魔法先生ネギま!cross vesperia   作:雪蛍

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第8話

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様! ユーリちゃんっ」

 

 何故かいつもユーリをちゃんづけで呼ぶおばちゃんが、屋根の上でやっと作業を終わらせ額の汗を拭っているユーリを見上げて労う。

 

「だから、ちゃんはやめろって。 それにこれ、あくまで応急処置だぜ?」

 

 側に掛かっていた梯子を無視して、ユーリは屋根からおばちゃんの隣へと一気に飛び降りる。

 彼の身体能力の高さを商店街の人間は既に理解しているので、特におばちゃんも驚くことはない。

 ユーリはいまだに呼び方に不平を零しているが、実はもう半分諦めている。

 半年言い続けて、結局おばちゃんの呼び方を変えることはできなかったのだから。

 

「いいじゃないのさ、今更だよ。 それより、今日うちでご飯食べてきなよ。 娘も喜ぶよ」

 

 心底どうでもいいとユーリの話を軽く流して、おばちゃんがユーリを食事に誘う。

 普段店で1人食事を取っているユーリを気遣って、こうやっておばちゃんは何日かに一回こうやってユーリを食事に誘う。

 ユーリもそれを割と楽しみにしているようで、今まで断ったことはなかった。

 

「悪りぃ、今日はやめとくわ。 行く所があるんでね」

 

 しかし今回ユーリは、少し考えてから、おばちゃんに断りを入れた。

 

「おや、珍しいね。 ……っ! ははーん、これかい? ユーリちゃんもやるねぇ」

 

「ちげぇっての、何でそうなんだよ……」

 

 断られたことが意外で目を丸くしていたおばちゃんだったが、すぐに何かに気づいたのかいやらしくニヤつきながら、小指を立ててユーリを囃し立てる。

 しかしこれぐらいで動揺する程ユーリは子供でも初心でもない。

 ジト目でおばちゃんを睨み、冷静に否定する。

 

「ああそうだ、猫の餌って何処に行けば買えんだっけ?」

 

「ん? 猫の餌? なんだいユーリちゃん猫飼うのかい? それだったら……」

 

 もうこれ以上ユーリをからかえないと知ると、おばちゃんもすぐに素に戻り、近場のペットショップの場所を詳しく教えてくれた。

 話しを聞く限り、その店はあまり遠くはなさそうだ。

 

「ありがとな。んじゃ、行ってくるわ。 飯はまた誘ってくれよっ」

 

「あいよ。 今度その猫見せとくれよっ!」

 

「ああ、まぁいつかな……」

 

 おばちゃんに挨拶して、ユーリは手を振りながら教えてもらった店を目指して歩き始める。

 別に猫を飼うという訳ではない為、少し言葉を濁らせながらユーリはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちの世界の猫は、随分といいご身分だな……」

 

 あれから数十分。

 ユーリは店で購入した沢山の猫の餌の缶詰の1つを空中に放りながら呟く。

 ペットショップというものは驚かされた。

 何せ餌の種類が非常に豊富なのだ。

 しかもそこそこ値が張る。

 

 テルカ・リュミレースではペット専用の餌という概念は無いし、ペットショップなどそもそもなかった。

 ー勿論それがユーリだけであって、貴族なんかの生活圏にはあったのかもしれないが、そもそもそんな所に興味など湧かないし、行く気もしないのだがー

 それに比べ、こちらのあの品揃え。

 そして猫だけではなくその他の動物専用の餌も多数取り揃えられ、その扱いは最早人間と同じと言っても過言ではない。

 ユーリが驚いたのも無理はない。

 

「ま、約束したしな。 たまにはいいか…。」

 

 広場の猫の数の為とはいえ、かなりの金額になってしまった。

 しかし余計な買い物だとは思わない。

 ユーリは落下してくる缶を危なげなく掴み取り、目的地までの最後の角を曲がる。

 

「ニャーっ!」

 

「うおっとっ! なんだ? ってお前かよ……」

 

 ユーリが角を曲がった途端に何かが足にぶつかってきた。

 少し驚かされたが、足元を見てすぐに気がついた。

 そこにいたのは数日前、ユーリの頭をいつまでも占拠していたあの黒猫だった。

 微笑み、ユーリが頭を撫でようと屈むと黒猫はその手を華麗にすり抜けて器用に自分の定位置を目指してユーリの身体をスルスルと登っていく。

 

「何だよ、そこはお前の家じゃねぇぞ? てか軽いなお前……」

 

「にゃあ」

 

