巨大なガラスの向こうに広がる景色はほんの数瞬前までいたウェールズの、のどかで穏やかな風景とは正に別世界だった。
向こうとは時間がずれている為、黒とオレンジの交じり合う空、そこに灯る何百万という灯り。
その灯りを放っているのは不可思議な様式の建築物。
幻想的な空間、その宙を進む鯨のような船舶。
断崖の上にギリギリのスペースで建てられた施設。
目に映るそのどれもが地球の景色とは大きく異なり、ここが異世界なのだと思い知らされる。
「普通の人間が多く生活する北のメセンブリーナ連合、その首都であるメガロメセンブリア……どうだい?中々壮観だろ?」
ゲートポートでの手続きを終えたタカミチが、圧倒的な景色に目を奪われているユーリの元へとやってきた。
「なんでも有り、ってところだな。まぁ見てて飽きねぇとは思うけど……」
「ハハ」
その言葉通り、ユーリは目の前の景色から目を離せないでいる。
地球にも散々驚かされてきたが、ここはそれ以上だ。
「とりあえず、今日はこの街に一泊しよう。 ホテルを手配してもらっているんだ。 案内するから先に休んでてくれ。 僕は先方に詳しい話を聞いてくるから……」
パノラマビューからユーリを引き離し、ゲートを抜けて屋外に出る。
メインストリートを歩くと、当然だがそこには大勢の人々がそれぞれの日常を過ごしている。
見た目は何ら自分と変わらない者、半獣人のような種族等地球ではあり得ない光景ではあるが、クリティア族を知っているユーリに種族間における排他的な感情は芽生えなかった。
そしてそんな夢物語のような世界ではあるが、そこに息づく人達や聞こえてくる彼らが交わしているその会話には、対してどこの世界とも変わりはない、ユーリはそう感じた。
「随分でかいホテルだな……お前そんなに金持ってんの?」
幻想世界をしばらく歩いていると、とても豪華な建物がユーリの目に飛び込んできた。
どうやらここが今日自分達が泊まるホテルらしい。
「違う違う、これは向こうの好意だよ。 こっちでは僕は結構、有名だからね?」
隣でユーリと同じように建物を見上げていたタカミチは冗談っぽくそう話しているが、これは本当の話だ。
AAAに所属し、生まれつき詠唱ができないという致命的なハンデを背負いながらも、彼は誰もが認める程の功績をこの世界に残している。
わざわざ名指しで、それも度々呼び出されている為、移動、滞在にかかる費用は全て向こう持ちになっているのだ、しかもかなりの高待遇で。
「フロントで僕の名前を出してこれを渡せば部屋まで案内して貰えるよ。 悪いけど少し待っていてくれ、戻ったら食事にしよう」
「ああ……」
エントランスを抜けロビーへと入った2人。
そしてタカミチは懐から取り出した名刺のようなカードをユーリに手渡すと、会話もそこそこにさっさと雑踏の中へと姿を消していった。
「……」
残されたユーリはしばらく街を眺めていたが、思い出したように1つ大きな欠伸をする。
「そういやあんま寝てなかったな。少し休んどくか……」
こんな所で1人にされてもできることはないので、ユーリは部屋でもう一眠りする為大人しく言われた通りにホテルのフロントへと足を進めた。
「仕入れてきた情報を伝えたいんだけど……今頭に入りそうかい?」
「…………ああ、多分大丈夫だろ。 んで、相手さんは何だって?」
まだかなり重たい瞼を擦って、ユーリは目の前のパンをよろよろと掴み取り、一口サイズにちぎって無造作に口へと放り込んだ。
今、ユーリとタカミチがいるのはホテル内のレストラン、vip専用の個室である。
朝昼夜全てひっくるめた本日初めての食事。
「本当に大丈夫なのかい? 別に後でもいいんだよ?」
ユーリの様子に苦笑しながらワインを舌に転がすタカミチ。
最新の情報を仕入れる為随分と長い間拘束されたのか、流石に少し疲れが見える。
「だから大丈夫だって。 どんな話だったんだ? さっさと話せよ」
タカミチの気遣いを煩わしく感じ、
場の雰囲気など気にせずユーリはテーブルに肘をつき、手に顎を乗せてふてぶてしくタカミチに話の先を促しす。
マナーも何もあったものではないユーリのその態度は、仮に一般の客と同じ空間であれば間違いなく白い目で見られるレベルであった。
「はいはい……じゃあまず1つ目。
今回の目的が決まったよ、 捕縛の方だ。 僕としてはまぁ、外れ籤なんだけどね……」
