魔法先生ネギま!cross vesperia   作:雪蛍

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序章Ⅲ

 

 

 

 

 

「ちっ、こちとら時間がないってのに何なんだコイツはっ!」

 

 焦りと苛立ちを隠そうともせず目の前の異形を睨みつけるのは、まだ少年の域を出ない赤毛の男。

 手に持つ己の身長程もある杖を構え、呪文の詠唱を始める。

 いまひとつ締まらないのは、きっと反対の手にあるアンチョコ本の影響だろう。

 

「マンマンテロテロ……来たれ  虚空の雷……」

 

 間の抜けた始動キーに続き、少年が最も得意とする呪文の詠唱を始める。

 

「……」

 

「! ちっ」

 

 咄嗟に詠唱を中断し、少年はバックステップでその場を離れる。

 直後、少年がいた場所に異形の放った触手が鋭く突き刺さる。

 

「いけません。 ジャック、詠唱のフォローを!」

 

 離れた場所で呪文の発動が終わった男が仲間である大男へと声を飛ばす。

 

「ちっ、厄介だなこりゃ……」

 

 舌打ちをしながらジャックと呼ばれた大柄の男は赤毛の少年の元へと走る。  

 

 そして走りながらも彼は自身の周りに夥しい数の剣を出現させた。

 古今東西の刀剣が空中に漂う様は正に圧巻の一言。

 これこそ彼のアーティファクト、千の顔を持つ英雄(ホ・ヘーロース・メタ・キーリオーン・プロソーポーン)。

 大きさ、そして種類を問わずありとあらゆる武具に変幻自在の至高の宝具である。

 

「そぉら、食らっとけ!」

 

 彼が左手を異形に向けると、剣はまるで意思でもあるかの如く凄まじい速度で飛来していく。

 

 いつも相手にしている雑魚ならばこれで片がつく。

 それどころかやりすぎなくらいで釣りが返ってくるほどである。

 

「ちっ、やっぱ駄目か」

 

 ジャックが走りながら舌打ちする。

 しかし終わりにはならなかった。

 先程から彼はもう何十、何百と剣を撃ち出している、しかしそれら全てを、異形は尽く弾かれている。

 空中を不気味に漂う異形を守るように覆われた膜によって。

 

 弾かれ地面に突き刺さった剣の一本を抜き、ジャックは勢い良く跳躍する。

 剣を両手で握り大きく振り上げ、落下のスピードを味方につけて赤毛の少年へと迫る触手に渾身の一撃を振り下ろす。

 

「オラァァァッ!邪魔だぁぁぁぁっ!!」

 

 地震かと間違うほどの轟音と振動が辺りに響き渡る。

 触手には攻撃が届くのか、切断された触手が溶けるように消滅していった。

 

「今だ! ナギッ!」

 

「ナイスジャック!  薙ぎ払え……」

 

 触手の猛攻から開放された少年が素早く詠唱を再開させる。

 しかし異形も特にダメージもない様子で、すぐさま新たな触手を発現させ、2人の方へとその魔手を伸ばす。

 

「へっ、遅ぇよ!」

 

 ナギと呼ばれた赤毛の少年は徐に飛び上がりジャックの肩へと飛び乗ると、更に高く跳躍する。

 

「ぐおっ! てめぇナギ!! 俺を踏み台にしてんじゃねぇ……ってうおっ、あっぶねぇなおいっ!」

 

 肩を踏み台にされたジャックが赤毛の少年、ナギ・スプリングフィールドへ文句を言おうとして迫る触手に邪魔される。

 

「俺の一発はキッツイぜ。しっかりと味わいな……」

 

 空中へと舞い上がり、フリーになったナギがガラ空きの異形の背中に狙いをつけ、猛禽類の様な笑みを浮かべる。

 詠唱を完了させ、彼に集まる魔力が雷へと変換されていく。

 そして変換された雷は振り上げたナギの手に追従し、形を成す。

 

 それは正に大きな戦斧。

 

「行くぜっ!雷の斧(ディオス・テュコス)!!」

 

 振り下ろされる雷の刃が異形を押しつぶし爆音をあげ、大量に巻き上がった砂塵で異形の姿さえ視えなくなる。

 

