「そらっ!」
回転の遠心力を味方につけたユーリの強力な一撃、しかしそれでもびくともしない。
魔獣の体表の見た目はドロリとした質感なのにユーリが斬りつける度、辺りに響くのは何故か鉄同士がぶつかり合う様な鈍い音。
「チッ……擦り傷1つつきゃしねぇ。 どうします、かねっと……」
斬りつけた刃を弾き返され態勢が崩れたユーリの心臓めがけて突っ込んでくる魔獣の鋭い爪。
高速で迫る凶爪を、ユーリは態勢が後ろへ崩れる流れのままにバク転することでそれをなんとか躱そうとする。
「っ……」
その咄嗟の回避行動でなんとか直撃を避けることはできたが、その代償として右腕を軽く裂かれてしまった。
ユーリはバランスをくずしながらも足が地面に着くやいなや不格好なバックステップで魔獣から即座に距離を取る。
「ちと早い気もするが……いくしかねぇか?」
素早く立ち上がりながら小さく呟きながらブラスティアへと目を向ける。
タカミチが生存者を連れてここを去ってからどのくらいの時間が経ったのか。
魔獣の凄まじい猛攻を、なんとかギリギリのところで凌ぎ続けてきたユーリにはとても長い時間に思えていた。
しかしその体感時間は果たして実際とどれくらいの差があるのか。
現実の時間がまだあまり経過していないのならば、タカミチが戻ってくるまでに魔力が尽きてしまい、ガス欠に陥る可能性が高まってしまう。
その状態に陥ってしまったら、恐らく自分はその時点でアウトだろう。
魔力も、そして体力すら尽きかけている状態で今と同じ様に魔獣の攻撃をタカミチが戻るまで凌ぎきれるとは悔しいがとても思えない。
しかしだからといって今これ以上ブラスティアなしで戦いを続けるのも得策とは到底言えない。
経過時間を気にするあまり、切り札を出し惜しみして致死の直撃を貰ってしまい、切り札を切ることなく死んでしまいました、では笑い話にもならない。
短い思考の末、ユーリは切り札を切ることを選択した。
「んじゃ、行きますか……」
決断し、それを実行に移そうとしたまさにその瞬間だった。
「っ、なん、だっ……」
右手をブラスティアへ持っていこうとして、突然体から力が抜け、立っていることもできずにユーリはその場に膝をついてしまう。
突然の事態に一瞬理解が遅れる。
「ハァッ……ハァッ……」
浅い呼吸を短い間隔で繰り返し、顔を流れる発汗量も激しい。
戦闘の真っ最中とは言え明らかに異常な自分の状態に、ユーリはとある可能性に気付く。
それはこの状況において、致命的な可能性だった。
「マズッたな……毒持ちか……」
毒。
その可能性をもっと考慮に入れるべきだったと後悔する。
テルカ・リュミレースにいた時は結界の外にいる場合において常に付き纏うことなのだがこちらに来て毒状態に陥ることも、それを引き起こす対象すら全くなかった為、完全に油断していた。
「あの爪見りゃ気づきそうなもんなんだけど、な……」
自らの油断を自嘲するように吐き捨てたユーリは、この症状の原因であろう傷口に触れようと、異常に重い腕をゆっくりと持ち上げる。
「っ……」
やっとのことで傷口に手を当てるが、触れた感じや見たところ傷口にとくにおかしな変化は見られない。
「ーーーーーーー!!」
その時、魔獣が天に向かって大きく吠え上げた。
そしてそれを合図にするように頭部から生える2本の角に莫大な量の雷が収束し始めた。
魔力を雷に変換することはこの場では不可能、恐らく体内に電気を作り出す器官を持っているのだろう。
「……おいおい、 ソレぶつけようってか……くらったら 灰も残らねぇっての」
人間に対して明らかなオーバーキルになるであろう攻撃にユーリは戦慄しながらも皮肉る。
そしてなんとか足に力を入れようと試みるが、どうやら神経にも影響してくる類の毒のようで、まだ上手く立ち上がることすらできない。
その間にも魔獣の雷の収束は進む。
最早角に収まりきらないエネルギーが青い雷となってバチバチと角の周辺に迸る。
(撃たれたら終わりだ……その前にっ!)
