持たない。

 あのネウロイを倒したことがきっかけになっている事は間違いないのだが、理由を聞いてもはぐらかされてしまう。

 前まではそんなことは無かったのだが。

 その他にも最近の芳佳にはおかしい点が多い。

 この間までは子どもらしく遊んでいたのに突然自己鍛練を始めたり(おかげで美智子ちゃんが寂しがっているらしい)、小学一年だというのに突然ブリタニア語の勉強を始めたり(夫の蔵書を使っているらしい)と子どもらしくない行動をするようになった。

そう、まるで人の変わったように。

 

(でも──)

 

でも、私は何も言わないことに決めた。

 それは、危うくも娘が健気に努力しているからだ。

 娘が頑張っていることを応援しない親がいるだろうか。そんな親はいないはずだ。だから、私は芳佳の奇行をあえて黙認する事に決めた。

 

(でも、もう少し安全にしてくれないかなぁ)

 

私に今出来るのは、娘の身を案じることだけである。




次回。宮藤さん、舞鶴へゆく。

ちなみに鍛練は坂本式です。
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