「決まったな。流石俺!向うとこ敵なしだなっ」

 

 発動した魔法に至極満足して、頷きながら男の側へと着地したナギが不敵な笑みを浮かべる。

 

「アンチョコ見ながらじゃカッコつきませんけどね」

 

「うぐっ……」

 

 男が人懐こい笑顔でサラッとキツイ言葉を吐いた。

 

「う、うるせぇなアル! 魔法の射手(サギタ・マギカ)は見ずに詠唱できるんだぜっ!?」

 

 雷の斧だってあと少しで覚えられるうんたらかんら……

 そんなナギの見苦しい負け惜しみと言い訳を華麗に聞き流してアルと呼ばれた男、アルビレオ・イマは眼前の砂塵を注意深く観察する。

 アンチョコ云々は確かに情けないが、それでもナギの放つ魔法の威力は暴力的なまでに絶大であることには間違いない。

 流石にこれで終わったと思いたい。

 とある事情で離れた仲間達とも早く合流したい今、ここでいつまでも足止めを食う訳にはいかない。

 だと言うのに。

 

「参りましたね……まさか無傷とは」

 

 アルビレオの頬を冷や汗が流れ落ちる。

 現実はそう上手くいかないらしい。

 ゆっくりと晴れていく砂煙、そしてそこには悠然と空中を漂う異形が変わらず存在していた。

 

「げっ、アレ食らって平気なのかよ!? 一体どうなってんだ……」

 

 隣でぐちぐち言っていたナギも流石に驚いたのか、両腕をダランとぶら下げ、心底嫌そうな顔を晒している。

 また少し離れたところではジャックが頭を掻きながら面倒くさそうに敵を眺めていた。

 

(先程ジャックが触手を切断していたことを考えると、全く攻撃が通じないということではないようですが……やはりあの膜が原因ですかね?)

 

 アルビレオが考えを巡らしている今も、ジャックがヤケクソ気味に大量の剣を投げまくっている。

 しかしやはり弾かれてしまう。

 

(あの膜……魔力とは何か違うような。だとして一体何なのか……っ!)

 

 とっさに敵の分析を強制的に中断してアルビレオはその場から離れた。

 彼のいたすぐ側に何か大きな力を感じ取ったからだ。

 ナギもそれを察知したらしく、鋭い目をそこへ向けている。

 ジャックはまだ剣を投げている。

 

 突如、光が現れた。

 

 それは最初、卵くらいのサイズの光だった。

 フヨフヨとその場に佇み、そして少しずつだが段々とその大きさを増していく。

 

「アル、何だと思う? アレ……」

 

「分かりません。しかし魔法ではないようです。感じたことのない力です」

 

  2人が会話している間に、光はなおも広がり続け、あっという間に人1人ぐらいが簡単に収まるくらいの大きさにまで広がってしまった。

 

 アルビレオもナギもいつでも攻撃できるように構え、その光をじっと見つめる。

 やがて拡大は止まり、ただ光だけが静かにそこに存在している。

 そしてその光の中から足音が聞こえてきた。

 

「誰かが、出てくる?」

 

 アルビレオが小さく呟く。

 

「……」

 

 ナギの頬を汗が流れる。

 今日は本当におかしな日だと、彼は思う。

 こんなに不測の事態が立て続けに押し寄せるなんて、全くツイてない。

 そんなことを考えながら、彼はアンチョコのページを開いた。

 

 どれだけ時間がたったのか。

 長い間2人の鋭い目が睨みつけていた光の中から、やがて1人の男が姿を現した。

 

 長く白い髪。

 赤を基調とした貴族のような衣装。

 立ち止まり、ゆっくりと開かれた瞳はアルビノなのか鮮血のように赤く、どこか達観したような印象を抱かせる。

 

 不覚にもナギは、その姿を綺麗だと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 立ち止まり目を開け、男は辺りを見渡した。

 少なくともザウデの側ではないことは理解できる。

 海が全く見えないということは、かなり遠くまで飛ばされたのだろうか。

 気配を感じ顔だけを背後にむけると、自分をここへと導いた光が消えかかっている。

 退路は絶たれた。

 しかし今はそんなことよりも優先することがある。

 

(宙の戒典を回収しなければ……)