毒の影響で弱体化した体に無理矢理力を入れ、ユーリはなんとか封印符へと手を伸ばす。
ブラスティアさえ発動させれば魔獣の雷が放たれる前に避けることができるかもしれない。
確率は恐らく五分五分、よくて6割といったところ。
だがそれでも、こんな所で死ぬわけにはいかない。
ユーリは今度こそブラスティアに貼られている魔力封印符を千切るように剥がしとった。
その瞬間、僅かだが体に活力が戻ったのを感じる。
封印されていた魔力が徐々に開放されていく。
「ーーーーーーーーーー!!」
しかし魔獣が悠長にそれを待っていてくれる筈がない。
充分に蓄えられた雷のエネルギー、それを今度は角と角の間に更に一極集中させる魔獣。
拡散しようとする莫大なエネルギーを球状に無理矢理押しとどめる。
そしてそこで生まれた反発する力を利用して標的に飛ばそうとしているようで、魔獣は気用に自らの角を照準であるユーリへと向ける。
もう射出まで幾許も時間はない。
しかし符を剥がしたばかりのユーリのブラスティアはまだ起動しきっていない。
魔核部分が少しずつ輝き始めてはいるが、これではとても間に合いそもない。
「クソッ……まだかよっ」
ー……ル ………シュ…… …ン……イトー
「……何だ?」
徐々に輝きを増すブラスティアを焦れながら睨んでいたユーリの耳が不意に何かを聞き取った気がした。
「ーーーーーーー!!」
聞こえた音の発信源を探す為視線を辺りに向けるが特に変化はない。
もう一度耳をすまそうとするが魔獣の一際大きな咆哮がそれを邪魔する。
遂に充填が完了してしまったようだ。
「まずっ……」
声に気を取られていた所為で一瞬固まってしまったユーリだったが、ブラスティアのおかげで僅かに軽くなった体を精一杯雷撃の軸線上から逸らす為、無理矢理サイドロールで体を転がす。
……千刃黒耀剣ーミッレ・グラディー・オブシディアーニーー……
しかしその行動は全くの無駄な徒労となった。
今度は確実にユーリの耳が聞き取った。
それは魔法の詠唱。
そしてユーリが転がった体を起こし魔獣をその目に捉えた瞬間、その魔法はもう既に起動していた。
魔獣の周りを取り囲むように幾本もの、それこそ1000など軽く超えているであろう漆黒の剣が空中に現れていた。
静かに、何かを待つようにピタリと微塵も動くことのない剣群。
「チャージに時間をかけすぎだね。 無理矢理取り込んだその体じゃ上手く扱えきれていないようだ……」
物音1つしなくなった空間に突然、抑揚のない淡々とした声が響き渡る。
ユーリは再び辺りを見渡すがやはり姿はない。
「できることなら確保したいところだったけど、どうやら今回も外れだったみたいだね。 これでは何の意味も成さない……」
先程まであれほど好き放題に荒ぶっていた魔獣がピクリとも動かない。
チャージしていた雷がけたたましい音を立ててその場で弾けて霧散する。
それでも身動き1つしないのは、魔獣が目の前の脅威の大きさをその本能で理解しているからなのか。
「制御できないなら、君みたいな存在は放置できない。 僕達の目的を阻害する邪魔者でしかないからね。 だから……」
淡々と感情の篭らない声。
ここに至ってユーリは漸くその声の主の姿を捉えることができた。
声の主がいたのは地上ではなく、空中、ユーリのほぼ真上だった。
「子供、か?」
逆光でよく見えないが、背丈はあまり高くなさそうに見える。
何の装飾もない学生服の様な服装、片手はポケットに入れたまま。
その少年は、まるで散歩にでも出かけるような気軽さでこう告げた。
「君はここで終わりだ……」
パチンッと、ポケットに入れた手とは反対の手で指を鳴らす。
それが起動の合図だった。
「ーッ! ーーーーーーー!!」
それまで待機していた漆黒の剣群が一斉に、そして光の如き速度で魔獣に突き刺さる。
その突然すぎる攻撃に全く反応できなかった魔獣は何の防御行動も取れずに、ただただその身に千を超える剣撃を受けることしかできなかった。
至る所に突き刺さり、その身を抉り、細い部位、両の腕は捻じ切られる様に無残に千切れ飛び、魔獣が轟音と共にその身を地面に伏す。
「……」
その様を唖然と眺めているユーリ。
やっと起動したブラスティアの
おかげで毒の負担は消え去ったわけではないがかなり楽になってきている。
