君の名は・パニック   作:JALBAS

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“ふもっふ”的な、慌ただしい日常を書いてみたくなって書きました。
これは、宗介と三葉がまだ入れ替わっている頃……
宗介の暴走に、三葉やかなめが振り回される話です。




《 番外編 ―― 君の名は・パニック?ふもっふ ―― 》

朝、相良くんの体で目が覚める。

彼の部屋には目覚ましやアラーム等は無いが、何とも寝心地の悪い硬いベッドで寝ているので、自分の体の時よりずっと早く目が覚めてしまう。入れ替わりにもだいぶ慣れて来たが、このベッドだけはどうにも慣れない。まあそれでも、潜水艦の中よりは大分マシなのだが……

最近は、相良くんの体で目覚めた時は先に身支度を済ませ、朝食は取らずにかなめのマンションに行く。

呼び鈴を鳴らすと、直ぐにかなめが出て来る。

「おはよう!かなめっ!」

この挨拶で、全てが通じる。

「ああ、おはよう三葉!」

私を三葉と認識して、かなめは私を部屋に招き入れる。

それから、二人で朝食を作る。

私は和食が得意で、かなめは洋食が得意だ。お互いに得意料理を教えあったりしながら、お弁当も一緒に作る。これが、結構楽しい。

そして、一緒に登校する。

最初は不安ばかりだった東京での日常も、かなめと友達になれてからは一日が楽しくなった。

但し、学校ではあまり話さないようにしていた。下手に喋ると女言葉や訛りが出てしまうし、かなめといつもの調子で話すと、突然仲が親密になったかと周りに怪しまれてしまうからだ。

放課後には、もうひとつ楽しみがある。かなめ達と、行きつけのカフェに寄る事だ。

糸守では決して味わう事の出来ない、至高の時間がそこにはある。

相良くんの迷惑料として、マオさんから毎回カフェ代を頂いているから、何でも好きなだけ注文できる。といっても、調子に乗って食べ過ぎると、

「相良くん意外ね、こんなに甘い物好きだったの?」

「何か、ニタニタし過ぎて気持ち悪いんですけど……」

などと、他の女の子達に怪訝に思われるため、思うままにという訳にはいかない。

それでも、こんな時はついこの入れ替わりに感謝してしまう。

 

カフェを満喫した後、他の女の子達と別れて私とかなめはマンションの前まで帰って来る。

そこで、かなめが言う。

「寄ってく?」

「うん!」

二つ返事で私はOKする。

「じゃあ、夕飯も一緒に作ろうか?」

「ええよ。じゃあ、今夜はとっておきのメニューを披露するに。」

「ふふ、それは楽しみね。」

 

こんな風に、三葉が幸せを感じている夕刻。

糸守では……といっても、三年前の糸守だが……ある事件が起こっていた。

 

 

 

 

夕刻、そろそろ三葉(宗介)が高校から帰って来る頃、四葉は祖母のお使いで神社の本堂に来ていた。

用事を済ませて帰ろうとした時、本堂の裏手から大きな話し声が聞こえてきた。気になって、四葉は声のする方に歩いて行く。

本堂の裏に来ると、四人の高校生がたむろしていた。しかも、その四人は煙草を吸っていた。辺りには吸い殻が無数に散らばっていて、しっかりと火が消えていない物も多数あった。真横は古い木造の建物なので、いつ火事になってもおかしくないくらいだった。

「な……何やってんのや!あんたら!」

四葉は、思わず大声で怒鳴ってしまう。

「ああ?」

「何や、このガキは?」

しゃがみ込んでいた四人の学生は、四葉を睨み付けながら立ち上がる。如何にも、柄が悪く喧嘩慣れしていそうな連中だ。四葉はついたじろいでしまうが、それでも気丈に振る舞う。