 

 ここが何処だろうと男には関係なかった。

 目的は1つだけ。

 それを成す為には、今は前に進むしかない。

 

「貴方は何者ですか?」

 

 その場から歩き出そうとして、不意に言葉をかけられた。

 

「何?」

 

 声の方へ顔を向ければ、そこには男が2人。

 警戒心を隠すことなくこちらを睨みつけている。

 

「なんのことだ? 私は……ん?」

 

 言葉を切り、男は視線の端に映った物へと目を向ける。

 男の目が捉えたのは、クロームの一撃よりも先に光に飛び込んだ異形だった。

 

「あれは……やはり通っていたのか」

 

「通る? 貴方が出てきたあの光のことですか?」

 

 男の呟きを耳聡く聞きつけたアルビレオが強く問いかける。

 

「……」

 

 しかし男はそれを無視し異形の姿を見つめ続ける。

 おかしい、と男は感じた。

 異形の体の周囲をエアルが膜の様に覆っている。

 先刻向こう側で打ち倒した個体にはそんなものなかった筈だ。

 

「もし、貴方がアレを操っているのであれば、できれば止めていたたぎたいんですがね?」

 

 何時の間にか隣に立っていたアルビレオに話しかけられる。

 氷のような無表情の男の眉が微かに動く。

 隣に立たれたことに全く気づけなかった。

 こっちの攻撃が効かなくて困っているんです、とまるで友達に相談するかのように話を続けるアルビレオ。

 しかしその表情には、僅かに焦りが滲み出ていた。

 

 面倒だが答えない限り延々とこの調子で話しかけられそうなので、男は溜息を1つ吐き、ようやくアルビレオの質問に答えた。

 

「残念だが、あれを操っているのは私ではない。またあれは、誰かに操れるようなものでもない」

 

 淡々と釈明する男に今度はナギが肩を怒らせながらズンズンと近づいてきた。

 

「んなの信じられるかっ! それに、少なくともあれのことを知ってんだろ? あれは何だ? あんっ?」

 

 最早ただチンピラにしか見えないナギがメンチを切りながら男の顔を覗き込む。

 両者の顔は数mmぐらいの隙間しかない。

 そんなナギの残念な態度にアルビレオが溜息を吐く。

 

「攻撃が効かない、と言ったな。 ならばまずはあれを覆っているエアルを除去すればいい。 あれ自体はそんなに硬いものではない」

 

てめ、コラッ! 無視すんな!

 

 ナギの存在をない物のようにスルーして、男はアルビレオの質問に答える。

 男としても、あの異形は邪魔な存在である。

 できるのであれば早急に排除してしまいたい。

 

「エアル、ですか? 聞いたことがありませんね。

 

スカしてんじゃねぇぞ!てかアルッ!お前も無視すんな!

 

魔力とは違うのですか?」

 

 初めて聞く言葉に首を傾げるアルビレオ。

 そのアルビレオの言葉に今まで眉一つ動かさなかった男が、初めて驚きの表情を晒す。

 目を見開き、心底驚いたようにアルビレオに問いかける。

 

「エアルを知らない、だと?」

 

 ……おい

 

「はい、知りません」

 

 笑顔で頷くアルビレオ。

 本当にエアルを知らないと言う彼の言葉に、男は目を閉じ考え込む。

 

 流れる沈黙。

 アルビレオは相手が現状に混乱しているのを読み取り、問い詰めるよりも考えが纏まるのを待つことにした。

 少なくとも、話す気はあるように見えたから。

 

 それを待つ間にナギ、と隣に話しかけると彼は完全に拗ねていた。

 

「……」

 

 だがそれを無視して、アルビレオはナギに指示を飛ばす。

 

「ジャックと協力してもう少しだけ時間を稼いでください。 この人ならアレをどうにかできるかもしれません」

 

 その言葉にナギは嫌そうな顔をする。

 

「そいつのこと信用するのか?」

 

「少なくとも、対処法は知っているようです。 何か混乱しているようですが……だから」

 

お願いしますと言われてナギは渋々立ち上がり、宙に浮かせた杖に飛び乗る。

 

「ま、今はそれしかないか 。早いとこ頼むぜ? こちとら魔法が効かないんだ」

 