「それで、貴方はどうしてこんな所にいるんだい?」
そんなユーリに降ってくる淡々とした抑揚のない声。
本当に質問する気があるのかと問いたくなる程、その声に感情は乗せられていない。
すぐ側でトンッと軽い音がする。
ユーリが無言でそちらを見ると、声の主がユーリの隣に降り立っていた。
「……」
そしてゆっくりと顔を無言のユーリの方へ向ける。
その姿は少年だった。
程々に長い銀髪に声の印象と全く同じでみじの感情も篭らない瞳。
人形、と言われた方がよっぽど納得できそうな虚ろな存在だった。
「此処は貴方のような一般人がおいそれと入っていいような場所では……」
ユーリから質問の返答がないことを全く気にせず続けようとした言葉が不意に途切れる。
ほんの少しだけ見開かれた瞳がユーリの腕、正確にはブラスティアをしっかりと捉えていた。
「それ……」
「ん? これか?」
少年に指さされたブラスティアを、ユーリは首を傾げながら目の高さまで持ち上げる。
その問いかけに僅かに頷くことで答える少年。
「魔力を纏っている……どうやったの? いやそれ以前にそれは何? 身体能力をブーストさせる物の様にも見えるけど……怪しいね、貴方は。 そもそも」
自分の世界に入り込みながらもしっかりとユーリを追求する少年。
その有無を言わせない態度と物言いにムッときたユーリは質問には答えず、まずは少年を皮肉ることで少年の言葉を断ち切った。
「おいおい、 怪しいのはお互い様だろ? ガキがこんな所で使えない筈の詠唱魔法を涼しい顔でかましてんだ。それこそ 一体、どういうカラクリなんだ?」
「む……」
指摘され口を閉じる少年。
目を閉じ腕を組んで思案しているように見えるのは律儀にも何と説明すればいいのか言葉を探しているからなのだろうか。
「!」
少年が突然、その場からバックステップで後ずさる。
その直後、一秒前に少年が立っていた地面から黒い影が槍の様な鋭さを以て音も無く現れた。
幸い、少年にもユーリにも被害はない。
影は突き刺さる者がないと解ると直ぐに地面へと姿を消した。
このような芸当が今この場で可能な存在はただ1つ。
「……あんなの喰らってまだ生きてやがんのか。 ちとしぶとすぎんじゃねぇの」
「ーーーーーーーー!!」
ユーリの悪態をかき消す様に上がるもう二度と聞きたくはなかった叫び。
ゆっくりと目を向けるその先、魔獣はまた存命だった。
「悠長に会話してる場合ではなかったようだね。 前の個体よりも耐久性が飛躍的に向上している。 これは少し分が悪いね……」
話ている内容とは釣り合わない優雅さで再びユーリの隣へと歩み寄る。
「でもかなり消耗はしているようだね」
「消耗?」
見てごらん、と少年はユーリの疑問には答えず魔獣を指差す。
「さっきまで全身を纏っていた黒い影の量が減っている。 恐らく失った身体の補填で消費されたんだろうね。あと一回、さっきと同じくらいの魔法を食らわせることができれば再生も追いつかず倒しきることができる筈……」
少年の言うとおり、魔獣の全身を覆っていたドロドロの影のような黒が半分程消え、その下の元の獣の表皮が確認できるようになっている。
「じゃ、さっさともう一回食らわせればいいんじゃねぇの? それで終わりなんだろ?」
立ち上がりながらユーリは少年へと軽い口調で言う。
その際その場で体を動かして状態を確認することも忘れない。
(毒状態ってのは相変わらずだが、これくらいなら戦えるな。 問題はブラスティアがいつまで持つかってことだが……)
体が軽いうちに逃げる、という選択肢は恐らく悪手。
あの巨体を持ってしてこの魔獣はそれでもおそるべき俊敏さも持ち合わせている。
加えて泥のように溶けての高速移動、逃げ切ることはまず不可能。
ならば生き残る為には倒すしかない。
幸いにして隣に立つ少年の先程の魔法、あれをもう一度ぶつければそれで倒せるらしい。
他人任せにするのは少々癪ではあるが、今の状況を考えれば頼りにしたいところではある。
「そうなんだけどね。 ヴィシュタル・リ・シュタル・ヴァンっ……」
ため息を吐きつつも詠唱に入る少年、しかし始動キーを唱え終わる前に寸分違わず少年へと魔獣の雷撃が飛来してくる。
それを少年は危なげ無く回避するが、詠唱はそこで途絶えてしまう。
