「ふっ!」
高畑に迫っててきいた土人形に突然見えない何かが激しく衝突して、土人形は後方に吹き飛んだ。
そしてそのまま動かなくなり消滅する。
「……あんたのそれ、一体どうなってんだ?」
心底不思議そうに隣にいたユーリが尋ねる。
確かにそれは不思議な光景であった。
高畑は戦闘が始まってからずっと、常にその両手をポケットに入れたままにしている。
だというのに、彼から衝撃波のような物が飛び出し、恐ろしい速度と威力、精度で敵に衝突するのだ。
「はは、それはこれが終わった後にでも、ね。 それにその台詞はそっくりそのまま君に返すよ、ユーリ」
高畑が言っているのは勿論ユーリのの戦い方のことである。
ユーリが接近戦の最中に何度も剣をジャグリングのように扱うその光景は見ていてヒヤヒヤするものがある。
「んなもん、慣れだよ、慣れ」
「いや、無理だよ……」
互いに軽口を叩きながらも彼らは動きは止めない。
2人は背中合わせに襲いかかってくる土人形達を次々と消滅させていく。
もう既にかなりの数の人形が消され、残っているのは後数体。
「そろそろ頃合いかの……」
そんな時に、不意に学園長の声が聞こえてきた。
するとその言葉と共に、残っていた数体の土人形が崩れるように地面に溶けて消え去っていく。
「? もう終わりかよじいさん?」
突然の敵の消去に、足を止めて首を傾げるユーリ。
高畑と神多羅木だけはこれから起こることを知らされているようで、その構えをとくことはなかった。
「ウォーミングアップはもういいじゃろユーリ? そろそろ本番じゃ……」
学園長の力の篭った言葉に周囲の魔力が反応する。
そしてこれまでよりも一際大きな魔法陣が1つ、ユーリ達の前に出現した。
その場にかかる重圧は、まるで実際に重たい何かを無理やり背をわされているかと錯覚するくらい濃厚だ。
「今度のゴーレムはちと強いぞい?油断しておるとあっという間に病院送りじゃ……」
少しの心配と、それ以上に期待を言葉に込める学園長。
やがて先程と同じように魔方陣の動きが止まり、その中からゆっくりとゴーレムが這い出てくる。
たださっきまでと違うのはその大きさ。
身の丈3mに届きそうな程の身長。
丸太のように太い手足。
そしてその体は、先程までの土人形のような歩いただけでポロポロと破片が零れるような脆弱な物と違い、その材質は青銅のように硬く光沢があり、中世の大鎧のような細工が細部にまで施されている。
正にゴーレムと呼ぶに相応しいその外見。
「……こりゃあ ちとヤバイかもな」
その圧倒的な存在感に冷や汗を流し、ユーリは目の前に悠然と佇むゴーレムを見上げ呟いた。
そんな彼の頭を過ぎったのは、テルカ・リュミレースを旅していた途中に何度か遭遇したギガントモンスターと呼ばれる魔物。
確かにユーリ・ローウェルは強い。
例えブラスティアが無くとも魔物を相手にして、そして余裕で屠れる程度には。
しかしそれはあくまで普通の魔物に限った場合での話。
ギガントモンスター相手にブラスティア無しでは流石に戦えない、少なくとも今のユーリでは……
「さぁユーリ、 お主の力を見せてくれい!」
学園長が言い放つ。
それが起動の言葉になっているのか、ゴーレムの瞳に紅い光が宿る。 そしてゆっくりと軋みを上げながら巨大な右脚を持ち上げ、風切音を上げながら地面へと深く突き刺した。
「っ!」
その一歩は超重量で、響く音も発生する衝撃波も本当にギガントモンスターと何ら遜色はない。
「ユーリ、 戦えそうかい?」
何時の間にか隣に並んでいた高畑がゴーレムを見据えながら心配そうに尋ねる。
彼は前半の対土人形戦ではその力のほとんどを出さず、ユーリの戦いを間近で見ることに専念していた。
それが今回の彼の任務。
遠く離れた画面越しに見えるものがあるように、近くその場だからこそ見えるものある。
そしてその上で、ユーリは強いと判断した。
だがそれは表の世界の基準で、という前置きがつく。
表の世界であれば、ユーリ・ローウェルという人間を倒せる物など存在しないだろう。
それだけの強さと経験を、目の前のこの男は持っている。
しかし一転、裏の世界の基準に照らし合わせる、と少し頼りない……と判断せざるを得ない。
「やっぱりブラスティアは……」