 そう言ってナギはジャックの元へと高速で飛んでいく。

 元々態度が気に入らなかっただけでーまぁそれで拗ねている辺りまだまだ子どもだがーそれで状況を見失う程ナギはバカではない。

 しっかりと時間を稼いでくれるだろう。

 

「……ここは何処だ?」

 

 漸く顔を上げた男がアルビレオにとってなんともズレたことを聞いてくる。

 しかし今は従っておいた方が得策と、彼は素直に答えた。

 

「オスティアの周辺ですよ」

 

「そうか……」

 

 男が目を細めた。

 

 

 

 

 男はアルビレオの想像通りこの状況に混乱していた。

 

(オスティア……聞いたことがない。 それにあの男、杖で空を飛んでいる。 あの杖、魔導器ではないな。それに込められている力もエアルではない。 何より……ここにはエアルが全くない)

 

 あるといえば、異形の周りを覆っている膜くらい。

 

 そしてこの男達はあの異形を倒そうとしている。

 それにはあの膜をどけなければならない。

 そのためには宙の戒典、もしくは武醒魔導器(ボーディブラスティア)が必要になる。

 見たところ、誰も所持していない。

 

「すまないが、今の私ではあれをどうこうすることはできない。 宙の戒典があれば話は別だが……言っても仕方のないことか」

 

「待ってください、デインノモスとは一体……」

 

 何ですか?と聞こうとしたアルビレオの言葉が途切れる。

 先程この男が現れた時と似たような力が再び発生したのだ。

 

「!  これは……」

 

 男もそれに気づいた。

 

 それは直ぐに2人の前に現れた。

 先程と同じ卵くらいの光。

 しかし今度は広がることなくす光はすぐに消える。

 

「宙の戒典?いや、しかしこれは……」

 

 光の消えた場所に掌サイズの宝玉が残っていた。

 男は玉に歩み寄り躊躇いなく掴み取る。

 初めて触れる筈の宝玉が、何故かすごく手に馴染む。

 

(感じる。 これは確かに宙の戒典だ。 しかし、剣は何処へ行った?)

 

 男にはこの宝玉から感じる力が、長い間連れ添った剣のそれだと確信した。

 理由を問われても説明はできない、しかしこれは確かに宙の戒典であった。

 しかしそうだとするならば本体である剣は何処に行ったのだろうか。 

 男は辺りを見渡すが、目的の物は見当たらない。

 例の光も、現れる兆候は感じられない。

 

(あり得るのか? 剣と力が分裂するなど……)

 

 宝玉を見つめ、考える。

 もしこの推測が外れていないのであれば、空になった本体が何処かにある筈だ。

 

「あの、今のは?」

 

 すっかり置き去りになっていたアルビレオが不思議そうに話しかけると、男は一転して先ほどの言葉を撤回した。

 

(今は置いておく。 これならばあれを討てる)

 

「状況が変わった。 あれを覆う膜を私が排除する。 その後は任せた」

 

「……分かりました。 色々と尋ねたいことはありますが、後にしましょう。 頼みますよ?」

 

 問いただしたいことは山ほどある。

 だが今は目の前の異形を排除するのが最優先、アルビレオは自身の悪癖である知識欲を抑え込みカードを取り出し額に当てて黙り込む。

 男はまだ知らないことだが、こうすることで相手と念話することができる。

 男はしばらくアルビレオを眺めていたが、視線を外し地面に突き刺さっていた剣を一本抜き掲げ、徐に宝玉を押し当てた。

 すると宝玉は溶け込む様に剣へと沈んでいく。

 

(即席の宙の戒典、といったところか……)

 

 力を取り込んだ剣を眺め、男はそんなことを考える。

 

「……本物の様にはいかない。 しかしあれ相手ではこれでも十分か」

 

 その場で何度か剣を振り具合を確かめる。

 そして異形へと駆け寄ろうとして、後ろからアルビレオに呼び止められた。

 

「共に戦うのです。名前くらい、聞かせてくれませんか?」

 

 場にそぐわない和やかな空気を醸し出すアルビレオ。

 

「デューク、デューク・バンタレイ……」

 

 振り返ることなく短く応え、デュークは異形へと走り出した。

 

 

 

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