宮藤芳佳の孤闘~第二次ネウロイ大戦異話~ 作:芳佳ファン5号
─────私は、暗闇の中にいる。
周りを見渡しても何も見えない。何も聞こえない。しばらくたっても何も起こらないので歩いてみる。しばらく歩いていると、それまでの闇とは違う闇に出た。少しは周りも見えるようになる。
気付けば私は森にいた。
月は無いものの目が慣れてくれば歩ける。何でここにいるのかわからない。が、とにかくここから出よう。そう思い歩いていると、何かが足に触れた。
「何だろう…?」
触ってみる。
「ひゃっ!?」
少しそれは濡れていた。驚いて手を離す。樹液か何か着いたのだろう。手に着いたものを服で拭き、暗い森の中を出口を目指して若干早足で歩き出す。しかし─
「少し疲れた…」
流石の私もこれは疲れる。体感で数時間歩きまわってもこの森の終わりが見えないのだ。暗くてわからないが、この森はどうやら雨が降った直後らしい。木や地面が濡れており腰掛けるのもままならない。もう濡れても良いや、そう考えた私は少し開けた所に出たので座り込んだ。その時だった。
風が吹いた。月を覆っていたであろう雲が飛び、辺りが突然明るくなる。やっと森の木が見えた。
「へ?」
そこには、石柱が延々と連なっていた。
それには様々な名前と様々な年月が書かれてあった。
ここに至って、私は自分が水だと思っていた物が、水では無かったと気付いた。
私の背後には、俗に墓と呼ばれるモノが、「赤く濡れて」並んでいた。
私の手も、服も、真っ赤に染まっていた。
「あ、」
その墓たちは扶桑語とオラーシャ語で書かれたものが大半であったが、書かれた年月の一方だけは共通項があった。
『1951年2月』
『1951年3月』
『1951年4月』
「あ、あぁ」
私が、出撃した時期。
つまり、これは、この人たちは、私が、殺した?
後ろに人の気配を感じて振り向く。
地平線を埋め尽くすくらいのたくさんの「何か」がいた。叫びだしそうになるのを堪えて目を凝らすと、それはたくさんの人だった。みんな私を見ている。みんな何かを目で言っている。
お前が殺したんだ
お前が殺したんだ
お前が殺したんだ
お前が殺したんだ
お前が殺したんだ
ああ、この人たちは私が殺したんだ。
そうだ
そうだ
そうだ
お前が殺したんだ
皆憎しみのこもった目でこちらを睨んでいる。その重圧に気圧されて、無意識に後退りを始めた私の背中に1つの墓があたる。
みんなは、その墓を見て、また私を見る。
私は促されるように恐る恐る振り返る。
振り返った私の目にその墓の主の名前が見えた。
『宮藤 芳佳』
私は、恐怖のあまり絶叫した。叫びながらでもわかる、私を呼ぶ声がする。そして近づいてくる気配がある。その気配が怨嗟のこもった声で私の名を呼ぶ。いくら叫んでも、耳を塞いでも、その声は入ってくる。私を黒く染めていく。
宮藤芳佳、次はお前の番だ
宮藤芳佳、お前は空を汚した
宮藤芳佳、何でお前は生きているんだ
宮藤芳佳、俺は死んだんだぞ
宮藤芳佳、早く死ねよ
宮藤芳佳、死ねよ
早く死ね、死ね、死ね、死ね死ねしねしねしねしねしね─
「宮藤、おい宮藤!」
「──ぁぁぁぁぁぁああああ!!!!! っはぁ、はぁ、はぁ…あれ?」
「大丈夫か宮藤、私が解るか!? 北郷だ!」
「きた、ごう、せんせい?」
「そうだ、私は海軍少佐、北郷章香だ」
周りを見渡す。私は太陽の光が射し込む列車の中にいて森や闇など影も形も無く、私を見てくる者はオラーシャ兵ではなく列車の利用客だった。
ここはどのあたりだろう?と気になって外を見る。車窓には、皇都に勝るとも劣らない大都会─安土の街があった。
1936年6月1日、安土駅
「いやー、びっくりした。寝てたと思ったら突然叫び出すなんて思ってもみなかった」
私は海軍少佐で私をスカウトした北郷章香(きたごうふみか)先生に連れられて、彼女が創設するというウィッチ隊に入隊するために舞鶴に向かっていた。どうやら夜行列車で寝ている内に「いつもの」夢を見ていたらしい。そして乗り換えの為に下車する安土の直前でいつもの夢を見て叫びだして北郷先生に起こされた、という訳だ。
