「よし、完成っと。 なかなかいい出来だな……」
目の前の皿を眺めて、ユーリは満足そうに頷いた。
今、彼が真剣に作っていたのはプリン。
それだけではない、プリンのすぐ横には綺麗に、且つ大胆にデコレートされた生クリーム。
勿論市販物ではなく彼が1から手塩にかけて作ったもので、そのキメの細やかさは商店街ではちょっとした評判になっている程だ。
甘いものが好きな人間ならば間違いなく飛びつきたくなる会心の一品に仕上がっている。
「うーん見事っ。 ユーリ、やっぱりお前本当は相当修行したんだろ? 素人の領域じゃないぞコレは」
そこに1人の男性が近づいてくる。
40過ぎのナイスなミドル、独身貴族の男はこの店でマスター兼シェフを務める男である。
「んな大したことしてねぇよ。まぁ俺、あちこち旅してたから街がない時とか自分で作れたら便利かなってさ」
腰に手を当て首をすくめるユーリ。 事実仲間達と旅をしていた時も、ユーリは割と進んで食事当番を引き受けていた。
「旅? そうか、世界中の菓子を知る為のか?」
「……世界を救う為だよ」
あくまでユーリをパティシエにしたいマスター。
ここに来る度に発生する同じやりとりにユーリは溜息を吐きながら、ある意味本当のことを答えた。
そもそもこの店に初めて来た時は、別にパティシエの真似事をするのが仕事ではなかった。
彼にきた依頼は、店の屋根の修理。
そして依頼通り修理を終え、デザートをご馳走になっていた折にマスターとデザート談義で盛り上がってしまい、うっかり甘い菓子類を作れると口を滑らしてしまい、
「よしっ、じゃあ作ってみろ」
という話にあいなり……その結果今に至ってしまった。
そんな簡単に素人の作るものを客に出していいのか?というユーリの問いに返ってきたのは、俺が腕を認めたんだ、だからよし!という何がいいのか微塵も理解できない返答だった。
大丈夫なのかよ?と呆れたユーリだったが、料理は嫌いではなかった為、それからは急ぎの依頼がある時を除いてはほぼこの店が彼の職場となっていた。
「じゃあユーリ、後はそこのイチゴのケーキを頼む。いつも通りのホール数でな」
「りょーかい。んじゃ、早速始めますかね」
軽い雑談と一服を終え、仕事に戻る2人。
気合を入れ直して、ユーリはケーキの仕上げに取り掛かる。
甘い香りに包まれているこの仕事が、もしかしたら自分の天職なのかもな、などとくだらないことを考えながら。
そもそもユーリが今、商店街でこんなことをしているのには複雑な理由がいくつか存在する。
半年前の学園長との会談を経て、ユーリ・ローウェルという人物の危険性は極めて少ないと判断が下り、それによってユーリは麻帆良学園都市で保護、更に滞在し、一般人と共に生活をするを許可された。
又その際、ユーリの話に出てきたテルカ・リュミレースのギルドという制度。
どうせ何かしなければならないのなら慣れた仕事の方がいいだろうという学園長近右衛門の配慮で麻帆良内の商店街の一角に何でも屋、「凛々の明星」を設置。
ちなみにユーリへの給与は理事から一定の額が支払われる為、依頼者に金銭的負担はない。
学園都市の環境向上プロジェクトのテストケースである。
最近では最早ただのパティシエと呼んだ方が正しいようなきもするが。
かなり無茶苦茶で強引な話ではあったが、近右衛門のゴリ押しと、定番の「麻帆良だから……」でふわっと通ってしまった。
これが、ユーリが麻帆良で滞在する時の表向きの顔。
そして彼にはもう1つ、裏の顔も用意された。
表の人間には知られていない技術、魔法。
それらが絡んでトラブルが発生した際、麻帆良側に戦力を提供すること。
具体的に話すと。
麻帆良には一般、教員、生徒などあらゆる所に魔法使いや、その存在を知らず素質を眠らせたままの人間が多数在籍している。
彼らが故意、又は無意識で起こす内側の問題。
そして麻帆良には数多くの価値あるモノがある。
それは物であり者。
それらを奪取、あるいは破壊等を目論み敷地内へと侵入しようとする外敵が起こす外側の問題、である。
しかしこれらの問題に対し、麻帆良にも当然しっかりとした対策を施してある。
内側にはついては、専門の対策機関が存在する為、表の人間が魔法を目撃しても表沙汰になることはまずない。
外側についても。
魔法と電力を複雑に絡み合わせた強力な結界が設置されている為、侵入を許すことなどほぼない。
このように内外しっかりとした対策がある為、ユーリがすることなどない、といっても過言ではない。
ではユーリの仕事とは?