 ユーリの言葉などまるで聞いていないようで、頭に辿り着いた黒猫はさっそくマッタリとしだした。

 こうなってはもう当分離れてはくれないだろう。

 

「ったく……ん?」

 

 ユーリは立ち上がり腰に手を当て溜息を吐く。

 するとそこへ誰かがこちらに走り寄ってくる足音が聞こえてきた。

 

「あ……ここに居たんですか。 よかった、急に走り出すから何事かと……」

 

 曲がり角から姿を現したのは茶々だった。

 

「ようっ、数日ぶりだな茶々」

 

 猫に気を取られ、完全にユーリの存在をスルーしている茶々に、少しわざとらしく大きめの声で挨拶をする。

 

 

「えっ、あ、失礼しました。 数日ぶりです、ユーリさん」

 

 黒猫の安否を確認して、やっとユーリの存在に気づいて、茶々は慌てて挨拶を返した。

 もっとも慌てて見えているのはその動作だけで、声には抑揚はないのだが。

 

「さんはいらねぇよ。それよりもう餌、やっちまってたか?」

 

 そんな茶々のちぐはぐな言動に笑いながら手に下げたビニール袋を上げて見せるユーリ。

 ですが、と口篭っている茶々。

 呼び捨てでユーリのことを呼ぶのに抵抗があるようだ。

 ユーリは肩をすくめ、むず痒いんだよそういうの、と言うとやっと茶々は渋々ではあるが、了承した。

 

「今あげていたところです。 こちらへどうぞ……ゆ、ユーリ……」

 

  かなり言い辛そうにだが、なんとかユーリの名前を呼ぶ茶々。

 彼女の先導でユーリは数日ぶりに猫達の溜まり場へとやってきた。

 そこには既に10を越える数の猫達が仲良くご飯を食べている真っ最中で、見ているだけで和やかな気分になってくる。

 

「相変わらずすげぇ数の猫だな。茶々、もしかして全部覚えてんのか?」

 

「はい、特徴や猫の種類別、雄雌などでフォルダ分けして、保存してありますので全て識別できます」

 

「あー……そっか」

 

 何気なく尋ねたユーリだったが、返ってきた茶々の専門的な言葉の説明を半分も理解できなくて、指で頬を掻きながら顔を逸らした。

 

「ほら。 これ、明日にでも食べさせてやってくれ。 今日はもう始まっちまってるみたいだしな……」

 

 気を取り直してユーリは、持ってきたビニール袋を茶々に手渡した。

 猫達の食事はもうかなり進んでしまっているので、これ以上出しても無駄になってしまうだろうし、人間でも猫も食べ過ぎはあまり良くない。

 

「分かりました、わざわざありがとうございます」

 

 恭しくビニール袋を受け取った茶々は猫のすぐ側に屈み、以前と同じようにただただじっと猫達を見つめ始める。

 

「ほら、お前も早くしねぇと餌、なくなっちまうぞ」

 

「にゃ」

 

 そんな茶々の隣にユーリも同じように屈んで、頭の上でぐでーっとしている猫をひっぺがして皿の前に置いてやる。

 黒猫は名残惜しそうにユーリの頭を見つめていたが、やがて猫達の輪の中に加わり、餌を食べ始める。

 

「……聞いてもいいでしょうか?」

 

 暫く2人とも無言で猫達の食事を眺めていたが、徐にその沈黙を破って茶々がそう切り出してきた。

 

「なんだよ?」

 

「あの日ゆ、ユーリは、どうしてここに居たんですか? ここは特に何もない場所です、なのに何故?」

 

 それは特に意味のない質問だった。

 所謂他愛のない話。

 しかし、もしもこの場に普段の茶々を知る者がいれば、それは大層驚いたことだろう。

 彼女は普段、今のような意味のない質問をしたりなどしない。

 それどころか、ある特定の人物以外に関心を持つことなどこれまで全くなかった。

 

「ん? ああ、ただの散歩だよ。 俺、麻帆良に来たばっかで仕事も商店街の一部だけでやってたからな。 急に一日何も予定が入ってない日ができたから、その時間使ってあちこち見て回ってたんだよ。 んで、あの鐘の音を何気なく追いかけてたら何時の間にかここに、てとこだな……」

 

 すぐ側に建っている教会、その屋根の上に設置されている大きめの鐘を指差した。

 普段の茶々のことなど全く知らないユーリは、餌を食べている猫の頭を指だけで軽く撫でながらここに来た経緯を説明する。

 経緯といっても、そんな大層な理由があったわけでもなく、要は偶々見つけただけだったのだが。

 

