魔法先生ネギま!cross vesperia   作:雪蛍

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第7話

 

 

 

 

 

 2002.5月某日

 

 この日ユーリは1人、麻帆良の街をあてどなく歩いてた。

 別に何の目的もない、ただ偶然今日は表の依頼も裏の仕事もなかった為、完全にオフになってしまったのだった。

 仕事以外に特にすることもなかったユーリは、仕方なく普段立ち寄らない場所を散策することにした。

 

「んっとに広いなここは。 迷っちまいそうだよ……」

 

 もう既に見慣れない景色に突入してしまい愚痴りながらてきとうに歩き続けるユーリ、不意に大きな鐘の音が彼の耳に入ってきた。

 

「ん、もうこんな時間か。 にしても結構歩いたな……」

 

 ユーリが白いシャツの袖を捲り腕時計を確認すると、既に4時になろうとしていた。

 そろそろ戻ろうかと、ユーリは足を止めた。

 しかしなんとなくだが鐘の音が耳に残ってしまい、本当になんとなくだが、ユーリは鐘の音がした方へと歩き出す。

 

「ま、せっかくこんなとこまで来たんだ。もうちょっと行ってみるか……」

 

 どうせ今日は何の予定もないのだ。

 家に帰るのが少し遅くなったところで全く問題などない。

 そう結論づけると、ユーリはのんびりと欠伸をしながら音のした方へと歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃあ」

 

「にゃん」

 

「みゃ?」

 

「どうすっかな……これ」

 

 あれから数10分後、ユーリは無事鐘の場所へと到着していた。

 

 そこは小さな教会だった。

 

 辺りに人影もなく、そこはとても静かで穏やかな所。

 その建物の前、ちょっとした広場の中央で、ユーリは地面に胡座をかいて心底困り果てていた。

 別に怪我をして動けなくなった訳ではない、動こうと思えばいつでも動くことはできる。

 しかし……

 

「ニャアー」

 

「にゃにゃ!」

 

「スー……スー……」

 

「動け、ねぇよな……流石に」

 

 それはできなかった。

 何故ならユーリの膝の上、足の間、頭の、そこかしこに乗っかられている最中なのだ。

 

 そう、大量の猫に。

 

 事の始まりは一匹の猫だった。

 この教会に辿り着いたユーリは景色をしばし眺めた後、近くにあった手摺に寄りかかり、そこから夕日を眺めていた。

 鐘が鳴っていた場所を探していたとはいえ、それを見つけたところで別にどうということもない。

 単に気まぐれで音を辿ってきただけなのだ。

 

 しかしユーリは、ここから見える夕日は中々に綺麗だとガラにもなく感じていた。

 そんな時にふとユーリの足元にやって来たのが最初の猫だった。

 急に草むらから顔を出したその猫は少しだけ辺りをキョロキョロして、ユーリを見つけるとなんの迷いもなくトコトコと彼に近づいてきて、足元甘えるようにに擦り寄ってきた。

 普段から動物に良く懐かれるユーリ。 

 懐っこいなと思いその猫を抱き上げた。

 特に抵抗する素振りもなくされるがままに持ち上げられた猫と目を合わせ、自然と頬が緩むユーリ。 

 もう少しこいつとゆっくりしてもいいかと思い、その場に腰を下ろした。

 それが間違いだったのかもしれない。

 猫と戯れていると、ふとユーリは多数の視線を感じた。

 ゆっくりと顔を上げれば、彼は何時の間にか囲まれていたのだ、大量の猫に。

 後はもうあっという間の出来事だった。

 次々と猫達は怖がることも警戒することもなくユーリに走り寄り、各々居心地のいい場所に陣取りマッタリモードへ移行。

 動物が嫌いではないユーリは、この

マッタリしている猫達をどかすという選択肢を取れず、なので時間だけが経過し、現在、こんな状況になってしまったのだった。

 

「お前ら……いつまでここにいる気だ? 帰えんなくていいのかよ?」

 