これらの対策を万が一踏み越えられた際、部署間のいざこざや命令系統、その他予想される対処行動のもたつきや遅延に囚われない近右衛門の意思が最速で反映される駒。
以前からそういった駒を用意したいと考えていた近右衛門がこれ幸いとユーリを利用することを提案。
ユーリもその事に特に異論はなく承諾、これで彼の麻帆良での立ち位置が決定した。
また有事の際の戦力提供、とあるが、ユーリにどれくらいの戦力があるのか把握しなければならない。
それは後日、高畑以下数名の魔法使いのフォローの元、近右衛門の操作するゴーレムの市街地への侵入阻止を想定した模擬戦闘で測られるという査定が実行された。
そして最後に、消えた宝玉の捜索について。
宝玉の消えた場所にて独特の魔力痕ー後にユーリの説明でエアルと判明ーを極微料採取に成功。
これを元に現実世界、魔法世界問わず超広域に及ぶ捜索を確約。
場合によってはユーリの魔法世界への引率も可能。
ユーリが元の世界へ帰れるよう、協力を惜しまないと近右衛門はユーリと約束した。
自分の足で捜索を行わず、学園内の商店街にて生活をしている理由は、身分。
今現在学園長があれこれと働きかけてこの世界でのユーリの経歴を用意しているのだが、人1人の生まれから現在までを文字通り創るというのは想像以上に時間がかかってしまう。
これが解決するまでは麻帆良内で大人しくしているのが賢明、と学園長が判断した為である。
「出来たぜマスター。今日はこれで終わりか?」
予定通りの個数ケーキを作り終え、ユーリは額の汗を拭いマスターへと尋ねる。
「ん……ああそうだな。 じゃあこのショートケーキとクレープを5番テーブルに提供してくれ。 それで今日は終わりだ」
自身の製作しているデザートから目を離さず応えるマスター。
熱して溶かした飴を器用に細工している。
ユーリの目の前に置いてあるのはマスター作のクレープと、ユーリの作ったケーキ。
「俺、接客は向いてないんだけど?」
「そう言うなよ。 今引き継ぎが着替えてる。それだけでいいから頼む」
腕を組んでジト目でマスターを見るユーリ。
しかしマスターは全く気にしない。
「……」
キッチンに流れる沈黙。
やがて折れたのはユーリ。
「はぁ、分かったよ。 行けばいいんだろ……」
溜息をつき、二枚の皿を持ちホールへと進む。
後ろから「頼んだぞー」と棒読みな声が聞こえてくる。
「クレープとショートケーキ、お待ちどおさんっ」
テーブルに近づき、少し無愛想に皿を置く。
席についていたのは2人の少女。
学校の制服を着ている所を見ると、下校途中に立ち寄ったといったところか。
「わぁ、美味しそうやなぁ。 楽しみにしてたんよ、このケーキ」
「そうね、このクレープもホントに美味しそう。 たまにはこんなお店でデザートなんてのもいいかもね……高いけど」
「あんもう。 こんな時に野暮なこと言ったらあかんで? せっかくなんやし楽しまんと」
「はいはい、悪かったわね。さ、食べよ?」
「そやね。 いただきます」
なんとなく聞こえてくる2人の会話はとても息があっていて、その仲の良さがよく分かる。
少女達の声を背に控え室まで戻り、ユーリは帰り支度を始めた。
制服を脱ぎ、黒のスラックスと白のシャツと言う簡単な普普段着へと着替える。
ふと窓の外を見れば日が傾き始め、夜の帳が降りようとしている。
暫く外を眺めていたユーリは、大きく息をはいて歩き出す。
「マスター! もう帰るぜ?」
「ああお疲れ。 また頼むな」
マスターに一声かけ、店を出ようとするユーリ。
出口に向かって歩いていると先程の少女達の声がまた聞こえる。
「ほんまに美味しいなぁ」
「うん、評判通りね。 来てよかったわ」
「どうやってこんな味出してんのやろ? 隠し味とかやろか?」
フォークを口にあてながら首を傾げる少女。