「ここは、神聖な神社の境内やよ!そこで煙草を吸うなんて……罰当たりやよ!」

四葉のその言葉を、不良達は鼻で笑う。

「へっ!何が罰当たりなんや!俺ら氏子の寄付のお蔭で、神社が成り立ってるんやろ!」

「言わば、俺らはお得意様やで?歓迎されこそすれ、疎まれる理由は無いやろ?」

だが、四葉は負けていない。

「氏子言うなら、もっと神社を敬いなや!そんな所に吸い殻捨てて、火事になったらどないするん?」

すると、不良の一人が四葉に寄って行き、

「がたがたやかましいわ!このガキが!」

四葉の服の襟首を掴んで、捩じり上げる。

「はうっ……」

少し首を絞められ、苦しくなった四葉は、思わずその不良の手を噛んでしまう。

「いてええええええっ!何すんのや!このガキっ!」

不良はつい手が出てしまい、四葉を殴り飛ばしてしまう。

「きゃあああああっ!」

派手に飛ばされて、地面に倒される四葉。

「う……ううう……」

頭は打たなかったが、膝を大きく擦りむいてしまう。殴られたので、頬も腫れ上がっている。倒れたまま、四葉は泣き出してしまう。

不良の方は、少しやり過ぎたかと一瞬戸惑うが、直ぐに強気な姿勢で言い放つ。

「へっ!お前が先に手を出したんやからな、正当防衛や!」

「どうした?四葉?」

そこに、三葉が現れた。神社の裏手が騒がしいので、彼女……いや、彼も様子を見に来たのだ。

「お……おねえぢゃん……」

涙でぐしゃぐしゃになった顔で、縋るように三葉を見詰める四葉。

三葉は辺りを見渡し、瞬時に状況を把握する。

「……そういう事か……理解した。後は任せろ。」

そう言って、三葉は四葉を殴り飛ばした不良に近付いていく。

「な……何や宮水?文句があるんか?言っとくが、先に手を出したんはそのガキやぞ!これは正当防衛や!」

「違うな。お前と四葉では、力も体格も違い過ぎる。これは、明らかに過剰防衛だ。」

「いちいち屁理屈をこねんなや!」

不良は、今度は三葉に殴り掛かる。

だが、三葉は避けようとしなかった。そのままパンチを受けて、仰向けに倒れ込む。

「お姉ちゃん!」

まだ起き上がれない、四葉が心配して叫ぶ。

「?……」

しかし、殴った本人の方はきょとんとしていた。それもその筈。三葉は拳が当たる瞬間に、自分から後ろに倒れたのだ。だから、不良のパンチは軽く頬に触れただけだった。殴った方は、殆ど手応えが無いのを不思議がっていた。

三葉は、何事も無かったかのように立ち上がる。

「先に手を出したのはお前だな?」

「はあ?」

三葉は殆ど予備動作を見せずに、目の前の不良を殴り飛ばす。

「ぐはっ!」

一撃で不良は、向かって左前方に弾き飛ばされてしまう。

「なら、これは正当防衛だな。」

一瞬の出来事に、残った三人の不良は呆然としてしまう。

「……お姉ちゃん……す……凄い……」

四葉も、驚嘆の声を漏らす。

「こ……このあま……」

「ふざけんやないで!」

「覚悟はできてんのやな!」

呆気に取られていた三人が正気に戻り、一斉に三葉に襲い掛かって来る。

「ふん!」

とはいえ、今の三葉の中身は相良宗介である。いくら喧嘩慣れしているといっても、平和な日本のど田舎での話だ。本物の戦場で何年も死線を潜り抜けて来た傭兵に、例え三人がかりといえども一介の高校生が敵う筈が無い。

攻撃は全て躱され、一撃で急所を突かれてほぼまともに動けなくなってしまう。

「……お……おんどりゃ……」

「お……おんなのくせに……」

彼らにとって不幸だったのは、普通の女子高生である三葉の力であったため、完全に動けなくなるまでのダメージを受けられなかった事だ。つまらない不良のプライドから、倒されても彼らは果敢に三葉に挑んだ。その結果、必要以上に打撃を喰らう事になってしまった。まるで、じわじわと嬲られるように……

「うむ……もう少し、筋トレのメニューを強化した方が良いか?どうにも、一撃の威力が弱すぎる……いや、それよりも武器を多用するべきか?」

後から騒がれる本人の苦労も知らず、三葉(宗介)は淡々と今の喧嘩を分析していた。

「……」

不良達は完全に伸されていて、もう起き上がっては来なかった。

三葉は、ゆっくりと四葉に歩み寄って行く。

「お……お姉ちゃん……」

涙目ながら笑みを浮かべ、四葉は三葉を見上げている。

「立てるか?」

三葉は、四葉に手を差し伸べる。

「う……うん。」

その手に摑まって、四葉は何とか起き上がるが……

「痛っ!」

擦りむいた脚が痛くて、四葉は蹲ってしまう。

すると、三葉は屈んで、四葉に自分の背中を差し出す。

「ほら。」

「……ありがと……」

四葉はにっこりと笑って、三葉の背中にしがみ付いた。

三葉は軽々と四葉を背負い、そのまま家に向かって歩き出す。

「……お姉ちゃん……だあい好き。」

小声でそう呟き、四葉はしっかりと三葉に抱き付くのだった。

 