 ユーリはほとほと困り果て、伝わるはずもないのに、遂に猫に話しかけ始めてしまうユーリ。

 案の定、猫に言葉が伝わる筈もなく、全く動こうとしない猫達。

 それどころか猫達はユーリを見上げ、にゃーんと甘えるように鳴き頬ずりまでしてくる始末、まだまだユーリと一緒にいたいようだ。

 

「はぁ……」

 

 面倒くさそうに溜息を吐きつつも、 その可愛らしい仕草に、ユーリは長丁場になる覚悟を決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらい時間が経過したのか。

 猫達の背を撫でながら、もう沈み始めている夕日を、ずっと眺めていた。

 静かな空間。

 そんな空間に、不意に少し強めの風が突然吹き、乱暴にユーリの長い黒髪を撫で付けた。

 その風が当たったのかカサッと、彼の背後で音がする。

 

「……ん?」

 

 ゆっくりと後ろへとユーリは首を向ける。

 

「……」

 

 するとそこにはビニール袋を手に下げユーリのことをじっと見つめる、1人の女性が立ち尽くしていた。

 

 何時の間にそこにいたのであろうか。

 普段から他人の気配に敏感なユーリが全く気づけなかった。

 

 目が合って、それでもユーリを見つめ続けるる女性。

 まるで人形のように、本当に微動だにしない。

 ユーリも突然の女性の登場に言葉が出ない。

 その場に流れる気まずい沈黙。

 気まずい、と感じているのは正確にはユーリだけかもしれないが。

 そう思ってしまう程に、女性の表情には一切の感情が伺えない。

 

「……あんた、いつからそこに?」

 

 その沈黙を先に破ったのはユーリ。

 彼の口から出てきた言葉は、凡そ初対面の女性にかけるような気のきいた言葉とは大きくかけ離れている。

 

「10分程前から……」

 

 ユーリの少し不躾な態度に何も反応せず無表情に、そして無感情に女性はユーリの質問に律儀に答えた。

 

 「で、俺に何か用?」

 

 「いえ、貴方ではなく、その……」

 

 ユーリの質問に何故か言葉を詰まらせる女性。

 ここにきて始めて人間らしさの

ようなものが垣間見えた。

 相変わらず無表情だが、ほんの少し、僅かだけが照れているようにも見える。

 

「?」

 

 不思議そうにするユーリだったが、彼女が手にしているビニール袋の中身に気づき、 その目的を悟った。

 

「ああ、あんたこいつらの飼い主か。 助かった……」

 

「どういうことでしょうか?」

 

 ユーリの言葉に、今度は女性の方が不思議そうに首を傾げる。

 

 「ほらお前ら、飼い主様が飯持ってきたぞ」

 

 しかし女性の問いには答えず、ユーリは猫達に話しかける。

 すると猫というものは現金なもので、先程まではユーリの話などまるで気にしていなかったくせに、今度は正しく意味が伝わったようで、猫達は一斉に立ち上がり、女性の方へと走り出しだ。

 ただ一匹だけ、ユーリの頭の上の猫だけは頑としてその場を動かなかったかが。

 

 「……」

 

 女性は走り寄ってくる猫達を無表情に見つめ、やがて無言でその場に腰を下ろし袋からペット用の皿を何枚か地面に置くと、そこに缶詰の中身を移しだした。

 待ってましたといわんばかりに缶詰の中身に一斉に顔を突っ込むを猫達。

 その様子を、女性は撫でることも話しかけることもせず、ただただじっと眺めている。

 

「……随分たくさん飼ってんだな。 世話、大変だろ?」

 

 ようやく立ち上がることができたユーリが、頭に猫を乗せたまま女性の隣に立つ。

 

 「私が飼っているわけではありません」

 

「じゃあ、こいつら全部野良か?」

 

「はい」

 

 女性は猫達から目を離さずに、静かにそして淡々とユーリの質問に答えていく。

 物好きな奴だな、とユーリは呟いた。

 

「事情があって、私は飼うことはできないので、でもせめてご飯だけでもと。 お腹を減らすと可哀想なので……」

 

 すると、今度はゆっくりとユーリを見上げ少しだけ寂びしそうに女性は口を開いた。

 

「それで毎日ここに来てんのか?」

 

「はい」

 