「この通りさ。 アレは一度受けた攻撃には異常な程警戒が強くなる。 もう簡単には詠唱できないよ」
それに……と懐から四角い宝石のような物を取り出し少年は何かを確かめるようにそれを眺める。
「今の僕の魔法は所謂裏技みたいなものなんだ。 その代償として詠唱に普段の何倍もの集中力を要する上に回数制限まである。 迂闊な真似はできない」
残りの回数を確認して宝石を懐へとしまう。
そして再びユーリへと目を向ける。
「本当なら“人間”である貴方を保護しなければならないんだけど、そうしながら戦うのは状況が許さないみたいだ」
だから、と少年は魔獣とは反対の方向を指差す。
「あっちがこの遺跡の出口、 可能なら1人で逃げて欲しいんだけど……できる?」
こてん、と無表情に首を傾げる少年。
ユーリは肩に乗せている刀をトントンと動かしながらため息を吐く。
「わりぃがそりゃ無理だ。 これのおかげで今はまだマシだが俺、毒貰っちまってんだ。 おまけにこっちは時間制限付きときてる。 逃げてる最中に動けなくなって他の魔獣の腹ん中、ってのがオチだな」
ブラスティアを装着している腕をひらひら揺らしながら説明するユーリ。
それを聞いてそう、困ったねと口に手を当て何かを考え出す少年。
そんな少年の思考を遮るようにニヤリと口角を上げユーリは続ける。
「だから、俺が前衛に出てあいつの相手をやる、んでなんとか隙作ってやる。 あとは……頼んだぜ?」
ユーリの発言に驚き少年の目が大きく開く。
「戦えるの?」
「ああ、 倒すのは正直無理だが囮くらい演じられるさ。 けどまぁ、 あんまり長くはねぇぜ? あいつの腹ん中に収まっちまう前に、なんとかしてくれよ?」
あまり笑えない冗談を吐くユーリ。
暫しユーリの顔をじっと見つめていた少年だったが、やがて本当に小さい微かな笑みを浮かべ頷いた。
「わかった。 それならこっちもなんとかできそうだ」
そう言うと少年はまたふわりと、まるで体重など存在しないかのように宙に浮き始める。
そして段々と高度をあげて行く。
「貴方の健闘を祈るよ。 間違っても開始早々餌になってしまったりしないでほしいね……」
「……縁起でもねぇことんな無表情で言うなっての」
本気とも冗談とも判断できない少年の言葉にユーリは苦笑する。
「ーーーーーーーーーー!!」
「ああ、ああ分かってるって。 待たせて悪かったよ。 んじゃ、 後半戦と行きますか。 そんだけでかい図体してんだ、 仲間増やして狡いなんて言うなよ?」
タイミングを見計らった様に上がる魔獣のウンザリするほど聞き飽きた咆哮。
ユーリは特に気負いも感じさせない軽口で返しながら側に落ちている自身の愛刀、ニバンボシを蹴り上げいつものように危なげ無く掴み取る。
こんな所で終わるわけにはいかない、そんなプレッシャーも確かにユーリの内心に存在してはいる。
だがそれ以上になんとかなるだろうという確信にも似たものが、こんな危機的状況でもユーリに普段通の余裕を与えてくれる。
「初撃は任せて……行くよ」
上空から聞こえる少年の声。
返事はしない。
代わりにその声を合図にユーリは一度大きく息を吸って走り出す。
「ーー!?」
突然自身の周りの地面から突き出る石の槍。
ユーリに意識を向けていた所為でその何本かを魔獣は回避し損ねる。
当然致命傷には程遠いがユーリが距離を詰める時間稼ぎにはなった。
(呪文が聞こえなかった。 おっさんと同じ……確か無詠唱呪文だったか? ガキの癖に随分と器用な奴だな)
目の前で起こっている現象をユーリなりに分析する。
神多羅木も使用していた無詠唱はかなり高度な技術だったと記憶している。
更にその規模は神多羅木のそれやりも遥かに広く威力も桁違いに見える。
一体どんな修練を積めば、自分よりも遥かに年下の少年がこれほどの術を使えるようになるのか。
空恐ろしいものを感じながらも、今この時その少年が自分の味方についている幸運に感謝する。
「おらっ! お前の相手はそっちじゃねぇよっ!」
詠唱主である少年を地面に引きずり落とそうと角に雷をチャージしようとする魔獣に蒼い剣撃、蒼破刃を叩きつける。
「ーー!?」
またも不意を突かれた魔獣は蓄積しているダメージも相まってバランスを大きく崩し倒れこむ。
ユーリの攻撃は確実に通っている。
(これならいけるっ!)
