サファイアがカナズミジムから出ていったあと。手持ちの回復を終えたヨツタニと、次の挑戦者であるルビーはお互いジム戦のフィールドから少し離れたところに立っていた。
「それでは、これより挑戦者ルビーとジムリーダーヨツタニのジム戦を開始します。――始め!」
「ロコン、出番だよ」
「出てきて、イシツブテ!」
チャンピオンであるシリアの号令の後、ルビーとヨツタニが同時にポケモンを出す。先手を取って動いたのはやはりルビーのロコンの方だ。俊敏な足取りでイシツブテの前へと出る。
「鬼火」
「コン!」
呟くようなルビーの指示を聞きとり、鬼火を至近距離を打ちこむ。確実にイシツブテに火傷を負わせた。
「イシツブテ、岩落とし!」
だが、当然真正面から近づいて技を打ち込めば隙も出来る。ヨツタニもそれを見逃さず、ロコンの体に石を落とした。弱点である岩タイプの攻撃を上から受けて、ロコンの体が倒れるが、ルビーの表情に変化はない。
「いけるね、ロコン?」
「コォン!」
ロコンが元気に鳴く。火傷の状態異常によって攻撃力を半減させたため、ダメージは大きくない。とはいえ無傷ではないのだが主人に褒めてもらおうと自分を元気に見せているのだ。ルビーもそれを理解して苦笑する。
「やれやれ、よそ見はしないでおくれよ?じゃあ、影分身」
ロコンの体が陽炎のように揺らめき、蜃気楼を見せるようにその体が分身していく。
「……イシツブテ、丸くなるからの転がる!」
ヨツタニが指示を出し、イシツブテがサファイアのダンバルにした戦法を見せる。だがあの時と違うのは、ロコンの体は影分身しているということ。姿の定まらないロコンに、イシツブテは虚しく明後日の方向に転がることしか出来ない。
「丸くなるからの転がるは確かに強力な技だよ。だけど、その威力が発揮されるのはあくまでも相手に当たり続けてこそ。
……だよね?」
ロコンが分身を続け、その間に火傷のダメージは蓄積していく。ルビーの確認がとどめになったかのように、イシツブテは限界に達して転がったまま戦闘不能になった。ヨツタニは頷いて、イシツブテをボールを戻した。
「お見事ですが……私のノズパスにそれは通用しませんよ!出てきて、ノズパス!」
「ロコン、このままいくよ」
ノズパスが出てくるが、既にロコンの体は無数に分身している。岩落としや岩石封じを当てるのは不可能に近いことは明白だった。
故に、ヨツタニの思考は一つに絞られる。
「ノズパス、放電!あの分身を全て吹き飛ばして!」
「……かかったね」
「え?」
ノズパスが体に電気をためると同時、ルビーは少し悪い笑顔を浮かべた。そしてそれは、勝利を確信している者の顔。
「ロコン、炎の渦」
ノズパスが電気を全方位に放つよりほんの少し早く、その周囲を取り囲むように炎の渦が出現する。炎と電気はノズパスの周りでぶつかり合い――――ノズパスを中心に大爆発を起こした。その衝撃でロコンの影分身が消えていくが、中心部にいるノズパスが無事で済むはずがない。
「私のノズパスが……こんな簡単に」
爆発が消えた後、ノズパスは爆心地の中心で倒れていた。チャンピオンのシリアが手を上げる。
「イシツブテ、ノズパス、ともに戦闘不能。よって、挑戦者ルビーの勝利です」
サファイアとは違って、勝利を手にしたルビーの表情に特段の喜びはない。ただ、バトルを終えて自分の元に走ってくるロコンを優しく受け止めた。褒めて褒めてと、全身でアピールするロコンを撫でる。
「よく頑張ったね、ロコン」
「コーン!」
撫でられて満足したロコンをモンスターボールにしまった後、ルビーはヨツタニに向き直る。その表情からはさっきの優しさは消えていた。
「さ、ジムバッジを貰おうか」
「……ええ、まさか一体に簡単に倒されるなんて思いませんでした。さすがはシリアさんの妹さんですね」
「……」
シリアの妹、と言われたルビーの表情がわずかに曇った。それについてシリアは何も言わない。
「ああ、すみませんすみません!私ったら何か失礼なことを言ったみたいで……」
ジムに来た最初の姿勢に戻ってしまったヨツタニを、シリアが近寄ってフォローする。