 「へぇ……」

 

  変わった奴だと思いながらも、ユーリは目の前の女性に好感を持ち始めていた。

 自分の飼い猫でもないのに毎日餌を与えるなんてなかなかできることではない。

 心が温かい奴だと、ユーリは下町の人間のことを思い出す。

 あそこにはこういう人間がたくさんいる。

 例え生活は貧しくても、心だけはいつでも豊かな彼等は、元気にしているだろうか、いやきっと元気だろうとユーリは頬を緩ませる。

 逞しさだけは無駄に持っているのだ、あそこの連中は。

 どんな状況になっていても笑顔を忘れずにやっているに決まっている。

 

「……何故、そのような表情をなさるのですか?」

 

「……あ?」

 

  不意に聞こえてきた女性の声に、ユーリは一気に現実に戻される。

 下に視線を向ければ、女性が無表情ながらも、ほんの僅かに不思議そうにこちらを見ている。

 

「……俺、なんか変な顔 してた?」

 

 下町の連中のことを思い出して顔を緩んでいたのを自覚して、途端に気恥ずかしくなるユーリ。

 その照れを隠すように、彼はわざとらしく女性から顔を逸らした。

 

「語彙がまだ不完全なので上手く表現出来ませんが、カテゴリーの中から似たものを選んだ結果、嬉しそう、というのが適切な言葉だと私は判断しました」

 

 女性の不思議な言い回しに違和感を感じるユーリ。

 しかしそれをあえて指摘することなく、ユーリは話題を少し強引に女性へと変える。

 

「そういうあんたは、あんま表情変えないな。 いつもそうなのか?」

 

「……自分ではよく分かりません。ですが、恐らくそうなのでしょう」

 

 あからさまな会話のすり替えなのだが、女性はそれを意に介さずにユーリから目を離し、猫へと視線を移して女性は答えた。

 

「そんな難しいことか? そんだけ猫達に懐かれりゃ、嬉しくて笑ったりすんじゃねぇの?」

 

 ユーリの言葉に女性はゆっくりとかぶりを振った。

 

「それは人間の一般的な反応です。私は、人間ではなく、ガイノイドですから」

 

「ガイ……何だって?」

 

 全く聞き覚えのない単語にユーリは顔を顰める。

 言葉の内容から彼女が人間とは違うと言いたいということは分かったが、では彼女は一体何なのか。

 

「ガイノイドとは、人間の女性に似せて作られたヒューマノイドで、女性のアンドロイドを意味します。 語源はギリシア語から来ていて……」

 

 ユーリの疑問に答える為、スラスラと淀みなく説明を始める女性。

 しかし途中で女性の言葉がピタリと止まる。

 そしてじっとユーリのことを見つめる。

 

「……物凄く簡単に言葉を崩します。 ぶっちゃけると私はロボットです、ということです」

 

 急に言葉のチョイスが簡単なものになった。

 どうやらユーリが自分の話を全く理解できずに、途中から話を聞いてすらいないことに気づいたようだ。

 

「……ロボット? てアレか?」

 

「アレがドレかは分かりませんが、恐らくソレかと……」

 

 なんとも中身のない会話を交わす2人。

 

 ようやく理解できる言葉を耳にしたユーリは、頭の中にとある物を思い浮かべていた。

 

 それはヘラクレスやザウデで遭遇した帝国が造ったであろうメカ達のことであった。

 今もユーリの頭の中で四足歩行でガシャガシャと喧しい音を鳴らしながら動くアレと、目の前の女性を見比べる。

 

 とてもではないが、コレとアレ等が同じ物だとは思えなかった。

 

「ホントにロボット、なのか?」

 

「はい。 今この場で私が貴方に嘘をつく必要性を感じませんが?」

 

 女性が嘘をついている様子は全くない。

 どうやら本当に目の前の女性は所謂ロボット、という存在らしい。

 

「ふーん、そっか……」

 

 よく理解はできていないが、ユーリは取り合えずそこでもう納得してしまうことした。

 

「ですから、私に一般的な反応は適用されません。 なので、この場で私は笑いません」

 