この機会を無駄にするわけにはいかない。
ユーリの攻撃は続く。
「ヴィシュタル・リ・シュタル・ヴァンゲイト……」
上空でユーリが言葉通りきちんと魔獣のターゲットを自分に向け、尚且つ安定した戦闘を実行しているのを確認してから、少年が始動キーを唱える。
普段ならば無意識で行えるそれがこの状況下に置いては唱えるだけでガリガリと精神力を削られていく。
「おお 地の底に眠る死者の宮殿よーオー・タルタローイ・ケイメノン・バシレイオン・ネクローンー」
耳聡く詠唱を察知した魔獣が再度少年に意識を向けようとする。
常時ならば移動しながら詠唱を続ければそれですむのだが、今は一歩でも動いてしまえばたちまち詠唱は途切れてしまう。
「……」
しかし少年はもう詠唱を止めることはしない。
止める必要はないと告げる自分の勘に従い、無防備なまま流れる様に言葉を連ねていく。
「……我らの下に姿を現せーファインサストー・ヘーミンー」
そして瞳を閉じて更に自己の世界へと内埋していき、来る術の発動の瞬間へと全神経を集中させていく。
「させねぇよ。 さっきまでの礼だ、たっぷり持ってきなっ!」
連撃を一旦止め、魔獣から距離を取りユーリは刀身へと残る魔力を惜しむことなく注ぎ込む。
ブラスティアから流れる魔力が淡い緑へとその色を変え、それに呼応する形で刀身を纏う様に発生する鋭い風。
「吹っ飛べっ、絶風刃っ!!」
下げていた刃を鋭く切り上げ、間髪を入れず逆方向へと振り下ろす。
その軌道を始点に刃状に凝縮された魔力を帯びた風が魔獣へと疾走する。
「ーーーーーー!?」
吹き飛ぶ魔獣の右腕部分。
綺麗に両断された箇所から赤黒い血液が飛沫を上げる。
苦しそうな叫びが辺りに谹していく。
高速で飛来する風を回避するには初動が遅く、ギリギリその巨体を射線上から逸らすことはできたが右腕だけは間に合わなかった。
姿勢を保つことができなくり倒れこむ魔獣。
すぐさま切り取られた腕の再生を始めようとするが、少年の魔法によるダメージの影響でその速度は先程よりも格段に遅い。
「っ……、 ここまでか。 もう立ち上がる力も残ってねぇな、こりゃ……」
ブラスティアの魔核の輝きが止まる。
その瞬間にユーリが地面に膝を付く。
ブラスティアによる恩恵を全て失くしたことで再び強力な毒の症状が急激にユーリを襲う。
言葉の通りもう腕一本動かすこともできそうにない。
「つうことで……後は、頼んだ、ぜ?」
段々と暗くなっていく視界、どうやら意識を保つことも難しいらしい。
「充分だよ。 準備は整った、これで本当にお終いだ……いくよ」
ゆっくりと瞳を開く少年。
詠唱は終わった。
大きく両腕を広げ、全身を走り廻る滾る魔力を最高のタイミングで外界へと術の名前と共に解き放つ。
「冥府の石柱ーホ・モノリートス・キオーン・トゥ・ハイドゥー……」
「こりゃ……すげぇ、な……」
意識を失う寸前ユーリのその瞳が捉えたのは、倒れ伏す魔獣の上空に悠然と現出した一本の黒く巨大な石柱だった。