第20話
2002年12月25日 ウェールズ
「たぁぁぁっ!」
肌を突き刺すような冷たい空気を、幼いが確かに力の篭った声が震わせる。
ネギの、その背丈を大きく上回る杖による一点集中の突進攻撃。
強化魔法の恩恵で底上げされた身体能力が繰り出すほの速度は、一般人では動きを見極めることなどほぼ不可能な速さに至っている。
だが……
「よっと……」
その凄まじい突進の標的にされている当のユーリは、ネギの杖が当たるか当たらないかのギリギリのタイミングを難なく見極め、楽に躱してしまう。
「あっ! って、わわ……」
おまけに体を横にずらした際、器用に足だけをその場に残しネギにひっかけてみせる。
当然ユーリに全力で当てるつもりでいたネギの頭に減速という文字は欠片もなく、綺麗にユーリの足にひっかかりズベシャーと非常に間抜けな音を立てて顔から地面にダイブして、本日の練習は終わりを告げた。
「うう……全然当たらない。 今度こそいけるとおもったのになぁ……」
悲壮感漂う表情でゆっくりとネギが起き上がる。
前日に雨が降っていたこともあり、まだ乾ききっていない泥で顔がまっ茶色になっているのがなんとも物悲しさを醸し出している。
「まだまだそう簡単には当たってやれねぇよ。 ついこないだ対人戦のイロハを知ったばかりなんだ、そんな奴の攻撃にホイホイ当たってたら俺の立場がねえよ」
ホラよ、とネギに手を差し伸べるユーリ。
ありがと、とネギは礼を言いながら彼の手を取り立ち上がる。
「ま、それでも飲み込みはかなり早ぇよ。 魔法との組み合わせとかも、な。 だからそんなしょげんなって」
分かりやすい程シュンと項垂れるネギの頭に手を乗せぐしゃぐしゃと撫でてやるユーリ。
そしてふと、風がさっきよりも冷たくなっていることに気づき、なんとなく空を見上げて見る。
「降って来たな……」
そして空には彼の思ったとおり、ゆっくりと舞い落ちてくる白い雪。
今年初めての雪だ。
「あ、ほんとだ……雪、だね……」
「……」
隣で空を見上げているネギの声がほんの僅かに暗くなる。
横目でその表情を見ると、その声同様に陰っている。
「……帰るか。 風邪引いちまってもつまんねぇしな」
「……うん」
何があった? ときくまでもない、ネギは雪に対して何か抱え込んでいる。
即座にそう理解したユーリはそれを聞き出すことはせずネギの態度に気づかないフリをして、彼の背中に手を当て少し乱暴に押しながら帰路につく。
「そういや、ネカネが今日はシチューだって言ってたな。 体があったまりそうで丁度いいな」
鞘に収まっているニバンボシをクルクルと弄りながらユーリが呟く。
「お姉ちゃんのシチューは美味しいから大好きだよ」
それを聞いたネギが嬉しそうに言う。
さっきまでの陰りは幾分か晴れたようで、心底今日の夕飯を楽しみにしている年相応の少年に見えた。
「今年ももう、終わりだな……」
「うん……」
遠くに薄っすらと見えてきた街の灯りをぼんやりと眺めながら、ユーリとネギはゆっくりと歩いていく。
数ヶ月程前、ウェールズで目を覚ましたユーリは本当に取り敢えずの情報をネカネから得た後、すぐにでも麻帆良に帰るつもりでいた。
そんな彼に待ったをかけたのは彼女の一言。
ーネギと一緒にいてやってほしいー
始め、理解ができなかった。
ネカネ、タカミチ両名からの依頼、というかお願い。
文字通り目が店になってしまったユーリにネカネは詳しい話を続けた。
ネカネ曰く、あれだけの短い時間でネギはユーリによく懐いていた。
詳しい内容は知らないが、兎に角ユーリに時間的猶予ができたことをタカミチから聞かされた時に、これはいい機会だと思ったとのこと。
加えてタカミチ曰く、ネギのこれからの試練、恐らく一筋縄ではいかない。
いかに堅牢な結界に守られた麻帆良といえど絶対安全とは言い切れない。
何か事件に巻き込まれる可能性もある。
そんな時の為に単独戦闘をこなせるように……とまではいかなくても戦闘のスペシャリストであるユーリの戦い方を間近で見て、実際に相対するという経験があれば、それはネギにとって意味のあることに繋がる
……と真剣な表情でタカミチの言葉を代弁するネカネ。
ユーリが確かにそれはあるな……と頷きかけたその瞬間、彼女は急にフニャッと表情を崩して、
「まぁ、そんなのは建前で、要はネギ君と仲良くなって欲しいってことだよ。 こっちに戻ってきたら彼のサポートも君の仕事に入っているからね。 それまでに信頼関係をきっちり築いておくってことでひとつ、頼んだよ、とのことです」
と綺麗にオチをつけられはしたが。
頷きかけたユーリはズルッと肘を滑らせてしまったのを覚えている。
とまぁそんな理由でユーリは目が覚めてから今日まで、麻帆良には帰還せずに未だウェールズに留まっている。
確かにさっさと戻ってタカミチから詳しい話をすぐにでも聞きたいという気持ちもある。
が、先にも言った通り彼がこんな場面で冗談や嘘を吐くとは思えない。
それならばまぁ問題はない。
それに、と隣を歩くネギへと視線を向ける。
まだ幼いこの少年はこれまでほほ毎日自分と手合わせを続けている。
いくらこちらがかなり手加減をしているとはいえ、無傷とはいかないし肉体的疲労も更には精神的疲労もかなりある筈。
にも関わらず弱音一つ吐くこともなく自分に挑んでくる。
そんな幼い少年の成長を間近で見守るのも悪くないな、と感じているのが正直なところ。
それにどうせ後二ヶ月もすれば向こうに戻るのだ。
タカミチからの話はその時にすればいい、とユーリは小さく頷いて、少し長めの思考を完結させた。
取り敢えず今は、早くネカネのシチューを食べて冷え切った体を温めることにしよう、そう考えて家路へと少し足を早める2人だった。