 

 

 

翌日、私は自分の体で目が覚めた。

昨夜はまた、かなめの家で遅くまで話し込んでいたので、まだかなり眠い。

いつもの如く筋肉痛に耐えながら、寝床の拳銃を机の中にしまうと、四葉が私を起こしに上がって来た。

「おはよう、お姉ちゃん!ごはんやよ!」

笑顔で元気にそう言って、そそくさと降りて行く。

 

あれ?何か今朝は機嫌が良くない?

相良くんに入れ替わった翌日は、大概機嫌が悪いのに……

 

朝食の間も、四葉はずっと上機嫌だった。

そんなこんなで学校に着くと、何やら周りが騒がしい。しかも、何故か皆私を見て何やら話をしている。

「何やろ?皆の視線が気になるんやけど?」

「ほんまやね?」

先に登校していた、サヤちんに話し掛ける。サヤちんも皆の様子がおかしいのには気付いたが、理由までは知らないようだ。

そこに、テッシーが血相を変えて駆け込んで来る。

「お……おい、三葉!」

「ああ、おはようテッシー。」

「おはようやない!お前、ほんまにやったんか?」

「やった?……何を?」

「三年の不良達をボッコボコにした言うて、今大騒ぎになっとるんや!」

「ええ~っ?!」

最初は驚いて声を上げたが、直ぐに思い当たる事があって私は俯いてしまう。

 

ま……まさか相良くん、またやったの?

それも、三年の不良ですって?

あの、殆ど授業にも出ない四人組の事?

というか、こんな田舎の学校に不良なんてあいつらしかいないし……

 

「ほんまやの?三葉?」

サヤちんも聞いて来る。

「い……いや……その……」

うそやと言いたいけど、相良くんならやり兼ねないからそう言い切れない。

「俺でも、あの四人を一度に相手にしたらしんどいで……三葉、そないに喧嘩強かったんか?」

「あほな事言わんで!三葉がそないな事するわけないやろ!」

「せやけど……見てたもんもおる言うし……」

顔から、冷や汗が流れ出して来る。

ま……また、私のイメージが……

「宮水さん、ちょっといいかしら?」

そこに、ユキちゃん先生が入って来る。

私は先生に呼ばれ、職員室まで連れて行かれた。

 

見ていたのは、近所のお爺さんだった。

お爺さんは普段から、神社の裏でたむろっている不良達に不満を持っていた。でも、自分では返り討ちに合うだけと思って何も言えなかった。そこに、私(中身は相良くん)が現れてあっという間に不良共を一掃してしまった。スカッとしたお爺さんは、まるで自分の事のように喜んで、近所に私の武勇伝を言いふらした。結果、噂が広まって学校にも連絡が入ったという訳だ。

ただ、当の不良達は全治一週間程の打撲を負わされたが、私にやられたとは口が裂けても言わなかった。やはり男四人がかりで女の子一人にやられたなど、不良としてのプライドが許さないのだろう。だから被害届も出されていないし、親御さんが文句を言って来た訳でも無い。(もっとも、親からも見放されている不良達だが。)

とりあえず、先生は本当に私がやったのかを聞いて来たが、私は、

“記憶にありません”

と、どこかの政治家のような言葉を返す事しかできなかった。

その後は、最近の私の異常な行動(全て相良くんの行動)も例に上げられ、

“女の子なのだから、もっとおしとやかに……”

などという事を、延々言い聞かされた。

 

その日の帰りは、サヤちんやテッシーとは帰らず、一人で帰った。

一人、ひたすら怒りに燃え上がりながら……

 

翌朝、相良くんの体で目覚めた私は、身支度もせず即行で着替えてかなめのマンションに押し掛けた。

「お……おはよう宗介。今朝は、早いのね?」

「かなめっ!」

「あ……ああ、三葉だったのね?」

呼び方と、血相を変えた様子で、私が三葉である事をかなめも認識する。

「かなめっ!今度は相楽くん、神社にたむろっていた不良を、足腰立たない程にボッコボコにしちゃったんよ!」

「ええ~っ?!」

「やり過ぎやよ!な……何より、私のイメージが……」

怒鳴った後、俯いて黙り込む私を、宥めるようにかなめは言う。

「ご……ごめん!代わりにあたしが、明日あいつをボッコボコにしておくから……」

 