 理路整然と自分が笑わない理由を話す女性。

 ユーリは彼女のその言葉に違和感を覚えた。

 

「あんたがロボットなのは分かった。 けどそれが笑わない理由にはならねぇと思うけどな……」

 

 だからでろうか。

 ユーリが顔を女性から逸らし詰まらなさそうに息を吐いた時に小さく、そして無意識にそう呟いてしまったのは。

 

 「人間じゃないから」

 

 女性にその気はないのだろうが、ユーリにはその言葉がひどく自虐的な言葉に聞こえた気がした。

 

「それは一体どういうことでしょうか? 宜しければその言葉の意味を教えていただきたいのですが……」

 

 「いやただの独り言だよ。 気にすんなって……」

 

 聞こえてたのかよ、とバツが悪そうに頭を掻くユーリ。

 どうやら女性の聴覚は、人間のそれを凌駕していてるようで、ユーリが無意識に小さく呟いてしまった言葉は、しっかりと彼女の耳に拾われていたようだ。

 

  そうですか、と特に気にした様子もなく女性も猫へと目を戻した。

 

 会ったばかりの人間にーまぁ彼女は人間ではないがーあれやこれやと自分の考えを押し付ける程、図々しくなるつもりはない。

 

(それに……)

 

 とユーリは無表情の女性の横顔を眺める。

 小難しいことを並べて自分は人間とは違うと言ってはいるが、一生懸命に餌を食べる猫達を見つめる彼女の目からは確かな優しさを感じ取ることができる。

 そこに人間との差など感じられない。

 

「わざわざ俺が言わなくても、そのうち自分で気づけるさ……」

 

 「はい?」

 

 さっきよりも努めて小さく呟いたユーリの言葉は、今度は彼女に聞き取られることはなかった。

 

「いや、なんでもねぇよ。 さてと……俺、そろそろ行くわ」

 

 まだユーリの頭の上でマッタリしている猫を掴み、優しく地面に置いてやる。

 猫は賢いようでユーリが帰ることを理解しているのか、今度はもうユーリに擦り寄ることはしなかった。

 

 立ち上がり踵を返し、彼女の返事を待たずにユーリは歩き出した。

 そうですか、と女性もユーリを見ることはなかった。

 

「そうだ」

 

 猫の溜まり場から数メートル離れた所で、ユーリは不意に立ち止まり振り返った。

 

「ユーリ・ローウェル、俺の名前。あんたは?」

 

 キョトンとしている女性。

 しかしすぐにユーリの言葉の意味を理解したのか、立ち上がり胸に手を当てゆっくりと口を開いた。

 

「絡繰茶々丸です」

 

「カラクリチャチャマル……か。 んじゃ長いから、茶々だなっ」

 

 絡繰茶々丸という女性の名前を聞いて、ユーリは少し考えてから彼女の呼び名を縮めてしまった。

 

「茶々……茶々……」

 

 縮められてしまった自分の名前を小さく何度も繰り返して、不思議、そうに首を傾げ、動かなくなる絡繰茶々丸。

 

「ん? なんか嫌だったか?」

 

 ユーリの言葉に、間髪を入れずフルフルと首を振る茶々丸。

 

「いえ、そのようなことはありません。 ただ……不思議で」

 

「そっか。 なぁ茶々、またここに来ていいか? 次くる時はこいつ等の餌、持ってくる」

 

 茶々丸の反応に小さく笑ってしまうユーリ。

 似たような状況で、似たような反応を示したあのお姫様の笑顔が頭を過る。

 

「はい、この子達も喜ぶと思います。 だから……お待ちしております」

 

 茶々丸にしては幾分か柔らかい、優しい言葉と共に一度おじぎをする。

 普段からし慣れているのか、恭しいそれはとても様になっている。

 彼女に一度頷き、今度こそ帰るユーリ。

 

「またな茶々っ」

 

 最後にそう言って角を曲がりユーリが見えなくなった後も、茶々丸はしばらくその場に立ち尽くしていた。

 

「茶々……長いから……茶々……」

 

 ユーリにつけてもらった新しい自分の呼び名を確かめるように何度も呟きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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