時間は少しだけ遡る。
「解除術式を発動するようだな。ユーリ、残念だがここまでだ」
目の前のゴーレムを、巨大な魔法陣が再び囲み始めるのを眺めながら神多羅木が静かに戦闘の終了を告げる。
「くっそ……」
「ユーリ……」
剣を地面に突き立て顔を天に向け、心底悔しそうに顔を歪ませるユーリを見ながらタカミチもまた複雑な心境だった。
ユーリの戦う姿に在りし日の英雄、尊敬する男の姿を重ねた。
あの瞬間心が踊った。
あの時は叶わなかった事、尊敬する彼等と肩を並べて戦場を走る。
ユーリとならそれができると、そんな気がしていたのだ。
本当に信頼し合える仲間と共に戦かうということが。
ナギ達のそんな姿に憧れた、しかし当時の自分には力がなかった。
幼い頃、眺めることしなかできなかったあの光景を、今度は自分の手で作れるかもしれない、と。
「……自分勝手、だな」
タカミチは目を閉じて自分の勝手さを反省する。
勝手に期待し舞い上がって、そして勝手に落胆してしまった。
罪悪感を振り切るように大きく息を吐いて、タカミチはユーリに歩み寄る。
「ユーリ、今回は……」
そして声をかけようとしてタカミチの足がふと止まった。
彼の目が捉えたのは、ユーリの左腕で淡い輝きを爛々と放つブラスティア。
「ユーリっ、ブラスティアが!」
「あっ?」
タカミチの急かすような言葉にユーリも自身の左腕へと目を向ける。
その赤い輝きはゆっくりと、そして確実にその強さを増していく。
「っおいおい、マジかよ……」
左腕を目の前に掲げ驚くユーリ。
しかしすぐに冷静さを取り戻し、即座にブラスティアの起動を試みてみる。
「……動いたっ」
ユーリの言葉に自然と熱が篭る。
今まで一切の反応を示さなかったブラスティアがテルカ・リュミレースにいた時の、いつも通りの赤い光を取り戻したのだ。
そして唐突に全身に力が溢れてくるのをユーリは感じた。
一度身につけたスキルを突然奪われ、思うように戦えずに疲弊しきったていた筈の身体が嘘のように軽い。
溜まりに溜まった闘気が抑えられない。
ーオーバーリミッツー
戦闘中に極限まで高まった集中力とテンション、闘気を意図的に解放することで一時的にすべての能力を爆発的に高めることができる戦闘法。
「何で急に動いたのかは、この際どうでもいいが……これならっ!」
ユーリの戦うという意思に呼応しているのかブラスティアが更に輝きを増す。
「魔力を取り込んでいる、のか?」
その光景をユーリの側で見ていたタカミチが呆然と呟く。
エアルを動力源とする筈のブラスティアが魔力を急激に取り込んでいることに気づいたのだ。
取り込まれた魔力がユーリの全身を纏う。
あたかもそれは自分が咸卦法によって気を纏う現象に酷似している。
何かが起こる、そう直感したタカミチは慌てて画面越しにこちらを見ているであろう学園長へと大声を張りあげた。
「学園長っ、術式の解除を! まだ終わってませんっ!」
「分かっとる!」
間髪を入れずに返ってくる学園長の返事。
すぐにゴーレムを囲んでいた解除術式が溶けるように消えていく。
タカミチはそれを確認してから再びユーリを見ると、ブラスティアはいまだ止まることなく魔力を取り込み続けていた。
収束し続ける魔力。
それはいつ破裂してもおかしくない風船のようであった。
そして……
「飛ばして行きますかっ!!」
とうとうそれは、ユーリの言葉を合図に爆ぜた。
ユーリを中心に発生する風。
あまりの風力に吹き飛ばされそうになるのを踏ん張りで留まり、巻き上がる砂塵に視界を奪われながらも見逃すまいとユーリを見続ける。
先程までとは明らかに異なる存在感。
纏う力のプレッシャーは、これまで感じた事がないほど濃密。
腕を何度か振って具合を確かめたユーリが、地面に刺さっているシミターの峰を左足で勢い良く蹴り上げる。