毎晩悪夢を見ている事がばれないように私の有り余る魔法力で兼定に結界を張ってもらっているが、どうもその兼定が初めての列車で興奮して結界を張り忘れていたらしい。お仕置きが必要だろう。
「ご心配をおかけしてすみませんでした。悪い夢を見てしまって」
「や、謝らなくていいんだ。悪夢なんてそれくらいの年齢じゃ普通の事だ、気にしなくてもいい。そんなことより、宮藤と兼定は安土は初めてか?」
「はい、初めてです。」
「俺も初めてだな」
早速一つ嘘をついてしまった。実は「前」にも舞鶴に向かうときに安土に来ている。まあ言い訳をすれば、あの時は外を見る気力などなかったのでじっくり見るのは初めてだし、「前」では安土は完全に焦土と化していた。そういう意味では活気に満ちた安土は初めてである。
高架のプラットホームから町を見ると、そこにはモダンな鉄筋コンクリート造りや西洋風の煉瓦造りなど様々なビルヂングが大通り沿いに建ち並び、そこを路面電車やバスが走り抜ける賑やかな光景があった。きっと何百万もの人がいるのだろう。
ここを焦土にしてはいけない。ここも「多くの人」が暮らすのだから。ここどころかこの世界全ての人も出来るだけ守らないといけないのだ。たった1つの街すら守れなくてどうする。
『その力を、多くの人のために使う』
お父さんがくれた罰を実行するのだ。
「おい芳佳、腹が減ったんだが」
「兼定、ご飯抜き」
「は!? 何でだよ!」
「せっかくの決意をぶち壊しにしたのと結界張り忘れた事のお仕置きだよ、兼定」
「だって列車って速いし面白いじゃないか!って芳佳やめろ! 俺を線路に落とそうとするな!」
「兼定、うるさいよ」
「はいはい、いつまでも戯れている時間は無い。まだ舞鶴は遠いぞー」
「はい、わかりました先生。兼定、付いてきてね」
「けっ、わかったよ」
私たちのホームにガッシュガッシュと力強い音を響かせながら入ってきた列車に乗り込む。
「鳥取行き、まもなく発車いたしまぁす!」
威勢よく叫ぶ駅員に急かされたのか慌てて乗り込む乗客たちを待って、ヂリリリリリリリ…とやかましくベルがなる。
最後にボゥッと汽笛が叫び、ガクッとした衝撃が来て、真新しい客車列車は動き出した。
列車は午前の内に琵琶湖畔を走り抜け、昼頃には京都に着き、たくさんの客を乗せた。
さて、この列車は市内を抜けるととても美しい谷間を通る。そこで北郷先生がくれたお弁当を食べながら(温情で兼定にも少しやった)私が今後のネウロイ対策を考えていると、突然列車が、キィィィッと音を立てて急停車した。
「何かあったのかな?」
と北郷先生は言うが私はそれどころではない。扶桑海事変は来年のはずなのにこの間横須賀にネウロイが出たのだ。私の知識外のネウロイ出現があってもおかしくは無い。
「まさかネウロイっ!?」
ちょうどネウロイの事を考えていたばかりだったのも手伝って、私はこれがネウロイか何かが出たが故の緊急措置だと思ったのだ。現に鉄の塊である鉄道は、「前」ではよく襲撃を受けていたはずだ。それは無いだろとか言ってる使い魔は放っておく。
「ネウロイ? そんなまさか」
「何故そんな事を言うのですか? ネウロイはいつ来るかわからないんですよ? 横須賀の件もありますし」
「そもそも前の戦いから20年もたってるんだが…まあ良い。横須賀でネウロイが戦ったお前がそこまで言うんだ、何かあるかもしれんな」
万が一の可能性だってあるのだ。二人で立ち上がって窓から外に飛び出る。周りの乗客が呆気に取られているが知ったことではない。
二人で周囲を見渡す。
「宮藤、何かいたかっ」
「いいえ、北郷先生は!?」
「駄目だ、何も見つからん」
「一旦先頭に行ってみましょう!」
「そうだな」
私たちは一番後ろの車両にいた。もしかしたら何かわかるかもしれない。
「よし、走って…おや?」
「北郷先生どうしたので…あれ?」
先生の呆けた声に振り返ると、列車が動き出していた。
それももう結構なスピードだ。どうやら二人で話していて音に気付かなかったらしい。
「え?」
「へ?」
気付くと、北郷先生と私は渓谷の中の駅に取り残されていた。
「そこのウィッチさん、どうしはったんで?」
