魔王カマセイヌが世界を滅ぼす宣言をしたとはとても思えないような雲一つない晴天の空の下。辺り一面を草原が占める中。ネコミミ&制服姿の刹那は全速力で駆ける。渓谷の方面に位置している、赤と紫を基調とし正面にデカデカと髑髏を飾った城――魔王城とでも名付けましょうか――へと一直線に突き進む。
「邪魔だッ!」
道中。幾度もなく現れる自分と同じサイズの水色のポヨンポヨンとした敵を、自分と同じ大きさの黄色のエリマケトカゲっぽい敵を、さらには青色の二足歩行の大剣を携える2メートル強のトカゲを手持ちの武器で一閃する。夕凪ならば一刀のもとに切り伏せていた所だが、今の刹那の武器は何の変哲もないデッキブラシ。さすがに神鳴流剣士といえど氣で強化したデッキブラシ一本では精々敵を蹴散らす程度で精一杯だ。
本当ならこの得体の知れない謎の敵に確実に止めを刺したい所なのだが、今はただでさえ時間の猶予がないのだ。刹那は自分が今まで見たことのない異形の者たちを倒すのではなくただ眼前の敵のみを払いのける気持ちで先へ先へと足を踏み出す。そして。脳内タイムウォッチが『15’00』を突破する中、刹那はようやく魔王城に到着した。
「紅蓮拳ッ!」
時間は刻一刻と迫っている。悠長に扉を開けている時間なんてない。そう判断した刹那は右手に氣を籠めると走る勢いをそのままに荘厳な魔王城の扉を殴りつける。血で着色したかのような真っ赤な扉はその所々トゲのついたいかつい外見とは裏腹に、実際は木製の薄っぺらいものだったようで、刹那のナックル一つで簡単に吹っ飛んでいってくれた。
ドキャアアアンという派手な音とともに吹っ飛んでいく扉の先に、玉座にふんぞり返る異形の姿をした何者かがいた。首から下は人間と同じく二本の腕と脚、そして胴体で構成されている。別に異常に筋肉質だったり5メートル強の巨体だったりはしない。だが。その顔は明らかに人間のものとは遠くかけ離れていた。というか、顔の部分はオオカミそのものだった。足を組み、腕を組んで偉そうに座るオオカミ男は得体の知れない禍々しいオーラを纏っている。
「ぬ? 誰だ貴様は?」
「はぁああああああああ!!」
間違いない。あれが魔王カマセイヌだ。身に纏う邪悪極まりないオーラからして奴しかあり得ない。刹那は一瞬で判断を下すと一直線上に駆ける。残りは既に9秒を切っている。本当なら色々と問いただしたいことは多々あるのだが、一瞬たりとも魔王カマセイヌと会話している暇など存在しない。魔王城の作りが見た目と違って非常に簡素であったことに感謝しつつ、刹那はデッキブラシをギュッと握りしめた。
「我の問いを無視するとは、よほど死にたいようだな」
「喰らえぇぇえええええええ!!」
刹那は氣を足に籠めて一息に高く飛び上がると、魔王カマセイヌの頭に向けてデッキブラシを振り下ろす。氣を存分に込めた、オーバーキル極まりない一撃。文字通り、一撃必殺を目的とした強力な一撃。もし当たれば魔王と言えど無傷では済まないだろう。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!」
「ぅ、ぐぁぁああああッ!?」
迫りくる刹那を前に、魔王カマセイヌはスッと玉座から立ち上がると、吠えた。そう、ただ吠えただけ。それなのに魔王カマセイヌの咆哮は大気をビリビリと震わせ、刹那の体に無数の切り傷を刻み、重力に従って降下するはずの刹那を紙切れのごとく吹き飛ばす。魔王カマセイヌの邪悪な魔力のこもった咆哮により、刹那の体は魔王城の外壁をいとも簡単に突き抜け、刹那は最初に自身が立ち尽くしていたかの草原まで吹っ飛ばされることとなった。
刹那は魔王カマセイヌに吹っ飛ばされた勢いが止まらないまま為すすべなく草原を転がり続ける。魔王城から離れるように転がる刹那の体が止まったのは、草原の中に点在する岩の一つに顔面から思いっきりぶつかった時だった。よほど吹っ飛ばされた刹那のスピードが速かったのか、はたまた岩の強度が脆かったのか、刹那が頭からぶつかった岩はあっけなく砕け散った。
粉々となった岩の一部がうつぶせの刹那の背中に落ちる中、刹那は草原に手をついて無理に立ち上がろうとして「ガ、フッ……」と血の塊を吐く。いくら最初に地面と接触する寸前に左腕一本を差し出し(犠牲にして)受身を取ったことで致死を免れたとはいっても、重傷であることには変わりない。心臓の鼓動に合わせて全身の至る所から血があふれ出ている辺り、刹那が今も意識を保っていること自体が奇跡だった。
(ま、マズい。もう時間が……ッ!?)
ロクに立ち上がることができず、草原地帯に横たわったまま荒い呼吸を繰り返すのみの刹那はふと視界に入った脳内タイムウォッチを前に絶望する。脳内タイムウォッチの指し示す時間は残り3秒。もはや魔王カマセイヌを倒すにはあまりに絶望的な残り時間だった。この時、刹那は自身の敗北を確かに悟った。
――せっちゃん。
――せっちゃん♪
――せっちゃんッ!
刹那の脳裏によぎるのは一人の少女の姿。背中までまっすぐ伸ばされた黒髪。漆黒の瞳。すべてを優しく包みこむような雰囲気。出で立ち。おっとりという言葉はこの少女のために存在しているのではないかと思えるほどにおっとりとした少女。
私なんかと一緒にいてくれて。話してくれて。遊んでくれて。笑ってくれた。私の大切な人。私が心から守りたいと思った人。こんなことを言ったら本人は絶対に怒るだろうけど、私のちっぽけな命なんかよりも遥かに価値のある人。
だけど。私は負けた。魔王カマセイヌとやらに負けた。相手にすらならなかった。だから今。私の何よりも大切なこのちゃんが生きている世界はハメツの呪文などというふざけた魔法で唐突に終わりを迎えようとしている。
「ごめ、ん。このちゃ……」
自分の弱さに自己嫌悪して。全身を駆け巡る激痛と敗北の悔しさから、瞳に涙を滲ませて。脳内タイムウォッチが無情にも『00’00』に迫る中。またさらに「ゴフッ」と吐血をした刹那はそのまま意識を手放しかけた――まさにその時。
突如。周囲が灰色一色に染まった。
魔王カマセイヌがカマセイヌなんていかにも雑魚敵チックな名前をつけられているというのに刹那さんより遥かに強い件について。……せっちゃんガンバッ。マジガンバッ。