「そう、ですか。 誰か知人に案内を依頼しなかったのですか?  麻帆良はとても広い場所です、1人だけではとても非効率的に感じますが……」

 

 「ここに来たばっかでまだそういうの頼める奴いないんだよ……ま、1人いるにはいるんだがタカミチの奴、そういう時に限って出張なんだよな」

 

 空を見上げながらぼやくユーリ。

 彼のそのぼやきの中に知っている人間の名前を聞いて、茶々はユーリに確認する。

 

 「タカミチ?  高畑・T・タカミチのことでしょうか?」

 

「あ? そうだけど……もしかして、知ってんの?」

 

「はい」

 

 目を丸めながらそりゃ偶然だな、とユーリは少し驚く。

 タカミチのくだりは茶々に聞かせるつもりはないぼやきだったのだが、前と同じで、この娘はしっかりと聞き取っていたようだ。

 この娘の前ではあまり余計なことを呟かないほうがいいと、ユーリは呟きを自重しようと決めた。

 

「彼は、私が現在通学している学校で担任を勤めておられます」

 

「……そういやあいつ、先生やってるんだったな」

 

 普段ユーリがタカミチと会う時は、どちらかというと広域指導員という側面が強かった為、彼の表の顔のことを今まですっかりと忘れていたようだ。

 

「……」

 

「ん? どうした?」

 

 取り留めもなくそんなことを考えていると、無言でこちらを見ている茶々に気づき、首を傾げるユーリ。

 

「いえ……宜しければ私が麻帆良を案内しましょうか?」

 

「どうしたんだ? 急に……」

 

 あまりに唐突な茶々の提案にユーリはあっけにとられる。

 茶々は少し目を泳がせ、言葉を詰まらせながら続ける。

 

「い、いえ、あの……お困りなんですよね? でしたら私なら麻帆良の全体を記録していますから、お力になれると判断したのですが……」

 

「別に困ってるわけでもないんだけどな。 でも、してくれるってんなら頼んでもいいか?」

 

 よっ、と勢い良く立ち上がったユーリ。

 まだ固まっている茶々にほら、と手を差し伸べる。

 暫くユーリの手を見つめていた茶々だったがはい、と手を取り茶々も立ち上がった。

 

「で、で、ではどこから行きましょうか?」

 

 どもりながらユーリと繋いだ手を慌てて離し、茶々は慌てて話を先に促した。

 

「任せた。 広すぎてどっから手ぇつけていいか、分かんねぇしな」

 

「では、生活に直結する箇所から……」

 

 漸く落ち着いた茶々が冷静さを取り戻し、即席だがプランを提案する。

 そんな、取り留めもない言葉を交わしながら、2人は猫広場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「すみません、ユーリ。 ほとんど案内になりませんでした……」

 

 日も落ちかけた頃、山路を歩きながら茶々はユーリに謝った。

 

「気にすんなよ。 久しぶりに下町の生活のこと、思い出せたしな……」

 

 茶々の少し前を歩くユーリは、振り返り彼女にに笑いかけた。

 

「下町、ですか?」

 

 首を傾げる茶々。

 

 麻帆良を案内する筈だったのだが、行く所行く所待ち構えていたかのように困っている人に遭遇してしまい、それを放置することができない茶々が手を差し伸べる、そして終いにはほっとけない病患者代表であるユーリもそれに参加し、結局最終的には人助けのパトロールとなってしまった。

 

「そ。 俺が前住んでたトコ。 貧しい場所だったけど、さっきみたいに皆が助け合って、住みやすい所だよ」

 

「そうですか」

 

 ユーリの言葉を聞いて、幾分か表情が晴れる茶々。

 2人は今、最後の目的地である、とある所へと向かって歩いている。

 ユーリが最後に近くで見てみたいと言った場所、それはこの山路を行った先、麻帆良の象徴。

 

「やっぱ近くで見るとでけぇな……」

 

 結構な距離を歩いた先、開けた所へと辿り着いたユーリは見上げ、心底感心する。

 

「はい、世界樹……正式な名称は神木・蟠桃。 樹高270m、世界で他に類を見ない大樹です」

 

 後に続いている茶々がユーリの側へ

立ち止まり、彼と同じように世界樹を見上げ、自身の記憶媒体の中に記録されている世界樹の情報を説明する。

 

「ハルルの樹と、どっちがデカイんだろうな……」

 

「ハルル、ですか? 申し訳ありません、その名称は私のデータにないようです」

 

「だろうな……」

 

