「いいね! やっぱりお兄さんよく似合ってるよっ! 萌っえるぅ!」
「……」
店員の半ばヤケクソなテンションに押され、されるがままに押し黙るユーリ。
気を抜いて大通りを適当に歩いていたら、やけにハイテンションなこの店の店員の怒涛のセールストークであれよあれよと露店に引きずりこまれ、気がつけば強制装備を施されてしまった。
「はい、それでは千円ですっ、ありがとうございましたぁ! ではでは、引き続き楽しい学園祭をっ!!」
笑顔で手を差し出す、店員。
ユーリは溜息を吐き、財布から千円札を取り出して店員に大人しく渡した。
ユーリからお金を受け取った店員の女の子は元気よく手を振ってユーリを送り出す。
「押し売りだろ、これ……」
店員のノリに辟易したユーリは小さく文句を口にしながら店を出る。
しかし今日は祭りだからまぁいいかと諦め、ユーリは露店から離れ歩き出した。
そんなユーリの今日のコーデはカジュアルに纏まっている。
裾が斜めにカットされている白のロングTシャツにタイトな黒のパンツ、同じく黒のショートブーツに鍵をモチーフにしした三重のペンダントと中々に似合っている。
高い身長もあってモデルのように映えている
……ただ一箇所、非常に不自然な物体が強制装備されているのだが。
お値段千円相当のソレは、けしてユーリに似合っていないわけではない。
見る者によってはマイナスポイントではなく、むしろ異常なプラスポイントになることもあるのではないだろうか。
それは、彼の頭で妙な存在感を放っていてすれ違う人間の視線をその一点に集めている。
それは耳、猫の耳、俗に言う猫耳、ちなみに色は黒、両方ともピンッとまっすぐに立っているタイプだ。
「俺がつけても仕方ねぇだろ……そういや、リタとか似合ってたけどな」
頭についてる猫耳を軽く撫でながらボソッと不純なことを回想するユーリ。
しかもなんだかんだ言っておきながら、決して外したりはしない。
「……今日で最後、か」
その場に立ち止まり、猫耳から手を離して眩しい空を見上げるユーリ。
彼が見上げたそこにはちょうど大きな飛行船が、「学祭最終日!」と書かれた横断幕を下げて、優雅に飛行していた。
本日は麻帆良学園祭最終日、ユーリは茶々が招待してくれた野点へと向かう為、歩を進めているところであった。
「マジで賑やかな祭りだったな。ノードポリカなんか相手になんねぇなこれ……」
ユーリはこの2日間を思い返しながら歩く。
学園長にもせっかくだから楽しんでこいと特に仕事も振られずユーリはこの2日、学祭を多いに堪能していた。
武闘大会にも出たし、珍しい甘味にもいくつも出会えた。
その他にもあれこれと見回ってみたが、どれも向こうの世界では体験できないことばかりだった。
「確か、この辺だってタカミチが言ってたな……」
タカミチが用意してくれた簡易地図とにらめっこしつつ歩いていると、最終日だというのに初日と比べても全く衰えを見せない喧騒が鳴り響く麻帆良の中にあって比較的静かな一角にユーリは辿り着いた。
彼には分からない感覚だが、所謂「和」の雰囲気を醸し出す空間に仕上がっている。
驚くべきはそんな京都さながらな空間を全て手作りで演出してみせるる麻帆良の生徒達、というところだろうか。
「ユーリ、こちらです」
「おっ」
そんな静かで穏やかな空間をユーリが忙しなくキョロキョロと見回していると、突然背後から茶々の声が聞こえた。
どうやら目的の場所を少し通り過ぎていたようだ。
「よっ、茶々待たせ……」
「? どうかしましたか?」
振り返り手を上げ、茶々の方へと近づいていたユーリの動きがピタリと止まる。
茶々は不思議そうに目を瞬かせている。
「……いや悪りぃ。 茶々、なんかいつもと感じが違うな」
不覚にも茶々のその姿に見惚れてしまったことが気恥ずかしくて、ユーリはすぐに我にかえると手を振り何でもないと誤魔化した。
「ああ、これですか。 これは着物、と呼ばれるこの国の伝統的な民族衣装です」
「へぇ……」
茶々の説明を聞きながら改めてまじまじと着物を見つめるユーリ。
彼女は野点用に淡い桜色に、全体的に花柄をあしらった着物を着用していた。
普段も落ち着いているが着物を着た茶々のその姿は落ち着いた、とても穏やかな雰囲気を彼女に纏わせている。
「あの……どこかおかしいでしょうか?」
ユーリがあまりにしげしげと見つめるので、茶々は着付けにどこか異常があるのではと両手を挙げ、自分の格好をあれこれと確認する。
「いや? んなことねぇよ。 似合ってんじゃねぇの?」
「あ、ありがとうございます」
特に他意なく着物を褒めるユーリ。
その言葉に、茶々はほんの一瞬だけ慌てる。
しかし自分では気づいていないのか、すぐに元に戻ってしまった。
「ユーリも着物に着替えてみませんか? 強制はしていませんが、こういうものは雰囲気が大切ですから……」
「いや、遠慮しとく。俺には似合いそうにねぇしな」