「はいはい、ジムバッジを渡すまでがジム戦ですよ」
「あ……そうですね!ではルビーさん、ストーンバッジを受け取ってください!」
「はい、ありがとう。確かに貰ったよ」
あっさりとジムバッジの授与は終了し、ルビーがバッジをポケットにしまう。その時だった。
「大変だ、ルビー!シリア!今さっき、テレビで……」
一方、カナズミシティの西側から自転車を走らせながらポケナビでテレビを見ていたエメラルドは(良い子は真似してはいけません)突然テレビをジャックして出てきた映像に思い切り噴出した。何せさっきぶっ飛ばしたばかりのわけわからん博士が平然とテレビに出てきているのだから。
「あんにゃろ、平気でいやがったのか……!」
まずそこを気にするあたり大概悪党じみているエメラルドだが、ティヴィルのメガストーンを頂くという言葉には、悪だくみを思いついた顔をして
「なるほどな……つまり俺様がメガストーンを手に入れれば、わざわざこっちから探すまでもなく向こうからやってくることか、おもしれえ。こうなりゃすぐパパに連絡だ!」
テレビでの放送が終わると、エメラルドは早速自分の父親に電話をした。エメラルドの父親はデボンコーポレーションのかなり上の方の役員をしていて、エメラルドのことをたいそう甘やかしている。エメラルドもそれをわかっていて、父親の前では猫をかぶっているのだった。一人称も『僕』である。
「パパ!今の放送見た?なんか悪い奴らがメガストーンを集めようとしているって!」
「……ああ。それがどうかしたのか、エメラルド?」
「僕、あいつらの悪事をするのなら、ほっとけない!だから――僕に一つメガストーンを渡してほしいんだ!あんな悪い奴ら、僕の力でやっつけてやる!」
「なに?だが……それは危険だ」
「大丈夫だって!僕の強さは父さんも知ってるだろ、だからさ!」
「……わかった。可愛いお前の頼みだからな。すぐに届けさせよう」
故にメガストーンだろうが何だろうが頼んでしまえばすぐに届く確信があった。勿論、エメラルドの目的は勧善懲悪などではなく自分に恥をかかせたあの博士を今度こそ自分の力だけでぎゃふんと言わせることである。
そしてその場で待つこと数十分。バラバラというヘリの音が聞こえてきて。空からトレーナー側に必要なキーストーンと、ポケモンに対応するメガストーンが――3つ、送られてきた。エメラルドは父親に連絡する。
「パパ、しっかり届いたよ!3つメガストーンが届いたけどもしかして……」
「ああ、お前の今持つ3匹のポケモンは全員メガシンカに対応しているのだ。尤も、最終進化を終えなければその力を発揮することは出来ないが……ともかくエメラルド、無茶はするなよ」
「わかってるって、パパ!愛してる、ありがとう!」
エメラルドは電話を切る。対父親用の笑みを悪ガキのそれに変えて、エメラルドはさっき来た道を引き返した。
「よぉし……なんか第一の刺客とやらがシリアの元に向かってるっつってたな。ここは飛ばすぜ!」
愛用のマッハ自転車を全速力で漕ぐ。チャンピオンのいるカナズミシティへ向けて。
「大変だ、ルビー!シリア!今さっき、テレビで……」
息を切らして、サファイアはカナズミジムへと戻ってきた。その様子からただならぬものを感じたのか、シリアの表情が真剣になる。
「どうしたのですかサファイア君?落ち着いて、ゆっくり話してください」
シリアに諭されて、サファイアが一旦息を整える。頬を伝う汗をぬぐって、話し始めた。
「……さっきの博士、ティヴィルがテレビをジャックしてこう言ったんだ。
このホウエンにあるメガストーンを全ていただく。勿論トレーナーの物も……シリアの物も。それで刺客をすでに送ったって……それで、慌ててきたんだ。
無事でよかった……」
「……なるほど」
シリアは頷いたが、ヨツタニとルビーは話についていけていない。
「……待って。一体どういうことなんだい?その説明だけだと良く目的がわからないんだけどね」
「私も初めて聞きました。そんな話……」
サファイアは二人に詳しくティヴィルの言っていた内容を話す。サファイアの様子もあって、一応二人は納得した。