タカミチの話によると、相手先側の周到な監視と情報調査によって今回の敵の種類、規模等が判明。
残念ながらタカミチが長年追い続けている組織の残党ではなかったようだ。
判明した敵の規模は凡そ30〜50程度、けして有名ではないがそれでも新世界のあちこちの立ち入りを禁止されている遺跡に侵入しては中々の手際で価値ある財宝を強奪しては闇に流しているという盗掘団。
それが今回のユーリとタカミチのターゲットということになった。
「盗掘、ねぇ?」
適当な大きさに切り分けたステーキに乱雑にフォークを突き刺し口に運ぶ。
あまり興味を示さないユーリ。
彼にとってはやることはそう変わらない、要はさっさと敵を倒してしまえばいいのだから。
盗掘団だろうがどこぞの組織の
残党であろうが気にすることではない。
「そうなんだけどね……ただ、1つだけ厄介なことがあるんだよ」
「厄介なこと?」
「ああ。 彼等盗掘団自体はまぁ、僕等2人でも充分すぎるぐらいの戦力、いや正直どちらか1人でもいいくらいかな。 問題は彼等が今回侵入しようとしている場所なんだ……」
ユーリとは正反対に、タカミチは慣れた手つきで優雅に肉を口に運ぶ。
タカミチも毎回当たりを引けるなんて安易な事は考えていない。
この程度のことは起こりうると想定している為、必要以上に焦ったりはしていない。
場所ねぇ、と当然だが全くピンときていないユーリに、タカミチは指を立ててそれこそ教師然とした態度で本日1番難解な歴史の講釈を始める。
「ああ。 僕達が明日から向かう目的地、それは新オスティアという場所だ。 そこはここ、メガロメセンブリアの信託統治領だ。 僕達はまずそこを目指す……」
いきなり始まった歴史の授業に初めこそ面食らうユーリだったが、まあま今回は仕方ないと素直に諦めこの頭が許す限りのことを覚えておこうと覚悟を決めた。
「20年前の戦争後にできたばかりの新オスティア……そこの近くに、というか正確には下に、今はもう誰も住んでいない都市の残骸……巨大な遺跡があるんだ」
下?とタカミチの説明に首を傾げるユーリ。
その遺跡は地下にあるということなのだろうか。
「いやそうじゃない。 その遺跡はちゃんと地上に存在している。 遺跡が地下にあるんじゃなくて、新オスティアが宙に浮いているんだ」
君が話してくれた中にあった空中都市ミョルゾみたいなものを想像してくれればいいよ、とタカミチがユーリにアドバイスする。
それでようやく目的地周辺の大凡の形を思い浮かべることができたユーリ。
「その遺跡はね、20年前の戦争まではちゃんとした都市として今のオスティアの様に空中で機能していたんだ。 いや、それどころかそこはこの魔法世界発祥の地とされ、この世界の歴史と伝統を内包した最古の王国ですらあったんだ」
タカミチの話は続く。
「そんな王国も20年前に発生した広域魔力消失現象によってその永きに渡って栄えた栄華に終止符をうたれた。 その力を失った王国は無惨に地上へと落下してしまったんだ……」
「……」
「旧オスティア・ウェスペリタティア王国……それが今回の僕達のターゲットが侵入を試みようとしている遺跡の名前だ」
少し熱っぽく語ってしまったことに気づいたタカミチがふぅっと体に篭った熱を吐き出すように息をついた。
珍しく茶化さずに長い話を聞いていたユーリだったが、ふとあることに気づきそれをタカミチに問う。
「遺跡のことはお前が暑苦し……いや熱く語ってくれたからまぁ分かったんだが、何でそこが厄介なんだ?」
タカミチは外して拭いていたメガネに汚れが残っていないことを確認して再びかける。
そして思わせぶりに沈黙を保ちユーリを見据える。
「……何だよ?」
じっと見つめられ居心地が悪そうにユーリが目を逸らす。
「それはね魔法使い、所謂マジックユーザーにとって旧オスティアという場所が絶対的な鬼門であるから、だよ」
目を鋭く細めてタカミチは話の核心へと迫る。
先ほどまで漂っていた歴史好きのおっさんの自慢噺が醸し出すある種の緩い空気はなりを潜め、自然ユーリの手にも力が入る。
「広域魔力消失現象、これは現在もまだ解消されていない。 だからあの腐都では一切の魔法が使えないんだよ、ユーリ」
「……マジかよ」
マジだよ、と答えるタカミチ。
ユーリは背もたれへと全体重をかけて体の力を抜く。
厄介だ、天井を眺めながらユーリは呟いた。
魔力が一切使えない、それが引き起こす戦闘へのデメリットは半年前身を持って体験したことだ。