 やはりユーリの呟きをしっかりと拾い、律儀にハルルというワードを検索までかける茶々。

 もうそれに慣れたユーリは適当に相槌をうつ。

 分かるわけがないのだ。

 例えこの娘がこの世界で最も賢い存在だったとしてもハルルという木を、ユーリが見たあの景色を、目の前のこの娘が知っていることなど有り得ないのを、知っているから。

 

(ここが俺が倒れてたってトコか……あんま実感ねぇな)

 

 余計な感傷を振り切って目の前の大樹の根元へと視線を向ける。

 ユーリが麻帆良に来て半年、ここを訪れたのは実は今日が始めてだったが、自分がこの場所に現れたとは実際に自分の目で見てもやはり簡単には信じられない。

 

「なぁ茶々、この樹、ホントに光ったりするのか?」

 

 大樹を見つめたまま、ユーリが静かに茶々に問いかける。

 

 

「はい、理由はいまだ定かではありませんが年一度、この樹はある期間に発光します。 そして22年に一度大発光と呼ばれる、例年よりも強く発光する現象があります」

 

(ま、ハルルの樹も光ってたんだ。今更樹が光ることに驚きゃしねぇけど、やっぱホントなんだな)

 

 今ひとつ信じきれないユーリだったが、茶々の口からそれを聞かされたことでようやく信じることができた。

 いや受け入れることができた、というのが正しいのか。

 

「んで、来年なんだろ? その大発光ってやつは……」

 

 茶々は静かに振り返ると、首を傾げ意外そうにしている。

 

「よくご存知でしたね。 はい、本当は再来年なのですが、何が原因か分かりませんがそのように予報されています」

 

(その時までに宙の戒典を元に戻さねぇと、次はその22年後、か……)

 

 ユーリに与えられた期限はあと一年と少し。

 いまだに掴めた情報は全くない、もう帰れないかもしれないという考えがユーリの頭を掠める。

 

(っ……何弱気になってんだよ。 まだそうと決まったわけじゃねぇ)

 

 ネガティブな方向へと縛られそうになる思考を振り切るように頭を強く

振るユーリ。

 

「どうかしましたかユーリ?」

 

 「いや、なんでもねぇよ。 大発光のことはじいさん、 学園長に聞いたんだよ」

 

 ユーリの突然の不審な行動を心配する茶々になんでもないと手を振り、彼は話題を変える。

 不思議そうにしていた茶々だったが、ユーリの言葉を信じそれ以上言及することはなかった。

 

「ユーリは学園長ともお知り合いでしたか。 それならば納得です」

 

 少し冷たい風が吹く中、それ以降2人の言葉が途切れる。

 再び世界樹を見上げるユーリ。

 茶々はしばらくそんなユーリを見つめていたが、やがて同じように世界樹を見上げる。

 

「……そろそろ帰るか」

 

 世界樹を眺めるのも気が済んだのか、ユーリが茶々に振り返りその横を歩き出す。

 はい、と小さく返事を返し、茶々はユーリの少し後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあな茶々。 今日はありがとな、いい気分転換になったぜ」

 

 行よりも少し時間をかけて麓まで戻ってきて、ユーリは茶々に礼を告げる。

 そして俺こっちだから、茶々とは反対の方向へと歩き出す。

 

「あの、ユーリ……」

 

 「ん?」

 

 しかし茶々の言葉に足を止める。

 振り返ると相変わらず表情の乏しい茶々がユーリをじっと見つめていた。

 

「……また、会えるでしょうか?」

 

 そんな茶々の口から零れた言葉はとても意外なものだった。

 表情が全く読めない彼女がどんな気持ちでその言葉を発したのかは分からない。

 しかし今はそんなことは関係ない。

 ユーリは苦笑しながら茶々に答える。

 

「当分は麻帆良にいるんだ、会おうと思えばいつでも会えるさ。それに……」

 

 ユーリは少し言葉を切り、茶々が手に持っているビニール袋を顎で指し示す。

 それに釣られるように茶々もビニール袋を見る。

 

「猫の餌やり、また見に来るつもりだぜ? すぐに会えるさ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「なんだよ、それ」

 

 何に対してなのか分からない礼をする茶々をおかしそうに笑うユーリ。

 よく分かりません、と今の自分の発言に疑問を持つ茶々。

 

「じゃあな、茶々っ」

 

「はい、では……」

 

 一頻り笑い、それに満足したユーリは今度こそ帰り路につく。

 その背中に深々と一度礼をして、暫くユーリの背中を眺めていた茶々も反対の道を歩き出した。

 

 

 

 

 

 

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