「……馬鹿げているね。そんなことを事前にテレビジャックまでして公表する意味が分からない。目立ちたがり屋というだけでは済まされないものを感じるんだけど」
「でももし本当に何かしらの事件を起こすつもりならジムリーダーとしても対策を練らないと……!」
「そうですね。これは由々しき事態です。チャンピオンとしても、放っては置けません。ホウエンリーグに一度私は戻ります。二人とはしばらくお別れですね」
ジムリーダーやチャンピオンにはホウエンを守る義務もあるのだろう。ヨツタニは早速どこかに連絡を取り始めた。シリアもジムの外に向かう。
「……ちょっと残念だけど、仕方ないよな」
「まあ、子供のわがままが許される場面ではないだろうねえ。」
「そうだよな……」
そんな会話をしながら3人でジムから出た。するとシリアがマジックのようにどこからか手に三つの物を取り出した。
「それでは妹君、そしてサファイア君にはこれを渡しておきましょう。まずは妹君、これを」
シリアはルビーに黒くて、どこか魂を惹き込むような美しさのある布を渡す。ルビーはそれを知っているようで、これは……と呟いた。
「霊界の布、と呼ばれる道具です。いずれ妹君の力になるでしょう。……そして二人に、これを。受け取るかは任せます」
残りの二つ――それは紛れもなく、今話題になったメガストーンの一種、キーストーンに違いなかった。サファイアが驚き、ルビーが嫌そうに目を細めた。
「……どういうことです兄上?ボク達を巻き込もうと?」
「だから言っているんですよ、受け取るかは任せると。……あの博士と出会った時の様子、そしてテレビジャックを伝えた時の様子を見るに、サファイア君は自分からこの事件に関わろうとするでしょう」
図星を突かれて、サファイアはどきりとした。確かにあいつらの悪事は放っては置けない。それを見て、ルビーはため息をつく。
「……どうやらそのようですね。毒を食らわば皿まで、か」
「まあそういうことです。どうせ巻き込むなら、せめて巻き込まれても大丈夫なようにするのがいいでしょう。その為の餞別ですよ、これは。
――さあどうします?」
キーストーンを受け取り、この事件に積極的に関わるか。受け取らず、知らぬ存ぜぬを通していくのか。無論後者でもシリアは落胆も怒りもしないだろう。ただの一トレーナーのサファイアとルビーに関わる義理は全くないのだから。
サファイアはちらりとルビーを見る。ルビーは肩をすくめた。どうせ止めても無駄だとわかっているからだ。
「もらうよ、シリア。……ありがとう」
「仕方ないですね……解せないところはたくさんありますが、もらってあげますよ。兄上の我儘には困ったものです」
二人はそれぞれキーストーンを受け取る。それをシリアは笑顔で見届けて。移動用のオオスバメをボールから呼び出した。その時だった。
「フッフッフ……見つけましたよ、ホウエンチャンピオン・シリアッ――!!」
上から、どこかあの博士に似た、だけど若い女性の叫びが聞こえる。サファイアが上を見上げるとそこには――ミミロップの背に乗って、サファイアやルビーより少し年上の少女が急降下してきていた。
「シリア!空から女の子が!」
サファイアが警告し、シリアがその身を何とか避ける。向こうも元々狙いはオオスバメの方だったようで、その身に思い切り空中からのとびひざ蹴りを直撃させた。オオスバメはあまりの一撃に泡を吹いて倒れる。そして柔軟なミミロップの体は地面におりた衝撃を殺して、すとんと着地した。
その少女は、薄紫の長髪をストレートにしているけど少し前髪が動物の耳のようにぴょこんとはみ出ていて、服装は紺のブラウスに小豆色のロングパンツを履いている。目つきはどこかにやりとしていて、かつ自分に絶対の自信を持っているもののそれだった。
「やれやれ……刺客と聞いてどんな人が来るのかと思えば、あなたでしたか」
シリアが珍しくため息をつく。その仕草はやっぱりルビーと兄妹なんだなと感じたが、それどころではない。
空から降ってきた、少女を見やりシリアはこう言った。
「シンオウ地方の第一四天王……ネビリムさん」