その日は、一緒に喫茶店に行くような気にはとてもなれなかった。

終日落ち込んでいる私を、かなめはずっと慰めてくれていた。

 

その翌日、自分の体に戻る。

また相良くんが何かしでかしていないか気が気では無かったが、その前日は特に事件は起きていなかった。流石の相良くんも、毎日毎日問題を起こしてはいないようだ。それに今頃、かなめが相良くんに天誅を降しているだろう。

 

学校を終えて家に帰ると、四葉がニコニコしながら私に寄って来た。

「お姉ちゃん。これ、この間のお礼。」

そう言って、私の大好物のアイスを手渡して来た。

「え?お……お礼って?」

「お姉ちゃん、とってもカッコ良かったに!」

そう言い残して、四葉は走り去ってしまう。

私は、しばし呆然と佇んでいたが……

「助けてくれたんが、本当に嬉しかったんよ。」

後ろから、お婆ちゃんがそう言った。

「助けたって……何時?何から?」

私がきょとんとしていると、お婆ちゃんは不思議そうに言う。

「何言うとるん?この間、不良に絡まれていた四葉を助けたんやろ?」

そこで、ようやく私は理解した。

何故、あの朝四葉があんなに機嫌が良かったのか。

何故、相良くんがあの不良達をボッコボコにしたのか。

 

相良くんが不良を伸したのは、四葉を助けるためだったんだ。

そんな事情も知らないで、一方的に相良くんに腹を立てて……悪い事をしたかな?

 

少し、自己嫌悪に陥ってしまうと共に、少し、相良くんの事を見直した。

 

 

 

 

その頃、東京……といっても、三年後の東京だが……

宗介は、かなめのマンションに連れ込まれ、居間で正座をさせられていた。

その前に、巨大なハリセンを持ったかなめが立っている。

「ち……千鳥?いったい何を……」

「シャアラアアアアアアアップッ!」

宗介の言葉を遮り、かなめは宗介を尋問する。

「あんた、三日前に三葉と入れ替わった時、何をしたか覚えてるわよね?」

「三日前?俺がいったい何をしたと言うのだ?」

その言葉に反応して、かなめのハリセンが宗介の頭に炸裂した。

「い……痛いじゃないか……」

「よ~く、胸に手を当てて考えてみなさいっ!」

すると、宗介は本当に胸に手を当てて考える。

「……よく考えても、分からないが……」

またしても、かなめのハリセンが宗介の頭を叩く。

「い……痛いじゃないか……」

「あんた、いたいけな不良達をボッコボコにしたでしょうが!」

「何?……いや待て、あいつらは……」

「問答無用!!」

言い訳しようとする宗介の頭を、またかなめのハリセンが叩く。

「いい?あんたがあんたの体で何をしようと勝手だけど、三葉と入れ替わっている時は、被害は全部三葉にいくんだからね!少しは考えて行動しなさいよ!」

「だから、あの時は……」

「やかましいっ!!」

反論しようとする宗介の頭を、更に激しくかなめのハリセンが襲う。

「い……痛い……」

「痛い?これは、あんたにボッコボコにされた不良達の痛みよ!」

「いや……だからあいつらは……」

しかし、かなめは宗介の言葉は一切聞かず、続けて頭をハリセンで叩く。

「これは、イメージを汚された三葉の心の痛み!」

「ま……待て、少しは俺の話を……」

「そしてこれは、親友を汚されたあたしの心の痛み!」

「い……痛い……だから、俺の話を……」

だが、かなめは宗介の言葉には全く耳を貸さず、ハリセンを上段に振り上げて、思いっきり宗介の脳天に叩き落す。

「更にこれは、三葉の魂の痛みよおおおおおおおっ!!」

「ほんげえええええええええっ!!」

かなめによる宗介のハリセン叩きの刑は、夜を徹して続けられるのだった……

 




哀れ……善意で行った事なのに、かなめには言い訳すら聞いてもらえない宗介。
まあ、日頃の行いのツケなので自業自得ではありますが……
一方三葉は、少しずつ宗介の本質に気付き、彼に惹かれていくことになります。
時期的には、本編の六話頃の話になります。

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