クルクルと高速で回転するシミターを危なげもなく右手で掴み取り、弄ぶように数度回し、流れるような動作で左手へと受け渡す。
そしてユーリは最後にシミターを肩に担いだ。
言葉は交わさない。
彼が見据えているのは既にゴーレムのみ。
「行けユーリ……君の力を見せてくれ」
そして走り出したユーリの背中に目を奪われながら、ポツリとタカミチは呟いた。
先程とは比べ物にならない速度で向かってくるユーリを叩き潰そうとゴーレムがその巨腕を天井高く振り上げる。
ニヤリと口角を上げてそれを見ていたのだユーリはシミターを下段に構える。
下ろされたシミターの刀身に魔力が具現する。
エアルと少し感触が違うことに気がついたが、全くは問題ない。
ユーリは、刀身に顕れたそれを一気に振り上げ、眼前へと吹き飛ばす。
「蒼波ぁっ!!」
ユーリの叫びと共に刀身から蒼い衝撃波が飛ぶ。
こちらの魔法、その基礎的なものであるサギタ・マギカを軽く超えるスピードで飛来するそれは、ゴーレムの腕に寸分違わず直撃した。
「!」
たったそれだけで激しく腕を弾かれゴーレムが半歩押し下がる。
この戦闘で初めてユーリの攻撃がゴーレムに通った瞬間だ。
当然ユーリは止まらない。
更に速度を上げて一気に間合いを詰める。
蒼波斬を飛ばし振りきった左手からシミターを手離す。
そして空いた左の掌全体に魔力を集中させる。
「食らえ……烈破っ」
そのままゴーレムの懐に飛び込み、右足を思い切り踏み込む。
スピードの乗ったユーリの左掌底が鋭くゴーレムの胴体に突き刺さる。
「掌っ!」
そしてインパクトの瞬間、ユーリは左手に溜めた魔力を勢いに乗せて爆発させる。
「ガアアアアアッ!」
腹部を大きく抉られたゴーレムが煙を上げ倒れながら、それでも反対の手でなおもユーリを殴ろうとする。
態勢は大きく崩れているが、それでも破壊力は十分にある。
「タカミチッ!」
しかしそれでもユーリは防御をしようとしない。
その代わりに、頼りになる相棒の名前を叫ぶ。
ズドンッ、と先刻と同じく重たい音が周囲に響く。
改めて見ることはしないが、タカミチは状況に遅れることなくしっかりとフォローのタイミングを測っていてくれた。
ナイスッ!と心の中でタカミチに賛辞を送るユーリ。
なんだこれ、なんでこんなに息が合ってるんだ、楽しいじゃねぇか。
分泌される脳内物質で更にハイになるユーリのテンション。
阿吽の呼吸の如くこちらの動きを理解してくれるタカミチがとても頼もしい。
そのタカミチの豪殺・居合い拳によって遂に倒れそうになったゴーレムへ更に更に追撃を続ける。
「まだ終わんねぇぞっ!」
そう言って 宙を舞っていたシミターを右手で無理矢理掴み取り、瞬時に柄に魔力を込める。
そしてそれを地面向けて強く叩きつけた。
叩きつけられたシミターは綺麗にバウンドして残像が残る程の速度で回転する。
「円閃牙っっ!!」
そのまま勢いよく上空に舞い上がりそうなシミターの柄に同じ様に魔力を込めた左手を添えると、そこで固定され、幾度も幾度もゴーレムの身体にその爪痕を刻み込む。
「おっさん! 上げてくれっ!」
そして今度は神多羅木の名を叫ぶ。
「ディグ・ディル・ディ・リック・ヴォルホール……逆巻け夏の嵐彼の者等に竜巻く牢獄を……」
ユーリに呼ばれるのを今か今かと待っていた神大羅木が、小さく頷き素早く詠唱を終わらせる。
そしてユーリの円閃牙が終わる瞬間を待つ。
回転の止まったシミターを右手で掴み、先程までとはあからさまに飛距離が変わったバックステップでその場から即座に離れるユーリ。
ゴーレムは仰向けのまま重力に引かれ地面に落ちていく。
「風花旋風風牢壁っ!!」
しかしまだ地面に落ちることは許されない。
ユーリの離脱と共にタイミング良く発動された神多羅木の竜巻が重たいゴーレムを再度上空へと押し上げる。
「そろそろ終わりにするか……」
