「星喰み虚空へと消え去れり……か」
ザウデ不落宮、その頂きで空を見つめ青年が小さく呟く。
青年の瞳に映っているのは世界を喰らい尽くしてしまうであろう災厄。
誰1人考えもしなかった可能性が形となった物。
空を断裂してその裂け目からドロドロと溢れ出す黒い災厄は、さながらコールタールのようで悍ましい。
この光景は、その場に居合わせた者全員にとって正に青天の霹靂だった。
空に浮かぶ災厄、星喰の存在を知る者は皆、それが過去に打ち倒されたのだと信じていた。
クリティアの長は語った。
災厄はかつて退けられたとされているのだ、と。
だから皆信じた、先人達は多大な犠牲を払いながらも災厄を退けたのだと。
「確かに消滅させたとは言っちゃいないが……」
呆然と見上げていた青年の瞳が鋭く細められる。
左手に握られた宙の戒典(デインノモス)に知らず力が入る。
だが事実は違っていた。
星喰は滅んでなどいなかった。
長はこうも語っていた。
ーどのようにして退けられたのか、またどのような災厄であるのかについては伝えられていないー
「ろくでもねぇ遺産押し付けやがって……」
低く押し殺した声で青年は太古の先人達へと恨み言を吐いた。
八つ当たりと言ってもいい。
そう、太古の人々が呼び起こしてしまった災厄、星喰みは滅ぼされてなどいなかった。
先人達にできたのは、文明を犠牲にしてただただそれを封じることだけ。
気の遠くなるような長い時間、災厄は世界のすぐ側にいたのだ……何も変わらずに。
それを自分達は都合のいいように解釈してしまったのだ、そしてそれは大きなミスリードとなる。
エアルの流れが大きく乱れることで星喰が発生する。
ならば今最もその流れを乱している騎士団長アレクセイを抑えることができれば、星喰が発生する時を先延ばしにできると、そう信じてここまできた。
アレクセイを止める為に。
しかし、彼等が本当にするべきだったのは、彼を説得することでもましてや主義主張をぶつけ合うことではなかった。
するべきだったのは、何を差し置いてもザウデを起動させないことだった。
そしてもう1人、大きな誤解と矛盾を抱えたまま己が覇道を進んでしまった者がいる。
アレクセイ。
彼は腐敗しきったこの世界を変える為、始祖の隷長、ひいてはエアルから世界を開放し新たな世界を築く為に不落宮ザウデを求めた。
絶対なる力の象徴、兵器として。
しかし彼が本当に世界の救済、変革を望むのならば、ザウデにだけは手を出すべきでなかった。
何故ならそれは、決して兵器などではなかったのだから。
そして致命的な誤解を抱えたまま、両者はこの不落宮で対峙した。
望む結果とはかけ離れた方向へとその手を伸ばしながら。
戦いは熾烈をきわめた。
結果敗れたのは騎士団長、しかし彼は最後まで諦めることはなかった。
そして騎士団長アレクセイは解放した、してしまった。
星喰みを押さえ込む為の設備であるザウデを兵器魔導器(ホブローブラスティア)だと信じて。
そのアレクセイは……死んだ。
青年が容赦なく彼を斬りつけた後、頭上に力を失い落下した巨大な魔核の下敷きとなって。
彼が最期に流した一筋の涙は本物だったのだろう。
やり方は辛辣を通り越して悪辣ではあったが、アレクセイのこの世界を憂う想いは……間違いなく本物だった。
その想いが引き金となり招きこんだ厄災。
本当に皮肉でしかない。
全てを見通す神がいるとするならば、彼の眼にはさも滑稽な道化芝居であっただろう。
「ふうっ……」
息を吐き青年は目を閉じた。
思うことは多々あるが死んだ者のことをあれこれ考えるより、今はこれからのことを考えなければならない。
さしあたってまずは仲間との合流。
落下した魔核のせいで彼等と完全に分断されてしまった。
昇降機は魔核の向こう。
停止したとはいえ、いまだエアルを充分に含んだ魔核に安易に近づくのが得策ではないことは素人の目から見ても簡単に理解できる。
どちらにしろ暫くはここで立往生せざるおえない。
「ん?」
そう結論づけた彼の耳に、微かに足音が響いた。
「おいおい……」
随分早いな、と青年は呆れた。
魔導器にそこまで詳しくない彼でも静観した方がいいと分かるこの状況で、しかしそれを無視してこちらへ来そうな人間を1人、青年はよく知っていた。
「フレンか?」
振り返って自分も怪我をしているくせに無茶をした友人に小言を言ってやろうして、止まった。
そこにいたのは彼の親友ではなかった。
代わりにそこにいたのは彼の部下である女性、名前は確かソディアだった。
彼女は確か、青年を庇ってアレクセイの一撃を受け負傷した親友の側についていた筈。
何故こんな所に、と青年は眉を潜めた。
「……はっ?」
だからそれは、青年にとって完全に不意打ちとなった。
声をかけるよりも早く、彼女の体が青年にぶつかった。
直後、青年の脇腹辺りに鈍い痛みがはしる。
開ききった眼が捉えるのは、後ずさりながら離れるソディア。
彼女の手には血に塗れた短剣。
視線を落とせば大量に流れる自分の血液。
ああ、刺されたのか……
他人事のように漸く自分の身に起こったことを理解する青年。
その事実を理解した途端、体から力が抜ける。
フラつく足は言うことを聞かず、徐々にフロアの淵へと向う。
「あ、ああ……」
自分が衝動的に何をしでかしたのか、遅れて認識したソディアの体が恐怖で震える。
口からは音にならない悲鳴が響く。
その音が、実際の距離よりやけに遠く聞こえる。
やがて青年は足を踏み外し、落ちる。
(こりゃ……助からねぇな……)
意識が闇へと沈んでいく直前、落下する感覚の中で青年はやはりどこか他人事のようにそんなことを考えていた。
昔、とある所で投稿していものです。
あれこれ考えてもう一度投稿してみることにしました。
宜しくお願いします。