着替えるのが面倒なユーリは、適当な言葉でその申し出を断った。
「そう、ですか…… ではこちらへ。さっそくですが案内します」
「ああ」
ユーリに断られて一瞬寂しそうな顔をする茶々。
しかしユーリは物珍しさからか辺りをキョロキョロしていて、それに気づかなかい。
「こちらです。 靴をお脱ぎになって座って下さい」
茶々の先導で暫く歩き目的の場所へ来た2人。
そこは庭園だった。
見事な景観の中、高級感溢れる敷物が敷かれその上には茶道具一式が綺麗に並べられている。
そしてその側には鮮やかな赤の和傘が立てられ庭園の景色と見事に調和していた。
「……よっと」
茶々に促されかなり無作法にブーツを脱ぎ、ユーリは敷物の上に乱雑に胡座をかく。
その横を洗練された所作で歩き茶々は茶道具を挟んで、彼の向かいにこれまた綺麗に座る。
「……」
それは礼儀作法など無頓着なユーリが思わず目を奪われる程だった。
「なぁ」
「はい?」
「俺もそういう風に座った方がいいのか?」
茶々が醸し出す日本独特の厳かな雰囲気に飲まれたのか、柄にもなく殊勝な言葉がユーリの口から飛び出した。
「いいえ、お気になさらず。 実際の野点ならばそうして頂きますが、今日はあくまで体験ですから。 楽にしていてください」
「……そっか」
割と本気で座り方を正す気でいたユーリが、照れ臭そうに胡座にもどした。
この場と着物の魔力なのか、妙に大人な印象の茶々に戸惑うユーリ。
それを表に出さないように顔を逸らす。
「……」
「ん? どうかしたか?」
ふと視線を感じ茶々を見ると、彼女はユーリをじっと見つめていた。
「いえ、聞いてもいいですか?」
いや、正確には彼女の視線はユーリの顔ではなくその若干上方、お値段千円相当のアレに注がれている。
「これ、のことか?」
ああ、とソレを指差しながらユーリは尋ねる。
はい、と強く二度頷く茶々。
彼女にしては珍しく相当に興味を引かれているようで、その目が早く答えてくれと訴えていた。
ユーリは茶々に指摘される今の今まで、猫耳のことなどすっかり忘れていた。
「失礼ですが、意外に感じたので……」
小首を傾げながら茶々に言われたその言葉に、うっと詰まるユーリ。
「着けたくて着けたんじゃねぇよ。強引に買わされて着けられたんだ。すっかり忘れてた」
指摘されたことで装備している事実に一気に羞恥が湧いて、聞かれてもない言い訳を口走りながら耳を外そうと手を伸ばす。
「いえっ! その……何と言いますか、とてもお似合いです。 できればそのままで……」
「あ、ああ……」
珍しく体を前のめりにさせ、茶々は大きな声を出した。
そんな彼女の態度に驚き、ユーリは咄嗟に手を引っ込めてしまった。
「あ、すみません。 つい……」
「俺なんかより、茶々の方が似合うと思うけどな」
「そうでしょうか?」
「後でつけてみな」
「はぁ……」
本場さながらの環境、せっかくの野点の場で交わされる割とどうでもいい猫耳話。
見ている人がいたのなら、今の2人はなんとも間抜けに映っていることだろう。
「では、淹れさせて頂きます」
気を取り直して茶々がその場の空気を引き締める。
軽く礼をして、茶々は目の前の茶碗を引き寄せ準備を始める。
ユーリは口を開かずに、頷くことで返事を返した。
流れる沈黙。
しかしそれはけして不快なものではない。
学祭の喧騒から切り離された静かで
穏やかな空気を感じるのにちょうどいいものだった。
ただその場で聞こえるのは茶々が回す茶筅の音だけ。
「どうぞ……」
やがて小気味良いリズムが止まり、静かに茶碗がユーリへと差し出される。
「……」
自分の側へと置かれたそれをゆっくりと持ち上げ、ユーリは茶々へと目線を向ける。
その視線を受けてコクンと頷く茶々、そのまま飲んでいいという合図。
「……にげぇ」
一口啜り、ユーリは舌を出しながら身も蓋もない感想を零して顔を顰めた。
抹茶という存在を知らず、加えて超甘党のユーリの口には、どうやら合わなかったようだ。
「ふふ……」
そんなユーリの様子を見て、茶々は小さく笑った。
「?」
何がおかしいのか分からないユーリは茶々を見て首を傾げる。
「すみません。 こういう時は、結構なお手前で、と言うのですよ」
穏やかな笑みを浮かべユーリに、形式的な決まりを教える。
ふーん、と小さく鼻を鳴らすユーリ。
なんだか子供扱いされたような気がして少し決まりが悪い。
「結構なお手前でした、と」
顔を逸らし、少しぞんざいに茶碗を置く。
それを咎めることなく茶々ははい、返事を返した。
穏やかな時間が流れて行く。
こんな時間を過ごすのも、偶には悪ねぇな、とユーリは用意されていた茶菓子を1つ摘まんで、まだ苦味の取れない口へと放り込んだ。
今回はちょっと短め。
ネギが麻帆良入りするまでまだ結構かかりそう、です。
原作に突入するまでもう暫くお付き合いください。
感想、本当にありがとうございます、とても嬉しかったです。