おっとりしたその雰囲気が、全く似ていない筈の何処かのお姫様を彷彿とさせる。
「ああ、美味さの秘密は隠し味だ。 それも、とびきりのが入れてあんだよ」
だからだろうか、気がついたらユーリはその少女に話しかけてしまっていた。
はえ?とこちらを見上げる少女。
その友人の方は急に話しかけられた事に驚き、少し警戒しているようだ。
「このケーキ、お兄さんが作りはったんですか?」
「ああ」
そう答えると、少女は嬉しそうに美味しかったと笑顔を咲かせる。
ちなみにそっちのクレープは店長な、と教えるともう1人も店員だと分かり安心したのか、美味しかったですと笑ってくれた。
「で、隠し味って何ですか? 教えてくれへん?」
料理が好きなのか隠し味に興味津々な少女。
待ってましたと言わんばかりにユーリは腰に手を当て、不敵な笑みを浮かべ自信たっぷりに答えた。
「それはな……愛情だ!」
「ブッ!」
ユーリの答えを聞いて飲んでいた紅茶を吹き出したのはクレープを食べていた少女。
ユーリの見た目と出て来た言葉が不釣り合いで驚いたようだ。
「ほかほか、そら美味しくなる訳やな。 料理は愛情やもんな」
しかしもう1人はさも当然の様にユーリに同意して頷く。
懐っこい性格なのか、何時の間にか喋りやすい口調に変わっている。
「おう! たっぷり入れといたから、しっかり味わえよっ」
その反応が面白くてユーリも自然な笑顔を浮かべていた。
「はいな! 美味しいケーキありがとなお兄さん」
「ああ、じゃな」
そう言って今度こそ店の外に出たユーリ。
彼が店を去ってから暫くしてようやく咳込みが止まった少女。
「え? それでいいの? 納ていいのの?」
明らかに隠し味をはぐらかされたのにニコニコとケーキの残りに取り掛かる友人の天然さに、ただただ呆れるのだった。
少し肌寒い路地をゆっくりと歩いているとピピピ、とポケットの中で音がした。
ユーリは立ち止まり、音の発信源をポケットから取り出す。
携帯電話。
手の中で音を出すそれを見て、ユーリは未だに不思議に思う。
ここで生活する上で必要ということで渡されたのだが、なぜこんな物で遠く離れた人間と話すことができるのだろうか?
この世界の科学がテルカ・リュミレースより圧倒的に進んでいるのは理解した。
だが不思議に思う気持ちはそれとはまた別の感情だ。
「リタが見たら、激しく喜びそうだな……」
今は遠い仲間のことを考えると、やはり焦る気持ちが抑えられない。
今はただ待つしかないとは言え、もう半年が過ぎた。
仲間達ならなんとかしてくれると信じてはいるが、もしかしたらもうテルカ・リュミレースは既に……という考えが日々の生活の中、不意によぎる。
それにあの旅で色々なことがあった。
それらとの決着は、やはり自分の手でつけたいと、ユーリは強く思っている。
「……そろそろ出ないとな」
小さく呟き、通話ボタンを押す。
耳に当てた小さな機械から聞こえてきた来きたのは学園長の独特な笑い声だった。
「何だよじいさん、珍しいな。 何かあったのか?」
葛藤や焦る気持ちを胸の内を隠す様に勤めて明るく振る舞う。
「フォッフォッ。 元気そうじゃのユーリ……」
好々爺然とした穏やかな挨拶を返す学園長。
しかしすぐに本題に入ると珍しく声を固くした。
「……して本題なんじゃが、お主の力を借りたくての。 今からワシの部屋へ来てくれんかの? 説明はそこで…」
「分かったよ。 今から向かう」
何か問題が発生したのをすぐさま理解したユーリは考える間もなく呼び出しに了承。
あれこれと便宜をはかってくれた学園長には感謝している。
だから、自分にできることなら是非もない。
「うむ、すまんの。では待っとるぞい」
そう言って切れる電話。
それをポケットに戻し、しばし空に浮かぶ月を眺める。
やがて気持ちが落ち着いたのか、ユーリは帰り道とは反対の方向へと足を進めていく。