ブラスティアが使えなくても決して戦えないわけではない。
しかしあの時のゴーレムの様に特殊な存在が相手だった場合、魔力無しでは攻撃が通らない可能性があるのだ。
そうなっては攻撃を避けることはできても倒すことができない。
「タカミチ、お前の使ってる気とかいうのはどうなんだよ? それもダメなのか?」
ふとあることを思い出してユーリは尋ねる。
前に魔力と気は全く質の異なる物だとタカミチが言っていたのを思い出したのだ。
「気は人に宿る生命エネルギーを体内で燃焼させているようなものだからね、使うことはできるよ。 ただあそこの独特の雰囲気というか、ある種のプレッシャーのようなものがかかっている環境下では、戦闘そのものをしたいとは思わないね……」
「そう、か……」
取り合えずタカミチの気がある程度使えるということに少し安心するユーリ。
しかし自分のブラスティアが使えない状況を考えると自然と溜息をついてしまう。
「君のブラスティアについては僕にちょっと考えがあるんだ。 それが上手くいけば万全とはいかなくても、悪足掻き程度にはなるかもしれない」
「どうすんだ?」
「取り合えずそれは新オスティアについてからにしよう。 今はそれよりまだ話しておかないといけないことがあるからね……」
期待の篭った視線を送ってくるユーリを宥めて、タカミチは話を続ける。
「現在の旧オスティアは総督府の管理下にあって許可を受けた冒険者以外は立ち入ることをかたく禁じられている。
その理由の1つは今言った魔力の枯渇が起因している。
そしてもう1つ、重大な問題が残ってるんだ」
「次から次に……よりにもよってなんだってそんな所に乗り込もうとしてんだよ、その盗掘団ってやつは……」
大きく口を開けて面倒くさそうに背もたれに寄りかかるユーリ。
そのような死地に挑戦しようとしているらしい盗掘団の無駄なガッツに呆れ果てる。
「もう1つの理由、それは腐都が現在では魔獣うごめく魔法世界一の危険地域と化しているということだ」
魔獣、ねぇと怠そうにするユーリ。
テルカ・リュミレースには地球とは違い魔物が街の外を当たり前のように徘徊している為、あまりピンとこない。
「しかも彼等は腐都の特殊な環境下で異常な進化を遂げているから、総督府でも棲息している魔獣の種類も数も能力も、何もかもが未だに情報不足なんだ」
これらの理由から、旧オスティアへ立ち入ることが固く制限されているんだと、タカミチは話を締めくくった。
「そういや、なぁタカミチ……」
長い歴史と地理の授業を漸く終えて、だらりと高そうなテーブルに肘をついていたユーリが何かに気づいたように声を出した。
「なんだい?」
「これから行く所が危険性なのは分かったけどよ、その盗掘団ってやつはそんなに強い訳じゃねぇんだろ?
お前が追ってるつう組織の残党じゃないことはもう割れたんだ。 お前が行く必要、あんのか?」
ユーリの疑問も当然である。
確かに腐都は相当に危険な場所である。
しかしだからといって態々AAAの高畑が赴く程に脅威がある組織とはお世辞にも言い難い。
魔法世界側にも法を犯す者を取り締まる存在はある筈で、タカミチの追っている組織の残党ではないと判明した時点でその者達に引き継いでしまってもいいのではないか。
「それが今日最後の話題だよ。 だからもう少しその眠そうな瞼と格闘してくれよユーリ?」
「?」
何か意味ありげに微笑むタカミチに首を傾げるユーリ。
「確かに君の言う通り、件の盗掘団程度なら僕が行かなくても僕が所属している所の他の人間で充分事足りるだろうね」
タカミチの話にじゃあなんでだよ、と不満を口にしようとするユーリを遮ってでもね、とタカミチが声に力を入れる。
「その腐都にここ最近、不可思議な反応が何度も報告されているんだ。 当然魔力ではない、あそこには今魔力がないんだからね。 でも気でもない……とにかく前例がないそうだ。 そしてそれは、かなり強力な物らしい」
「それって……」
タカミチが何を言おうとしているのか、ユーリが一早く気づく。
魔力でも気でもない、強大な未知の力の反応、それは1つの可能性を示唆する。
「デイン、ノモス……」
ユーリの声に小さく頷くタカミチ。
「まだ確定したわけじゃない。 でもこれまで腐都でこんなことはなかった。 十分、可能性はあると思う……」
タカミチの所属する組織は大規模だ。