「ああ、今の所、動く気配は全然ねぇな……」
そうかい、と答え高畑は事前の話を思い返す。
戦う前、ユーリが懸念していた1つのことを。
魔導器。
テルカ・リュミレースの根源たる力であるエアルを動力として様々な用途に使用される存在。
その中でも武醒魔導器(ボーディブラスティア)と呼ばれる物は、街の外、つまり結界の外で遭遇する魔物と戦う者にとって非常に重要な意味を持つ。
それぞれの武器に込められた「スキル」と呼ばれる戦闘技能の習得、そしてそれの発揮、取り込んだエアルを変換させ様々な属性を攻撃に付加させたりなど、上げればキリがないくらい、戦闘中に受けられる恩恵は数が多い。
こちらの世界における気や魔力と同じような役割を引き受ける道具。
それが使えない。
つまり今ユーリは日常的に使っていた気と魔力を制限された身で闘っているようなものだった。
学園長はそれを踏まえた上で、彼が目の前のゴーレムとどう戦うのかを見たいのだろうが、いくら自分達がフォローについているとは言え、やはり少しやり過ぎなのではないかと考えてしまう。
しかし……
「んな 顔すんなよ。 勝てねぇって決まったわけじゃないだろ?」
そくれらいではユーリの意思は決して折れたりはしていない。
それどころか、こんな不利な状態に追い込まれて、どこかそれを楽しんでいるような笑みさえ浮かべゴーレムを見据えている。
どうやって戦うかではなく、彼の頭にあるのはどうやって勝つか。
「おい高畑、しっかりフォロー頼むぜ?」
こんな逆境の中屈するどころか、不敵に笑いながら障害に突っ込んでいく、そんな存在を、高畑はもう1人知っていた。
高畑の肩から、自然と強張っていた力が抜けていく。
(あの人もこんな風に笑ってどんな困難も乗りきっていたっけ……)
「タカミチだ。 僕のことはそう呼んでくれ。 勝とうユーリ これくらいの敵、なんともないさ」
「……へっ。当然! 行くぜタカミチッ!」
「ああっ!」
突然のタカミチの激励の言葉に、暫く目を丸くしていたユーリだったが、すぐに不適に笑い走り出す。
過ぎしあの日々に、何度も見たあの笑顔と微かに重なる。
その背中を、タカミチも続いていく。
「……俺も居るんだがな。 これも青春てやつかね」
そしてその場にポツンと残されていた神多羅木が寂しそうに呟き、やがてやれやれと肩をすくませ、だいぶ遅れてだが2人の後に続いた。
「そらっ!」
早々にゴーレムの懐まで走り込み渾身の力を込めた剣を振り下ろす。
「チッ、硬てぇ。やっぱそう簡単にはいかねぇか……」
ガギッという鈍い音とともにいとも簡単に跳ね返されてしまう刃。
けして軽くない筈のユーリの一撃は、ゴーレムの胴体の一部を僅かに欠けさせただけだっだ。
「っ……!」
刃を弾かれた事と、これまでの戦闘で溜まった疲労の所為で、足がグラついてしまい、ユーリは敵の目の前で無防備にも大きく体勢を崩してしまう。
もうどれくらい同じようなことを繰り返しただろうか。
ユーリの息は切れ、大量に汗が流れている。
勇んで挑んではみたものの、彼我の戦力差はやはり大きく開きすぎていた。
まず第一にユーリの攻撃が全く通らない。
動き自体は緩慢で鈍重なので隙をつくのは容易くできる、だがその先が続かない、魔力を用いた防御壁が彼の剣を尽く弾く。
どれだけ戦い方が完成されていたとしても、ダメージが通らないのではこれ以上どうすることもできない。
「ガアアアアッ!!」
けたたましい咆哮を撒き散らし、振り上げられたゴーレムの太い腕がユーリめがけて振り下ろされる。
「ハァハァッ……やべっ!」
どのような原理が働いているのか分からないが、移動の時とは違い、異常なスピードで落下してくるゴーレムの腕。
上がった息が整わないユーリは、まだ攻撃を弾かれ崩れてしまった態勢を立て直せていない。
このまま直撃を受ければそれはそのまま戦闘の終了に繋がる。
「そうはさせない! これでっ!」
大きな衝撃音がユーリの耳を激しく震わせる。
塞ぎそうになる目に力を入れてゴーレムの腕を視界に収めると、それは彼を僅かに逸れてすぐ側に振り下ろされていた。
更によく見ると、腕の一部分が大きく窪んでいる。
何かに無理矢理軌道をそらされたようだ。
この窪みを作った張本人、タカミチに目を向ける。