と不審に思ったらしい駅員が独特のイントネーションで話しかけてきたので理由を説明すると、彼は笑いながら種明かししてくれた。
「ウィッチさん、この辺りでネウロイどころか怪異の話も聞いたことはありまへん。列車が止まったのは『タブレット』を落としたからですわ」
「タブレット?」
「そうですそうです。まあ言うなれば『列車の通行手形』ですよ。それを落としたら、列車は如何なる場合でも止まらにゃあかんのです」
「成る程、そういう事でしたか。みーやーふーじー?」
「すいませんでしたっ」
北郷先生がこちらを笑顔で睨んできたので反射的に謝る。
「あっはっはっは、空の上にいればわからないのは当然です。むしろウィッチさんたちが空を飛んでくれてはるから、こうして自分たちは生活できるからですわ。いや本当に感謝しとります」
何もしてないのに感謝され、私が困惑していると更に駅員は提案をしてきた。
「せや、せっかく次の列車まで間があるさかい、ここで休んでいってくださいな」
「いえ、私は遠慮しますよ。先生はどうぞ休んでください」
「おい宮藤、まだ六歳の君が休まないで私が休むなんておかしいだろう。宮藤が休まないなら私も休まんぞ」
「折角お会い出来たのも何かの縁です。お二方もそんなことおっしゃらんで、どうぞどうぞ」
私はウィッチとして敬意を払われる資格など無い。そう思って固辞しようとしたのだが、押しの強い駅員に根負けし、私たちは駅員さんの厚意に甘えて列車の時間まで駅員室でおもてなしを受ける事となった。
どうやら彼の父が第一次ネウロイ大戦で従軍経験があり、彼はその時のウィッチの話をよく聞いていたのでウィッチに強く憧れていたらしい。ミカンまでいただいて、流石に恐縮していると、北郷先生が何かを思い出したように尋ねてきた。
「そういえば宮藤、荷物はどうした?」
あ。
─1936年6月「2日」、舞鶴
結局親切な駅員さんが取っておいてくれたのを受け取りに鳥取まで行くはめになった私は、予定より1日遅れて舞鶴に到着した。
「宮藤、次からは気を付けろよ」
「申し訳ありませんでした、先生」
「まあ良いよ。それにしても君は申し訳ありません、なんて言葉よく知ってるなあ。普通六歳が使う言葉じゃないぞ。時々思うんだが、君本当は六歳じゃない、なんて事ない?」
おっと、とうとうこの質問が来たか。
「あははー、そんなことあるわけないじゃないですかー」
「何か棒読みに聞こえるが」
「おい、俺を忘れ――」
「先生、そんな事より舞鶴鎮守府ってあそこじゃないでしょうか? わあーやっと着いたー」
ちょうどいい。鎮守府が見えてきたので話題を変えさせてもらう。
「露骨に話題を逸らすねえ。まあ良いか。さて」
というと、先生の雰囲気が変わる。先生は振り返り、私に手を差し出してきた。
そこには先程までの砕けた雰囲気の北郷章香ではなく、凛とした海軍軍人としての北郷章香が立っていた。
「宮藤芳佳くん、ようこそ舞鶴鎮守府、そして扶桑海軍へ。私、扶桑皇国海軍所属北郷章香少佐は君を歓迎する」
「有り難う御座います。これからよろしくお願いいたします」
私は差し出された手を握る。
「こちらこそ。ネウロイの倒しかたとか色々教えてもらうよ?」
「はい、この宮藤芳佳、出来る限りお伝えし、人類のために役立てられるよう努力します」
やっとスタートラインに立ったと実感した。早速グダグダだった気もするがそれは一旦忘れる。
償いをするため、お父さんやあの陽気な駅員や安土で見た人々たちの命を守るため、その後の平和のため。そのためにこなさなければいけない試練は山ほどあるが、軍に入ってウィッチにならなければ何も始まらない。
この日、私の戦いはスタートを切った。
「おい、俺を忘れるなよ」
「あ、兼定。これからよろしくね。一応」
「一応とは何だ一応とは! 俺は何百年もあの地を守ってきた凄い奴なんだぞ! それを」
「さて宮藤、早速案内始めるぞー」
「あ、はい、了解です先生!」
「俺の話を聞けええええ!!!!!」
ちなみに「先生」呼びは六歳で軍隊的な呼び方をさせるのは若干抵抗のあった北郷がそう呼べと指示した呼び方です。