それこそ何かを調べようと思えば大抵のことは簡単に調べあげることが可能である。
そんな広い情報網を誇る組織でさえ、正体不明と言わざるをえない反応。
すなわちこの世界のものではないエネルギー反応……エアル。
推論ではあるが、確率はかなり高い。
「そんな反応が報告される様になった先に、それを狙うかのように現れた盗掘団……もし彼等の狙いがその反応で、それがデインノモスだったら……僕等以外に適任はいないだろう?」
「ああ」
表面は冷静にタカミチに返事を返すユーリ。
しかし内面でははやる気持ちが抑えられていないのがタカミチには分かった。
普段からどんな時でもクールなユーリ。
しか気持ちがはやるのも、鼓動が否応なく加速するのも、ここにきて今まで微動だにしなかった事態が一気に進展するかもしれないとなれば仕方ないだろう。
「明日の準備しねぇと……今から行くのは無理なのか?」
急に席から立ち上がり、タカミチに問いかけるユーリ。
「大丈夫、きっと何か見つかるさ、だから落ち着きなよ?」
「あ、ああ……」
珍しいものが見れたよ、とタカミチは笑う。
仕方ないとは言え、普段あまり取り乱したりしないユーリが、誰が見ても焦っているのが分かるほどそわそわしている。
現にいつもなら絶対に残す筈がないデザートに手も付けず、ユーリは今 席を立とうとした。
これはもう暴挙である、
「さっきも言ったけど、腐都オスティアは風光明媚だった昔の面影はもうなく、今は魔獣ひしめく魔法世界一の危険地帯だ。 僕達でも気を抜けばあっという間に彼らの餌になってしまう。 そんなんじゃ足元救われるよ?」
座り直したユーリに落ち着くようタカミチが諌める。
自惚れではなく、タカミチは自分とユーリの戦闘力がこの世界でも上位に位置すると認識している。
それでもなお油断できる場所ではないのだ、腐都は。
「悪りぃ。 少し焦っちまった、落ち着かねぇとな……」
タカミチの助言に素直に耳を貸すユーリ。
大きく息を吸い、気持ちを落ち着ける。
思い出したデザートのケーキを一口食べ、その甘さに少しだけ気分が落ち着いた。
「気持ちは分かるけどね。 これで懸念の一つが消えてくれるといいね……」
「そうだな」
焦る気持ちを抑えきったユーリを見てタカミチは安心する。
この辺り、やはりユーリはすごいと思う。
彼ぐらいの年ならば気持ちを抑えられず暴走してもおかしくはない状況だ。
まだ幼かったナギならば問答無用ですっ飛んでいっただろう。
その妙に大人びている彼の性格に、タカミチは信頼を寄せている。
出来るならばこのまま自分の相棒になって欲しいと思うくらいには。
(でもだからこそ、ユーリをテルカ・リュミレースに帰してあげたい。 こんな状態の中、他人の心配ができる彼だから……)
すっかり落ち着きを取り戻しケーキを食べているユーリを見て、タカミチは昨日のことを思い出す。
『決めたんなら、しっかり頑張れよ? まっ暇があったら手伝いくらいしてやるよ、ネギ先生っ』
ネギの頭を撫でなからユーリは言った。
見知らぬ世界に飛ばされ、自分の世界は崩壊の危機の真っ只中。
戻れる術も曖昧で成功する保証などどこにもない。
そんな中にあって、彼は仲間を信じ、絶対に戻ると諦めはしない。
その上、この世界の人間に温かな心を向けられる彼の為にできることは全てしたいと、タカミチは強く思う。
「ユーリ、君は絶対に戻れるよ、テルカ・リュミレースに……」
タカミチは自然と、そんなことを口走っていた。
「な、なんだよ急に、気味悪ぃな……」
目を丸くしてタカミチを見るユーリ。
普段から優しい物腰のタカミチだが、今の言葉にはそれだけではない優しさが込められている気がして、妙に気恥ずかしい。
「いや、なんとなくね、言っておきたくなったんだ。 僕の気持ちは変わらない、全力で力を貸すよ」
「あ、ああ……」
あっけにとられるユーリ、2人の間に変な温度差が生じていることに気づいているがタカミチはそれでも構わなかった。
言葉にすればそれは実現する……誰が言った言葉かは分からないが今はそうすべきだと素直に思えた。
ー願わくばこの心優しい青年に、彼の望む結果が齎されんことをー
明日からの旅に、そう願うタカミチだった。
あ、頭が破裂しそう……
旧オスティアってまだ魔力つかえないですよね?
気はどうなんだろう? まぁ一応使えるってことで通してください。
曖昧でごめんなさい。