「?」
そしてユーリは異変に気づいた。
先程までは全く感じなかったのだが、今のタカミチからはオーラのような、何か不思議な力が彼を全身を纏っていた。
生まれつき呪文詠唱ができなかったタカミチが、それでも切に戦う力を求めた結果、彼が辿り着いたのが究極技法、咸卦法だった。
それに尊敬する師から教わった技居合い拳を掛け合わせた複合技、豪殺居合い拳。
隙確かには大きいが、繰り出されるその一撃は、けして魔法にひけをとらない。
「出鱈目だな、お前の攻撃……」
尻餅をついたまま、驚きよりも呆れの勝る顔でタカミチを見やる
ユーリ。
しかしすぐに立ち上がってゴーレムから距離を取る。
それを妨害しようするもう片方のゴーレムの腕を、今度は神多羅木が無詠唱魔方で弾く。
神多羅木の魔法にタカミチの咸卦法。
これらをフルに使えばこのゴーレムは恐らく容易く撃破できるだろう。
しかし今回の戦闘はあくまでユーリが主体。
2人ともフォロー以上のことは学園長に禁じられているため、このくらいの助力が精一杯なのだ。
しかし疲弊した今のユーリに、再び動き出したゴーレムを打倒する術は、ない。
「こりゃ勝てねぇ……か」
悔しそうに顔を歪ませるユーリ。
「……」
タカミチ、神多羅木の2人もこれ以上の戦闘続行は難しいと判断したのか構えをとき始めている。
だからその場にいる誰もが気づかなかった。
ユーリのの左腕、装着されたブラスティアの紅い魔核が、僅かに、しかし確かな光を放ち始めていることに。
「ここまで、なのでは?」
眼鏡をかけた男性が、静かに学園長に進言する。
「そうじゃのう。 これ以上はただ悪戯にいたぶるだけ……かの」
男性の言葉に頷き、学園長はゴーレムの解除術式の起動準備を始める。
物足りない、そう顔には書いてあるが。
「裏の仕事を任せるには、少し頼りないのでは?」
先程の男性の横に腕を組んで立っていた色黒の男が、厳しい口調で提言する。
「そうですね。 いくら戦闘技術が特化していても、魔法障壁に攻撃が通らないのでは……戦力に数える訳にはいきませんしね」
肥満体型の男が、肉まんを頬張りながら同意する。
「いやいや、彼の戦闘技能は優秀です。 魔力に関する問題は誰かの従者となることで解決できる。 そうなれば、高畑先生にも引けを取らないのでは?」
それに対し先程の眼鏡の男性が反論する。
色黒の男性や肥満体形の男と異なり、あくまでユーリの技術を評価していて、魔力に関しては他からどうにかすれば戦力になると、そう判断している。
「しかし彼は、その……異世界の人間なのでしょう? 簡単に契約を交わすべきではないのでは?」
今まで沈黙していた修道服に身を包んだ女性がしかめ面で眼鏡の男性へと反論する。
彼女が言いたいのは、別に異世界人を差別しているということではなく、ユーリが自分の世界へと帰ることを強く希望していること。
帰還の時がくれば、主従の契約は破棄しなければならない。
破棄する未来が決まっているのに契約を交わすということは、少し契約というものを軽視しすぎなのでは?というのが彼女の意見。
「貴女の言いたいことは分かります。 別に主従の契約を軽視しているつもりはありません……」
眼鏡を押し上げながら男性は言葉を続ける。
「しかし仮契約などの形式もあります。 お試し、という形を取れば問題ないでしょう?」
「それは、そうなのですが……」
確かに契約には男性の言った仮契約というものもある。
言葉の通り仮のもので、本契約に比べればその意味合いも軽くはなる。
しかしそれは単に言葉遊びにしかならないのでは、と女が更に反論しようとして、
「まぁデータは十分に取れた。 そこらへんは追い追い考えればいいじゃろ…。」
議論に熱が入りそうになる所を学園長がその一声で制する。
静まり返る部屋、このまま今日は解散、となりかけていた空気を1人議論に加わらずずっと映像を見続けていた女性の声が切り裂く。
「待ってください学園長っ! 何か、様子がおかしいです!」
「む?」
組み上がった解除術式の発動を咄嗟にキャンセルし、学園長とその場の全員が映像に再び目を向ける。
「これは……」
驚く全員の目に映ったのは、ユーリの左腕に装備された魔導器が鮮烈な赤い輝きを放つ、そんな光景だった。