右手のシミターを左手に投げ渡して、ユーリは足に力を込める。
そして体を捻りながらゴーレムを追いかけるように飛び上がった。
ブラスティアの恩恵を得た今のユーリの跳躍は高く速く、術によって舞上げられたゴーレムへと直ぐに追いついた。
回し蹴りのように体を捻り、それと同時に刀身に集めた魔力を炎熱に変換させる。
「行くぜぇっ!爆っ砕っっ!!」
その回転の力を最大限乗せた炎熱の刃を真上からゴーレムへと渾身の力を持って一気に叩きつける。
あまりの熱にゴーレムはその体表を溶かされながらユーリと共に地面へと落下して行く。
「終わりだぁっ!!」
凄まじい爆音を周囲に轟かせ、とうとうゴーレムはその背中を地面に叩きつけられた。
静まり返った空間。
聞こえてくるのは、ユーリの荒い呼吸だけ。
ブラスティアが起動する前に溜まった疲労がオーバーリミッツが解除されたことでぶり返して来たのだ。
「ハァ、ハァッ、終わった……か?」
舞い上がっていた砂煙が段々と晴れて行く。
そしてそこには仰向けに倒れ胴体に大きく一閃が刻まれたゴーレムが姿を表した。
その傷跡はまだ高温の熱を帯びていて、大量に煙を発していた。
そのゴーレムを注意深く睨むユーリ。
もうら、動く気配は感じられない。
「凄いよユーリっ! 文句なしで君の勝ちだっ!」
そこへタカミチがやや興奮気味に走り寄って来た。
まるで子供のようにはしゃいでいる、
「正直ここまでとは思わなかった。やるな、ユーリ」
神多羅木も緩く拍手をしながらユーリに近づいてくる。
「ま、何となったか……」
2人の祝福の言葉を聞いて、ようやくユーリも力を抜いた。
抜け過ぎたのか、その場座り込んでしまった。
「見事じゃったぞユーリ。 まさか解除術式が不要になるとはの……」
相変わらずどこかから降ってくる学園長の言葉通りに、ゴーレムは身体の端々から粒子となって空気に溶けていく。
術者の意図によって消されるのとは異なる、与えられたダメージで魔力による土の結合が解けて行くことによって起こる現象。
季節外れのダイヤモンドダストのようで、とても神秘的なものとなった。
「今宵の模擬戦闘はこれにて終了じゃ。 ユーリよ、ゆっくり休んでくれい」
「行こうユーリ」
ユーリの肩に手を置きタカミチが促す。
それに頷いて、ゆっくりと立ち上がると、彼は2人に少し遅れて歩き出す。
しかし途中で足を止めて左腕のブラスティアに目を向けた。
「助かったぜ……ありがとな、隊長……」
ブラスティアを軽く撫でて、遠くからこちらを見ているタカミチの元へと再びユーリは歩き出した。
ユーリが力を取り戻すという最高の形を持って、長い夜はようやく終わりを告げたのであった。
「んなこともあったっけな」
飲み終わったココアのカップを置き、ユーリは天井を見ながらボヤく。
「あのあと、学園長の部屋で様子を見ていた関係者達、開いた口が暫く塞がらなかったって学園長が笑っていたよ」
いきなりのことだったしね、とおかしそうにタカミチが笑う。
「俺だって驚いたよ。 まさかあんなタイミングで起動するとは思ってなかったしな、これ……」
「確かにね」
ユーリがシャツの袖を捲る。
2人はそこから姿をだしたブラスティアへと視線を向ける。
あの時ブラスティアが急に周囲の魔力を動力として動きだした理由は今でも解明されていない。
とりあえず危険はないだろうということでそのまま使用して、研究機関が当時のことを検証しているのが現状だ。
「おっと……どうやら出たようだよユーリ。 行こうか」
懐から振動した携帯取り出し、開いて操作するタカミチ。
差出人は学園長。
内容は、件の人物の出没を知らせるメール。
「うしっ! んじゃ、間抜のでも顔拝みに行きますかっ」
立ち上がり店を出る2人。
半年前と同じ丸い月が、森の奥深くへとと消えていく2人の姿を照らしていた。